浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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見えないものの成長が大事。
大学生あたりになったら苦労しそうだよね。彼女の方が。


 健全な男子高校生とは何を指すのか、それは勿論、様々だろうが、単純に考えれば「勉強も運動も程よくこなして友達付き合いもできる高校生」だろう。

 だが、それは男子高校生に限った話でなく、全学生に言えることだ。つまり、男子高校生ならではの項目がそこにはある。

 趣味? 違う。彼女? 違う。それは、菅谷に唯一、欠けているものでもあった。

 

「頼む! 菅谷!」

 

 頭を下げているのは、文化祭をきっかけにそれなりに仲良くなった文事。放課後の校舎裏で紙袋を差し出していた。

 円香と透に知られたくない話のようで、二人には先に帰ってもらっていた。

 

「これ……来週の月曜日まで預かってて欲しいんだ」

「何これ?」

「……エロ本」

「ブッ!」

 

 思わず吹き出してしまった。なんてモノを預けて来るのか、この男は。

 

「な、なんっ……!」

「正確に言えばエロ同人誌。この前、コミケでつい出来心でな……」

「? どーじんしって何?」

「あ? あー……まぁ、エロ本」

「やっぱりかよ……」

 

 説明が面倒だったのか、ぶん投げたような言い方だが、間違いではない。中のものは18禁のものばかりだ。

 

「え……文事って今いくつ?」

「同じクラスの奴にそれ聞かれたの初めてだわ」

「18歳未満じゃん。何してんの?」

「そんなの律儀に守る奴いないだろ。……え、お前エロ本読んだことないの?」

「ないよ。そんなのにかけるお金もない」

「……ホモなの?」

「帰るね」

「あー嘘です待って!」

 

 帰ろうとする菅谷の肩を慌てて掴む。というか、文事にとっても想定外だ。まさか、エロ本を買った事はなくとも、せめて興味くらい持っていそうなものだが……。

 

「ていうか、そんなの買ってまで女の人の裸見たいの? 最低」

「何その女子みたいな言い分! お前本当に男子高校生⁉︎」

「俺はエロ本買うくらいなら、昆虫図鑑買うね」

「女の裸は昆虫以下か! ……え、ていうか浅倉と樋口は? ……こういう言い方しちゃアレだけど、そういう目で見たことないの?」

「? そういう目? ……ああ、かわいいよね」

「いや違くて。……だから、こう……胸大きいな、とか……」

「え、あの二人のことそういう目で見てたの? 殺すよほんと」

「い、一回くらいあるだろ! プールの時とか、体型がスク水でモロに出るわけだし!」

「ないよ」

「……カッコつけてる?」

「え、俺今カッコよかった?」

 

 少し苛立ってきた。こいつとの会話は疲れる。

 

「……でも、とにかく待っててくれ。今週の土日、従兄弟がうち来るから、探されたら最悪だ」

「えー……でもうちだって……」

「一人暮らしなんだろ?」

「や、まぁ……でもうちにも……」

「え、誰か来るの?」

 

 ……そこで、菅谷は口を止める。ダメだ、二人が割と部屋に来てるなんて言えない。

 

「……たまに、親が」

「たまになら良いだろ?」

「……」

 

 ダメだ、引き受けるしかない。今の流れで断ったら怪しまれるかもしれない。

 仕方ないので、その紙袋を受け取る。中はなるべく見ないようにしつつ手に持つと、文事は続いて言った。

 

「あ、それ俺がお前に預けたこと、誰にも言うなよ。女子の情報伝達力はお前の大外刈りより速いんだから」

「わ、分かったよ……」

 

 とりあえず、それを受け取っておいた。文化祭では、円香と透のピンチをいち早く知らせてくれたし、世話になった礼だ。

 それに、家にあったとしても見なければ良いだけの話だ。

 

 ×××

 

 さて、翌日。本当に菅谷は一度もそれを見ることなく眠りにつき、目を覚ました。というか、朝食食べながら部屋の真ん中に置いてある紙袋を見るまで思い出す事もなかった。

 まぁ、そもそも別に興味もないわけだが。それよりも、今日は円香と透は何をしているのだろうか? 暇なら遊びに誘ってボウリングでも行きたい所……と、思っている時だ。インターホンの音が鳴り響いた。

 

「来たのかな?」

 

 応答すると、カメラに映っているのは円香と透。いつもの二人だ。

 

「はーい?」

『部屋、見に来た』

『顔じゃなくて?』

「今、開けるね」

 

 裏拳を貰う透を無視して、自動ドアを開ける……そこで、ハッとした。あのエロ本、どうしよう……と。

 マズイ、何せ文事から「俺のだって言うな」と言われている。見られるわけにはいかない。

 まず、部屋の鍵を閉めた。隠し場所を探さないといけないから。

 

「え、えっと……」

 

 ベランダ……はアウト。まだ家事は朝飯食べるくらいしかやっていない。円香なら布団を干したりしてくれてしまう。

 台所……もアウト。いつも二人が来て掃除が終わったらコーヒーを淹れるが、たまに気まぐれで透がやってくれる事もある。

 自室……もダメ。洗濯物の関係で割と人の出入りがある。

 となると……お風呂場しかない。そうと決まれば、すぐに紙袋を置きに行っ……。

 

「あ、ダメだ」

 

 いつも洗濯する時、お風呂の水を使ってる。やばいやばいやばい、と焦りが頭の中で反復してきた。そんな中、ピンポーンとインターホンが鳴る。

 

「うそっ……も、もう来た……⁉︎」

 

 こうなったら仕方ない。とりあえず、二人があまり寄り付かないミミズの抱き枕の中に隠しておくことにした。掃除中はなるべく、自室に入れないようにして、その後は外に遊びに行けば良い。

 そう決めて、隠し終えてから慌てて菅谷は応答した。

 

「はーい?」

『開けて』

「はいはい」

 

 さて、コホンと咳払いして玄関を開ける。

 

「掃除。手伝いに来た」

「いつもありがとね」

「お邪魔しまーす」

 

 呑気に挨拶しながら、二人は部屋の中へ。

 

「なんだ、あんま汚れてないじゃん」

「だいぶ一人暮らしに慣れてきたって事でしょ」

「ま、まぁね。じゃあ……俺、布団干すから、マドちゃんととおるんは他のことお願い」

「? どうしたの? 指示出すなんて珍しい」

「普段は浅倉とサボるからね」

「い、いや……なんとなくだよ」

「……」

 

 言われるがまま、透は洗濯機を回し、円香はルンバをかけつつ、ルンバで吸いきれないゴミを拾って捨て始めた。

 それを横目で見つつ、菅谷は布団を干す。テキパキと働く中、菅谷はチラチラと二人の様子が気にかかる。万が一にも抱き枕に触られたらアウトだ。

 

「……ま、マドちゃん? ソファーの下には何もないよ?」

「いや、なんかゴミあったら困るでしょ」

 

 いつもよりチェックが厳しい気もするのは、気の所為だろうか? 

 

「とおるん、そこの棚も洗剤しかないけど……」

「……ふーん」

 

 透も、お風呂掃除用の棚の中をやたらとチェックしている気がする。……隠しものがバレていて、何か探されているような疑心暗鬼に陥りかけていた。

 割と気が気じゃなくなりつつも、二人がミミズの抱き枕に近寄ることはなく進んだ。

 さて、ようやく家事終了である。菅谷が淹れたコーヒーを三人で啜り、ホッと一息つく。

 

「さて、今日はどうしよっか? ボウリング行かない?」

「夕方から雨降るらしいけど?」

「え、そうなの?」

 

 まずい、外出出来ないかもしれない。いや、それ以上に、その時間までには洗濯物をしまう必要がある。

 

「ていうか、そもそも私、午後から小糸と勉強するから」

「あ、そうなんだ」

「だから、これ飲み終わったら帰る」

「とおるんは?」

「私は午後も平気」

「じゃあ、あれやろ。父ちゃんにもらった古いスマブラ」

「良いね」

 

 なんて話しながら、コーヒーを飲む。何とか自室から二人の意識を逸らすことに成功した。

 ホッと一息つきつつ、とりあえずトイレに行きたくなった。

 

「ごめん、トイレ」

「「いってら」」

 

 この調子ならエロ本の件はバレないかな、と思いつつ、菅谷はリビングを後にした。

 

 ×××

 

「……」

「……」

 

 残された円香と透は、黙り込んだ後、お互いに顔を向ける。

 

「何か隠してる」

「ぽいね」

 

 バレていた。

 

「いつもは力仕事の、お風呂の水を洗濯機に入れる必要がある上にパンツを見られる可能性がある仕事はリカがやるのに、今日は浅倉にさせてた」

「うん。なんかやたらと私達の行動をよく見てたし」

「見られたくないものがあるっぽいよね」

「探した方が良い。何を隠してるのかは知らないけど」

「私達にまで隠し事とか、ムカつく」

 

 とはいえ、午後は円香にも約束がある。菅谷が隠しているものを堂々と探すわけにもいかない。好きであると認めた今、嫌われては意味がないのだ。

 

「樋口、帰る時にリカの事、外に連れ出してよ」

「……なるほど。でも、30分が限界だと思うけど」

「あ、そっか」

「……一応、目星はついてるから、そこ探して」

「何処?」

「寝室」

「りょ」

 

 そう決めた時だった。バシャアァァッとトイレを流す音が聞こえる。出てきた菅谷が、手を拭きながら二人に軽く手を振った。

 

「ふぅ、お待たせ」

「おかえり」

「じゃ、私帰るから」

「えっ、もう?」

 

 早速、コーヒーを飲み干しながら立ち上がった円香が、そう言って鞄を持つ。

 

「言ったでしょ。小糸の勉強見るって。遅れるわけにいかないの」

「あ、そ、そっか……じゃあ、駅まで送るね」

 

 向こうからそれを言ってくれるとは思わなんだ。ありがたいけど、なんだか少し悪い気もする。

 

「とおるん、何か食べたいものとかある? ついでに買ってくるよ」

 

 ホント、こちらがついでに頼もうと時間を稼ごうとしていたことを向こうから言ってくれるあたりは良い人なのだ。

 

「じゃあ、お好み焼き」

「嘘でしょ……」

「嘘。冷凍で良いから今川焼き食べたい」

「あったらね。……あ、無いと思うけど、もしお客さんとかきても無視して良いからね。両親でも室寺さんでも」

「? なんで?」

「俺以外の男がとおるんと二人きりなんて万死に値するから」

 

 そういうとこ、もはや可愛げさえ感じる。

 さて、二人が出かけたのを見て、透は少し時間を置いてから、出発した。円香が言うには、菅谷の寝室にあるらしい。

 この部屋のどこにあるかが疑問だが……なんとなく目についたのは抱き枕のチャックだった。

 

「この中とか……あ、これかな」

 

 紙袋が入っている。こんな不自然なところにある時点で、ほぼ確定だった。早速開けて中を見ると、思わず硬直した。

 

「…………え」

 

 何故なら、中に入っていたのはやたらと薄い本だったからだ。しかも「ナースに搾取される本」というタイトルで、文字通りナース姿の女性が男の人のお尻を踏みつけ、片手に浣腸、片手に何故か蝋燭を持ってサディスティックな笑みを浮かべていた。左下には「R18」の文字が書いてある。

 エロ本な上に、明らかにアブノーマルな内容が含まれていそうなものだ。

 

「え……リカ……え?」

 

 その手の漫画を見たのが初めてな透は、思わず頬を赤らめて目を逸らしてしまう。信じられない。なんでこんなのを、あの菅谷が……この表紙……え、そういう趣味? と、もはやエロ本を持っていること自体への違和感を吹き飛ばす程の威力だった。

 ……いや、まだわからない。表紙の内容と中が合致しているとは限らない。大丈夫、もしかしたらR18(G)かもしれない。人体の勉強の為に。

 ゴクリと唾を飲み込み、透は中を開く。内容は、もはや表紙の通り。筋肉がある男子高校生が入院し、ナースにあんなことやこんなことをされる。

 割と現実的に出来ないことを平然とやってるなー……なんて、次第に透は夢中になって読んでしまっていた。

 

「……もしかして、リカ……」

 

 そういうの、されたい人なのかな……なんて思ってしまった。いや、そうでなくとも、だ。恋人になったとしたら、いつかは菅谷ともそういう事をする日が来るのだろうか? 

 菅谷ももしかしたら、こういう形のアレを……と、思った所で連絡が来た。海での写真をアイコンにしている菅谷からだ。

 

 LIKA☆『ラッキー! たい焼きの屋台がスーパーの前にできてる!』

 

 ……そうだ、こんな純粋な子をえっちな目で見るのは、流石に良くない。これを持っている理由は……そう、単純にクラスの誰かに「預かってて!」とでも言われたのだろう。部屋に彼女が来るからなのか、それともお客さんが来るからなのかは分からないが、そういう事だ。

 

「……よしっ」

 

 とりあえず、見なかった事にした透は、それを紙袋に戻し、元の場所に戻した。これが万に一つの可能性として菅谷のものでも、何も思わない。そう心に決めて。

 

 とおるん『カスタードで』

 

 所望して、しばらく待機する事にした。

 とりあえずリビングに戻り、菅谷に言われた通り、スマブラの準備を始める。

 すると、またスマホが震えた。今度は円香からだ。

 

 マドちゃん『何か見つかった?』

 

 どうやら、円香も知りたがっているらしい……が、果たしてこれは伝えて良いものなのか。菅谷にとっても円香にとっても、言わない方が良い気がする。

 その為、誤魔化すことにした。

 

 とおるん『禁断の果実があった』

 マドちゃん『は?』

 マドちゃん『なにそれ?』

 とおるん『知らない方が良いよ』

 マドちゃん『ちゃんと言って』

 マドちゃん『ねぇ、何それ』

 マドちゃん『未読無視しないで』

 

 途中から既読をつけるのをやめて、通知をオフにした。

 

 ×××

 

 電車の中。

 

「……わかった。明日、自分で探して真相を知れってことね」

 

 口数の少なさは、いつの時代も仇となるものだった。

 

 ×××

 

 スマブラの準備を終えてしばらく、ガチャっと玄関が開かれる音がする。

 

「あ、おかえりー」

「ごめーん、とおるん。タオルある?」

「あるでしょ」

「いや、ごめんけど持って来て」

「?」

 

 前に雨が降ったからか、今日は日本晴れなのに……何かあったのだろうか? 

 言われるがままタオルを持って迎えに行くと、菅谷の左半身が派手にびしょびしょに濡れていた。

 

「うわ……どしたの?」

「……車に水溜りはねられた」

「あーあ……はい、これ」

「ありがと……」

「洗面所までタオル敷いて、床濡れないようにしようか?」

「お願い……あ、これ。たい焼きは無事だから」

「お、流石」

 

 さっきの衝撃があまりに大きかったからだろうか? 透は少し気がきくようになっていた。

 たい焼きを預かり、適当な所に置いてから、タオルを取りに行くために洗面所に引っ込む。確か、パジャマとかが入っている棚の上に……と、思い、そこからタオルを取って洗面所から出ると、菅谷は上半身裸になっていた。

 直後、フラッシュバックしたのは、さっき読んでしまった漫画。上半身裸の筋肉男だ。

 

「っ、な、なんで脱いでるの……?」

「え、いや脱ぐでしょ……風邪引くし」

「や、まぁそうだけど……」

 

 海と泊まりを経験したからか、上半身裸を見せることくらい、なんとも思わなくなっている。

 ……しかし、透の目にはそれだけでなく、ズボンのベルトとおへその間にある、パンツのゴムも目に入っている。もうパンツは何度も見ているが、履かれているパンツを見るのは初めてだからか、割と衝撃が来た。

 その上、あのイケメンが左半身だけとはいえ、ずぶ濡れの状態……水も滴る良い男、とはよく言ったものだ。

 

「っ……は、早くシャワー浴びて……」

「? う、うん?」

 

 一人、何も分かっていない様子の菅谷は、そのまま洗面所に引っ込んだ。

 リビングに戻り、自分の胸に手を当てて、気を落ち着かせる透。大丈夫、あれくらいの映像、下半身が海パンと思えば何度も見てきた。気にするほどの事ではない。

 ……自分に見せたかったのかな。いやだから、それはない。前までは履いてないパンツを見られただけで赤面する男だったのに、僅か数ヶ月でそんな趣味に染まることはない。

 だから、自分も全然、性欲を掻き立てられるような事になっていない。

 

「……ふぅ、落ち着いた」

 

 そうと決まれば、スマブラでもやろう。W○iのスマブラは、ソロのコンテンツも充実している。その辺やって、気を紛らわせよう。

 しばらく手元でカチカチとボスラッシュを相手に、ゲームキュ○ブコントローラを弄っていると、ヌッと後ろから菅谷の顎が自分の肩の上に置かれる。

 

「おっ、もうやってんの?」

「わっ……リカ。もう上がっ」

 

 反射的に振り返ると、また上半身裸だった。シャワー後とはいえ温まって出て来たからか、湯気を身に纏っていて少し色っぽさがある。

 

「っ、だ、だから……なんで裸で……⁉︎」

「え? いや、パジャマのズボンはあったんだけど、着替え洗面所に持っていくの忘れたから、干してある奴、もう乾いてたらそっちで良いかなーって」

 

 こ、この男……! こういう時に限って無自覚にすけべになるのはなんなのか。

 

「……いいから、服着てきて」

「分かってるよ。ちょっと話しかけただけなのに……もしかして、たい焼きダメになってた?」

「いいから」

「う、うん……」

 

 いつになく語気が強くなってしまい、追い返すような形になってしまった。

 仕方なさそうに菅谷が着替えを取りにベランダへ行くのを見ないようにしつつ……。

 

「いや待って。そのままベランダ出るの?」

「え、なんで?」

 

 見ないようにするのは無理だった。いや、男の人なら裸のままベランダに出るのもあるかもしれないが……でも、他の人に見られたらと思うと、それを許すのは癪だ。

 

「どうせ乾いてないから。干したばっかでしょ。部屋から取ってきたら?」

「えー、見てみないと分からなくない?」

「いいから」

「……はーい」

 

 追い出した。これでようやく、何も考えずにいられる……そう思い、ポーズ画面を押し、また戦闘を開始した。

 

「……」

 

 ……ダメだ。悶々とする。ちょっと集中出来ない。

 一旦、休憩し、映画を見ることにした。こういう時は、コメディものの映画を見るに限る。

 

「あれ、スマブラやめちゃったの?」

 

 ……が、着替えを早く済ませてきたバカは、それを許してくれなかった。ジャージを着てリビングに入り、隣に座る。

 

「やろうよ」

「……んっ」

 

 まぁ、対戦でも亜空の使者でも、白熱すれば忘れられるか、そう思い、透はとりあえず一緒にやることにした。

 

「何する?」

「対戦。ボッコボコにするから」

「え、う、うん……?」

 

 なんかやたらと殺気立ってしまったが、とりあえずゲーム開始である。

 隣に座る菅谷からは、シャンプーとボディソープの良い香りがする。透が使っているのと同じなのは内緒だ。

 それがなんだか気になって、微妙に集中できない。

 

「いやー、にしてもあれだよね。とおるんと二人きりなんて久しぶりだよね」

「まぁね」

「そうだ。なんかマドちゃんに写真送ろうよ。驚かせるような感じの」

「まぁね」

「? どしたの? 熱ある?」

「まぁね」

「えっ、あるの?」

「ないよ」

 

 額に伸ばして来る手を避けてしまう。その時、ふと見えた。見えてしまった。半端な位置まで閉ざされたジャージのチャックの隙間が。

 見えたとか、そういう事ではない。時には、衣服を着ている方がえっちに見えるという話だ。

 ……つまり、菅谷はジャージの下に何も着ていない。そこが、透には限界だった。

 もはや羞恥と苛立ちが重なり、色んな火が引火した。

 ゲームなどそっちのけで、両膝の上に両肘を置き、項垂れる透。それを見て、心配になったのか、菅谷が声をかけた。

 

「とおるん、どうしたの?」

 

 その直後、グワッと血に飢えたゾンビのように透は菅谷の両肩に手を置き、そのまま馬乗りになる勢いでマウントをとる。

 ソファーの上に背中を打つ菅谷と、その上に跨り、両腕を頭の両隣に置く透。どう見たって、男を押し倒している女の絵だ。

 

「と、とおるん……?」

 

 まるで顔色を伺うように自身を呼ぶ菅谷の頬に、指先のみをツツーっとなぞるように添える。

 

「ふふ、リカってさ……ホントに、バカだよね。もしかして、わざとやってた?」

「わ、わざとって……何が?」

「だとしたら、虐められることに快感を覚えるタイプの人なのかもね。……ま、遠回しに言ってもわかんないだろうから率直に言うけど……マゾだったりするのかも」

「っ……ま、マゾ……?」

「例えば……」

 

 なぞっていた指先は、いつの間にか菅谷の胸元のチャックに添えられている。人差し指と親指に摘まれた直後、菅谷は何をされるのか理解したようで、慌てた口調で言った。

 

「あ、あの……とおるん。脱がされるのは、恥ずかしいんだけど……」

「さっきからアレだけ、裸でうろついてた癖に何言ってるの? ……それとも、嫌よ嫌よも好きなうち、って奴?」

「っ……ち、ちがっ……」

「なら、抵抗したら? ……このままじゃ、胸元がはだける一方だよ?」

 

 じーっ……と、チャックを下ろす音が耳に響く。男らしい大胸筋から腹筋にかけて、肌色が徐々に露わになっていく。

 抵抗……正直、しようと思えば出来た。だが、最近、上級生を学祭で病院送りにしたこともあって、透に対し力ずくで何かをするのは絶対に嫌だった。

 だが、このままだと……。

 

「もしかして……もう、脱がされること覚悟してる?」

「ーっ……!」

「女の子に脱がされても抵抗を諦めるなんて……やっぱりリカは……リカ?」

 

 そこから先は、言えなかった。赤く染まる、と言うよりも、赤く光っている、というようにさえ見えた菅谷の顔は、ちょっと眩しいくらいだ。

 それと共に、ツウっ……と、一滴の赤い液体が、鼻から流れる。

 

「……えっ」

 

 もしかして、と言わんばかりの声を漏らした時は、透はもう完全に正気に戻っていた。目の前の少年は大丈夫なのか? そして、自分は今、何をするつもりだったのか? 

 羞恥心が頭の中を染め上げ、その押し倒した状態のまま動けなくなる。

 

「……」

 

 どうしよう……と、冷や汗を大量に流しつつ、とりあえず菅谷の上からようやく退くことにした。

 正直、今でも少し惹かれるものはある。好きな人が、無防備な格好で気絶しているのだから。だが、それ以上に自分がやろうとしたことが恥ずかしかった。

 とりあえず、何にしてもこのままというのは厳しい。自分的にも、ちょっと嫌だ。何より、帰ろうにも玄関の鍵を閉められないし。

 そんなわけで、菅谷の鼻血をティッシュで拭いてあげてから、下ろしたチャックを上げて、部屋から毛布を持ってきて掛けてあげた。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつきながら、透は自分の中の熱をなんとか冷ます。菅谷に対し、初めて自覚するほどのムラっと感が来たわけだが、まだ自債の念の方が大きい。

 ……もし、菅谷が目を覚ました時、やはり少し気まずさが残ってしまう気がする。こんな感覚、透には初めてだった。気まずいって、こう言う感じのことを言うんだ、と。

 帰るわけにいかない。でも顔を合わせるのは緊張する。どうしたものか……と、透が頭を抱えていると、ふと目に入ったのはスマホ。そういえば、円香とチェインしてた。

 この際、相談するしかないと思い、さっき一方的に会話を打ち切ったのも忘れて連絡した。

 

 とおるん『樋口ー』

 とおるん『相談があるんだけど』

 

 既読がつかない。さっきの件が頭に来ていて無視しているのか、それとも小糸の勉強を教えていて忙しいからか。いずれにしても、次の一文を送ればそうもいかない。

 

 とおるん『リカを押し倒したら気絶しちゃったんだけど、どうしたら良い?』

 マドちゃん『は?』

 マドちゃん『あんた何してんの?』

 マドちゃん『ちょっと』

 とおるん『ちょっと、昂っちゃって』

 とおるん『性欲が』

 マドちゃん『猿か』

 

 いや、ツッコミは良いからどうしたら良いのか教えて欲しい。

 それを察してか、次に届いたのはメッセージではなく電話だった。

 

「もしもし?」

『小糸に少しだけ時間もらったから。……で、何があったわけ?』

「あ〜……多分、リカにとっては知られたくないことだと思うんだけど……」

『隠し事のこと?』

「そう。……知りたい?」

『関係してるなら』

「……」

 

 しばらく黙り込む。が、円香には時間がない。どの道、明日円香もおそらく探す気はあるんだろうし、言ってしまうことにした。

 

「エロ本があった」

『は?』

「リカの部屋に。それ、読んだ後に、びしょ濡れになってたリカがやたらと裸で出歩くから、私もちょっと変な気分になって」

『……』

 

 おそらく今、円香は何があったのかをギリギリ自分が想像し得る可能性を模索しているのだろう。そして、それは当たりだ。それくらい、自分のことも菅谷のことも理解している。

 

『……なら、少なくともリカは覚えてないでしょ。オーバーヒートして気絶したあのバカは、その前の記憶消えるし』

 

 それはその通りだ。この前、円香が菅谷の頬にキスしたのもまるっきり忘れていた。

 

「でも、そういう問題じゃないと思う」

『浅倉が気まずいと思ってるんでしょ?』

「当たり」

『当たり、じゃないから……』

 

 少なくとも、あのバカッタレにも性欲がある事は十分、分かった。でも、彼が自分達をそういう目で見ないようにしているのは、一人暮らしを今後も続行する為だろう。間違いがあったとしたら、即転校だ。

 しかし、自分達から襲いかかったとなれば、彼が抵抗してくれるかは微妙な所だ。慣れれば、気絶もしなくなるだろう。

 高校生活が始まって、まだ一年も経たないうちにコレはまずい。

 まぁ、透はそこまで考えておらず、単純に今後、菅谷をどういう目で見れば良いのか困るというだけだが。

 

『……私がよくやる方法で良いなら、教えるけど?』

「やるって?」

『リカを変に意識しない方法』

「あ、聞きたいかも」

 

 そんな方法あるんだ、と思いつつ聞くと、円香は淡々と告げた。

 

『あいつ、こっちの心臓を締め付ける時と、ムカつかせる時の差が激しいんだから、過去一番、ムカついた時のことを思い出せば良いでしょ』

「……なるほど」

 

 脳裏に浮かんだのは、別荘の時。人の胸を見たとき、男の癖にやたらと逃げ回ってくれたのはイライラした。それはもう、思わず避けられてこちらが悲しくなる程に。

 

「……ありがと、樋口」

『別に良い』

「でももしかして、結構リカの事、そういう目で見たことあるの?」

 

 ぶちっと通話を切られた。

 ふと、菅谷の方を見る。まだほんのりと頬は赤いが、気絶してるのに気持ち良さそうに安眠しているように見えた。なんか、もうこれはこれで腹が立つ。そもそも裸で出歩いていたのはそっちなのに、なんでこっちが意識しないといけないのか。

 

「ホント、アホの子」

 

 寝てる愚弟の鼻を摘みながら、そう声を漏らして、珍しく姉のような笑みをこぼしながら寝顔を見守った。

 

 ×××

 

 月曜日。また校舎裏にて。

 

「はい。エロ本」

「おー、さんきゅー。助かったわ。……誰にもバレてないだろうな?」

「バレるようなとこに隠してなかったからね」

「え、隠してたん?」

「うん。一応ね。ミミズの中に」

「え……ど、どういうこと? えいりあん?」

「え、ミミズってエイリアンなの?」

「いや銀魂の……や、なんでもない」

 

 紙袋を手渡され、文事はとりあえず受け取る。

 

「……で、中見た?」

「何の? エイリアン?」

「ちげーよバカ。これに決まってんだろ」

「見てないけど?」

「え……マジ?」

「うん」

「いや、使えよ! こちとら布教するつもりも兼ねてたんだぞ!」

「え、何に使うのエロ本。ドミノ?」

「どんな発想だ! 銀魂かよ、だから⁉︎」

「じゃあトランプタワー」

「ある意味変態的な発想!」

「確かに。エロ本のトランプタワーとか見たくない」

「まずトランプですらないからね!」

 

 やはり、このばかたれとの会話は疲れる。これに長いこと付き合える上、惚れた姉二人の気持ちは永遠に理解できなさそうだ。

 

「……あ、もしかしてページの間にお金とか挟んでた?」

「どんな裏取引だよ! てか、もういいから! そのエロ本活用シリーズ!」

「まぁ、やるなら別にエロ本じゃなくても良いしね」

「あーもう、いいわ。俺、とりあえず帰るから」

「ん。また何か隠したいものあったら言ってね。ミミズの中に隠すから」

「お前の部屋どうなってんだ!」

 

 ツッコミが、もはや捨て台詞のようになりながら、文事は校舎裏から出て行く菅谷を眺めた。

 まったく、疲れる男だが……まぁでも、隠し事には使える男ではある。次はこっそり買ったギャルゲーでも隠してもらおうかなーなんて思っていると、後ろから肩を掴まれた。振り返ると、姉二人が鬼の形相でこちらを睨み付けていた。

 

「え……な、なんで……」

「あんたの所為か……あの子があんなもの持ってたのは」

「ふーん……」

「……」

 

 ヤバい、ガチおこだ。本当に弟にエロ本を貸した同級生を追い込む姉のようになってしまっている。それもかなりのブラコンっぷりだ。

 ガッと肩を掴む力が強くなる。耳元で悪魔の囁きの如く告げたのは、透だった。

 

「……一度しか言わないから。よく聞いてね」

「っ……!」

「次、変なものをあの子に預けるような真似したら、その趣味全部先生に言うから」

「預ける、だけじゃなく、貸し出す、あげる、売るも全部ダメだから……なんて言うまでもない事は分かってるよね?」

 

 円香がさらに追い討ちをかける。なんならこちらが命を差し出す必要がありそうな空気だ。

 

「……じゃ、また」

 

 それだけ話して、二人は先を歩く菅谷を追い掛ける。

 あまりの迫力に「なんで君ら二人まで知ってるの?」と言う疑問が芽生えなかったのは幸いだった。

 

 

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