浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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秋といえば芸術、食欲、紅葉、スポーツ、そしてコーディネート。

 高校に行くと、芸術科目が絞られる。正確に言えば、選択式になるわけだ。音楽、書道、美術の三つのうちから一つ選ぶ。

 三人は当然、どれも興味ない。強いて言うなら音楽だろうか? しかし、三人は何となく察していた。高校の音楽は中学までとは違い、合唱も演奏もなく「音楽の歴史」を学ぶためにあると。

 従って、絵の具を買わされる芸術の方が内容的には面白いのだと読み、そこにした。

 

「と、いうわけで、来週までに風景の写真を撮ってきて下さい。それを風景画の題材として描いてもらいます」

 

 との事だ。

 そんなわけで、三人はその写真を撮る場所を探しに行ったのが一ヶ月前の話だ。全く同じ写真を3枚用意した三人は、それを三等分し、続けて画用紙を同じように三等分し、各々が担当した部位を描き、コピーして切り貼りして作品を仕上げた。

 

『美術の授業は共同アート展じゃないから。お前らだけ描き直し』

 

 との事で、あっさりとバレてやり直しを食らった。それも一週間以内である。

 写真はもう三人とも新たに撮ってきて、今日は円香の家で絵を描く。

 

「……なんで私の部屋なの」

「たまには良いじゃん。とおるんの部屋でも良かったんだけど……」

「私の部屋、汚いから」

「てなわけで」

「……はぁ」

 

 円香はため息を漏らすしかなかった。制服が汚れたら嫌なので、三人ともジャージに着替えてから、のんびりとペタペタと絵の具で画用紙に絵を描く。

 

「わっ、とおるん。その青綺麗」

「でしょ?」

「ちょうだい」

「やだ」

「えー、けち」

「いや、その筆でここにつけたら色混ざるし」

 

 二人揃ってそんな話をするのを眺めながら、円香は淡々と絵を描き続ける。こんなの、クオリティは求められていないのだから、さっさと終わらせた方が良い。

 ……と言うことにも気付かず、バカ二人はどんどん、脇道に逸れていく。

 

「リカ」

「? 何……わっぷ!」

「青、欲しがってたから」

 

 頬にペタッと筆の先がつけられた。顔に、確かに綺麗な青色がなぞられている菅谷の顔は、中々面白い事になっていた。

 

「とおるんは何色欲しい?」

「え、いらない」

「つまり、とおるんがいらなさそうな色ってことね」

「え? いやそうじゃなくて……」

「ピンクとか絶対、いらなさそう」

「や、ちょっ……待っ」

 

 ぺたっ、と今度は透の顎に筆がヒットする。こうなったら、もう戦争である。透も菅谷も両手に筆を持ち、構える。

 

「行くよ」

「いつでもどうぞ」

 

 直後、一気に二人の戦闘は始まった。それはもう絵の具を絵の具で洗う絵の具戦争。髪の毛やら顔やらジャージやら、何を間違えたのかおへそやらにぺたぺたと絵の具がくっつきまくっていた。

 この戦闘を全く持って無視できる円香も、中々すごいメンタルをお持ちだが、それも自分に被害が及ばないまでの話だ。

 透の一閃をぬるりと躱しながら、透が持つ二本の筆を弾き飛ばした菅谷は、後ろから透のお腹に腕を回し、軽く持ち上げる。

 

「よーしもらった」

「わっ……い、今本気だった」

「本日はどのようなペイントをなさいますか? お客様」

「うぐっ……ガヴッ!」

「あいった!」

 

 やらしくゆっくりと筆を近づけた腕を、噛みつかれてしまった。おかげで手元から筆を落とし、抱えるように持ち上げていた身体を落としてしまう。

 

「あいたっ」

「い、今噛んだ⁉︎ 嘘でしょ?」

「愛の証」

「重いよ。あと、人の顎の力は指二本くらいなら噛み切れるんだから危ないでしょ」

「上から舐めても良いよ、そこ」

「し、しないよそんなこと……」

 

 なんて、少しずつ戯れてんのかいちゃついてんのかわからなくなってきた時だ。

 ようやく、石像神が動き出した。

 

「……ちょっと」

「「? ……あっ」」

 

 揃って顔を向けると、同じく揃って狼狽えたような声を漏らす。円香の頭頂部に、筆がべったりと乗っかっているからだ。

 マズイ、と二人揃って大量に汗をかく。この中で一番怒ると強いのは、間違いなく菅谷だろう。武道をやっていたのだから当然だ。

 しかし、一番怒ると怖いのは、言うまでもなく面倒見役の次女である。それこそ、ヤバげなオーラを全身から漏れ出させながら、ゆらりと立ち上がって指をコキコキと鳴らし始めている。

 

「……覚悟できてんでしょうね」

「「ごめんなさ」」

「やだ」

 

 ダメだ。もう口じゃなんともならないところまで来ている。立ち上がった円香は、どうするつもりなのかパレットを2枚、手に持った。

 そして、無言のままそれを掌の上に乗せ、二人の前に立ち上がる。

 

「あ、あの……マドちゃん……?」

「そのパレット……どうするつもり……?」

「樋口レインボー」

 

 ダンクシュートでもしたかのように、二人の顔面に虹が咲いた。

 

 ×××

 

 さて、顔面がカラフルになった二人は、当たり前のように円香がシャワーを浴びている間、そのまま部屋の片付けをする。あれだけ元気に暴れ回って、部屋に被害が出ていないわけもなかった。

 

「結構散ってるじゃん。ウケる」

「それな。床は新聞紙敷いといて良かったやつだね」

 

 他人事の言うに言うが、汚したのは二人である。ベッドまで飛んでいたら、手洗いコースだっただろうが、その辺セーフだったのは幸いだ。

 そんな中、ふと菅谷の目に入ったのは、勉強机の上の小さなカレンダーだ。10月27日のコマに、シンプルな丸が入っている。

 

「ねぇ、とおるん」

「何?」

「今月の27ってなんかあったっけ?」

「え? さぁ?」

「誰かの誕生日とか?」

「違うと思うけど……あー、嘘。てか、そうだった。樋口の誕生日だ」

「へー……えっ?」

 

 はっ? というように後ろを振り向く。そういえば確かに10月、円香の誕生日という話を聞いたような……。

 

「ヤバっ。どうしよう。何も考えてなかった」

「私も。パーティとかやるかな」

「……あ、そっか。福丸と市川呼んでいつもやってるんだっけ」

「リカも来る?」

「ん? ……んー、俺は別でまた祝うよ。とおるんの時みたいに」

 

 何せ、他二人は受験生だ。誕生日パーティーをやるということは、その時はゆったりと休むということ。友達の友達に来られても困るとこだろう。

 

「そっか。分かった」

「マドちゃんに聞かないと。前日空いてるかって」

「空いてるでしょ。樋口、周到だし」

「じゃあ、後で誘ってみよ。とおるんも来る?」

「ん、ん〜……やめとく」

「え、どうして?」

「私の時は二人だったから」

「?」

 

 別に円香もそんなこと気にしないだろうが、まぁ、そういうとこ平等にしておきたかった。

 

「とにかく、二人でって誘った方が良いよ」

「あ、うん。分かった」

 

 透にしては強く釘を刺して来たので、とりあえず信じることにした。

 

「でも……誕生日かぁ。今回は割と日が空いてるし、ちゃんと考えようかなぁ」

「うん。その方が喜ぶんじゃない? ま、私も嬉しかったけどね」

「毎日つけてくれてるもんね。そのピアス」

「リカもでしょ」

 

 校則なんて知ったことではない、と言わんばかりに二人はほぼ毎日、ピアスをつけている。

 お揃いで、お気に入りで、色違いのピアス。これを見ると、いつも透はあの日のキスの感触を思い出してしまう。

 ……本当なら、もう少しキスするシチュエーションでしたかったものだ、と、今になって思う。

 今から……してしまおうか? どうせ、キスしたらこの男、気絶して記憶飛ぶし、それくらいならアリかもしれない。

 

「ねぇ、リカ」

「ん?」

 

 チラリと顔を向けると、すぐ正気に戻った。自分もバカも、顔面が絵の具まみれだから。

 流石にあの顔にキスは……と、思っていると、ふと良い事を考えた。今は自分も顔が絵の具まみれ。ならば……至近距離で頬をくっ付けても、菅谷は照れるどころか遊びと勘違いしてくれるのでは? 

 さっきだって、割と至近距離にいられたし……ワンチャンある。

 そう判断するや否や、すぐに動き出した。正面から顔を寄せたらキスになってしまうので、菅谷の両肩を掴み、後ろを向かせる。

 

「わっ?」

「よいしょっ」

 

 そのまま、両腕を肩の上から垂らし、おんぶでもしてもらうように頬を頬にくっつけた。

 

「ちょっ……と、とおるん?」

「絵の具まみれだから、ほっぺくらいくっ付けても平気でしょ?」

「っ、そ、そんな事ないよ……。とおるんは、いつでも綺麗だもん」

「…………へ?」

 

 唐突に言われた褒め言葉。チラリと至近距離にいる菅谷の横顔を見ると、真っ赤に染まっていた。それはもう、絵の具の色なんかまるで無視して、赤くなっている。

 

「……そ、そう……ごめん」

 

 結局、照れさせちゃったなー……と、この前のこともあって少し反省しながら離れようとすると、垂らした両腕をキュッと掴まれる。

 

「? リカ?」

「……も、もう少し……このまま……」

「……」

 

 菅谷から、そういうことを言うのは珍しい。思わず、胸の奥がキュンッと高鳴る。普段から素直な彼だが、こんな風にいつまでもくっ付いていたい、と、なんだか恋人のように伝えてくれるのは、とても嬉しい事……と、思った所で、透の頭の中に「ん?」と疑問が芽生える。

 よーく思い出した方が良い。菅谷に恋愛的な情緒が芽生えているとは思えない。多分、円香と自分のことは好きなのだろうが、それを自覚しているのかどうかは別問題だ。

 つまり、さっきの台詞を言葉通りに考えると……。

 

「もしかしてリカ……寒いの?」

「え?」

「いや、珍しいなって」

「……」

 

 当たりかな? と思ったのも束の間、プクーっと頬を膨らませている菅谷が目に入り、透の脳裏に焦りが浮かぶ。もしかして、違ったのだろうか? 

 

「り、リカ……?」

「離れて」

「えっ?」

「離れて」

「もしかして……違った?」

「違うよ」

「あ……じゃあ、あれ? 胸がもう少し当たってた方が良かったとか?」

「とおるん嫌い」

「えっ」

「離れて」

 

 離す前に、ぬるりと脱出されてしまった。すると、ちょうど良い……いや、透にとっては最悪のタイミングで円香が部屋に戻って来た。

 

「次、お風呂空い……どうしたの?」

 

 空気の悪さを一瞬で感じ取るスキルは完璧だったが、そんなもの気にしない菅谷が、円香の前に移動して微笑んだ。

 

「マドちゃん、お誕生日の前日、デートに行こう?」

「っ、で、デートっ……? いや、良いけど……」

「じゃあ、決まり。プレゼントは当日、直接買うか事前に買っておくか、どっちでも良いから、考えておいて」

「え? あ、うん」

「じゃ、次お風呂、俺借りるから」

 

 そう言って、部屋から菅谷は出て行った。その背中を眺めながら、円香は透に尋ねた。

 

「……どうしたの?」

「……しでかした」

「いや、ごめん。ていうか、あんたらなんでまだ顔拭いてないの?」

 

 さっきまでご立腹だったはずなのに、もう円香は二人の心配に移ってしまっていた。

 さて、顔を拭いてから改めてさっきまでの経緯を説明する。すると、円香は眉間にシワを寄せたままため息をついた。

 

「乙女チックな話。……性別が逆なら」

「それ私も思った」

「いやあんたは思う立場にないから」

「……だよね」

「まぁ、悪かったと思ったんなら、謝れば良いでしょ。リカは基本的に優しいし、なんなら今頃、自分で反省会してるかも」

「分かった」

 

 それはその通りかもしれない。嫌い、なんて言われたのは初めてだ。嫌い、嫌い、か……。

 

「ちょっ、浅倉。涙涙」

「ごめん。今更、嫌いって言われたのが響いて来てる」

「本当に今更じゃん」

 

 結構、キツいものだ。本気でなくてもそう言われるのは。割と泣きそうになっていると、円香が続けて言った。

 

「あー……でも、良かったでしょ」

「何が?」

「あの子も、なんだかんだ言ってあんたのこと異性として、あと恋愛的な目で見てるって事じゃないの?」

「……あ、そっか」

 

 ……そうだ。つまり、自分が言った二つでないとしたら、素直に考えた場合の奴だろう。

 なんか……恥ずかしい。思った以上のダメージが胸の奥に突き刺さってくる。

 

「……泣いたり照れたり、忙しい人」

「いや……リカからそういうの……あんま無かったから……」

「ウブか」

「樋口も言われてみれば分かるから。次、デートする時、ちょっとあざとくなって見たら?」

「……考えとく」

 

 まぁ、円香は素直になったと言っても、そんな素直に甘えるタマではないから無理だと思うが、と心の中で思っていると、円香のスマホが震えたらしく、ポケットから取り出した。

 

「……誰から?」

「リカ。体操服、絵の具まみれだからジャージ貸してって」

「え、サイズ合わなくない?」

「大きめのスエット持ってくから、待ってて。あと、掃除続けて。まだ机に少し飛んでる」

「あ、うん」

 

 言いながら、タンスからスエットとパーカーを持って、円香は部屋から出て行った。

 さて、今のうちにどう甘えるかを考えなければ……いや、方法は一つだろう。前に雛菜に教わった方法。扉のハジに隠れて、部屋の中に入って来た直後、背中に額をつけて抱き締める……完璧だ。それでも怒っている様子なら、そこで謝る。

 

「よしっ……」

 

 そう決めると、すぐに扉の傍に隠れる。

 しばらく待っていると、扉が開かれた。来た、と口元に手を当てて息を潜めていると、菅谷が部屋の中に入って来た。

 

「……とおるん?」

 

 返事はしない。背中からじゃないと、あの甘え方は出来ないから。

 

「いないのかな……」

 

 部屋の中に入ってきた菅谷を視認。円香のスエットに円香のパーカーってそれ女装になってる自覚あるのかな可愛いじゃなくて、一気に強襲し……! 

 

「あ、いた。って、あぶなっ」

「え」

 

 まさかの振り返られ、ぬるりと避けられた。作戦失敗……どうしよう、と冷や汗をかいていると、菅谷の方から透の手を握って来た。

 

「ご、ごめん、とおるん。俺、やっぱとおるんのこと好きだから……」

「え、そっちから謝るの?」

「? だって、嫌いって言ったの俺の方だし……」

「……じゃあ、許したげる」

「じゃないでしょ」

 

 スパンと透の頭を叩いたのは円香。

 

「あんたも謝る」

「あ、そっか。ごめんね、リカ」

「いいよ」

 

 秒で解決した。一体、なんだったのか。

 

「じゃ、お風呂行ってくる」

「行ってら」

 

 サクサクと透は円香の横を通り抜けて、お風呂場へ行く。その背中を眺めてから、円香はふと菅谷の方を見た。

 その菅谷は、円香のベッドに腰を下ろしていた。貸したパーカーの両腕の袖をまくり、チャックを薄い胸筋の谷間が見えるくらいまで下ろし、シャワーを浴び終えた直後だからか、身体からほんのりと蒸気を漏らして、足を組んでいる。

 ……なるほど、と円香は理解する。これは確かに、えっちな本を読んだ直後の浅倉が血迷うのが分かる程度にはえっちだ。

 

「? マドちゃん?」

 

 この気が抜ける声と呼び方が無かったら、自分も少し危なかったかもしれない。

 本当に顔が良い男というのはロクでもないものなのかもしれない。……にしても、本当に今のあの外見は腹立つ程、男っぽい。

 長いこと黙っていたからだろうか。菅谷は手招きして来る。なので、円香も菅谷の隣に座った。

 

「どしたの、ぼーっとして。誕生日の話しようよ。どこ行く?」

「……んっ。何処でも良い」

「とおるんとは買い物行ったよ。時間も無かったから、とおるんが欲しいものを誕プレにするために」

「……じゃあ、私のはあなたがあらかじめ買っておいて。場所も任せる」

「えー良いの? 昆虫博とか?」

「ぶっ飛ばすよ。任せるにも限度あるでしょ」

 

 あ、そっか、と菅谷はすぐに理解する。

 円香としては、たまには遊園地とか、たまにはアミューズメントパーク的な所も良いかもしれない。ここ最近、はしゃぐことが少ないから。

 

「少し考えるよ」

「そうして」

 

 ……いや、菅谷の「考えるよ」は良くないかもしれない。動物園や水族館なら当たりだが、何処かの大学の昆虫研究室とか連れて行かれたら最悪だ。

 釘をさしておいた方が良い。

 

「……一応、言っておくけど、生物系から離れて」

「虫とか?」

「いや……動物園も博物館も水族館もダメ。……それくらいの考えで選んで」

「……もしかして、動物嫌い?」

「そういうわけじゃないけど……それくらいのつもりでいて、って事」

 

 生物系全部を封じるくらいの勢いのが良いだろう。このバカのイマジネーションは銀河の彼方から降りてくるものなのだから。

 

「分かった」

「ん……」

 

 言いながら、菅谷の方に身体を傾ける。隣に座って、こうやってくっ付くのはもう何度目かさえ分からないので、流石に慣れて来たようだ。

 

「……マドちゃん、良い匂い」

「変態的なこと言わないで」

「シャンプーの香り」

「……シャワー浴びた後なら当たり前でしょ」

 

 少し落胆した。いや別に全然、素の身体の匂いが良いと思われたかったわけではないが。そんな事になったら、変態的なのは自分の方だ。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「私にばかりさせてないで、たまにはないわけ?」

「え?」

「聞こえてるでしょ。いや別にそっちが私にばかり甘えられたいって言うならそれでも良いけど。ミスター父性」

「……」

 

 要するに、たまには甘えて欲しい、と言っているのだ。ご飯作ったり、部屋の掃除をしたり、洗濯をしたり、もう割と大分甘やかしているのだが、円香の中では、もはやそれは自分の趣味の一環になっていて、甘やかしている感覚はない。

 だからこそ、仮にも姉のようになっている身分として、もう少しこう……来てほしかった。

 それが通じたのか、菅谷も円香の方に身を預けていく。

 

「甘えん坊」

「はいはい」

 

 甘えろ、と言っておきながら、そんな憎まれ口を叩く自分が、なんだか恥ずかしくなって来た。

 

「マドちゃん……」

「何」

「やっぱり、マドちゃんは俺より妹だと思う」

「それは絶対にない」

 

 そんな話をしながら、その日は結局、絵が完成することはなかった。

 

 ×××

 

 その日の夜、円香は一人でベッドの上に座った。脳裏に浮かぶのは、菅谷とのデート。

 ほとんど透とのくだらない喧嘩がきっかけではあったが、それでもデートの約束には変わりない。

 

「っ〜……!」

 

 楽しみ過ぎて、今からニヤついた笑みを噛み殺すのに必死だった。この部屋には自分しかいないのだから、隠す必要なんてないのかもしれないが、それでも誰もいない空間でニヤつく気持ち悪い自分を客観視すると、やはり噛み殺したくなる。

 

「……っ、ふぅ……」

 

 とりあえず、落ち着かせる。この胸の高鳴りは、割と苦しいものなのだ。

 それにしても、デート……彼は、一体どこへ連れて行ってくれるのか。……正直、動物園と水族館を封じたのはちょっぴり後悔してたり。あの子が大好きな生き物を見て少年のように瞳を輝かせている所なんて、それだけでも飯三杯いけるって透が言ってた。ご飯三杯もお代わりしたことないくせに。

 だが、言わんとする気持ちはわかる。それくらい、なんかもう大好きだ。

 

「……あ、そうだ」

 

 今のうちに、どんな服を着ていくか考えないといけない。いや、まだあと二週間あるのだから、少し浮かれ過ぎだろうか? 

 ……そんなことはない。せっかくのデートだ。備えておいて悪い事なんて何もないだろう。

 何なら新調するか……いや、夏休みのバイトで稼いだお金のあまりも、もう無くなって来てる。当日のために取っておいた方が良い。

 

「大丈夫……なんだかんだ、洋服も可愛いのたくさんあるし」

 

 何せ、高校に入学してから、まだ菅谷のことが好きだと自覚する前、自覚してないながらに「誰かに見せるための可愛い服が欲しい」と思って色々、無理ない程度に洋服を買った。

 その中から厳選し、今のうちにコーディネートを決める。

 

「……まずは、スカートかパンツか……」

 

 女の子らしく見せるならスカートがベスト……しかし、割と活発な菅谷の事だ。動きやすい格好のが良いかもしれない。ロングスカートなんて履いていったら、運動系は軒並みダメだ。

 なら、パンツとして……それでも、色気を出したい。そんなわけで、ショートパンツに決定。10月後半には厳しいかもしれないが、まぁオシャレと機能性は相反するし仕方ない。ザクだってあんなにカッコ良いのにやられメカだ。

 さて、パンツといえばロングカーディガンだろう。赤と黒の奴。

 

「……」

 

 しかし……もう少しなんか良い感じのコーディネートにしたい。この服装じゃ、なんかいつも通りな感じがある。

 ……そうだ。ヘアピンも考えないといけない。カナブンのヘアピンは確定として、他にもう一つ……なんだか、楽しくなって来た。

 もしかして……菅谷も同じように、楽しみにしてくれてないかな……なんて、思ってみたり。

 

「……ま、あいつの事だし……こっちが思うまでもないか」

 

 とりあえず、頑張ることにした。せっかくの機会だ。誕生日である事を全力で利用し、一気に距離を縮める……! 

 そう「これ以上、距離縮めてどうすんの? めり込む気?」と、クラスメートが聞いたらツッコミを入れそうな決断をして、円香は私服を選び続けた。

 

 

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