菅谷は呑気に店内を見て回っていた。円香へのハグを終えた。身体のサイズが知りたかったからだ。主に身長を。
二人への誕生日プレゼントは以前から決まっていた。パジャマパーティーならではのそれは、喜ばれるよりその日の夜を楽しむためのものだ。
そのために必要なのが身長だった。
鼻歌を歌いながら透の事を探していると、すぐに見つけた。何となくいそうだなーって思った所に行けば一発だ。
「とおるん」
「あ、リカ。どしたん?」
「ハグさせて」
「え? 良いけど」
直後、一気に襲いかかった。そして透も両手を広げ、お互いに抱き合った。
「んー、あったかー」
「とおるんは……身長、159くらい?」
「そうだけど、何で?」
「ん、知りたかったから」
「ふーん……ひぶしっ!」
「……とおるん」
「あ、ごめん」
顔面に思いっきり鼻水をかまされた。まぁ、透と円香の鼻水くらいは構わないが。
「ほんと、風邪引いてるんじゃないの? 無理はやめてよ?」
「リカには言われたくない」
「良いから。……あ、ハンカチ借りるよ」
「ん」
透の制服のポケットからはみ出ていたハンカチを、菅谷はさらりと抜いた。随分と変わった形のハンカチだ。三角形? と、小首を傾げながら、とりあえず自分の顔についた鼻水を拭く。
その後で、透の鼻も拭いた。
「むぎゅっ……えー、鼻水ついたハンカチで拭くの?」
「誰の鼻水?」
「はいはい……」
「にしても、とおるんもハンカチとか持ち歩くんだね。少し意外」
「は? 私だって女子だから。それくらい、無意識に持ち歩いてるから」
「つまり、ポケットに入れた記憶はないと」
じゃあ誰が入れたの? と思いながら、とりあえず拭き終えてハンカチを返した。
「はい。……ちょっとベトベタだから洗って来たら?」
「えー……なんか今日冷えるから濡らしたくない」
「暖房入ってるけど」
「なーんか肌寒くて……ん?」
「どしたの?」
「なんかこれ、ハンカチっぽくないっていうか……」
言いながら、透は手元の変わった形のハンカチを開いた。それはハンカチではなく、三角形のパンツだった。
「え」
「あ」
菅谷にもしっかりと見えてしまった。
その後、透は自分のスカートの中をチラリと覗く。
「あ」
「え」
嫌な予感がする。そんな菅谷を無視して、透は怒りと羞恥を通り越し、何処か悟りを開いた表情で聞いた。
「リカ。これで顔拭いた?」
「うん」
ビンタが菅谷の意識を飛ばしたのは、そのわずか0.5秒後の話だった。
×××
現れた円香に一通りの説明が終わった透は、今は気絶した菅谷をマッサージチェアに寝かせてある。ここなら、人が一人寝てても不自然ではない。
「……バカなの?」
「ごめん」
「私じゃなくてリカに謝って。……というか、スカートの下、今どうしてるの?」
「スースーする」
「……まず履きなさいよ……」
言いながら、円香は鞄から持って帰る予定だった体操着の短パンを差し出した。
「はい。応急処置」
「直パンだけど良いの?」
「あんたん家で洗濯して」
「へーい」
そう返事はするものの、脇腹を突いてもピクリとも動かなくなった菅谷を見た時は本気で焦った。
さて、何にしてもパンツは買いに行かないといけない。
「樋口はもうプレゼント買ったの?」
「買った」
「じゃあ……悪いんだけど、リカの事お願い」
「はいはい……」
そんなわけで、透は一足先に買い物に出掛けた。なんだかんだ、一時間経過してしまったし、そろそろ真剣に探さないと何も見つからない。
……まぁ、その前にパンツなわけだが。とりあえず適当なランジェリーショップに向かう。
しかし……今、落ち着いて一人になると、改めて思い出してしまう。菅谷に……自分のパンツを、顔に当てられた事を。
まだ脱ぎたてホヤホヤでなくて良かったが、もしそうだとしたら……いや、そうでなくても恥ずかしい。水色のリボンがついたパンツを菅谷の顔に……。
「……っ」
しかも、鼻水をそれで拭かせるなんて……なんかもう、女の子として正気の沙汰ではない。なんか、今になってとんでもないプレイをしたことに気がついてしまった。
だが、やってしまった事は仕方ないのだ。今は忘れて、さっさといまだにノーパンである状態を打破しないと……。
「……」
……ていうか、あれ何で制服のポケットに入ってたんだろう。いつ入れたっけ? あ、今朝か。確か、部屋の隅っこにパンツが落ちてて、洗濯に出そうと思ったまま持って来ちゃった奴……。
つまり、履いた後の奴だアレ。シミとかついてたら最悪だ……!
って……だから、今更になってまた思い出しちゃダメだって。なんて情緒が少しずつ乱れていく。
とりあえず、下着が売っている場所に来たので、安い下着を購入する。
それを持って、レジへ並んだ。
「お願いします」
「いらっしゃいませ。お預かりいたします」
「すぐ使うのでタグとか取ってもらえますか?」
「かしこま……え、すぐ使うって……アッハイ。かしこまりました」
スルースキルを発動する店員さんには助けられた。
「……お客様。あちらに見えますお手洗いなら、ベビーシート付きの広い場所がありますので、お着替え出来ると思います」
「あ、どうも」
しかも、わざわざ気を利かせてくれた。恥ずかしいけどありがたい。
さて、そろそろプレゼントを買いに行かないといけない。何せ、まだ何も決まっていないのだから。
×××
「マドちゃん、すっごい……マッサージチェア……」
「おっさんみたいな感想やめて」
目を覚ました菅谷は、そのままマッサージチェアに夢中だったのを、円香はぼんやり眺める。
「……そろそろ代わってくれない? お金出したの私なんだけど」
「後で払うから……もう少しだけ……」
「いや、そのお金は浅倉から貰うからいい」
気絶させられた上に、勝手に使わされたマッサージチェアのお金を取るのは、少し申し訳ない。……まぁ、菅谷はそういうの気にするタマではないのだろうが。
その菅谷が、少し頬を赤らめてため息をついた。
「でも……なんか我ながらすごいことしちゃったよね……」
「まぁ、普通は手に取った時点で分かると思うけどね」
「いや……でも、制服のポケットにパンツが入ってると思う?」
「浅倉だから」
「ああ……」
どうせ、床に落ちてた履いた後のパンツを一階に降りた時に洗濯に出そうと思って忘れたのだろう、とすぐに理解出来る。
「でもまぁ、今回は流石に浅倉も懲りたでしょ」
「懲りたって?」
「もう少ししっかりしようと思うんじゃない? 寝惚けててもノーパンで外出はない」
「うん……くしゃみが多いわけだよね。パンツ履いてないだけでそんなに寒いものなのかな」
「さぁ。私はノーパンで外出したことないし」
「あーでも……スカートだもんね。空気が直で入ってきそうではある」
「……」
この男、割とえっちな話になっているのに気付いているのか……いや、まぁ子供にとっては、女性の股関節の間にあるものは「秘部」ではなく「男にあるものがない」程度の印象なのかもしれないが。
……もう少し性欲を高めて欲しい。そういう意味では、使わずとも部屋に避妊具を置いておくだけで効果はあるのかもしれない。
「……ちなみに、リカ。パンツを見ちゃったこと自体について、思うところはないの?」
「え……そりゃ、後で謝らないと、とは思うけど……」
「それだけ?」
「え、だけって?」
「男の子は、女の子のパンツを見たら喜ぶモノだと思うけど」
「? なんで?」
「……なんでもない」
半端なところで会話を切ってしまったが、なんか通じそうになかったので仕方ない。
……でも、正直そういう感じだと少し心配……。特に、三人で付き合ってからが。自分も浅倉も普通の人よりは控えめだろうが、菅谷よりは性欲あるだろうし、高校のうちはあれでも大学生とかになってからとかが少し気になってしまったり……。
とりあえず、ゴム作戦は少しやってみても良いかもしれない。親にバレないよう部屋に置いておくだけならなんの問題もないものだし。
「リカ、もう一人で立てるでしょ? ちょっと買い物行ってくる」
「あれ、もう買うもの買ったんじゃないの?」
「ん、せっかくだし色々見て回りたいから」
それも嘘ではない。というか、透に言われて思ったが、どんな店に売ってるのかも知りたいところだ。
「うん。……あ、マドちゃん」
「何?」
「マッサージチェア、代わってあげられなかったから、後で俺がマッサージするね」
「……レートが全然、違うでしょ」
「嫌?」
「痛くしたら怒るから」
それだけ返して、円香は少し家に帰るのを楽しみにしながら、その場を後にした。本当に釣り合っていない。機械のマッサージと菅谷のマッサージ。どっちが良いかなんて決まり切った話だ。
×××
それから、約一時間が経過した。買い物を終えた菅谷は、そろそろ透の家……に行く前に自分の部屋から荷物を取ってこないといけないため、早めに出て行く……前に菅谷は一度、ショッピングモール内の吹き抜けにあるツリーを見に来た。
せっかくあるのだから、見ていかないと損だと思い、足を運んだ。そして、それとタイミング良く現れるもう二人のべっぴんさん。
「ん?」
「あっ」
ほぼ同時に、ショッピングモールから透と円香も出て来た所だった。
「二人も見に来たんだ」
「うん。帰る前に見ておこうと思って」
「私も」
「……」
「……」
「……」
あまりにタイミングが良過ぎた。しかも、目的まで完全に一致と来た。
「やっば、タイミング完璧じゃん」
「ね」
「……時間ずらそうと思ってたのに」
「もー。なんでそういうこと言うの、マドちゃん」
「ツンデレ大魔神」
「二人とも叩きのめすよ」
頬を赤らめながら目を逸らした円香が時間をずらそうとした理由は、一時間本当に買ってしまうか悩みに悩んだゴムが鞄の中に入っているからだ。勿論、買ってから後悔した。今は済ました顔をしているが、心臓バクオングである。
「俺、一旦家寄って帰るよ」
「どうぞ。私は先に……」
「じゃ、私達も寄っていくー」
「手間でしょ? 良いの?」
「良くない。私は帰」
「いや、だって今日は割と三人バラバラな行動だったし、少しでも一緒にいたいなって」
「あ、それ俺も正直、思ってた」
「私はいい。先帰る」
「えー、なんで?」
「ねー、なんで?」
「あんたらが鬱陶しいから」
「ホントは寂しいくせに」
「分かる分かる。マドちゃん、基本的に素直じゃないもんね」
「素直になって良いわけ?」
「じ、冗談だから……」
「真顔で指を鳴らすのはやめて……」
三人揃った時点で、三人ともセキが切れたように喋り倒している。今日、三人バラバラになって行動したのも、なんだかんだ楽しかった。商品を選ぶ時は、三人とも残り二人のことばかり考えていたから。
だが、やはり……無意識下では、何か足りない感じがしていたのだろう。ちょいちょい顔を合わせたりはしていたが、その時は三人ともやたらと遠慮がなかった。菅谷のハグに平然と応じたぐらいだから、その時からもう色々と滲み出ていた。
そんな中、真ん中にいた透が、両サイドの菅谷と円香の手を握った。キュッと握られ、菅谷だけでなく円香も胸をドキッと高鳴らせる。
「でも、三人で見られてよかったね」
「……うん。綺麗だし」
「……まぁ」
そのツリーの周りにいるのは、カップルばかり。当然ながら、男女1:1だ。間違っても、2:1ではない。
なのに、三人とも何一つ気にすることはなかった。2:1で、周りから「え、堂々と二股?」「それとも修羅場?」なんて視線が向けられる事もあったが、そもそも視界にすら入っていない。
そんな中、菅谷が「あっ」と声を漏らす。
「ね、写真撮らない?」
「良いね」
「……ん」
返事をすると、さっそく近くを通った店員さんに、菅谷が声を掛けた。
「すみません、撮ってもらって良いですか?」
「良いですよ」
スマホを手渡すと、三人は横に並ぶ。で、透が何処かで聞いたような質問をする。
「ポーズ、どうする?」
「またそれやる?」
「前は統一感なかったから……今日はそれつけようよ」
「例えば?」
「リカ、言い出しっぺ」
「じゃあ……組体操」
「「どうやって」」
「あの、私仕事中なので早めに……」
怒られてしまったので、もはやそれで行くしかない。とりあえず、一番体重が軽い円香が上。
菅谷と透がしゃがむと、円香は靴を脱いで、まず菅谷の肩に足を置いた。
「落とさないでよ……!」
「俺は平気。とおるん、気を付けて」
「私も余裕だから」
「落としたら耳にタピオカ詰めるから」
「この前、鼻からタピオカ出すタピオカ屋さんの夢見た」
「何それ詳しく」
「言わなくて良い」
「ていうか、本当に組体操やるんですか?」
乗せられた足を菅谷が支えると、今度は透の肩に足を乗せる。その足を、透が支えた。
これで、円香は二人の肩の上でしゃがんでいる状態だ。
「立つよ、マドちゃん」
「樋口、平気?」
「多分……一応、掛け声お願い」
「じゃあ……とおるん。掛け声」
「サバンナ!」
「「溜めない奴⁉︎」」
それでも、倒れることなく立ったのだから見事なものだ。菅谷と透が立った最後に、円香も肩の上で立ち、とりあえずポーズと言うように、両手を広げた。
「……この人達おもしろ過ぎない?」
「店員さん、お願いします」
「はいはい。じゃあ、撮りますよー。はい、チーズ」
カシャっとシャッター音が鳴り響いた時だ。グラっと円香の身体が後ろに揺れる。
「っ……!」
思わず円香の脳天がヒヤリとした。これは落ちる……と、キュっと目を閉じた時だ。ぽふっ、と床に直撃したにしては優しい感触が、腰と背中、首を支えてくれる。
恐る恐る目を開けると、顔が良いイケメン男女が、両サイドからお姫様抱っこしてくれていた。
「あぶねー」
「無事?」
「ーっ!」
顔が真っ赤に染まり、恥ずかしさで拳が出る。二人の顔面にボグッと直撃し、二人とも後ろにひっくり返る。当然、円香もそのまま自由落下するわけで。
三人揃って背中を床に打ち、しばらくその場で悶えるしかなかった。周りからの視線も「二股とかじゃなかったね」「三姉弟のコントだね」「インスタ映えだね」と言った視線に変わる中、店員さんが三人にスマホを差し出した。
「あの……撮れましたよ」
「ありがとうございます……」
受け取ろうと、とりあえず三人とも起き上がり、スマホを見る。そこに映されていたのは、お姫様抱っこされている円香の写真だった。
「店員さんナイス!」
「ですよね⁉︎」
「リカ、後で送って!」
「消せー!」
なんてドタバタやってるのを、周りにいたカップルは生暖かい視線で見守った。
×××
クリスマスイブ、それはクリスマス前夜。子供にとっては、イブの方が盛り上がるものだったりする。
要するに、多くの子供にとってクリスマスとは「プレゼントがもらえる日」なのであり、その他はおまけなのだ。
そして、そのイメージのまま大人になるから「特別な日」と勘違いする。
だが、まぁ勘違いであっても、イベントなんて楽しければそれで良いのだ。恋人が相手でも友達が相手でも姉妹や兄弟が相手でも、特別に感じられるのなら、それに越したことはない。
まぁ、三人は明日、盛り上がる予定なので、今日は程々にするつもりなのだが。
「ごちそうさまでした」
菅谷は手を合わせて挨拶する。続いて、透と円香も手を合わせた。
その様子をニコニコしながら眺めていた透の母親が、三人に言った。
「お粗末様」
「美味かったです。遺伝子って必ずしも遺伝するとは限らないんですね」
「突然変異種がなんか言ってる」
「どっちもどっちだから黙ってて」
思わず円香はため息をついてしまう。
「にしても、すみません。お宅にお邪魔して泊まらせていただくなんて」
「気にしなくて良いよ。うちの子、ここ最近はずっと円香とあなたの話ばかりだし」
「そうなんですか?」
「ええ」
「まぁ、学校じゃリカとか樋口以外と話さないしね」
「? 部屋でよく妄想してるじゃん。なんだっけ……もし、リカが天然の皮を被ったドSだったらみたいな……」
「ちょっと待ってお母さん聞こえてるのそれ?」
「お風呂沸いたよ。入って来たら?」
「お母さん。泣けば許してくれるの?」
なんかとんでもない暴露をされた。恐る恐る菅谷の顔を見ると、キョトンとした表情で瞬きしている。
「どえす? ドレッドノート級の菅谷?」
「なんでド級がドレッドノートの略だって分かって、サディストが分からないの」
「面白い子じゃない」
「夏休みの自由研究で観察日記つけられそうだよね」
なんて話している間に円香が黙っているのは、リカが超優男だった妄想を家でしているのがバレないようにするためであった。
やがて、母親が立ち上がった。
「じゃあ、私はそろそろ失礼するから。朝まで起きてても良いけど、避妊はしっかりしてね」
「な、何言ってるんですか!」
「あら、そういう意味はわかるの。意外と難しい子」
そう言いながら、透の母親はリビングから出て行った。残った三人はどうするか……と、顔を見合わせると、まず円香が口を開いた。
「リカ、先にお風呂入ってきたら?」
「え、俺先で良いの?」
「浅倉、良い?」
「良いんじゃない?」
「じゃ、お先」
「私の部屋にいるから」
そう言って、菅谷もリビングから出て行く。その後に続いて、円香と透も寝室に向かった。
明日も遊ぶため夜更かしの予定はないが、お茶だけ持って行った。
「ふぅ……お母さん、余計なことばかり言うなぁ」
「浅倉ってマゾなの?」
「は? 違うし。リカってどっちかって言うとMっぽいから、ギャップを想定してみただけ」
「ふーん……は? リカはむしろ天然ドSだから」
「いや全然違うでしょ。樋口普段のリカの何を見てんの?」
「こっちのセリフだから」
「……」
「……」
お互い、睨み合いが始まるが、透にはそんな事よりも先に聞きたい事があった。
「まぁその話は置いといて……それより、樋口。どしたん?」
「何が?」
話を露骨に逸らされ、円香は小首を傾げる。
「いや、リカにお風呂入らせてたから」
「ん……気付いてたんだ」
「うん」
「……」
歯切れが悪い。言いにくいことなのだろうか?
「前置きとして言っとく。……別に、これを使いたいとかじゃないから。あくまでも、置いとくだけだから」
「? うん。……どれ?」
「これ」
言いながら、円香が鞄から出したのは、ゴムの箱だった。
「え……買ったの? 人にあれだけ言っといて?」
「うるさい」
「むっつり」
「あんたが言うな」
妄想してる時点で同じ穴の狢である。
「……買ったのには理由があんの」
「え、どんな?」
「今日、浅倉ノーパンだって分かった時あったでしょ?」
「え、何急に」
「その時に、リカに聞いたの。浅倉のパンツを見ちゃったんだし、何か思わないの? って」
「何かって……ムラムラとか?」
「……まぁ、端的に言えば」
もう少しオブラートに包め、とはこの際言わなかった。思ったけど。
「で?」
「でも、まず『後で謝らないと』だって。ラッキーとか、そう言う感覚はまるでないみたい」
「あー……困るね」
「でしょ?」
えっちな事がしたい、とかじゃない。ただ、少しくらいすけべになって欲しい。前まではハグとか腕組みとかで頬を赤らめていたはずなのに、今ではもう慣れてしまったようで、平然とそれを返すようになってしまった。
「だから、これをとりあえず部屋に置いておきたい。……で、意識させてやりたいと思うんだけど」
「良いけど、それで意識するの?」
「……分かんないけど」
「もう腕を組んで押し付けるとかじゃなくて、触らせるしかないんじゃない? 手のひらとかで」
「それ出来んの?」
「……無理」
「だから、こういうジャブしかないでしょ」
「……まぁ、そうか」
確かにそれしかない。そもそも、菅谷自身があんまり節操がない形でアピールされるのは好きじゃなさそうな感じがある。
「でも、分かった。じゃあ、部屋の何処かにこれ置いておけば良いのね?」
「ん、よろしく」
「適当に……机の上で良いや」
透は箱を勉強机の上に置いた。
「……ま、それくらい適当な方がナチュラルかもね」
「でしょ? ……あーでも、枕元の窓際のが良いかな」
「それはちょっと露骨過ぎ。私はその辺に投げといても良いと思うけど」
「いや、部屋片付けたのに一つだけ落ちてるのも変でしょ」
「そっか。……じゃあ、やっぱ机の上?」
「ん。未開封ね」
「そうする」
などと真剣に考えつつ、とりあえず意見がまとまる。
すると、透が改まった様子で声を掛けた。
「所で樋口」
「何?」
「やっぱり、リカはマゾだから」
「は? サディストでしょ」
「こっちが抱きついたりした時、照れてるのになんだかんだ言って満更でもなさそうにしてたじゃん。あれホントはもっと抱きついて欲しいってことでしょ」
「慣れてきたら何食わぬ顔で……いや、慣れてくる前から割とカウンターパンチを天然で放ってくるあたり、生まれつきのサドでしょ。それ照れてるのは受けに回ると弱いだけだから」
「いやいや、そうじゃなくても私とか樋口をいじった時『ビンタするよ』って言われるまでいじる時あるじゃん。あれ逆説的にビンタされたいって事でしょ」
「全然違うでしょ。自分の身に危険が降りかからないようギリギリまで人をいじって楽しんでるだけだから」
少しずつ二人とも早口になっていった。
×××
「……で、何で喧嘩してたの?」
菅谷がお風呂から出て、なんか喧嘩みたいになっていた雰囲気が気になり、声をかけた。が、二人とも目をふいっと逸らして答える。
「「別に」」
「いや、別にじゃなくて」
「「解釈の不一致だから」」
「……」
解決しようと思ったのだが、そう冷たくあしらわれ、透がお風呂に行ってしまった。
その背中を眺めつつ、菅谷は小首を傾げる。
「で、どうしたの?」
「ほんとになんでもない。リカにも分かるように説明すると、虫が気持ち悪いか気持ち悪くないかの議論」
「人によるでしょそんなの」
「つまりそういうこと」
それなら、まぁ自分が口を挟めることはないのかもしれない。
「にしても、お泊まりかぁ。なんか友達の家で泊まりなんて初めてだから、なんかワクワクが止まらないよ」
「そんな特別な事ないから。リカの部屋で泊まるのと一緒」
「そんなもんかなぁ」
「私は2回ともお客さん側だから」
「あ、そっか」
そんな話をしていると、菅谷が急に立ち上がった。
「よし、じゃあマドちゃん」
「何?」
「約束。マッサージするから、ベッドでうつ伏せ」
「は? ……ああ」
そういえば、そんな話をしていた。円香としては完全に忘れていた話なのだが。
「忘れてた。別に凝ってないし」
「え、いらない?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ」
答えながら、円香はベッドの上でうつ伏せになる。上着を脱いで、目を閉じて待機した。これはちょっと役得かもしれない。気持ち良さとかは別に良くて、菅谷からのマッサージ、という点が少しソワソワしてしまう。
すると、菅谷が自分の太ももの上に体重をかけないよう腰を下ろし、両手を背中の上に置いた。
……ちょっと、無抵抗で身体を触られるのは気恥ずかしいかもしれない。
まずは、肩甲骨のあたりを真上から手のひらで押してくれる。
「たまに父ちゃんとか母ちゃんにやってあげてた時、評判良かったんだよ」
「へー。まぁ両親は効いてなくても褒めてくれるから」
そうは言ったが、悪くはなかった。まぁ元々、凝っていないというのもあるが、ちょっとだけ痛いかもしれない。
「もうちょっとだけ優しく」
「あ、ごめん」
「謝らなくて良い。……気持ち良いから」
「良かった」
少しずつ、肩甲骨から下に降りて行く。この素人感ある手つきが、正直知り合いからのマッサージの醍醐味だよね……なんて目を閉じてリラックスする中、ちょっとだけ違和感。主に、押されている部分の少し外側あたりが。
「でも、母ちゃんからは二度とやらなくて良いって言われたんだよなぁ」
「え」
嫌な予感……と、思ったのも束の間、グリグリと掌で押されるたび、脇腹にわずかに何かが触れ、くすぐったさが響いて来る。
これ……まさか、と円香はすぐ理解した。両手の指先を左右に開いて掌で押してくれているのだろう。その為、指先に力は入っておらず、半端に閉ざされている。その先端の爪が、脇腹にちょっと触れては引っ込まれる。
そしてこういうのは、理解してしまった直後にその部位が敏感になってしまうものだ。
「っ……ちょっ、リカっ……待っ」
「? 何? マドちゃん」
「ひゃんっ……ぃ、ィカっ……くしゅぐっ……」
「もっと強く?」
「ひ、ひがっ……」
「よっ……と」
「っ!」
この野郎、痛くないギリギリの強さをもう覚えてくれやがった。お陰で脇腹に当たる指先もちょっとだけ強くなる。
それと同時に、手のひらが少しずつ下に降りていく。そこは腰、もっと下に行ったら、お尻を触られてしまう。
「っ……ぃ、イカ……! そこは……!」
「どしたの。……あっ、気持ち良いんでしょ?」
「ひゃいっ……や、ひがふへ……!」
「もう少し待ってて」
「っ……!」
もうお尻を触られるしかないのか……と、覚悟を決めて目を瞑った時だ。お尻の縁、ギリギリで引き返し、再び肩甲骨に手のひらは戻って行った。
「っ、な、なんで……!」
「え、何が?」
「〜〜〜っ!」
この野郎、間違いない。やっぱり天然サドだ。後で絶対、ぶっ飛ばす。
さて、その触られるかと思ったら触られないお尻と、指先が強弱をつけて僅かに食い込む脇腹を攻められ続けること、約10分。ようやくマッサージが終わった。
「ふぅ……疲れた。どうだった? マドちゃん」
「ーっ、ーっ……!」
涙目で真っ赤になった顔を見られないように、円香は顔を両手で隠して肩で息をする。
「……てい」
「え?」
代わりに声を絞り出しながら、何とか顔を横にして目だけを菅谷の方に向けた。
「……さいってい……!」
「え、なんで?」
「お風呂!」
「あ、ちょっ……」
円香はツカツカとベッドから飛び降り、お風呂場に向かった。まだ透が入っているのに。
とにかく、確信した。やはりあの野郎、天然サドである事を。
×××
「リカー、樋口と何かあった?」
お風呂から戻ってくると同時に、透が声を掛ける。
「マッサージしてあげたんだけど……なんか、あんまり気持ち良くなかったみたい」
「あー……(察し)。大丈夫、死ぬほど気持ち良かったと思う」
「え、そう?」
「そう。だから、あんま気にしないで」
「でも、10分は長かったかなって」
「あー、それはあるかもね」
そう言いながら、透はベッドに座っている菅谷の後ろに腰を下ろした。両足で菅谷を挟むように足を垂らし、肩に手を乗せる。
「? とおるん?」
「じゃ、私がリカの事、マッサージしたげる」
「え……良いの?」
「うん」
言いながら、透は菅谷の肩を指で圧する。何度かおんぶしてもらった時から思っていたが、菅谷の身体は割と硬い。流石、柔道をやっていただかあるくらいだ。
「どう?」
「うん。気持ち良い」
「でしょ? ……ていうか、マッサージしてたのなら、疲れたの両手でしょ? 腕やったげる」
「ありがと」
「腕、上げてて」
言いながら、透は肩から菅谷の腕をマッサージしていく。あんまり力の加減とか考えていないが、適当に握力で圧するようにマッサージする。
後ろから流れでマッサージすることになったから、少しずつ透自身も菅谷の身体に密着させないとマッサージ出来ない。
とりあえず、顎を肩の上に乗せて、肘、手首の方へと手を伸ばしていく。
そんな中、ふと目に入ったのは、菅谷の真っ赤な横顔。
「? リカ?」
「あ、あの……とおるん……ちょっと、距離近いかなって……」
「そう?」
「む、胸が……その……」
いつもの事じゃん、と思ったのも束の間。お風呂に入った後だから、透はノーブラなのだ。
思わず一瞬、羞恥心で透の耳まで赤く染まる。菅谷がノーブラであることに気付いているのかは知らないが、何かいつもおんぶしている時と感触が違ったのは察知したのだろう。
その様子の菅谷を見て、透は羞恥心より嗜虐心が勝ってしまった。
「なんでー? いつもおんぶしてる時と同じじゃん」
「っ、そ、そうかもだけど……その、なんか……違くて……」
「何が違うの?」
「や、柔らかさと……何か当たってる感じが……」
「何か? 何かって?」
「わ、分かんないけど……」
「ふーん……嫌なら離れるけど?」
「……」
返事がない。本当にここまで分かりやすい子もいない。さて、そろそろ仕上げだ。
一度、手を離して後ろから離れた。
「ま、腕マッサージするのに後ろからやる必要ないもんね」
「あっ……」
「どしたの?」
「……っ〜〜〜!」
トドメ、と言うように、一度離れた透は後ろからまたくっつき、耳元で囁いた。
「……樋口には黙っててあげるから、本当はどうして欲しいのか言ってみ?」
「っ! …………きゅう」
気絶させてしまった。でも、透は満足げに頷く。可愛かったし、スッキリした。
それと同時に確信したのは、菅谷はやっぱりMだということ。あれだけ言われて責められたのに、最後まで「嫌」とは言わなかったあたり、もはやお察しである。
「……ホント、可愛がり甲斐がある」
そう言いながら、気絶した菅谷の頭を膝の上に乗せて、しばらく頭を撫で続けた。
×××
それから10分後。円香が戻って来て、菅谷の意識も戻って来て、でも菅谷の記憶は戻って来なくて、そのまま三人でしばらく話し込み、歯磨きを終えていよいよ就寝時間。
「よし、じゃあ寝よう」
「うん」
「ね」
「その前に、クリスマスプレゼントだよね」
「あ、そっか」
「これに二人ともプレゼント入れて」
透が出したのは、大きな靴下の形のビニール。クリスマスに使っていた奴だ。
その中に三人でプレゼントを入れていく。
「わ、リカの大きい。中身何?」
「言っちゃって良いの?」
「ダメでしょ」
なんて話しながら、準備を終え、いよいよ三人でベッドの中へ。そこで、菅谷が足を止める。
「誰真ん中?」
「「リカ」」
「……本気?」
「じゃ、私奥ー」
無視して透が奥へ行く。その後に続くように、円香が菅谷の背中を押した。そして最後に円香が入る。
肩と肩がぶつかるどころか、ギュウギュウに絞められる感じがしてすごい。
「やっぱ狭くない?」
「じゃ、私横になる」
「私も」
「俺も……」
「「あんたは動かない」」
「……」
菅谷の方を向くように、透と円香は横になる。正直、一番感じたのは圧力だった。
「あの……眠れなさそうなんですけど……」
「黙って目を閉じて」
「リカの腕太い」
「マドちゃん、顔真っ赤じゃん」
「うるさい……」
「リカもだよ?」
「そりゃ赤くなるでしょ……」
「浅倉も耳赤い」
「え、嘘……?」
「あ、ホントだ。とおるんも照れてる」
「余裕こいてたくせに」
「っ……後ろ向こう」
「ダメだってば」
「リカ、浅倉こっち向かせて」
「……こういう時ばっかり結託して……」
なんて話しながらも、また透は菅谷と円香がいる方を見る。
「浅倉、あんま動かないで。こっちギリだから」
「ていうか、一番細いマドちゃん真ん中のが良くない?」
「あ、わかった。樋口、リカの上で寝たら?」
「良いかも」
「良くないよ。潰れるよ」
「は? それ私のこと重いって言ってんの?」
「乗っちゃえ、樋口。……あ、でも片腕は私に貸してね。腕枕欲しい」
「いやもうそれ俺が布団みたいに……うぶっ」
「リカ、胸筋硬い。柔らかくして」
「どんな注文……あ、マドちゃん、シャンプーの香りする」
「リカ、腕枕。早く」
「……はい」
もう三人とも、いつの間にか深夜テンションでやりたい放題だった。
結局、菅谷の上に円香が仰向けで乗り、腕の上に透が乗る形で落ち着いた。
そんな中、透が感慨深そうに声を漏らす。
「……ふふ、やっぱ……ずっと三人でいたいわ」
「……うん」
「……二人にその気があるなら、楽勝でしょ」
そんな話をしながら、目を閉じる。
さてこの後、まず透が寝息をたて始めるまで5分。
その後、円香が中々眠れなくて胸を高鳴らせ始めるまで10分。
菅谷を眠気が襲って来るまで15分。
ようやく円香が眠れそうな時、寝相を崩した菅谷が円香を透の上に落とすまで20分。
当然、喧嘩になり、結局菅谷だけ床に敷いた布団で寝ることになるまで、25分。
そして、誰も机の上にゴムがあることに気がつくことなく、落ち着いて眠りに落ちた。