別荘。その響きだけでお金持ちを想像する人は少なく無いだろう。実際、間違いではない。別宅を持つなんてそれなりにお金がないと出来ない事だ。
それを持たない人にとっては、その家を持つ人はまさに別世界の住人に見える事だろう。
だが、そんな事を気にするタマではない円香と透は、当日になっても普通にリラックスしていた。
待ち合わせ場所は、二人の家の前。てっきり電車で行くと思っていたから意外に思えてしまったが、まぁ移動の手間が掛からないだけラッキーと見るべきだろう。
「リカ、遅くない?」
「ね。いつもならいの一番に来てそうなのに」
「……今のうちに、忘れ物ないか確認したら?」
円香は、幼馴染のそう言うとこに関しては信用していない。むしろ、必ず何か忘れ物があるという点での信用はあるが。
「いやいや、流石に今日は忘れ物してないから。自信ある」
「水着持った?」
「一番忘れないでしょそれ」
言いながら、透は大きなボストンバッグの中を見た。しばらく弄った後「あっ」と声を漏らす。
「水着ないわ」
「お礼はスイカ割りのスイカ役で良いから」
「え……そんなにギルティ重かった?」
「良いからまず水着を取ってきて」
「はーい」
そのまま透は家に引き返した。全くもって、少しは考えながら生きてほしい幼馴染である。せっかくこの日のために買った水着をお披露目しないとか、もはや何しに行くか分からないまである。
……そう思いつつも、円香も忘れていたら嫌なので、自分の鞄の中を覗いておく。うん。五日間かけて選んだ水着がちゃんと入ってる。
そんな時だった。家の前に車が止まる。……まさかのリムジンが。
「……え」
「おーい、マドちゃん」
開かれた助手席から降りて手を振って来るのは菅谷。そして、反対側には菅谷の父親では無い男性が座っている。
「……あ、お、おはよう……」
流石に動揺してしまった。まさかとは思うが、これで別荘に行くつもりなのだろうか?
「とおるんは?」
「今、忘れ物取りに行ってる」
「あそう。じゃあ……室寺さん、先に紹介しときますね」
この人が室寺さん? と、円香が小首を傾げている間に、菅谷はそのまま言う。
「この子が樋口円香。クラスメート」
「ふふ、初めまして。樋口さん。室寺です」
「は、初めまして……」
思った以上にシュッとした人だ。如何にも仕事が出来そうな空気で、ダンディな空気を身にまとっている。
「……ふふ、可愛らしいお嬢さんじゃないか。明里、お前こんなレベル高い子と泊まりで行くの? 嘘でしょ?」
「そうですよ」
「いい加減にしろよお前ホント」
「良いでしょー?」
「よし、お前だけ走って行け」
「嘘嘘ごめんごめん」
なんか冗談言い合えるほど仲良さそうだ。父親の職場の人、とのことだが、どうにもそれだけじゃない気がする。
「あの……失礼ですが、リ……明里くんとの関係は……」
「わっ、今初めてマドちゃんに『明里くん』って言われた。もっかい言って?」
「黙ってて」
「はい」
黙らせると、改めて聞こうとした……が、聞く前に察した室寺は微笑みながら答えた。
「そうですね。他の方から見たら俺と明里の関係は普通では無いかもしれません。しかし、それでもこのように友人でいられるものですよ」
「……」
そういうもの、なのだろうか。まぁ、そもそも男の子である菅谷が女である自分と透にかなり懐いているわけだし、そうなのかもしれない。男一対女二……これも、周りから見たらかなり奇怪なことだ。
「とにかく、乗って。マドちゃん。室寺さんが送ってくれるから」
「……良いんですか?」
「良いの良いの。……明里を送る代わりに、リムジン好きに使って良いって約束したし。これで関東一周旅行を計画中です」
イケメンにはロクな人種がいないのだろうか? この人も割とおかしい。
まぁ、なんにしてもお言葉に甘え、リムジンに乗り込むことにした。
「あ、荷物ちょうだい。トランクに詰め込む」
「ありがと」
乗り込む前に、車から降りた菅谷に荷物を預けた。内装は、それはもうドラマでよく見るような豪華な物。本当にこんなの乗って良いの? と思う程だ。
「……すごい。車内にフルーツと冷蔵庫が……」
「食べてて良いよ」
「ていうか、明里も後ろ行って良いよ」
「え? でも父ちゃんがお前は助手席に座っててやれって」
「そんな気を使わなくて良いから。元々、お友達同士で遊びに行くって話だったんでしょ? 3人で仲良く後ろにいてくれて良いから」
「……そう?」
「うん」
「じゃあ……そうする。ありがと」
その言葉に室寺は片手をあげて返事をする。
後ろの席に来て円香の隣に座った菅谷は、真顔のまま言った。
「そんなわけで、来ちゃった」
「いや、あんたの家の車だし」
来ちゃった、とか待ち合わせしてないけど来ました、みたいに言われても困る。
「……すごいね。リムジン」
「うん。普段はあんまり使わないんだけどね。でも、今日はほら、特別だし。そしたら室寺さんが『色んな地方を回って昆虫採集に行く車を借りたい』って言って来たから、ついでに送ってもらうことになった」
「そうなの。……帰りは?」
「帰りは電車」
「あ、なるほど」
まぁそれくらいは仕方ない。……というか、室寺さんは何を考えているのだろうか? この人の虫好きも行くところまで行っている気がする。
「初めて座ったけど、座り心地もすごい」
「うん。ふっかふかでしょ。俺も乗るの久しぶり」
「そうなの?」
「うち、車たくさんあるから。……母ちゃんが運転趣味で」
「明里、あの人の運転についてどうこう言うのはよせ……」
「うん……」
「?」
運転に何か問題でもあるのだろうか? まぁ今はいないのでどうでも良いが。
「まぁ、母ちゃんの運転のおかげで遅刻しないで済んだことは何度かあった、ってだけ言っておくね」
「……ああ」
つまり、F1ドライバー的なアレなのだろう。怖い。
「その催しがあった時、私は絶対に誘わないで」
「大丈夫。慣れれば楽しいから」
「慣れたら終わりでしょ」
なんて話しながら、ふと窓の外に目を向ける円香。家から出て来た透が、物珍しそうに車を眺めていた。
「あ、きた」
それに気づいた菅谷が車から降りる。
「あれ、リカ? 今、この車から降りてきた?」
「え? うん。乗って。……あ、この人、運転してくれる室寺さん」
「あ、よく話に出てくる?」
「こんにちは。あなたが浅倉透さん、かな?」
「よろしくお願いします」
「……明里、お前ホント大概にしろよ。美人ばっか引き連れやがって」
「どっちかっていうと俺がついて行ってるんだよ」
「? お互いについていってない?」
「え? じゃあどこに向かってるの?」
「? 分からん」
「なるほど、よく分かった」
すぐに二人のアホなやりとりを見て関係を理解するあたり、室寺さんも流石、菅谷と長く付き合っているだけのことはあった。
「とにかく、乗って」
「はーい」
「とおるん、荷物もらう」
「え、あげない」
「いやいらないけど」
「え?」
「トランクに乗せた方が良くない?」
「あ、うん。よろしく」
そんなとこで一々、かみ合いの齟齬を発生させるな、と思ったが、何も言わずに円香は鏡を取り出す。最後に顔や髪型をチェックしておく。
「ありがと、樋口。さっき助かっ……うわ、内装もヤバっ」
「分かる」
同じリアクションを浮かべる透。その後に続いて、菅谷も車の中に乗り込んだ。
さて、改めて発進である。
「じゃ、出すよー」
「「「お願いしまーす」」」
その一声で、とりあえず挨拶して出発した。
×××
最初こそ「車の中でフカフカのソファー」というものに慣れなかったものの、室寺の運転があまりに緩やかであった為、すぐに慣れた。リムジンの中では飲み物をもらったり、三人で「フルーツを放って口でキャッチする」なんて遊びをやっていたら、知らないうちに慣れていた。
流石、基本的に自分達の世界で仲良くやる子達だ。どこで過ごしたって、すぐに自分ん家状態である。
途中、サービスエリアによって山の風景やら何やらをバックに写真を撮ったり、地味に美味しいそこでしか食べられないラーメンを食べたりして、何とか別荘に到着した。
「うおー、着いたー」
「途中、めっちゃ綺麗な海見えたよね」
「あの海を、貸切……」
本当に贅沢な限りを尽くせそうな時間になりそうだ。
「明里、これ」
「あ、鍵?」
「ああ。帰りはちゃんとお前の手からお父さんに返すんだからな? 失くさないでよ?」
「余裕」
「……樋口さん。あなたに預かってもらっても?」
「……様子を見て考えます」
とりあえず、即答はしないでおいた。
鍵を預かった菅谷に、さらに室寺が続ける。
「明里、先に荷物運び込んでおいて」
「うい。……え、なんで先に?」
「俺が見て回った先に特大のオオクワガタとかいたら、動画で送ってやるから」
「任された」
すぐに頷き、トランクを開けて、荷物を運び始めた。車の中からまだ降りていなかった透と円香の方に、室寺が振り向く。
「今日……というか、今後も明里のことよろしくね」
「? なんですか? 急に」
「いや、あいつは俺も生まれる前から知ってるから、僭越ながらほぼ父親みたいな想いもあるんだけどさ……やっぱ、友達みたいな関係になっちゃってんのは、俺がアイツと距離近すぎたからなんだよな。……もっと、同い年の友達を作らせるべきだったなって」
父親の秘書をしているらしいこの人は、ずっと菅谷の面倒も見ていたらしい。
「俺が構ってやってたから友達なんていらなかったみたいだし、あれだけ広い家に友達も連れて来なかったから。……だから、君らがあの子の初めての友達みたいなとこあるんだよ」
「……はぁ」
「異性の友達なんて、尚更驚いてるよ。今まで女の子と仲良くなったこともなかったから。だから、まぁ……なんだ。あいつとずっと、仲良くしてやって」
それだけ言うと、室寺は運転席を出て、荷物の積み下ろしを手伝いに行った。こういうこと言うの、キャラじゃないから少し逃げるように出て行ったのは気の所為では無いのだろう。
残された円香と透は、顔を見合わせる。
「そんなこと言われても……ね?」
「うん。当たり前だよね、そんなこと」
二人とも、菅谷に対して縁を切りたい、なんて気持ちを抱いた事はない。言われるまでもないことだ。
さて、揃って車を降りて、軽く伸びをした。磯の香りが鼻腔を刺激する。海に来た、という感覚が胸の奥底から湧いて出てきた。
「ん〜……最高」
「なんか、日差しが鬱陶しくない……!」
汗でベタベタしないのが最高だ。これから、ここで一泊……いや、二泊でも三泊でも出来るらしい。
「いつ帰る?」
「一年後」
「アリかも」
そんな話をしていると、荷物の運び込みが終わったのか、二人とも戻って来た。
「じゃ、俺そろそろ行くから。楽しんでって」
「ありがとね、室寺さん」
「「ありがとうございました」」
それだけ挨拶して、車は発進した。
さて、残った透と円香は、菅谷の案内の元、改めて別荘に向かった。
「よし、おいで。案内するから」
「広いの?」
「見ての通り」
「……大きい」
自分達の家と同じくらいのものだ。別荘で。なんか、本当に住む世界が違う人だったんだな、と思ったが、まぁ当の本人の中身がこれなのでやっぱり気の所為だ。
別荘の周りは森林に囲まれていて、すぐ出ると海。なんというか……海で気兼ね一つする事なく、エンジョイするに適しすぎている環境だ。
「ほら、早く」
いつの間にか玄関の方に移動していた菅谷に手招きされ、二人ともおずおずとそちらへ向かう。
中は少しアンティークな木製となっていた。ヒノキの香りがプゥンと漂っている。
「荷物、一応リビングに置いてあるから。泊まりたい部屋に持って行って」
「え、一人一部屋?」
「うん。……あ、二人一緒の方が良い?」
透の質問に菅谷が応じると、真顔のまま透は答えた。
「二人っていうか、三人一緒が良い」
「え……」
「ちょっと、浅倉」
「いやいや、プライベートの旅行でまで、律儀に校則守らなくて良いでしょ。去年の修学旅行だって、リカだけ部屋別で寂しそうだったし」
「そうじゃなくて……」
そういうの、菅谷は苦手だったはず……と、思いながらチラリと見ると、目を輝かせていた。
「良いの?」
「もちろん」
「じゃあ、朝までトランプとかやっちゃう?」
「良いね」
「……はぁ、まぁ良いか」
この様子なら、変な事はしないだろう。……いや、元々変な事するような子じゃない。考えてみれば、そういう行為に至らなければ同室だろうが問題はないのだ。
「でも、三人で寝れる場所なんてあるわけ?」
「父ちゃんと母ちゃんのベッドならでかいよ。もう何年も使ってないけど、この前、掃除しに来た時に洗濯したから大丈夫」
「……そう」
いや、別に気にするようなことではないかもしれないが……若かりし頃の夫婦が使っていた、と聞くと少し恥ずかしくなってくる。
「どうする? 海もう行く? それとも、ここもう少し見る?」
「私、少し見ておきたい」
「あ、じゃあ私も」
との事で、とりあえず各々で家の中を見て回ることにした。
廊下を歩いた先にあるのはお風呂場だった。しかも、ジェットバスがついている上に余裕で4人くらい入れそうなほど広い。
「わっ、すごい……」
「雛菜と小糸ちゃんも一緒だったら、久しぶりに四人で入れたね」
「父ちゃんに頼めば連れて来てもらえると思うけど」
「は? 女の子これ以上、増やす気? 深夜アニメのポスターでも目指してるわけ?」
「二人とも受験生だからダメ」
「……何もそこまで言わなくても……なんで怒るの?」
「うるさい」
「黙ってて」
黙らされた。
引き返しながら戻ると、途中の扉を菅谷が開いた。中は和室になっていて、古風な火起こしがある。
「ここは母ちゃんの希望。父ちゃんが言うには大和撫子だから。車の爆走大好きだけど」
「会ってみたいわ。あんたのお母さん」
「何、花嫁修行?」
「リカ……!」
「俺何も言ってないけど……?」
とばっちりをもらいながら、その部屋は唯一布団があることを教えておく。
その部屋を後にしつつ、ついでに一階のトイレの位置も伝えた。
そのトイレの向かい側にある部屋の扉を開けると、思わず二人とも目を丸くする。ダーツ、ビリヤード、ルーレットなど、ワンランク上のお店の遊びが揃えられていた。
「わっ……すご。ゲーセン?」
「その表現は初めて聞いた」
「どれもやったことないんだけど」
「見た目より簡単じゃないけど、思ったより難しくないよ」
「なるほど……しっくりきた」
「浅倉、騙されないで。そいつ適当に言ってるだけ」
「てへっ」
「あ、可愛い。ね、樋口?」
「……」
「なんでそこでマドちゃんに振るの……ブチギレてるじゃん……」
「どうだろうね」
そんな話をしながら、部屋を出た。
さて、いよいよ二階である。階段を上がると、目に入ったのは四つの扉。階段から見て一番遠い扉を菅谷が指さして先に言う。
「あそこの扉はトイレだから。行きたい部屋はそこ以外から選んで」
「じゃあ、ここ」
透が選んだのは、そのトイレの隣の部屋……つまり、階段から一番遠い部屋。
扉を開けてみると寝室だった。ダブルなのに、ダブルより遥かに大きく見えるベッド。
「ここ、両親の寝室」
「ふ、ふーん……」
「広いね……」
「うん。なんかよく分かんないんだけど、俺ってこの部屋が無かったら3月31日に生まれてなかったらしいよ。この前、父ちゃんに言われた」
よく分かんないんだけど、とバカは言うが、意味することは二人には分かった。つまり、ここでのソレで目の前の男は生まれた……かもしれないという事だろう。
一体全体、なんて話を目の前でするのか、と思った二人の行動は早かった。こうして考えると、むっつりスケベより純粋少年の方が余程、タチが悪い。
二人から繰り出された裏拳とフックが、バカの顔面とボディを抉り、壁に叩きつけた。
「ちょっ、なんっ……バフォっ⁉︎」
殴ってから「ん?」と、二人とも気付く。つまり……この部屋が無かったら、そもそも菅谷は自分達とは違う学年になっていたかもしれない。何せ、誕生日が3月31日という事を示しているのだから。
「……」
「……」
その事に少しだけゾッとしつつ、とりあえず気分を変えるために透は別の部屋を指さした。
「次、見に行こっか」
「うん」
馬鹿を捨ててもう一つの部屋に入る。そこも寝室だった。だが……部屋全体がジオラマになっている。樹海の。何処を見渡しても何かしらの虫が飛んでいたり、壁についている樹液のペイントに群がっていたり、場所によっては猿や熊、鳥もいた。ここでは絶対に寝たくない。
菅谷が言っていた寝れる三箇所は、ここかダブルか下の和室かなのだろう。
だが、まぁ変な意味ではないが、感謝の念を込めて、やはりダブルの部屋を使いたかった。
さて、いよいよ最後の部屋。つまり、リビングだろう。いよいよ階段に一番近いドアノブに手をかけた直後、起き上がってきたあほの子が声を掛けてくる。
「あ、もうリビング行く? もう一つの寝室見た?」
「入ろっか。浅倉」
「うん」
「ねぇ、聞いてる? ジオラマの部屋……」
無視して部屋を開けると……思わず、目を見開いてしまった。中にはソファー、テレビ、机に椅子、台所とシンプルなものしかない……が、ベランダに出れる窓から見える風景は、広大な海が広がっていた。
「わっ……すごっ」
「綺麗……!」
シンプルだからこそ、海が放つ輝きが余計に美しく感じられた。キッチンからでさえ、調理中にも海が見えるように配置されている。
おかげで、自分達の荷物がソファーにあるのよりも、海が気になってベランダの方へ駆けてしまった。
「ちなみに、ベランダに階段あるから、そこから海に行けるよ」
「それ良いね。超便利じゃん」
「ここで夕食食べたら美味しそう」
「いやー、そうでもないよ。夜になると波が激しくなって、割と喧しいから。夜は海も暗くて見えないし」
「へぇ……そういうもの?」
「うん。食べるなら夕方の……遅くとも18時前には食べないと」
「じゃあ……今晩はそうしよっか」
「夜中、お腹空いたらお菓子食べれば良いしね」
のんびりと予定も決めつつ、のんびりと見て回る。ベランダには机とパラソルが置いてあるし、外でも食べられそうだ。
……そういえば、食べる事を気にしてはいたが、食材はあるのだろうか?
「リカ、ご飯あるの?」
「あるよ。冷蔵庫見てみ」
言われて三人でなんかやたらとでかい冷蔵庫を開くと……炭酸だけでなく紅茶やコーヒーといった大量の飲み物や、卵にハム、ウインナー、チーズなどが入っている。
気になって冷凍庫を見てみると、大量の肉がある。パッと見ただけでも牛、豚、鳥が入っている上に、肉を包んでいるラップには「羊」やら「鹿」やら「猪」と書かれていた。
さらにその下を開けると、そこは野菜室。多種の野菜が大量に入っている。
「……す、すごい……」
「父ちゃん、気合い入れちゃったっぽいな」
「まぁ、しばらく食事には困らないね」
そんな話をしながら、とりあえず冷蔵庫を閉めた。本当に二泊泊まるのも考えて良さそうな気がする。まぁ、その辺は後々決めることにした。
さて、これからどうするか。サービスエリアでラーメンは食べたが、時間が早かった為、今も食べようと思えば食べられる。
「ご飯食べてから海行く?」
「良いね。軽く食べようか」
「何にする?」
「カレー」
「決定」
そんなわけで、3人で料理を始めた。
×××
みんなで作った料理というものは、それはもう美味いものだ。それは精神論などではなく、おそらく心理学的な物なのだろう。
実際、同じクッキーを1枚入りと10枚入りに分けて、何も知らない人に食べさせる実験があった。1枚入りの方が美味しいと答える人の方が多かった事から、状況によって味が変化したように感じることもあるものだ。
だから、透も円香も今日のカレーの味は一生忘れないことだろう。
さて、そんな昼食を終えて歯磨きを済ませ、いよいよ海の時間だ。
「よし、行こっか。海」
透の案に、円香と菅谷は頷く。このままのんびりしててもそれはそれで楽しそうだが、やはり海に来た以上は泳ぎたいものだ。
「一応、ボートと浮き輪とビーチボールとバレーのネットと木製バットとスイカあるよ」
「全部やろうか」
「いや、木製のバットでスイカ割りって、衛生的にダメでしょ」
「大丈夫、新品だし袋から出してないから。それでもアレなら洗えば良いし」
「んー……まぁ、それなら」
というか、その品揃え……絶対、今日の為に買い揃えた奴だ。本当に気合が入っている。
まぁ、それをやるにしても、まずは着替えなくてはならない。
「……じゃ、リカ。着替えるから出て行って」
「はーい。……終わったら呼んでよ?」
「ん」
それだけ言って、菅谷は部屋から出て行った。
「……よし、着替えよっか」
「うん。でもその前に、日焼け止め忘れないようにね」
「あ、そっか」
「塗るから。脱いで」
「いやん、えっち」
「頭皮から塗って欲しいならそう言って」
「嘘、ごめん冗談」
話しながら、ソファーに座っている透は上半身の服を脱いでブラを外し、背中を隣の円香に向ける。
「ふふ……今から楽しみじゃない?」
「リカがどんな反応するか?」
「そう」
「……まぁね」
何せ、ほぼ彼のために水着を新調したようなものだ。照れるなり恥じらうなりを見せてくれれば、何日もかけて選んだ甲斐がある。
「……すこし、からかってみる?」
「例えば?」
「たとえば……日焼け止め塗ってもらうとか」
「……それはパス。今塗ってるし」
「いや、ほんとに塗ってもらうんじゃなくて、言ってみるだけ」
「……」
最近、少し透は菅谷に対し、意図的であれ偶然であれ、そういう面で距離を詰めようとすることが多い気がする。
別に菅谷が照れようが恥じらおうが円香には関係ないどころか一緒になっていじくりたい所だが、そういう事をあまり多くしていると必ずしっぺ返しが来る。
「やめた方が良いでしょ」
「えー、でもせっかく水着なんだしさ」
「リカはそういうの苦手だし、からかうならもう少し別の方向にしたら?」
「言うだけなら大丈夫でしょ。……ていうか、普段から肩組んだりおんぶしてもらったり、割と距離近いし」
「……」
まぁ、そう言われればその通りなのだが……と、思いながら手に日焼け止めクリームを馴染ませている時だった。
「やっべ、水着忘……あっ」
「えっ」
「……」
シンプルな部屋にはもう一つ、弊害があった。入り口から部屋のどこもかしこも丸見えな所だ。ましてや、ベランダに出る窓もガラスだし、背中を向けても無駄だ。……まぁ、今回は逆に窓の方を向くと開放感がすごいので、むしろ扉の方を向いていたわけだが。
つまり、透のマウスパッドは正面から菅谷の方を向いている。
それにより、透も流石に顔が真っ赤に染まる。
「ゥッ……!」
「ーっ……!」
本人である透より先に円香が胸を両手で隠す。そこでようやく、菅谷も意識が戻った。
「っ、あ、え……っ、やばっ……!」
テンパっているのか、言語能力が終わっていた。
正直、透はこの時、恥じらいもあったが「まぁ、良いか」とも思っていた。先にからかおうとしていたのは自分だし、それに何より相手が菅谷ならわざわざ怒らなくてもノックをしなかったことは水に流そうと思っていた。
「あ〜……リカ、落ち着……」
「っ、ご、ごめんなさっ……うわっ?」
「「あっ」」
慌てた菅谷は、盛大に足をもたらさせ、後方に「おっとっとっ……」とバランスを崩す。そして、その真後ろにあるのは、階段。
「ちょっ、危なっ……!」
「ぎゃあああああぁぁぁ……!」
盛大な転がる音に、円香も透もキュッと目を瞑った。とりあえず具合を見にいかなければならない為、服を着ている円香が先に慌てて階段を降りる。
「……大丈夫?」
「……平気」
言いながら菅谷は立ち上がろうとする。階段の上から下まで一気に落ちたのに、スクっと立ち上がって首をコキコキと鳴らす。
「……うん。身体は平気……」
「あんた普段、身体に溶かした鉄でも塗ってるの?」
普通、無事じゃ済まない。でもまぁ、バカンスが始まる前に大事にならなくてよかった……と、円香はほっと胸を撫で下ろす。
「一応、手当てするから。救急箱くらいあるんでしょ?」
「大丈夫だよ別に」
「良いから」
そう言いながら、円香は菅谷の腕を引き上げる。このまま何かあっても困る。
そんな時だった。
「リカ〜、平気〜?」
「!」
透の声が響いてきて、菅谷の表情が急変したのを円香は見逃さなかった。
ひょこっと階段の上から透が顔を出した直後、菅谷は円香の背中に隠れてしまった。
「リカ……どしたの?」
「……リカ?」
「……」
円香が顔色を窺うように後ろを見ると、菅谷は顔を真っ赤にしたまま顔を上げない。
「……ぃ」
「え?」
しかし、何かボソボソと言っているのは聞こえてきた。聞き返すと、またボソボソと囁くように言った。
「…………ない」
「聞こえない」
「……さっきの、思い出しちゃって……顔、見れない……」
「……」
まるで小学生のような文章に、円香はただただ呆れると共に、疲れる予感をビンビンに感じ取っていた。