文化祭も、最終日となった。二日目は順調に進んだ。お昼時に女子二人が後輩二人と遊びに行ったので、そこで男性客は減ったものの、その後はなんだかんだ稼げた。
そして、最終日の夕方。文化祭が三日間あったにも関わらず、ここに来てようやくの休み時間である。
「よし、二人とも。全部回るよ」
「良いね」
「いや無理でしょ」
もう執事服のままでいないと時間がないので、三人はそのまま回ることにする。
さて、まずは隣のクラスから。
「隣、何やってんの?」
「お化け屋敷だって」
「行こう」
「なんでよ。この中で怖がる人いないでしょ」
「良いじゃん。三人なら何処だって楽しいし」
「はいはい……」
「じゃ、入ろう」
そんなわけで、中に入った。受付を済ませて、三人で緊張気味に扉を潜る。
「おお……」
「思ったより暗いね」
「それ」
コメントのわりに、三人ともサクサクと進んでいった。所々、灯りはあるが、その真下にフランス人形やら骸骨やら人の身体の一部やらと置いてあったが、悲しいかな。三人とも無反応だ。
それなりに雰囲気は出ていて、実際、教室内にドライアイスやら何やらを使って冷気も演出しているのだが、相手が悪かった。
「すっごー。さっきの落ちてた腕、本物みたいだった」
「ね。断面とか筋肉と骨ちゃんとあったし」
「猟奇的な会話やめて」
「あれ欲しいなぁ。内臓の勉強になりそう」
「袖からあそこだけ出して握手とか……あと、天井から落ちてくるように仕掛けても面白くない?」
「今後、そういう真似を私にしたらあんたらぶっ飛ばすから」
ビビるかどうかは別として、別にそういうイジられ方をしたいわけでもない。……なんて思っている時だった。唐突にガタッと横から音がして、三人とも足を止める。
顔を向けた方向には、作り物の窓があるだけだ。
「……なんか出るよこれ」
「来るのわかってるなら怖くないよね」
そう言う菅谷と透を見て、円香は少し複雑そうな表情をする。文化祭、自分のクラスの実行委員は頑張って張り切っていた。それはどのクラスも同じかもしれない。
しかし、こういう反応をすると向こうもやりがいがなくなるだろう。そんなわけで、ここは一つ客がお化け屋敷に手を貸すことにした。
「わっ!」
「「ッ‼︎」」
「プフッ、良いザマ……」
「ま、マドちゃん……」
「不意打ちはズルでしょ……」
「浅倉までビビると思わなかった」
「私だって、樋口がそういうことすると思わなかっ」
直後、背後からガシャアアァァァァンッッと作り物の窓が壊され、ゾンビのような何かが飛び出して来た。
「アアアアリガドオオオオオオヒグチザアアアアアアアン‼︎」
「「ッ⁉︎」」
「どういたしまっぐえっ」
完全に不意をついた形になり、透と菅谷は円香の腕を引いて逃げ出した。とりあえず肩で息できるところまで逃げてきて、走りから歩く。
「ふぅ、はぁ……ま、マドちゃん……」
「ビックリした……」
透はどちらかと言うと、円香がああいうことをしたことに驚いた。自分からあの手のちょっかいを出すとは……やはり、菅谷に素直になった事が原因となっているのだろうか? 嫌ではないが。
その二人を眺めて、一人落ち着いている円香は言った。
「浅倉までビビると思わなかった……というか、二人ともいい加減離れて」
「「え?」」
暗闇でよく分からないが、二人とも円香にしがみついていた。
「あと、どっちか知らないけど変なとこ触らないで」
「変なとこ?」
「肩甲骨とか?」
「違う……」
まぁ、肩甲骨とか硬いところを言ったのは菅谷だし、多分胸とお尻に触っているのは透だろう。次の明かりがあるオブジェクトポイントまで歩いて二人を落ち着かせよう……と、思ってると、灯が見えた。
そこまで行って、二人の頭に手を乗せようとした時だ。自分の胸に手を当てているのは、菅谷だった。
「……え」
「ん……あれっ、これ……なんか肩甲骨にしては柔らか」
拳で、菅谷が「胸を触っている」と意識する前に突き放した。
吹っ飛んだ菅谷を前に、円香はフゥーッフゥーッと威嚇をする猫のように胸を抱いて距離を離す。
触られた、ちょっと気を許すとこれだ……と、自らの迂闊さを呪う。この男、基本的にマヌケでドジを踏むのが上手いのだから、こっちが気をつけないといけないのに。
「樋口?」
「な、何……」
「良いお尻してたね」
「あんたも引っ叩かれたいの?」
「ご、ごめん……?」
とりあえず、菅谷を捨て置いてそのままお化け屋敷を出た。
×××
「ちょっとお腹痛い」
との事で、菅谷がトイレに行き、円香と透は男子トイレの前で待機。その間、ふと透がスマホをいじり始めた。
「何見てんの?」
「ん、写真。見る?」
言われて見てみると、そのアルバム名は「高一」と書かれていた。
「……意外。浅倉、こういうの作るんだ」
「うん。この写真が定期的に見たくなるから、せっかくだし作った」
その写真とは、この前の別荘での写真。三人で海をバックにしたり、二人が爆睡してる時にこっそり撮ったりした時のやつだ。
「ふーん……良いじゃん」
「でしょ?」
透は透なりに、思い出を大事にしているようだ。こういうこと、前まではしなかったというのに。
そんな中、ふとスワイプしていると出てきたのは、透が誕生日の時のキス写真だった。
「……」
ムカつく、とかはない。ただ少し羨ましい。開き直った今、その感情しかない。
そんな風に思い、その写真で動きを止めてしまったからだろうか? 基本的に何も考えていないはずの透が声をかけてきてしまった。
「樋口もしちゃえば? キス」
「……はっ⁉︎」
「もう好きって認めてるんでしょ? しちゃえば?」
「い、いや……む、無理でしょ……付き合ってるわけじゃ、ないんだし……」
「事故でほっぺなら平気でしょ。私もやってるし」
「それ言っちゃってる時点で事故じゃないから……」
「ふふ、やっぱりまだ素直じゃない」
「……うるさい」
これはそういう問題じゃない気もする。
「ま、その辺は樋口に任せるけど。……でも、キスした時は教えてね。コソコソされるのは、なんか嫌だから」
「……ん」
今まで、お互いにそう言うことがあった際に報告していたが、もしかしたらそれが二股を続けていく秘訣なのかもしれない。三人仲良く、と言っておきながら、実は二人だけの隠し事がある、と言うのは一番良くない。
……少し、考えるだけ考えておこうかな、と思っていると、菅谷が戻ってきた。
「お待たせ。なんの話してたん?」
「「なんでもない」」
だそうだ。
×××
続いて三人が来たのは体育館……が、その前に色んな部活の生徒達が屋台を出して、部費を稼ごうと躍起になっている校庭に来ていた。
さて、そんな屋台の中で、三人ともポケットに「文化祭の案内」をはみ出させ、透は片手にクレープ、もう片手にたい焼き、円香は片手にわたあめ、もう片手に飲み物を持ち、菅谷は片手にたこ焼きを持って頬にソースをつけていた。
早い話が、三人ともアホほどエンジョイし、少し休憩と言うように体育館で出し物を見に来た次第である。
今、やっているのは演劇。どういうチョイスなのか知らないが、城下町のダンデライオンをやっていた。三人とも全然知らないアニメである。
「はい、とおるん。マドちゃん。たこ焼き一つずつ」
「どうも」
「ありがと」
呑気にそんなことを話しながら、のんびりと眺める。このアニメは、とある王家に姉弟が九人いて、その中から国王を選ぶ物語である。
「九人かぁ……すごいよね。姉弟間で恋とか始まりそう」
「あるのかなぁ。そんなこと。俺、姉妹いないから分かんないけど」
「そういえば、私達みんな一人っ子だよね」
「まぁ姉弟なんて呼ばれちゃってるけど」
「本当の姉弟ってこんな感じなのかな。あんま二人とも姉感ないけど」
「姉感って何?」
「姉っぽい感じじゃない? 私もリカが弟感……あるかも」
「えっ。俺そんなに弟っぽいの?」
「ぽいでしょ。ね、樋口?」
「ぽい」
ま、いつかは二人にとって弟じゃなくならせるけど、なんて考えながら、とりあえず食べ物が空になるまで見学を続けた。
さて、食べ終えると体育館を出て、また見学を始めた。
×××
残念ながら、時間が来てしまった。休み時間が短かっただけあって、全部回るのは無理だった。まぁ分かっていた事だが。
で、後夜祭も終わって、片付けの時間。時間をかけて飾りつけただけあって、それもそれなりにかかる。
円香と透は、更衣室で着替えていた。執事服を着替え終え、制服に戻った。
軽く伸びをしながら、透は少し寂しそうに呟く。
「あーあ……今日で執事も終わりかー」
「もっと着てたかったわけ?」
「うーん……まぁ、どっちでも? でも、着心地良かったよね」
「そりゃそうでしょー。何せ、その辺も拘って作ったからね」
そう言うのは、衣装を回収するために同行した日福だ。
「うん。すごかった」
「ちゃんとポケットとかつけてくれたから、不便とかもなかったし」
「その辺、拘るのがベテランの技って奴ですよー」
チッチッチッ、と言うように指を振っておちゃらけて見せる。
「それに……二人とも、菅谷くんに良いとこ見せられたっぽいしね」
「……え、何急に?」
「ふふ、2人のこと見てればすぐわかるよ。好きなんでしょ?」
「……」
「……」
向こうの事見てても両想いである事は分かる、というのは黙っておく。
「大丈夫、Twitterに流れる漫画とかなら、割と女2対男1とかその逆とか、あとそれ以上にやばい10歳差ロリモノショタモノ、或いはJKとオジサンとか、男の子が女の子になっちゃってーとか色々あるから! 私は応援するよ!」
「……いや、あんま大きな声で言わないで欲しいんだけど……」
円香が言いつつも、オタクスイッチが入った日福は止まらない。
「大事なのは尊さだよ。それを理解してるから……少なくともうちのクラスの人は何も言わないんじゃないの?」
何せ、不倫とは違って付き合う前からもうそんな感じになっているのだから。
熱弁させて、円香と透は顔を見合わせ、そして少しずつ頬を赤らめ、目を逸らす。
「……でも、まぁ……リカがどういうつもりか分かんないし……」
「……あいつが私のこと好きな保証はないし……」
「いや……それはこっちのセリフなわけで……」
「は? あんた自覚ないの……?」
「何言ってんだお前ら」
唐突に口調が崩れた日福のツッコミを受け、二人とも黙るしかなかった。
さて、着替えを終えて教室に戻った。扉を開けると、中では既に着替えを終えて制服になった菅谷が、文事の胸ぐらと手首を握っていた。
直後、円香の熱は一気に上昇する。
「何してんのあんた?」
「え、柔道」
「一昨日、あれだけ退学になるような事はするなって言ったのになんでそうなるわけ? もしかしてあんた退学になりたいわけ?」
「え、なんで?」
「は? 分かんないわけ?」
「あー、待って樋口。これ単純に柔道の技、教わってただけ。……お前もちゃんと説明しろよボケ」
「いや、でもちゃんと教えるのに集中しないと危ないよ。怪我するの文事だし」
「そりゃ分かるけどよ……」
宥められて、ようやく円香は理解した。友達っぽいことをしてるようで何よりだ。思わず、ホッと胸を撫で下ろしてしまう。
「ふふ、樋口超必死だった」
「……うるさい」
「どんだけ愛が重いの?」
「日福さん……!」
痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった。いくら素直になると言っても、人前で好き好きアピールが出来るほどではない。というか、それは流石に見境が無さすぎる。
「ていうか、いいからあんたら片付けして」
「「へーい」」
軽い返事と共に、言われるがまま二人とも片付けに戻る。まぁ、友達が出来たことは悪い事ではないのだろう。
とりあえず、そのまま円香も片付けに参加する中、透がふと思いついたように言った。
「ね、樋口。この後三人で打ち上げしない?」
「この時間から?」
「どうせ明日、振休じゃん。少しくらい遅くなっても平気でしょ」
「……まぁ、そうかもしんないけど」
「じゃ、決まり」
「……」
どうせ菅谷のことだし暇でしょ、と言う計算で家に行くことになった。
「……じゃ、晩御飯何にするか決めないとね」
「焼肉?」
「お店行ったほうが良いでしょそれは」
「じゃあ……鍋?」
「それなら良いかも」
「じゃ、帰りにスーパーだね」
「んっ」
そう勝手に決めながら、スマホで何鍋にするか調べつつ決めながら、適当に片付けもこなした。
×××
さて、解散となり、元執事三人はスーパーに寄って食材を買い、菅谷の部屋に来た。
今日ばっかりは家事は抜きで、三人ですぐに手洗いうがいだけした直後、食事の準備をした。
面白そうな鍋を見つけたので、早速それを三人がかりで作り、完成させた。思ったよりうまくいき、後は実食してみるのみ……なのだが。
「……これ、大丈夫なの?」
「めっちゃ赤いね」
「あんたらがノリノリだったんだからね」
そう、火鍋である。別に炎をそのままぶち込んだわけではない。香辛料をぶち込み、火のように赤くなった鍋である。栄養は間違いなくあるが、舌と喉が死ぬアレである。
「誰から行く?」
「リカ」
「いや俺ですか」
「こういうのは男からでしょ」
「言い出しっぺじゃないの? とおるん」
「いやむしろ長女からでしょ。樋口」
「私、長女じゃないし」
全力で拒否し合っていた。このままでは埒があかない、そう思った菅谷が「よし」と声を漏らした。
「どの道、乾杯もしないといけないわけだし、ここは火鍋のスープで杯を交わすのは如何だろう?」
「えっ」
「良いね。それ面白い」
「浅倉……まぁ良いわ、それで」
最初こそ文句が出そうになった円香だが「まぁ平等だし良いか」と思い、承諾した。どの道、みんな食べるのだから。
「じゃ、俺注ぐね」
「ありがと」
「ん」
二人のお椀に注いだ後、最後に自分のお椀に垂らす。2〜3滴。
「よし、飲もう」
「「いやいやいや」」
「? 何?」
「分かった。注いであげる。表面張力が働くくらい」
「嘘です、ごめんなさい」
円香が脅すと、ちゃんと今度は一人前、注いだ。
さて、改めて三人はお椀をコツンとぶつけた。木製の地味な音が部屋の中に響く。
「文化祭、お疲れ様でした」
「「「かんぱーい!」」」
そして三人で口をつけ、そして三人でコップに手を伸ばし、そして三人とも中身がコーラで舌が二度死に、そして三人でひっくり返った。
「……かっっっら、いやかっっっら……」
「舌、燃えてないこれ?」
「豆板醤の味、やたらと濃いんだけど。誰入れたの」
「私じゃないから……」
「分からん……」
「「浅倉ァ……!」」
「え、なんで分かるの」
秒だった。とはいえ、作ってしまった以上は仕方ない。もう食べる他無いのだから。
グツグツと煮えているので、仕方なく肉を一枚取る。菅谷がそれを米の上に乗せ、口は運んだ。
「……うん。味は良いから、覚悟を決めた上で生きる為と割り切って辛さを無視出来れば食べられる」
「ここは戦場の食卓?」
「リカ、超涙目じゃん。ウケる」
「ウケるな。とおるんが」
やらかした本人に笑われたくない。
さて、改めて三人とも頑張って食事を進める。その際、会話はなかった。カニを食べて無口になるのとは別の理由で、辛くて喋りたくないからであった。
ようやく、鍋の中の具材が減ってきて、口の中の辛みも引いてきた頃、三人は割と疲弊していた。
「ふぅ……食事して疲れたの初めてなんだけど……」
「俺は家族でわんこそば食べに行って以来」
「あれどんな感じなの?」
「無限地獄」
「……」
なんか普通に会話出来ているが、円香にとっては謎でさえあった。舌が痛くてそれどころではない。
しばらく口を開けてベロを出しておかないと、割と厳しい。けど、そんな顔を見られたくないので、円香は机に伏せて顔を隠してしまった。
そんな円香を見て、なんとなく心配になった菅谷が声を掛ける。
「マドちゃん、泣いてるの?」
「……」
「そんなに辛かった? お水入れてこようか?」
「……へ、へいひ……」
「え?」
「……へいひ……」
「とおるん、なんて?」
「分からん」
「よく分かんないけどダメそうだよね。上向いて。お水飲ませてあげるから」
「っ⁉︎」
この野郎は本当に回してくれた気がいじめに変換されてしまう可哀想な男である。
こっちの気も知らずに、菅谷は台所で水を汲んでくる。
「飲んで」
「っ……」
「いやいや、じゃないの。伏せるほど痛いならヤバいって」
「っ、へ、へいひははら……!」
「戦場ヶ原? どうしたの急に。思ったより普通の草原だよあそこ」
言ってない、というツッコミも出来ない。とにかく顔を見せたくなくて俯いて抵抗していると、菅谷は透に声を掛けた。
「とおるん、顔上に向けて」
「はいはい」
そこまでするか! と思った時にはもう遅い。透は後ろから円香の両肩を掴み、自分の方へ引き寄せる。
「んっ……って、重っ。樋口、上向いて」
「……ふ、ふりっ……」
「え、何。フリなのこれ?」
そのフリじゃない、と思っても無駄である。発声出来ないと。
すると、ふと肩の上から透の手が消えた。もしかして、諦めてくれたのだろうか? 何にしろ助かった、なんて気を抜いた時だった。脇の下に指が差し込まれた。
「ひゃんっ……⁉︎」
くすぐったさから、唐突に体を逸らしてしまった。
直後、菅谷の目に入ったのは、真っ赤な顔で涙目になったまま、舌を出した円香の顔だった。
「あれ……な、なんか……変な顔して……」
「樋口、なんで恍惚としてんの?」
「ーっ!」
ゴツンゴツンッとゲンコツが二人の頭に降り注いだ。
×××
頭にたんこぶを作ることもあったが、長い時間をかけてなんとか食べ終えた。
飯の後は、さらにスーパーで買った小さなチーズタルトをコーヒーと一緒にいただく事になった。
それに備えて、菅谷がコーヒーを淹れて、透が用意した。やらかしただけあって円香を働かせることはできなかった。
「あれも美味しかった。茶道部のお茶」
「あ、分かる。とおるんだけ手ぇ滑らせて落として飲めなかった奴」
「いや、手元で何度も回してたら落とすでしょ」
「作法だからあれ。そういうことじゃないから」
「大丈夫だよ、とおるん。お茶は苦いだけで、どっちかって言うとお饅頭の方が美味しかったから」
「や、あんた本当にお金持ちの息子?」
「そういうとこだよね。リカが全然、お金持ちに見えないとこって」
「いやだって苦いもん。お金持ちとか関係ないから。スタークさんだってチーズバーガー好きでしょ」
「そっか」
なんて話しながらデザートを食べ終えた時だった。ふと円香は、時計が目に入る。時刻は、21時半を回っていた。
もう帰らないといけないどころか、未成年は表を出歩いてはいけない時間だ。とはいえ、まぁ隣の駅まで移動して家に帰るだけなら許容範囲ではあると思うが。
……しかし、それを口にするのは少し嫌だった。このまま気付かないふりをすれば、もう少し長く一緒にいられる。
そのため、次の話題に移ろうとした。ほとんど教室にいたわけだが、雛菜や小糸と遊んでいた時の写真を使えば、まだまだ会話は引き延ばせる。
そう思ってスマホを手に取った時だ。
「あれ、もうこんな時間じゃん」
だが、菅谷が先に時計を見上げてしまった。
「そろそろ帰らないと、ご両親心配するんじゃないの?」
「……まぁ、そうだけど……」
「?」
いつもロクなことに気が付かないくせに、余計な事にばかり気がついて……いや、余計な事ではないかもしれない。自分や透を気遣っての台詞だろう。
実際、別荘にいた時も、メチャクチャ悔しそうにしながら帰宅を勧めてくれた。今だって、本当は帰したくないのかもしれない。
そんな中、透がふと思いついたように言った。
「じゃあさ、泊まっちゃう? 部屋」
「「えっ」」
「こういう時のために、下着とパジャマ、置いてあるじゃん」
「……それは、そうだけど……」
「大丈夫かな……?」
一応、親には「リカの家で打ち上げする」と連絡はしてある。だが、泊まるとは言っていない。
「いや、でもその場のノリで泊まる、なんて言ったら、リカの家に行くのダメって言われるかもよ」
「大丈夫でしょ。友達の家に泊まるくらい。一回、泊まってるんだし」
「それはそうだけど……友達なのに男の家に泊まるの? ってならない?」
「なるかもだけど……大丈夫でしょ」
ダメだこの幼馴染。泊まることしか考えてない。それとも、自分が考え過ぎなのだろうか? ……いや、考え過ぎなわけがない。未成年の寝泊まりは、それだけ大人にとってはデリケートな問題なはず。こちらに一切、そんな気はなくとも、ご近所の評判もあるから。
有栖川夏葉なら何も言わないかもしれないが、あんまり騒ぎ過ぎて上の部屋や下の部屋の人にバレたら。或いは、何かの間違いで円香や透のご近所に知られたら。
そう考えると、やはりせめて自分達も自立してから……と、思っていると、円香のスマホに着信。母親からだ。
「ごめん、電話」
帰りが遅いからだろうか? 黙って泊まろうとするのが一番まずいのは分かっているので、ヤバいと思いながら応答した。
「もしもし?」
『泊まってきて良いよ。節度を弁えるなら』
「……なんで」
『この時間まで連絡がないから、迷ってるんだろうなって』
「……」
『でも、もう一度言うけどちゃんと節度は持ってね。キスまでなら良いけど』
「はっ? な、何言ってんの?」
何もかもバレバレであった。この親、もう怖い。
『透のご両親にも連絡しなさいね』
「うん」
そこで電話は切れた。まぁ、許可が下りたのなら、これ以上遠慮することもないのだろう。それに、文化祭中から考えていたことを実行する良い機会でもある。
とりあえずスマホをしまうと、二人に言った。
「泊まる」
「はいはい。じゃ、俺お風呂沸かしてくる」
「浅倉、あんたもちゃんと連絡して」
「分かってるよー」
「今」
菅谷がリビングから出ていくのと同時に、透も出て行った。
自分も、コーヒーはまだ残っているが、ケーキのお皿は三人とも空なので、それだけ片付けておく。
ふと、部屋のほぼ全てが見渡せる台所に立って、円香は思ってしまった。もう何度も来ている部屋だが、改めてここは菅谷が毎日暮らしている部屋。この前の別荘と違い、菅谷の生活感が溢れている場所だ。
そんな所で一泊すると思うと、なんだか前とは違う意味で緊張が高まった。だが、それではダメだ。何故なら……どうせ透と菅谷は緊張なんてしないから。
何せ、バカだし。
自分だけ意識するのは、なんだかバカバカしい話だ。
「ふぅ、よし」
洗い物を終えると、二人が戻ってきた。
「よーし、じゃあどうしようか」
「とりあえず、なんか映画見ようよ」
「何にする?」
「たまにはアニメとかどう?」
「例えば?」
「ガンダムとか?」
「良いね」
「え、私よく知らないんだけど」
「三部作の映画あるんだって」
「ふーん……まぁ、私はそれでも」
「俺も」
そんなわけで、三人でガンダムを見始めた。
×××
「ガンダム……ヤバい」
「ていうかシャア……エグい」
「やばっ、面白すぎた」
割と中途半端なところで終わって三人とも固まってしまったが、面白かった。特に、ガウがホワイトベースに突っ込む所は、思わず円香は菅谷の手を強く握ってしまった。
「ていうか、リカも殴られたことなさそうだよね」
「あるよ。サファリバスから飛び降りたり、イルカのふれあいコーナーで水の中に飛び込んだりした時は、普通に殴られた」
「そりゃ殴られるでしょ……」
「ね、二人はどのモビルスーツが好きだった? 私、ガンキャノン」
「続編もあるし、まだモビルスーツ増えるでしょ」
「今のところ」
「……グフ?」
「あー、樋口っぽいわ」
「どういう意味」
「マドちゃんの刺々しいとこ? サーベルにムチに指の銃とか、マドちゃん超使いこなせそう」
「分かるわ」
「は? てか、浅倉こそでしょ。序盤で適当にぶちかまして弾切れになるとことか」
「確かに。とおるんって撃墜されずに撤退しそう」
「分かるわ」
「あんたが分かるな。……てか、リカは?」
「ザク」
「「ぽいわ」」
なんて話ながら、透がリモコンをいじる。半端なとこで終わったから、早く続きが見たかった。
「じゃ、次行くよ」
「あ、待ってとおるん。その前にお風呂入って」
「えー」
「いや、マンションだから、あんま遅くにお風呂入るとご近所に迷惑かかる」
そういう理由なら仕方ない。透も納得した。
「じゃあ、私先に入るね」
「一応、言ってくけど、別荘と違って広くないから、二人一緒は無理だよ」
「分かってる」
そのまま透は先にお風呂場に向かった。残ったのは、菅谷と円香のみ。そろそろコーヒーも飲み過ぎると眠れなくなりそうなので、歯磨きをする事にした。
「マドちゃん、歯磨きする?」
「ん……うん」
「待ってて」
菅谷が歯ブラシを流しから2人分、用意する間に、円香は軽く決心する。もうこの機会、逃すのは勿体ない。
歯ブラシを手渡してきた菅谷が隣に座ると、円香は隣に体重をかける。
「マドちゃん?」
「ん……」
「またナデナデ?」
「一々、確認しないとダメなわけ?」
「ごめん……」
歯磨きをしながら、撫でてもらう。
「良い子良い子」
「子供扱いはやめて」
「いや撫でて欲しい癖に……」
「……ねぇ、写真撮りたい」
「良いけど、どうしたの?」
「いや、考えてみれば、あんまリカと二人きりの写真とかなかったから」
そう返事をしたまま、シャカシャカと歯磨きを続け、うがいをしてソファーに戻った。
「リカ、スマホ構えて」
「俺が撮るの?」
「そう」
まぁ良いけど、というように菅谷はスマホを持つ。呑気に自撮りモードにして構える菅谷を横に、円香は緊張気味に頬を赤らめる。
「マドちゃん、顔赤いけど……どうかした?」
「別に。気にしなくて良いから、撮って」
「う、うん……?」
とりあえず、と言うように菅谷がスマホのシャッターボタンの上に手を添えた時だった。
円香が菅谷の顎に手を添え、頬に唇をつけた。眉間に皺を寄せ、頬を真っ赤にした上で行われている。なんか、悔しそうに見える顔だ。
「ほへっ……?」
「っ……!」
キスされていると言うのに、あまりにも間抜けな声が漏れた直後、カシャっとシャッター音が聞こえる。
プハッ、と頬から口を離し、円香はそのままソファーから立ち上がる。流石に、羞恥で破裂しそうであったが、素直になった今、どうしても透のキスの写真が羨ましかった。
そのまま早足で歩きながらソファーの後ろに回り込み、廊下に繋がる扉の前に立つ。
「っ、ちょっ……マドちゃ……!」
「事故だから」
「はっ……?」
「事故、だから。セーフだから」
「や……」
「お風呂」
まだ透が入っているだろうに、円香は後ろからドシャッと倒れる音を無視して、本当にお風呂場に向かった。
洗面所の扉を開けると、透が裸で身体を拭いていた。
「っ⁉︎ っ……くりした、樋口か……って、どしたの? 顔赤いけど」
「…………した」
「え?」
「…………キス、した……」
「……は?」
「大丈夫。頬にだから。前の浅倉と同じ感じ」
その表情は、恥ずかしいだろうに、なんだかんだ思惑が上手くいっていて嬉しそうな表情だ。それを、さらにまた噛み殺して隠そうとしている。本当に面白い幼馴染である。
何にしても、透がかける言葉は一つだけだ。
「良かったじゃん」
「……ん」
「写真は?」
「……あ、リカのスマホ」
「ま、送って貰えば良いでしょ」
「……ん」
それだけ話して、二人は入れ違いでお風呂を入れ替わった。
×××
さて、入れ替わった透はのんびりとソファーの方に行く。ソファーの真下で、菅谷は気絶していた。本当にウブな男だ。このメンタルで一体、どうやって生きてきたのか。
とりあえず、自分はソファーの上に座り、のんびりと菅谷の身体を持ち上げ、膝の上に頭を置いてやった。
「……ふぅ」
今日で、今更ながら文化祭は終わり。だがその間、菅谷はずっと、どちらかといえば自分より円香の方が多く構っていた気がする。
まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。円香が素直になれるかなれないか、その瀬戸際の話だったのだから。
けど、それももういいだろう。キスまでしたらしいし、まだ素直になれずに拗れる、という話はないはずだ。
「……だから、明日からはまた、遠慮しないからね……?」
言いながら、透は菅谷のスマホを拾い、円香と菅谷のキス写真を、円香のスマホに送信しておいた。