文化祭とは、基本的に青春の代名詞である。みんなで夜遅くまで居残って準備をし、クラスの輪が広がる。もちろん、参加しようとしないとその恩恵は得られないし、必ずしも上手くいくとは限らないが、少なくとも上手くいけば友達も増えるし、人によっては恋人も出来るだろう。
そんな文化祭準備期間も、今日で最後。円香と透と菅谷は仲直りを終えて、教室内の飾り付けを手伝っていた。
「とにかくシックなイメージだから。黒とグレーを中心に仕上げて」
「机は4個1セットで、テーブルクロスかけて。シワ作らないように」
なんてテキパキと指揮る実行委員二人の下働きを、執事役三人は一つのテーブル席にテーブルクロスを敷きながらぼんやりと眺める。
「ホント気合入ってるよね」
「分かる。そんなに楽しみだったのかな」
「……一応、気負ってるからでしょ。文化祭実行委員だしって事で、少なくとも文事の方は成功させるって躍起になってたから」
「……マドちゃん、あいつと話したの?」
「え? うん」
「……ふーん」
なんか急に声が冷たくなった気がした。菅谷にしては珍しいことだ。
「や、別に良いけどね。マドちゃんが他の誰と仲良くするかなんて俺が決めることじゃないし、うん。良いけど」
「……リカ」
「そもそも、別に俺ととおるんだけのものってわけじゃないからね、マドちゃんは。いやホント全然、問題ないから。いやあるっちゃあるけど別に、うん」
「だから、リカ」
「ただまぁホント、もし他の男が好きになったのなら言ってくれれば俺は全然……あれだし」
「リカ、手が全然、言ってることと噛み合ってない」
「え?」
言いながら、円香は自分の手を胸前くらいの高さに上げる。その手は、菅谷にしっかりと握られていた。
「……や、違うからね? これは別に……こう、なんか別に違うから。いや違く無いけど」
「ふふ……そう」
にこりと円香は悪戯っぽく笑みを漏らす。その笑みが、なんだか少し菅谷の羞恥心を掻き立てることに成功したようで、顔を赤くして言い返してきた。
「っ、ほ、ホントだから。別にマドちゃんが他の男と仲良くするのが嫌なわけじゃないから」
「はいはい」
「友達が増えるのは悪い事じゃないし、俺と遊んでくれなくなるのが怖いとかないから」
「はいはい」
「さっきから何その返事? 全然信じてないでしょ」
「「はいはい」」
「とおるんまで混ざらなくて良いから」
珍しく菅谷がツッコミ役というコントが繰り広げられつつある中で、三人に声がかけられる。
「そこ! イケメン三人も、コントしてないでさっさと仕事して!」
「「「はーい」」」
怒られたが、何したら良いのか分からなかったので、とりあえず掃き掃除をした。
さっさっと箒で掃きながら、菅谷は感慨深そうに呟いた。
「ついに明日かぁ……」
「ね。なんか意外と早かったよね」
「いや、あんたら練習足りないから。結局、セリフ全部覚えてないでしょ」
「そんな事ないよ。俺完璧だから」
「私も」
「さっきまで『お帰りなさいましぇ、お嬢しゃま』ってめちゃくちゃ簡単なセリフを噛んで怒られてたのは誰と誰?」
「とおるん」
「リカ」
「正解。だから明日はボロ三回までに抑えるように」
「じゃあマドちゃんで練習させてよ」
「そーだそーだ」
「……駄目」
「「なんで?」」
「浅倉?」
「やめときな、リカ」
「え、裏切るの早くない……?」
なんてやりながら、菅谷が持つちりとりにゴミを集めていく。
その菅谷に、円香は少しだけ真剣な表情のまま言った。
「……リカ、あんたは本当に気を付けなさいよ」
「? 何を?」
「だから……ボディタッチが多いタイプの女に唾付けられないように」
「とおるんみたいな?」
「え、私多いの?」
「だって俺何回おんぶした?」
「浅倉とは別のベクトルの。……仲良くもないのに肌押し付けてくるタイプとかのこと」
それは正直、円香だけでなく透も心配だった。結局、噛むし、キャラもできてないし、少しの動揺で崩されたら、その手の女子には恰好の獲物にされてしまうかもしれない。
「大丈夫だから。色仕掛けとか俺効かないし。執事だから」
「……」
「……」
その自信は本当にどこから来るの? と言わんばかりに円香が呆れる中、透が動いた。
横から、むぎゅっと擬音が視認出来そうな仕草で、菅谷の腕にしがみつく。当然、胸が当たっていた。
「っ、と、とおるん……ど、どうしたの?」
「ん、なんかリカにくっ付きたくなって」
「えっ、い、いや……そんなっ、俺湯たんぽじゃないからそんなん言われても……」
「嫌?」
「や……嫌というか……」
「ほら見ろ」
「え?」
真っ赤になった菅谷の顔を覗き込んで、透はいつもの無表情なのに何処かニヤついたような笑みを浮かべている。
「超狼狽えてんじゃん。ウケる」
「……とーおーるーんー!」
「ぷっ、ふふ……!」
「マドちゃんは何がおかしいんだちくしょう!」
二人に憤慨するように怒る菅谷を、円香がどうどうと止める。
「とにかく、今ので分かったでしょ、ミスターチョロイン。あんたはすぐに赤くなるんだから、ホント気をつけて」
「ちょろいんって何?」
「ハロウィンのチョロい版?」
「俺がチョロいと言いたいわけ?」
「うん」
偶然にも大体、合っている意味で確認を受けたので頷いておいた。ハロウィンのチョロい版って何? とならない辺りは、もはや流石である。
実際、あの話の流れから急に腕にしがみつかれたと言うのに「試されてる」と思う余裕もなく狼狽えていた時点でお察しである。
「……もしかして、何も言い返せない?」
「そゆこと。だから、ホント気をつけて」
「うーん……でもなぁ……」
「何。もしかして不可抗力なら女の子にくっ付かれてたいむっつりすけべ? ……ていうか、浅倉もいつまでくっついてるの」
「あうっ」
ぺしっと透を引き剥がす円香に、菅谷は真顔のまま言った。
「そういうんじゃなくて、なんて言って離れれば良いのかなって。一応、相手はお客さんなのに」
「そんなの、普通に……」
あんまりくっつかないでって言えば? と、円香が言おうとしたところで口が止まる。
実際のところ、なんて言って引き剥がせば良いのか。執事風に自分が考えたセリフを修正すると「失礼、レディ。私はお嬢様専用の抱き枕ではございません。節度と多少の距離感を以ってお楽しみ下さいませ」と言った所か。
しかし、菅谷にこんな風にセリフを変換させる能力はない。その上、弱点である女性との至近距離だ。
『あ、あのっ……すみません、そういうのはちょっと……普通に恥ずかしいんで……』
なんてキョドりながら言う未来はハッキリ見える。それは逆効果となるだろう。
前にも同じことを思った気がしたが、やはりそれしかないようだ。
「……うん。やっぱり私と浅倉で守るから」
「リカは無理しないで何も喋らないで」
「え、執事喫茶なのに……?」
「そこの三人。いい加減にしてね」
また怒られたので、手を動かした。
×××
さて、翌日。文化祭当日。朝の短い時間で最後の仕上げ……と言っても、そんな大袈裟なことではない。飲食をやる所は仕込みである。
執事喫茶をやるわけだが、接客担当の三人は着替えを済ませて、教室に集合。菅谷が先に済ませて教室で待っていると、透と円香がばっちりメイクを終わらせて戻って来る。
「リカー」
「お待たせ」
「あ、来た。遅いよ、二人とも……」
振り返ると、思わず菅谷は言葉を失う。二人の髪型が、この前試着した際と全然違ったからだ。
透は短い髪をポニーテールのようにまとめ上げている。綺麗にではなく、敢えて少しだけ雑にまとめ上げることで、イケメンっぽさがさらに増すよう引き立てられている。
そして、円香はわざわざエクステまでつけて、三つ編み状にまとめた後、二つに分けてお下げのように垂らし、髪の長い執事のような見た目になっている。
二人揃って以前までと違い、格好良さに可愛さまで兼ねてきた。
「……えっ、なんっ……!」
「わっ、めっちゃ顔赤っ」
「ふふん」
見事に急襲が炸裂し、透どころか円香まで得意げな表情を浮かべる。その後ろには、もう一人日福さんがドヤ顔でいた。
「っ、ふ、二人とも……なんで……!」
「似合う?」
「え、そりゃ綺麗だけど……」
「……あんたにばかり気絶させられるのは腹立ってただけ」
「ーっ……」
何その可愛い理由、仕返しのつもりだったの? と頭がくらりとフラつく。その菅谷に、透がトドメと言わんばかりに手を差し出し、強引に菅谷の肘を掴み、自身の方へ引き寄せる。
「おおっと、大丈夫でしょうか。お嬢様」
「ちょっ、浅倉それは……」
「え、誰がお嬢……」
「体調が優れないのでしたら、是非とも私の膝の上でお休み下さいませ」
言いながら、透はくいっと菅谷の顎に手を添えて、自分の方へ向ける。昨日までの執事の練習は、まるでこの時のためのものだったんじゃないだろうか? と不安になるレベルで完璧な声音と仕草。
膝を掴んでいた腕はいつの間にか菅谷の肩に回され「あれ? 性別逆転した?」と言わんばかりの破壊力があった。
側から見ていただけの同性である円香や日福さえ頬を赤らめる一発。直撃した菅谷はただでは済まなかった。
「……ぴょえ」
失神した。本番まで、残り10分で。顔を真っ赤にして目を回す菅谷を片手で抱き抱えている透に、さっきまでのイケメン力はない。代わりに大量の汗が浮かんだ。
「り、リカ……?」
「私知らないから」
「私も仕事しなくっちゃ」
秒で裏切った幼馴染と衣装係。そして、代わりにやってきたのは、鬼の実行委員(女子)である。
「……何してんの?」
「やり過ぎちゃった」
「子供の言い訳聞いてるんじゃないんだけど」
「……どうしよう?」
「目を覚ますまで浅倉さんが面倒見て。この教室で」
「え、保健室は?」
「あんたらうちのクラスのエースって言ってるでしょ。休ませないから。……時間までに起きなかったら、浅倉さんは膝枕したまま接客して」
「……え」
「誰が気絶させたの?」
「……」
「あそこの席なら使ってて良いから。休ませてあげてて」
指差す先にある席は、一番真ん中に設置されてる特等席である。本当に看板として使うつもりだ。
……まぁ、でも役得と捉えよう、と楽観的に考える事にした。せっかく菅谷を休ませると言う大義名分で膝枕してあげられるのだ。この機会を活かさない手はない。
そんなわけで、早速気絶した菅谷を持って席に着き、自分の膝に頭を乗せてあげた。
……うん、やっぱりなんか役得感ある。準備もサボれるし。
そんな風に思って、少しソワソワし始めた時だった。自分の前にぬっとルーズリーフが差し出される。ビニールテープで輪をつけられ、首から下げられるくらいの大きさのものだ。
そこには「私は報復の度が過ぎて、本番前に親友を失神させました」と書かれている。
そして、それを持ってきたのは樋口円香だ。
「何これ?」
「つけて」
「え?」
「つけて」
「どこに?」
「つけて」
「……」
有無を言わさない。透は仕方なく首から下げた。それを見ると、円香はスマホを構えてその間抜けな絵面をスマホで撮影。満足げな顔で頷くと、そのままポケットにスマホをしまい、仕事に戻った。
「……」
なんか、ちょっとだけ恥ずかしさを感じ始めた時だ。膝の上の菅谷が寝返りを打った。顔を透のお腹の方へ向けて「んぅっ……」と声を漏らしながら執事服の裾を握って顔をお腹に寄せてきた。
その子供っぽい仕草が、格好のスマートさとのギャップを生んだ。
「ゴフッ……!」
銃弾でも浴びたかのように身体をのけぞらせ、そして反動で前屈みになった透は、そのまま首と腰を折り曲げて同じように失神した。
さて、馬鹿達が相討ちになった7分後。円香は一仕事終えてようやく待機。バカ達は今頃何しているのか……というか、何ならまだ寝ているのだろうか? と思いつつ、教室の中央を見ると、菅谷が寝ているはずの膝の上に、透が顔を重ねていた。
すぐにわかった。「ああ、あれは寝てキスっぽく見えてるんだな」と。でも、腹立つものは腹立つのである。人が働いている間にいちゃつきやがって、と言わんばかりに。
「樋口アルティメット」
クロスチョップが透の意識を戻し、ビクッと膝を持ち上げたことにより、菅谷の意識も戻った。
×××
文化祭開始。生徒だけでなく、一般客もだ。菅谷も円香も透も、外見だけは良かっただけに、前評判はアホほど高かった。
何せ、三人とも三人の世界を構築していただけあって、誰もが近寄りがたかったから。
しかし、それも今日は違う。客と執事である以上、もてなしてもらえる。執事喫茶、という名前なだけあって最初こそ女子が多かったものの「樋口さんと浅倉さんにももてなしてもらえる」の噂で男子も集まって来ていた。
……のだが。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様。旦那様」」」
右から、ツインサテライトキャノン、石破天驚拳、ハイマットフルバーストである。圧倒的顔面火力で入り口から生徒達を撃墜していった。
「えげつねえな……」
「ゴレイヌ?」
「三人いるから?」
「いやそっちだったらそっちだったでえげつないけど」
第一印象は完璧と言えるだろう。男であれ女であれ、頭上にハートが浮かんだまま中へ案内される。
勿論、男子も来るようになった今、異性には異性をぶつけて接客するため、文句は出ない。……というか、女子の中には「菅谷より浅倉が良い」という人もいたりする。
一方で、男子は樋口の指名率が高かったりする。エクステ装備による長い髪が、周りにはノリノリに見えたらしい。
はい、褒めるのはここまで。実際に接客となったらこのザマだ。
「本日は、私達のお店へ遊びに来ていただき、誠にありがとぅございましゅ」
「あ、リカ噛んだ」
「浅倉、流して。一々、言わなくて良いから」
「そーだよ。とおるんだってさっき噛んでたじゃん」
「いやあんたもだみゃって」
「あ、樋口も噛んだ」
「てか、マドちゃんが『みゃ』っていうとかわいい。もっかいやって」
「私も聞きたい。もっかい」
「……は?」
「もーいっかい、もーいっかい」
「お客さんも聞きたいでしょ?」
「え? あ、うん」
「アンコール、アンコール。一緒に」
「あ、アンコール、アンコール?」
「アルコール、アルコール」
「あんたら後で覚えてなさいよ……!」
客そっちのけどころか巻き込んでいちゃつき始める。巻き込んだだけでメインではないあたりが最悪である。
もちろん、うまく行く時はうまく行き、練習しまくったコイン遊びの成果でかなり楽しんで帰ってもらえたこともあった。
そんなわけで、5か0かの評価しかもらえず、顧客満足度は2.5と言えるだろう。
「……あんたら、ホント台無しにしてくれるよね」
「リカが噛むから」
「浅倉が噛んだ事いじるから」
「マドちゃんが可愛く噛むから」
「「「は?」」」
「みんな一緒だから黙って」
怒られたので黙った。
「とにかく、次からはもっと慎重にやって。これだけのポテンシャルが集まって五分五分の評価って中々ないよ。サ○ラ革命じゃないんだから」
「何それ?」
「知らない」
「サービス終了したゲームか何かじゃない?」
「お口チャック! 実行委員が説教してる!」
もう一回、黙らされる。本当に周りから見れば円香もアホ二人も大差なかった。
「とにかく、せめてあんたらのイチャイチャに巻き込まれる人を減らして。良い?」
言うだけ言われた時だった。店の入り口から「お客様入りまーす!」の声が聞こえて来る。
そんなわけで、三人とも応対に向かった。
「足引っ張んないでね」
「こっちのセリフだから」
「どっちのセリフでもないから」
「三人、誰のセリフでもないから。……女性のお客さんだからね」
そんな話をしながら入り口前に立ち、出迎え準備。まぁ、いい加減にしないと確かに一生懸命準備したクラスメートにも悪い。
コホン、と各々が咳払いをした直後、教室の扉が開かれる。
「「「おかえりなさいませ、お嬢さ」」」
「あっ、明里兄ちゃんっす!」
「ま……ん? おっ、あさひっち」
「……兄ちゃん?」
「あさひっち……?」
急に爆心地と化した執事喫茶にいた全生徒がため息をつき、透と円香から黒いオーラが漏れる……それに何一つ気付くことなく、バカと現れた少女……芹沢あさひはハイタッチした。
「アクティオン?」
「マルス?」
「エレファス?」
「アヌビス?」
「「ゾウカブトー!」」
何処の部族の挨拶だろう……と思う間に、二人はニコニコ微笑みながら話を始めてしまう。
「どうしたの、あさひっちこんな所で」
「なんかやってたからっす! 兄ちゃんが言ってた高校と同じかなーと思って」
「よく覚えてたね」
「そりゃ、私の虫の師匠ですから」
「うむ。じゃあ、後で一緒に回る?」
「いいっす! 友達ときてるから!」
「お、おう……え、じゃあその友達は?」
「逸れたっす!」
「じゃあこんなとこにいる場合じゃなくない?」
「そうっすか?」
「ま、いっか。もしかしたらここ来るかもだし。よし、遊んでいけ。俺が奢る」
「やったー! 超ラッキーっす!」
「では、ご席にご案内致します。お嬢様」
優雅に礼をしてあさひを席まで案内しようとした時だった。振り返ると、誰もいない。いや、いる。二人だけ。それを残して、無人である。
そして、その二人は過去類を見ない真顔で菅谷を睨み付けていた。
「うおっ、ま、マドちゃん……とおるん……?」
「「誰その女」」
「ひぇっ……」
直球……これ程、尋問に適したものはない、そう強く思った菅谷だった。
料理を作る人や飲み物を用意してくれる人も、ついでに外にいた客も軒並みいなくなった教室なので、そのへんの準備も自分たちでやるしかない……が、絶対に円香も透も動いてくれなかったので、菅谷がやるしかない。
三人分の飲み物と料理を用意した。
「お、お待たせしました……」
「遅い」
「鈍い」
「ありがとうっす!」
素直にお礼を言ってくれるのが一人しかいない。もはや涙目である。
この執事喫茶、ほとんどホストクラブのような作りになっていて、どの席も並べた机をL字型になぞるように椅子が配置されている。
つまり、基本的に横並びに座るしかないわけで。なんか怖かったので、一番端っこにいたあさひの隣に座ろうとした。
「ロリコン」
「ゴミカス」
「……ど、何処に座ったら良いでしょうか」
すると、透が立ち上がる。席を譲ってくれたのかと思い、そこに座ろうとすると、片腕をホールドされた。
「えっ?」
「座って」
「……あの、尋問でもされるの俺?」
「当たり。座って」
「当たり⁉︎」
が、もう遅い。座らされてしまう。円香はわざわざ菅谷の腕をホールドするような真似はしない……かと思ったら、しっかりと手を握られ、ぎりぎりと崖に落ちそうな人を助ける勢いで手のひらを絞めつける。
「で、リカ。この人は?」
「紹介してくれる?」
「あの……その前に、マドちゃん。手、痛い……」
「『手、痛い』さん。変わった名前」
「……芹沢あさひ。夏休みのボランティアで一緒だった子」
「ああ、セミの羽化見学してた」
「こんなに可愛い子だったんだ」
「で、あさひっち」
「「チッ」」
「や、その『っち』じゃなくて。……えっと、こっちが浅倉透で、こっちが樋口円香。友達」
「よろしくお願いするっす!」
「「……よろしく」」
年上としての矜持が、かろうじて挨拶をさせた感じだった。
さて、まずはどう話を進めるか……なんて二人が思っている時だった。
「お姉さん達っすか? 明里兄ちゃんが好きな女の子二人って」
「そうだよ」
「……あんた、だから言い方」
「言っとくけど、今日はそんなのじゃ騙されないから」
まぁ、そう言いつつもなんだかんだで二人とも内心、喜んでしまっているわけだが。第三者からの情報というのはそれだけ大きいものだ。
声をかけてくれた事で復活した透が先に聞いた。
「で、まずバ……リカ」
「今、バカって言いかけた?」
「なんで兄ちゃんって呼ばれてるの?」
「それは、まぁほとんど二人でゴミ拾い回ってたからね。年上として面倒見ないわけにいかないから」
「明里兄ちゃん、飲み物とか奢ってくれて、虫のことたくさん教えてくれたっす!」
「……ふーん」
「……へー」
「……あ、もしかして二人も教わりたかった系?」
「「別に」」
しれっと冷たく返される。とはいえ、まぁ面倒を見ていたら、なんかお兄さんっぽくて「兄ちゃん」となったのだろう。
続いて、円香が冷たい口調のまま聞いた。
「で、なんで『あさひっち』なの?」
「……ちょろちょろしてて可愛かったから?」
「それどう言う意味っすか?」
「や、よく動いて色んなものに興味持って、なんか子供みたいだったから」
「「お前が言うな」」
「それどういう意味?」
円香も透も、少しショックだった。まさか、自分達以外の女の子を見て「可愛い」と思うとは。やっぱり、菅谷も男の子という事だろうか?
なんて思っていると、爆弾が新たな爆弾を生み出した。
「じゃあ、私と二人はどっちが可愛いっすか?」
なんてこと聞くのか、と円香と透は大量に汗を流す。この女の子、アレだ。まともじゃない。いや、ゾウカブトの挨拶をかましてる時点で察してはいたが。
とにかく興味持ったことにはいくらでも原爆を産み落として置くタイプらしい。
お陰で不要な緊張を感じる事となった。万が一、万が一にも自分達よりあさひの方が可愛いなんて言われた暁には……。
胸の奥をドギマギさせつつも、不思議と自分たちの念が腕にこもってしまう。菅谷の手と腕からミシミシと音が聞こえるが、菅谷は特に気にする様子無く答えた。
「いや、マドちゃんととおるんに言う可愛いは、チョロチョロとかそういうんじゃなくて……こう、何? もう女の子として可愛いみたいな可愛さだから」
「「ブフォッ!」」
吐き出す二人。顔が真っ赤に染まり、思わず両手から力が抜けて顔を背けてしまう。
こいつ、ホント平気でそう言うことを……しかも、よりにもよって執事の見た目で。
完全に溝尾に入った感覚で二人揃って蹲る。机の上に額を当てて倒れ込むしか無かった。
「二人とも?」
相変わらず純粋な声音で声をかけてくる奴の顔を、二人はジロリと見上げる。
「これで勝ったと思わないでね……!」
「マジ、ホント後で大逆転するから」
「いつから闘いに……?」
そんな話をしつつ、とりあえず自分達のことは女の子として可愛いと言ってくれただけでも良しとする事にして、とりあえずそのまましばらく歓談した。
×××
さて、あさひが友達と合流したことによって、ようやく教室にまた店員が戻ってきて、チラホラとお客さんも来始めた。
しかし、それでもさっきまでに比べて人は少ない。そんなわけで、実行委員は円香か透に指令を下した。
『どっちか。プレート持って呼び込み行ってきて』
目玉商品三人のうち二人女子。唯一の男子は出すわけにいかないので、円香か透が行くことになった。
で、まぁジャンケンするまでもなく円香が買って出たわけだ。ちょっと気疲れしたので、気分転換も兼ねて。
だが、それは失敗だった。
「ねぇ、呼び込みなんて怠いでしょ。俺らと遊ばん?」
「だーいじょぶだって少しくらいサボったって」
「文句言われたら俺らがなんとかしてやるから。な?」
……おそらく、上級生だろう。非常に鬱陶しい。
「……仕事中なので結構です」
「そう言うなよ。疲れた顔してるじゃん」
「分かった。後で店行くから」
しつこい。少しはキツく言った方が良いのだろうか? ……いや、逆上されたら面倒だ。
何とかしないと……と、思っている時だった。遠くから「あ、いた」と声が聞こえてくる。顔を向けると、透が走って来ていた。
「樋口。教室戻ってきて。なんか人いっぱいきた」
「もう?」
「うん。流石、樋口の呼び込み」
「いやプレート持って歩いてただけなんだけど」
珍しくタイミングが良い。急な仕事な諦めてくれるだろう……と、思ったのだが。
「お、こっちの子も可愛いじゃん」
「ね、俺らと遊ばん?」
「奢るから」
いやもう空気くらい読んでほしい、そう思ったのだが、こう言う時の透はとても頼りになるものだ。
「え、やだ」
「え?」
「てか誰?」
「……」
「いこ、樋口」
「ん」
そのまま二人は教室へと引き返した。プライドが高い上級生を、結果的に煽るような形になった事にも気が付かないまま。