浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

37 / 89
素直さといじっぱりさは紙一重。

 異変はその翌日に起こった。

 円香と透は、いつものように集合場所へ向かっていた。珍しく円香がギリギリの時間に家から出て来たため、割と待ち合わせ時間スレスレの時間だ。

 

「樋口、なんかあったの?」

「別に。ちょっと寝坊しだだけ」

「なんか疲れてる?」

「疲れてない」

 

 寝不足なのだ。あの後、あんまり眠れなかった。なるべく雛菜のムカつくダル絡みを思い出して菅谷の事を抹消してたら眠れた。

 

「……そう。まぁそういえば、今日は私の執事服出来てるかな」

「さぁ?」

「めっちゃ楽しみ。リカ、褒めてくれるかな」

「さぁ?」

「と言うか、そもそも私に似合うかな。執事服」

「さぁ?」

「ふふ、めっちゃ聞いてない。ウケる」

 

 まぁ、でも結局、自分の菅谷に対する想いなんてその程度。あれ以上にムカつく奴のことを考えれば忘れられるのだ。だから、全然大丈夫。とにかく、悟られないようにすれば良い。

 

「……リカ関連?」

「は? 何が?」

「あ、反応した。当たりだ」

 

 にこりと微笑まれ、苛立ちが増す。実際、正解なわけだから尚更というのもあったが、それ以上に透にハメられるなんて屈辱どころの騒ぎではない。

 

「どしたの? もしかして、昨日褒められまくったのまだ怒ってんの?」

「むしろ今から怒りそう」

「あー、嘘嘘。……じゃあ、どうしたの?」

「何でもないから。気にしないで」

 

 そう言えば、透は引き下がる……そう思ったのだが、甘かった。菅谷と関わって、僅かであっても変化を催していた。少しくらい他人に興味を持ち、三人一緒にいられるために努力をしようとする事もあった。

 なんとなく嫌な予感がしたのか、透にしては珍しく追撃する。

 

「もう認めちゃえば良いのに。リカのこと好きだって。多分、向こうも樋口のこと好きだし」

「……は?」

 

 直後、円香の顔は再び赤くなる。羞恥以上に怒りが勝ったような色。思わず透は「やばっ」と声を漏らす。

 

「何なの? 違うって言ってるでしょ」

「いや、もう無理でしょ。別に好きになる事くらい、恥ずかしくないと思うけど」

「うるさい。しつこい。ていうか、あんたこそあのバカのこと好きならさっさと告白でもなんでもして付き合えば良いじゃん。……あいつ、何処からどう見たってあんたの事好きだし」

「……あっそ」

 

 ピリッとした冷たい声音が、透から漏れた。言い方が気に障った。

 円香自身、言わなくて良いことまで言ったかも、と内心で少し後悔が満たされる。透の割にしつこく言って来たのは、透なりの心配だったかもしれないのに。

 駅に到着した。無機質な音と共に開かれたドアを潜り階段を上がりつつ、鞄の横についているパスケースを持つ。

 

「……」

「……」

 

 改札を抜けて待ち合わせ場所に着くまで、二人は一言も会話をすることはなかった。

 到着したものの、円香はそのまま素通りして歩く。

 

「? 樋口?」

「先行く。あんたらだけで仲良く来たら?」

「……」

 

 そのまま歩いて円香は学校に行ってしまった。透は仕方なくその場で待機。ぼんやりと菅谷を待っていると、僅か1分もしないうちに到着した。

 

「お待たせ。とおるん」

「ん。おはよ」

「マドちゃんは?」

「先行った」

「……喧嘩でもしたの?」

「んー……まぁ?」

 

 喧嘩というか、慣れないことをした結果、と言うべきか。さっきは少しだけイラっとしたが、今はもうあんまり怒っていない。むしろ、怒らせたことをちょっとだけ後悔していた。

 ……が、まぁああなると円香は少し面倒臭い。ここは時間をおいた方が良いかも……なんて透が思っていると、ギュッと手を握られる。

 

「え?」

「じゃ、急いで追いつこうよ」

「や、待ってよ。それは……」

「早く仲直りした方が良いでしょ。今日のお昼、俺なんか朝早く目が覚めたから、珍しく弁当作ったんだよね。とおるんにもマドちゃんにも、味見して欲しいし」

 

 大丈夫だろうか? と、透の胸の中に不安が渦巻きながらも、とりあえず後を追った。

 

 ×××

 

「はぁ……」

 

 やってしまった、とし円香はため息をつく。透は単純に心配してくれていたのに、突っぱねてしまった。

 自分のそう言うところは本当に良くない……と、思いつつも、向こうのデリカシーの無さにはやはり少しだけイラっともする。

 しかし、それよりも、だ。透から見ても、やはり自分は菅谷のことが好きに見えるようだ。

 

「っ……」

 

 それが、なんだかとても癪だ。自分は別に本当にあんなバカな事が好きではない……好きではない、はずなのに……そう思えば思う程、嘘をついている時の罪悪感が胸の中を締め付けていく。

 

「……何なの……?」

 

 もう、訳が分からない。自分で自分の頭の中がグチャグチャになるのをしみじみと感じる中、とりあえず今は落ち着く事にした。透を置いていったのだって、せっかく忘れかけていた菅谷のことをどう思って行ったのかをまた思い出してしまったから、今、本人の顔を見るわけにいかないと思ったからだ。

 勿論、単純に透がムカついたから、というのもあるが。

 だから、まずかった。後ろから、今一番聞きたくない男の声が聞こえて来たのは。

 

「マドちゃーん」

「っ⁉︎」

「追いついたぁ……朝から走っちゃったよ」

「いや、ホントに……」

 

 しかも、聞きたくない声ランキング堂々の二位である透でセットだ。

 

「っ、り、リカ……何?」

「何? じゃないでしょ。とおるんと喧嘩したって?」

「……別に、喧嘩じゃないし」

「いやいや、こうして別々にわざわざ登校してる時点で喧嘩でしょ」

「っ……」

 

 やめて欲しい、お願いだから。

 今、自分に優しくするのは。

 今、自分に親切な態度で接するのは。

 それをされる度に、胸の奥が痛む。

 

「はい、そういうわけで何が原因か知らないけど、仲直りしよう。で、一緒に登校しよう」

「っ……」

「とおるんもそれで良いでしょ?」

「うん」

 

 一緒にとか、仲直りとか、簡単に言わないで欲しい。原因はお前の事なのだから。

 バカにはわからないかもしれないが、喧嘩の仲直りというのは歳を重ねるほど複雑で、簡単な事ではないのだ。

 

「仲直りの初歩は、とりあえず『ごめんなさい』でしょ。まだ誰とも喧嘩したことない俺でも、それくらいは知ってるよ」

 

 それはその通りだが、それは子供までの話だ。というか、さっきから元凶が、的外れなことをいつまでも言うのか。

 円香の中で、少しずつ苛立ちが強まっていく。

 そんな中、菅谷は握っていた透の手と、円香の手を握った。

 

「はい。そんなわけで、仲直……」

「……うるさい」

「え?」

 

 思わず呟きが漏れた時には遅かった。カッとなって手を引き抜いた円香は、そのまま菅谷に向かって言い放った。

 

「……たまには一人で登校したって良いでしょ。……もう、放っておいて」

「……え?」

「……じゃ」

 

 素っ気なくそう言い放つと、円香はスタスタと歩き去っていってしまった。

 そして、早くも後悔していた。自分は、一体今、何を言ったのか。そして、どう言うつもりで言ったのか。

 素直な性格の菅谷の事だ。もしかしたら、今の態度で決別するハメになってしまうかもしれない。

 せっかく同じ高校にまで来たのに、たった半年くらいでこれである。胸の痛みがさらに大きく広がり、思わず体調不良となって体にさえ影響して来そうに感じていた。

 

「……ほんと、バカ……」

 

 今日、初めての本音が、口から漏れた。

 

 ×××

 

 昼休み。菅谷と透は二人で食事にする。二人だけで、だ。

 場所は屋上(無断)。何となく二人で伸び伸びしたいと思い、二人で広く明るい場所に行きたかった。

 登校中、円香にバッサリ切り捨てられた菅谷は、徐々にうぎぎぎっと唸りながら頬を膨らませていた。

 

『上等だよチクショー! こーなったら、とおるんと二人きりでイチャコラしてやるかんなコラー!』

 

 と、怒号をあげていた。怒り方まで子供である。

 で、今日1日、二人は本当に一言も話さなかった。席は隣同士であるにも関わらず、菅谷は円香の後ろの席に座っている透にばかり話しかけ、休み時間中、円香は決まってトイレに出ていた。

 透自身、何か思うところが無いわけではなかったが、まぁ自分が口出す事でもない、なんて自分と円香の問題さえも解決していないことを忘れて呑気に思っていた。

 

「ほら、見てとおるん。これ、俺が揚げたカラアゲ」

「唐揚げとか作れるんだ」

「うん。めっちゃ頑張った。一つどうぞ」

「ありがと。じゃ、これ私から。学食の焼きそばパンに挟まってる青ノリ付きの紅生姜」

「わぉ、超嬉しい」

「良いんだ」

「良いの。どっちかって言うとおかず交換をやってみたかっただけだから」

「じゃあ、パンの表面の皮膚もつけてあげる」

「え、これ皮膚なの? グロ」

「え、知らないけど」

 

 仲良くやりながら、おかず交換を行う。のんびりともっさもっさと食べながら、透はふと気がついたように言った。

 

「……この唐揚げ、冷食じゃない?」

「あ、バレた」

「やっぱり」

「料理って難しくてさぁ。一応、作ってはみたんだけど、全部炭になったのに中まで火が通ってなくて、嫌になってこっちのおかずの箱は全部、冷食にした」

「おかず全部、冷凍とか。ファミレスじゃん」

「それな」

 

 2段弁当を見せてそんな話をしながら、菅谷はぽつりと呟く。

 

「……一人で料理できる気になってたけど、マドちゃんいないと何も出来ないなぁ……」

「……」

「あ、いや、別にマドちゃんなんていなくても全然、平気だけどね! ていうか、料理してた段階じゃ、マドちゃんと喧嘩する前から何も出来てなかったわ。うん」

「めっちゃ気にしてんじゃん。ウケる」

「……」

 

 今の今まで、話題にすら出なかった円香の事を思い出して、少し菅谷は黙り込んでしまう。

 

「はぁ……気になるよ、そりゃ……。俺、余計なことしちゃったのかなぁ」

「うん」

「やっぱりかぁ……。他人の喧嘩を仲介なんてしたことなかったから」

「え、仲介すんの?」

「あれ、仲介じゃなかったっけ? なんか間に入る奴」

「ちゅ……酎ハイじゃない?」

「じゃあ酎ハイ」

 

 仲裁は酎ハイにされてしまったが、話は進んだ。

 

「ていうか、リカの酎ハイは余計なことをしたと言うか、本質を捉えてなかったのが良くなかっただけでしょ」

「え? 本質?」

「そう」

 

 言われてみれば、菅谷は喧嘩の原因を何も知らない。それなのに、一方的に「ごめんなさい」はおかしい、と今更になって分かった。もしかしたら、透が一方的に悪かった可能性もあるのに、円香にまで謝罪を要求したわけだから。

 

「……で、その喧嘩の原因は?」

「それは言えない」

「え、なんだそれ?」

「樋口の許可なく、言える内容じゃないからね」

「も、もしかして……」

「……」

 

 気付いたか? と、透は少し身構えてしまう。知られたら、まるで無理矢理、告白させたような事になってしまうから。

 

「……し、身体的特徴の事? だったら……俺も、知らない方が良いかも……」

「……」

 

 バカで良かった。マジで。

 

「とにかく、私と樋口のことは心配いらないから」

「分かった。任せた」

「? 随分とあっさりじゃん」

「だって、俺じゃさっきみたいに失敗するかもだし。……それに、とおるんなら何とかするでしょ?」

「……」

 

 ほんと、良くわからない理由で人を信用する男だ。今まで裏切られたことだって少なくなかっただろうに。

 けど、純粋真っ直ぐなアホな子だからこそ、そういうセリフは沁みるものだ。

 

「……うん。任された」

「あ、力借りたい時はいつでも言ってね。なんでもやるから。酎ハイでも仲裁でも」

「ん。……ん? 仲裁? あ、仲裁!」

「あ? ……ああ!」

 

 どうでも良い真理に辿り着きつつ、食事を続けた。

 

 ×××

 

 樋口円香は、人がいない空き教室で一人、執事の練習をしていた。練習と言っても、動画とか見ながらたまにそれをしたり、やっぱりやめたりの繰り返しである。

 今日1日、結局二人から声を掛けられることはなかった。いや、なかったと言うより自分が逃げ続けていた、と言った方が適切だろう。

 話をかけられる前に、教室から出て一人になる……それじゃ何も解決しないことは理解していたが、なんだかそれで良い気もしていた。

 仮に、万が一にも自分が菅谷を好きだとしても、透だって好きなのだ。結ばれるのはどちらか一方だけ。実際、自分は透と菅谷がベタベタくっついていても不快ではないし、逆もまた同様かもしれないが、そればっかりは真実なのだ。二股なんて、周りにどう見られるかわかったものではない。

 

「……ふぅ」

 

 なら、これはむしろ良い機会な気さえしていた。透と菅谷が結ばれるため、少し距離を置くには持ってこいだ。

 そもそも、前からちょいちょい思う所はあった。菅谷が良い奴であることは認める。透に似ているとはいえ、素直で努力家で好奇心旺盛で人を見ていないようで見ている。

 たまにイライラさせられるけど、あれは自分より他人のために力を発揮するタイプ。その上、イケメンでお金持ちの息子というおまけ付き。自分には、少々もったいない気さえする。

 

「……透と、ずっとお幸せに」

 

 そんな呟きを漏らした時だった。教室の扉が開く音がした。入って来たのは、文化祭実行委員の男子生徒だ。

 

「あ、いた」

「? ……ああ、文事くん」

「妹と弟が探してたぞ」

「別に、妹でも弟でもないから。それやめて」

「……なんかあったのか?」

「は?」

「今日は1-2名物、姉弟コントがなくて教室が平和だったから気になってたんだけど」

「……別に、何にもない」

「わ、分かりやすっ……!」

「……」

 

 意外と腹立つこいつ。というか、自分達のアレがコントとして扱われていたのも腹が立つ。

 

「で、何があったの?」

「……別に、何もないって」

「大丈夫だって。あいつらには言わんから」

「……しつこいのが最近の男子の流行りなわけ?」

「いやいや、困るんだよ。話してくれないと。俺は文化祭実行委員だし、結構この出し物に気合入ってるし。そういうイベントに、お前らだけ喧嘩中ってのもアレだろ」

「……」

 

 友達というわけでもないのに、わざわざ気にかけてくれるのはありがたいが……。

 

「……俺はな。昨日、お前を怒らせた後のあいつら二人を見たよ」

「はぁ? ……ああ、おんぶの後」

「俺はお前がすぐに怒るんじゃねーかって思ったから、あいつらに『執事服が似合ってなかろうと似合ってようと褒めろ』って言ったよ。機嫌崩されてクラスの空気悪くなるのはごめんだったからな」

「……で? 感謝でもしろって言うの?」

「ちげーよ。でも実際、あいつらは褒めるより髪型いじれとか真面目な顔で言ってたろ?」

「……」

 

 言われてみればそうだった。あの二人は基本的にどんな時でも本音ばかり口に出す。その分、嘘が下手くそだ。

 

「つまり、お前の事を理解し切ってんだよ。完全に、とは言わなくても、あの場でヘラヘラとお世辞を言うより『これはこれ、それはそれ』って切り替えて話した方が良い、ってな」

「……結局、何が言いたいわけ?」

「俺には、そんな友達はいない。普段、つるんでる連中と話す時も、相手を気遣って傷つけるような事は言えないし、言われても文句は言えない。喧嘩になるのを避けるために笑って誤魔化すんだ。……だから、お前らの仲を見てると少しだけ羨ましくなったりすんのよ」

「……別に羨むような仲じゃない。ほとんど、尻拭いばかりさせられてるし」

「でも、その分楽しかった思い出も多いんじゃねーの?」

 

 その直後だった。ヴーッと動画を見ていたスマホが震える。送り主は「バズーカ」なんてよく分からない掛け声で撮ってくれたおかげで、透と円香の表情がぎこちないまま撮られている写真がトプ画になっている菅谷から。

 そして、送られて来たのは写真。透の執事服姿だった。やっぱりイケメンなのが少しムカつく。

 

「……」

 

 でも、確かに楽しい思い出は多かった。まぁ、それも今後、生み出されることは無くなるわけだが……。

 

「まぁ、喧嘩の原因を知らねー俺はこれ以上、言えることはねーけど、そんな友達同士なら、さっさと仲直りしないと、せっかくの文化祭なのに勿体無いんじゃね? って思うけどな。俺は」

「……」

「じゃ、とりあえず俺、教室……あー、あいつら今、試着中だから、更衣室に戻るから。自分から戻るんなら、二人には何も言わないでおくけど、どうする?」

「それで良い」

「はいよ」

 

 それだけ言って、文事は出て行った。

 残った円香は、顎に手を当てて考え込む。正直、別に喧嘩の原因が解消されたわけではない。大元は、菅谷のことが好きか否かだ。

 けど、透と色々あって、菅谷とも色々あって、少しナイーブになり過ぎて来たのかもしれない。少なくとも、二人とこのまま距離を置く、なんて考えは消え去った。

 そうだ、いつもいつもあのバカ達に迷惑は掛けられている。それなら、あの二人がくっついたとして、そのおじゃま虫になろうとも引っ付き続けるくらい許されないと割に合わない。

 そう強く思った円香は、一先ず朝、態度が悪かった件は謝る事にした。

 腹を決めた以上は、さっさと一人での練習をやめて更衣室の前に向かった。

 

「……て言っても、なんて言ったものか……」

 

 身体の神経の90%が無神経の二人組だ。解決したと分かるや否や、まず間違いなく「で、結局なんで機嫌悪かったの?」と聞いてくるのは目に見えている。

 そっちに関しては、菅谷が好きかも……なんて言えるはずもないので話にもならない。

 それに、今でも菅谷の顔を見ると、また鼓動が加速して来そうなものだ。

 うだうだ考えながら歩いていると、いよいよ更衣室近くに来てしまった。とりあえず、まだ二人がいるかどうかだけ確認しようと、壁際から覗いてみると……執事服姿の透が血の水たまりを作って倒れていた。

 

「はっ⁉︎」

 

 思わず慌てて駆け寄ったのと、ほぼ同時だった。男子更衣室から、見てはいけないものが出て来たのは。

 

「ちょっ、とおるん⁉︎」

「げっ……!」

「あ、マドちゃ……」

「菅谷くん、執事語」

「あ、そっか。お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 直後、円香の目に入ったのは……昨日の自分と同じ執事服姿の菅谷明里の姿だった。元々、イケメンな上に、おそらく日福がいじったであろう髪も綺麗に執事らしく整えられていて、その破壊力は水着姿の菅谷を遥かに凌駕して余る威力が、それにはあった。

 おそらく、透もこの爆弾を目撃してダウンした、と容易に想像できる。当然、それは円香にもクリティカル・オーバーキルダメージとなって直撃する。

 

「……コフッ」

「ま、マドちゃん……⁉︎ じゃなかった。お嬢様、如何なさいましたか? 鼻から水風船が溢れたかのようですよ?」

 

 言葉選びは最低だが、もうそんなの関係なく、円香の鼻から血が漏れ、その場に倒れ込む。

 

「……なんかこれ、執事の真似してる場合じゃなくない?」

「そうね……」

「ま、マドちゃん? とおるん? 大丈夫?」

 

 片膝をついて心配してくれる菅谷。その肩を、円香はガッと掴む。その手には、ぷるぷると強すぎる力が込められている。

 本当に、本当にこの男は何処までもタイミングの悪い男である。せっかく好きかどうかを保留にし、とりあえず謝ろうと思って顔を出したと思ったら、一目惚れ以上のインパクトを誇る外見でまた好きと言う気持ちを押し上げてくる……もうわざとか、とツッコミを入れたくなるほどだ。

 

「もう……あんた、ホント……嫌い……!」

「え……?」

 

 結局、溝を埋めるどころか掘り続けてしまった。

 

 ×××

 

 あの後、失神した円香は、保健室で目を覚ました。最終下校時刻とまではなっていないが、割とギリの時間。教室内に人の姿は見えない。菅谷と透の姿もなかった。

 まぁ、アレだけの事を言ってしまえば当然かも……と、思い、仕方ないので一人で帰宅することにした。

 鞄を持ち、保健室の先生とお話だけして挨拶し、昇降口で靴を履き替え、学校を出て行く……円香の姿を、透と菅谷は後ろからつけていた。

 

「リカ……ホントにやるの?」

「うん。このまま家まで見送る」

「普通に一緒に帰れば良くない?」

「いや、もう嫌いって言われたから。嫌いな人と一緒に帰りたくないでしょ」

「だからって尾行する?」

「こんな時間に女の子一人で帰るのは危ないでしょ」

 

 なんて斜め下の解答をした菅谷を、少し引き気味に透は見つつも、とりあえず一緒に円香の後ろをつける。

 

「気づかれちゃダメだからね」

「分かってる」

「……また嫌いって言われたら、絶命する自信がある」

「どんな自信?」

 

 あの後、菅谷も一緒に失神し、顔面偏差値高い三人が一斉に保健室へ運ばれた。

 で、最初に目を覚ましたのは透。鼻血もしっかり止まっていて、もうけろりとしているのは流石だった。

 続いて菅谷。ここは保健室の先生がかなり有能で、透に見せる前に執事服から制服に着替えさせた。

 で、嫌いと言われたショックから泣きそうになったが、ふと目に入った時計を見て、後をつけると言い出したので透は付き合う事にした。

 

「そもそも、本音かどうか分からないじゃん」

「……でも本音だったら怖い」

「……まぁ、分かるけど……」

 

 そう言うとこ繊細なんだ、と思わないでもなかった。とはいえ、自分も菅谷に嫌いと言われたら、真偽は怪しくとも確かめるのは怖いだろう。

 夜道を歩きながら、円香の背中を追う。

 

「……はぁ」

「!」

 

 その円香から唐突に漏れたため息に、菅谷ははっと顔をあげる。

 

「とおるん。今、ため息ついた。前方確認」

「前方、特に異常ありません。どうぞ」

「了解、引き続き監視任務を続けます。どうぞ」

「この無線、私もリカも同じ場所から同じ方向を見ているので意味ありません、どうぞ」

「なんなら無線も使っていません。どうぞ」

 

 本当にこいつら何を言っているのか、と円香がいたらツッコミを受けそうなものだが、いても前を歩いているのでそれは来ない。それが、透には少し寂しかった。

 菅谷と透の間で始まるボケ合戦。それも今日は何か足りないと思っていたが、やはり円香のツッコミがあってこそなのだと思い知る一日だった。

 

「……ねぇ、リカ? やっぱりちゃんと話さない?」

「……」

「リカ?」

 

 ふと顔を上げると、菅谷の目尻には涙が浮かんでいた。

 

「えっ、ちょっ……リカっ?」

 

 珍しく焦った透が声を漏らすと、菅谷は鼻を啜る。

 

「ど、どうしたの……? 花粉症?」

「いや……今、マドちゃんがいたら『どうぞどうぞうるさいです。次言ったらビンタします。どうぞ』ってツッコミに見せたボケでもかますんだろうなって思ったら、なんか……寂しくなっちゃった……」

「いや、泣くくらいなら樋口と話したら?」

「……」

 

 ちょっと冷たい言い方になってしまったが、正論ではあるだろう。そもそも、解決させたいのかさせたくないのかイマイチわからないのは困る。

 少しだけ菅谷は考え込んだ後、菅谷は結局「仲直りしたい」と思ったのか、透の両肩を掴んだ。

 

「よし、とおるん」

「何?」

「作戦がある。付き合って」

 

 ×××

 

「はぁ……」

 

 円香は、自己嫌悪に暮れながら帰宅していた。この前はわざわざ暇潰ししながら待っててくれたのに今日はいない辺り、嫌いと言われて向こうもこちらを嫌いになったのかもしれない。

 いや、もう終わったのだ。もう、今後自分ができることは何もない。嫌い、なんて思ってもいないことを照れ隠しで言ってしまったのだから。

 胸の痛みがすごい。吐き気となって身体にさえ現れそうで、正直今日の夕食は喉を通りそうにない……そんな気分だった。

 でも……まぁ、もしかしたらこれで良かったのかもしれない……なんて、思いたくなかったことさえ思い始めてしまった時だった。

 ふと目に入ったのは、道端で倒れている人と、それの心臓マッサージをしている人だった。

 

「だ、大丈夫⁉︎ 心音が弱まり始めてるよ!」

「グッ……お、俺はもうダメかもしれない……! まさか、奇病『ディスライクドゥ・シック』にかかるとは!」

 

 ……何しているのだろうか、滅多に出さない大声を出してまで、あの奇人二人は。

 

「でぃっ……でぃすっ……ディスティニー・キック、とは⁉︎」

 

 それ普通に必殺技の名前になってる、なんてツッコミが浮かんだが、とりあえず黙ってその茶番劇を眺める。

 

「え、ディス……ディストラクション・チックとは……」

 

 お前も間違えるのかよ、と笑いが出そうになるのを堪えた。

 

「す、好きな女の子に嫌われた男が発症する病気でッ、治すには……その好きな子と仲直りするしかない呪われた病気である……!」

「な、なん……なんて病だー!」

「しかし……こんな夜更けにそうそう、運命的に俺の前にその子が現れるとは思えない……もはや、ここまでか……!」

「「……」」

 

 そこで、チラッとこっちを見る。その動きがまた面白くて、笑いが出そうになるのを片手を口に当てて堪えた。もう今のでどういうつもりなのか分かってしまった。

 

「そんな……ちなみに、仲直り出来なかったらどうなるの?」

「え? えー……は、破裂する」

 

 考えてないんだ、とグダグダな演劇にまた笑いが出そうになる。

 

「地球を巻き込んで」

「わぉ、全人類のピンチ!」

 

 無駄に壮大な話になった。もしかして、脅しのつもりだろうか? というか、チラチラとこっち見んな、と思わないでもない。

 

「とにかく、いないかなー俺と仲直りしてくれるマド……女の子。もういないと……ディ、ディ〜……ディストピア・ピックが……」

「……はぁ」

 

 本当に思う。こんなバカを相手に悩んでいたのか、と。仲直りしたいのなら素直に言ってくれれば良いのに。……いや、素直に言われても自分は拒否したかもしれない。

 こういうツッコミという形にしてくれるのは、むしろありがたい。まぁ、狙ってやっているわけではないのだろうが。

 

「……分かったから。とりあえず、話せる場所に行こう」

「ホント⁉︎」

「病気は?」

「あ……グェッ」

「……さっきまで悲鳴とか上げてなかったでしょ」

 

 とうとうツッコミを入れてしまったがなんか少しだけ楽しく思いつつ、とりあえず三人で話せる場所に向かった。まぁ、この近くで落ち着いて話せる場所なんて、おのずと一択に限られるわけだが。

 とりあえず、そのまま三人で菅谷家に向かった。

 

 ×××

 

 菅谷の部屋に到着し、三人は席に座る。透が気を利かせて飲み物を用意してくれて、二人の前に置いた。

 

「そんなわけで……なんか、ごめんねマドちゃん。朝、余計なこと言っちゃったみたいで」

 

 いきなり本題である。謝らなければならないのは自分の方なのに。

 

「勝手かもしれないけど、俺は言いたい事だけ言うから」

「……どうぞ」

「マドちゃんがどんなに俺のことを嫌いでも、俺はマドちゃんのこと大好きだから」

「……はっ⁉︎」

 

 急に話ぶっ飛んでない⁉︎ なんて思った時には遅い。

 

「それだけ。……もし、マドちゃんが俺のこと嫌いじゃなくなったら……その時はまた、一緒に遊ぼうよ」

「……」

「じゃあ……今日はそれで」

「待って」

「え?」

 

 ……この男は、良くもまぁ平気でそう言うことを言えるものだ。そんなの、結局は菅谷が一番損しているだけ。自分を勝ち逃げさせるような提案を、平気で出来るのだ。

 しかし、そんな事は許されない。何より円香自身が嫌だ。そもそも前提が間違っていて、円香は菅谷を嫌ってなんていないのだから。

 

「ホントは、私が謝るべきでしょ。リカに、変な誤解させてるんだから」

「誤解? ……あ、もしかして、もう俺を嫌いじゃなくなることはないって事?」

「違う。ちょっと黙ってて」

 

 そのネガティヴな思考は割と腹立つ。

 

「私は、そもそもリカが嫌いじゃない」

「え? だって、さっき……」

「アレは、その……照れ隠しみたいなもんだから」

「照れ隠し? なんで?」

「……あんたの執事服姿、バカみたいに似合ってたから」

「え? …………ぁ、ぁりがと……」

 

 そこで照れるな、母性本能が……と、円香は思いつつ「とにかく」と話を続けた。

 

「それに、他にも謝りたいことはあるの。今日は色々と態度悪くしちゃったから」

「……そんなの別にいいよ。機嫌が悪い日くらい、たまにはあるでしょ?」

「……」

 

 そういうんじゃないのだが……でも、今は良い。正直、素直になるならない以前に、本人を前に好きかもしれないなんてどちらにせよ言えない。言えば、菅谷にも大ダメージが入ることだろう。

 何にしても、そっちに話が逸れる前に、言うことを言うことにした。

 

「とにかく、私……勝手な言い草だけど、明日からもまた三人一緒になるから。……それだけ」

「あ、それはダメ」

「え?」

 

 え、ダメなの? と、狼狽そうになったが、菅谷は真顔のまま続けた。

 

「今日からじゃないと嫌」

 

 ……そういうことか、とホッとするとと同時に少しだけ苛立つ。紛らわしい言い方しやがって、と。

 いつの間にか、透はテレビで勝手にドラマを見ている。まぁ、あの様子ならしばらくはこちらに介入してくることはないだろう。

 

「……今日からで良いのね?」

「うん」

「じゃ、まず服脱いで」

「……え?」

 

 そう言いながら、円香は立ち上がって菅谷の背中に回り込む。

 

「さっき制服のまま外で寝転がってたでしょ。すごく汚れてる」

「……え?」

「ズボンも。一旦、叩いて土汚れ落とすから。早く」

「い、いや……でも、それはちょっと恥ずかしいと言うか……」

「あと、ゴミ箱の中に冷食のゴミあったんだけどどういうこと? まさか、最近は料理面倒でずっとそれで済ませてるとかないでしょうね?」

「や、それは……」

「とにかく、今日からって言われた以上は全部、また面倒見るから。早くして」

「……」

 

 そんなわけで、とりあえず解決した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。