浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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嫌よ嫌なの、いやほんとに嫌だからマジで。いやいやいやいや、フリじゃなくて嫌よまで言ってようやく好きのうち。

 クラスに手芸部兼コスプレガチ勢がいてくれたことが幸いし、執事服は全員分、オーダーメイドの上に費用もそこまでかからなかった。

 そのため、料理や飲み物にお金をかけられる。さて、そんなわけで、三人はお使いへ行くことになった。

 買うのは練習用の食材。なので、一人暮らしで近くのスーパーのセールなどを完全に把握している菅谷と円香が選ばれたわけだ。透は「二人が行くなら私も行く」と駄々をこねて同行。

 で、スーパーで買い物しに来たのだが……。

 

「とおるん、試食のウインナーバカ美味い」

「ん、食べさせて」

「はいはい。あーん……」

「あー……んっ、あっふ!」

「っ、に、肉片がっ……鼻の穴に……!」

「斬新な間接キス」

「世界初じゃない?」

「いえーい、ギネス」

「ナーイス、ギネス」

「ちょっと君たち。斬新ないちゃつき方を試食コーナーでするのやめてくれない?」

 

 店員さんに怒られたので、円香が二人の襟を掴んで売り場から離れる。

 

「……何バカなことしてんの?」

「したのはとおるん」

「リカだって鼻から食べかけ食べて嬉しそうだったじゃん」

「別に嬉しくはないから。面白かっただけで」

「普通、面白いとも思わないけどね」

 

 しれっと円香が口を挟む。円香なら普通に怒るとこだが、何食わぬ顔で笑って流せるのは、果たして器が大きいのか、それとも単純に頭が悪いのか。まぁ、おそらく両方なのだろう。

 

「ていうか、早く食材探して」

「えー……でも、帰ったらアレでしょ? また執事の練習」

「ね。どんな風にやったって一緒なのに、なんであんな拘るかなー」

「……」

 

 円香も口に出して賛同はしなかったが、内心では同意している。クラスの女子の圧力が凄いのだ。こだわりを持つのは分からないでもないが、わざわざ黒執事を見せられたりするのは普通にかったるい。

 ……そう思う一方で、だ。その効果は円香も感じてはいた。こういう普段の菅谷を見ている時と、執事をやっているときの菅谷のギャップがすごい。

 ギャップを感じると言うことは、執事の時はかなりカッコよく見えているということなのだろう。……まぁ正直、菅谷にカッコ良さは求めていないわけだが。

 

「ま、当日のためでしょ。一応、出し物のジャンルごとに優秀賞とか出るらしいし、それ取るつもりなんじゃない?」

「そういや、うちの高校にミスコンとかそういうのはないの?」

「あー、そういえば去年は出たっけ。ミスコン」

「他所の高校のね。……あれはあれで斬新な祭り荒らしだったのかも」

「やばっ。私達、斬新尽くしじゃん」

「それな」

「要するに素数って事だから、あんたらは」

 

 つまりは、普通ではない人というわけであって。ホント、人目を気にしないタイプにも限度があるというものだ。

 

「でも、マドちゃんもそんな大差ないよね」

「あー分かる」

「その過去稀に見ない侮辱は何? 今ならタピオカLサイズ奢りで手を打つけど」

「やっす」

「毎日一つずつ一ヶ月間」

「え」

「待って。俺一人暮らし」

「やめて欲しければ理由を言って」

 

 言われて、二人は顔を見合わせてから、まともな声で言った。

 

「……だって、マドちゃんも割とサボり魔だし」

「宿題の割り勘を言い出すのも基本、樋口だし」

「基本的にマドちゃんもおかしいよね。そこが好きだけど」

「分かるわー」

 

 言われてみれば、円香にも思い当たる節はあった。しかし、円香はおそらく三人の中では比較的、一番プライドが高い。つまり、そういう子に限って、正解を突かれると余計に機嫌が悪くなり、ルールを問答無用で変えてしまうこともあるわけで。

 

「……タピオカ」

「「え?」」

「全然、納得いかないから。奢り」

「え、うそだ。図星つかれて恥ずかしくなった時の顔してる」

「意地でも認めない時の顔してる」

「二ヶ月にされたいわけ?」

「ま、マドちゃん……」

「もしかして、ブチギレてる……?」

 

 嫌な予感に脳裏が包まれた結果、二人は顔を見合わせ、そして頭を下げた。

 

「「今日一日、なんでも言うこと聞くので許して下さい」」

「……‥じゃあ、まずは二人で買い物済ませて来て」

「「御意」」

 

 一日、イケメン二人を好き勝手できる権利を得た円香だった。

 

 ×××

 

「浅倉、そのキャベツより横の方が大きい」

「リカ、醤油はお得用にして。これ前も教えた」

「浅倉、そのチョコとって。それは私のおやつ。あんたのお金で買って」

「リカ、飲み物。果汁入りのオレンジジュース。は? 高い? だからそれにしたに決まってるでしょ」

 

 見事な女王様っぷりで、見事に買い物を終えた。教室で使う大きい荷物を持たされている菅谷と、円香が個人的に使う飲食物を持たされている透は、円香を先頭にしてスーパーを出る。

 

「あー、楽出来た」

「容赦なかったね……」

「よほど、ご立腹だったのかな……」

「何?」

「「な、なんでもないです!」」

 

 思わず敬語で返してしまった。まだ御立腹の様子だし、ここはなんとかご機嫌を取らないと、主に学校に帰ってからが怖い。嫌な執事の練習の最中に何されるかわからないから。

 まず動いたのは、透だった。

 

「そ、そうだ。お姫様……じゃなくて、樋口」

「どんな言い間違い?」

「学校までの道のり、リカにおんぶしてもらったら?」

「は?」

「え?」

 

 巻き込まれた菅谷もハッとして顔を向けるが、透は目も合わさずに続けた。

 

「リカのおんぶ、それはもう乗り心地良いよ。猫バスと同じくらい」

「何急に?」

「ここまで疲れたでしょ。わざわざ学校からスーパー来てまた学校行くなんて面倒だし、片道くらい楽しても良いんじゃない?」

「いや、リカ荷物持ってるし」

「それは私が持つから」

 

 透にしては強引なその行動に、菅谷はすぐにピンと来る。つまり……これは、透なりに接待している。怒られないために。なんで菅谷がおんぶになるのかはおそらく普通に自分が重たい思いをしたくないからだろうが、とにかくそういうことなら自分も乗るしかない。

 透に荷物を預けると、菅谷は円香の前に背中を向けて片膝をついた。

 

「よし、ばっちこい」

「……まぁ、そこまで言うなら?」

 

 とりあえず、と言うように円香は菅谷の方へ体重を預ける。二人の意図などイマイチ理解出来ていない円香は、少し頬が赤くなる。透と違い、初めてのおんぶだ。つまり、胸がほぼゼロ距離で背中に当たるわけで。

 ……胸の辺りが何か足りないとか言ったらブッ殺す、と心に決めながら、肩上から両手を垂らす。

 

「……じゃあ、お願い」

「マドバス、発進します」

「なんで乗ってる人の名前がつくのよ……」

 

 弱々しいツッコミを入れつつ、円香は至近距離にある菅谷の顔から視線を背ける。おんぶって、思ったより顔近い。

 なんとなく恥ずかしいのは顔の距離だけではない。密着した体、そして身体を持ち上げるために太腿に添えられた両手、全てがちょっとだけ近過ぎて恥ずかしかった。

 

「マドちゃん……いや、マド様」

「何。……あと様って何?」

「乗り心地は如何ですか?」

「……普通」

 

 塩対応……に見せかけて赤くなった頬を見せないようにする。……が、視線の先には透が立っているのが目に入った。

 今日に限って、茶化すような顔ではなく真顔でこちらを見ている。茶化してくれれば言い訳つけて降りられるのに。

 ……いや、でも別に降りたいわけではない。降りれば、メンタル的に楽になるのは分かるが、その後はなんだか後悔しそう。

 なんだろう、本当に最近の自分はなんだろう。円香の頭の中で、色んな感情がグルグルと渦巻く。胸の奥が締め付けられるように痛い。

 その円香を背負っている菅谷が、何一つその複雑な感情を理解していない様子でしゃあしゃあと聞いた。

 

「……マド様、喉はお乾きではございませんか?」

「……」

 

 ……なんだか、これはこれでちょっと悪くなかった。つくしてくれる辺りが、ちょっと心地良い。

 

「じゃ、袋から飲み物出して」

「御意」

「樋口……いや、樋口様。私は?」

「浅倉は……じゃあ、浅倉が飲ませて」

「御意」

 

 たまには、こういうノリに付き合うのも悪くない。透が袋からペットボトルを取り出す。

 

「リカ、足止めて。飲ませるから」

「マド様、一時停車してよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「樋口様、口開けて」

「……ていうか、自分で飲む」

「あ、そう? まぁそうしてくれた方がありがたいけど」

「ん」

 

 足を一旦止めて、飲み物を飲んでからまた動き始める。

 しばらく歩いていると、もうすぐ学校という辺りまで来た。流石に学校の人にまで今の自分を見られるのはアレなので、そろそろ降りることにした。

 

「……リカ。もう大丈夫だから下ろして」

「いえ、そうは参りません」

「……は?」

 

 何が大丈夫? なんて思ったのもつかの間、菅谷はすぐに続きを言った。

 

「今日はマド様の執事ですので。このまま教室までお運びします」

「えっ、いや……いいってだから。ていうか執事なら言うこと聞いて。重いでしょ?」

「いえ、女性を持つことに対してそのような感情を持ち合わせてはおりませんので。とおるんでさえ怒りを露わにする地雷でございます」

 

 いらない所で過去の失敗談を活かしてくれやがって……と、円香の頭の中で焦りが出るが、菅谷はお構い無し。

 そのまま校門を潜ってしまった。学祭の準備期間中で、外に出店する予定のクラスや部活生は、屋台を置く面積を測ったりしていた……が、男の子におんぶされている女の子が目に入ると、人目を引いてしまう。

 

「ち、ちょっと……! 周りの人から見えてるってば……!」

「マド様がお甘えになられるのがレアだからではないでしょうか?」

「そうじゃないでしょ……!」

「樋口、めっちゃ嬉しそう」

「う、嬉しくないから……!」

 

 なんてやっている間に、昇降口に着いた。ここから下ろさないと靴を履き替えられない。

 チャンスと思ったのも束の間、透が円香と菅谷の下駄箱を開けて上履きを並べた。

 

「どうぞ」

「ありがとう、とおるん」

「あんた……覚えてなさいよ……!」

 

 透はともかく、菅谷は本気でこれで接待しているつもりなのだからタチが悪い。

 そのまま三人は自分たちの教室に戻った。

 

「ただいまー」

「買って来たよ」

「あ、おかえ……り?」

 

 クラスメートがくるりと振り返る。円香はそれにより顔を菅谷の肩につけて隠すが、到着した事により菅谷は円香を降ろしてしまう。

 

「お着きになられましたよ、マド様」

「っ……!」

「ねぇねぇ、なんで急におんぶして帰って来たの?」

「ついに付き合ったの?」

 

 興味本位で目を輝かせながら聞いてくるクラスメート達。それに対応したのは、買って来たものを手渡した透だった。

 

「いや、樋口がガチで怒って毎日タピオカ奢らせて来そうだったから、接待してたの」

「それでおんぶ……?」

「この子達、鬼……?」

 

 普通に引いてしまっていたが、透は「なんで?」と言わんばかりに小首を傾げる。中学の頃から、割と普通におんぶとかしてもらっていたからか、透も何も分かっていない様子だ。

 そんな中、ガッ、ガッと力強く二人の肩が後ろから掴まれる。振り返ると、円香が羞恥より怒りが勝った形相で睨みつけて来ていた。

 

「マド様、如何でしたでしょうか?」

「……とり、あえず……ビンタ、させて……!」

「え」

 

 ギロリと音がしそうな視線で言われた時には遅かった。ビンタと言われた割にゲンコツが二人の頭に降り注がれ、大きなたんこぶを作った直後、ちょうどそのタイミングで、衣装を掲げた女子生徒が入って来た。

 

「とりあえず、樋口さんの衣装出来たよ……何事?」

「「「何でもない」」」

 

 クラスメート全員が首を横に振る中、とりあえず円香は衣装を持って更衣室に向かった。

 

 ×××

 

「なんで怒ったんだろうね」

「さぁ……」

 

 本当に分かっていない表情で、二人は更衣室前で待機していた。執事姿は、クラスメート以外には当日まで非公開。その為、着替えが終わったら二人とも更衣室に入る。

 まぁ、要するに他に使う人がいない上に、先生が更衣室前を通らない間にしか実行出来ない事だが、その辺を「平気でしょ別に」で堂々として出来るのは流石、菅谷と透と円香ならではの事だろう。

 二人以外に待機している実行委員の男子が、呑気な会話をしている二人に言った。

 

「良いか、お前ら。ちゃんと樋口が出て来たら褒めろよ」

「そりゃまぁ似合ってれば褒めるよね」

「ね」

「万が一、似合ってなくても、だ。自分らが何しでかしたか分かってんのか?」

「マドちゃんが少しでも楽出来るようにバスになった」

「樋口とリカがすんなり学校に来れるように、障害を取り除いた」

 

 これを本気で言っているんだからタチが悪いのだ、このバカ達は。

 

「あのな、普通に考えてみろ。お前らが人前でおんぶとかされたらどう思うよ? それも異性に」

「俺はされた事ないから分かんないけど……とおるんはもう結構、何度もしてるよね」

「えっ?」

「ね。リカのおんぶ、意外と乗り心地良いんだよ。柔道やってたからか安定してるし」

「……」

 

 こいつらの距離感が怖い、と男子生徒は戦慄する。これで付き合ってないの? とももちろん思ったが、それ以上にそのレベルの距離感の女子が二人いる菅谷が怖い。

 なんにしても、分からないならもういい。とにかく、今は怒っている仲良しもう一人のために、今は褒めさせるしかない。

 

「……とにかく、褒めろ。仮に『似合ってない』なんて言ってご機嫌崩される方が困るだろ? と言うか、そのためにお前らをここに呼んでんだから」

「どゆこと?」

「仲良し同士に限って、喧嘩になるとクラスの空気が重くなんだから」

 

 放課後、残って作業するのに楽しくなかったらやっていられない。実行委員として、なんて言うつもりはないが、やるからには楽しい方が良いと考えていた。

 しかし、アホ二人には伝わっていないようで、また顔を見合わせてからこっちを見る。その仕草が、本当に腹立たしく思えて来た。

 

「いやいや、マドちゃんにそれは地雷でしょ」

「ね。似合ってないのに似合うなんて言ったら、樋口怒るよ」

「はぁ? んなわけないだろ。褒められて怒る女子なんて……」

「? いないの?」

「少なくとも、私は別に適当に褒められても……あ、でもリカとか樋口からなら嬉しいかも」

「じゃあ褒めようか?」

「カモン」

「顔綺麗、校則違反とか知らんけどピアス似合ってる、髪サラサラ肌で感じたい、ぼーっとしてるように見えて仲良い人のことはよく見てる、なんかもう普通に好き」

「えへへー。攻守交代?」

「俺はいいや。なんか普通に恥ずかしいし」

「……」

 

 もうダメだ、こいつら。第一、今のも適当じゃなくて全部的確なことを言っていただろうに。

 ことこうなった以上、コイツらをなんとかするよりクラスメートに注意喚起をした方が良いのかも……と、思った時だ。ガラッと少しだけ更衣室の扉が開く。顔を出したのは、手芸部の女子だ。

 

「準備は良い? 着替え終わったけど」

「え、もうか?」

「見たい!」

「楽しみ!」

 

 さっきまで怒られてた二人とは思えない反応である。もうどうにでもなれ、と思うのと同時に、手芸部の女子生徒が扉を開いた。

 

「じゃーん! サイズぴったりー!」

 

 そこに現れたのは、黒の上着に白のブラウス、グレーのベスト、下半身は上着と同じ黒に身を包み、首元にはクロスタイを付けた円香だった。

 

「おお……似合うじゃん」

 

 声を漏らしたのは実行委員の男子生徒。なんとなく似合っている気がする。女の子に執事服って、正直不安な気がしないでもないが、普通に可愛らしい。……まぁ、二人の顔を見るなり眉間に皺が寄ったわけだが。

 これなら二人も褒めるしかないのでは? そう思ってチラリと菅谷と透を見ると、顎に手を当てたまま固まっていた。

 

「おい、お前ら……」

「これ、髪型いじらないの?」

「ね。せっかく女の子が執事なんだし」

「む……確かに」

 

 女子が頷くと、菅谷と透は更衣室の中に入る。女子更衣室の中に。

 

「もっとこう……ショートでも男に比べりゃ長いし、束ねたら?」

「うん。あと耳出した方が良い気もする」

「良いね。任せて」

「ち、ちょっと……サイズの確認だけじゃ……?」

「十分、綺麗だけど、もっと似合うようにするだけだから」

「っ、ば、バカ……!」

 

 そのまま扉が閉められる。仕方ないので、残った少年はどうしたものか考えながらも、とりあえず見張りをすることにした。女子更衣室の前にいる自分もやばいが、中にいる菅谷はもっとやばい。

 ドギマギしながら待機していると、中から四人の声が聞こえてくる。

 

「どうすんの? 私はポニテで別に良いんだけど」

「いや、ありきたりでしょ。もっと凝ったやつが良い」

「はい、じゃあマドちゃんに似合う髪型を募集します。俺、詳しくないから、三人の中から、俺がフィーリングで選びます」

「あんたが選ぶわけ?」

「「よし、のった」」

「日福さん(手芸部の女子生徒)まで……」

「ルールを説明します」

「なんでルール?」

「大喜利にならない事。アフロとかリーゼントとか選ばないように」

「浅倉限定のルールじゃん」

「あ、あはは……」

「見てみたくて、俺もそれ選んじゃうから」

「あんたらのそういうとこ、ホント信用ない」

「あ、あはは……じゃあ、選ぼっか……」

 

 ……なんか、とてもさっきまで喧嘩していた三人組とは思えないほど楽しそうな声が聞こえてくる。もしかして、あまり怒っていなかったのだろうか? 

 しばらく調べている最中なのか、声がやむ。が、すぐに聞こえて来た。

 

「私、決まった」

「私も」

「じゃ、見せて」

「「はい」」

「……とおるんのがなんか編み込んでる奴で、もう片方が……アニメのキャラ?」

「ギブソンタックね」

「え、私の方のベディ知らないの? 執事服の霊衣が解放されて私聖杯ぶん投げたんだけど」

「知らない」

「いや、そんなの良いから、早く選んで。この格好、この季節は割と暑い」

「え? あー……じゃあ、両方やってみてくれる? なんか両方似合いそうだし」

「あんたいる意味なさすぎるでしょ……」

「仕方ないじゃん。より良いマドちゃんのために」

「……私を商品みたいな呼び方しないで」

「オーダーメイド樋口」

「浅倉、あんたほんとあとで覚えてて」

「じゃ、やってみよっか」

 

 ……やっぱりまだ怒ってはいるようだ。それなのに、お構いなしと言わんばかりに髪型をいじれる二人のメンタルが知りたい。

 

「出来た。まずはギブソンタックね」

「わっ……可愛い。女性執事っぽい」

「ホント。マドちゃん、一生俺の部屋で家事して欲しい」

「わお……」

「大胆……」

「……どこぞのご主人様に選ばれてほんとに身に余る光栄。思わず余り過ぎて拳が飛びそうなほど」

「え、ゲンコツされるの俺……?」

「樋口、比較用に写真撮るから。こっち見て」

「え、ちょっ……勝手に……!」

 

 ピロン、と電子音がする。

 

「まずはこれが、ギブソンタックの樋口ね」

「……ん」

「じゃあ、次はベディの樋口さんに……あ」

「どしたの?」

「髪の長さ足りないかも」

「……」

「ギブソンタックで決まりだね」

「……なんか消去法みたいなんだけど」

「大丈夫だよ。マドちゃん。執事さんみたいでとっても綺麗でカッコ良いから」

「……女の子への褒め方じゃないし」

 

 ドア越しでしかそのセリフを聞いていない少年にも、その声音は満更でもないニュアンスが含まれていたことはすぐに分かった。

 何となく、理解した。多分、三人の中では、もうお世辞を言うとか、そんな間柄ではないのだろう。何もかも本音で言い合える、そんな仲だ。

 確かに、ここまでの会話の流れや円香の態度を聞いていると、お世辞を言った方が機嫌は悪くなりそうな感じはあった。

 

「ていうか、いい加減暑いんだけど」

「ああ、ごめん。じゃ、俺教室行ってるね」

「ん」

 

 それだけ言いながら、菅谷だけ更衣室から出てくる。

 

「なんか、悪かったな」

「何が?」

「さっき、余計なこと言った臭くて」

「別に?」

「教室戻んだろ? 行くぞ」

「んー」

 

 そのまま二人で先に引き返した。

 

 ×××

 

 今日の作業を終え、その日は解散になった後。円香は結局、恥をかかされた事に関しては何も解決していないため、一ヶ月間タピオカ入手権を手に入れた。

 透と菅谷から一日交代で、放課後にタピオカ。今日も早速、それを購入してから帰宅した。

 帰ってきて家に到着し、ご飯とお風呂を終えて、あとは寝るだけ……なのだが、何となく気に掛かったのは、夕方の執事服の件である。

 似合っていた、と褒められはしたが、菅谷の反応がいつもより薄かった気がする。普段なら、赤面して目を逸らしながら褒めるのに、今日は普通にナチュラルな感じで褒めて来た。

 

「……」

 

 いや別に反応が薄くなったことに不満があるだとか、もしかしたら本当はあんま似合ってなかったのかもと不安があるだとか、そんな事は決してない。

 ただ、まぁ、ちょっとだけ思わないでもないが……いや、だからこの心の矛盾はいったい何? そもそもなんであのバカといるだけでたまに緊張することも増えてくるわけ? などなどと、悩みがフツフツと膨らんできてしまう。

 特に、夏休みの別荘の夜あたりから、菅谷の事で悩む事が増えた。

 そもそも、あのバカが自分と透以外と仲良くしようとするのを見ると、何故か異常に不愉快になるのも謎だ。

 自分は一体、菅谷の何が気に入らないのか。

 自分は一体、菅谷に何を求めているのか。

 考えれば考えるほど、自分が嫌になっていく。自分の本当の感情も理解出来ないのに、とりあえず菅谷に当たる自分が情けなく思えて。

 そして、おそらく察したわけではないだろうに、こういう時に限ってあの男はタイミングよく声を掛けてくれるのだ。

 

「……チェイン」

 

 届いたのは、菅谷からのメッセージだった。

 

 LIKA☆『マドちゃんの写真に剣を持たせてみました』

 

 送られて来たのは三人のグループ部屋。執事服姿の円香の写真だった。棒立ちな訳だが、両手を手元に組んでいる辺りに短い短剣を握らされていた。

 

 とおるん『わっ、すごい似合う』

 

 どういう意味? と円香が片眉をあげている間に、菅谷からすぐ返信が送られてくる。

 

 LIKA☆『でしょ?』

 とおるん『こうして見ると、樋口ってバトル漫画とかに出てそうだよね』

 LIKA☆『分かる。バトル漫画あんま読んだことないけど』

 とおるん『良いなー。私もなんか執事服着るの楽しみになって来た』

 LIKA☆『とおるんは髪型とかいじる事なさそう』

 とおるん『えー、私も耳出したい』

 LIKA☆『耳に髪かけるだけでだいぶ変わるでしょ』

 とおるん『ふーん』

『 とおるん が写真を送信しました』

 LIKA☆『わ、耳かけてる。可愛い』

 とおるん『でしょ?』

 

 なんてアホな会話を、しばらく眺めながら、また悩みがなんかどうでもよく感じて来てしまった。

 いつもこうだ。こうして悩みがどうだって良くなる。だが、今回はどうでも良くするわけにはいかない。菅谷に対する自身の感情がどういったものなのか、いい加減把握する必要がある気がする。

 そのため、チェインは無視してそのまま考え込んだ。

 

 LIKA☆『マドちゃん、今お風呂かな?』

 とおるん『そういえば来ないね』

 とおるん『珍しい』

 LIKA☆『天岩戸作戦する?』

 とおるん『良いね。褒めちぎれば来るでしょ』

 LIKA☆『いつも面倒見てくれて優しい』

 とおるん『面倒見は良いけど要領よくサボろうとするの最高』

 LIKA☆『たまに呼ばれる英語のミスターなんとか大好き』

 とおるん『別荘に行くと決まってから、お肌のケアと体型維持めっちゃ頑張ってたの可愛い』

 LIKA☆『どおりで綺麗だったわけだ』

 

 無視するわけにはいかなくなった。いい加減、このバカ達を黙らせないと考え事に集中出来ない……なんてセリフが言い訳じみたことを自覚してしまった。

 まるで、本心は別にある、そんな感覚だ。とりあえず、もっと自覚してみることにした。

 

「……っ」

 

 褒められるのが恥ずかしいから? それもあるだろうが、それ以上に「嬉しさに耐えられない」という感覚に近いものがあるかもしれない。

 ……いや、でも嬉しさに耐えられないってなんなのだろうか? そんな大袈裟に嬉しいのは何故なのか……。

 ……まさか、自分も菅谷明里のことが好きだから? 

 

「っ……いやいや、いやいやいやいや……」

 

 そりゃまぁ今まで会った男の人の中では一番好きだが、そもそも今まであった男の人がみんな父親か教員かほとんど話した事がないのに告白してくる学校の男子生徒の誰かしらだし、別に恋愛的なそういうあれじゃないし、そもそも好きになる理由が無…………いやそこは割とあるが。

 

「ッ……!」

 

 ダメだ、やっぱり考えちゃダメだ。そう思い直し、円香は枕に顔を埋める。

 

 LIKA☆『マドちゃんの泣きぼくろもアレだよね。チャーミングなんたら』

 とおるん『超良い位置にあるからね』

 LIKA☆『そういえば、そろそろマドちゃんの誕生日?』

 とおるん『何あげるの?』

 LIKA☆『クワガタの大顎とか?』

 とおるん『やば。色合い的には似合いそう』

 

 こんなバカ達が好きだなんて、もはや恥でさえある気がする。何より、菅谷のことは透が好いている。それが分かっていて、自分まで菅谷が好きになってどうするのか。

 

 樋口円香『あんたら明日、ぶっ飛ばすから』

 

 それだけ送信し、早めに眠る事にした。

 

 

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