浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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クリスマスあんま関係なくなっちゃった。

 翌朝、最初に目を覚ましたのは菅谷だった。結局、布団で寝たはずなのに、何故かくっつかれてる感じがして暑かったからだ。

 目をうっすらと開けて左右を見ると、円香と透が自分の片腕ずつを拘束して両サイドで眠っている。

 

「……え」

 

 ベッドの方を見ると、がらんとしていた。この子達、わざわざ潜り込んで来たのだろうか? 

 何にしても……その、なんだ。少し緊張する。もう遠慮なく胸を当ててしがみつき過ぎなのだ。嫌なわけではないが、その……ちょっと朝からインパクトがすごい。

 とりあえず起きようと思い、二人から抜け出そうと両腕を動かす……が、それをさせまいとするように、左腕に力が込められる。

 

「っ……!」

 

 全体重をかけんばかりの重みに、冷や汗が流れる。そっちを見ると、円香がメチャクチャ不機嫌そうな寝起きの顔でこちらを睨んでいた。

 

「……寒い」

「え?」

 

 直後、若干上がった菅谷の頭を再び枕に押さえつけた。そして、少しだけ乱れた布団を自分と菅谷にかけ直し、再び腕にしがみついて瞳を閉じる。

 な、なんだろう……その、過去類を見ない険悪な感じ……寝起き機嫌悪そうとは思っていたが、ここまでとは。……そんなの、尚更好きになってしまう。

 

「〜〜〜っ!」

 

 態度がやたらと可愛くて、菅谷は目を閉じて天井に顔を向け、爆散する照れを放出する。

 なんだこれ、なんかかわいい。普段の憎まれ口より可愛い。

 もう少なくとも二度寝でなんとかなるレベルの威力ではなかった。仕方ないので、透の方の腕を抜く。上手いこと誘導して、透と円香を抱き合わせれば問題ない……! 

 そう思ったのだが。

 

「……リカ、らめー……」

 

 寝ぼけた透が、腕どころかズボンに手を回してホールドしてしまった。

 

「え、えっち……」

「……すぴー」

 

 また寝られてしまった。

 正直に言ってしまうと、嬉しかった。何故なら、二人に甘えられる事なんて滅多にないから。弟とか言われる自分に、仮にも姉二人がここまでベタベタくっ付くのは、割と気持ちが良い。

 でも、やっぱり恥ずかしい。甘えられると嬉しい反面、距離が近いだけあって緊張してしまう。

 

「……はぁ、どうしよう……」

 

 菅谷だって男だ。あんまりそこまで近くにいられると、変な気分にはなってしまう。それが「ムラムラ」という感情であることはあいにく分かっていないのだが。

 とりあえず、気を落ち着かせるために、頭の中で恐竜を数えることにした。

 そんなわけで頭の中で始まった「白亜紀限定、肉食恐竜ゲーム」。ルールは簡単。片っ端から、白亜紀に生きていた肉食の恐竜の名前を言うだけ。

 せーの、ティラノサウルス……。

 

「はむっ」

「はうっ⁉︎」

 

 唐突に、横から耳を噛まれた。

 

「っ、と、とおるん……何して……!」

「リカの耳〜……」

「ホントに耳だから! 夢でも噛んでんの?」

 

 歯は立てないようにしてるけど、そういう問題ではない。耳に何か触れる時点でゾワゾワと背筋が立ち、胸の動悸が強くなる。

 そんな菅谷の口が、横からグワっと塞がれる。

 

「っ⁉︎」

 

 隣をチラ見すると、寝起き不機嫌モードの円香が自分の口を塞いでいる。

 

「……うるさい」

「……ごめん」

「こうしてやる……」

 

 直後、円香は菅谷の耳を噛んでいる透の顔ごと自分の胸前まで抱き寄せた。つまり、当たり前だが菅谷の顔も円香の胸に押しつけられるわけで。

 

「〜〜〜っ⁉︎」

 

 顔が一気に真っ赤に染まる。その菅谷をお構いなしに無視した円香は、布団を自分の肩当たりにまで上げて目を閉じた。菅谷の足だけ布団から出てるわけだが、12月の寒さは感じない。普通に熱い。それはもう、サウナにいるんじゃないか、と思うほど。

 そして、それが限界だった。あれ、首の下ガス台の上で熱してる? と錯覚する程、熱が込み上げてきた。

 

「コッフ……!」

 

 ドピュッと鼻から血を噴出し、そのまま失神した。

 

 ×××

 

「ん……?」

 

 目を覚ましたのは、円香だった。なんか胸の前に温かいのが付着した気がして、ぼんやりと目を覚ます。

 とりあえず、そろそろ起きようと思い、身体を起こした時だ。目に入ったのは胸元。血だらけである。

 

「……え」

 

 思わず頭の中が真っ青になった。胸に大量の血……病気? でも、口の中に鉄の味はない…… 胸から? Tシャツの下を見るが、痛みもなければ傷もない。

 一体何の……と、思って隣を見ると、菅谷が白目を剥いて鼻から血を垂らしながら気絶していた。これは、いつもの失神とはわけが違う。白目を剥いてる時点で、ちょっとただ事ではない。

 

「リカ⁉︎ ちょっ……ど、どうしたの?」

「っ……っ……」

「浅倉、何リカの耳噛んでんの!」

「いてっ」

 

 引き剥がされた透は、少し不機嫌そうに目を擦りながら身体を起こす。が、それも束の間、目に入ったのは血だるまの菅谷の姿だった。

 

「え……なにこれ。殺人現場?」

「あんたがリカの耳を噛んだからでしょ。ていうか、言ってる場合じゃなくて……」

「え、私の所為なの? 樋口の胸もすごいけど……ていうか、なんで胸に血が付くの?」

「は?」

「……樋口、リカの顔、胸に埋めてたんじゃないの?」

「……」

 

 自分の所為だった。というか、なんで大胆な真似を自分は……羞恥で頬が赤く染まる。恥ずかしさで死にたくなってきた。

 

「いや、恥ずかしがってる場合じゃないから、パフ口。何とかしないと死ぬんじゃない?」

「誰がパフ口……いや、まぁ後にしないとか……」

 

 とりあえず、朝からなんとかする事になってしまった。

 

 ×××

 

 さて、案の定、菅谷から記憶は無くなっており、何事もなかったかのように三人はプレゼントを開ける時間になった。

 三人で、結局使わなかったベッドに下がっていた袋を手に取り、開封の儀を開始する。

 

「どうやって開ける?」

「一斉にひっくり返そうか」

「じゃあ……樋口、掛け声」

「ラーメン」

「もうそのネタ良いから」

 

 言いながら、一斉にひっくり返した。透と円香の目に、まず目立ったのは、やっぱり大きい袋だった。

 

「これ、リカのだよね。何これ?」

「開けりゃ分かるよ」

 

 との事で、二人ともまずは大きいのを開けた。袋をほどくと、中から出て来たのは動物の着ぐるみパジャマだった。猫と犬の。

 

「パジャマパーティと言えば、やっぱりこういうのかなって」

「それは、寝る前に渡さないとでしょ」

「バカなの?」

「……あっ、そっか」

 

 ほんとのバカだった。

 

「じゃあ……する? もう一泊」

「良いの?」

「いや、ここで決めて良いことじゃないでしょ。……ていうか、許可出てもダメだと思う」

「だよねー……住んでるの、とおるんだけじゃないし……」

 

 そうは言うものの、菅谷は肩を落としていた。

 その菅谷に、円香は続けて言う。

 

「で、リカ。あんたのプレゼント、どっちか開けたら?」

「あ、そっか。うん」

 

 返事をしながら、菅谷もプレゼントを開けた。ビニールの方を開けると、中から出てきたのはザクのマフラーだった。

 

「わぁ、何これ。カッコ良」

「樋口から?」

「……たまたま見かけたから」

 

 ガッツリ選んでいた事を無かったことにして、円香はそっぽを向いて素っ気なく答える。

 

「すっげー。カッケー……巻いてみても良い?」

「どうぞ、ご勝手に」

 

 言われて、菅谷はマフラーを首に巻く。……まぁ、服装はパジャマだから、そういう意味じゃ似合うも何もないのだが。

 

「ど?」

「巻くと、意外とザクって分からないかも」

「でも、普通に似合ってるじゃん。流石、樋口チョイス」

「にへへ。実家でも巻いてよう、これ」

「ね、私のも開けてよ」

 

 透に言われ、菅谷はもう片方のプレゼントを手に取る。大きさ的にはマフラーより大きい袋。

 開けてみると中から出て来たのは、着ぐるみパジャマだった。うさぎの。

 

「え、なんで?」

「リカがこれ買ってるの見えたから、三人お揃いにしようと思って。でも、寝る前に渡さないと意味なかったね。てへ」

「あ、可愛い」

「じゃないでしょ。あんた少しはツッコミ入れて」

「なんでウサギなの?」

「捕食されそうだから」

「どう言う意味……?」

「……」

「……」

 

 火花が散らされたのは、透と円香の間。菅谷の取り合いなんてバカらしい、と平和的に仲良く半分こするとか言ってた二人とは思えない冷戦だった。

 何一つ事情を理解していない菅谷は、キョトンとした表情で小首を捻っている。知らぬが仏である。

 

「でも、暖かそうだね。モコモコしてるし」

「でしょ?」

 

 まぁ、菅谷が喜んでいるのなら、円香としては何も言うことはない。

 さて、残りは透と円香がお互いに送ったプレゼント。やたらと小さい箱。それもそのはず。円香が購入したのは、ピアスだから。

 とはいえ、まぁ箱を見れば大体、透が何を買ったのかは想像ついた。

 二人はその箱を手に取ると、同時に開けた。

 

「わぉ……」

「「……やっぱり」」

 

 驚きの声を漏らした菅谷とは対照的に「予想通り」と言うように透と円香は呟いた。

 それに、思わず菅谷は「えっ」と声を漏らしてしまう。

 

「分かってたの?」

「箱見た瞬間に」

「被ったなって」

 

 そう、中身は透も同じようにピアスだった。デザインも一緒。違うのは色だけだ。

 

「……あ、そっか。二人とも俺とはお揃いのつけてるけど、二人はないもんね」

「でも……まさか被るとは」

「……どうしよっか」

 

 何せ、耳は一つしかない。透と菅谷の片方の耳には二つついているが、それはリングの形だからだ。球状のものなだけあって、パンクロッカーでも目指さない限り二つはちょっと嫌だ。

 そして、買った以上はお揃いででないと意味がない。つまり二人とも、お揃いにしようと自分にも買った方のピアスが余ってしまう。

 少し気まずくなっていると、菅谷が口を挟んだ。

 

「? どうするもこうするも……とっとけば良いじゃん」

「いや、そうだけど……」

「似たようなの二つあってもさ」

「あっても良いじゃん。とおるんとマドちゃんが相手を想って買ったものだし、使わなくてもとっとけば意味あるでしょ?」

「……」

「……」

 

 たまにこういうことをサラッと言うから、この男は狡い。それは確かにその通りかもしれない。気持ちを込めたプレゼントは、実用性など気にする必要はないのだから。

 ……だから、円香は今だに弥生のフィギュアを取ってある。

 

「……なんかムカつく」

「分かる」

「なんで?」

 

 言いながらも、透はピアスを机の上に飾り、円香は鞄の中にしまい始めた。

 

「じゃ、そろそろ朝ご飯行こうか」

「リカ、私と浅倉着がえるから、先に下へ行ってて」

「俺の着替えは?」

「廊下で良いでしょ。今頃、親は下で朝ご飯の準備してるし、上来ないよ」

「部屋の前に置いといてくれればパジャマ、部屋の中入れとく」

 

 それだけ話して、着替えを持って廊下に出た。

 とりあえず、菅谷は言われた通り着替えを済ませて、先に下に降りることにした。

 リビングに入ると、そこにいたのは透の母親。机の上には、紙袋が置いてあった。

 

「おはようございます」

「おはよう。朝ご飯、食べる?」

「あ、はい。いただきます。……あの、それは?」

「ああ、これはあなたのお父さんから。お世話になってますって……お土産? もらった。おかげで、うちの旦那もご機嫌で仕事に行ってたわ」

 

 良いとこの和菓子だった。しかし、いつの間に自分の父親はここにお菓子を届けにきたのか……いや、まぁ多分、早朝なんだろうな、とすぐに分かったが。

 

「昨日はよく眠れた?」

「あ、はい」

「うちのベッド狭かったでしょ? 三人なんて尚更」

「いえ、俺だけ布団で寝ましたから。……まぁ、後になって二人とも結局、こっちに潜り込んでましたけど」

「そうなんだ。モテモテ」

「モテてるんですかね、これ。なんか弟扱いされてるだけな気がしないでもないんですけど……」

「そうなの?」

「多分?」

「ふーん……うちの子、意外と素直じゃないんだ」

 

 素直じゃないと言えば素直じゃないのかもしれない。まぁ、基本的にはやっぱり素直なんだけど。

 そんな話をしていると、着替えを終えた二人がリビングにやってきた。……菅谷があげた、着ぐるみを着て。

 

「おはよう、お母さん」

「おはようございます」

「あら、二人とも。おはよ……わ、素敵な格好してる」

「かわいい」

 

 円香は少し気恥ずかしそうにしてるが、透はニコニコしてピースしている。

 

「イェーイ、透犬復活」

「復活?」

「何でもないです」

 

 余計なことを言いかけたバカを、円香が黙らせる。流石にあの時のことはちょっと言えない。

 その二人を眺めながら、菅谷が少し意外そうに言った。

 

「なんか……思ったよりこう……マスコット的な可愛さないなぁ……。普通にとおるんとマドちゃんだから?」

「本当に流れるように可愛いって言っちゃう子なんだ」

「うん。だから嬉しい。めっちゃ」

「ね、リカくん。私のことも褒めて」

「え? お綺麗ですね?」

「「菅谷」」

「うおっ、こ、怖っ」

 

 ギロリと睨まれ、肩を震わせる。殺されるかと思うほどドスの効いた声だった。

 

「ふふ、やっぱりモテモテ」

 

 一人、傍観者の母親はニコニコ見ていた。

 

「じゃ、朝ご飯出すから」

「手伝いますよ」

「いいから。お客さんなんだし、ハーレムしてて」

「え、ここキャバクラ?」

「は? あんた私達がキャバ嬢って言ってんの?」

「殺すよ」

「いや……言われたことのものの例えなんですけど……あ、でもその格好で怒られても、怖さ半減ではあるかも」

 

 直後、二人の獣はバカに襲いかかった。椅子を押し倒す勢いでひっくり返し、頬を引っ張り回したり、脇腹を突きまくったり、関節を逆側に曲げたり。

 その様子を眺めながら、透の母親は食事の準備を進めた。

 

 ×××

 

「よし、遊ぼうか」

 

 朝ご飯を終えた三人が来たのは、遊園地だった。理由は単純。今日という日まで何処で遊ぶか何も決まっていなかった三人だが、思いついたように菅谷が「この前のリベンジ」といって提案したのが通ったわけだ。

 三人とも、三人で揃いのアクセサリーを耳につけ、菅谷はマフラーを装備して、円香と透は着ぐるみから私服に着替えてやって来た。

 

「何乗る?」

「ジェットコースター」

「いきなり? 良いけど」

「最初に悲鳴あげた人、罰ゲームね」

「「OK」」

 

 またバカなことを提案する透だった。そして、それに乗ってしまう二人も中々である。

 すぐにジェットコースターの列に並び、のんびりとコースを見上げる。円香と菅谷にとっては二度目のはずだが、菅谷が改まった様子で聞いた。

 

「……こんなおっかなそうなコースだったっけ?」

「覚えてないわけ?」

「なんでか分かんないけど、なんか印象と違う」

「風邪引いてたからじゃない? ……ていうか、風邪ひいててジェットコースターとか正気?」

「楽勝だったよ」

「玄関で倒れた人のセリフじゃないでしょ。……ホント、次ああいう無理したらぶっ飛ばすから」

「当日、もうぶっ飛ばされた気が……」

「は?」

「いえ、私が悪かったです」

 

 素直に謝る。怒られるから。

 そうこうしているうちに、自分達の番になった。並んでいる順番的に、円香と透が二人で並び、菅谷はその後ろに知らない女性の隣に並んだ。

 

「ほえぇ〜、これが都会んジェットコースターか〜」

「ジェットコースター、乗ったことないんですか?」

「いや、こっちに来てからは初めてってだけばい。楽しみやなあ」

「結構、怖いですよ。俺、二回目ですけど、隣に乗ってた友達が可愛すぎて怖かったです」

「それ、怖さば示す経験談と……?」

「見てると面白いですよ。ちょうどその時、悲鳴をあげたのが、前に乗ってる左側の子で。もしかしたら、これから悲鳴あげるかも」

「それは楽しみばい」

 

 なんて話している時だった。ジロリと視線が突き刺さる。前に座っている二人が、菅谷の方を睨みつけていた。

 

「……リカ」

「殺すよホント」

「……」

「た、たしかにえすかジェットコースターばい……」

 

 そのままコースターは動き出した。

 ガコンっと音がし、ゆっくりと動き出す中、それに気付かず二人は後ろを向いたまま呪いの言葉を吐き続ける。

 

「ふーん……ナンパ? 良い度胸してるね、ホント」

「女の子がいたら誰彼構わず声かけるのやめたら? ミスターモンキー」

「いや、二人とも前……」

「そもそも、普通知らない人に声掛ける? どういう神経?」

「二人でも普通の人に比べたら多いのに、まだ足りないとかどういう神経?」

「ちょっ、そんな言い過ぎ……ていうか、だから前……」

「「前?」」

 

 言われて顔を向ける二人。目の前には、以前見た気がする富士山が見えた。完全に油断した。透はともかく、円香は2回目である。似たような油断の仕方をするのは。

 

「わお、目前」

「きゃあああああああ!」

「とおるん、すごいな……これでも悲鳴あげないんだ……」

 

 そのまま急降下して行った。

 

 ×××

 

「はい、樋口罰ゲーム」

「っ……今のはズルでしょ……」

「え、俺ズルした?」

 

 した、と言い切りたい所だが、透が悲鳴を上げなかった時点でそうとも言い難い。……というか、あれで悲鳴を上げない透がおかしい。

 

「罰ゲーム何にする?」

「……あんま変なのと、お金関係はやめて」

「これ」

 

 言いながら透が鞄から取り出したのは、猫耳のカチューシャだった。

 

「……本気で言ってんの? てかなんで持ってきてんの?」

「面白いじゃん」

「大丈夫だよ。マドちゃんなら何つけても可愛いから」

「……はいはい。もうその手のセリフ飽きた」

「樋口、耳は赤いよ」

「浅倉、ブッ飛ばすよ」

「じゃ、つけるね」

 

 菅谷が、透の手からカチューシャを取って円香の頭に猫耳をつける。普段の私服に猫耳が生え、恥ずかしさから頬を赤らめる円香……菅谷も思わず頬を赤らめてしまうインパクトだった。

 

「やっぱり可愛い」

「……はいはい」

「喉撫でようか?」

「調子に乗らないで」

「俺も撫でたい」

「浅倉にも撫でさせないから。……ほら、早く次行くよ」

 

 意外にも、猫耳をつけた後なのに、積極的だった。透も菅谷もキョトンと顔を見合わせながらも、とりあえず後に続いた。

 

「じゃ、次はここ」

 

 到着したのは、お化け屋敷。そこそこな大きさで、当たり前だが学祭の時以上のクオリティなのは確実だ。

 

「最初に悲鳴あげた人、罰ゲーム」

「「……」」

 

 そこかよ、と思いつつ、円香のオーラは有無を言わさない様子だ。仕方ないので、透も菅谷も後に続いた。

 さて、三人でそのお化け屋敷に突入。ここから先、円香はどうするか、澄ました顔をしながらも考える。

 どうせ、この二人はお化け屋敷じゃ怖がらない。それはもう過去の経験から分かっていることだ。自分が何かすれば悲鳴を漏らすこともあったが、同じ手が二度通用するとは思えない。

 つまり……悲鳴を上げさせるには、最初の一発目が重要……! 

 

「とおるんの脇の下に……ブルロック」

「ひゃうっ! ……リカ」

「はい、悲鳴あげた〜」

「今のはダメでしょ。……ね、樋口?」

「ダメ」

「え、意外な返事」

 

 人の作戦を台無しにしおってからに……と、円香は内心で奥歯を噛む。

 とりあえず、標的は決まった。菅谷をビビらせる……! 

 

「わっ!」

「あれ? とおるん、後ろに……」

「リカ、お化け来てる」

「あれ? なんかあそこに白い人影……」

「ワァッ‼︎」

「今の悲鳴?」

「じゃなくて脅かそうと……」

 

 などと、お化けそっちのけで三人で脅かし合っていた。

 このままじゃ、もう誰も驚く事なんてないかも……と、円香は悔しげに奥歯を噛み締めた結果、強引な手に打って出ることにした。

 後ろから……首筋に手を当てる……! そう決めて、慎重に忍び寄り、手を伸ばしかけた時だった。

 

「あ、出口」

「えー、もう?」

「……」

 

 着いちゃった。なんかもう、円香は悔しくて頬を膨らませ、握り拳を強く作り、菅谷の後ろから飛びついて首に手を回した。

 

「うぐえっ! な、何すんのマドちゃん……!」

「なんか……腹立つ」

「なんで⁉︎」

「だって……腹立つ」

「いや全然理由になってなくない……?」

「で、今の勝敗は?」

「いや、今のは勝敗もクソもないでしょ」

「次行こう」

 

 なんて話しながら、三人は別のアトラクションに向かった。

 

 ×××

 

 さて、そこから先はどのアトラクションでも、常に全員で全員を脅かそうと隙を伺いあっていた。

 その結果、各々の頭には獣の耳が仲良くつけられたまま、遊園地をエンジョイしていた。

 残念ながら、時刻はもう夕方。一通り乗り物は乗り尽くしたし、もう帰らないといけない。

 夕焼けを眺めながら、菅谷が感慨深そうにぽつりと呟きを漏らす。

 

「……もう夕方かぁ」

「じゃ、最後行こっか」

「最後?」

「観覧車」

「あ……うん」

 

 透と円香に言われ、少しだけ嬉しそうに菅谷は頷く。前に乗れなかった観覧車。いよいよ、三人で乗れるわけだ。

 列は幸いにも空いていて、三人はすんなりと乗ることができた。室内に入り、椅子に腰をかけると、ゆったりと車体は動き始める。

 

「おお……すっご」

「リカ、めっちゃソワソワしてる」

 

 透が茶化すように言うが、菅谷は座ったのにすぐ立ち上がって窓の外を眺めながら、目を輝かせる。

 

「いや、だって……少しずつ上に上がっていく様子が感じられるのってあんまないでしょ」

「はいはい。いいから少し落ち着いて。……なんか気疲れしたし」

 

 円香が注意すると、おとなしく座った。実際、円香はいつの間にかデスゲームになっていたクリスマスに、少し疲弊していた。結構、気が抜けなかった。まさか食事中に菅谷と透から同時に変顔されて、噴き出させられるとは思わなかった。

 

「おお〜……ほら、あれ! ……あれ何?」

「いや何指差してるのか分からないし」

「あっちに東京タワー見えるよ」

「あ、ホントだ」

 

 透が教えた方向に、喜んで目を向ける。

 

「すげー、あの赤いのが返り血ってマジ?」

「誰から聞いたのそれ」

「え、なんか文事が言ってたけど」

「あいつもっかい殺すか」

「あ、スカイツリーじゃん。今度、月島行かない? もんじゃ焼き食べようよ」

「考えとく」

 

 少しずつ高くなるにつれ、見えてくる建物も増える。子供のようにはしゃぐ菅谷を眺めながら、円香と透も席を立った。

 菅谷を真ん中に挟むように立ち、窓の外を眺める。

 

「お、2人も見る?」

「ん」

「ホント、リカって子供だよね」

「え、そう?」

「とりあえず、今は座って」

「はいはい、こっち」

「えっ、わっ……!」

 

 二人に両腕を掴まれて、片方の椅子に座らされた。

 

「ど、どしたの?」

「ホント、バカは高いとこ好きだよね」

「なんでなじるの?」

「観覧車は、景色見るためのものじゃないから」

「じゃあ何のため?」

「ん、チューするため」

「は?」

 

 透がそう言った直後、唇と唇が触れ合った。ホント、全然そんな空気でもなかったのに、急に透に唇を押し当てられる。……いや、押し当てられただけじゃない。口の中に、舌が入ってきた。口内を舐め回され、舌と舌が絡み合う。

 その隣にいる円香は、窓の外を眺めながら小さくため息をついた。まるで「やると思った」とでも言うように。

 そこでようやく、透は菅谷の口から離れる。つうっ……と、口と口を繋ぐように糸が引く。

 

「とっ……とおるん……?」

 

 大丈夫? と心配になるくらい顔……というか頭を真っ赤にした菅谷が、クラクラしながら声を掛ける。

 ……が、透はいつもと同じ笑みなのに、何処かヤらしく見える笑顔を浮かべて答えた。

 

「ふふっ、唾繋がってる」

「え、舌入れたの?」

 

 反応したのは円香。ベロチューを知らない菅谷は、キョトンと小首を傾げる。

 

「し、した……?」

「うん。なんか入れたくなった」

「ちょっと待って。私そこまでしてないんだけど」

「樋口は添い寝したじゃん。二人きりで」

「だ、だからって……いや、まぁそうだけど」

 

 なんだか、まるで元々の予定だったかのように話が進んでいく。

 渋々ながら納得したのか、円香は透と一緒に自分の方を向く。思わず菅谷は胸の奥でドキッと心臓を高鳴らせる。

 

「で、リカ」

「私達からキスしたけど?」

「……え?」

「「リカからは?」」

「……聞いてないんだけど、あの……そんな制度……」

「言ってないからね」

「ていうか、前から思ってたんだけど、あんたいい加減、照れて気絶して記憶なくなるのなんとかして」

「え?」

 

 円香から急に怒られ、ゾッとしてしまう。

 

「少しは耐性つけてって言ってるの。キスとかしたとき、恥ずかしいのがそっちだけだと思わないで」

「っ……は、はい……」

 

 それはその通りかもしれない……と、菅谷は少し反省する。なんだか、それは男として情けない話なのかもしれない。

 しょぼんと肩を落としていると、その菅谷に透がそのまま言った。

 

「……で、キスは?」

「え……い、今やるの……?」

「「……」」

 

 聞くと、二人とも黙って目を閉ざし、若干、唇を尖らせる。その顔を見て、なんだかやたらと色っぽく見えた菅谷はまた頬を赤らめる。ここは観覧車の中、逃げられそうにない。

 ……いや、そもそも逃げる必要なんかない。自分は二人が好きなんだし、もうここまで言われてまだ逃げるのは、男として違う。

 そう、気合を入れよ。男として、ここは逃げてはいけない……! 

 ゴクリと唾を飲み込み、まずは透を見る。先に唇をつけられたのは透だったからだ。

 緊張気味に顔を近づけ、唇に照準を合わせる。

 今から、キスを……キス、よく外国の映画にある餌を蒔いた池の鯉のようなキスを……。

 ……。

 ………。

 …………。

 ていうか、まだ付き合ってもないのに自然とキスするのおかしくない? 

 なんで今更、正論が頭に浮かんでしまった結果、菅谷の照準はズレ、透と円香の頬に一回ずつ、唇をつけた。

 

「……え」

「……は?」

「……ぁ、あの……今日の所は、これくらいで勘弁してくださぃ……」

「「……」」

 

 目を開いた二人はすぐ半眼になる。透でさえジト目だった。だが、まぁ菅谷にしては頑張ったと思われたのだろうか。二人して頭に手を置いた。

 

「はいはい。ゆっくりね」

「今更、キスより高度なことしてるくせに何言ってんのって感じだけどね」

「……はぁ」

 

 恥ずかしさで頬を赤らめるしかなかった。その菅谷に、透と円香は笑みを浮かべたまま続けて言った。

 

「大丈夫だよ、リカ」

「そういうところ、嫌いなわけじゃないから。……今後とも、3人でゆっくり慣れていけば良いよ」

「とおるん、マドちゃん……!」

 

 感極まった菅谷は、両サイドの二人の首に腕を回し、抱き寄せた。こういうことができるのに、キスは出来ないってどういうことなの……と、円香も透も思いながらも、とりあえずされるがままになっていた。

 

 




言い忘れていましたが、高校2〜3年生編は飛ばすことになるかもしれないです。
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