夏休み後をだるく感じるのは9月の下旬から。
夏休みが終わり、学校初日。円香は嫌な予感がしていた。何故なら、家の前に透が来ないから。
まぁ、そこまでは想定通り。しかし、問題はそいつに似て非なる男の方であって。一人暮らしのバカタレの場合、起こしてくれる人もいない。
……急いだ方が良さそうだ。その為にも、まずは浅倉に言うことを言う必要がある。
そのため、インターホンを押した。
『はーい? あら、円香?』
「透いますか?」
『そういえば、まだ起きて来てないけど……どうしたの? こんな朝早く』
「いや、今日から学校なので」
お母さんも把握していないのはいつものことである。蛙の子は蛙というわけだ。
だが、切り替えの速さは、やはり娘とは練度がちがう証拠でもある。
『あー……今、起こすから待っててね』
「いえ、私はもう一人の寝坊助を起こすので、いつもリカと待ち合わせている場所で集合、と伝えて下さい」
『そう。分かった』
それだけ話すと、円香は急ぎ足で駅に向かった。すぐに定期をピッと鳴らし、車内で揺らり揺られて学校兼菅谷のマンションの最寄駅へ。
マンションまで急いで来て、部屋番号を押す。……が、応答が無い。予測通りなのにイラっとするのは何故だろうか?
「……はぁ」
仕方なく思い、スマホを取り出す。ここで延々と鳴らし続けても良いが、他の人が来たら迷惑なので、菅谷にしか迷惑が掛からない方法を取った。
その名も……「スタンプ投爆」である。シュボボボボボボっと指を高速で動かしていると、ようやく返事が来た。
LIKA☆『かまちょ?』
後でぶっ飛ばす、と決めつつ返事をした。
樋口円香『違う。今日から学校。開けて』
LIKA☆『了解』
了解、とは言われたが、少しだけ間があった。多分、日付を見たのだろう。今、絶対焦ってる。
開いた自動ドアを潜り、円香は中に入ってエレベーターに乗って上がり、部屋に到着した。
扉を開け、中に入ると、菅谷が大慌てで部屋のカーテンを開けて布団を干していた。
「そういうのは私がやるから、あんたは自分の支度して」
「わっ、ま、マドちゃん! ありがと」
「まったく……いつになったら慣れてくれるのか……」
やれやれ、と言わんばかりに肩を落として、円香も慣れた手つきで家事を始める。別荘から帰ってきた後も何度かこの部屋に来たので、何をどうすれば良いのかは全然、忘れていない。
布団を干し、洗濯機を回し、ゴミ出しに行き、部屋に戻る。すると、朝ご飯の良い香りが漂って来ていた。本当に料理を少しずつ学んでいるようだ。
「ただいま」
「あ、マドちゃんも食べる? フレンチトーストとサラダ」
「……私の分も?」
「朝早くから来てくれたし」
「……もらう」
歯ブラシもこっちに置いてあるし、何の問題もない。時間は……なんか思ったよりも余っている。洗濯機が洗濯を終わらせるのを待つ以外、やる事はないから。
そんな時だった。ピンポーンとインターホンが鳴り響く。見なくても誰か分かった。
「おはよう、とおるん」
『リカー、入れてー』
「はいはい」
言われて、自動ドアを開けた。
「浅倉?」
「うん」
「早っ。寝てたから置いて来たのに」
そんな話をしながら切り分けたトーストを食べていると、すぐにまた呼び出し音が鳴り響く。
「開いてるよ!」
声を掛けると、透が入ってきた。
「おっ、美味しそうなもの食べてる」
「とおるんも食べる?」
「待って。そんな時間ないでしょ」
直後、透から「ぐうぅ……」という情けない音が聞こえてくる。
「え、とおるん。朝ご飯は?」
「食べてない」
「……食べる?」
「食べる」
「……急いで。遅刻したくない」
円香にも許可をもらい、三人で食べ始めた。
×××
さて、学校が終わり、下校時間。すぐに菅谷の部屋に帰って来た三人は、まず手洗いうがいをしつつ、帰り道に買った食材を円香がしまい、菅谷は洗濯物をしまい、透は布団をしまって敷く。
各々がそれを終わらせると、円香と菅谷はエプロンを装備。最近から二人で料理をするようになったのだが、二人ともこの時間が少しだけ気に入っていた。
「何食うかー」
「まだ暑いし、冷たいもの?」
「寿司とか?」
「やってみなさいよ」
「じゃあ……天そば?」
「……まぁ、それしかないか。私、かき揚げ作るから。あんたそば茹でて」
「はーい」
なんて話しながらテキパキと役割分担をし、実行に移る。その間、透は勝手にテレビを使ってドラマを見始めた。
「リカ、人参取って」
「はい。……こっちで野菜切ろうか?」
「お願い」
「はいはい。……あれ、おそばどこ置いたっけ」
「はい」
「お、ありがと」
なんて話しながら料理を続けている時だった。しばらく黙り込んでいた透が、ソファーから立ち上がって歩いて来る。
「リカ、代わって」
「え、なんで?」
「代わって」
「いや包丁使うから危ないよ?」
「代わって」
「玉ねぎとか目に染みるよ?」
「代わって」
「代わってもらう前に怒ったら?」
割と馬鹿にしてるような内容が含まれているのもノータッチ。思わず円香が口を挟んでしまったほどだ。
とはいえ……菅谷も円香との料理は楽しいし……譲りたくないなんて言えば器が小さく聞こえるが……いや、まぁ結構夏休みに料理していたし、たまには良いかと思う事にした。
「分かったよ……じゃあ、俺はその間に」
「休んでて良いよ。今、H○ROやってるから」
「やってるっつーかつけたんじゃ……」
「良いから座って」
とのことで、菅谷はソファーに座り込んだ。
一人退屈になりつつも、時折、二人の方をちらりと見る。……羨ましい。もしかしたら、透も寂しかったのかもしれない。
「浅倉、もっとにんじんは細く細かく切って」
「え、もっと細く?」
「あと玉ねぎも。もっと細かくして」
「これ以上、小さくするの? もう無理じゃない?」
「……リカと代わって」
「あーうそうそ。やるやる」
……大丈夫だろうか? 少しだけ心配になりながらも、しばらく任せてぼんやりした。
それから数分後……ようやく完成したのか、机の上に大量に盛られたそばとかき揚げが運ばれて来た。
「出来た」
「おお……美味そう」
「でしょ?」
「浅倉は野菜大きく切っておそば茹でただけでしょ。かき揚げ作ったの私だから」
「でも、私も作ったから」
「二人ともありがとう」
「「……」」
お礼を言うと、二人して頬を赤らめる。お礼ひとつでそこまで喜ばれると、逆に照れる。
さて、机の上に並ぶそばとかき揚げ。ざるそばなだけあって、汁も用意されていた。
「「「いただきまーす」」」
挨拶して、そばを汁につけて啜る。
「んっ、美味ぁ」
「いえーい」
「かき揚げも美味っ……っ、歯茎に刺さった……」
「ふんっ……バーカ」
憎まれ口を叩きながら、円香は自分もザクザクとかき揚げを噛み砕く。意地でも透に細かく食材を刻ませたため、美味しく出来ている。
褒められた事で満足したのか、透がそばを啜ってから二人に聞いた。
「ゾボッ、ゾボボッ。この後、どうしよっか?」
「その啜り方、やめて」
ウザくなる前に円香が言う。その後に続いて菅谷が口を開いた。
「そうだ、そういえばこの前、気がついたんだけどさ」
「「?」」
「なんか二人とも、うちにめっちゃ物置いて行ってない?」
その一言に、二人ともビクっと肩を震わせる。
「エプロン、歯ブラシ、ジャージ、あとなんか化粧のポーチっぽいの、手鏡……これ二人のだよね?」
「……別にあった方が良いと思っただけ」
先に言い訳……ではなく理由を言い放ったのは円香だった。
「エプロンとか使うし、ここでリ○グフィットやる時とかもあった方が良いし、ご飯食べ終わった時はすぐ歯磨きしないとだし」
「ね。ダメ?」
「や、置いていくのは良いんだけど……もしアレなら、二人が使う部屋用意しようか?」
「「え?」」
「いや、部屋一個余ってるから。今は学校関連のあれこれ置いてるけど、俺の部屋に入らないでもないし」
そんなことをほざき始める菅谷を前に、円香と透は顔を見合わせる。いや、まぁ正直、魅力的な提案ではあるのだが……。
「もう別荘で一泊しちゃってるから言うけど、土日とかは、金土とかに泊まりに来ても良いよ。なんなら市川とか福丸も連れて来て良いし」
「「それはない」」
「なんで……」
とはいえ、流石にそれはマズい。まだ高校一年生、いくら仲良いと言っても、部屋まで用意されるのは如何なものか。
確かに菅谷の部屋の前の部屋が何に使われているのかいまいち、把握し切れていない二人だったが、自分達のために使う、なんて少し甘え過ぎな気がしないでもない。
そもそも、この部屋だって菅谷は大学生になったら別の部屋か実家に引っ越すかもしれないのだし、置いてあるものは持て余してしまう気が……。
「私、下着入れる棚欲しい」
「良いよ」
「浅倉……」
いい加減にして欲しいものだ。本当にこの女は。何でもかんでも賛同せず、たまには反論の一つでもしてもらいたいくらいだ。
「どうせいつか泊まることになるだろうし、安いの買っておきたいかな」
「はいはい。じゃ、それ買いに行こっか」
「樋口も買うでしょ?」
「……」
まぁ、2人がそう言うなら、買っても良いかもしれない。いや別に泊まりたいとか、泊まる機会があるかもとかではなく、あくまで2人がそう言うのならアリと言えばアリなのかもしれないみたいな感じみたいな。
「……買う」
「よーし、決まり!」
そんなわけで、買い物する事になった。
×××
さて、場所は百均。二人が使う部屋とはいえ、基本は菅谷が使っているマンションの一室なので安物を買う事にした。
「なるべくなら、目立たない感じのにしてね。……男の部屋に女の子の下着が置かれるわけだし」
「ファンシーなのにしよっか」
「うん。キラキラしてる奴」
「勘弁してよ……。もし、有栖川さんとかが下着泥棒されて警察がうちに捜査協力をお願いしに来たら、逮捕されるの俺なんだから」
「どういう想定?」
そんな話をしつつ、プラスチックの小さな棚を見にくる。
「まぁ、真面目な話すると透明なのはちょっとね……」
「うん。リカから見えない方が良い」
「俺もそうしてくれると助かる。……家の中にいながら、変に緊張とかしたくないし」
「匂いとか嗅いじゃダメだからね」
「? パンツに匂いとかあるの?」
「え、そ、それは……」
「浅倉、無謀な勝負に挑むのはいい加減、諦めたら?」
「……?」
本当に分かっていない菅谷を見て、やはり透は何処か納得いかなさげだったり。
「ああ、でもそういうことか」
「? 何が?」
「下着泥棒って、匂い嗅ぎたくて盗むんだ。あれ全然意味わからなかったんだよね。欲しけりゃ買えば良いのにって思ってた」
「いやあれは……というか、この話題やめて。何の話か分かってる?」
円香が言うと、菅谷はハッとする。生物について学んでいたような顔から、一気に照れた頬が赤く染まっていく。
「っ、ご、ごめん……」
「おお……すごい、樋口。リカに一発お見舞いした」
「ふっ、楽勝」
「いや、何を誇ってるのマドちゃん……」
だが、少なくとも二人の間では、口で菅谷を照れさせるのは凄腕の技術である。
そうこうしているうちに、プラスチックの棚が置いてある場所に到着した。
「……よーし、着いた」
「あんま種類ないね」
「百均だからね」
「適当に選べば良いよね」
「ん」
そう話して、適当な棚……というより箱を選ぶ。円香も透も、特に「これ可愛い」みたいなものがあるわけではなく淡々と選んでいると、円香の肩にチョコンと何か乗せられる。
それを見た透が、ちょんちょんと肩を指した。
「樋口、肩」
「ん?」
顔を向けると、そこにいたのはカマキリのおもちゃだった。
直後、それを振り払う事なく円香は菅谷の首に手を伸ばした。
「おぐっ……! な、なんっ……⁉︎」
「何の、真似……!」
「いや、ちょっと、かまって……欲しくて……!」
「……あっそ。じゃあこのままあんたが死ぬまで構ってあげる」
「待って待って樋口。割と人の視線集めてる」
珍しく透が止める側に回っていた。仕方なく円香は手を離す。
「まったく……あんたは。てか、暇ならあんたも選ぶの手伝ってくれない?」
「いや選ぶほどバリエーション無いし」
「まぁそうかもだけど」
その直後、透が菅谷の後ろから体重をかける。それと同時に、透は顎を菅谷の肩に置き、両腕を肩の上に置いた。
「リカ……ちょっとで良いから、おとなしくしてて?」
「っ、お、おう……?」
以前習ったテクニックを見事に活かし、菅谷を封殺する。その様子を眺めながら、円香は内心で「やるじゃん」とか上から目線で感心してしまった。自分には絶対そんな真似できない。
「で、どれにする?」
「というか、下着類どれくらい置くの?」
「そんなしょっちゅう泊まることないし、2〜3日分もあれば良いと思う」
「なら、二人で一つで良いかもね」
「いや、ジャージとかパジャマも置くでしょ」
「パジャマはリカの借りれば良くない?」
そこから先はサクサクと話が進む。菅谷が黙るとここまで話が進む。
結局、選んだのは大きめ且つ中に仕切りがつけられるタイプ。円香と透のものを二分できるようにするためのものだ。
「よし、行こう」
「ん」
「あの……とおるん、俺を挟んで下着の話するのはやめて……」
「嫌ー」
ラッパーのような返事をして、そのまま三人で購入を終えた。
×××
その後は、わざわざ下着が売っているお店に寄った。流石に菅谷を連れ込むのは酷な気がしたので、その間、菅谷は外で待機。近くにあったゲームセンターに立ち寄っていた。
で、今は新たなる二人の部屋。そこをリフォームする。まずは中に入っているものを全て出す。
「……結構、物あるじゃん」
「後で片付けるの手伝ってくれる、んだよね?」
「私、このあと仮眠の用事ある」
「私も樋口と添い寝の用事ある」
「その部屋使って良いから」
「いやベッドが良い」
「分かった。今日の晩ご飯も食べて行って良いから」
「冗談だから。そんな必死にならなくて良い」
そう言いつつ、泊まり用にあらかじめ用意されていた布団の運び込み。二つ重ねて三人で運ぶ。
部屋に運び込むと、ドサドサとハジに寄せて置く。それとタオルケットも。
「……寒くなって来たら掛け布団も出そうか」
「ん。今はいい」
「じゃあ、下着しまうから出て行って」
「はいはい」
普段は洗濯するとき、菅谷の下着を見ることは多いくせに、自分達のは見せたくないようだ。
出て行く菅谷の背中を眺めながら、二人はでっかい箱の中に仕切りを三枚置き、パジャマや下着をしまっていく。
「よし、こんなもんでしょ」
「ホントはもう少しモノ置きたくない?」
「いや私達の部屋であって私達の部屋じゃないし。あんまり多く物置いたら迷惑でしょ」
「ま、そっか」
そんな話をしながら、二人は箱をハジにおく。
「よし、良いよ。リカ」
声を掛けると、中に入って来た。ガチャっと扉が開かれ、ヌッと顔を出したのは……てんとう虫だった。
「「えっ」」
が、それはモチッと左右から押されて潰れる。そして遅れてヒョコッと顔を出した菅谷が、それを二人の間に放った。
「はい、これあげる」
「わっ……もちもち」
「これ、どうしたの?」
「あとこれも」
「わ、ちょっ……!」
さらに遅れてダンゴムシが放たれる。
円香がてんとう虫、透がダンゴムシをキャッチして、少し狼狽えたように聞いた。
「これ……どしたの?」
「さっき、ゲーセン行ってる間に取った。部屋、殺風景じゃつまんないでしょ?」
実を言うと、透との誕生日デートの後から、たまに一人でゲーセンに行ってクレーンゲームを練習していた。成功率は決して高くはないが低くもない。今日のは、まさにその成果だった。
わざわざ新しい物を用意なんてしなくても……と、思いつつも、なんだかんだ言って嬉しくて、円香はぎゅっと抱き締めてしまう。
「……自分の趣味全開じゃん」
「ありがと。リカ。意外とダンゴムシも可愛いかも」
「いえいえ」
素直にお礼を言った透とは対照的に、まず憎まれ口が出る自分に嫌気がさす円香だったが、菅谷は自分と透、二人に笑みをこぼしてくれる。そんな優しさがやっぱり少し怖いと感じることもあった。
まぁ、次の一言を聞けばそんな気も失せるのだが。
「ちなみにマドちゃんにあげた方のてんとう虫はナナホシテントウって言って、赤い羽に7つの黒い紋が……」
「詳細はどうでも良いから」
「ね。……さ、続きやっちゃおう」
「もうやる事もないでしょ。荷物が少ないんだから」
「良かったら、俺の部屋から虫のフィギュア持ってく?」
「「いらない」」
そんな話をしながら、三人は新学期をスタートさせた。