浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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フルコース全て強い味ではなく、侘び寂びが大事。

 菅谷は、退屈していた。それはもう、何もない空間に一人、放置されているように。

 やはり、親戚絡みの付き合いというのは面倒だ。どんな高校いったの、とか、部活とかはやってるの、とか、成績はどうなの、とか、そんなのばかり。ハッキリ言って、どうでも良い。別に良い成績取れてるとか言って褒められたいわけでもないし。

 何より、父親が自分の代わりにほとんど話してしまう。まぁ、やらかした事件の大きさも今となっては分かるから、別にそれでも構わないわけだが。

 

「はぁ……」

 

 さて、そんな退屈な日々もあと少しで終わりである。明日のお昼には、東京に戻る予定だ。

 その為、今はのんびりと実家で過ごす。新居はそれなりに広くて色々と慣れなかったが、流石は自分の両親が作ってもらった家なだけあって、すぐに慣れた。なんかジェットバスついてたし。

 あれからほぼ毎日、円香と透の二人とは連絡を取っていたから、あまり寂しい感じはしなかった。……その分、二人からの写真を見るたびに「うわ、いいな〜」と思うことは多かったが。

 

「……今、平気かな」

 

 そう思って電話しようとした時だ。父親が声をかけて来た。

 

「明里、今良いか?」

「? 何?」

「いや、悪かったなって。せっかくこっち戻って来たのに、挨拶回りばかりだったろ?」

「平気。慣れてる」

「……」

 

 そう答えつつ、菅谷は手元のタランドゥスオオツヤクワガタのオモチャをいじる。

 

「……一人暮らしは、大変か?」

「んー……まぁ。でも手伝ってくれる子もいるし、平気。成績も良いでしょ」

「まぁ、な……」

 

 そんな返しをしながら、タランドゥスを机の上に置いた。

 

「明里。何かあったら言えよ」

「え?」

「一人暮らししてるからって、親に頼っちゃいけないってことはないから。前は護身術代わりに柔道教えたけど、今は先に手を出した奴より怪我をさせた奴の方が悪い世の中だ。イジメでもなんでも、反撃する前に相談しろ」

「え……金で解決とかやめてよ?」

「そんな事しない。弁護士で解決する」

「……う、うん……?」

 

 それはそれでどうなのか……と、思わないでもないが、まぁお言葉に甘えることにする。いじめられたことはないが、似たようなことになれば面倒だ。

 その父親は懐から封筒を取り出した。

 

「これ、持って行きなさい」

「? 何それ?」

「俺のへそくりだ。……もし、何かあったとしても、お前がここまで帰ってこれる金額が入ってる」

「え、お金? いいのに、別に」

「良いから持っとけ」

「……あ、ありがとう」

「……そんだけだ」

 

 それだけ言うと、父親は自分の元から離れ、リビングを出て行った。もしかしたら、少し心配をかけている、のだろうか? 高校生で一人暮らしって、もしかしたらレアケースなのかもしれない。

 何にしても、このお金は確かに使わない方が良いかも、と思い、明日東京へ引き返すための鞄にしまう為、部屋に……。

 

「あっ、明日戻る準備してない」

 

 大慌てで鞄に荷物を詰め込み始めた。

 

 ×××

 

 今日は、菅谷が帰ってくる日。と言っても、別にわざわざ出迎えにはいかない。単純に、ここ一週間は充実していて、少し疲れただけだ。

 と、言うのも、バイトして宿題も(自分がやる分は)終わらせて、田舎への帰省もして、そして小糸や雛菜の勉強と遊びもこなして、中々充実した一週間だったんじゃないかと思う。

 

「……」

 

 でも、やはり何か足りない。それは何か、すぐに分かった。それは「表裏一体のバカさと母性」である。そして、それの特性を持つ者は、この世に一人しかいない。

 透からバカさ、小糸から母性を感じることは可能だが、表裏一体のそれを同時に感じさせるバカは一人しかいない。

 

「……はぁ」

 

 我ながら、難儀な性格に変わったものだ。なんか、待ち遠しく感じている、小さくため息をつきながら、円香は本を閉じる。

 飽きたので、とりあえず何か連絡でも取ってみようか? いや、でも当日に連絡なんてしたら、なんか「帰ってくるのを待ってた」なんて思われそうだ。……いや、事実ではある……いや、やっぱ事実と認めたくない。

 最近の自身の情緒に不安を覚えつつも、円香はとりあえず暇なので菅谷に電話してみることにした。ここ最近、暇な時は菅谷の暇潰し相手になるのが日課になりつつあった。

 

「……って、いやいやいやいや。違うでしょ」

 

 や、だから菅谷に連絡取るのは嫌だって、さっき思ったばかりだ。何だか思考が微妙にぶれているのに気がする。

 というか、透に連絡すれば良い。今日は透も暇しているはず。そう思い、スマホの画面をツイツイといじる。

 

「……」

 

 透の名前を押そうとしたところで、指が止まった。……別に、透に用事があるわけでもない。

 というか、何だか自分の行動がさっきから言い訳だらけに見えて仕方ない。

 

「……はぁ」

「どうしたの?」

「いや……なんか、変に最近、リカに連絡するのを意識しちゃってるだけ。なんか連絡するのも少しドギマギするというか……」

「へー、意外。別に樋口、そこまで他人に緊張するタイプじゃないのに」

「別に他人に緊張してるとかじゃなくて、なんかリカが相手だと自分がどう思われるか考えちゃうと言うか……」

「やっぱり好きなんじゃな」

「それはない」

「うわ、食い気味じゃん。ウケる」

「うけないから……」

 

 と、言いかけた所で、ふと円香の口が止まる。というか、自分は誰と話しているのか? いや、あの会話の具合から一人しか思い付かないが。

 声のする方を振り向くと、予想通りの人物がニコニコして立っていた。

 

「……なんでいるの?」

「ん、いや暇だったから来てみた」

「せめてノックしてから入って来てくれない?」

「むしろ気が付かれなかったことに驚いてるんだけど……もしかして、リカのこと考えてた?」

「っ、な、何言ってんの? 意味わかんない」

 

 そうは言ったが、透は「わぁ、ビンゴ?」と言わんばかりにニコニコしていた。この女ホントムカつく。

 

「大丈夫、私も同じこと考えてたから」

「は?」

「今夜、リカ戻って来るらしいじゃん?」

「うん」

「だからさ、やろうよ。サプライズ」

「はぁ?」

 

 また急な話である。思わず「何言ってんのいきなり?」と言わんばかりに片眉を上げてしまう。

 

「……サプライズって……どうやって?」

「駅で待ち伏せ」

「時間によるけど、補導されるでしょ」

「大丈夫。こっちに戻る時間は聞いてあるから。ほら」

 

 そう言いながら見せられたのは、二人のトークルームだ。

 

 …………

 

 とおるん『とりあえず、毎晩恒例の』

『 とおるん が写真を送信しました』

 LIKA☆『りょ』

『 LIKA☆ が写真を送信しました』

 

《今日》

 

 とおるん『今日、何時に戻ってくる?』

 LIKA☆『分からん』

 とおるん『教えて』

 LIKA☆『いや分からんて。21時までには駅着くと思うけど』

 とおるん『りょ。正確にわかったら後で教えて』

 

 …………

 

「いや、待って。まずこの写真何?」

 

 円香がツッコミを入れたのは、おそらく昨晩のチェイン。なんか菅谷と透が、二人で自撮りを送り合っている。別にエッチな写真とかではなく、寝る前に少し撮ったみたいな感じの写真だ。

 

「……あ、そっか。これグループのじゃなかった」

「は?」

「五日位前かな。寝る前に二人でチェインしてた時、なんかやっぱ顔見えないの寂しいねって話になってさ。お互いにその日の写真を送り合うことにしてた」

「いや、これその日のっていうか、送るために撮った奴でしょ」

 

 何せ、二人とも寝間着姿だ。しかも、二人とも中学時代の体操服である。同じ中学出身とは言え、恥じらいはないのか。

 

「昨日と一昨日は、特に自撮りとかしなかったからね。……というか、リカは毎日、撮るものなかったっぽくて毎日パジャマだったよ」

 

 言いながら、しばらくスイスイと画面をスワイプしたあと、また別の写真を見せて来た。

 

「ほら、これとか可愛くない?」

 

 カブトムシのサナギ寝袋に包まった菅谷だった。これはもはや自撮りではなく、間違いなく協力者がいる。

 

「や……可愛くはないって言うか、気持ち悪い」

「えー。……まぁ、うん。可愛くはないわ」

 

 あっさりと自らの感性を覆した透だった。

 

「そっか……ラスト二日は樋口も混ぜればよかったね」

「? 何でラスト二日だけ?」

「いや、その前の三日は樋口とか雛菜とか小糸ちゃんと遊んでたから、割と送る写真多かったから。樋口とか毎回、映ってたし」

「人の写真、勝手に送らないで」

「良いじゃん。リカ、喜んでたし」

「……」

 

 喜んでた、なんて聞いて少し嬉しそうに頬を赤らめる円香は、相変わらずの自分のチョロさが嫌になってしまう。

 

「他の写真も見たい?」

「別にいい。それより、サプライズはどうするの?」

 

 また自分が嫌になって来て、目を逸らしながら話題を逸らす。

 

「うーん……とりあえず、めっちゃ振ったメントスコーラ渡してみる……とか?」

 

 そっちのサプライズか、と円香は内心で呆れるが、まぁこういうわけわからないことを当然のように言い出す時、透には透に意図がある時だ。

 ……例えば今回の場合は、これまで菅谷の周りに足りていなかった「バカさ加減」を、補充するつもりだろう。

 

「どうせなら、ファミマにしか売ってないペ○シでやらない? あれ確か普通のペットボトルより大きいから」

「お、良いね」

 

 なら、たまにはノって一緒にやらかすのもアリだろう。冬ならあれだけど、ちょうど夏だし。

 

「顔面シュークリームは?」

「あんまり無駄遣いは出来ないでしょ」

「あ、そっか」

 

 何せ来週からお祭りなのだから。まぁ正直、円香はお祭りで何かやりたい屋台があるわけではないのだが。

 

「で、どうやってメントスコーラ渡すの?」

「え? 改札で」

「それだと、なんか不自然じゃない?」

「どうして?」

「だって、あんたあんまリカに差し入れとかしてないでしょ」

「いや、そうだけど……でもリカだよ?」

「こういうのは少しでも警戒されたらダメな奴だから。完全に油断してる時に手渡さないと」

「じゃあ……樋口ならどうするの?」

 

 聞かれて、円香は顎に手を当てる。自分ならどうするか……しばらく考え込む。菅谷の習性を考え、どう動けば良いのかを分析し……よし、理解した。

 

「任せて。最高のメントスコーラを用意する」

 

 ×××

 

 菅谷は、それはもうウキウキしていた。父親との挨拶を終えて、帰宅の電車で揺られている。

 今日は家でのんびり出来たから特にストレスはないが、割とストレスがエグい日もあったりした。だから普通に疲れていたのに空いている席が優先席しか無かった為、仕方なく立ったまま乗っていた。

 大きな荷物を持って、地元に到着し、菅谷は軽く伸びをする。

 

「ん〜……着いたぁ……!」

 

 さて、明日からまた遊び倒す。今日まで、透と円香は二人でイチャイチャ楽しんでいた写真を毎日のように見ていたため、なんかもう羨ましい。バイトも買い物も受験生の後輩の息抜きも、全部やりたい。

 暇な間に宿題も実家で少し進めておいたし、本当にエンジョイ出来る。

 改札を出て、帰路につく。いつものルートで公園の前を通りかかった時だった。

 ──ピチャッと、首のサイドから冷たい棒状の何かを押し当てられる。

 

「ひゃうっ!」

 

 思わず変な声が漏れてしまった。

 慌てて距離を置きながら振り返ると、ここ一週間で何度も見たいと思っていたツラが、ニコニコしながらコーラを構えてピースしている。

 

「やっほー、リカ」

「おかえり」

「っっっくりしたぁ……何してんの」

「迎えに来てもらって随分なご挨拶じゃん」

「え……来てくれたの?」

「うん。樋口が行きたいって」

「言ってない」

「マドちゃん……!」

「……うるさい。ほんとに言ってない」

 

 本当に言ってるかどうかは分からないが……その気持ちは嬉しい。感極まり、思わず円香の両肩に手を当ててしまった。

 

「ありがとう……マドちゃんっ。マドちゃんが実家に帰るときは、俺も迎えに行くからね」

「それ、送りに行くの間違いになる。……ていうか、離して」

 

 少し照れたように目を逸らされてしまう。異性間で距離が近かったかもしれない……と、反省する反面、ちょっと可愛いな、と思ってしまったり。

 その二人の間に、透がコーラを突き出して入る。

 

「はい。コーラ。とりあえず……公園でのんびりしようよ」

「あ、うん。そうだね」

「……んっ」

 

 そんな話をしながら、公園のベンチに三人で座った。三人掛けとはいえ、結構キツい。真ん中に菅谷が座り、その両サイドに二人が座った。

 

「「「乾杯」」」

 

 と、ボトルを三人でぶつけ、キャップを緩めた直後、両サイドの二人は一気に逃げる。「へ?」と声を漏らした直後……顔面にコーラが襲いかかって来た。

 

「ブッ……!」

 

 見事に鼻の頭により分散し、目、口、そして鼻の穴に侵入。耳から出るかと思ったほどだ。

 お陰で後ろにひっくり返り、背中を地面に強打した。

 

「……あがっ……背中っ、ぐほっ……!」

 

 荷物は透の提案でベンチの横に置いておいたわけだが、大正解である。コーラは地面を転がり、本人はそのまま転げ回った。

 この噴射の勢い……間違いなくtake in メントスだ。そして、売る前からメントスが入っているコーラが、あるわけがない。つまり……。

 

「ぷっ……ふふっ……!」

「モロ……狙い通りに、モロ……!」

 

 どちらか……いや、両方の仕業だ。何処から計画に入ってたのかは知らないが、ここまで精密な作戦を透が立てられるとは思えない。

 つまり……。

 

「お前らー!」

「ぐえっ! く、苦しい……!」

 

 まずは発案者っぽい透の首に腕を回し、頭を締め上げる。

 

「ぷっ……人からもらったコーラを信用した自分が悪いでしょ」

「お前もだろー!」

「えっ、ちょっ……!」

 

 さらに、そのままもう反対側の腕で円香の首にも回し、2人同時にスクラムを組むように組み伏せた。

 

「ちょっと嬉しかったのにお前らー!」

「うぐえっ……ちょっ、締まってる締まってる……!」

「ていうか……ちょっ、距離感……!」

「うるせー!」

 

 吠えまくる菅谷。

 薄い胸に顔を押しつけられながら、円香は苦しさより照れによって頬が赤くなる。そんな中で、ふと菅谷の顔を見ると、言ってる言葉の内容の割にとても楽しそうな表情をしていた。

 なんだかんだ言って楽しんでもらえたのなら、とりあえずサプライズの意味があったことに胸を撫で下ろした。

 

「ごめんって。お詫びに夕食、リカの分も奢るから」

「もう食べたし」

「じゃ、デザート」

「この時間に食べたら太る」

「女子か」

「体型に男子も女子もないから」

「じゃあ、どうしたら良いの?」

 

 なんかいつのまにか透が下手に出ていた。菅谷は何も許さんとも殺すとも言っていないのに。

 円香は黙ってそれを聞いていると、菅谷はスッと手を離す。

 

「明日、三人で遊びに行こう」

「そんなので良いの?」

「良いの」

「それが良いの。そのあとはうちに来て、またご飯食べよう」

 

 本当に、素直な子は可愛いものだ、と円香は少し笑みをこぼす。その隙に、先に透が返事をした。

 

「……私はそれで良いよ」

「……んっ」

 

 二人とも頷く。明日はちょうど、予定は空いている。空けておいたのではない。断じて。

 

「じゃ、今日は解散しよっか。駅まで二人とも送るよ」

「ありがと」

「それはこっちのセリフ」

 

 そんな話をしながら、三人で駅まで戻った。

 円香と透の首は、少しだけ熱を帯びていた。細かい場所を指摘するならば、菅谷に絞められた辺りである。

 あんなに至近距離で密着したのは、円香にとっては初めての経験だった。怒った菅谷の様子は、あれはあれで可愛いものがあった。思わず、また見たいと思えてしまう程度には。

 

「……」

 

 また、機会があればこういうサプライズをしてみるのも悪くないかも、なんて思ってしまった。

 

 ×××

 

 それから、毎日のように三人は遊び倒した。一週間、会えなかった反動が出たかのように、それはもうほぼ毎日のように顔を合わせていた。一日だけボウリングに行ってしまったが、そこで「や、だから金使うなっつの」となって、結局は缶蹴りとかリ○グフィットとかしていたが、意外と普通に楽しかった。

 さて、明日はいよいよお祭りである。公園で遊び疲れ、ベンチに座って飲み物を飲んでいると、透がふと思ったように言った。

 

「そろそろ帰る?」

「だね」

 

 それに菅谷が頷く。しかし、円香だけは微妙に納得いかなさそうにしている。いや、まだ疲れてないからとかではなく……何となくそう思った。

 一人、立ち上がる前に、ふと気になったので後ろから聞いてみた。

 

「所でリカ。あんたちゃんと宿題やってんの?」

「えっ、急にどうしたの?」

「や、私と浅倉の宿題、半分以上、握ってるわけだし、確認」

 

 しれっと透の名前を出す事で味方につけつつ問い詰める。

 

「ちゃんとやってるよ。実家で割と進めたし」

「……浅倉、信用出来る?」

「えっ?」

 

 ほとんど話を聞いていなかった透が片眉を上げながら聞き返して来たので、もう一度同じことを聞いた。

 

「リカがちゃんと宿題やってる、って信用出来る?」

「え? いや別に全然……」

 

 それを言われて、透はふと円香の顔を見る。実際、出来るか出来ないかで言えば出来る。何せ、成績は割と真ん中をキープしている菅谷だし、何より成績がないと困るのは菅谷だ。

 しかし、円香の表情は、本当に信用の有無を聞いているわけではなく「出来ないと言え」と言っているように見える。その理由は、この後の展開を少し考えれば分かった。

 

「出来ない」

「えっ?」

「はい、2対1。今から確認しに行くから」

「えっ、ちょっ……ダメだって」

「? なんで? ほとんど出来てるんでしょ?」

「で、出来てるけど……」

「じゃあ良いでしょ。部屋に行くくらい」

「そろそろ帰らないとご両親心配しない?」

「まだ18時過ぎだし平気」

「とおるんは?」

「余裕」

「……」

 

 なんか、やたらと部屋に上げたがらないのは何故なのか。いや、まぁどう良い。いややっぱ良くない。案外、誤魔化そうとしているということは、本当に宿題に手をつけていない可能性もあるし。

 

「はい、決定」

「え……あの、俺の部屋なのに俺の意思は……」

「今のうちに宿題やってないこと白状したら許してあげるけど?」

「いや、それは本当にしてるって。その事じゃなくて……」

「行こう、浅倉。リカの右腕掴んで」

「はいはい」

「自分の部屋に連行される家主とは一体……」

 

 そのまま、部屋まで一緒に行った。

 15階まで来て、早速唖然とした。まず玄関の前に出されているゴミ袋が四つ……つまり、それは実家から戻ってきて経過した日数を指している。つまり……この男、ゴミ出しを一回もしていない。

 

「……」

「……」

「あの……二人とも、無言で部屋の方に連れて行くのは怖いから……」

 

 無視である。面白いから黙っている透とは違って、円香はおこだ。

 玄関の前に立つと、円香は菅谷の腕から離れた。

 

「開けて」

「え?」

「二度も同じこと言われないと理解できないわけ?」

「……開けます」

 

 開けた。流石に異臭や悪臭は無かったが、廊下に散らばっている靴下、そして奥に進めば進むほど落ちているのは、洗濯されていない衣類に、この前実家から戻ってきたときに持っていた鞄をそのまま放置している跡、机の上にはカップ麺のゴミである。

 まるで入学当初に戻ったようなその様子に、円香は眉間の皺と額の青筋を隠そうともせずに菅谷を睨む。

 逃走を図ろうとするが、そもそも透にしっかりとホールドされていて逃げようがない。

 

「……リカ」

「……はい」

「何これ?」

 

 問い詰めると言うより、もはや追い詰めるように尋ねると、菅谷はもはや開き直るように朗らかな笑みを浮かべた。

 

「いやー、一度崩れた生活リズムってのは、戻すの大変だよなぁ。向こうにいた時はゴミ出しも洗濯も掃除も料理も全部やってくれたからね。俺がやろうとする前に。おかげでもう家事スキルも何もかもが鈍っちゃってね。しかし、人というのは甘やかされた環境にいるとすぐに出来たことが出来なくなる罪な生物……」

「ビンタされるのと素直に謝るの、どっち?」

「ごめんなさい」

「じゃ、一発で済ませてあげる」

「結局ぶつの……ぶっ!」

 

 KOした円香は、小さくため息をつく。一応、窓を開けてある辺り、全く不潔にしているわけではないのだろう。

 しかし、何にしても片付ける必要がある。このままお祭りなんてあり得ないが……ちょっと今日中に終わらせられる気がしない。

 

「浅倉も手伝って。とりあえず、今、回せる分の洗濯物はリカにやらせるから、浅倉は洗い物して。私はゴミをまとめる」

「えー、私もー?」

「バカ。あんたも早く立って。明日、朝からここ来て掃除するから。夕方までに終わらなかったらお祭りなしだから覚悟して」

「ええっ……!」

「は? 文句あるわけ?」

「ないです」

 

 自分がしっかりしなければ、と円香は強く思った。少し家事をしなくて良い期間が続いただけでこの始末……やはり、菅谷を支えるのは一時も油断ならない、そう心底理解した。

 

 




予告しときます。夏休みはいつものごとく長くなります。すみません。
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