翌朝、一番最初に目を覚ましたのは円香だった。ぬぼーっとした表情で瞳を開けると、真横にあったのは菅谷の寝顔だった。思いっきりこっちの方に体ごと向けて寝ている。
「ーっ!」
直後、脳内で蘇ってきたのは昨夜の記憶。深夜のテンションで、なんかだいぶ言わなくて良いことを言った記憶がある。
特に最高に恥ずかしいのがこれだ。
『……大丈夫、眠れるまで……手、繋いでてあげるから』
全然大丈夫じゃない。主にこっちが。
あまりの恥ずかしさに、頭の中を真っ赤に染めて布団の中に潜り込んでしまう。しかし、目の前にあるのは布団の中で寝転がっている菅谷の身体。どちらにせよ心臓に悪い。
「……〜〜〜っ!」
死にたい。今にも爆散したい。ホント、なんであんなテンションになってしまったのか。恥ずかしさと後悔で顔を両手で覆ってしまう。
とりあえず、さっさと起きて朝飯の準備……と、思った時だ。手が離れない。自分の右手と繋がっている方を見ると、菅谷の左手と握り合っていた。そうだ、手を繋いだまま眠ったのだった。
「ちょっ、リカ……離して……」
「すぴー……」
「っ……」
すぴーじゃねえよ、と思ったが、起こせない。なんだか惜しい気がして。心臓の鼓動が繋がっている手を通して菅谷に伝わらない事を願いつつ、とりあえず目を閉じた。
その僅か五分後、次に目を覚ましたのは透だった。現状、自分は思いっきり菅谷の背中に抱きついているのを自覚し、秒で目が覚めた。
「っ⁉︎」
というか、深夜の自分を思い出し、さらに顔が赤く染まる。昨日は散々、自分が菅谷に構ってもらったため、深夜に目が覚めていた二人がセンチメンタルに浸るのに混ざりはしなかった。
だが、ベッドの上でまでイチャつき始めた時は流石に羨ましくて混ざった。自分にも構って欲しかったから。
問題は、その後。ノーブラに薄いTシャツ一枚で背中に抱きついたのはやり過ぎだった。胸を見られた後だから、もう見た目も感触も完全に菅谷に知られてしまったことになる。
「……っ」
死にたい……と、透は菅谷から両手を離して自分の胸を抱く。
……まだ、菅谷は寝ているようだが、円香も寝ているのだろうか? だとしたら、なんかここでベッドから退くのは嫌だった。死ぬほど恥ずかしかったけど……今後、菅谷と一緒にいる以上、もしかしたら恥ずかしい行為はするかもしれない。
ならば、せめて今くらいその恥を堪えるべきだろう。そう決めると、透は菅谷の片手を握り、自分の方へ引き寄せた。
「……!」
反対側で菅谷の手を握っていた円香は、なかなか眠れずにいる中で、急に引っ張られる感覚でさらに覚醒した。
何事かと思ったが、多分菅谷が寝返りでも打ったのだろう。さっきまでこちらを向いていたのに、仰向けになっている。
「……」
なんか腹が立った。自分が避けられている、みたいな感じがして。
背中を向けるように脇の下へ潜り込みつつ、菅谷の腕を引きながら上腕二頭筋に頭を乗せて目を閉じた。
「っ……?」
それに、反対側の透が気がつく。今、菅谷が動いた気がした。
慎重に身体を起こして菅谷を見ると、反対側で円香が菅谷に腕枕してもらっているのが見えた。
「……」
樋口も思いっきり甘えてんじゃん、それも寝ながら、と透は微笑ましく思いながらため息をついた。
まぁ、その気持ちは分からないでもないので、邪魔しないことにした。ただし、勿論自分もこの機を逃すつもりはないが。
「んっ……」
透は起こした身体を、そのまま菅谷の膝の上に置いた。そっちが腕枕なら、こっちは膝枕である。ギュッとズボンを握り、目を閉じた。
そんな風に、人を抱き枕にし過ぎたからだろうか? 本当に枕が寝返りを打った時、二人とも反応する事はできなかった。
「え、マジすか室寺さん」
「「えっ?」」
菅谷が透がいた方へ寝返りを打った。つまり、腕の上にいた円香の身体は持ち上げられ、透は太ももの間に首を挟まれる。
「おっふ!」
「グェッ!」
二人して悲鳴が漏れる。だが、バカの奇襲はそれだけで終わらない。持ち上げられた円香を、菅谷は強く抱き締める。いや、それは円香だけでなく、太ももの間にいる透の頭もだ。
「っ、ち、ちょっ……リカ」
「お、お尻……目の前に、桃尻が……!」
「夢だったんですよねマジで。キリンの首に登るの」
「どんな夢見てるのよ……!」
円香が眉間にシワを寄せながら苛立ちを隠さない声で言う。だが、声音の割に円香は何一つ抵抗を見せなかった。透も同様だ。なんでだろうね。
しかし、そんなやり取りも長くは持たない。
「え、キリンの角にキスして良いんですか?」
「「えっ?」」
そして、菅谷の目の前にあるのは、円香の顔。透の位置からはその絵面こそ見えないものの、なんとなく察してはいた。
「樋口ー! 狡いー!」
「ズルも何もないでしょ⁉︎ ていうか、私だってこんな形は嫌……!」
「あ、じゃあどんな形が良いの?」
「聞いてる場合じゃないでしょ⁉︎ このままじゃホント……!」
食われる、と、思った時だった。寝ている菅谷が、クンクンと円香の額の辺りで鼻を鳴らす。
「……なんか、このキリン良い香りすんな……」
「えっ」
「獣臭がないし……あとなんか抱き心地が良過ぎるし……もしかして、これ……夢?」
すげぇなこいつ、と円香も透も半眼になる。夢の中で夢であることに気が付いたよ、と。
「……夢って事は、割とやりたい放題出来るんじゃね? 例えばほら……マドちゃんやとおるんと、あんなことやこんなこと……」
「「!」」
こいつもやっぱり男か⁉︎ と、二人の間に更なる緊張が走る。
「それこそ、昆虫探索とかバードウォッチングとか行けるんだ」
気の所為だと思わないと死ぬしかなかった。こいつもしかして性欲を何処かに落としてきたのだろうか?
早速、それを実行しているのか、途端に静かになる。動物は音に敏感だから、観察するとき黙るのは当たり前だ。
「……樋口」
「……うん」
別に、そんなの現実の自分達でも全然付き合う。勝手に「行かない」と思われたことに少し苛立った二人は、とりあえず菅谷を起こすことにした。
「リカ、起きて」
「リカー」
円香はホールドから、そして透は足を持ち上げてなんとか抜け出すと、両サイドから菅谷の頬をぺちぺちと叩く。
「よっしゃ、アクティオンゾウカブト……ん?」
そこでようやく目を覚ました。本当にムカつく顔をしているものだ。円香も透も、呆れてしまう程だ。
「やっと起きた?」
「……とおるんと、マドちゃんと……マルスは?」
「スマブラの?」
「え? いやまぁムシキングじゃ、つよさ200を誇ってたから参戦しても不思議はないけど……」
「あるでしょ」
ツッコミを入れつつ、円香はため息をついた。
「着替えるから一旦、出て行って。まずは朝ご飯」
「あと着替え、置いていかないように」
「あ、そっか」
昨日と同じ愚は犯させないため、透が釘を刺すように言って着替えを持って行かせた。
×××
その後、浜辺の奥にある岩の下で本当にヤドカリやカニを見に行ったり、午前中は水着を干している間に街の方に出て色々、小糸や雛菜へのお土産を買いに行ったり、室内のビリヤードやダーツで遊んだりして、また最後に海である。一通り遊び倒し、気がつけば15時を回っていた。帰るなら、そろそろ帰らないといけない。
「そういえばさぁ、昨日の深夜……マドちゃんと窓から海の景色見てて。もうめっちゃ綺麗だった」
「ふーん……私も見るだけ見ておけば良かったかな」
「え、起きてたの?」
「え? 起きてたじゃん」
「や、なんか寝る直前の記憶だけなんかなくて。もしかして、マドちゃんに後ろから暗殺とかされたかな」
「されてたら今、ここにいるリカは誰?」
「え、俺は俺じゃね?」
「え?」
「え?」
相変わらずのペースで会話をしながら、砂浜に座って砂のお城を作る二人に混ざっている円香は、とりあえず聞いてみた。
「今日、この後どうする?」
すると、菅谷と透は揃って肩を震え上がらせ、二人して座ったまま両手を組んでぷるぷると震える。表情こそ変化はないが、帰りたくない、と言う意思が見て取れる。
……なんか、菅谷と一緒に高校へ来てから、透はリアクションが大きくなった気がする。それが嫌だとかではなく、なんかちょっと可愛いな、なんて幼馴染ながらに思ったりしたが、今はスルーした。
「帰りたくないのは分かったけど……それなら、親に連絡しないとじゃない?」
「よし、じゃあ早速……」
「ぃゃ……がえろうッ‼︎」
菅谷にしては重たい声が届いて、今度は円香がビクッとしてしまった。
「いや……そんな帰りたくないオーラ出しながら言われても……」
「ていうか、二泊して良いって言ったのリカじゃん」
透も少し不満げに言うが、菅谷は正面から答えた。
「でも……やっぱ急に未成年が泊まり延長とか、両親心配するでしょ。俺の親なら怒ると思う」
「まぁ、確かに」
そう納得したのは円香。特に高校生同士。いくら信頼関係のある仲でも……いや、信頼関係が築かれているくらい仲が良いからこそ、心配してしまう点もある。思春期かつ、異性間であるが故の事で、だ。
「もしかしたら、俺達が強盗に押し入られて誘拐されたーとかいらない心配かけさせるかもでしょ?」
「あ、そっち?」
「え、他にどんな意味が?」
「……最低」
「なんでっ?」
たじろぐ菅谷だが、気持ちがわかる透は砂山を作りながら、そのバカを見る。
「……でも、名残惜しくない? リカだって超帰りたくなさそうじゃん」
「うっ……ま、まぁ……また、一人暮らしのマンションに戻るの、ちょっと退屈になりそうだし……」
「じゃあ良いじゃん」
「でも、俺と違って二人はやっぱ家から出て来てるし……帰った方が良いと思うッッ……‼︎」
「いやだからそんな歯が砕けそうな強さで食いしばりながら言われても……」
とはいえ、菅谷が正しい、と円香も理解している。節度を守れ、とは親からも言われていた。
男1対女2……万に一つの可能性として、不純異性交遊をしていると思われると、来年もまた来るどころではない。菅谷と関わるのも止められそうだ。
「浅倉、帰ろう」
「えー、樋口まで」
「大丈夫だよッ、とおるんッ。また来年……ッ、来れば良いんだからッ……!」
「その喋り方やめて」
円香から冷たいツッコミが入り、項垂れる菅谷の様子を見て、透は冷や汗をかく。もしかしてこの子、ホントは自分より帰りたくないのかもしれない。
まぁ、確かに帰ったら透は隣に円香がいるが、菅谷は隣の駅まで行かないと一人のままだ。
そう思うと、なんだか目の前の男が微笑ましく思えて来る。仕方ない、ここは仮にも(いや本当に仮にも)姉として、こっちが大人になるべきかもしれない。
「大丈夫だよ、リカ。向こうに戻っても電話とかで相手してあげるから」
「え、なんでそっちが上からになってるの?」
「めっちゃ帰りたくなさそうにしてるから」
「お互い様でしょ」
「や、本当にお互い様だから。良いから、二人とも帰るならこっち来て」
「「?」」
言われるがまま、円香の方へ歩く。海をバックに三人で横並びになる。もういつの間にか水着という薄着で、生肌の肩が当たっても大きな動揺はしなくなった。
さて、そんな中で円香はスマホを構えた。
「撮るよ」
そのままパシャっと写真を撮った。その写真を、円香は手早く三人のグループに送信する。
「……これで、とりあえず思い出にはなるでしょ」
「……樋口」
「……もうほんとに姉の貫禄……」
「樋口姉?」
「いや、円香お姉ちゃんのが照れそう」
「……やめて」
「あ、ホントだ。円香お姉ちゃん」
「円香お姉ちゃーん」
「分かった。泥団子食べたいんだ」
「「嘘です」」
黙らされた。……そういえば、ここに来て二日目なのに、水着の写真は初かもしれない。せっかくだし、チェインのトプ画にしよう、なんて円香は思った。
さて、名残惜しいがそろそろ浜辺を後にしないといけない。何せ、海に入った以上はやはりお風呂に入ってから帰らないといけないから。
帰ると決めた以上は、気が変わらないうちに行動に移すしかない。そんな時だった。
「あ、そうだ」
透が何か思いついたように呟いた。
「三人でお風呂入らない?」
「「えっ」」
こいつ何言ってんの? みたいな声音が漏れる。なんで最後にそう言う事を言い出すのか。
「ほら、せっかく三人しかいないんだし」
「いやいやいやいや、それは流石にまずいでしょ」
「そ、そうだよ……。ちょっと俺もそういうのは……」
「いやいや、水着あるじゃん」
それを聞くと、円香と菅谷はハッとして顔を上げる。確かに、と言わんばかりだ。
「アリかも」
「でしょ?」
「行こっか」
すぐに行動に移した。
×××
しかし、まぁそもそも海に入った後に浴びるシャワーは海の汚れを落とすためのものであって。温まるためではない。
その為、身体を流すわけだが、その時は裸にならざるを得ない。
そのため、まずは透と円香が身体をシャワーで流した。それが終わってから、菅谷が後から入る。二人はお湯に浸かりながら、背中を洗い場に向け、その間に菅谷は身体を洗う事になった。
それが終わってから、改めて湯船に入った。
「ふおおお……あったか」
「それなー」
「夏の湯船も良いかも……」
並んでホッと一息つく。もう少し照れることもあるかも……なんて透は思っていたが「一緒にお風呂」というよりは「健康ランド」って気分であまり変な感覚はなかった。……更衣室の扉一枚隔てた先で裸になる、或いは後ろを振り返ると裸の菅谷がいる、という感覚はあったが。
「ぶっちゃけ、別荘の浴槽だからできることだよね」
「それなー」
「リカはジェットバスとか使わないの?」
「それなー」
「全然、聞いてないんだけど」
「もしかして、割と照れてる?」
「……」
本当に、弟っぽい精神年齢である。何処までウブなのか。
ニヤリと微笑んだ透は、隣から菅谷に聞いた。
「じゃあ……入っちゃう? 横並びでジェットバス」
「っ、む、無理でしょ……」
「浅倉」
「冗談だから。樋口は入らない?」
「私もいい」
昨日で十分楽しめた。それに、あんま目の前で肌を寄せ合うと菅谷も困ってしまうだろう。世の中には「百合萌え」という人種もいると聞いた事がある。
「あ〜〜〜……さいこ〜〜…………」
本当に気持ち良さそうな表情で、透から声が漏れる。気持ち良さそうにするのは結構だが、少し色っぽさが出ているため、水着を着ているとはいえ菅谷の頬は赤くなる。
その気を逸らすように、円香が菅谷に声を掛けた。
「そういえば、夏休み終わったら文化祭あるけど、どうするの?」
「え、ど、どうするって……‥何が?」
「前、読んでたでしょ。なんかモテる男の作法とかなんとか」
「ああ……あれやめた」
「やめたの〜……?」
透からの問いに菅谷は頷いて答える。
「なんかあんな風に気を使うのしんどいし、そもそも別にモテたいわけじゃないし」
「いや、お店だから。一応、気は使わないといけないと思うけど?」
「俺は俺の魅力で勝負する」
「「それはダメ」」
「えっ、だ、ダメなの……?」
揃って否定されて狼狽える菅谷だが、透も円香も言い切る。
「あんたはその残念イケメンのまま中身を知られて絶望されてて」
誤魔化すように円香は言う。実際のとこ、正直、菅谷の中身なら素でいけば失望はされるだろう。こいつの良さは長く向き合わないとわからない。
しかし、問題はこの……。
「や、ていうか、リカのお客さんがイケメン好きのギャルとかになったら困るから」
「えっ……」
全部、透が直球で言ってしまった。
「? なんで?」
「なんでって……リカ、自分のこと分かってる? イケメンで照れやすいとか、ビッチにとっては格好のカモだよ?」
「……どういうこと?」
なんで分からないの、と透は説明を諦め、一瞬だけジェットバスから出て菅谷の手首を掴み、自分の方に引き込み、膝の上に菅谷を乗せた。
なんとなくやりたいことが分かった円香は止めなかったが、菅谷は大きく狼狽える。
「ちょっ、とおるん……っ」
「……ほら」
「え?」
「顔、真っ赤。私達より胸が大きかったり、スタイルが良い人達にこれやられたら、ちゃんと拒否できる?」
「……え、出来ると思うけど」
その返事には、円香もいらっとした。思慮が浅い奴は正確な想定ができない。
「無理でしょ。浅倉はともかく、スタイル抜群ってほどじゃない私にも照れるんだし」
「それはマドちゃんだからだよ」
「……は?」
「俺、マドちゃんもとおるんも、外見だけを見て好きになった事はないよ。その水着も、なんか二人らしくて可愛いなって思ったし」
「……」
「……」
直後、円香はお風呂の蓋に身を預けるようにして顔を背け、透は片腕を上げて顔を隠す。
何事かと思った菅谷は、とりあえず透から距離を置いた。
「ど、どうしたの二人とも……?」
「「うるさい」」
のぼせそうなほど、ダメージが熱となって迫り上がってきていた。
もうこいつある意味じゃ歩く爆弾である。どこから爆発するか分からない。というか「好きになった」ってなんだ「好きになった」って。言葉選びをもう少ししっかりして欲しい。どうせそういう意味で言ってないくせに。
とりあえず、これ以上のダメージは避けたい所だ。今はもうそっとしといて貰うため、円香がなんとか声を振り絞って言った。
「リカ、出てって」
「えっ、お、俺そんなひどい事言った?」
「……どうせ着替える時は別で行動しないとでしょ」
「あ、そっか。じゃあ、先に上がるね」
それだけ言って、天然ボケ男はお風呂から上がった。ホント、ムカつく男だ。もう少し考えてから言葉を発しろ、と心底思いながら、二人はとりあえずのぼせるまでお風呂に浸かった。
×××
さて、お風呂を終えて、いよいよ別荘を後にしなければならない時間。とりあえず、円香と透はソファーの上で倒れているので、菅谷は冷蔵庫の中にあったキャベツとキュウリの塩揉みを作って二人の前に出し、何とか落ち着いた。
「リカ、こんなの作れたんだ」
「そりゃ、マドちゃんにいつまでもお世話になるわけにいかないから」
「……(別にそれくらい良いのに、と言いたいけど言えない顔)」
「リカ、樋口が『別にそれくらい良いのに』って顔してる」
「浅倉……!」
「マドちゃん……じゃあ今後、毎朝お味噌汁作りに来て」
「っ、殺すよ」
「私にもー」
「あんたは関係ないでしょ」
そんな話をしながら、とりあえずようやく頭がフラフラする感覚が消えてくる。
すると、透が菅谷に声を掛けた。
「……ね、リカ」
「何?」
「さっきの話なんだけど」
「殺気?」
「いやお風呂の」
「お風呂の殺気?」
「私と樋口を外見だけを見て好きになった事はなくて、水着とか私達らしくて可愛いなって思った話」
「……あの、やめて。思い出すと恥ずかしくなるから」
「ダメ」
「え、だ、ダメって何……?」
「リカは、どんなイメージで水着が似合ってると思ったの?」
「……え」
その質問に、円香もピクッと小さく反応する。確かに、気になる。
「そ、それ話すの……?」
「だって、気になるから」
「……」
円香は我関せず……のフリをして耳を傾ける。気になる。非常に。
「普通に恥ずかしいんだけど……」
「あー、ヤバいわ。また頭痛くなって来た。もしかしたら、リカが話してくれないからかも」
「いやそれは嘘で……!」
「樋口もだって」
「えっ」
「バカ言わないで」
「だよね」
「私は吐き気がしてる」
「ええっ⁉︎」
ノッた。褒められたいだけでなく、それ以上に菅谷をアタフタさせたい。さっきの仕返しだ。
「……わ、分かったよ……」
「じゃ、まず私からー」
まぁ、順番くらいは良いだろう。その話題を振ったのは透だし。
今は私服姿だが、ついさっきまで見ていたわけだし、水着に関してはよく覚えてる。黒いビキニの下に、南国を想起させるヤシの実の葉柄のようなビキニ、下半身は黒などなく、完全にヤシの実の葉だ。
色はオレンジと紺が使われていて、透にしては派手な気がしないでもない、と言う人もいるだろう。
「とおるんは……平熱系に見せかけて、エンジョイする時は割と全力な人だから、落ち着いた色に隠れて『これから楽しむぞ』って言う外と中身のギャップが表れてる感じ? とおるんが自分で選んだのか、誰かと一緒に選んだのか分からないけど、後者ならよく知ってる人と一緒に選んだんだろうなって」
「っ……」
「やっぱ、よく似合ってたよ」
「……ありがと」
よくもまぁ照れもせずに言えるものだ。この男のメンタルがよく分からない。言うこと言えるのに見るのは恥ずかしいとかどういうことなのか?
これは、むしろ自分は聞かない方が精神のためかも……なんて円香が思ったのを、まるで察したようなタイミングだった。
「じゃあ、樋口は?」
「ちょっ、浅倉……」
「マドちゃんは……そうだな」
円香の水着を、思い浮かべる。おへそが見えるキャミソールのような形をした黒いビキニは、肩で紐を結ぶようになっている。下の方はレースのようになっていて、無地に見えて薄い白の花柄デザインとなっている。
下半身はスカートのような形になっていて、同じように裾がレース状になっているが、その下のピッチリと下半身を隠す布の部分がチラチラ見えるような形状となっている。
「黒と薄い白の花柄で大人っぽさが演出されてるけど、胸元とスカートの裾をひらひらしてるレースが、マドちゃんの割とムキになったり、クールっぽく振る舞って大人っぽくしようとする子供っぽさが出てて、なんかもう水着そのものがマドちゃんそのものにしか見えな」
「うるさい!」
直後、円香から枕を顔面に飛ばされた。似合ってた、と言われる前に吹っ飛ばされた菅谷はそのまま後ろにひっくり返る。
「樋口、顔真っ赤」
「あんたもうるさい!」
元凶もついでに排除しておいた。全くもって厄介なコンビである。これだから、天然が揃うと厄介なのだ。
「……良いからもう帰るよ。あんたらも早く来ないと置いていくから」
「あ、待って樋口」
引き止める透。
「何?」
「最後だし、写真撮ろうよ。ベランダで」
「……」
まぁ、それは構わないが。
そんなわけで、三人揃ってベランダに集まった。
「俺撮ろうか? 一番、背高いし」
「ん、よろしく」
「あんた撮れるわけ?」
「撮れるよ。こんなの買っちゃったから」
そう言いながら鞄から取り出したのは、自撮り棒だった。
「使いたかっただけでしょ」
「うん。存在忘れてて」
「ちゃんと掛け声かけて撮ってね」
「んー、バズーカ」
「いやそれタイミングの取りようが……」
ほんとに撮ってしまった。三人とも笑う余裕もポーズを決める間もなく、半端な顔で写真を撮るハメになった。
まぁ、こういうのはこういうので三人らしい。写真を撮った菅谷は、これを後でチェインのトプ画にすることを決めた。
×××
帰りの電車の中。もう乗り換えはなく、最後の一本だ。そんな中、限界が来たのだろう。真ん中に座っている透は微動だに出来なかった。
「……すぅ、すぅ……」
「……すぴー」
左から円香、右から菅谷が肩の上に頭を置いて眠っていたからだ。しかしまぁ、円香が寝てしまうなんて、よほど疲れたのだろう。
「ま、そりゃそうか」
多分、一番負担がかかっていただろう。自分の胸の件で特に。
たまには、自分が円香の世話を焼くのも悪くないかもしれない。まぁ世話を焼くと言うか肩を貸しているだけだが。
……それにしても、と思いながら透は人が自分達しかいない車内で、向かい側の窓を見る。片側に円香、片側に菅谷……なんか、両手に花とはこのことか、なんて少し嬉しくなってしまう。
なんにしても、これは保存しないと損だ。スマホをポケットから出すと、菅谷の鞄から自撮り棒を盗み、セット。慎重に打点を合わせた。
「……よし」
パシャリと一閃。悪くない。これはチェインのトプ画にしよう、と心に決めた。
そんなわけで、三人の別荘でのイベントは幕を閉じた。
別荘、長くなりました。文化祭はこう言うことがないように気を付けます。