浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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怒られやすい奴はどんな道を選んでも怒られる。

 夏休み、それも残り僅か。そのため、菅谷はそろそろやり残した事を片付けることにした。いや、宿題はちゃんと終わらせた。ほぼ毎日、家に来る円香と透に監禁されながら。

 さて、では何をやり残したのか? それは勿論、自分の趣味に関わる事である。

 

「……よし、行こうか」

 

 真夏の昼間。今日は透も円香も後輩の面倒を見る、とのことで遊べない。その為、菅谷は一人で行く事にした。

 集合場所は学校の最寄駅近くの公園。そこに行くと、町内会っぽい人達がそこそこの数、両手に軍手をつけて集まっている。

 しばらく待機していると、中央に立っているお爺さんがスピーカーを持って全員に声をかけた。

 

『えー、みなさん。こんにちは。本日はお集まりいただき、ありがとうございます』

 

 それに伴い、菅谷も含めた全員はお爺さんの方へ顔を向け、ちらほらと「こんにちは」という挨拶が飛び交った。

 

『えーでは、早速ですが、町内ゴミ拾いを始めたいと思います』

 

 集まった理由は、ボランティアである。町内ゴミ拾い大会……いわば、定められた範囲内で自由に立って、支給されたトングとビニール袋にゴミを入れていく大会である。

 と、言うのも、近くの中学が代々、イベントとして川限定とはいえゴミ拾いをしているのに、町内に住んでいる人達が何もしないのは如何なものか、ということで始まったイベントである。

 菅谷がトングとゴミ袋をもらいに行くと、配布係のおじさんが「おっ」と声を漏らした。

 

「明里、今年も参加してくれるのかい?」

「はい」

「ありがとうね。終わった後、みんなに配るかき氷、大盛りにするからね」

「や、いいですよ別に。好きでやってる事なので」

「いやいや、若くてご両親が引っ越しても参加するなんてなかなかできる事じゃないよ。……あ、でも今年は明里の他にも若い子がもう一人参加してるから、その子と一緒に拾ったらどうかな?」

「マジすか。意外。じゃあそうします」

「はい。じゃああっちで待ってて」

 

 前までは一人でゴミ拾いをしていた。別に誰かと一緒にゴミ拾いしたいとかなかったし、自分の事に夢中だったからだ。

 だから正直、一人でゴミ拾いしたいと思わないでもなかったが、まぁ去年まで若いのは自分しかいなかったし、若い子にも今後参加して欲しい、そのためには若者同士でやって欲しい、という意思なのだろう……なんて菅谷が察する事はなく、単純に友達ができてから一人よりみんなで拾った方が楽しいかも、と思ってOKした。勿論、自分の趣味を妥協するつもりはないが。

 言われたところで待っていると、同年代と呼べるか微妙なラインの女の子がやってきた。

 

「わっ、ホントにイケメンさんっす!」

「ん?」

「はい! 初めまして、芹沢あさひっす!」

 

 そう元気な挨拶を見せてくれる少女は銀色の短い髪をなびかせ、綺麗な碧眼を見せて菅谷を見上げている。イケメンだと言われたが、この子自体も十分、可愛い方だろう。

 

「菅谷明里だよ」

「よろしくお願いするっす!」

「スルッス?」

「するっす!」

「スルッス!」

「するっす!」

「スルーっす?」

「何言ってんすか?」

 

 円香がいたら頭痛を発症しそうなやり取りをしつつ、とりあえず菅谷も自己紹介はしておく。

 

「菅谷明里です。さっそくだけど、俺がいつもゴミ拾う場所で良い?」

「いつも? 毎回、参加してるんすか?」

「まぁね」

「じゃあ、任せるっすー!」

 

 そんなわけで、二人でゴミを拾いに行った。

 

 ×××

 

「そんなわけで、ウブでバカな男子を照れさせる方法募集選手権、始めたいと思いまーす」

 

 そんな頭が痛くなるようなことを議題にしたのは、浅倉透。そして、それを聞いているのは雛菜、小糸、円香の三人だった。

 

「あは〜、なんかいきなり始まった〜」

「ぴぇっ? き、急にどうしたの……?」

「……はぁ」

 

 三者三様の反応を見せるが、揃って脳裏に浮かんでいるのは「ウブでバカな男子」とは菅谷のことを指している、ということだ。

 

「いや、なんかここ最近、私も樋口もリカにしてやられることが多くて」

「してやられるって〜?」

「待って。そもそも私はしてやられた覚えがない」

「いやー樋口、私より狼狽えてたでしょ」

「は? 浅倉よりはマシだから」

「いやいや、絶対樋口のが照れてたから」

「やは〜、円香先輩も照れるんだ〜」

「……うるさい」

 

 どいつもこいつも人をいじる時はイキイキしている連中である。

 少しイラっとしていると、小糸が口を挟んだ。

 

「……で、でも、羨ましいなっ。海岸沿いにある別荘で、お泊まりなんて……」

「実際、良かったよ。海も綺麗だったし。……ぶっちゃけ海が良かったってより、リカの別荘が良かったって感じあるけど」

「で、どうだった〜? 雛菜と選んだ水着〜。気に入ってもらえた〜?」

 

 それを聞かれると、透と円香は少し顔を赤くして視線を逸らす。脳裏に浮かぶのは、最終日のベタ褒め。あそこまで詳細に褒められれば、いつ思い出しても嬉しさが込み上げてくる。

 その反応を見れば、誰だってどういう感情なのか分かってしまう。

 

「あは〜〜〜♡ 超喜んでる〜〜〜」

「そ、そんなに嬉しい褒められ方したの……?」

「「うるさい」」

 

 こんなに可愛い年上の姿は初めてだった。表情に出ない透と、基本塩対応の円香が爆テレしていた。

 そのうちの透が、改まって二人に声をかける。

 

「……とにかく、こんな具合で好き放題言われてこっちが辱められるのは我慢ならないの。あいつだって照れやすいくせに」

 

 その気持ちは円香にもよくわかる。事故を除いて、こちらが照れさせようとしないと基本的に照れないあのアホンダラは、こちらを素で照れさせてくる。

 

「つまり〜……菅谷先輩が顔真っ赤になれば良いって事〜?」

「……む、難しいね……!」

「じゃあ……まず小糸ちゃん。どうぞ」

「ぴぇっ⁉︎ 私から⁉︎ というか、指名式⁉︎」

 

 言われて、小糸は慌てた様子で返答を考える。「えーっと、えーっと……」と、三人の視線が集中する中、焦って考え込んだ結果、笑顔で言った。

 

「あっ……熱々のお風呂に入れる……とか?」

「それもうやった」

「え?」

「え?」

「は?」

「あ、やばっ」

 

 直後、ギンッと音がする程、雛菜の「どう言う意味〜?」という視線と、小糸の「え、お風呂って……え?」という視線と、円香の「なんで言うのなんで言うのなんで言うの」という死線が透に突き刺さる。

 

「……透先輩〜? 菅谷先輩と泊まりで遊びに行っても、えっちなことはしないって言ってなかった〜?」

「し、してないよ?」

「なんで疑問系〜? 自分の行動に自信が持てない典型〜?」

 

 マズイ、と透以上に円香が焦っていた。基本的に、雛菜は透の事が大好きだ。だから、あまり透を責めるような事はしない。

 つまり、この場合に雛菜の矛先が向けられるのは、当日同行していたもう一人の女子……。

 

「円香先輩〜、どういうこと〜?」

 

 こっちに向く。……だが、まぁやましい事はないし、普通に言えば良いだけの話だ。

 

「別に、雛菜や小糸が思ってるような事はないから。海の近くの別荘なら、みんなで水着を着たままお風呂に入れるんじゃない? ってなっただけ」

「……ほんとに〜?」

「ほんとに」

「でも〜……辻褄合わなくない〜? お風呂に入るってことは、海の後でしょ〜? 体洗う時とかどうしたの〜?」

「時間ずらした。先に私と浅倉が身体洗って、水着着直した後、リカが入ってきて、私達は背中を向けたまま湯船浸かってた」

「……浴槽、そんなに広いの〜?」

「広かったの。ジェットバスとかついてたし」

 

 あくまでも淡々と事実を告げる。嘘かどうかを判断するのは雛菜だが、今更疑われるような付き合いの長さではない。

 

「……ふ〜ん、じゃあ見てないし、見られてないんだ〜?」

「そう」

 

 あくまでその時は、だ。嘘は言っていない。

 さて、相手は雛菜だ。このまま自分が話題を戻そうとすれば、一部の嘘に勘づかれる。

 

「で、それよりさ。じゃあ、雛菜は何かない?」

「え〜? 菅谷先輩の習性がよく分からないから、雛菜なんとも言えないけど〜……」

「なんでも良いよ。リカ、基本的に照れやすくはあるから。他人を褒める時は照れないくせに、自分が褒められると照れるタイプ」

「ふーん……じゃあ〜、こんなのはどお〜?」

 

 そう提案する悪魔の囁きに、浅倉透と樋口円香は耳を貸した。

 

 ×××

 

「あ、あさひっち! 見えてる?」

「は、はいっす! すごいすごい、こんな近くでセミが羽化してる!」

 

 そうはしゃぐのは、肩車している菅谷と、その上でセミの羽化を見学するあさひ。好奇心旺盛少女とムシキングが重なり合い、普通に意気投合していた。

 

「あんま大きな声出すなよ。動物は音に敏感なんだから」

「動物っすか? 虫じゃなくて?」

「動物も虫も人間もみんな同じでしょ。みんな生き物でみんな命一個なんだから」

「なるほど……なんか、カッコ良いっすね!」

「だから大きな声を出さない」

 

 さて、そうこうしている間に、セミの羽化が終わった。肩から降りたあさひは、うーんっ……と伸びをする。

 

「ありがとうございますっす! 次の珍百景を探しに行こうっす!」

「いや、ゴミ拾いだから」

「えー、もう飽きちゃったっすよ〜」

「ダメ。こういうゴミ拾いをしないと、もしかしたらセミが絶滅するかもしれないんだから。そしたら、もうこんな光景見れないんだよ?」

「なんでゴミ拾いがセミの絶滅を防ぐ事に繋がるんすか?」

「……」

 

 仕方なさそうに菅谷はため息をつく。この子は中学二年生だが、反抗期というわけではない。純粋な興味で聞いているのだろう。屁理屈からではない。

 ならば、だ。自分も真摯に教育してやった方が良い。

 

「例えば、あさひっち。海にゴミを捨てちゃいけない理由は?」

「え? 海の生き物が飲み込んだり、身体に引っかかったりして事故に繋がるから……っすよね?」

「そう。でも、そういうことに繋がるって事は、ポイ捨てした人は誰も思っていない。実際、低い可能性なんだけど、それでもその事故が起きて魚が死ぬまで誰も想定してなかった。これだって、それに繋がるかもしんないでしょ」

「……そうっすね?」

「俺はそういう可能性を1%でも除去したいの。だから、あさひっちもボランティアに来た時くらい協力してね。勿論、たまたま面白い光景を見かけた時は、そっち見ても良いから」

「……なんか、明里さんって……カッコ良いっすね!」

「え、そう?」

「明里兄ちゃんって呼んでも良いっすか⁉︎」

 

 直後、菅谷の心の臓がドクンと跳ね上がる。早い話が「……甘やかす側の立場も悪くないかも」と言わんばかりの感想だ。

 

「……よし、あさひっち。せっかくだから見かけた虫を俺に出来る限りで教えよう」

「よろしくお願いするっす!」

 

 改めて握手をして、二人でゴミ拾いを続けた。

 

 ×××

 

「……こう?」

「違う〜。雛菜的には〜、もうすこしあざとくても良いと思うよ〜?」

 

 そう言う雛菜の膝の上に頭を置くのは透。上目遣いをするように下から覗き込んでいる。

 雛菜の言う作戦とは、いわゆる「甘える」作戦。もう既に何度かやっているが、膝枕に腕枕におんぶに抱っこ……つまり、ボディタッチを含めた甘えだ。

 これならば、こちらは自然に顔を隠せるし、向こうの照れた顔を見ることが出来る。

 その為に、雛菜を実験台として、透が甘えてみているわけだが……。

 

「やは〜〜〜♡」

 

 円香の目には、むしろ雛菜が透に甘えさせるために提案したように見えてしまう。

 

「こう?」

「良い感じ〜」

「あとなんかない?」

「あとは〜……相手の背中におでこをつけて、控えめに腰を握ったりとか〜……あと、座ってる相手の肩に顎置いたりとか〜……?」

「なるほど」

 

 まぁ、もう勝手にして、と言わんばかりに円香はスルーした。……と、言いつつも雛菜のセリフには耳を傾ける。甘える……ちょっと、いやほんとにちょっとだけ興味がある。いやちょっとだからホント。

 そんな風にソワソワしているのを必死に隠していると、自分を見てソワソワしている可愛い生き物が目に入った。

 

「? 小糸?」

「ま、円香ちゃん……私の膝、空いてるよ……?」

「……は?」

「え……円香ちゃんはやらない、の……? 菅谷さんに、甘えるって言うの……」

「やらない。私があいつに甘えるとか、天地がひっくり返っても有り得ない」

「……そ、そっか……」

 

 ショボンと肩を落とす小糸。それを見て、円香は少し黙り込む。まさかこの子……円香が菅谷に甘えるどうこうとかではなく、自分が膝枕したかっただけ? 

 ……まぁ、雛菜なら絶対に嫌だが、小糸のためなら頷かざるを得ない。

 

「んっ」

 

 目を閉じて、小糸の方へ身体を倒した。膝の上に頭を置くと、華奢な柔らかさと硬さが顔の右半分に伝わる。

 

「! ど、どお⁉︎ 円香ちゃん……!」

「……うん。気持ち良い」

「え、えへへ……そっか、良かった……!」

「……」

 

 本当に意外と悪くないかも、なんて思ってみたり。小糸だからだろうか? 心地良いというか、気持ち良いというか……胸が満たされる。思えば、他人に甘えるのなんて随分と久し振りな気がする。

 思わず眠気が襲ってきて、瞼を閉じかけた時だ。カシャっという電子的なシャッター音が耳に響き、速攻で目を開ける。

 正面に座っている雛菜と透が、スマホを構えていた。

 

「樋口、今超甘えてた」

「やは〜♡ 円香先輩、こう言う時だけ可愛い〜〜〜♡」

「遺言はそれで良いわけ?」

「あっ、だ、ダメだよ円香ちゃん……! 眠いなら、ゆっくりしてなきゃ……!」

「……」

 

 華奢な力で押さえつけられる。撥ね除けようと思えば出来るが、それは小糸を怪我させてしまうかもしれない。

 それに、写真撮られるくらい構わない。こんな姿を見せたくない相手は、もうあと一人しかいないし。

 

「……リカには送らないでくれれば良いから」

「えっ」

「……は?」

 

 何今の反応? と円香は片眉を上げる。

 

「手遅れじゃん。ウケる」

「分かった。ブッ飛ばす」

「わー! 円香ちゃん、落ち着いて……!」

「やは〜〜〜♡」

「雛菜ちゃん、煽っちゃダメだよ……!」

 

 割とマジの喧嘩に発展した。

 

 ×××

 

 さて、ボランティアも終わりの時間。菅谷とあさひは、ゴミを町内会の方に手渡した。

 

「よーっし、たくさん拾ったっす!」

「お疲れ様、あさひちゃん」

「あと、セミの抜け殻もたくさん拾ったっす!」

「う、うん……それはもらっても困るかな……?」

 

 菅谷もそれを拾うのは中一で卒業している。

 

「でも……ほんとにたくさんゴミ拾ったなぁ。……どこにDVDデッキなんて落ちてたんだい?」

「地中に埋まってたっす!」

「え、埋められてたの……?」

「あーはい。くぬぎの近くに埋まってたんで、カブトムシのお子さんが冬を越す場所を少しでも奪われないために掘り返しました」

「……な、なんか想像以上に頑張ったみたいだね……二人揃って」

「お兄ちゃんですので」

「あさひっちっすから!」

「思った以上に仲良しに……」

 

 ウェーイ、と、言うようにハイタッチする二人。随分と仲良くなった。

 

「じゃあ、あっちでかき氷配ってるから。食べて帰ってね」

「「はい!」」

 

 二人でかき氷を貰いに行った。

 シロップのバリエーションもそこそこあったので菅谷はメロン、あさひはブルーハワイを選び、近くのブランコの手すりに腰を下ろした。

 

「ん〜……美味いっすー!」

「働いた後だからね」

「明里兄ちゃんは何処の高校なんすか?」

「ん? 一番近くの高校。ほら、あそこ」

「あ〜……あそこっすか。……明里兄ちゃんみたいな人、多いんすか?」

「え? どうだろ。仲良い二人としかあんま一緒にいないからなぁ……」

「そうっすか〜……」

「……あ、その片方からチェイン来てる」

「どんな人っすか?」

 

 送られて来たのは透から。そのチェインを開くと、小糸に膝枕されている円香が写っていた。

 

「わっ、可愛い」

「ホントっすね……でもなんで膝枕なんすか?」

「さぁ?」

 

 正直、羨ましい。あと可愛い。円香はなかなか、自分に甘えるような事はしないから、少しだけその位置を変わって欲しかった。……まぁ、別荘ではそんな一幕が夜中にあったわけだが。

 とりあえず、自分も返信しておく。

 

 LIKA☆『マドちゃん、普段は超甘えん坊なんだ。かわいい』

 

 そう送り、スマホをポケットにしまうと、隣のあさひが声を掛けてくる。

 

「でも、そうっすか〜。明里兄ちゃん、仲良い女の子、結構いるんすね〜」

「まぁ、うん。あともう一人……というか、チェインのトプ画のこの子」

 

 言いながら、それを見せた。三人で海に並んでいたり、別荘のベランダで並んでたり、電車の中で爆睡してたりしてる写真を見せる。

 

「……二股?」

「まだ違うよ」

「まだ?」

「まだ。

まぁ……正直迷ってるんだけどね。中学の時からずっと三人一緒で、ぶっちゃけ二人とも好きだから」

「……惚気? 自慢?」

「ん〜……まぁ、どうとっても良いけど、俺の中では悩みでもあるかな」

 

 言われて、あさひは少し黙り込んだ。まだ一日の付き合いだけど、こんな誠実そうに見える人なのに、意外と女性関係はだらしないのかな? と思ったが、むしろ誠実だからこそ悩んでいるのかもしれない。

 そもそも二股はダメ、と言うのは世間一般のルール。それも、海外では一夫多妻制などもある話も聞いたことある。

 

「……まぁ、私は恋愛とかよく分からないんでなんとも言えないんすけど」

「だよね。ごめん……」

「でも、明里兄ちゃんは、女の人なら誰でも良いんじゃなくて、その二人だから良いんすよね?」

「うん」

「なら、あとは二人の気持ち次第じゃないすか?」

「……そっか」

 

 それを聞いて、菅谷は少し胸の奥で荷が降りたような感覚に陥る。開き直るわけではないが、一般論は一般論。やはり、大事なのは本人がどう思うか、という事だろう。

 

「……ありがとう、あさひっち」

「別に、大した事じゃないっす」

「今度、この辺でクワガタたくさんいるとこ教えてあげる」

「いや、自分で幼虫から育成してるからいいっす」

「見せて!」

「良いっすけど……お礼っすよね?」

 

 結局、このあと飲み物を奢った。

 

 ×××

 

 家まで送ってあげた後、菅谷はのんびり帰宅した。電車に乗ってゆらりゆられ、自宅に到着。

 しかし、と菅谷は思う。たまには、甘やかす側に回るのも悪くない。母性、と言うわけではないが、小さな女の子の面倒を見た事で、なんだか胸の奥が変に満たされる感じがあった。今度、透と円香で試してみ……いや二人ともすんなり言うこと聞いてはくれなさそう……。

 なんてけったいもないことを考えながらマンションの自動ドアを潜ると、どこかで見たイケメン美少女が立っているのが見えた。

 

「え、とおるん?」

「や、リカ」

「市川と福丸と勉強会は?」

「さぁ?」

「や、さぁ? って……」

「お、私のモノマネ上手い」

「でしょー?」

「まぁ、来たなら上がって」

 

 とりあえず中へ案内する。15階まで上がり、自室の中へ案内した。

 家の中に入ると、もういつもの流れ。手洗いうがいだけして、干してある洗濯物を二人でしまい、ソファーの上に重ねると、下着類とパジャマを菅谷が、透が私服等を畳み、しまう。

 そのまま、菅谷は腰をトントンと叩く。

 

「ふぃ〜……疲れた……ん?」

 

 その直後だった。後ろからズシっと体重を掛けられる。透が、背中に額をつけて両腕を腰に回してきていた。

 

「……どしたん?」

「ん? ん〜……ちょっと、リカ成分補給?」

「なにそれ。どんな成分?」

「香りとか、匂いとか」

「同じでしょそれ」

 

 言いながら、立ち止まる。……どうすれば良いのだろうか? 立ったままになっているわけだが。後ろにいるから頭を撫でてあげることも出来ない。

 ……ん? 撫でる? と、菅谷は小首を傾げる。どうやら、頭より先に本能が理解したようだ。

 

「もしかしてとおるん、甘えたがってる感じ?」

「……う、うん……?」

 

 マジか、菅谷は内心で舞い上がる。もしかしたら、母性に近い何かがあるのかもしれない。男なのに。

 

「分かった。おいで」

「えっ」

 

 そう言った菅谷は、透の腕を引いてソファーに腰をかける。その横に座った透は、横に身体を倒して菅谷の膝の上に頭を置いた。

 

「おお……とおるん。どうしたのほんとに」

「別に?」

 

 にこりと微笑みながら、視線だけ向けてくる透に、菅谷は胸の奥をドキリと締め付けられた。

 

「……ど、どうしたの? なんか……もしかして、マドちゃんと喧嘩でもした?」

「した」

「したの⁉︎ なんでっ……!」

「んー、でも今のこれはあんま関係ないよ。雛菜直伝、男を照れさせる甘え方、なんだけど……あんまり効いてない?」

「そんな事より、なんで喧嘩したの?」

「ん……んー、なんか……リカに送った写真の事で。勝手に送ったら怒られた」

「え……そんなことで?」

「そんなことまでならよかったんだけど、その後に来たリカからの『マドちゃん、普段は超甘えん坊なんだ。かわいい』でブチギレちゃって、追い出された」

「……俺の所為?」

「うん」

「とおるんに言い切られたくないんだけど……」

 

 とはいえ、そういうことか、と菅谷は小さくため息をついた。どうやら甘えるだの甘やかすだの言っている場合ではない。

 

「……ま、あんまり私は気にしてないけど」

「いや、ダメでしょ」

「いやほんとに。このくらいの喧嘩……というか私が怒られるような事は初めてじゃないから。明日あたり、顔を合わせた時には仲直りしてるよ」

「……」

 

 確かにその可能性はありそうではあるが……いや、まぁ確かにその可能性はある。仲良い奴ほどそう言う節はありそうだし、円香の怒りだって怒りというより恥の方が大きそうだ。

 

「でも、まだ怒ってる時に顔合わせるとやばいかも」

「……なるほどね。それでうちに来た?」

「うん」

「じゃ、しばらくいて良いよ」

 

 言いながら、透の頭を撫でる菅谷。サラサラの髪が指に絡んでは解け、自分があげたピアスが耳に付いているのに目が引かれる。

 そこで、菅谷のお兄ちゃんモードは急に途切れた。……つーか、なんで膝枕しながら頭撫でてあげてるの? と言わんばかりだ。

 

「あ、あの……とおるん。ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「え、今更?」

「う、うん……まぁ」

「……ダメ、このまま」

 

 そう言いながら、ズボンをキュッと握る透。逃がす気は無いようだ。

 仕方ないので、しばらくなすがままにされている時だった。インターホンの音が鳴り響く。

 

「ごめん、お客さん」

「え〜……仕方ないなぁ」

「ありがと」

「おんぶで良いよ」

「……どうぞ」

 

 仕方なく、菅谷は透を背中を乗せる。そのままのっしのっしと歩いて、応対した。

 

「もしもし?」

『……リカ?』

「っ、ま、マドちゃん?」

 

 驚いた。まさか、会わせちゃダメ、と言われた側から来るとは。透も自分の口に手を当てて黙り込んでいる。

 

「ど、どうしたの?」

『ん、ちゃんと生活できてるか見にきた』

 

 喧嘩した事は隠すつもりらしい。なんかもう言い分が嘘くさいから。

 その表情はかなり……でもないが、それなりに苛立っている。拒否したら菅谷にも当たられそうだ。

 

「ど、どうぞ?」

「っ⁉︎」

『ん』

 

 そこで自動ドアを開けて、通話を切った。

 

「なんで入れるのっ?」

「いや、追い返せないでしょ。怒ってるし」

「だからって、まだ熱り冷めてないのに……」

「とにかく、隠れて。俺の部屋にっ」

「わかったよ……」

 

 そんなわけで、大慌てで透を部屋に入れ、靴を隠す。透が手ぶらできた事は幸運だった。

 その直後、ピンポーンと再びインターホンが鳴り響く。慌てて鍵と扉を開けた。

 

「おかえり」

「ただいま……いやここ私の部屋じゃないでしょ」

「あ、そ、そっか。どしたの? 勉強会は?」

「終わった」

 

 言いながら、円香はいつもの流れで手洗いうがいだけして、菅谷と一緒にリビングの方へ。

 

「なんか飲む?」

「ん……いい」

「そう」

 

 やはり、なんか素っ気ないな……と思いながら菅谷が思いながらソファーに座った時だ。

 後ろから、肩にズシっと体重がかけられる。硬い何かが押しつけられ、痛みが走るが、気にする事なく声をかける。

 

「……マドちゃん?」

「……あのさ、私って面倒臭い?」

「全然?」

「……考えてから答えて」

「……全然?」

「……」

「どしたの?」

 

 喧嘩したことを悔やんでいる、という事は分かっていたが、一応聞いてみた。

 

「……さっきちょっと浅倉に言い過ぎたから」

「気にしてないでしょ。とおるんだよ?」

「……毎回、喧嘩する時はこうだから。で、次の日には無かった事になってるから」

「それも仲良いからでしょ。……俺には喧嘩するような友達がいなかったからよく分からないけど……普通は喧嘩したらそのままサヨナラとかになるんじゃないの?」

「……」

 

 そう言いながら、菅谷は手を伸ばして肩の上の円香の頭を撫でる。

 

「だから大丈夫。……仮に二人が喧嘩しても、絶対に俺がなんとかするから」

「……やっぱり」

「え?」

「……浅倉、この部屋にいるでしょ」

「…………へ?」

 

 急になんの話? と思った時にはもう遅い。円香の両腕に力が入り、菅谷の身体を離さない。

 

「な、なんでわかったの……?」

「ここに来た時『とおるんは?』って聞いてこなかった時から違和感はあった。今、相談して確信した。喧嘩の理由とか聞いてこなかったし」

「……」

 

 マズった、と菅谷は大量に汗をかく。演技か……と、思った直後、円香の腕から力が抜けた。

 

「……ま、でも良いよ。別に、もうあんま怒ってないし」

「ホントっ? 樋口」

「出てくるの速すぎでしょ……」

 

 てか、ずっと聞いてたっぽい。まぁ、菅谷の知ったことではないが。

 

「とにかく、もういいから」

「ふふ、流石、樋口」

「バカにしてんの?」

「わっ、うそうそ。……あ、そういえばリカ」

 

 流石に今のまま話が続いたら怒られる、と思ったのか、すぐに透は菅谷に声をかけた。

 

「私が来る前、出掛けてたけど、何処に行ってたの?」

「え? ああ、ゴミ拾いボランティア」

「真面目か」

「いやいや、実際は中学生の女の子とセミの羽化の観察してただけだよ」

「「は? 今なんて言った?」」

「えっ?」

 

 結局、最後に怒られるのはやっぱりバカだった。

 

 




本当はもっと修羅場にする予定でしたが、別の日にとっておきます。
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