浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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理屈と感情は別物だから、最大公約数を探せ。

 冬休みが終わり、学校初日。まだまだ雪が残った住宅街で、円香と透はのんびりと待ち合わせ場所で待機する中、透が手元をすりすりさせながら呟いた。

 

「う〜……さっむ……」

「言わないで。尚更、寒く感じるから」

「樋口はタイツ履いてるじゃん」

「ま、浅倉よりは寒くないけど」

「ふふ、ムカつく」

「悔しかったら自分も履いてきて」

「触らせて」

「は? ちょっ待っ……何して……!」

「おお……絶景。エロい黒タイツの下にクマさんパンツ」

「言うな! ていうか、潜るな!」

 

 透がしゃがみこんで円香の脚にしがみついている時だった。たったったっと走って来る足音が聞こえて来る。

 

「マドちゃーん、とおるーん。お待た……何してんの?」

「私に聞かないで」

「樋口の熊さ……んっ!」

 

 蹴り上げられ、ひっくりかえる透を無視して、菅谷は缶コーヒーを二人に差し出した。

 

「遅れてごめんね。これ、お詫び」

「ん、許す」

「とおるんも……大丈夫?」

「心配が遅い……」

「ていうか、背中濡れちゃうよ。風邪引くよ」

「うう……優しいのか冷たいのか分からない……少なくとも背中は冷たい……」

「いいから立ったら?」

 

 円香に冷たく言われ、菅谷の手を借りて立ち上がった。

 

「はい、とおるんもコーヒー」

「ありがと……おんぶ」

「はいはい」

「リカ、あんま浅倉を甘やかさないで」

「いや、樋口だってコーヒーもらってるじゃん」

「いやその件じゃなくて」

「マドちゃんもおんぶ?」

「私はいい。人前で表立っていちゃつきたくない」

「えー、マドちゃんの方が軽いのに……」

「……リカ、どういう意味?」

「あいだだだだ! う、嘘ですスミマセン!」

 

 おんぶしている透に髪の毛を引っ張られ、慌てて謝る。離されたと思ったら、今度は円香が菅谷の頬をつねった。

 

「は? 嘘ってどういう意味。私の方が重いって言いたいわけ?」

「ひ、ひふぁふっへ!」

「リカー、早く歩いてー。遅刻しちゃうー」

「あーもうっ、分かったよー」

 

 そのまま三人で学校に向かった。

 歩きながら、菅谷が小さくため息をつく。

 

「今日から学校かー……なんかしんどいなぁ」

「リカ、学校嫌なの?」

「というより、試験が面倒というか……勉強、やっぱ頑張ると疲れるから」

「浅倉と違って、ちゃんと勉強してるから、リカは」

「勉強しないと二人と一緒になれないもん」

「紛らわしい言い方しないで。今でも一つにはなってないから」

「え、紛らわしい言い方してるの樋口じゃん」

「浅倉うるさい」

 

 言葉の意味がいまいちわかっていない菅谷らしい言い方だった。おかげで、円香のストレスは今日も元気に溜まってしまう。

 

「はぁ……なんか、あんたらといるとホント疲れる……」

「え……マドちゃん、俺と一緒にいるの嫌……?」

「わっ、酷い樋口……弟に向かってそういう事……」

「そういうとこが疲れる。特に浅倉」

「マドちゃん、お姉ちゃんにそういうこと言っちゃダメでしょ」

「そうでしょ」

「……そもそもなんで私が妹?」

 

 なんて、のんびりと話しながら、学校まで歩いた。普通になんかもう姉弟であることは否定しなくなってきていた。

 校舎が見えてきて、なんだか久しぶりの学校に、なんだかんだ言ってソワソワと楽しみに思えてきていると、ふと円香は視線に気づく。見られている。

 ……いや、そりゃおんぶしながら学校に来れば目立ちもするだろうが、それにしても見られすぎな気がしないでもない。

 

「とおるんさぁ、もしかしてお正月、お餅とかずっと食べてた?」

「うん。なんで? ぶつよ?」

「聞いたのにぶつの……? ……い、いや、デリカシーがないかもしれないけど、これはとおるんのためを思って言ってるわけで……」

「言うってことは、ダイエット付き合ってくれるんだよね?」

「あ、ほんとに太ったの?」

「……」

「いだだだ! せ、背中叩くのやめて! 分かった、付き合う……付き合うから!」

 

 なんてやってる二人は周りに見られている自覚があるのだろうか? いや、ないのだろうが……にしても、今日はやたらと注目を浴びている気がする。新年だからとか? 

 昇降口についたので、透を下ろして三人で教室へ。自分だけ離れた席に座った円香は、すぐに立ち上がって透と菅谷の席に向かった。……が、そこにいたのは透のみだ。

 

「リカは?」

「トイレ」

「ふーん……」

「見られてるよね」

「え?」

「リカ」

「うん」

 

 確かに、なんかやたらとジロジロ見られている気がする。菅谷が。見られるのも頷けるレベルのイケメンだが、もうこの学校の生徒なら慣れたはずだ。

 改まってここまで注目浴びるほどのことは……と、思っている時だった。ふと視界に入ったのは、隣の席の女子の机の上に置いてあるファッション雑誌。

 手に取って中を覗く。そこに載っていた見開き2ページには……どこかで見たイケメンが、見覚えのないイケメンと一緒に土手沿いを歩いている写真が載っていた。

 

「……は?」

「どしたの」

「これ」

「……は?」

 

 なにこれ……と、色々と思うところはある。まず隣の巨乳は誰なのか、そしてなんで雑誌にあのバカが載っているのか。

 だが、一番気にかかったのは、なんで隠していたのか、だ。モデルなんてやるのなら、言ってくれれば良い。まぁ、止めたが。何せ他の女の子に菅谷の見てくれだけは良い顔が知られてしまうから。

 ……でも、だからってコソコソされるのはもっとムカつく。

 

「後で尋問するから」

「うん」

 

 なんにしても、まずは尋問……というか、菅谷が戻ってくるの遅い。

 あの変なところで勘が良い男は、もしかしたら尋問されることを先読みして逃げたのかもしれない。

 

「行こっか。こっちから」

「ん」

 

 透の案で、2人で男子トイレの方へ向かった。

 すると、そこへ向かう道中、女子生徒に囲まれている菅谷の姿が見えた。

 

「あ、あの……ここに、サインお願いします!」

「や、だからサインとかないから……」

「この雑誌、見ました!」

「あそう。あの、教室戻りたいんだけど」

「あと咲耶様のサインもお願いします!」

「それは白瀬さんに聞いてよ」

 

 ……なんか、囲まれている。どちらかと言うと一緒に写っていた人のサインが目当てっぽいが。

 

「リカ」

「あ、とおるん。マドちゃん」

「何してんの?」

「いや、ちょっと捕まっちゃって。雑誌で一回、モデルやっただけなのに」

「ほんとにモデルやってたの?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「「聞いてない」」

 

 少しイラッとした。こいつの中では言ったことになってたのか、と。

 

「俺、モデルになったんだよね。年末に歩いてたら、スカウトされちゃった」

「……ふーん」

「モデル、ねぇ?」

 

 ……つまり、この野郎、自分達に何の相談もなくそういうとこに行ったのか、と思ってしまった。……いや、スカウトされたと言っている以上は、不可抗力なのかもしれないが。

 

「っ、な、何……怒ってる?」

「「別に」」

 

 二人揃って拗ねたように言ってしまった。ちょっと色々納得いかなかったりするから。

 

「……相談くらいしてくれても良いのに、って思わないでもないだけ」

「いや、そんな時間なかったんだよ。父ちゃんには一応、聞いたけど」

「ふーん……」

「大丈夫だって。ただのバイトだし。それに、マドちゃんととおるんがいるから、白瀬さんとも連絡先交換とかしなかったよ」

「っ……」

 

 そんなことを言われれば、二人とも何も言えなくなる。それと同時に、少しは自分達との関係を意識してくれているみたいで嬉しく思えてしまったり。

 

「とにかく、俺がモデルなんてやったって、二人とはずっと遊んでいたいと思ってるから。だから怒らないでよ」

「……嫉妬してる、みたいな言い方やめて」

「ね。モテたらムカつくけど、それ嫉妬じゃないから。なんかムカつくだけ」

「え……いやそんなつもりはないんだけど……ただ、俺なら遊ぶ時間減るのは嫌だって思うから」

「……」

 

 ダメだ。やはり無意識の菅谷には、口で勝てる気がしない。

 二人とも、もう黙ってほんのりと頬を赤く染める中、菅谷は女子生徒に顔を向けた。

 

「でー……なんだっけ。サイン?」

「いや、あの……もういいです。なんか、バカバカしくなるくらいお似合いの方々がいたのを忘れてたので……」

「え、そう?」

「はい……」

 

 そのまま立ち去っていく背中に、菅谷はひらひらと手を振る。気楽なものだが、透と円香は眉間にシワを寄せる。なんだかお似合いとかなんとか抜かしていたが……まさか、ファンになったとかそんな話だろうか? 

 中身を知って幻滅する前に諦められて良かったね、なんて呑気なことを言っている場合ではない。

 二人が見かけた雑誌は、名前だけは知っている有名なファッション誌。偶々、スカウトされて雑誌に載ったからか、デビューから有名な雑誌に出られたわけだ。

 しかも、隣に並んでいた歳上っぽい方も、サインを強請られるくらい有名な人……そんな人に、少なくとも二人の目には負けていないわけで。

 つまり今後、多くの人の目に止まる機会が少ないわけではないわけで。

 なんなら、もう多くの人に見られてるわけで。

 

「……リカ」

「何?」

 

 声をかけた円香の顔を見て、透は思わず目を逸らした。その円香の目が、保護者モードの円香の目になっていたからだ。

 

「サインの練習くらいして」

「え……やだよ、恥ずかしい」

「恥ずかしくない」

「え、それマドちゃんが決めることじゃ……」

「芸能人になったのなら、いつでも恥ずかしくないようにして。じゃないと、私達が恥ずかしい」

「え、な、なんで?」

「それは勿論、あんたのか……」

「か?」

「……姉として」

「え、『か』じゃないの?」

「うるさいだまってばか」

「う、うん……?」

 

 やはり、素直になりきれないところはあるようだった。ここは本来、嫉妬する場面なのだろうが、やはり円香が相手だと微笑ましくなってしまう透は、そのまま見守った。

 

「ていうか、樋口。リカのファンが増えることに関しては良いの?」

「別に平気でしょ。リカも、ああ言ってたし」

「まぁ、そっか」

 

 そう、菅谷だってそれなりに意識は芽生えている様子だし、共演した女性との連絡先も控えたくらいなのだから、少しくらいは信用しても良いだろう。

 ならば、だ。今度は姉として弟を恥ずかしくない姿でメディアに出してやる事が大事になる。

 そう決めて、二人揃って菅谷の手を掴んだ。

 

「そういうわけだから、これからちゃんと恥ずかしくないようにしてもらわないとダメだから」

「良いね。面白そう。私もリカがネットとかで叩かれるの嫌だし」

「え、俺ってそんなに性格悪いの?」

「合う人と合わない人がいるって事」

「ね。リカ、普通に目上の人に失礼なとこあるし」

「とおるんにだけは言われたくない」

「それはそう」

「え、樋口まで?」

「とにかく、教育するから。私達に出来る範囲で」

「お母さんかよ……」

「いや、お姉ちゃんでしょ」

「うん。お母さんはやめて」

 

 なんて話をしながら、教室に戻った。

 

 ×××

 

 昼休みになった。菅谷と透がくっつけた机で食事を終えた三人は、早速ノートを広げる。

 

「そんなわけで、サインを考えます」

 

 円香がそう言うと、透がパチパチと拍手する。

 その隣の菅谷が、少し恥ずかしげに呟いた。

 

「あの……なんかたまたま大きな雑誌出られただけで調子に乗ってるみたいで恥ずかしいんだけど」

「だから、恥ずかしくないようにして」

「どんなサインにする?」

 

 なんか、二人ともノリノリだった。なんだかんだ言って、モデルをやるのなら菅谷には恥をかいて欲しくないのだろう。

 

「英語と漢字、どっちが良い?」

「どっちでも良い」

「真面目に考えて」

「誰のためにやってると思ってんの?」

 

 正直、二人がやりたいだけに見えなくはないが。とはいえ、菅谷もやはりご厚意を受け取ることにして、改めて考える。

 

「やっぱり英語が良いなぁ。なんかカッコ良いし」

「英語じゃ、やっぱ筆記体だよね」

「筆記体、書けるの?」

「書けないよ?」

「ダメじゃん」

「練習。今学期の英語の試験、全部筆記体で答えられるくらい練習した方が良い」

「え、そ、そんなに……?」

「わぉ、藪蛇じゃん。ウケる」

「やっぱ漢字」

「もう遅い」

 

 これ単純に円香が菅谷のことをしごきたいだけにも見えた。

 さて、言ってしまったからにはもう遅い。英語でサインを書く人を、透は調べ始めた。

 

「どんなサインがあるんだろうね」

「なるべく簡単な奴が良い」

「わぉ、見てこれ」

 

 透がスマホで見せてきたのは、とある芸能人のサイン。なんだか線がグニグニと曲がった後に、漢字で「緋田美琴」と書かれている。

 

「漢字と英語の合体技」

「すごっ。カッコ良い。でもなんて書いてあるの?」

「……Aじゃない? 緋田の頭文字」

「俺、こういう方が良いかも」

「ふーん……まぁ、たしかに見てくれだけ良いって点では、頭文字だけスタイリッシュなのはリカに合ってるかも」

「マドちゃんって、もしかして俺のこと嫌い?」

「は? そんなわけないでしょ。怒るよ?」

「え、俺が怒られるの……?」

 

 酷い言い草に、思わず狼狽えてしまった。最近、円香は遠慮がなくなって、メチャクチャな言い分が増えた気がする。

 その隣で、透が口を挟んだ。

 

「でも、私も良いと思うよ。……なんなら、精神年齢的には漢字じゃなくて平仮名とかカタカナでも良いと思う」

「漢字にさせて、せめて。カッコ悪いの嫌だ」

「書き方次第で、カタカナでもカッコよくなると思うけど?」

「ひらがなは?」

「可愛くなる」

「それはそれでアリだと」

「嫌だよ!」

 

 否定しつつも、頭文字だけアルファベットは確かにカッコ良いからアリな気もしている。

 

「リカの場合、菅谷だから……S?」

「ただS書くだけじゃダメだから。この人みたいに、かっこよく」

「これカッコ良いの? ミミズにしか見えないんだけど」

「数ある紐状の生物から、なんでミミズをチョイスするの……。虫の例えはやめて」

「マドちゃん、やっぱり虫嫌い?」

「……正直」

 

 目に入った時点で、もはや小糸に頼らないと何もできなくなるレベル。

 

「だからもし、昆虫園のチケットとか手に入っても、私は誘わないで。行くなら浅倉と行って」

「ちなみに、生き物全部ダメ? 爬虫類とか両生類とかセーフ?」

「なんで絶妙に気持ち悪いとこばっかチョイスするの。ダメじゃないけどなるべくなら水族館か動物園にして」

「とおるんは?」

「私は全部いける」

「やった」

 

 盛り上がるのは結構だが、そろそろサインに話を戻したい。円香が軌道修正しようと思った時だった。

 ふと視界に入った、黒く小さな生き物。それが、廊下から教室内に侵入して来る。

 

「っ、いやっ……!」

 

 思わず声を漏らし、椅子から立ち上がって菅谷の背中に隠れた。

 

「? どしたの?」

「っ……ご、ゴキっ……!」

「え……うわっ、マジじゃん」

 

 透も慌てて仰け反りながら、菅谷の背中に隠れる。それを見て、菅谷は呑気に視線を落とした後、それを正面から見下ろす。

 直後、カサカサと動いていたものが急に足を止めた。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

 そんな中、菅谷の背中にいる円香が、グイグイと腰のあたりを引っ張る。

 

「っ、り、リカ何してんの? は、早くなんとか……!」

「ん、待ってて」

「はぁ? 待つも何も……!」

「下がってたほうが良いよ」

 

 飛びかかってきたらどうするの、と言う前に、菅谷がそう言って動いた。立ち上がり、教室のドアへ向かう。

 円香と透は菅谷から離れる。教室のドアの方へ歩いた菅谷は、それに向かって人差し指を立てると、ちょいちょいと自分の方を指した。

 それにより、何が起こったのか、それは菅谷の方へついて行った。

 

「「え」」

 

 何今の、と思ったのも束の間、そのまま教室を出て行った菅谷は、人差し指を上に立てる。その上に、飛んだそれが止まった。

 そして、窓を開けるとそのまま指の先から飛び出していった。

 

「またおいでねー」

 

 挨拶して、窓を閉めた。その様子を、教室の入り口から隠れながら見ていた円香と透は、思わず眉間に皺を寄せて、固まってしまっていた。

 それに目を向けた菅谷が、怪訝そうな顔で小首を傾げてくる。

 

「大丈夫?」

「「こっちのセリフ」」

「え、な、なんで……?」

「いや、あんたホントなんなの?」

「今、まさか対話でもしてた?」

「まさか。ただ、出ていくようにお願いしただけ」

「それ対話じゃ……」

「化け物……」

「なんで⁉︎」

 

 あんまりな言い草に、ショックを受けてしまっていた。

 いや、それ以前に、だ。円香も透も、とりあえずそういうのはやめて欲しかった。害虫を蹴散らしてくれるのは結構だが、だからと言って虫と対話できるのはやめてほしい。

 

「それ、人前でやらないようにね」

「え、な、なんで?」

「モデルがGと対話とか、普通に怖いから」

「えー、でもだからって殺すのも嫌じゃん」

「嫌なの?」

「嫌だよ。余程なことがないと」

 

 本当に何処までも博愛主義者な奴である。まぁ、そういうとこも嫌いじゃないが。

 すると、その菅谷に透が言った。

 

「でも、ありがと」

「別にいいよ」

「……どうでも良いけど、手は洗ってきて」

「あ、うん」

 

 そのままトイレに行く菅谷を眺めながら、とりあえず円香と透は、あんなんでも頼りになる事を改めて実感した。

 

 ×××

 

 放課後。学校が終わり、円香は透と菅谷の席に向かう。

 

「帰ろ」

「ん」

「どっか寄る?」

「良いよ」

 

 なんて話しながら歩いていると、菅谷のスマホが鳴り響く。

 

「ごめん、俺だ。……もしもし?」

『もしもし、明里くん?』

「あ、どうもーお世話になってます」

『いえいえ。さっそくだけど、来週の日曜日は平気?』

「良いですよ」

『じゃあ、その日にちょっと撮影したいから来てもらえる?』

「分かりました」

『詳細は後でメールを送るので、ちゃんと確認してね』

「はーい」

『では、失礼します』

「あい」

 

 それだけ話して、電話を切った。

 

「何?」

「日曜日、撮影だって」

「へー……」

「ふーん……」

 

 やはり、二人とも少し不安だった。大丈夫だろうか。恥かかないだろうか? もしくは、本当は悪いバイトで変な写真とか撮らされたりしないだろうか? いや、菅谷の父親が絡んでいる以上、変な事はないのだろうが……。

 

「……」

「……」

「いくらもらえるんだろ」

 

 ダメだ、この子お給料にしか興味ない。流石の透も心配にな……。

 

「リカ、前はいくらもらえたの?」

「えーっと……いくらだっけ……たくさん」

「マジかー。じゃあこの後、タピオカ奢って」

「良いよ」

「やったね」

 

 いつもの透だった。本当にどいつもこいつも、と言う感じだ。

 ……いや、多分さっきの不安は全部、建前。結局、自分の中で嫉妬に近い理由はあるようだ。自分達と遊ぶ時間はわずかであっても減る、それが嫌だ。

 でも……両親に頼らないでお小遣いを稼ぎたいと言う気持ちもわかる。それ故に、思わず後ろからキュッと円香は菅谷の裾を握る。

 

「? マドちゃん?」

「……」

「あ、そうだ。じゃあ今日は、三人でリカの部屋行こうか」

 

 透が提案して、円香は少し嬉しそうな無表情に変わる。

 その後に続いて、菅谷は小首を傾げた。

 

「良いけど……なんで改まって?」

「ん、樋口が行きたそうにしていたから」

「……別に家じゃなくても良いし」

「え、うち来たくない? 実家がふるさと納税でもらった北海道のどっかのいくらあるんだけど」

「……行く」

 

 そんなわけで結局、菅谷の部屋に行くことになった。

 三人揃ってのんびり歩いていると、菅谷が「あっ」と声を漏らす。

 

「どしたん?」

「その前に本屋、行っても良い?」

「なんの図鑑の発売日?」

「え、なんで図鑑ってわかるの?」

「わかるから」

 

 本当に分かりやすい男、と円香はため息をついた。

 さて、そんなわけで本屋へ。店内に入り、サクサクと菅谷は自分が買う予定の本が売っている場所に向かう。

 その菅谷の背中を眺めながら足を止める円香を見て、透が聞いた。

 

「どしたの?」

「店から出るとき教えて。虫の本なんて見たくない」

「分かった」

 

 そんなわけで、円香だけで別の自分が興味出そうなファッション誌の方へ向かう。モデルの彼女の片割れになるのなら、自分も恥ずかしくない服を着ないと……と、思っていると、ふと目に入ったのは、菅谷が載っている雑誌。

 ……そういえば、さっきは一瞬しか見ていないから、改めてどんな様子なのか見られていない。

 

「……」

 

 いや、でもなんかこれで買うのはなんか好きな子が映ってる修学旅行の写真買うみたいで恥ずかしい気がする。特に、菅谷や透にばれた暁には死にたくなる事は必須だ。

 

「…………」

 

 や、でもバンドやってる友達のライブチケット買うとかはよくある話だし、別にそこまで意識しなくても良い気がする。特に、自分は本当に菅谷のことが好きなのだから、周りやバカ二人の目なんか気にしなくて良い気はする。

 

「…………」

 

 しかし、自分のスマホと家に隠してある秘蔵の写真を収納するファイルには、菅谷と透との思い出が大量に詰まっている。誰でも手に入る写真をお金を出してまで手に入れる必要があるのだろうか? それも、お金以外にも大きなリスクを払ってまで。母親にバレても死にたくなるだろう。

 

「………………」

 

 いや、逆に誰にでも手に入る写真を入手し損ねて、果たしてファンと言えるのだろうか? せっかくの彼のデビュー雑誌……手元に残しておきたい。雑誌というのは基本的に期間限定。発売期間に買っておかないと、もう手に残せないのだ。もし、万が一、他の菅谷ファンと話す機会があって「え、デビュー誌持ってないんだ(嘲笑)」なんて言われた暁にはブチギレる自信がある。

 

「………………」

 

 とはいえ、やはり……いや、しかし……待て、それはつまり……と、頭の中で言い訳に言い訳を重ね続けた結果……雑誌を三冊手にとった。

 それを制服の下に隠し、辺りを見回しながら慎重にレジへ向かう。周りから見たら万引き犯だろうが、それ以上に妹と弟に知られる方が嫌だ。

 さて、レジに到着。幸い、誰も並んでいなかった。円香はさっさと服の下から雑誌を出す。

 

「お願いします」

「お、お預かりします……?」

 

 怪訝な様子で雑誌を受け取られ、思わず聞いてしまう。

 

「……なんですか」

「いえ、なんで服の下からなのかと。後なんで同じものを三冊なのかと」

「違いますから」

「はい?」

「別にこの雑誌のモデルの方のファンとかではありませんから」

「あっ……(察し)」

 

 すぐに察されてしまったような反応だ。言わなくて良いことを言った、と円香も少し反省する。

 そんな中、店員さんが気を遣ったように話をかけてきた。

 

「カッコ良いですよね。白瀬咲耶様。分かりますよ」

「は?」

 

 しかし、それは逆効果。円香はジロリと睨み付けてしまう。そんな女より、よっぽどカッコ良い奴が隣に映ってんだろ、と言わんばかりだ。

 

「ぜんぜん違います。その人じゃありません。いいから早くして下さい」

「は、はぁ……」

 

 万引き手前かと思ったら急に自白し始め、その後に否定した言葉を否定すると言う困った客になっている円香だった。

 店員さんも一周回って微笑ましくなりながら、レジを応対した。お金を払い、それをすぐにカバンにしまう。

 レジから出ると、ふと目に入ったのは透の姿だった。

 

「何か買ったんだ?」

「っ、う、うん……悪い?」

「別に?」

「リカは?」

「今、並んでるよ」

「……あ、そう」

 

 そのままとりあえず二人で菅谷を待った。とりあえず、家に帰るまで鞄は開けられない、そう強く思いながら。

 

 

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