浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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三つ巴は三勢力共、拮抗した力が無いと成立しない。

 真夏、クーラー代の節約が何より大事だと言うことに気が付いたのは、父親からの電話によるものだった。

 

『お前、もう少し節約しろ。請求額があり得ないから』

「え、払えないの?」

『そういう事じゃなくて、うちは確かに金はあるけど、だからって無駄に浪費するのはやめろって事』

 

 怒られたので改めることになった。とはいえ、ずっと窓を開けていても暑いものは暑い。なんとかして手を打たないと、丸一日寝て終わってしまう。

 

「……マドちゃんに電話してみよ」

 

 今日は来てくれないのかなーなんて思いながら電話してみると、すぐに応答があった。

 

『もしもし?』

「今日は来ないの?」

『今日は無理。小糸の受験勉強見るから』

「えー……とおるんは?」

『浅倉は雛菜と遊びに行ってる』

「……えっと、市川も受験生だよね?」

『余裕あるんでしょ』

 

 皮肉ではなく本当に余裕あるのだからタチが悪い。やろうと思えばもっと上の高校も目指せるだろうに、透と同じ高校に行きたいから目指さないのはもはやナメている。

 まぁ、今はそんな話よりもこの暑さの処理だが。

 

「しゃあない……お隣さんと遊んで来ようかな……」

『うちに来て』

「え?」

『小糸に理科を教えてあげて欲しいから、さっさとうちに来て』

「いや、まぁ良いけど……」

 

 そんなわけで、行くことになった。

 

 ×××

 

「おーっす、マドちゃん。とりあえず飲み物とお菓子買って来たよ」

「……ホントに来た……って、何その汗?」

 

 真夏の中に来たにしても、少し汗をかきすぎな気がしないでもない程、菅谷は全身びしょびしょでスーパーの袋を持って立っていた。

 

「いや、マドちゃんに会えると思ったら嬉しくて、走って来てしまいました」

「バカなの? 人の家に来るのにわざわざ汗かいてくる事ないでしょ」

「? うちにマドちゃんが来た時はどんなに汗かいてても入れてあげるよ?」

 

 本当に普通の人の基準がわからない奴である。いや、人によるのかもしれないが、みんながみんな自分と同じだと思わないでもらいたい。

 

「……とにかく、小糸も来るんだからシャワー浴びて来て。うちの使って良いから」

「良いの?」

「他にどうしようもないでしょ。着替えは後から持ってくるから」

「ありがと」

「先に洗面所で待ってて」

 

 それだけ言って、家に上げると洗面所の扉の前まで案内して、自室に向かった。バスタオルは一枚、洗濯中でもう一枚は使用中。なので、普段の汗拭きタオルを貸すしかない。

 それと、泊まりの外出に行く際に使う体洗う用のタオル。それらを抱えて洗面所に向かい、扉を開けた。

 中で、菅谷は上半身のTシャツを脱いでいた。細マッチョというほどではないが、決して脂肪が必要以上についているようにも見えなかった。……いや、今は感想じゃなくて。

 

「はっ⁉︎」

「っ、え、な、なん……⁉︎」

 

 慌てて円香は背中を閉じた扉につける。不意打ちに、思わず心臓がアクセルを当然、思いっきり踏みつけたように加速する。

 

「っ、な、なんで脱いでるの⁉︎」

「い、いやだってお風呂……」

「タオル持ってくるから待っててって言ったでしょ!」

「あ、そっか……ご、ごめん……」

「変態! 最低! 露出魔! 大っ嫌い!」

「……」

 

 思いつく限りの罵倒を言った辺りで、ハッと正気に戻る。扉の向こうから、何の反応もなくなった。

 言いすぎた、と即座に理解すると共に後悔し、円香は恐る恐る扉を開けて中を覗く。思った以上に大ダメージだったようで、まだ上半身裸のまま燃え尽きたボクサーのように項垂れていた。

 

「……」

「……まず服きなさいよ……」

 

 まるで言い訳をするようにそう呟きつつ、円香は恐る恐る近付く。腹筋や大胸筋より、背筋の方がしっかりしている人、初めて見た。……そもそも男の人の裸をまじまじ見たことはないが。

 とりあえず、呼び出した本人が相手を傷つけるのはごめんだ。近いうちに彼も実家に一度戻るし、喧嘩別れはゴメン被る。

 

「……ごめん、言い過ぎた」

「……」

「べ、別に……あんたのこと嫌いじゃないから……とっさに、その……ちょっと、言っちゃっただけで……だから」

「へくちっ」

「……だから、まずシャワー浴びて来て。上がったら、何か甘いもの出すから」

「……ん」

 

 との事で、とりあえずお風呂場を進めつつ、タオルを2枚、足元に置いた。

 本当に自分のそういうところが憎い……と、自省しながら、円香は洗面所を出る。というか、着替えを手渡すのを忘れていた。

 自分の部屋に戻り、着替えを適当に選んで、持ったまま洗面所へ向かった。早めに来たので、中からシャワーの音はまだ聞こえる。セーフなので、さっと洗濯機の上に自分の私服を置いた。

 

「リカ、聞こえる?」

「っ、な、なんですか……?」

 

 まだ少し怯えていた。謝るべきはむしろこっちなのに。

 

「……本当に嫌いとかになってないから、そんなに怯えないで」

「っ、ご、ごめん……」

「……とにかく、着替え。洗濯機の上に置いといたから」

「ありがとう」

「……」

 

 微妙にぎこちない。本当に「大嫌い」は堪えたらしい。

 

「……本当に嫌いだったら、私服なんて貸さないから」

「え……?」

「それだけ。ごゆっくり」

 

 それだけ言うと、菅谷の私服を持って洗面所を出た。リセ○シュをかまして干しておけば、帰る頃には着れるようになっているだろう。

 それを完了すると、約束した甘いものの準備。久し振りに小糸が家に来るため、買っておいたドーナツを出した。自分と小糸で二個ずつのつもりだったが、自分の分を一つにすれば良いだろう。

 勉強する場所である自室にちゃぶ台を広げ、座布団を三つ用意し、ようやく一息ついた所で、何故か急に不安がフッと降りて来て「ん?」と声を漏らした。

 

 ──幼馴染がいる前で、家で男がシャワーを浴び終えて出てきたら、変な勘違いをされるのでは? 

 

 と。

 

「ーっ、ヤバっ……!」

 

 だが、もう遅かった。ピンポーン……というメリーさんが訪れた鐘の音が届いた。

 

 ×××

 

 小糸は、ひさしぶりに円香と一緒にいられることが嬉しくて、勉強を教わるというのにワクワクしていた。

 円香と透が高校に行ってからも、何度か遊んだことはあったが、やはり以前に比べたら格段に回数は減っている。

 だから、同じ高校に行って、また四人仲良く遊びたい。そう強く思っている中で、こうしてそれがまだ果たされていないのに会える期間はとても好きな時間だった。

 残念ながら透は雛菜が連れて行ってしまったが、勉強を教わるには正直、透より円香の方が良い。

 そんな風に思いながら、円香の家のインターホンを押した。10分も早く到着してしまったが、迷惑ではないだろうか? なんて迷いながらも。

 

『……はい』

「あ、ま、円香ちゃん……! 来たよ」

『今、開ける』

 

 数秒後、玄関が開いた。いつもの真顔だけど、やっぱり何処か優しそうな円香が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい、小糸」

「え、えへへ、お邪魔します……!」

 

 気恥ずかしそうにはにかむ小糸が家に上がり、スリッパを履く。……正直、スリッパは好きではない。ぶかぶかで邪魔だから。でも、履いた方が大人っぽいので普通に使わせてもらうが。

 そんな中、ふと鼻腔を刺激する香りが小糸を襲う。

 

「……円香ちゃん、シャワー浴びたの?」

「っ、な、なんで?」

「なんか、シャンプーの香りが……」

「まぁ、実はさっき。すごい寝汗かいちゃって」

「あ、あー! もしかしてお昼まで寝てたんだ? いけないんだー?」

「あー……うん。まぁね」

 

 円香も意外としっかりしていない事もあるようだ。

 そのまま二人で家に上がっ……ろうとした所で、小糸が「ん?」と小首を傾げる。

 

「このスニーカー、円香ちゃんのお父さんの?」

「え? ……あっ」

 

 男物の靴を見て、小糸がきく。しかし、円香の父親のものにしてはカジュアル過ぎる気がしないでもないが。

 

「……誰か来てるの?」

「……」

 

 しばらく考え込んだ後、円香はすぐに答えた。

 

「……実は、ゲストが来てるの」

「ゲスト?」

「そう。小糸はさ、中学上がってから満点とか取ってる人、見たことある?」

「え? あ、あー……そういえば、ないかも……!」

「少なくとも、私がその人と知り合ってテストの答えを見てからは、理科のテスト全部満点取ってる人が来てる」

「え……す、すごいね……!」

 

 小テストでは小糸も普通に満点などは取れるが、定期試験で一問も間違えないのはそう簡単には出来ない。

 

「理科は、その人に教わった方が良いでしょ?」

「え……で、でも……」

 

 小糸は人見知りだ。知らない人が来る、と聞けば萎縮してしまう。

 そんな小糸の気持ちを見透かしたように、円香は微笑みながら続けた。

 

「大丈夫、小糸も知ってる人だから」

「えっ? だ、誰だろう……!」

 

 普通に考えれば「男の人」「円香が家にあげる人」の時点で菅谷しかいないと分かりそうなものだが、それに気づかないのが小糸たる所以だったりする……そして、何も知らないまま小糸は円香の部屋まで案内された。

 一方、円香は自身の機転を内心でボロクソに褒めてやりたくなった。嘘は言っていない。朝、起きた時にシャワーは浴びたし、靴でバレそうになった時は、冷静に「菅谷がいる事」ではなく「菅谷にシャワーと着替えを貸した事」がバレるとまずいと改めて分析し、上手いこと誤魔化した。

 意外と菅谷はオシャレに気を使う方だし、髪もちゃんと乾かして出てくるだろう。つまり、風呂上がりとバレることはない。

 

「円香ちゃん、これは?」

「ん、ドーナツ。小糸が来るから用意しといたやつ」

「あ、ありがとう……! 勉強を教えてもらえる上にドーナツまでなんて……至れり尽くせり、だね……?」

「そうだね」

 

 とはいえ、これは休憩中のおやつ用。先に勉強だ。

 

「まずどの科目から?」

「え、えっと……社会!」

「ほぼ暗記じゃん」

「だから難しいというか……」

 

 まぁ気持ちは分かるが。しかし、だからこそ大体、出題される場所は分かるというものだ。

 

「……でも、そもそもうちの高校の受験科目、国数英だったけど」

「ぴぇっ⁉︎」

「まぁ……模試で点取るために勉強しとくのはアリだと思うけどね。それに、学校の試験もあるわけだし、宿題も出てるでしょ?」

「う、うん……そ、そっか。そうだよね……!」

 

 小糸は真面目なので、すぐに頷いてしまった。まぁどの道、小糸がやりたい科目は全部やるつもりだ。

 

「で、でも……せっかくだから、やっぱり受験科目を、やりたいな……!」

「ん、わかった」

「英語が良い……!」

「じゃ、それね」

 

 なんて話ながら、小糸の無邪気さと純粋さに心を洗われながら、様子を見ようと思った時だった。

 何か忘れていた問題の一つを忘却の彼方へと置いて来た時、それが後になって追い縋って来た。

 つまり……早い話が、本当にここまで完璧に誤魔化せて来れたのか、という所だ。

 直後、部屋の扉がガチャっと開かれた。

 

「マドちゃん、見て見て。スカート初めて履いた。すっごいスースーする」

「えっ」

「ぴぇっ」

 

 後ろに立っていた菅谷は、濃い青のデニムスカートに、白い半袖のラグランTシャツ。……つまり、適当に私服を選び過ぎた。いや、タンスの中からブン取った為、選んでもいない。

 思わず、反射的に円香はその場から立ち上がり、高速で菅谷の肩を掴んで部屋から追い出した。

 

「なんで履くのなんで履くのなんで履くの……⁉︎」

「え、これが洗濯機の上に置いてあったし、俺のズボンなかったから」

「ならせめてスマホに連絡してよ……!」

「似合う?」

「……」

 

 似合わないでもない。この子、すね毛薄いし。でも、所詮は適当に選んだ服。何より、似合うとか言いたくない。

 

「……馬鹿言ってないで着替えて……!」

「えー、少し勿体無くない? うちにスカート無いし、こんな機会、滅多にないし」

「……」

 

 イラっとした。純粋に楽しみやがって、と言わんばかりだ。本当に異性と身体を密着したり、肌を見てしまう事以外は何でも楽しめて羨ましい限りである。

 とりあえず、無理矢理にでも弱みを握って脱がすしかない。その為、スマホを取り出し、菅谷の身体を後ろにドンっと押すと、写真を撮った。

 

「っ、な、何?」

「これ、浅倉に送られたくなかったら脱いで」

「いや、それは別に良いんだけど……」

 

 良いのかよ、学祭のノリか、と、頭の中で思っている間に、菅谷が続けて聞いて来た。

 

「そんなにスカートダメ? 外出るわけじゃないでしょ?」

「これから勉強するのに、女装してる男が一緒にいて集中出来んの?」

「あ……そっか……」

 

 確かに、と思った菅谷はスカートに手をかけたが、慌てて円香はその手に自分の手を乗せる。

 

「待って。なんでここで脱ぐの……!」

「あ、ご、ごめん……」

「もう、本当に……いま、ズボン持ってくるから待ってて」

「はーい……」

 

 小さくため息をつきながら、部屋に戻る。……とはいえ、今回のは自分も悪い。もっとよく確認してから手渡してやるべきだった。

 扉を開けると、小糸が頬を赤らめながらビクッと肩を震わせる。

 

「……」

「……」

「……小糸?」

「ぴゃっ……な、何……?」

「違うから」

「な、何が……?」

「何もかも。別に変な関係とか、女装趣味とか、そういうんじゃないから」

「……う、うん……大丈夫っ。円香ちゃんが、どんなことが好きでも、私はずっと友達、だから……!」

「だから違うって……」

 

 ……いや、もう何を言っても信じてもらえない気がする。いっそ、訂正は諦め、口止めした方が良いかもしれない。

 

「分かった。もう小糸が思ってる事(菅谷が女装趣味)が真実でも良いから、雛菜には言わないで」

「え、い、良いの……? (円香ちゃんは女装させるのが好きって事?)」

「ん。だから、誰にも言わないで」

 

 別に菅谷が女装趣味と思われようが知ったことではないが、それに自分が協力していた、と思われるのはいただけない。

 

「わ、分かった……」

「ん、ありがと。ごめんね、勉強しに来たのに変なこと教えちゃって」

「だ、だいじょうぶ……! 秘密の共有って、なんかすごい親友感あるから……!」

 

 秘密って言う程のものではないが、まぁ結果的に守られるものを考えれば秘密と言える。

 そう思いながら、円香はタンスからとりあえずズボンを取り出す。……とはいえ、身長差は明確なので、そのまま履かせたら間違いなく裂ける。Tシャツもダボダボな奴を選んでいなかったらパッツンパッツンになっていただろう。

 

「……ジャージでいっか」

 

 そう決めると、菅谷と虫取りに行くことになった時用に買っておいた、虫刺され防止のジャージがある。割と最近買ったものだが、まさか最初に履くのが自分じゃなくなるとは思わなんだ。

 それを持つと、廊下に出て菅谷に手渡した。

 

「はい。これ」

「ありがと。なんかごめんね」

「いや、いい。適当に選び過ぎた私も悪かったし。着替え終わったら入って来て。もう勉強始めてるから」

「はーい」

 

 そんなわけで、ようやく勉強会がスタートした。

 

 ×××

 

 小糸は、なんだかソワソワしていた。目の前でレディースの服を着ている菅谷が気になるのではなく、むしろ円香。まさか、円香にそんな趣味があったなんて。

 正直、勉強どころではない。問題を解きながら、チラリと円香を見上げた。

 

「? 何?」

「な、なんでもないよ……!」

「分かんないとこある?」

「……え、えっと……特には……」

「そう」

 

 強いて言うのなら、円香に何があったのかが分からない。

 

「ねー、マドちゃん。俺の出番まだー?」

「黙っててムシキング」

「その名で呼ぶなら、ポポって呼んでくれた方が良いなぁ」

「誰それ?」

「え、知らないの? 初代ムシキングのマスコットキャラクター」

「知らない。ていうか、初代ムシキングって何? 何代とかあるの?」

「昆虫と同じ大きさで生活してる妖精みたいな奴。俺もあのくらいの大きさなら、自然の中で動物と生きていけるのに」

「何一つ共感出来ないんだけど……怖っ」

 

 そして、目の前の二人の関係性も分からない。円香のベッドの上で、円香の私服に身を包み、円香と仲良さげに話している二人の距離感は、少し斜に構えた恋愛モノのカップルのようだ。

 

「あっ……ここ、なんだっけ……」

「ん……どれ?」

「あ、え、えっと……knowが入るのは分かるんだけど、その過去分詞系が……」

「ああ。……リカ、knowの過去分詞系は?」

「え、分かんないの?」

「あんたが教えないと来た意味ないでしょ」

「あ、なるほど。カブトムシで考えれば楽勝だよ。ヘラクレスオオカブト、ヘラクレスリッキー、ヘラクレスオキシデンタリスで考えりゃ一発でknownって出るよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 この人は本当に何を言っているのか分からない。何が一発で出るのだろうか? 特に最後の歯磨き粉みたいな名前のヘラクレスと「知る」の過去分詞系になんの因果関係があるのだろうか? 

 

「小糸、真に受けちゃダメ。そいつの覚え方、樹海の神秘と同じくらい謎だから」

 

 良かった。そこは円香も理解しているわけではないようだ。……とはいえ、なんだか話を聞く度に思うのが、円香も割とたまによく分からない例えをしている気もするが。

 とにかく、分からない。この二人がどんな関係なのか。友達、という枠では括れない関係になっている気がしないでもない。

 とにかく、集中出来そうにない。そんな風に小糸が少しドギマギしていると、小糸のスマホに電話がかかって来る。

 

「あっ、わ、私だ。ごめんね……!」

 

 慌てて廊下に出てから相手を確認すると、市川雛菜からだった。

 

「も……もしもし、雛菜ちゃんっ?」

『あは〜、小糸ちゃん。青と緑、どっちが良い〜?』

「何が?」

『ヘアピン〜。お土産、小糸ちゃんと円香先輩に買って行くから、どっちが良いかな〜って』

「じゃあ……青?」

『は〜い。じゃあ、円香先輩は緑だね〜』

 

 えっ、と小糸は声を漏らす。

 

「あ、じ、じゃあ……円香ちゃんにも聞いてみる、ね……?」

『え〜? 大丈夫だよ〜、どうせ「なんだって良い」とか冷たいこと言われるだけだし〜』

 

 それは確かにそうかもしれない。円香は割と何色でも似合いそうだし……言わなくても良いのだろうか? 

 

「じゃあ……私が青で」

『は〜い、またね〜』

 

 それだけ話し、電話を切った。わざわざ透とのデート中にお土産をくれると言い出す辺り、何か面白い商品でも見つけたのだろう。

 少しだけ楽しみな反面、色んな意味で恐怖も覚えつつ部屋に戻ると、円香と菅谷がベッドの上で隣に座り、スマホを見ていた。

 その様子は、どう見たって仲睦まじそうにしている二人だ。

 

「……でさ、これ」

「ああ、良いかも」

「でしょ?」

「じゃあ、少しずらそっか」

 

 ……だが、小糸には「この洋服良くない?」「良いかも」「着てみたら?」「サイズ少しずらそっか」に見えてしまう。早い話が、女装の相談だ。

 果たして、これは円香がきっかけでこうなったのだろうか? いや、考えにくい。それよりも、菅谷の所為だろう。

 ……とはいえ、何にしても円香がそれを楽しいというのなら、自分に止める手立てはない。なら、むしろ受け入れてやるべきだ。

 ただし、これ以上、変な人にはさせられない。そういう意味では、例え菅谷が良い人でも見張っておくべきだろう。

 その為にも……。

 

「……あ、小糸来た」

「続きやるかー」

「し、失礼しますっ……!」

 

 小糸は、菅谷と円香の間に座り込んだ。

 

「? 小糸?」

「ま、円香ちゃん。勉強したい……!」

「するけど?」

「じゃあ……は、早くやろ……!」

「う、うん?」

 

 言いながら、円香の手を引き、ベッドから降りて宿題を進めた。その背中を眺めながら、一先ず菅谷は寝転がって天井を眺めた。

 

 ×××

 

 途中でドーナツ休憩を挟んだりしたが、なんだかんだあって勉強会は無事に終わった。

 やたらと菅谷に敵意を放っていた小糸だったが、ドーナツと一緒に出された菅谷が買って来たジュースとポテチに餌付けされ、結局警戒心など消失したりしていた。

 で、今は、小糸を家の近くまで送った円香と菅谷の帰宅中。着替えも着れるようになり、菅谷の私服に戻っている。

 

「借りた服、本当に洗濯しなくて良いの?」

「別に良い。シャワー浴びた後に着ただけだし」

「なんか、ごめんね?」

「別にいい」

 

 さて、そんな話よりも、だ。小糸が廊下に出ていた時に話していたことを改めて話し始める。

 

「そうだ。お祭りやるんでしょ? 行くってことで良いなら、別荘行く日ズラすよ」

「うん。お願い」

「よく見つけたね」

「……別に、偶然だから」

 

 本当に偶然だ。偶々、お祭りってワードで検索しただけだから。

 

「でも、あれだね。福丸だっけ?」

「うん」

「初めてあの子と話したけど、良い子じゃん」

「当たり前でしょ。小糸だし」

 

 円香にとって、幼馴染四人の中では唯一の癒しだ。悪い子なわけがない。

 本当なら小糸について語り明かしたいことなど山ほどあったが、早めに聞いておきたい事もあったので延期した。

 

「ちなみに、いつから実家に帰るの?」

「明日」

「あ、ほんとに8月の頭から戻るんだ」

「父ちゃんがうるさいからね。……はぁ、憂鬱なんだけど」

「ホームシックとかないの?」

「え、あんまり……マドちゃんととおるんと一緒だったからその辺はなかったかな」

「……あっそ」

 

 冷たく言いつつも、円香は目を逸らす。もう彼がしれっと恥ずかしげもなく恥ずかしい言葉を言うのを止めることは諦めた。

 

「で、何が憂鬱?」

「ん……いや、まず一週間、二人と会えなくなることでしょ」

「それは分かったから」

「後、親戚の挨拶回り。なまじお金があるだけあって、割と面倒くさいんだよ」

 

 なるほど、と円香は理解すると共に、一つの可能性が思い浮かぶ。いつも自由奔放なのは、家でしきたりを守り続けていた時の反動だったりするのだろうか? 

 

「何、もしかしてあんたもそういう場では『お父様』とか言ったりするわけ?」

「いや、小三の時、大事な取引先……だったのかな? そのトップの人のカツラ取ってクワガタとスズメバチと蛾のオモチャ乗せて『真夏の街灯ごっこ』って言ってから『お前はこういう場で何もするな』って言われてる」

「……」

 

 なんとも言えなかったが、その後どうなったのかは知りたい所だ。

 

「昔からバカだったんだ……」

「自由研究では毎回、賞取ってたけどね」

 

 もう何にもツッコミを入れないことにした。それは頭の良さとは違う、何か別の良さだ。

 

「正直、何も喋らない場に行かされても、暇なだけだし……こういう時、スマホゲーにハマってれば、そうでも無いんだろうけど」

「……そう」

 

 お金持ちにはお金持ちの悩みがある、ということだろうか? それでも、菅谷なら平気でサボりそうなものだが、参加だけでもしているあたりは偉いと言うべきか。

 

「それなら、いつでもグループにチェインして」

「え?」

「暇な時なら、いつだって相手になるから。……私も、浅倉も」

「……」

「ま、暇な時があるかは別として」

 

 円香も実家に帰ったり、雛菜や小糸と遊んだりするので暇な時は割と限られているかもしれない。……という理由を使って予防線を張った自覚はあった。ホント、情けない。

 

「……マドちゃんってさ、やっぱ優しいよね」

「……別に、優しくないし」

「夜とかなら比較的空いてると思うから、その時は電話するね」

「……ん」

 

 そんな話をしながら歩いていると、円香の家がある通りと駅に向かう道の分かれ道に着いた。もう歩いて1分かからない位置まで来て、家の前まで送ってもらう必要はない。

 

「ここまでで良いから」

「あ、そう。じゃ、また……一週間後くらい?」

「ん」

 

 軽く挨拶して、駅の方に走って行く菅谷の背中を見送った後、円香は帰宅しようと通りの方へ振り向いた……直後、透がいた。

 

「……浅倉?」

「やっほ。今日、リカと遊んでたんだ?」

「と言うより、小糸の勉強の面倒見てた」

「なるほどね」

 

 小糸の勉強を見る、と言うのは知っていたからか、すぐに納得いったような返事をした。

 

「そっちは何処行くの?」

「ん、コンビニ。アイス食べたくて」

「あっそ。……じゃ、私も行く」

「どうぞ」

 

 二人で並んでコンビニに向かう。外は割と暗くなっていて、街灯と星灯り以外、街を照らすものはない。

 やはり、真夏の夜に散歩するのは、何処か風情を感じられる。

 

「そういえば……こんな月だったなー」

「何が?」

「リカの頬に、チューした時」

「……」

 

 そういえば、そんな話をしていた。事故とはいえ、そんな恥ずかしい思い出をよく恥ずかしげもなく何度も言えるものだ。

 

「あれから、割と夢に見るんだよね」

「何を?」

「あの時の光景。……リカの横顔が、すごく近くにあって」

「……」

 

 少し、複雑だった。恋愛の経験がない円香にはよく分からないが、キスというのはそんなに思い出に残るものなのだろうか? 

 ……いや、まぁ写真まで撮っていたし、当然と言えば当然かもしれない。

 

「あっ」

「? どしたの?」

 

 写真で思い出した。そういえば今日、女装した菅谷の写真を撮っていた。これ、どうしたものか。

 消してしまいたいが、消すにはなんか惜しい気もする。具体的には、何かに使えそうな、そんな気配。

 ……いや、今はそんなことではなく。キスした、と報告を受けた日、透から写真まで見せてもらった。おそらく、あの時の意図は「三人で仲良くしたい」という想いから、打ち明けてくれたことだろう。何もかも打ち明けることなんてないと思うが、そちらがそういう対応をするのなら、こっちもそれ相応の対応をするべきでは……。

 

「……」

「樋口?」

 

 ……いや、キスをした、と、女装させた、は全然違う気もするが……いや、自分の服を着せた、という意味ではやはり言うべきか……。

 しばらく考え込んだ後、とりあえず話してみることにした。元々、見せる予定で撮ったものだし。

 

「浅倉、その時の写真、見せてくれたでしょ?」

「ああ、うん」

「だから、私も見せる」

「キスしたの?」

「いや、してないけど」

 

 言いながら、円香は写真を見せた。直後、透は半眼になった。

 

「……え、着せたの?」

「……まぁ」

 

 わざとではないが、そう言っても言い訳くさくなるだけだろう。

 

「……樋口ってそういう趣味? それともリカの趣味?」

「どう解釈しても良いけど一応言っとく。どっちでもない」

「ふーん……」

 

 ……やはり、見せない方が良かっただろうか? しかし、見せないままでも自己嫌悪に耽りそうな気もするが……。

 

「ありがと、樋口」

「? 何が?」

「見せてくれて」

 

 ……なんか、真っ直ぐ言われた。これは、やはり言って正解だった奴だろうか? 

 そう思った直後、なんかフルフルと透の体が小刻みに震える。それとほぼ同時に、お腹と口を押さえて前屈みになり始めていた。

 

「っ……ふっ、ごめっ……もう、限界……!」

 

 ……間違いない、と円香は先程の自らの内心を否定する。これは……。

 

「スカートの、リカ……無駄に、似合う……ふふっ……!」

 

 見せて正解だった奴だ。もう死ぬほど笑わせてしまっていた。

 ツボに入って静かに爆笑する透を見て、なんだか円香も笑いが込み上げてくる。しばらく、二人のJKが女装した友達の写真で笑うという、中々に畜生な絵面になったが、止める者は誰もいなかった。

 

 

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