浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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それはまるで暗殺者の如く。

 さて、夕方。早めに上がった三人は、まずシャワーを済ませる。や、三人一緒にじゃなくて。

 で、次はいよいよ晩飯である。自分達がシャワーを浴びている間に、菅谷がその準備をしてくれたらしい……と、ソワソワしながらリビングに来ると、目を剥いた。ベランダに出されたバーベキュー用の机、そして奥に見えるのは、夕焼けを見事に反射した海面だった。

 

「わお……ビックリ」

「綺麗……というか、もはや優雅」

「ね」

 

 絶対、夕食用にこの風景が見れる向きにベランダと窓を作った。

 そのベランダにせっせと水着姿のまま食材を運んでいる菅谷が、窓を開けて部屋の中に入ってくる。

 

「あ……二人とももう上がったの?」

「お疲れ。代わろうか?」

 

 円香が声をかけるが、菅谷は控えめに首を横に振るう。

 

「大丈夫。二人はお客さんだし、少し待ってて。俺が風呂入ってる間に先始めてて良いから」

「いや、それはダメ」

「え、だ、ダメ?」

 

 意外に口を挟んだのは透だった。普段なら「よろしく」とだけ言って席に座っていそうなのに。

 

「みんなで遊びに来てるんだから、みんなで用意しようよ」

「マドちゃん」

「分かってる。浅倉、おでこ出して」

「いや、熱ないから」

 

 自分の額に手を当てながら手を伸ばしてくる円香の手を避けて、透はそっぽを向きながら「あー……」と声を漏らしつつ、とりあえず面倒になったのか、言った。

 

「命令。リカ、先にお風呂入ってきて」

 

 さっき「なんでも言うこと聞く」という命令を使ってのセリフだった。そんな風に言われてしまえば、菅谷も従うしかない。

 

「わ、分かったよ……」

 

 それだけ言うと菅谷はお風呂に向かう。その背中を眺めながら、円香は透に聞いた。

 

「で、どういう風の吹き回し?」

「ん? や、言ったじゃん」

「……」

 

 おそらく、本音なのだろう。少なくとも円香にはそう見えた。しかし、やはり透のキャラじゃない気がして仕方ない。

 とはいえ、まぁ心がけ自体は悪いことではないし、円香としても菅谷だけに負担をかけさせるのは嫌なので賛成ではあるのだが。

 さて、そのまま二人で準備する。とりあえず、今出ている食材や食器から逆算して、必要になりそうなものを台所から持ってきて並べていった。

 ほとんど菅谷がやってくれたから、あとは彼が来るまで待つのみである。

 少し暇になったので、円香からさっき気になった話を振ってみた。

 

「……どうやって仲直りしたわけ?」

「え?」

「リカと。押し倒してから」

「普通に話しただけ」

「……ふーん」

 

 そう言いつつも、円香の目には透の中で何かが変わったようにしか見えなかった。まるで、今まで自覚していなかったものを自覚したような、そんな感じ。

 海で遊んでいる時も、水かけっこの他にスイカ割りやビーチバレー以外に、潜水して魚の観察とかヤドカリの観察とか、菅谷しか楽しめそうにない遊びも透はずっと付き合っていた。

 それが悪いとかではないが、何か変わった気がする。それこそ、透が変わったというより、菅谷に対する想いが変わったと言うべきか……。

 

「……浅倉、もしかして……」

「ん?」

「ごめんっ、お待たせ」

 

 直後、扉から菅谷が入ってきた。身体をまだかなり濡らしたままの状態で。髪の毛も乾かしていないし、二の腕や脹脛から水滴が流れ落ちていた。

 それにより、呆れ気味の円香が諭す。

 

「ちょっ、あんたまだ濡れてるじゃん」

「大丈夫、それより食べよう。夕焼け終わっちゃう」

「いや、風邪引くから」

「こう見えて頑丈だから。風邪とか効かないから」

「リカ」

 

 が、透が口を挟んだ。

 

「良いから、樋口に乾かしてもらってきて」

「っ……は、はい……」

「……?」

 

 まるで命令され、従うような二人の関係が益々、気になった。……というか、なんで自分が乾かしてやらないといけないのか。

 

「そんなわけで、樋口。よろしく」

「なんで私?」

「リカの世話を焼くのは樋口の役割でしょ」

「いや、そんな役割、請け負った覚えないんだけど?」

「じゃあやらないの? こんな機会、滅多にないよ」

 

 ……それは確かにその通りだ。普段、菅谷と一つ屋根の下に泊まることなんかない。

 

「……リカ、こっちきて座って」

「え、や、やるの?」

「文句あるわけ?」

「……な、ない……」

 

 仕方なく、円香は菅谷の腕を引いてコンセントが届くソファーに座った。まずはタオルで腕や足を拭き、ついでに背中も拭いてあげる。半日、ほぼ水着で過ごしていたからか、目の前の菅谷の服をめくってもあまり抵抗はなかった。

 しかし、それは円香だけのようだ。

 

「……あの、マドちゃん……背中、少し恥ずかしいんだけど……」

「さっきまで散々、半裸ではしゃいで何言ってんの。はい、次頭ね」

 

 ぶおおおおっと頭に温風を浴びせる。髪をぐしゃぐしゃといじってあげながら、ようやく乾かし終えた。

 

「終わり」

「……あ、ありがと……」

「……んっ」

 

 そんなわけで、早速食事である。透が待っている席に戻り、改めて夕食にすることにした。

 

「あ、来た」

「ごめんね、なんか」

「いやいや、風邪ひかれる方が怒るから」

 

 そんな話をしながら、火を起こした鉄板の上に肉を置く透と、野菜を置く菅谷。その横で、円香が三人分の飲み物と白米と焼きタレを用意する。

 

「今、なんのお肉?」

「分からん」

「いや、とおるん見ながら焼いてよ……鶏肉は火、通りにくいし」

「いや、見ればわかるでしょ。樋口なら」

「私任せ?」

「これが猪で、これが鹿だね」

「リカ、分かるの?」

「え、分かるでしょ」

「一応、生物の範囲内だからね……」

「ああ」

 

 なんて話をしながら、まずは野菜が焼けた。適当に切ったキャベツを摘むと、菅谷は円香のお皿に乗せる。

 

「はい、マドちゃん。さっきのお礼」

「それなら肉よこしなさいよ……」

 

 そう言いつつ、円香はキャベツを口に運ぶ。ちょっととってもらえたのが嬉しかった。

 

「どう?」

「ん……なんか、シャキシャキする。美味し」

「リカー、私もー」

「はいはい。あと玉ねぎとピーマンもいけるよ」

「んー……じゃあ、ピーマン」

「ほい」

「さんきゅ」

 

 二切れほど箸で摘み、透のお皿に乗せる。が、それに透は箸をつけず、代わりに菅谷の方に口を開けて待機した。

 

「あー」

「え?」

「食べさせて」

「命令?」

「うん」

 

 そのやりとりが、なんだかやたらと円香の視界に入って。どうせ仲直りのためにした約束の一部だと察してはいるが、一応聞いてみた。

 

「あんたら何してんの? さっきから命令とかなんとか」

「とおるん、あーん」

「あー……ん、リカは今日1日、私の言う事なんでも聞くの」

「はぁ?」

 

 概ね予想通りの内容だったが、それでも少し驚いた。そんな安直な話になっていたとは。……それと同時に、普通に「あーん」を済ませている二人のしっくり来てる感じも、少し羨ま……ムカついたり。

 

「じゃ、今度はリカに……あーん」

「あーん……んっ、玉ねぎ甘っ」

「……」

「樋口もやる?」

「やらない」

 

 意地を張った。そんな言い方されたらやりたくなくなる。いや、どんな言い方をされてもやりたくはなくなっていただろう。

 ……というか、透はやりたい放題過ぎな気がしないでもない、と円香は少し控えめに引いてみたり。仲良さそうにしているし、菅谷も楽しそうにしているから良いが、なんだか少しモヤモヤする。

 そんな円香の気を知ってか知らずか、菅谷はのうのうと二人に声をかける。

 

「あーん……あ、そうだ。お風呂どうだった?」

「あー、んっ。……あ、ジェットバス? 良かったよ」

「うん。意外と気持ち良かった」

「すごかったよね。腰の辺りが、こう……ゴーって」

「浅倉、全然かわってくれなかったから」

「樋口だって一回、代わってから、お尻から根っこでも生えてたみたいだったじゃん」

「……いやらしい言い方しないで」

 

 今まで行った大衆浴場に、ジェットバスがなかったわけではないが、やはりオーダーメイドなだけあって質が違った。

 

「結局、二人とも使えたの?」

「最後には並んで入ったよね」

「え、あの狭い中に?」

「私も樋口も細いから」

「……かなりギリだったけどね」

 

 おかげでバランス良く後ろから当たる、なんてことはなかったが、まぁお互いに納得した事だ。……あんな近く裸でこの幼馴染といたのは久しぶりだ。それこそ、小学生の時、一緒にお風呂入って以来だろう。

 

「久しぶりに、樋口とあそこまで近くにいたよね。裸で」

「……一々、言わなくて良い」

「良いなぁ……」

 

 しれっと漏れた菅谷の呟きに、透と円香の視線が集中する。

 

「……すけべ」

「ヘンタイ」

「え? ……あ、いや、そういう意味じゃなくて」

 

 じゃあどう言う意味で言ったのか。誰がどう聞いたって「俺もお風呂で肌を寄せ合いたい」と言っているようにしか聞こえない。

 そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、菅谷はすぐに弁解する。

 

「や、だって俺も女の子だったら、変な事意識しなくても二人と一緒に、もっと色んなこと出来たんだろうなって」

「……ああ、そう言う意味」

 

 確かに、それはそうだろう。お風呂だけでなく、水着選びや中学であった球技大会……いや、それ以前に一人暮らししているアパートでの泊まりも可能だろう。

 そう言う意味だと、厄介なものだ。異性というものは。どんなに仲が良い友達でも、同性の友達と同じようにはいられない。

 

「でも……女の子のリカ、かぁ……」

 

 隣の透が顎に手を当てて、口に焼けた野菜を運び、菅谷を眺めながら考え込む。

 

「……なんか、胸は小さそうだよね。樋口より」

「えっ」

「不要な比較はしなくて良いから」

「あと、背も低そう。小糸ちゃんと樋口の間くらい」

 

 なんで私をいちいち引き合いに出すの、と思ったが、的確なので何も言えない。三人の中では一番、背が高い菅谷だが、男子の中では平均並みだろう。

 円香も少し考えてから、ふと思ったことを口にする。

 

「でも、運動神経は良さそうじゃない? 球技は下手だけど、走るだけとかボール投げるだけとか、そう言うのは出来そう」

「あー分かる。あと虫とか普通に触れるあたり、無神経そうだよね」

「ごめん。俺褒められてるの?」

「中間」

「ええ……ていうか、聞いてる感じだとそれ、女の子感なくない?」

「まぁ元が男だからね」

 

 すると、透が真顔のまま少し菅谷の顔を眺める。あの顔、真顔に見えて実はロクでもない事を考えている事を円香は知っている。

 何一つ察していない菅谷が、菜箸で鉄板の上をいじりながら二人に声をかけてくる。

 

「あっ、この肉いけるよ」

「じゃあ、私もらう」

「はいはい。お皿出して」

 

 言われた通り、透はお皿を持つ。すると、何を思ったか立ち上がった。円香も菅谷も、キョトンと首を傾げる。と同時に、少しだけ嫌な予感。

 スタスタと歩いた透は、菅谷の膝の上に腰を下ろした。

 

「……ちょっと」

「と、とおるん……?」

「はい。ちょうだい」

 

 円香の怪訝な声も、菅谷の狼狽えも無視。お皿を差し出しながら、笑みを浮かべる。

 

「一緒にお風呂は無理だけど、こういうのは平気でしょ? 私達なら」

「……あー、うん」

 

 少し恥ずかしそうにしているが、菅谷も微笑みながら受け入れている。確かに、もう今までおんぶだとか色々してきていたから、今更この程度の事は慣れてしまっているかもしれないが……少し、円香の胸の奥は痛んだ。

 

「ていうか、食べさせて」

「ええ……なんでまた」

「命令」

「……あーん」

「あー……ちょっ、そこ鼻」

「この辺?」

「そこサノス」

 

 なんてやりながら、食べさせることにさえ悪戦苦闘している二人……だが、ふと気付く。透の表情を。

 アレは、もう完全に好きな男子と近い距離にいられて、幸福を感じている女子のそれだ。

 本人に自覚も有りそうなものだ。好きだとわかっていて、アプローチしているようにも見える。

 その透が、口の周りをベタベタしながら肉をようやく一枚、食べ終える。

 

「んー、美味」

「もー、口の周りベタベタだよ」

「拭いて」

「甘えん坊か」

「命令」

「はいはい」

 

 言いながら、ティッシュで口元を拭おうと透の顔に向ける菅谷。

 

「だからそこ鼻」

「ここ?」

「そこはだから……ていうかわざとでしょ」

「バレたか」

「はい、命令違反〜。罰として貧乏ゆすりの刑でーす」

「ちょっ、揺らさないでって。鼻に手が……」

「あだっ!」

 

 ……案の定、と言うように鼻の頭に菅谷の手が直撃する。そんなやり取りを、円香はぼんやり眺める。

 甘えん坊か、と言うツッコミがあったように、本当に菅谷に甘えていた。まぁ、うまく甘えられているかどうかは微妙な所だが。

 その二人の様子を眺めながら、円香はため息をつく。その円香に、透は微笑みながら聞いてきた。

 

「そうだ、樋口も座る? リカの膝」

「いい」

 

 と言うか、どんな神経で聞いてきているのか。他の女の子と菅谷が至近距離にいるの、嫌では無いのだろうか? ……いや、大体わかるが。このまま本当に三人で仲良くいるつもりなのだろう。

 

「……」

 

 ……まぁ、お言葉に甘えよう。少し仲睦まじくし過ぎている二人を見るのも、別に嫌ではないのだ。腹は立つが。

 とはいえ、菅谷の膝の上も腹立つ。立ち上がった円香は、スタスタと歩いて透の膝の上に座った。

 

「うぼっ……⁉︎」

「座るなら、浅倉の上に座る」

「良いね」

「あの……流石に二人は重」

「「あ?」」

「……なんでもないです……」

 

 椅子は三つ出ているのに、一つしか使っていない奇妙な状態のまま、三人の夕食は続いた。

 

 ×××

 

 さて、夕食が終わり、後片付けをして、いよいよ寝室に入った。3人で寝るためのベッド……とは言ってあるが、果たして今日眠るかは分からないのが実際のとこだ。

 既にこの部屋に、三人の荷物は置いてある。円香と透がそれぞれ持ち寄ったお菓子を鞄の中から漁る中、菅谷は部屋を出て行った。

 

「ごめん、俺ちょっと戸締りしてくる」

「はーい」

 

 菅谷が出て行き、二人は先にベッドにダイブする。

 

「おお……フカフカ」

「すごい。すぐ眠れそう」

「ダメだよ。これからお菓子パーティーだから」

「分かってる」

 

 そう返事をしつつ、ベッドの上で円香はお菓子を広げる。

 その円香に、透は正面から告げた。

 

「ね、樋口」

「何?」

「今日のいざこざで分かったんだけどさ、私ってリカの事好きっぽい」

「……知ってる」

 

 自覚したんだ、と円香は内心で頷く。

 

「え……なんで?」

「見てれば分かる」

「あ、じゃあ樋口もリカのこと好きなの、自覚してる感じ?」

「…………は?」

 

 こいつ今、なんつった? と円香はたじろぐ。

 

「好き? 誰が?」

「樋口が」

「違うから。いい加減なこと言わないで」

「えー、そうなの?」

「そうに決まってるでしょ」

 

 あくまで平静を装って言ったが、内心はかなり動揺していた。

 好き? 自分が? 菅谷を? あり得ない。あんな1人じゃ何も出来なくて、頭が悪くて、小さな事にも気がついてくれて、人を褒めるのは欠かさなくて、ああ見えて男が気遣うべき仕事は全てやってくれて、自分より他人に気を利かせてくれる男を好きになる事はない。

 

「大体、それを私に言ってどうしろっての? もうリカとベタベタ触れ合うなとかそういう事?」

「ううん、逆。教えておきたかったんだけど、それでも樋口も一緒に仲良くしたいから」

「今更でしょ」

「そう? 樋口なら、勝手に遠慮とかして、距離おきそうな気がしたから」

「……」

 

 確かに、その節はあるかもしれない。

 

「私はリカが好きだけど、三人でいる時間も好きだから」

「……あっそ」

「全然、樋口もリカの膝の上に座ったりとかしてもオッケーだから」

「それはノーサンキュー」

 

 まぁ、そう言ってくれるなら、なるべく今まで通りに振る舞うが。

 ……そんなことよりも、だ。胸の奥に引っかかっているのは、さっきの言葉。……自分が、菅谷のことが好きとかそんな話。

 そんな戯言が、胸の奥に突き刺さるとは。まるで、図星を突かれたような、そんな感覚だ。

 

「樋口?」

「っ……」

 

 声を掛けられたものの、円香は気づかない程、動揺していた。

 違う、絶対好きなんかじゃない。別に一緒にいてドギマギもしないし、特別な感じはしない。むしろストレス溜まる事のが多い。

 ……そう強く思えば思うほど、自分で自分に嘘をつくときの、あの嫌悪感が強くなっていく。

 イライラが溜まり、少しなんか恥ずかしくなって顔を膝と膝の間に入れて隠している時だった。

 

「二人ともー。お待たせ」

「っ⁉︎」

 

 後ろから張本人の声が聞こえて、思わず肩を震わせて振り返ってしまう。

 

「うおっ、マドちゃん? どしたの?」

「っ……な、なんでもない……」

「顔赤いよ? 熱でもある?」

「ないから……」

 

 その気遣いが、なぜかむかつく。自分でも分からないが、わなわなと肩が震えてしまう。

 

「いや、普通に心配なんだけど。枕投げしようと思って、枕いっぱい集めてきたけど……やめといた方が良い?」

「あーごめん。もうお菓子広げちゃったから……」

 

 透がそう呟いた時だ。円香が、ゆらりと立ち上がって枕を握った。ちょうど良い。八つ当たりでもなんでも良い。とにかく自分の頭を空っぽにしたいと思っていた。

 

「良いよ。闘ろうか」

「わお、樋口やる気。ちょっと待って、お菓子粉々になるから」

「ん」

 

 そんなわけで、大暴れした。

 

 ×××

 

 さて、それから30分後。もうお互いの間の照れも何もかもがリセットされ、三人はいつもの状態でお菓子+トランプパーティーを始めていた。

 ベッドの上で寝転がる菅谷の腰に、同じく寝転がりながら足を乗せている透、そして膝を折り曲げて両足を左右に開く女の子座りをしている円香の手元にはトランプが握られ、三人の中央には裏返しのカードとチョコやポテチの袋が置かれている。

 

「いやー、やっぱ良かったね。海。7」

「でしょ? 2人が来たかったら、毎年来ても良いよ。8」

「もう海行く時はここになっちゃうよね。9」

「少し歩けば街にも着くけど、明日はそっちも見たい? 10」

「確かに海が綺麗なところに来たし、魚も食べたいかも。樋口はどう? 11」

「私もそれでおっけー。12」

「じゃ、決まりだな。13」

「ダウト」

「……」

 

 無言で中央に回収する菅谷。その様子を見て、透と円香はほくそ笑んだような笑みをこぼす。

 

「リカ、弱過ぎ」

「ね。顔に出てる」

「えー……俺、割と他の人には『何考えてるか分からない』って言われるんだけど……1」

「ダウト」

「え、なんでよ……」

 

 すぐに見切られてしまう。ポテチを一枚摘んだリカは、小さくため息をついた。

 

「……はぁ、なんか二人は俺のことよく知ってるっぽいけど……俺は二人のウソ、あんま見切れてないなぁ。1」

「ふふ、まぁそこがリカの良いとこだから。2」

「まぁね。3」

「え、騙されやすいとこが? 4」

「ん〜……まぁそうかな? 5」

 

 一人、キョトンとしている菅谷だが、円香にも透の言わんとしている事はわかる。

 要するに、人の良い面は目に入るが、悪いとこはあまり見る奴じゃないのだ。だから、嘘ついてる顔とかは分からない。

 勿論、そう言うとこは円香も好きな面ではある。……だが、まぁそれと同時に自分がその面でカバーしないと、と思う所でもあるのだが。

 

「……リカはそのままでいて 6」

「大丈夫、私と樋口が守るから」

「え、それ俺のこと騙す宣言? 7」

「そんな事しないから。8」

「ね。……えーっと、9?」

「あっ、ダウト!」

「残念」

「今、騙したじゃん……」

 

 自分の簡単な演技に騙された菅谷がションボリと肩を落としながらカードを集める姿を見て、二人ともやはり微笑ましく思って笑みを浮かべた。

 

「マドちゃん、意外と意地悪だよね……。10」

「そういうゲームだから。11。上がり」

「12。上がり」

「ダウト」

「はい、どんまい」

「ぷふっ……カード全部、手元に来てるし……!」

「あーあ……もう、ダウトやめよ。他の何かない?」

「さっきから全部負けてるじゃん」

「ね」

 

 単純に向いていなかった。お金がかかるゲームはやっていないが、ブラックジャックやポーカーなんて始めたら、まずボロカスにされるだろう。

 

「下にある遊戯室のゲームなら、俺全部勝てるよ」

「さっき盛大に外して浮き輪破裂させた癖に何言ってんの?」

「あ、あれは少し動揺してたから……」

「何の話?」

「リカがダーツ下手だって話」

「へぇー、意外……でもない?」

「いや、意外って言ってよ。俺ほんとは上手いんだから」

「そういうのは上手いとこを見せてから言って」

 

 流石に今から下行くのは少し面倒だが、まだ明日がある。

 そんな中、透がポテチの袋を覗き込む。中は、もう残りカスしかないため、口の中に流し込んだ。

 

「ん、終わっちゃった」

「そろそろお菓子やめて歯磨きだけしちゃう?」

「……だね」

 

 チョコレートの方は袋包みに一つずつ入ってるから、このまましまっても問題ない。

 折り畳むと、ゴミ箱にゴミを捨てて、三人で歯磨きをしに行く。これから寝る、というのに、三人の間に変な意識はかけらもなかった。

 シャコシャコシャコと口の中を泡だらけにしてから、歯ブラシを洗って口をゆすぎ、寝室に戻る。

 

「さて、次何やる?」

「ウノ」

「花札」

「よし、両方だ」

 

 なんて話しながら、部屋に戻った。またベッドの上で寝転がり、トランプをしまって先に花札を始める事にした。

 

「リカー、腰ー」

「はいはい」

 

 またうつ伏せになった菅谷の上に、仰向けに寝転がった透が足を置いた。樋口も同じように座り、手札を眺める。

 三人でそのまま花札を続けた。花札には二種類、ルールがあるが、今やっているのはコイコイではない方。三人に7枚ずつ手札を、そして場には6枚カードを出し、1ターンずつ手札から一枚と山札を捲って一枚、場のカードを獲得して行く。

 運要素も少なからずあるが、それでも大部分は頭を使わなければ勝てないゲームである。

 さて、そのまま三人でしばらくカードを切り合う。役を揃えつつ、高得点のカードを巡って心理戦が行われるが、そういうの弱い奴がやはり一人、いるわけで。

 すでに点差は大きくなりつつある中、ドシャッと天然パーマの男が突っ伏した。

 

「? リカ?」

「……寝落ち?」

 

 心理戦とかではなく、眠かっただけのようだ。崩れ落ちたリカは、うつ伏せのまま肩で息を始める。

 

「……寝てる?」

「……予想しちゃいたけど、やっぱり朝まで起きるって張り切って最初に寝落ちするタイプだった」

「あ、樋口もそう思ってた?」

 

 寝てしまったものは仕方ない。とりあえず、ゲームはお開きである。

 

「リカ、どうしよっか」

「三人で寝るって言ってたんだし、布団の中入れてあげた方が良いでしょ」

「そっか」

「私がリカ持ってるから、布団めくって」

「はーい」

 

 言いながら、透は菅谷の上から足を退かし、円香が菅谷の脇の下から腕を通し持ち上げる。

 

「っ……お、重っ……」

「私、足持とうか?」

「お願い……」

 

 とりあえず、二人で菅谷の身体をなんとか持ち上げ、床に寝かせた。

 その後で布団をひっぺがし、再び持ち上げ、真ん中に寝かせる。

 

「……ふぅ、よし」

「意外と重かった」

「ま、男の子だし」

「……どうする?」

「私達も寝よっか」

 

 との事で、二人もベッドの上に寝転がって布団を持った。三人の体を覆うようにかける。

 

「ん〜……やばっ。やっぱフカフカだ」

「ちょっと気持ち良すぎる奴」

「それ。……もしかしたら、リカの部屋のベッドもこんなんなのかな」

「じゃない? この性格だと、ご両親が親バカになるのはこれが悪いし」

 

 今にして思えば、一人暮らしの部屋を決める際、お隣を試すような真似をするのも頷ける。子供の頃は「お菓子あげるからついておいで」と言われれば、迷わずついて行く子だったのだろう。

 ふと、横を見ると、仰向けにして寝かせた菅谷の寝顔が、天井を向いている。生まれた時のパラメータを外見に10割振っているだけあって、やはりその寝顔は綺麗なものだ。

 その菅谷の寝顔の向こう側では、透がこちらを見ている。……いや、こちらと言うより、菅谷を見ているのだろう。

 

「……そんなにこれが好き?」

「え? うん」

「……普通に答えないでくれない?」

「なんで?」

「……」

 

 照れ臭くて、羨まし……ではなく、妬ましいからだ。

 

「だから、今日はめっちゃ幸せだった。幼稚園の頃からの幼馴染と、中三からの短い付き合いでも好きな人と、こんな豪華な別荘で丸一日、いられて」

「……あっそ」

 

 しっかりと自分を入れているあたりが小憎たらしい。

 ……こんな風にわざわざ言わなくても良いことを言うということは、本気で三人一緒で今後もいたいということなのだろう。仮に、透と菅谷が付き合い始めたとしても、だ。

 その気遣いではない気持ちが、嬉しかったのかもしれない、普段なら絶対に口走らない事が、ポロッと漏れた。

 

「……それは、私もだから」

「え?」

 

 それを聞くと、透は意外そうな顔をする。その直後、ニンマリと微笑んだ。

 

「……私もってことは、樋口もやっぱリカ好き?」

「そういう意味じゃない」

「じゃあどういうこと?」

「……寝る」

 

 言わなきゃ良かった、と後悔しながら、二人に対して背中を向け、目を閉じた。

 

 ×××

 

 時刻は深夜二時を回った。三人で睡眠を始め、早一時間経過、といったところか。

 部屋に備えついている出窓からは、おとなしくなった波の音と月明かりが照らし出され、淵に髪の長い女性を座らせれば絵になりそうな光景を作り出している。

 幻想的……それはつまり、少しだけ怪異的ということ。もしかしたら、このまま起きていたら外で狼男でも歩いて来るかもしれない。

 そんな時刻、ベッドを使っている二人から外れ、窓際に椅子を置いた円香は眺めていた。

 

「……」

 

 困ったことになっている。全く眠れない。透と間に挟んだ菅谷を意識してしまっているのか、それとも同じ布団に入っていると言うプレッシャーなのか。

 どちらにしても、目を閉じていると胸の痛みが強くなるばかりだ。

 

「はぁ……」

 

 水を飲んでみたり、頭の中で羊を数えてみたり、或いは「考えるな」と唱え続けても無駄だった。やはり最後のは他人にやってもらわないと意味ないのかもしれない。

 

「……ふぅ」

 

 とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。一先ず、やはりベッドに戻ろうかと思い、ちらりとベッドの方へ目を向けた時だ。カシャっという音が聞こえる。

 顔を向けると、菅谷がスマホを構えてこちらを見ていた。

 

「……は?」

 

 思わず声を漏らしたが、菅谷は無言のまま小さく俯くと、布団から出てスマホをポケットにしまう。そして、鞄の中からミネラルウォーター入りのボトルを二本、手に取り、窓側へ歩いた。

 

「眠れないの?」

「いやいやいや、何普通に話進めてんの? 今勝手に撮ったでしょ」

「綺麗だったから」

「っ」

 

 照れている間に、リカは椅子をもう一つ、窓際に置いて、向かい側に座ると、窓の淵にボトルを二本、おいた。片方は円香の近くへ置く。

 

「はい」

「……どうも」

 

 受け取り、もう写真のことをどうこう言うことはなく、ペットボトルを開ける。

 

「……なんで起きてんの?」

「俺は目が覚めちゃって。そしたら、真横でとおるんが寝てて……もう、ガッツリ目が覚めちゃって……」

「ださ」

「う、うるさい……」

 

 自分のことを棚にあげて、苦言を漏らしながら水を口に含む。

 

「もし眠れないなら、下で少し遊ぶ?」

「……遠慮しとく。そういうのは、浅倉も一緒じゃないと」

「あ、そっか」

 

 普段なら遊んでいる所だが、今は二人きりで遊ばない方が良いような気がしてしまう。透の気持ちを知ってしまった今、三人一緒である事はともかく、二人きりになることは避けたほうが良いかもしれない。

 そんな中、ふと菅谷が窓の外を眺めながら声を掛けてきた。

 

「すごいね。この窓、絶景」

「……知らなかったの?」

「うん。この部屋、夜は来た事なかったし。自分の部屋からは見えなかったし」

「あの虫の模型だらけの部屋?」

「そうそれ。……あ、見たの?」

「見た。見なきゃ良かったけど」

「どうしてさ」

「模型とわかってても気持ち悪いから」

 

 残念ながら、やはり虫はどうにも好きになれない。カナブンのヘアピンも、菅谷がいる時にしかつけないし、菅谷と一緒でも必ずつけるとは限らない。

 

「ホントはこの辺りもすごいんだよ。虫、というより、ヤドカリとかの甲殻類が。今日遊んだとこからもう少し……あの、ほら。ちょうどここから見えるあの岩のとこ。あの辺まで行くと、カニとかいるよ」

「ふーん……良いね。見てみたいかも」

「ホント?」

「社交辞令」

「……はぁ」

「……別に、見に行くだけなら構わないけど?」

「……それも?」

「ホント」

「じ、じゃあ……明日!」

「ん」

 

 そんな約束をしながら、キラキラと目を輝かせて語る菅谷を、微笑みながら眺める。深夜に二人で話す、なんてシチュエーションだからだろうか? 円香は、いつもより自分が素直に受け答えしていることに気付いていなかった。

 

「リカはさ、なんでそんなに生き物が好きなわけ?」

「ん? ん〜……可愛くてカッコ良いから?」

「そういう小学生みたいな答えじゃなくて。何かきっかけとか」

「ああ……それは、まぁ人間の友達はいつの間にかいなくなるけど、虫の友達は探せばいるから」

 

 ……なるほど、と円香は少し理解する。それはつまり……もし、菅谷から離れない人間の友達がいたら、その友達にやたらと懐くのも頷ける。

 

「……じゃあ、リカから絶対に離れない、私と浅倉か生き物、どっちの方が好き?」

「それは勿論、マドちゃん達だよ」

「……どうして?」

「ん〜……やっぱり、動物達の観察をするのとマドちゃん達と遊ぶの、どっちが楽しいかって聞かれたら、マドちゃん達の方が楽しいから」

「……」

 

 そう、と、円香は目を閉じる。今日の円香には、少しだけ余裕があった。だから、直球で言われてもいつものように顔が真っ赤に染まることはなかった。

 

「……そのセリフ、私と浅倉以外に言わないでね」

「言わないよ」

「……そういうのは信用出来ない」

「だって、マドちゃんととおるんは、特別だから」

 

 ……それは、どう言う意味で言っているのか気になる所だったが……まぁ、今は気にしない事にした。突っ込めば、眠るどころではなくなる。

 そんな風に思っていると、少しだけぼんやりして来る。眠気がでてきた。

 

「……そろそろ寝る?」

「……んっ」

 

 意外と周りをよく見ている男だ。

 二人してベッドの方へ戻り、また菅谷が真ん中に行くように腰を降ろす。寝転がってから、菅谷はハッとする。普通に真ん中に来てしまったが、やはり両サイドに二人いられるのは眠れそうにない。

 

「マドちゃん、場所変わらない?」

「ダメ。浅倉拗ねるよ」

「えっ、な、なんで?」

 

 答えるのが面倒だった円香は、菅谷の腕をホールドする。

 

「逃がさない」

「……っ」

「……大丈夫、眠れるまで……手、繋いでてあげるから」

 

 そう言いながら微笑む円香だったが、菅谷には逆効果だった。胸の奥底でドキッと強く狼狽えた菅谷は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 なんだか、ようやく菅谷を照れさせることが出来た気がした円香は、少しだけ満足げに微笑む。

 その直後だった。その照れながらもこちらを向いている菅谷の後ろから、ガッと両腕が回された。

 ビクッと菅谷が肩を震わせるのと、円香が「あっ」と声を漏らしながらその後ろを覗き込むのと同時だった。綺麗なグレイの瞳を不気味に輝かせながら、透が顔を覗かせた。

 

「……いつまで二人きりでイチャイチャしてるの」

「っ、と、とおるん……?」

「あんた起きてたの?」

「眠れるわけないじゃん。リカと同じベッドの上で」

「……」

 

 それを聞くと同時に、透は両腕の力を込める。ぎゅうぅっとする事によって当然、密着度も上がり、背中越しの胸の感触も強くなる。

 菅谷の顔が真っ赤になるのを見た円香は、相変わらずの深夜テンションのままクスッと微笑むと、菅谷の方へ手を繋いだまま距離を詰める。

 

「嫉妬される男の気分はどう? ミスター朴念仁」

「えっ……いや、ちょっ……」

 

 思わず目線を下にして逸らした時だ。円香は、寝るときに胸の下着はつけない派だった。綺麗に胸の谷間がTシャツの隙間からチラリズムし、それと同時に透も同様であることを悟った時が限界だった。

 沸騰したお湯につけた温度計のように赤みが下から顔を包み込み、ボフンと煙を吹かせ、そのまま気絶してしまった。

 

「……浅倉も来ればよかったのに」

「いや、あそこは樋口二人きりが良かったとこかなって」

「まぁね」

「お、素直?」

「深夜だからね」

「じゃあ、リカの好きなとこで山手線ゲームしよっか」

「それは無理。そんなに多くないし」

「そっか」

 

 そんな話をしながら、今度こそ眠りについた。勿論、翌日になって記憶が綺麗さっぱり消えたバカ以外は、爆照れして行動不能になったのは、言うまでもない。

 

 

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