12月28日……年末も年末。円香は既に部屋の掃除を終えて、部屋でまったり過ごしていた。
コタツ……これは人類史上、生み出された悪魔の兵器と言える。一度入ったが最後、身も心も抜け出す事を拒む戦略級兵装。恐らく、人類が退化するとしたら間違いなくこいつが原因の一端を担うことになるであろう……なんて円香は馬鹿なことを考える程度には、コタツに囚われていた。
しかし、何の罪悪感もない。冬休みに宿題なんてないし、やる事も全部終わらせた。後顧の憂いを断って、こうしてボンヤリ出来……。
「樋口、樋口」
「……なんでいるの」
「? 玄関から来たから?」
……ない。幼馴染の方のバカが来てしまったから。
「何? 今、まったりしてるんだけど」
「部屋の掃除、手伝って」
「嫌」
秒殺である。人がまったりこいている間に何なのだろうか、この幼馴染は。
「手伝って」
「嫌」
「……手伝ってくれないと、お母さんが部屋に来ちゃうんだけど」
「あんたもうちにきてるから大丈夫」
「そしたら、この前買ったゴム見つかっちゃうんだけど」
「……」
「隠す場所、考えて」
「……」
ほとんど脅迫だった。いや、なんなら割とマジで助けを請いに来ているかもしれない。
何にしても、買ったのは自分とはいえ、部屋に置くように言ったのは自分だし、放ってはおけない。
「……わかった」
「ついでに掃除も……」
「それは知らない」
「えー、リカの掃除はいつも手伝うくせに」
「あの子は一人暮らしでしょ。……それに、あんたと違ってちゃんと毎回、感謝してくれるし」
そんな話をしながら、渋々コタツから出て行った。
隣の家に行くために、まずは靴を履いてからのんびりと歩く。
「そういえば、リカは今頃、何してるのかな」
現在、菅谷はもう実家に戻っている。年末年始は夏休みの時以上に催しが多いらしい。
「さぁ? まぁ、もしかしたら色んな忘年会に参加してるかもね」
「あー……あれか。お酒のつきあいってやつ」
「リカは飲まないでしょ」
「でも、周りの人は飲んでるんでしょ? 無礼講だーとか言って飲まされてるかもよ」
「リカのお父さんは、それを許すタイプじゃないと思う」
「あー……見た感じは厳しそうな人だもんね」
「うん。だから、心配しなくて平気」
「……してるように見えた?」
「見えた」
こう言うところを見ると、透も本当に菅谷のことが好きなんだと実感してしまう円香だった。本当に、隣の幼馴染とも変な関係になったもんだ。
そのまま二人は浅倉家の中に入る。
「ところでさ、樋口」
「何?」
「今更なんだけど……私達とリカって付き合ってんのかな」
「は?」
「や、だってまだ告白とかしてなくない?」
「……」
確かに、と円香は押し黙りながら思ってしまった。
「もうこれ恋人?」
「……まぁ、その辺はリカが戻って来たらハッキリさせれば良いでしょ」
「そうなんだけどさ……あ、それならさ、ロマンチックにしない?」
「どういうこと?」
部屋に向かいながら聞き返すと、透はすぐに説明した。
「だから、どうせ付き合う事は決まってるんだからさ、シチュエーションは凝ろうよって」
「いや、二股の時点でロマンチックも何もないんだけど」
「じゃあ……良いの? このまま『どうせ私のこと好きなんでしょ? もう付き合おうよ』みたいな感じで」
「…………嫌」
「じゃ、考えよう」
「……はぁ」
まぁ、一理ある。ここまでキスだの添い寝だのしてきて、他の女に取られることはないだろうが、かと言ってそんなぐだぐだな付き合い方はごめんだ。
「まずは日にちから決めよ」
「……バレンタイン当日とか?」
「えー、普通過ぎない?」
「ロマンチックってそういうものでしょ」
まぁ、何にしても、帰ってくるまでまだ日はある。どうやって付き合うのかは、ゆっくり考えれば良いだろう。
「私としてはホワイトデーに向こうから告られたい」
「向こうからってかなり難しくない?」
「上手いこと仕掛ければ何とかなるでしょ。樋口が」
「ブッ飛ばすよ」
なんて話をしながら、透の部屋に入ったときだ。透の母親が、部屋の中に入っていた。……ゴムの箱を持って。
「……これ、何?」
「「あっ」」
×××
一方、馴染みのない実家に戻った菅谷は、意外と暇していた。というのも、今日予定していた忘年会が急遽、中止になってしまったからだ。
なので、仕方なく実家がある街を散策していた……のだが。
「はぁ……暇」
やることがない。さっき、父親に「だからお前、電気代使い過ぎだっつーの。寝る前は暖房とかタイマーかけろって言ってんだろ」と怒られたばかりだったのもあって、小遣いを減らされてしまった。
しかし、父親が言うことがもっともなのも分かる。たまに暖房をつけたまま学校に行ってしまう事もあるくらいだ。
というか、菅谷自身も、夏休みには透や円香がバイトしていたと聞いた時から、自分も自分の小遣いくらいは稼げるようになりたいと思っていた。
けど、まぁ面接受けるなら一人暮らしのとこ戻ってからかなーと考えているので、今は節約中である。
まぁ、そんなわけで、のんびりと表を歩きながら暇をしているわけだ。
「はぁーあ……」
表を出歩いているものの、あまり虫や動物もいないし、本当に暇だ。
そんな呑気な事を考えながら歩いているときだった。何やら忙しなく走っている男の人と目があった。
「おっ……」
「?」
「君、今時間ある⁉︎」
「え、ありますけど。なんでですか?」
「モデルに興味ない?」
「ないです」
「勿論、お金は出すから手伝って!」
「名刺も渡さない社会人にはついて行っちゃダメだって父ちゃんに言われてるので」
「あー、失礼。私、こういうものです」
受け取った名刺を見る。菅谷でも聞いたことあるモデルの事務所だった。
「今日、来る予定だった人が急に来れなくなっちゃって……代役になりそうな人、探してたんだよ」
「そうですか。じゃあ、俺はこの辺でそろそろ……」
「なんでよ! 少しくらい聞いてよ! さっきも言ったけど、ギャラ出すから!」
「はぁ……」
だが……まぁ暇してたのも事実だ。お金も欲しいし、少しくらいなら付き合っても良いだろう。
「分かりましたよ。何処で撮るんですか?」
「近くの河川敷。案内するから来て!」
「はいはい」
そんなわけで、スタッフさんと一緒に現地へ向かった。
場所は本当に河川敷。カメラを持ったスタッフや、黒い傘みたいなのなど、たくさんの人がいた。
その中で、一際輝いて見えたのが、背が高く髪が長い女性だった。それこそ、円香や透に負けず劣らずの美人さんだ。
「すみませーん、代役さん連れてきました!」
「来たか。……うおっ、超イケメン⁉︎」
「なんか歩いてました!」
「よくやった!」
偉い人なのだろうか?
その人がこちらに歩み寄ってきて、名刺を渡してくる。
「初めまして。私、こういう者でございます」
「あ、どうも」
「急な話で大変申し訳ありませんが、来月発売予定の我々の雑誌に、載ってはいただけないでしょうか?」
「ギャラは?」
「……これくらい」
電卓を弾いて見せられ、思わず目を丸くした。あまり金を使わない菅谷としては、普通に二ヶ月分くらいのお小遣いにはなる。
「良いですよ」
「よっしゃ。じゃあ、こちら共演者の方です」
「初めまして。凛とした少年……私は、白瀬咲耶です」
「あ、どうも。綺麗なお姉さん。菅谷明里です」
「ふふ、綺麗な名前だね。まるで少女のように」
「そちらこそ、花畑に舞う紋白蝶みたいに美しい名前ですね」
そんなやり取りを眺めながら、スタッフから「おお……」と声が漏れる。
「すげぇ……初見で咲耶ちゃんと鍔迫り合いしてやがる……」
「何者だよ、あの子……?」
「というか、あのイケメンが野生でいたの? ラティオス?」
なんて声音を無視して、菅谷は咲耶と握手した。
×××
「あっぶなかったね……」
「未開封で良かった……」
ぎりぎり、怒られなかった。と、言うのも「学校で仲良くなった女子に万が一の時とか要らない世話を焼かれた」と言い訳したからだ。
多分、嘘であることはバレていたが、少なくとも使うつもりはない……いや避妊しないでって意味でなく、活用する場がないという意味で使うつもりがないことは伝えたからセーフだったと言えよう。
……とはいえ、円香の目の前にいる奴は、菅谷を押し倒した女でもあるわけだが。
「はあ……結局、掃除手伝っちゃってるし」
「そこはほら、樋口だから」
「帰るよ」
「わー、うそうそ」
こういうとこも、菅谷と透の差だろう。……なんて思っていると、透が少し拗ねた様子で返した。
「でも、少し羨ましいとか思ったりしてるから」
「? 何の話?」
「リカにばっかり世話焼いて、樋口あんま私の世話焼いてくれないし」
「まず世話を焼かさないで」
「私、樋口のことも好きだから」
「はいは……は?」
「部屋、片付けよう」
「……ん」
今の言い方……気の所為だろうか? 気の所為と思いたい所だが……いや、今は考えるのはやめておこう。
それよりも、掃除だ掃除。さっさと終わらせて、コタツの中でダラける。そう決めて、せっせと手を動かした。
元々、ゴムを隠したいというだけで呼ばれたので、あまり散らかった部屋ではない。そんなに時間は掛からないだろう。
窓を拭いて、ゴミをまとめて、掃除機をかけて……と、手際良く進める。
「流石、樋口。もうほとんどお嫁さんじゃん」
「……いいから手を動かして」
「あ、照れた?」
「帰るよ?」
「あ、うそうそ」
透が布団を干してパンパン叩きながら埃を払っている間に、円香は年末の大掃除なので、ベッドの下とかの埃も出して……と、思いながら、ベッドの下を覗き込んだ。
そのときだった。ふと見えた、プラスチックのケース。なんであんな所に雑誌が? と思い、手を伸ばして取ってみる。
「な、に……これ?」
手元まで引き寄せると、そこにあったのは……。
「え……」
その直後だった。ガッと手を肩の上に置かれる。後ろを振り向くと、そこに立っていたのは真顔の透。いつもの表情なのに、見下ろされているからか、やたらと背筋が凍りつく。
「……見たな?」
「……」
×××
車に乗って着替えを済ませた菅谷の服装は、真冬のアウトドアっぽくコーディネートされた服装だった。流石、イケメンな上に柔道出来る程度には筋肉もあるだけあってよく似合っている。……中身を知らなければ、の話だが。
「じゃあ、写真撮るよ。咲耶ちゃんと菅谷くん、早速歩いてみて」
「歩くって、川沿いですか? 水の中ですか?」
「バカなんですか? 服濡れるでしょ!」
そっか、と菅谷は納得すると、隣の咲耶が菅谷の肩に手を乗せる。
「ふふ、緊張しているのかい? 大丈夫、リラックスして。私がいるから」
「え? あ、いえ。水の中歩くんだったら冬だと嫌だなって思っただけです」
「そ、そうか……ユニークだね?」
「にしても、白瀬さん背高いですね。羨ましいです」
「そうかい?」
「はい。背が高い上にかっこよくて、ユニークですよね」
「……ふふ、ありがとう」
褒めてるつもり……というよりも、何も考えず適当に会話している菅谷だが、咲耶でなかったら「なんだこのガキ可愛くねーな」となってもおかしくなかった。
とりあえず、二人並んで歩いていれば良い、との事なので、川岸を歩き始めた。
「菅谷くん、もっと格好つけてみて」
「格好?」
「そう! なんか、好きな俳優さんとかいるでしょ。そういうのモデルにして」
いるにはいるが高○一生、小日○文世、田○正和なので、年代的に参考にならない。
……なので、文化祭での経験をもとにやってみることにした。つまり、執事の歩き方である。ちょうど、隣にお嬢様がいるのだ。
優雅に咲耶の前でお辞儀した菅谷は、そのまま手に触れた。
「では、お嬢様。参りましょう」
「おや、エスコートしてくれるのかい? ありがとう」
「はい。お手を拝借致しましょう。お嬢様」
「お嬢様、か……そう呼ばれるのは少し新鮮だね。なんだか、照れくさいよ」
「お戯れを……」
直後「真冬のアウトドア」の写真の撮影のつもりで来たのに、いつの間にか「お嬢様と執事のお忍び旅行」のような絵になってしまった。
しかし、スタッフは誰一人として止めなかった。何故なら……絵になりすぎているから。
「……これはこれでありだな」
「というか、あの連れてきた子、何者よ」
「ダイアの原石だろ」
「ダイア? ダイヤじゃないの?」
「え、うそだあ」
「俺はダイヤ派」
「どっちでも良いわ」
なんて話をしながら、二人の様子を撮影し続けた。
×××
「ねぇ……あ、浅倉本気で見る気……?」
「見られたもんは仕方ないし、一緒に見る」
「や、私は別に見たくないんだけど……」
「ダメ。……それに、リカの性癖のためだし」
「せ、性癖とか言わないで……!」
「恥ずかしいの? それとも怖いの?」
「っ、そ、その言い方……ホント、ズルい……!」
「あ、始まるよ」
直後、画面に映ったのは……グンタイアリの群れだった。
『特集! グンタイアリの恐怖!』
まるで風に吹かれた草原の絨毯のように揺れるくらいの群れに、ゾワゾワっと背筋を凍りつかせる円香。
「や、やっぱり見たくない……!」
「ダメ。人の部屋、勝手に物色した罰」
「掃除でしょ!」
「あそこまでやるには家主の許可ないとダメでしょ」
正論はごもっともだが、そもそも顔が少し楽しそうなのでダメだ。絶対、それほど気にしてないくせに、完全に楽しむ気満々でいじってきている。
「ていうか、なんでそんなの持ってるの」
「古本屋で安かったから。リカがうちに来た時のため」
「なんであんなとこに隠したの?」
「いや、床に置いといたら、蹴っ飛ばしていつの間にか隅の方へ」
要するに、よくあることだ。これでもまだマシな方で、中学の時は靴下片方無くすとか、ネクタイが机の裏から出て来るとか頻繁にあったのだ。
さて、そんな二人のやりとりをよそに、DVDは続く。
『グンタイアリの恐ろしさは、如何なる壁が待ち受けても突き進み、食い尽くす事である。たとえ相手がライオンのような肉食動物であろうと、ゾウのような巨大なフィジカルを誇る動物であろうと、恐れず突き進むのです』
「っ……き、気持ち悪い……」
「バイオみたい。ウケる」
「ウケない」
二人してウジャウジャと動くグンタイアリの波を、円香はもう見ていられなくなり、透の肩に額を置いて顔を背ける。
「樋口? もうギブ?」
「うるさい……!」
「でも、ホラー映画より怖い気持ちはわかるよ。私、絶対アフリカに行きたくなくなったし」
「行くことなんてないでしょ……ていうか、もういいでしょ」
「だめ。もう少し……」
なんて言っているときだ。ピロンっと電子音が耳に響く。円香も聞いたことあるような音だ。
「あれ?」
「何?」
声を漏らした透が、テレビの方に歩く。テレビの真下に手を伸ばすと、スマホが出てきた。
「うわ、容量オーバーかー」
「は?」
「動画、リカが寂しがると思って撮ってた」
「……」
今度は怒りが恐怖を凌駕した。ゆらりと立ち上がると同時に、透へ飛び掛かる。
「消して!」
「おっと、危ない」
「そんなの送らないで! よりにもよってあいつに」
「いや、あいつだからこそでしょ。もし、次の機会があったら、向こうから甘やかしてくれるかもよ?」
「……。……いやダメだから。恥ずかしいものは恥ずかしいから!」
「少し考えたでしょ」
「とにかく消して」
「おっ、と。身長と胸は私の方が大きいから。無理無理」
直後、円香の中で何かがブチっと切れた気がした。ぬくぬくしてる中、引っ張り出されて、怒られかけてすけべがバレ……いやすけべと思われるものを買ったことがバレて、結局掃除を手伝わされた挙句、見たくないもの見せられ、その上また辱められそうになり、終いには貶された。
つまり……小柄には小柄の戦をしろと言うことだろう。かの有名な豊臣秀吉から神託を受けた気がした円香は、透の胸を正面から掴みに行った。
「樋口ゴッドフィンガー」
「えっ……」
むにゅっという柔らかい感触(腹立たしいことに)を掴みながら、ソファーの上に押し倒す。
そのまま馬乗りになり、胸から手を離しながら、見下して告げた。
「……これで、私の方が大きい」
「っ、あ、やばっ。もしかして、激おこ?」
「聞かなきゃ分からない?」
言いながら、円香はワキワキと指を曲げて伸ばし、また曲げて伸ばす。
「そんなに大きい胸が偉いなら、どれだけすごいものか見せてもらうから」
「いや、偉いとかじゃ……」
「樋口ダークネスフィンガー」
「さっきから思ってたけど、それ頭じゃ……あっ」
ヒュボッ、と火がついたような音と共に両手で胸を揉みしだかれた時だった。
「透、部屋の掃除終わっ……あ」
「「? あっ」」
鏡餅を買いに行っていた透の母親が、ガサッと手からビニールを落とした。
×××
「へぇ、高校生で一人暮らしか……」
撮影の休憩中、歳が近いこともあり、菅谷は咲耶と一緒にお話ししていた。
「はい。ようやく慣れてきたとこですけど」
「すごいね。私は一人暮らしは……少し考えられないかな」
「いやいや、俺だって一人じゃ無理でしたよ。けど、マドちゃんととおるんがすごく手伝ってくれて」
「? 友達かな?」
「はい。友達……なのかな」
キスしちゃったけど、それも二人ともと。なんて頭の中で付け加える。というか、キスとかしてしまった以上は、二人とも友達では終わらない関係になったと言うべきなのだろうか?
「ふふ……そっか。羨ましいな。そんな友達と二人も出会えるなんてね」
「はい。ラッキーでした。マドちゃんはいつも厳しくてよく怒られちゃうんですけど、その反面、ちゃんと家事を手伝ってくれて……というか量と質的には俺が手伝ってる、みたいになっちゃってて、とおるんは最初の方はうちに来ても好き勝手、映画見てるだけだったのに、今じゃしれっと手伝うようになってくれてて……なんか、もらってばかりで俺は何もあげられてなくて……」
「待った。話の腰を折ってすまないが、その二人は異性ではないのかい?」
「そうですよ? ……あ、写真見ます? ほらこれ」
見せたのは、この前のイブで組体操をしている写真だ。直後、咲耶は思わず半眼になる。
「これはー……何処で撮ったのかな?」
「ショッピングモールですよ?」
「えーっと……店内でこれを?」
「はい」
「……ところで、ツリーが見えるがクリスマスを一緒に過ごしたのかい?」
「そうですね。三人で」
「修羅場にはー……ならなかったのかい?」
「? なんで?」
「……ところで(2回目)、普通に上に乗っている少女……」
「あ、こっちがマドちゃん」
「マドちゃんさんの脚を普通に握っているが、嫌がられたりとかはしなかったのかい?」
「いえ、割とマドちゃんもノリノリでしたし……」
「そうではなくて……距離が近いな、みたいな……同性ならともかく、異性で」
「そうですか? 普段から、腕組んで歩いたりとかしてますし……とおるんなんかはよくおんぶを強請って来ますし……」
「……おんぶ?」
「? おんぶ知らないんですか?」
「……」
しばらく、咲耶は黙り込んでしまう。何かまずいこと言ったかな、と思った菅谷は、そこでようやくハッとした。……自分が言った話、まるで二股を開き直っている男のようなのでは? と。
つい、友達自慢をしたくなってペラペラ喋ってしまったが、普通に考えたらだめなやつかもしれない。
「あ、いや……別に二股とかじゃ……」
「……菅谷くん。一つだけ、忠告させてくれ」
「っ、な、なんです……?」
「二股は良くない。結局、一番傷つくのは彼女達なのだ。どちらから愛され、どちらのことも愛しているとしても、どちらかを選ばなければダメだ」
「……? 傷つく、んですか?」
「当たり前だろう。君ならどうだ? 他の男ともし、二人がくっついていたら……」
「や、くっついてないですし……」
「気付かないうちに、だ」
「二人とも気付いてますよ? というか、しょっちゅう三人一緒ですよ?」
「え」
すると、咲耶は顎に手を当ててまた考え事を始める。やがて、少しずつ自分と透、円香の関係が分からなくなったのだろうか?
その咲耶に、菅谷はすぐに続けた。
「分かってますよ。二股がダメなことくらい」
「え?」
「でも……まだ付き合ってるわけではありませんし……それに、二人が二人とも、気を使ってるわけじゃなく『三人で一緒にいたい』と言ってるんですから、なら男として根性見せないとダメでしょ」
「……そうか。当人達が良いのなら、良いのかもね」
「はい」
咲耶も納得し、微笑みながら言う。良いこと言った風で落ち着いたが、この男は先日、根性が足りなくて二人にキスもまともに出来なかった男であることを、忘れてはならなかった。
×××
「……正直に話して。あなた達とリカくん、どういう関係?」
襲っているように見えたのだろう。全くの誤解で怒られてしまった。
「いや、だから……」
「普通に二股ですけど……」
「じゃあさっきのは何? ……まさか、リカくんは遊びであなた達が本気なんてことはないよね?」
「どんな発想?」
「そんな人でなしじゃないです」
「もっかい聞くけど、じゃあさっきのは何」
「あれはー……」
マズイ、と円香は冷や汗を流す。何せ、自分が透の胸を襲ったのは事実だから。
それは透も同じはず。同性愛者への非難ではないが、勘違いされるのは誠に遺憾である。
どうする? と、透の様子を伺おうとチラ見すると、透は真顔のまま告げた。
「樋口が急に襲ってきました。私は無罪です」
「なんで切り離し作業に移ってるの!」
「事実だし。本当は三人で付き合いたかったけど、樋口が先走った以上は仕方ないね」
「流れるように裏切らないでくれる⁉︎」
「そもそも、樋口が買ったものを私の部屋に置いて行って親に怒られた時点で、割と裏切られてる」
「……あーそう、そういうこと言う? 言っちゃうわけ。リカのこと押し倒した癖に」
親の前で、爆弾に火を付けた。直後、透も眉間に皺を寄せた。
「……さすが、リカと添い寝した人は言うことが違うわ」
「……は?」
「ちょっと、二人とも……」
暴露大会が始まった。
×××
「いやー、ありがとね。菅谷くん」
「いえ。良い暇つぶしになったんで」
軽く手を振りながら、お金をもらう。現金払いじゃないと信用出来ないから。
すると、偉い人は少し考え込むように顎に手を当てたあと、改まった様子で声を掛けて来た。
「なぁ、君」
「はい?」
「もし良かったらなんだが……また頼っても良いかな? その……モデルに」
「無理です」
「相変わらず返事が早い……」
「や、そういうんじゃなくて、俺一人暮らししてるから、こっちにはいないんですよ」
「そ、そうなのか。ちなみにどこ?」
「もっと都心の方……えーっと、○○あたり」
「そこなら、うちの事務所も近いんだけど……ダメかな?」
「お話は嬉しいんですけど、俺友達と遊ぶ時間なくなるのはちょっと……それに、俺も親に相談して見ないことには……聞いてみますね」
収入源になるのはありがたいし、もしかしたらカッコ良い洋服を着た自分を、透や円香に見てもらえるかもしれない。
けど、勝手に決められる話ではない。それに、菅谷の勝手なイメージは「モデル→芸能界→ドラマデビューとかで時間取られるの嫌だ」というざっくりしたイメージがあった。
そんなわけで、スマホを取り出し、電話を掛けた。
「もしもし、父ちゃん?」
『どした。迷子か?』
「なんかモデルにスカウトされちゃったんだけど。どうする?」
『詐欺だ。室寺を送るから、お前は逃げろ』
「いやもう撮影したあとなんだけど。あ、一緒に撮影した人、白瀬咲耶って人なんだけど、調べてみ?」
『……なるほど。お前はどうしたい?』
「ん、んー……忙しさによるかなって。マドちゃんとかとおるんと遊ぶ時間減るのは嫌だけど、でも父ちゃん達に頼らないで小遣い稼げるなら、それも良いと思う。だから、週に2〜3回くらいなら」
『いや、シフト制じゃないから週に2〜3回とかそんな風には決められないと思うよ。あと、バイトしてようと、それが成績落ちた時の言い訳にはさせないぞ』
「大丈夫……だと思う。成績見たでしょ? すげくね? マジで理科系科目、今のところ100点以外取ったことないよ。てか100点以外の取り方を知りたい」
『……わかった。責任者の人と代わって』
とのことで、菅谷はスマホを偉い人に差し出した。
「何?」
「代わってって」
「え、お、親父さんと?」
「うん」
そんなわけで、電話に出た。しばらく話したと思ったら、急に電話越しなのにペコペコと頭を下げ始めた。なんの話をしているのかは分からないが、よほどの内容なのだろう。「え、す、スポンサーの……社長⁉︎ あ、はい。ええ、週に2〜3回……はい。はい。あとバレンタイン、ホワイトデー、クリスマス、3月31日、5月4日、10月27日は必ず空ける……はい、はい。分かりました。……え、万が一の時? キン肉バスター? それ一応、プリンスカメハメから授かった殺人技……あ、いえ、何でもないです。分かりました。失礼しました」などという話が聞こえてきて、ようやく電話が戻ってきた。
「父ちゃん、何の話してたの?」
『何でもない。じゃあ、頑張れよ』
「あーい」
それだけ話して、電話を切った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます」
「どしたの?」
「どうもしていないのでございます」
そんなわけで、バイトする事になった。