浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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妄想毒身。

 帰った円香は、すぐに後悔していた。今日、バレなかったのは奇跡だが、それでも今後、家に置いておく以上はなんとかバレたくない。

 さて、買ったのは三冊。まず一つは、読む用である。これは、隠し場所が見つかったら読むとして……次の一冊。これは、保存用である。これも、隠し場所を探すまで待機。

 さて、残りの一冊。これは、菅谷の写真を切り抜くためのものだ。そして、それをノートに貼り付けてスクラップとして保存していく……完璧だ。

 とりあえず、のんびりと作業を進める。まずは雑誌から菅谷が載っているページを探す。

 

「……あった」

 

 見つけたので、早速ハサミで……と、思ったところで手が止まる。モデル誌の菅谷の写真は、白瀬咲耶と一緒。その仕草……やたらと作ったようにカッコよく見えるのは、執事の経験を活かしてのことだろう。

 そして、隣にいる白瀬咲耶も、ネットでは「王子様」と呼ばれている(さっき調べた)程度にはイケメン美少女だ。

 だから、執事の仕草がやたらと映えて見えるのだろう。

 

「……」

 

 なんにしても、作り物の仕草に嫉妬する程、円香は子供でもなければ盲目でもない。菅谷の良い所はそこではないから。

 だから、そのページをぼんやり眺めているのは、単純に見惚れているからだった。

 というか、なんなら白瀬咲耶に関しても、なんか普通にカッコ良いな、と思わないでもなかった。ふたりそろって、絵になり過ぎている。

 それに引き換え……自分は、菅谷の隣に立てるほど、ビジュアル的に映えているのだろうか? と、少し不安になってきた。

 ……にしても、やはりプロのコーディネートで合わせられているだけあって、カッコ良い……なんてボーッと見惚れている時だった。

 

「円香。お風呂……」

「っ!」

「……何見てるの?」

「っ、ちがっ……こ、これは……!」

 

 入ってきた母親の目に入ったのは、同じ雑誌が三つ。そして、円香の手元の菅谷の写真だ。

 その時点で、頭の中で「娘の彼氏(実質)がスカウトされた→突発的なスカウトで有名な雑誌に載れた→それを知った娘が保存用、観賞用、スクラップ用の三冊を購入した」のチャートが組み上がったようで、母親は真顔のまま告げた。

 

「……円香。気持ちは分かるけど……ストーカーみたいには、ならないようにね」

「違うから。全然。ホントに」

「あと、隠し場所はあまりガッツリ隠さない方が良いから。隠そうとすると、不自然さが際立つからね」

「だから、違……!」

「お風呂冷めちゃうから、早めに入りなさい」

 

 言いたい放題言って、部屋から出て行ってしまった。本当に腹立たしい親である。

 ……だが、まぁバレた以上は、逆に考えて今すぐに隠し場所を探す必要は無くなった。お風呂に入りながら、ゆっくりと何処にしまうかを考えることにした。

 

 ×××

 

 さて、日曜日。菅谷はその日に撮影。従って、今日は菅谷と遊ぶことは出来ない。

 なんだか、ソワソワしてしまう。何がソワソワするって、なんかもう色々とソワソワする。ソワソワソワソワする。大丈夫だろうか? 自分と透以外に人は来るわけだけど、ちゃんとやれているだろうか? やっぱり、ソワソワする。

 この前、雑誌を隠した部屋の中で一人、ウロウロと歩き回っていると、スマホが震えた。透からだ。

 

 とおるん『樋口、今日暇?』

 

 ……暇ではあるが、落ち着いていない。いや、透と一緒なら落ち着くかも、と思ったので、そっちにいくことにした。

 

 マドちゃん『そっち行く』

 

 こっちに来られると困る。一応、隠してあるとはいえ、菅谷の雑誌を隠しているから。

 だが、次に来た返事は、思わず円香の胸をドキッと高鳴らせるものだった。

 

 とおるん『ごめん、もう部屋の前にいるわ』

 

「……は?」

 

 嫌な予感がして扉を開ける。本当に透は立っていた。

 

「何してんの……?」

「ん、暇してるかなって」

「……してたけど」

「もしかして寝てた?」

「寝てない。……まぁ、入って」

 

 とりあえず、中へ招き入れた。大丈夫、隠したんだしバレやしないはずだ。

 

「で、何しに来たわけ?」

「だから遊びに」

「その鞄の中、数学の教科書?」

「そう。宿題を写させてもらいに」

「それ遊びじゃないでしょ」

「良いじゃん。見せて」

「……」

 

 この幼馴染は本当に困ったものだ。少しは菅谷を見習った方が良い……というか、本当に菅谷の方が兄で透が妹と言った方が良い気さえするというものだ。

 

「じゃ、はい。宿題」

 

 円香は鞄からノートを取り出して貸した。まぁ、万が一見つかった時のために、今は貸しを作ったほうが良い気がしたからだが。

 

「サンキュー」

「じゃないから。今回だけだから」

「分かってるって。次は私が宿題見せる側だから」

「期待しないで待ってる」

 

 なんて言いながら、透が宿題を写し始める。ま、この様子ならばれることもない。

 そのまましばらく透が宿題する様子を眺めた。透が来て、少し変な不安は和らいだ。やはり、誰かと一緒にいられると安心する。

 

「浅倉、何か飲む?」

「ん……ウーロンハイ」

「バカ言わないで。てかそんなもんない」

「じゃあ、コーヒー」

「ん」

 

 それだけ言って、円香は部屋を離れた。今頃、菅谷は写真を撮っている頃だろうか? 中々、近況報告が来ないのは菅谷らしくない気もするが……まぁ、そんな暇はないのかもしれないし、気にしないようにするが。

 ……出る杭は打たれていないだろうか? それとも、実はものすごく苦労していないだろうか? 

 

「〜〜〜っ!」

 

 ダメだ、一人になると色々考え過ぎてしまう。あのバカ、なんでいない時まで人を心配にさせるのか。

 モヤモヤしながら、とりあえず透でストレス発散する為に、さっさとコーヒーを淹れてしまうことにした。

 お湯を沸かし、コーヒーの粉が入った袋を裂き、マグカップ二つに注ぎ、お湯が沸くまで待機。

 

「…………」

 

 菅谷は、変な女に引っかかってはいないだろうか? 

 

「っ、いやだから……!」

 

 別のこと考えなければ。

 頭の中で源氏物語の序盤を唱えながら沸くまで待機し、終わったらお湯を注いだ。

 カフェオレを二つ用意し、それを持って自室に戻った。とりあえず、透と話してあんまり菅谷の事を考えないようにする。

 

「お待たせ。カフェオレ……」

「あっ」

「は?」

 

 透は、隠しておいた雑誌を読み耽っていた。

 

「すごいね、樋口。超ファンみたいじゃん」

「……なんで見つけてるの」

「え? 引き出し漁ってたら見つけた」

「なんで勝手に引き出し漁るの」

「いや昨日、三冊買ってるの見えたから。樋口ならどこに隠すかなって」

「……」

 

 結局自分の所為だったことに心底腹を立ててしまった。迂闊だった、いやほんとに。

 ……いや、どちらにしても部屋を勝手に漁るのはやめて欲しいわけだが。見られて困るものはたった今なくなったわけだが、透の場合、漁ったものを元に戻さないから。

 

「……言っとくけど、リカに言ったらぶっ飛ばすから」

「分かってるから。これ、口止め料でしょ」

「そういうこと」

 

 宿題を指しながら、透は理解したように告げていた。ついでにコーヒーも口止め料(part2)である。

 そのまましばらく宿題を片付けた。

 

 ×××

 

 さて、それから二時間。透と円香が一緒にお昼を食べ終えた頃の時間。三人のグループチェインに、一通のメッセージが届く。

 

 LIKA☆『終わった』

 LIKA☆『二人とも何処いる?』

 

 いるのは家。来たいのなら来ても良いだろう。

 

 とおるん『家』

 マドちゃん『あんたのじゃなくて私のでしょ』

 LIKA☆『行くから』

 LIKA☆『待ってて』

 

 なんか、いつもより淡白な気がする。何かあったのだろうか? ……まぁ、文面だからかもしれないが……。

 

 とおるん『何かあったの?』

 

 こう言う時、のうのうと聞ける透の性格は便利だったりする。すぐに返事が来た。

 

 LIKA☆『何もないから』

 

「うわ、あった奴じゃん」

「ね。分かりやす」

 

 秒で看破した。何にしても、愚痴りたいことはたくさんあるのだろう。なら、たまには聞き手にまわってやっても良いかもしれない。

 とりあえず「おいで」とだけ送っておいて、しばらく待機することにした。そこでふと思ったのは、自分の雑誌が今度は菅谷にバレるかもしれないと言うこと。

 割と恥ずかしかったのに、それが本人にバレるかもと思ったら、その破壊力は計り知れない。

 

「浅倉、集合場所そっちの部屋じゃダメ?」

「? なんで?」

「リカに雑誌、バレたくない」

「あー……良いよ」

 

 そんなわけで、チェインで集合場所を変更した事を送る。

 すると、透が「あっ」と声を漏らした。

 

「そうだ、樋口。うち今、お菓子ないんだけど」

「良いでしょ、別に」

「や、リカうちに久しぶりに来るし」

「クリスマス以来でしょ」

「いつもご飯とか食べさせてもらってるから、その辺しっかりしたい」

「……」

 

 ホント、透のこういうとこが変わったのは、おそらく菅谷の影響なのだろう。意外で仕方ないのだが、悪い変化ではない。少し癪だが。

 

「……はいはい。じゃ、行こっか」

「ついでに私も雑誌買いたい」

「……そっちが目当て?」

「バレた」

 

 前言撤回。基本的に何も変わってない。強いて言うなら、遠回しな表現はするようになったかもしれない。つまり、前より腹立つ。

 

「……ま、良いけど。ていうか、なんなら私の一冊あげる」

「え、良いの?」

「保存用とか買ってみたけど、冷静に考えたらよくわかんないし」

「確かに」

 

 次に雑誌に載る時は、スクラップ用と読む用の二冊にすると決めながら、とりあえずお菓子だけ買いに行った。

 

 ×××

 

 さて、改まって透の部屋。バイトの疲れは透も円香も真夏に嫌というほど味わった。もしかしたら「何かあった」というのも単純に疲れただけの可能性を考慮し、労う準備はバッチリだ。

 机の上のお菓子、座布団、温かい紅茶……などなど。バイトの疲れは何も内容だけでなく、慣れない環境での精神的な面が大きいのだ。

 だから、まぁ今日くらいは二人とも甘やかしてやるつもりだ。しばらく待機していると、インターホンが鳴り響く。菅谷だ、とすぐにわかった。

 

「開いてるよー!」

 

 声を掛けると、ガチャっと扉が開く音。そして、迷いのない足音でここまでドスドスと上がってくる音を聞く。

 そして、部屋の扉が開かれた。

 

「ただいま!」

「「お、おかえり……?」」

 

 激おこだ。かなり。これはもう、本当にマジギレしてるレベル。透と円香を見比べるなり、思いっきりハグしてきた。

 

「もおおおお! あいつ嫌い!」

「はいはい、どうしたの?」

「落ち着いて」

「俺が代理で出た撮影に本来出る予定だった奴! あいつ逆恨みで俺の仕事取ったとか言って、人の邪魔めっちゃしたり、スマホ勝手にロック解除しようとしたりしやがって……」

「うーわ……」

「大変だったじゃん」

 

 透でさえ同情したような声を漏らした。確かにそれは逆恨みだししんどい。

 

「はぁ……まぁ、他の人はみんな親切にしてくれたんだけどさー……腹立つんだよな、あーいうの」

「まぁ、そう言う人もいるって思うしかないでしょ。……それに、リカが何かしたわけじゃないんでしょ?」

「え? うん、まぁ」

「……何かしたの?」

「いや、揉めてたらスタッフさんが仲介に入って、その人連れて行かれた」

「……」

 

 恐らくスポンサーの息子であることを知らされているのだろう。クビにならなかったら良いね、と言ったところか。

 実際、権力ある者の脅しではなく、単純に菅谷が悪いわけでもなかったので、自業自得というべきだろう。

 

「はーあ……その時にさぁ……俺の頭、陰毛って言われてさぁ……」

「……」

「……」

「そんなに汚らしいかなぁ……天然パーマ」

 

 珍しくシュンとしていた。いや、実際はあんま傷ついてないけど、とにかく思ったことを色々と言いたい気分なのかもしれない。

 なら、付き合ってやれば良い。ベッドに座り直した円香は、自分の膝をポンポンと叩いた。

 

「ん……〜来る? 膝」

「……行く」

 

 素直に菅谷は円香の膝の上に頭を置き、目を閉じた。

 

「あー……柔らかい」

「樋口、足太いって」

「は?」

「ち、違うから……頭の置き心地が良いって事」

「柔らかく大きい枕と同じ感想」

「殺す」

「違うよ、マドちゃん。それむしろとおるんが太いって言ってる」

「え」

「なるほど」

「でも動かないで。……ちょうど、眠くなってきた……」

「……ぷふっ、ほんとに動かないんだ」

「……仕方ないでしょ」

 

 本当にお疲れだったのだろう。もう寝息を立ててしまっていた。

 

「あーあ、寝ちゃった」

「ま……仕方ないでしょ。私達も最初のバイトの日、銭湯行ったし」

「あーね。懐かしいわ。……今度はリカも一緒に行きたい」

「いや、お風呂別れてるから」

「一緒に入っちゃわない? 混浴」

「…………無理」

「考えたでしょ」

「……水着アリなら」

「それはもうやった」

 

 と言うか、やっぱり普通にお風呂は無理だ。提案した透も、冗談のつもりだったから、普通に恥ずかしいので無理だ。

 ま、そう言うのは、もう少し菅谷が大人になったら……なんて思っている時だった。

 

「……あの、お二方、眠れなくなるのでそういう会話は俺がいないところで……」

「……」

「……」

 

 結局、辱められ、ゲンコツを二発、振り下ろした。

 さて、もう眠気なんて飛んでしまったので、改まって三人でのんびりとお菓子を食べ始めた。

 そんな中、ふと透が机の上のお菓子に手を伸ばす。摘んだのは、ポッキーだ。

 

「そうだ、リカ。ポッキーゲームやらない?」

「ポッキー……?」

「知らない?」

「知らない。ポッキーで魔法使うゲーム?」

「それ誰も出来ない」

 

 ツッコミを入れた円香は、そのまま透の顔を見上げた。

 

「ていうか浅倉、いきなり何言い出してんの?」

「ん……そういえば、11月はやり損ねたなって思って。今日、1月11日だし」

「で、ポッキーゲームって何?」

 

 円香の質問にあっさりと答えると、菅谷が改まった様子で聞いた。まぁ、そうなったらもう円香は関与をやめた。もうオチが見えているからだ。

 言い出しっぺの透が、説明し始めた。

 

「これを両サイドから食べていって、ビビって顔を背けた人が負け」

「度胸試しって事?」

「そう」

「良いよ!」

 

 本当にバカだなこいつ、と円香は思った。度胸試しの一点に夢中で、どちらもビビらなかった場合を予測出来ていない。

 

「あれ? でもこれ両方ともビビらなかったら、勝ち負けどうなんの?」

 

 気になってはいる様子だが、勝敗に夢中らしい。それで良いのか、15歳。

 

「あー……じゃ、その時は多く食べた方の勝ち」

「なるほど……待ちの戦法は使えないってことか」

 

 そこを深読みするくらいなら、もっと根本的な部分を意識した方が良い。

 透は透で土壇場でビビる菅谷が見たいのか、説明する様子を欠片も見せずに、何故か肩と肘の関節を伸ばして準備運動をする。

 

「悪いけど、勝つよ私」

「いやいや、俺より度胸ある人間見たことないから」

「どの口が言ってんの?」

「サファリパークで仲良くなったライオンと鼻チューした口」

「私だって負けないから。樋口、審判」

「何、審判って」

「ポッキー持って。両サイドから咥えるから」

 

 との事で、樋口はポッキーをつまみあげる。透と菅谷が、両サイドから咥えた。

 この時点で、円香はさっき浮かんだオチが外れることを察した。……何故なら、菅谷の瞳が爛々としているからだ。透も何も察していないようで、無表情のままニヤついている。

 

「よーい、スタート」

 

 その直後、アホほどの勢いで菅谷がサクサクと迫った。

 

「ふぇっ、ひょっ……!」

 

 一気に半分くらいまで食べ尽くしてくる勢いに負け、透は思わず口を離して仰け反ってしまった。

 ちょうど折れた地点でポッキーは床に落ちそうになるが、引くほどの瞬発力で床に這いつくばり、それを口でキャッチする。

 

「はい、俺の勝ち。とおるん、ビビリ」

 

 ニヤリ、とほくそ笑みながら、ピンっと咥えたポッキーの先端を真上に立てる。仕草だけ見ていればカッコ良いけど、色々と勘違いしててやっぱりカッコ良くない。

 これは、透の満たしたかった部分も満たされていないのでは? と、円香は透の顔をチラ見すると、真顔だけどキレ顔で新たなポッキーを摘んだ。

 

「あーそう、そう言う感じで行く」

「だってこれが必勝法でしょ?」

「良いよ? そっちがそういう気なら」

 

 もう完全に別の競技に変わりつつあった。

 ポッキーを受け取り、円香は二人の間に再びセットする。

 

「構えて」

 

 なんだか円香は円香で、次どうなるか見てみたくなり、ノリノリになってきた。

 その号令で、二人は両サイドからポッキーを咥える。それにより、円香は手を離した。

 

「スタート」

 

 その直後だ。かじり始めた菅谷とは真逆に、透はポッキーを一気に吸い込んだ。

 口の中へ一気に吸引される。なるほど、と円香が思ったのも束の間、先端が喉に刺さったらしい。一気に顔が真っ青になると同時に咳き込んだ。

 

「ゲホッ! ェゲホッ! ……オェッ!」

 

 咳き込みながら途中で粉々になって発射されたポッキーの食べカスが、真逆に菅谷の顔面に直撃する。

 

「……とおるん」

「っ……ふふっ……! ……あ、浅倉、これコーヒー……!」

「あ、ありがと……!」

 

 笑いを堪えながらコーヒーを渡すと、慌ててそれを飲んだ。

 

「あっつ!」

「プフッ……!」

 

 しかし、ホットである。何を一人でドタバタやっているのか、と円香はまた吹き出してしまった。

 しばらく後ろにひっくり返ったまま悶えている透を他所に、菅谷はハンカチで顔を拭く。そして、怒りを露わにしたままひっくり返っている透の上に乗った。

 

「とーおーるーんー……」

「い、いちおう……わたしのかち……」

 

 それは煽りだろうか? もう菅谷の瞳に迷いは無くなった。

 

「人の顔に吐き出す奴があるかあああああ!」

「わひゃっ! ち、ちょっ……リカ、今くすぐりはやめっ……あはははっ!」

「樋口レクイエム」

「ひ、ひぐっ……ひぐひ! あひはらめっ……ははははっ! へいうか、なんれひぐひまでだ……はははははっ!」

 

 そのまましばらく透をいじめた後、ひゅーっひゅーっと肩で息をする透を捨て置いて、改めて円香がお菓子に手を伸ばすと、菅谷がポッキーを自分に差し出した。

 

「ん」

「え?」

「マドちゃんもやろ?」

「え、私はいい」

 

 そう言う子供っぽい遊びは好きではないし、目の前の惨事を見て尚更、やりたいと思わなくなった。今度は自分が吐かれるかもしれないから。

 だが、円香も菅谷と会ってから大人っぽさは下がったのだ。つまり、挑発されれば簡単に乗ってしまうわけで。

 

「ふふ、アムロにビビって戦場にすら立てないジオンの兵士みたい。このままじゃ、この中で一番、度胸があるのは俺かとおるんになっちゃう」

「…………は? 上等なんですけど」

 

 秒だった。よりにもよって、観覧車でキスをビビって頬にするようなチキン野郎よりビビリと思われるのは死んでも嫌だ。

 改まって、二人でポッキーを両サイドから咥える。……やはり、ちょっと顔が近い。少し頬を赤く染めながらも、円香は眉間に皺を寄せて負けじと菅谷を睨みつける。

 

「……やるよ、リカ」

「かかって来いや」

「じゃ、私審判」

 

 復活した透が、手を挙げた。

 

「よーい、スタート!」

 

 直後、二人揃って一斉にサクサクとポッキーを齧り始める。少しずつ顔が近づいて行き、その度に円香は顔が赤くなる。対するバカは競技としてしか見ていないのか、楽しそうだ。

 ……腹が立つ、人がこれだけ意識しているのに、この野郎は何一つ意識していないことが。こんなバカに、絶対に負けたくない。

 そう強く思った円香は、さらに一気に加速し、唇と唇をくっ付けた。

 

「んっ……⁉︎」

 

 文字通りゼロ距離に顔がある菅谷は、そこでようやく顔を真っ赤に染め上げた。これがこのゲームの醍醐味であることを理解したらしい。

 それでも円香は離さない。どちらが多く食べたか分からないが、このバカに負けるのだけは御免被るから。

 そのまま菅谷の口内のポッキーを、舌で全部回収し、そこでようやく離れた。つうっ……と、唾液が吊り橋のように繋がり、それをも円香は吸い込み、口元を拭う。

 目の前にいる菅谷は、さっきまでの自信満々の表情とは真逆で、目をグルグルと回したまま顔を真っ赤に染め上げていた。

 

「……はい、私の勝ち」

「…………も、もひかひへ……ホッキーヘームっへ……」

「こういうゲームだから」

「……」

 

 今にも気絶しそうだ。まぁ、もう勝ったし、寝るのは好きにしたら良い、と思い円香は何もしなかった。自分も割と大胆なことをした自覚が後になって分かり、オーバーヒート寸前だからだ。

 後ろに倒れそうになる菅谷……だが、それを許さない最初の相手。透が菅谷の胸ぐらを掴み、自分の方へ引き寄せたところで失神はキャンセルされた。

 

「っ⁉︎ え、え……⁉︎」

「ズルイ」

「な、何が……?」

「なんで樋口だと競技になるのに私とはならないの」

「い、いや最初に説明してくれれば……」

「私もリカを照れさせたい」

「そっちが本音⁉︎」

 

 酷い女もいたものである。しかし、こうなったら透は止まらない。というか、円香としても気持ちが分からないわけでもないので、皿の上のポッキーを手に取った。

 

「両者、構えて」

「ほ、ほんとにやるの……?」

「「じゃあ、リカが一番ビビりね」」

「……わ、分かったよ……!」

 

 言われて、菅谷がポッキーを咥える。それを見て、透も咥えた。しかし、もうさっきまでの菅谷と違い、真っ赤な顔でサウナから上がった後みたいになっている。

 それを見て、透はふふんと鼻を鳴らした。これは勝った、と理解したのだろう。

 さらにそれを見た菅谷は少しカチンと来た様子で、少し表情を引き締める。

 今度こそ、円香はオチが見えた気がした。

 

「スタート」

 

 直後、一斉に二人で両サイドから咥えていく……が、菅谷が透の後頭部を掴み、少しずつ上の方から食い込むように食べて行ったことで、状況は変わった。

 照れより負けん気が勝ったのだろう。照れで逃げようとする透だったが、腰にまで手を回され、逃げられなくされる。

 もう8割近く菅谷が食い尽くしたが、さらに進み、透の唇に唇をつけた。それでも菅谷は離れない。見開かれた透の瞳は、そのままグルンと暗転し、白目を剥くように上を向いた。

 舌を入れている……そんなのを見せられ、思わず円香まで恥ずかしくなった。透が「自分も」と言った気持ちが分かってしまう。

 ようやく、プハッ……と離れた。それを見て、円香は頬を赤らめたまま聞いた。

 

「……なんで舌入れてるの?」

「え……そういうゲームなんじゃないの……?」

「私が入れたのは、同じくらい食べてたから勝敗がつかないと困ると思ったから」

「……え、じゃあ今の俺……」

「オーバーキル」

 

 さらに菅谷の顔が真っ赤になる。本当にどこまでもバカな男の子だ。

 恐る恐る、と言った様子で抱き抱えている透を見下ろす菅谷。真っ赤になった透は焦点が合わなくなったまま、半開きになった唇から涎を少し垂らしている。

 その明らかに普通じゃない様子の透の鼻から、つうっ……と、赤い液体が流れて来た。

 

「ちょっ……と、とおるん⁉︎」

「ふ、ふふっ……ひぐち……?」

「な、何……?」

 

 自分に声掛けるの? と思ったのも束の間、弱々しく袖を握りながら、忠告してきた。

 

「リカの、きす……やばいから、きをつけて……」

 

 それだけ言って、ガクッと失神した。

 

「と、とおるん⁉︎ とおるん……⁉︎」

「……」

 

 慌てて抱き抱えている透に声を掛ける菅谷を眺めながら、円香は自分の中で肝に銘じた。

 それも、これからモデルの仕事を続けて、菅谷はどんどん見た目も良くなるだろう。もし、その時が来たら、円香も覚悟を決めないとまずい。

 そう強く思いながら、とりあえず透をベッドの上に寝かせて、初めて人を気絶させてどうしたら良いのかわからなくなっている菅谷を落ち着かせた。

 

 

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