浅倉透は、少しウキウキしていた。何にって、菅谷の反応である。いつもいつも円香一人、或いは自分と一緒に菅谷の部屋に行っていたが、今日は自分一人というレアケース。もしかしたら、とても驚きながらも喜んでくれるかもしれない。
洋服も、万が一掃除を手伝うようになっても良いように動きやすいものにしたし、昨日、雛菜と一緒に買ったヘアピンもつけ、誕プレでもらったピアスもつけ、準備は完璧である。
そう思って、マンションの真下でナンバーを押した。しかし、応答が無い。まだ寝ているのだろうか?
もう一度、鳴らしてみるが、反応がない。
「……」
まぁ、せっかく来たし、もう少し待ってみることにした。
それから30分ほど経過し、再び鳴らす。……だが、やはり応答はなかった。何かあったのかな? と、思ったタイミングで、スマホが震えた。
「もしもし?」
『浅倉? 今、どこにいんの?』
「リカのマンション」
『は? リカもう実家に帰ったよ』
「え、なんで? ……まさか、転校?」
『いや、夏休み中に一回、顔見せに行くとか言ってたでしょ』
……そういえば、言われた気がする。……でも、せめて一言くらい言ってくれれば良かったのに。
なんだか八つ当たりに近い感情が沸々と湧いて出てくる。
「……リカ、許さん」
『いや、自業自得でしょ。良いから家戻って来て。話あるから』
「はーい」
とりあえず、戻る事にした。
×××
集合場所は近くのカフェ。どちらかの部屋でも良かったのだが、勉強に付き合うならともかく、駄弁るだけならクーラー代の節約させろ、とのことで外で待ち合わせることになった。
透が紅茶を買って店内に入ってきたのに気付き、円香は軽く手を振る。
「で、話って?」
「ああ、リカの別荘に行く日、少し遅らせるって話」
「? なんで?」
「8月2周目の金、土、日曜にお祭りやるの。行きたいから、別荘に行く日、ずらしてもらった感じ」
こういう時、別荘というのは便利なものだ。持ち主である家族以外の都合とかお構いなしだから。……まぁ、そもそも身近に別荘を持つ友人がいること自体がちょっと普通ではないのだが。
「ああ、なるほどね。うん、全然平気だよ」
「ん」
「お祭りかぁ……なんか、去年も行ったのに久しぶりな気がする」
「二回も行ったのにね」
「え、そうだっけ?」
「学祭と夏祭りで二回」
「いや、なんか違うじゃん。夏祭りと学祭は」
「まぁ、そうかもね」
言わんとすることは円香にも分かる。正直、円香にとってはどっちも似たようなものである感じは否めないが。
「……そういえば、樋口。うちの高校の学祭いつだっけ?」
「9月の後半じゃなかった?」
「何やるとか決めたっけ?」
「この前のLHRで決まった。執事喫茶だって」
「……なにそれ?」
「男子を執事にして喫茶店じゃないの? 知らないけど」
クラス委員がゾルディック家オタクな事もあって、男子だけでなく女子も執事にさせられる事を、二人はまだ知らなかった。
「でも、それなら私達の出番は無さそうだよね」
「うん。……リカはその限りじゃ無さそうだけど」
「そっか……そうだね」
「……」
「……」
二人揃って、腕を組んで頭の中で何が起こるかを想像する。
はい、ほわん、ほわん、ほわわ〜ん……。
………
……
…
円香と透が黒と白を基調に飾り付けられた店内に案内されると、まず出迎えてくれたのはクラス一番のイケメンだった。
普段の天然パーマがまるで浮かないようにセットされ、黒い執事服に身を包んだ菅谷が、何故かモノクルを片目に装備して頭を下げる。
『おかえりなさいませ、お嬢様方。荷物を、お預かりいたします』
言われるがまま荷物を手渡すと、菅谷は引き下がりながら店内にご案内する。
『あー……えっと、なんだっけ? ……ああ、御席へご案内致します。あちらへどうぞ……え、俺が連れて行くの? てかもう、良くない? クラスメートだし。マドちゃん、とおるん。こっちこっち』
なんかいつもの無表情に戻り、すぐに化けの皮が剥がれるのだった……。
…
……
………
「……やっぱなんか平気そうだよね」
「うん。モテそうとかいう心配はなさそう」
シミュレーションしやすい男である。後は、当日の衣装の良さがどれだけ菅谷のダメなところをカバーし切るかによる。
これ以上は考えても無駄な気がするので、話題を変えてみた。円香には、ちょうど透の顔を見た時から気になっていることがあった。
「そういえばさ、浅倉」
「うん?」
「いつツッコもうか、ずっと考えてたんだけど」
「うん」
「その前髪についてるの何?」
今日の透はいつもと違って、別れている前髪の左半分を白いヘアピンで止めている。
「ん、昨日、雛菜と出掛けた時に買った。……あ、忘れてた。これ」
「?」
急に何? と思った円香に、透は鞄から小さな紙袋を出した。
「お土産」
「え、なんで急に?」
「ちょうど四色で可愛いのあったから、四人でお揃いにしようと思って。私が白、雛菜が赤。……で、小糸ちゃんが昨日、聞いたら青が良いって言うから、樋口は緑」
「別にいいけど、なんで私だけ余り物なの」
昨日の電話を脳裏に浮かべつつ聞いた。多分、小糸が途中で廊下に出たのはそれだろう。
「ん、まぁ……なんか流れで?」
まぁ、二人が買って来たものだし、年下の小糸から選ばせてあげた、ということだろうし、別に気にしないが。
「あ、折角だし私がつけよっか?」
「……んっ」
普段なら断っていたが、まぁ今日くらい良いか、と気まぐれで思い、円香は目を閉じて額を透の方へ近付ける。
「キス待ち顔みたい」
「……頭突きの構えなんだけど」
「嘘、ごめん冗談です」
なんて話しながら待っていると、透は円香の前髪をいじる。
基本的に円香は普段からヘアピンをしているので、一度それを外される。そして、また同じ箇所にそのヘアピンをつけてもらった。
……少し重い。というか、どんなピンなのかまだ見ていなかった。
「おっけ」
「どうも」
「写真撮ろ」
「ん」
話しながら、透がスマホを構え、それに身体を寄せて画面を見る。直後、画面に映っていた自分の額には、小さなカナブンが乗っていた。
「はっ⁉︎」
虫がついてる、とパニックってピンを払い除けようとするが、その手が透の顔面に直撃したため、不発。
それに気付かず、円香はピンを今度こそ握って外した。
「ち、ちょっと何これ⁉︎」
「……目に入りかけた……後少しズレてたら即死だった……」
「い、い、か、ら!」
「可愛いでしょ? カナブンのヘアピン」
「可愛くない!」
「私のも生き物だよ」
「は? 何処に……!」
言われて目を凝らすと、滅茶苦茶小さな飾りは確かについている。……これは、ミジンコだろうか?
「どんなヘアピン?」
「雛菜のはてんとう虫、小糸ちゃんのはゲンゴロウだよ」
「……」
自分よりもハズレクジがいた。要するに生き物をモデルにしたシリーズ、ということなのだろう。
ま、それは別に構わないのだが……。
「ていうか、何自分たちだけまともなの持ってってるの?」
「え、嫌だった? カナブン」
「嫌」
「でも、リカはかわいいって言うと思うよ」
「そ、それはそうかもだけど……って、なんでリカが出てくるわけ?」
あれにどう思われようが知ったことではない。……はず。
だが、透はそんな指摘などまるで無視して、再びスマホを構えて言った。
「撮って見せてみようよ」
「絶対に嫌」
「なんで? 本当に似合ってたのに」
「リアル過ぎるの、これ」
サイズは本物より小さいが、ちょっとリアル過ぎる出来に引いている時だった。「三馬鹿姉弟」という名前のグループチェインに一通のチェインが届く。
LIKA☆『暇ー』
また良いタイミングでぬかすものだ。暇な時ならいつでも相手になる、と言った手前、無視しづらい。
「ほらー、撮って見せようよ」
「……分かったから」
仕方ないので、写真を撮った。まぁ、確かに大袈裟に嫌がる事でもないのかもしれない。
改めて写真を撮り、それを透がメッセージと共に送ってみる。
『とおるん が 写真を送信しました』
とおるん『ヘアピンお揃い』
同じシリーズのものを「お揃い」と言って良いのか分からないが、円香は何も言わなかった。
すると、菅谷から僅か5秒で返信が届く。
LIKA☆『カナブンとミジンコ? 可愛い』
樋口円香『なんでミジンコまで見えるの』
直で見た円香でさえ、視認するのに時間を要した飾り付けだ。もちろん、本物のミジンコよりは大きいが、それでも普通に見づらいサイズと色調のはずなのに。
LIKA☆『普通に似合うよ。二人とも』
「……ほらね?」
「……っ」
なんか、悔しい。特に、透のドヤ顔が鼻につく。少し悔しかったので、八つ当たりした。菅谷に。
樋口円香『女の子に虫が似合うって褒めてるつもりなわけ?』
LIKA☆『うん』
樋口円香『ならもう少し褒め言葉について勉強して』
LIKA☆『でも可愛いものは可愛いし』
「……」
「ぷふっ……」
笑いを漏らす透を、眼力で黙らせる円香。分かっている、カウンターパンチをもらい、ダウンしている自覚はある。でも、ムカつく。
とおるん『私はー?』
LIKA☆『綺麗』
あれ、なんか自分と違う。それは透も感じ取ったようだ。
とおるん『え、なんか樋口と違くない?』
LIKA☆『だって違う人じゃん』
円香としてはどっちでも良いが、透は納得いっていない様子。もしかして「可愛い」と言われたいのだろうか? だとしたら、15年間一緒にいて、新たな可愛い所を見つけてしまったかもしれない。
LIKA☆『あと、ヘアピンも違うものだし。比較実験は比べる所以外の条件は揃えないと意味ないから』
いや、これはまず実験ではない。前提が違う……が、それを言う前に向こうから返信が来た。
LIKA☆『まぁ、とにかく二人とも似合ってるよ』
「……」
「……」
なんだかんだ一番言われたかったことを改めて伝えられてしまえば、二人とも黙り込むしかないわけで。
LIKA☆『あ、ごめん。呼ばれた。また後でね』
それだけ言って立ち去って行った。透も円香も、そのまましばらくドリンクを啜る。
円香は、少し気を落ち着かせる。菅谷がこの街にいない機会。この時に、色々と考えておきたい事もあった。
菅谷からの褒め言葉が、やたらと嬉しい理由だ。もうここ最近、ずっとである。
いや、褒められればそりゃ嬉しいものではあるのだろう。しかし、自分の感情の上下があまりにも激しい。心音の鼓動なんて爆速で動くことの方が多いくらいだ。
「ねぇ、樋口」
「な、なに?」
思考の途中で、透が口を挟んでくる。
「そういえば、前から気になってたんだけどさ。樋口はリカの事、どう思ってんの?」
「……え?」
まさかのピンポイントな話題だった。思わず心臓がさらに加速する。
「別に、どうって……‥友達でしょ」
「でも、その割に甲斐甲斐しくお世話するよね」
「まぁ……一人暮らし大変そうだから」
「……ふーん」
それはウソではない。最近は菅谷も自分の生活ペースが出来てきたみたいなので行くことも減ったが、まだ掃除と料理だけは油断出来ない。
しかし、そう嘘ではないことを自分に言い聞かせ続けている自覚はあった。だから、次の透の問いは、素直に胸の奥に突き刺さった。
「好きなんじゃないの?」
「ーっ」
息を呑んだ。目を見開いて。口の中に含んだ抹茶オレが、喉に流れず口内に残る。
キュッと捻られ、勢い良く放水していた蛇口が堰き止まるように、円香の思考も何もかもがフリーズする。
「……樋口?」
「っ、な、なに……顔近い」
気がついた時は、透が自分の顔を覗き込むように顔を寄せて来ていて、慌てて背けながら飲み物を飲み込む。
「で、どうなの?」
「何が?」
「好きじゃないの? リカ」
「っ……くだらないこと聞かないで。大体、あんたに言われたくないし」
カウンターを放つつもりはなかった。しかし、透は驚いたように目を丸くしてしまう。その質問は想定していなかったようだ……が、いつもの様子で微笑んだ。
「ふふ、やっぱそうなんじゃん」
「何言ってんの?」
「なんでもない」
この時、円香は自分の言動が、一体どういう意味を指していたのか理解していなかった。だから、キョトンとしてしまっている。
「ね、それよりさ、今日この後、どうする?」
「帰る。別にする事もないし、来週お祭り行くなら、お金節約した方が良いでしょ」
残念ながら、高校生の財力は一ヶ月間好き勝手遊べる程の余裕はない。今年もらったお年玉は割と貯金していたが、それでも無理なものは無理だ。
「いや、実はさ、それに備えて私、こんなの見つけて来たよ」
言いながら透は、鞄の中から一冊、雑誌を取り出した。みんな大好きタ○ンワークである。
「本当はリカも誘おうと思ってたんだけど……これ」
その中からパラパラとめくり、角に折り目をつけてあるページを開く。
「短期のバイト。やらない?」
「珍しい……そういうの、探して来るなんて」
いや本当に意外だった。透なら絶対、夏休み中盤から「お金ないわ」ってなると思っていた。
「だって、新しい水着欲しくない?」
「別に。……そっちと違って、去年までの入ると思うし」
「でも、今年はリカと一緒に、別荘で貸切の海だよ?」
「……」
それを聞くと、まぁ確かに新調した方が良い気もする。海の貸し切りなんて滅多にあることじゃないし、それも三浦半島にある海らしい。
文字通り、白い砂浜と青い海が広がり、真夏の日差しは暑苦しさだけでなく、爽やかさと心地良さを提供、人目を気にすることなく、好きなだけはしゃぎ放題。
そんな環境に、幼馴染の透だけでなく、異性の菅谷も……。
「……って、リカは関係ないでしょ」
「いや、あるでしょ。男の子だし」
「……」
絶対、含みがある気がしないでもないが、今は金の話だ。確かに、新調したいのかも……しれない?
「……どんなバイト?」
「交通量調査」
「それ二人で出来るの?」
「あとはウ○バーイーツ」
「……他にないの?」
「イベントスタッフ、プールの監視員、チラシ配り、引越し作業員、着ぐるみ風船配り」
「……」
つまり、交通量調査以外は地獄だ。……いや、この炎天下の中、じっと車を数えるのも同じくらい地獄である。そもそも、真夏の短期アルバイトなんて地獄じゃない方が珍しいとも言える。
「……どれにする?」
「なるべく二人でできる奴にしよっか。慰め合える」
「いやらしい言い方しないで」
そんなわけで、交通量調査はボツ。ウ○バーイーツも、同じ現場に派遣されることはないだろう。
「引越し作業員、男性のみって書いてあるよ」
「ていうか、書いてなくてもそれは無理でしょ。死ぬ」
「だよね」
さて、他ならまだマシかもしれない……が、あとはどれも同じレベルな気がする。
「プールの監視員もやめた方が良いかも」
「なんで?」
「ナンパ男が多そう」
「……なるほど。それなら、チラシ配りもじゃない?」
「確かに」
円香の案に、透が頷く。夏休み前、あれだけアピールをもらったのだ。学外に出れば、もっと増えてもおかしくない。
「着ぐるみもキツそうじゃない?」
「それ思ったんだけど、ここお昼フードコート無料券くれるんだって」
「あー、なるほどね」
他のとこならお弁当が関の山だろうに、魅力的ではある。
「あと、顔隠れるからナンパとか無さそう」
「ね。これにしちゃう?」
「そうしよっか」
と、いうわけで、早速電話して履歴書の準備を始め、採用された。と言うより、されてしまった、と表現するべきだったことに、二人はまだ気付く由も無かった。
×××
「……死ぬ」
「ほんと、死ぬ……」
短期バイトは全部で三日。今日はその初日。二人は女性であるにも関わらず、上半身は真っ黒なノースリーブ姿、下半身は半分だけ脱げてる着ぐるみ姿で、更衣室で項垂れていた。
ナンパ野郎もいないしお昼は好きなものを無償で食べられた……が、にしてもキツい。何が楽しくて、真夏の外で全身フル装備のまま風船を配らないといけないのか。
「これを後二日も……」
「死んじゃうって……」
「お疲れ様〜」
真っ白に燃え尽きている二人の元に、デパートの店員さんが顔を出す。
「大変だったでしょ? でも、こんなに若い女の子達がやり切ったの、すごいと思うわ」
「……はぁ、どうも……」
本当にお礼を言いたかったが、死にかけているのでつれない返事になってしまう。
そんな二人を見て、店員さんはわざとらしく意地悪そうな声を出す。
「あら〜? そんな態度で良いの〜?」
「……なんですか」
「せっかく、差し入れ持って来てあげたのに」
そう言いながら店員さんが二人に見せたのは、棒のハ○ゲンダッツだった。それにより、二人は瞳に輝きを放たせながら、一気に顔を上げた。クールに見えて、素直で可愛い女の子達である。
「「ありがとうございます」」
「いえいえ。あと二日だけ頑張ってね」
そう言った店員さんの目に入ったのは、二人の着ているシャツ。おそらく、着替えて帰るのだろうが、絞ったら雑巾のように汗が出て来そうなものだ。
「そうそう、ここシャワールームなんて気の利いたものはないけど、近くに銭湯ならあるわよ」
「銭湯、ですか?」
「ええ。今の時間ならあんまり人もいないだろうし、さっぱりしてから帰ったらどう?」
「……」
「……」
透と円香は顔を見合わせる。着替えを持って来てはいるが、確かにもう全身汗だくだ。このまま持って来た着替えに着替えれば、またベタベタにしてしまうだけだ。
「じゃあ……そうする?」
「うん」
「すみません。ありがとうございます」
「いいのよ。明日からもよろしくね」
それだけ話して、とりあえずアイスだけもらった。
店員さんが出て行った中、二人でアイスを分け合う。わざわざ高いハ○ゲンダッツを買ってくれた辺り、感謝しかない。
着替える前に食べることにして、改札の中の椅子に腰を下ろし、一口。直後、揃って目を見開く。
「お、おいひい……!」
「最近のハ○ゲンダッツすごい……」
「いや、昨日お母さんのハ○ゲンダッツ勝手に食べたけど、こんなに美味しくなかったよ」
「今日、家から追い出されてもうちを頼らないでね」
なんてやりとりをしつつ、さらにアイスに食いつく。しかし、不思議なものだ。身体中に冷たさと糖分が行き渡るのを感じ、舌から全身に身悶えが行き渡りそうになるのを堪える。
同じように味覚の快楽に身を委ねている透が、ふと思ったように呟いた。
「……もしかして、働いた後だから、とか?」
「……かもね」
疲れた体に全てが染み渡っているのは間違いない。大人達が労働後のビールを何より楽しみにするのが分かってしまった気がする。
「ね、リカに写真送ろうよ」
「ん……良いかもね」
何せ、彼にはこの良さは分からないだろうから。全力の自慢と煽りを見せてやるつもりで、二人で並んで、アイスを掲げる。
透がカシャっと写真を撮った。ついでなので、クマとウサギの頭部の着ぐるみも映るように。
とおるん『バイト終わりのアイス最高』
それを送ってから、またアイスを齧った。
「棒アイスってさ、当たり外れなくても棒を見ちゃうよね」
「いや、見ないでしょ」
「えー。あ、当たり」
「ないから」
「ちぇっ」
そんなどうでも良い話をしていると、菅谷から返信が来た。
「あ、返事」
「ちゃんと煽った? 『あなたには分からない味がここにある』みたいな」
「いやそんなこと言ってないけど……」
なんて話しつつ二人してチェインを開く。
LIKA☆『いや、送ってくれるのは嬉しいんだけど……』
LIKA☆『うん。ちょっと……何?』
LIKA☆『下着が見えてるから反応に困るというか……』
LIKA☆『あ、アイスは美味しそうだね』
「……」
「……」
確かに、ノースリーブの隙間から、ブラの紐や布地が見え隠れしている。透の胸元からは谷間さえ見えていた。
とおるん『えっち』
樋口円香『最低』
LIKA☆『いや検閲してから送ってよ……』
速攻でトークルームから削除した。
×××
二人はとりあえず上着だけ着てその銭湯に来た。中は割と古風な感じで、番台さんが真ん中にいて、左右に「男」と「女」の暖簾が掛かっている。
なんだかんだ銭湯の経験は多くないため、なんだか新鮮に感じてしまった。
「すごい。レトロ?」
「いや……なんか違う言い回し無い?」
「古風?」
「趣じゃない?」
「あ、なるほど」
なんて話しながら、お金を払ってタオルを借りて早速、中に入った。早めに裸になり、浴室の中へ。いかにも銭湯、という感じで広かった。
「たまにはこういうのも良いかも」
「ね。てか、貸切じゃん」
とりあえず、身体を流す。もうとにかく早く湯船に浸かりたい所だが、身体を洗わずにそれはマナー違反この上ないため、速攻で洗い尽くした。
「……シャンプーとボディソープ微妙」
「洗顔もないし、これ家帰ったらもっかいお風呂だよね」
まぁ銭湯にそこまで求めるのは違うのかもしれない。……というか、本来ならその辺も持参する必要があるものだ。
何にしても、汗は流れたので、後はのんびりするだけ。早速、二人は湯船につま先をつけた。
「あっつ!」
「いや、ちょうど良いでしょ」
「樋口すごい。江戸っ子じゃん」
「意味分かんない」
無視して、湯船の中に入る円香。遅れて、透も慎重な動きで肩まで浸かる。
「「……ふぅ〜……」」
揃ってため息が漏れた。心地よい。これが「疲れが取れる」感覚というものだろうか? もうこのまま寝れそうなまである。
「最高……明日も来ちゃう……?」
「それなら……洗顔とか、シャンプーも持ってこないとじゃん……」
「それも、辞さない……」
「分かる……」
いつにも増して中身と覇気がない会話だった。というか、改めて考えれば、夏はシャワーで済ませる事も多かったから、湯船に浸かることが久しぶりだ。
本当に眠気が襲ってくるが、風呂場で寝たら終了である。寝ないようにするには、会話をするしかない。
「……ねぇ、浅倉……」
「何〜?」
「なんでバイトなんて探してたの……?」
「ん〜? そりゃ、やっぱ夏休みに遊び倒すため〜……」
「……だよね……この前聞いた……」
「なにそれ〜……」
ダメだ、円香も頭が回らなくなって来ている。
ふにゃふにゃしている間に、透がしれっと続けて言った。
「後は〜、リカの部屋に〜……私物、いくつか置くため〜……」
「なんでそんな事……?」
「だって〜……せっかく、夏休みだし〜……一回くらい、泊まりでオールとかしてみたいな〜……って〜……」
「なるほど……」
「樋口もしない〜……?」
「ん〜……考えとく……」
この時、割ととんでもない許可を出したことに円香が気付く事は、その私物を買いに行く当日になってからのことだった。
ゴールデンウィーク後に林間学校をやる予定とか抜かしてたの「一応、やったけど班がバラバラになって大した思い出はなかった」ということにしておいてください。