浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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チョコより豆派。

 菅谷が載った雑誌パート2が発売された。今回は円香はちゃんと発売日から入手し、スクラップ用と読む用の二冊を入手。やる事をやって隠し場所に隠した。

 さて、そんな話はともかく、二冊目の影響は思ったより大きかったようだ。今回も白瀬咲耶の隣だったから尚更。

 珍しく先に待ち合わせ場所に来ていた菅谷を見て、透と円香は半眼になった。……何故なら、三人くらいの女の子に囲まれていたからだ。

 

「あの……菅谷明里さんですか?」

「そうですけど?」

「握手して下さい」

「え? 握手? 良いですけど……」

「ありがとうございます!」

「でも俺そんな大した人間じゃないですよ。名前だけ有名だけど中身は割と温厚なタランチュラみたいなもんです」

「? よく分かんないですけどお願いします!」

 

 ……何をやっているのか、あのバカは。

 結局、握手をする中、その菅谷の元へズンズンと風を切って歩くのは、浅倉透だった。もう何一つ迷いのかけらもなく、ゴールテープを切るようにその間に突撃した後、強引に透は菅谷の手を握り、自分の方に抱き寄せる。

 

「は? ちょっ、何あんた……!」

「これ、私のだから」

「へ……?」

「ていうか、私達の、ね」

 

 ファンがいる以上、ファンサービスくらいは仕方ないと思って出遅れて混ざったのは円香。言うまでもなく、内心穏やかではなかった。

 

「え……どゆこと?」

「まさか……二股?」

「うわ……この男やば」

「いや、弟」

「ダメだから。うちの弟誘惑したら」

「「「あ、なるほど。尊い」」」

 

 それで誤魔化せたのは、もはや奇跡だった。追っ払ってしまい、円香と透は続いて菅谷を睨む。

 

「何デレデレしてんの?」

「いやそんなつもりは……」

「うん。デレデレはしてなかった。でもムカつく」

「直球⁉︎」

 

 もはやただの暴言である。でも、仕方ない。むかついたのだから。覚悟はしていたが、いざ目にすると腹立つものがある。

 

「あーあ……だから有名にならないでって言ったのに……」

「まさか雑誌二冊でこんなことになると思わないでしょ」

「それは分かるけど……」

 

 まぁ、キャーキャー言われなかったら、それはそれでムカつくのだが。私達の(未来の)彼氏はそんなに魅力ないか、と。

 つまり、二人とも複雑なのだ。複雑だから、ある意味では売れすぎた……或いは売れなさすぎた時より腹立たしい。

 

「でも、大丈夫でしょ。仕事をもらったからにはちゃんとやるつもりだけど、俺よりモチベーション低い奴なんていないと思うし」

「それはそれでダメ。私達のか……弟が不人気とかムカつくから」

「それ。常に120%を意識して」

「えぇ……それで人気が出ちゃってさっきみたいになったらどうするの」

「「それもダメ」」

「……」

 

 困らせている自覚はあったが、どっちもダメなのだから仕方ない。その上、円香としてはファンを大事にしないのもダメとか言い出すから困ったものだ。

 円香は分かっていた。こんなに余裕がない感じになってしまっているのは、自分や透が悪いのだと。だから、菅谷を落ち着かせてやらないといけない。

 

「はぁ……」

「そんなに心配しないでよ。俺、ホントどんなにモテても2人から離れたりしないから」

 

 そう言いながら、円香と透の頭に手が乗せられる。それが、なんだか非常に腹立たしい。

 何とかしないと、と円香は強く思いながら、ふとスマホを見た。今日の日付は、二月二日。

 それを見て「あっ」と声を漏らし、それに反応した菅谷が聞いて来た。

 

「どしたの?」

「なんでもない」

 

 そうだ、そういえば二月になっていた。そして、二月と言えば外せないイベントがある。

 

「浅倉」

「何?」

「放課後、姉会議」

「はいはい」

「え、何その会議」

「行くよ」

 

 菅谷の反応をまるで無視して、円香は透と午後から約束を取り付けた。

 

 ×××

 

 時早くして放課後。菅谷を家まで送り、そのまま帰宅。姉会議があると決まった今、菅谷と一緒にいるわけにはいかない。

 

「で、どしたの? 樋口」

「ん……バレンタイン。どうする?」

「ああ……そっか、もうそんな時期か」

 

 今思い出した、という感じの透。まぁ透ならそんなのいちいち、気にしないと思った。そういう意味でも、今のうちに声をかけておいて正解だったようだ。

 

「一緒のものあげる? それとも、別で作る?」

「あー……どうしよっか」

「なんにしても、美味しいものを手作りにした方が良いと思うんだけど」

「なんで?」

 

 正直……改まってこんなこと言うのは恥ずかしいのだが、まぁもう開き直ると決めて長く経つ。それに同じ感情を抱いている透なら、分かってくれる……と、思い、言った。

 

「……リカがどんなにファンにモテて、それを全く相手にしなかったとしても、私と浅倉が許さなかったら困らせるだけでしょ」

「それは……そうかもね」

「だから……まぁ、自己満足かもしれないけど、せめて私達がリカに出来る限り好きなことを伝えて、自分達の中で気持ちを落ち着かせるしかないと思ってる」

「それで、美味しい手作り?」

「そう」

「……なんか、ホント重たいね樋口」

「は? 何処が?」

「……」

 

 無自覚かい、と透は頭の中でツッコむ。やはり、円香も普通におかしいのは言うまでもなかった。まぁ言えば喧嘩になるから言わないが。

 

「……で、どうするの? あんたも一緒に作る?」

「んー……うん。まぁ、じゃあ一緒に作ろっか」

「ん。じゃ、まずどんなチョコにするか決めるから」

「リカなら、クワガタの形とか喜ぶんじゃない?」

「絶対に嫌。あと形の話じゃなくて、チョコの種類の話」

「あー、なるほどね」

 

 そんなわけで、とりあえずチョコの種類を考えることにした。

 

「まぁ、合作にするなら大きいのにしたいよね。なんか、その方が合作感あるし」

「何その理由……というか、大きいのってサイズの話?」

「うん」

「……じゃあ、ケーキとか?」

「お、良いね」

「でも、腐るかも。当日、平日だし、そもそも大き過ぎると持っていきにくい」

「あーそっか。じゃあ……やっぱり普通にチョコ?」

「うーん……ググろう」

「それ」

 

 と、言うわけで、色々と探す。ケーキも小型化しようと思えば出来るようだが、合作なのに超小さいのは二人としては避けたい所だった。なんかダサい。

 そんな中、透が「あっ」と声を漏らす。

 

「じゃあそこそこな大きさの同じチョコを作って味だけ変える?」

「それ同じチョコじゃなくない?」

「や、だから……メ○ティーキッスみたいに同じ形でバリエーション増やすの」

「ああ、なるほど」

 

 抹茶とかイチゴとかそういうことだろう。それはそれで面白いかもしれない。

 

「じゃあ……そうしよっか。でも、メ○ティーキッスを作るのはかなり難しいと思う」

「だから、まぁ……普通のチョコで良いんじゃない?」

「普通じゃダメでしょ」

「や、だから種類は普通で超おいしく、みたいな」

「まぁ……良いかもね。じゃ、次は形」

 

 なんで、二人の女子は珍しく乙女らしく考え始めていた。

 

 ×××

 

 翌日、結局、形は決まらなかった。円香は一人、離れた席から菅谷と透の様子を眺めつつ、現代文の授業中の黒板に顔を向ける。

 手元を動かしているのは、板書だけではなく、ノートの上の部分に少しだけ空いてるスペース。チョコの形について落書きしながら考えていた。

 せっかく、合作にするのだから、なるべくなら凝った感じにしたいが、どうにも良い案が出ない。味で差別化するのは結構だが、なんだか壮大な手抜きになりそうな感じはある。

 その見掛け倒しは少し嫌だった。円香としては、やはり拘りたい。結局、バレンタインとはお世話になっている人にチョコを贈る日でもあるので、そういう意味でも菅谷には良いものを渡したいと思っているからだ。

 

「……はぁ」

 

 ふと、透と菅谷の方を見る。授業中だが、おしゃべりしていた。相変わらず呑気なものだ。あれで菅谷は成績が良いんだから不思議なものであ……いや、よく見るとノートはちゃんと取っている。器用な男だ。

 恐らく、透は何も考えていないし、ここは自分だけで何か考えなければ。そう思っていると、菅谷がスマホを見下ろしたのが見えた。

 そして、その後に続いて円香のスマホに連絡が届く。

 

 LIKA☆『今日、よかったらうち来ない?』

 

 どうしたのだろうか、急に? 

 

 マドちゃん『良いけど』

 マドちゃん『何? 改まって』

 LIKA☆『いや、今日も妹会議やるのかなーと思って』

 マドちゃん『姉会議』

 LIKA☆『アッハイ、姉会議』

 

 まぁ、今日もやって良かったかもしれないが、誘われてしまった以上は仕方ない。行った方が良いだろう。

 ……もしかして昨日、珍しく集まらなかったのが、少し寂しかったのだろうか? 割とそういうとこあるし、あり得ない話ではない。

 

 マドちゃん『今日はやらないから安心して』

 LIKA☆『りょー』

 

 本当に可愛いとこある男である。なんて少し頭の中でニヤついていると、不意に声が聞こえて来た。

 

「じゃあ、樋口。ここの主人公がバレンタインデーに、恋人に渡そうと思っていたもの、なんだと思う?」

「っ、は、はいっ。えーっと……私と浅倉で味が違くて同じ形のものを渡そうと思ってます」

「誰もお前らの話はしてねえ」

 

 言われてから、教室中で笑いが巻き起こる。しまった、と円香は口を塞いだが、もう遅い。何もかも詳らかに喋ってしまった。

 痛烈に恥ずかしい思いをし、顔を真っ赤にして俯いた。ついつい気を抜きすぎた……いや、逆だ。無駄に考えすぎた。

 ヤバいかも、と思って恐る恐る透と菅谷を見た。

 

「ぷっくくっ……! ちょっ、無理……!」

「あはっ、あっはっはっはっ!」

 

 あの野郎ども、なんで他人事みたく笑ってんの? と、眉間に皺がよった。特に弟、お前その笑い方わざとだろ、と言いたくなる。

 

「授業に集中してないと、どんな目に合うのか、身をもって実感できたな?」

「……はい。すみません……」

 

 とはいえ、反論の余地はない。顔を赤くしながら、席に戻った。

 

「よし、じゃあ菅谷。お前廊下に立ってなさい」

「えっ、なんで俺⁉︎」

「姉のケツは弟が拭けよ」

「それ言われたら仕方ないですけど……」

「いや仕方なくねーし、冗談だから真に受けるな戻れ」

 

 そんな風に、いつのまにかいじりの対象は菅谷に向いていた。そういうことか、と後になって円香は理解した。ホント、余計な気ばかり回してくれる。そう言うとこが、割と好きで、たまに何故かムカついたりするのだが。

 

 ×××

 

 さて、放課後。菅谷の自宅に向かいながら、菅谷が言った。

 

「でも、そっかー。二人で俺にバレンタインくれるんだね」

「あーあ、樋口の所為でバレちゃった」

「うるさい……」

 

 透にまでニヤニヤしながら言われ、円香はため息をつく。透にも飛び火すれば良かったのに、と思わないでもなかった。

 

「ありがとう、二人とも」

「別にいいよ」

「ホワイトデー、三倍返しで良いから」

「頑張る」

「樋口、そう言うこと言うとホントに三倍返しされる」

 

 ……何せ、金持ちの息子の上にモデルだ。しかも有名雑誌からのデビューという幸先の良いスタート。金ならあるわけだ。ちょっとあんまり豪華なものだと申し訳なくなる。

 しかし、透がそういうのに遠慮するのは意外……。

 

「だからもっと言おう。リカ、とびっきり愛情込めて」

「任せろ」

「……」

 

 そういうね、と円香は頬を赤らめた。

 さて、そんな話をしている間にマンションに到着した。エレベーターに乗って15階まで上がり、部屋の鍵を開ける。

 

「でも……そっか。昨日の妹会議……」

「「姉会議」」

「アッハイ。姉会議……バレンタインの話だったんだね」

「そうだけど?」

「何か問題?」

「いや……まぁ大したことじゃないんだけどさ……」

 

 話しながら、部屋の中に入った。すると、そこに置いてあったのは……黒いモジャモジャのツノ付きのカツラと、おもちゃの金棒である。

 

「節分の話でもしてるのかと思って、用意しちゃった」

「……なんで節分なのよ……」

「豆まであるじゃん。ウケる」

 

 全くもって変な男である。二月に対する感性にブレが生じているのがよく分かってしまった。

 そんな中、透がのうのうと二人に声をかけた。

 

「じゃあ、せっかくだし……やろっか」

「え……この歳で?」

「よし、やろう!」

 

 二人がノリノリなので、仕方なく円香もやる事にした。まぁ、昔はよく豆まきしたし、決して嫌なわけではないから良いが。

 

「じゃあ、鬼役じゃんけんね」

「え……本気?」

「そりゃそうでしょ。鬼二人だったら絶対勝てないでしょ」

「いやまず勝ち負けをすることがおかしい……というか、鬼役がいること自体おかしいから。何処の幼稚園のイベント?」

「あるもんは使わないと」

「じゃ、じゃーんけーん……」

「ちょっ、まっ」

 

 鬼役が決まった。

 

 〜10分後〜

 

 リビングに入って来たのは、ツノが生えたアフロに金棒を担いだ円香。そして、それを見て早くも爆笑しているのは、豆入りの箱を取った透と菅谷だ。

 

「っ……ぷふっ、に、似合う……!」

「ぷっ……くくっ……!」

「……」

 

 円香はとても女子高生がしちゃいけない表情で、二人を睨みつけていた。じゃんけんだから仕方ない、仕方ないとはいえ……やはり普通にムカつく。

 

「あ、マドちゃん。これグラサン。目に入ったら危ないから」

「……」

「ぶはっ! ね、鼠○輩じゃん……!」

 

 さらにサングラスを装備した円香を見て、さらに透が吹き出した。

 

「よし、じゃあ……やるよ」

「うん」

「……」

「スタート!」

 

 菅谷の号令で、円香に透と菅谷が豆を投げ始める。加減はしているものの、物を投げられるのは普通に不愉快である。

 なので、円香は金棒のグリップではなく中心を持って構えた。指と指で挟んで、グルグルと回し始めた。

 

「え」

「ばけもの……?」

 

 それにより、豆は弾かれる。だが、長さが足りずに下半身はガラ空きである。

 

「そこ!」

 

 すぐに弱点を見抜いた透が、サイドスローを放つように豆を放つ。それを読んでいたように、円香はジャンプしてソファーの上に飛び乗り、さらにソファーを踏み台にしてジャンプ、空中に舞い上がると、金棒を投げ付けた。

 

「あぶなっ。なんでそっちが投げてんの?」

「投擲には投擲を、だから」

 

 躱した透にそう言い返しながら、床の上に着地した直後だ。足の裏に、豆が直撃。

 

「いっ……⁉︎」

 

 思わず足の裏を抱えるように持ち上げた時だった。バランスを崩し、後ろにひっくり返りそうになる。

 ズルリとサングラスが目元から落ちるが、気にする余裕もない。

 

「! マドちゃん!」

 

 声がしたと思ったら、ふわっと後ろから抱き抱えられる。お尻も下についたが、床ほど硬い感触ではなく、柔らかすぎない感触。

 ふと、後ろを見ると、自分の真後ろに菅谷の顔があった。お尻の下にあったのは、菅谷の太ももである。

 

「っ……⁉︎」

「危な〜……だ、大丈夫?」

「へ、平気……」

 

 しまった、と思わず頬が赤く染まる。つい笑われてムカつきすぎたが、また周りが見えなくなっていた。

 そんな自分のために、わざわざ骨を折ってもらってしまった。……というか、距離が近い。後ろから菅谷に抱きしめられるのは、少し気恥ずかしさがあった。

 頬が赤く染まりながら、控えめに俯く。

 

「マドちゃん?」

「っ……も、もう少しだけ……このまま……」

「え? い、良いけど……」

 

 言いながら、円香は自分の胸の上にある菅谷の手をキュッと握り締める。暖房をつけているとはいえ、真冬なのにやたらと暑く感じる。体温が胸から伝わって来て、思わずポカポカと暖かさがさらに……ん? 胸から? と、胸元を見下ろす。自分の胸を、まるで貝殻のビキニのようにしっかりとカバーしていた。

 

「――っ⁉︎」

「リカ、リカ」

 

 自覚し、さらに顔が赤くなった直後、透が自分の後ろで自覚なく胸に手を置いている男に声を掛ける。

 何をするつもりか? と思ったのも束の間、透は手をグッパッと閉じて開く。それをどう理解したのか、菅谷は自分の胸元の手に力を込めた。

 

「きゃっ……!」

「? 柔らかっ、何これ……ん?」

 

 自分の肩の上から、手の上を覗き込む。そして、胸を包んでいる事を自覚されてしまった。

 

「……スケベ」

「っ⁉︎ う、うそっ……っ、や、やばっ……!」

「自覚したなら、離して」

「ご、ごめん!」

 

 慌てて手を離し、菅谷はそのまま離れた。

 正直、恥ずかしさがないわけではないどころかメチャクチャにオーバーヒート仕掛けていたが、菅谷の方が顔を真っ赤にしているので、逆に落ち着いてしまった。

 菅谷は自分の手のひらを真っ赤な顔で見下ろした後、少しワキワキと手を動かす。おそらく、自覚しているのだろう。

 その直後で、さらに顔が赤く染まり、菅谷は恐る恐る円香を見る。そして、グルグルと目が回り始めた。

 今まで、腕や背中に胸が当たることはあっても、器用に物を扱うメインウェポンである手で触れたことはない。つまり、それだけ詳細に形を把握してしまったわけで。柔道をやっていた手なら尚更のことだろう。

 ふと、透が円香の肩に手を置いた。姉会議で定めた緊急用ハンドサイン。「あれ、パニクる」だ。

 察知した円香が、すぐに菅谷の前に移動する。そして、菅谷の顔面をぎゅっと胸前で抱き締めた。

 

「おやすみ、リカ」

「っ、む、むね……マドちゃんの……こふっ」

 

 そのまま気絶させた。

 

「……ふぅ、考え得る最悪の事態は避けられた」

「ね。リカなら最悪、自殺とかしかねないし」

 

 落ち着かせてから、改めて円香は頬が赤くなる。まさか、もう胸を揉まれる羽目になるとは……と、俯いてしまった。

 いや、まぁ自業自得なのは理解している。所詮遊びなのに、笑われて頭にきすぎた。まぁそれくらい恥ずかしい格好ではあったのだが。

 

「はぁ……ごめん、浅倉」

 

 謝りながら、カツラを取る。

 

「平気。……ていうか、樋口こそ平気? ガッツリ揉まれてたけど」

「……あんたが揉ませたんでしょ」

「や、あれは揉んでることを自覚させようと思って。そしたらまさか更に揉み始めるからビックリした」

「いや、紛らわし過ぎるから、そのサイン」

 

 言いながら、円香は自分の胸元を抱きしめる。あの手のひらの感覚……そして、口から漏らした声……少し気恥ずかしいのに、嫌悪感だけは出なかった。

 

「……で、樋口。どうだった?」

「は? 何が?」

「胸、揉まれた感想」

「……どうもこうもないから」

「気持ち良かったとか……」

「……浅倉」

 

 ギロリと睨まれ、透は目を逸らす。

 そもそも、あんな風に何の自覚もなく揉まれて、快感もクソもない。そもそも胸を揉まれただけで気持ち良くなると言う話が眉唾物だ。

 

「とにかく、リカ寝かせてあげないと。コタツでも良いから」

「んー」

 

 話しながら、二人で菅谷を引きずってコタツに入れる。起きても、どうせ胸のことは覚えていないのだろう。少しムカつくが、思い出してまた変に面倒なことになるよりマシである。

 さて、これからどうするか……とりあえず、豆の片付けでもする事にした。

 

「浅倉、豆片付ける」

「はーい」

 

 話しながら、床の豆を拾い始めた。床には埃一つついていないあたり、昨日、落ちた豆を食べる事になっても良いように掃除したのだろう。まめな男である。

 そう思っている中、ふと目に入ったのは、半分に割れた豆。それを見て、思わずピンと来てしまった。

 

「あ」

「? どしたの?」

「チョコ、良いの思いついた」

「へぇ」

 

 ×××

 

 それから、約一時間後。鍵を持っていない透と円香は、無断で帰るわけにもいかない。本当なら、思いついたチョコを早速、練習したかった為、今日の所は帰宅したかったのだが仕方ない。しばらく家事を済ませたり、映画を見たりして待っていた。

 そんな中、ようやく目を覚ます菅谷。

 

「ん……あれ、寝ちゃってた……?」

「あ、起きた」

「……おはよ」

 

 円香は少し胸を揉まれたことが頭の中に残っていて、気恥ずかしくなる。

 一方で菅谷は、ボンヤリと透と円香の顔を眺めたあと、やがて円香を見る。直後、ほんのり頬が赤くなった気がした。

 

「? リカ?」

「っ……な、なんでもない。ふ、二人とも今日はご飯どうする?」

 

 誤魔化すように微笑むと共に、声を掛けてくる。残念ながら、この後はチョコ作りだ。何せ、二人で作らないと絶対、成功しないチョコを作るのだ。練習時間は多い方が良い。

 

「あー、大丈夫」

「また今度で。リカのチョコ、練習しないとだから」

「あ、そ、そっか……分かった。駅まで送るよ」

「ありがと」

「えー、もう少しコタツムリしてたい」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 無理矢理、透をコタツから引っ張り出し、駅まで送ってもらった……が、この時、迂闊だった。菅谷の顔色の変化を見逃してしまったからだ。

 気付いてやるべき点を見逃し、そのまま帰宅してしまったのだから。

 

 ×××

 

 夜。もう後は寝るだけの時刻。菅谷はずーっと頭の中が悶々としていた。

 ……それは、手のひらの中に円香の胸の感触が残っていたからだ。あの柔らかさ……その中にある張り、そして形が……どうにも消えない。

 

「っ……!」

 

 頭の中で打ち消そうとした。この世に存在するカブトムシの種類を全て詠唱したり、スマホで動物の動画を漁ったり、部屋の中の動物のフィギュアを整理したりと、とにかく手は尽くした。

 それでも、消えない。それはそれ、これはこれ、と言われている気分だった。

 

「このクズが……」

 

 それは、自分に対する言葉だった。事故だから、と許してもらえたのに、もう一度触れたい、なんて本能的に思っていることを自覚しているからだ。

 なんとかしないといけない。自決も考えたが、別に二人とお別れしたいわけではない。許してくれた以上、そんな事しても何にもならない。

 でと、この「触りたい」と思ってしまっている感じは、なんとかする必要がある。

 

「……手を切断するのは最終手段だよね……」

 

 何せ、手持ちの道具ではどうしようもない。腕には橈骨と尺骨という、二本の太い骨がある。包丁なんかではかなり勢いをつけないと落とせない。

 頭の中でグルグルと回しながら、なんとかしたいと思ってスマホで調べ続ける。

 そんな中、ふと見かけてしまった。「おっぱいマウスパッド」というものを。

 

「これだ!」

 

 これらしい。

 

 ×××

 

 翌日、土曜日は学校が休み。円香は、歩いて買い物に来ていた。透はチョコの材料を買いに、そして円香はチョコの型を買いに行ったのだ。

 チョコの型取りと言えば、やはりドンキだろう。特に、珍しいものがあるここなら、おそらく確実にあるだろう。

 そう思い、店内に入って、早速と言うように見て回っていると、ふと菅谷が目に入った。

 

「……?」

 

 珍しい。こんな虫とは一番、無縁そうな店にいるとは。何か買いに来たのだろうか? 

 声を掛けようと思ったが、まだ形は菅谷にバレていないので、サプライズにしたい。スルーして、型取りが売っている場所へ向かった。

 それから、約10分ほど経過。円香は無事に目当てのものを購入することが出来た。

 お店を出て帰宅しようとすると、ふと菅谷が目に入った。少し頬を赤らめたまま、買った商品を大事そうに……というより見られないようにして抱えていた。嫌な予感がした。

 

「リカ」

「っ⁉︎」

 

 声を掛けると、ビクッと肩を震わせている。あからさまに怪しい。

 

「何してるの? こんな所で」

「ゲッ……ま、マドちゃん……」

「……『ゲッ』?」

 

 やべっ、と声を漏らして口を塞ぐ。ギルティである。

 

「それ、何買ったの?」

「……」

「言えないもの?」

「……」

「黙ってないでなんとか言ったら?」

「……俺の家でも良いですか」

「どうぞ」

 

 とのことで、菅谷の部屋に向かった。

 

 ×××

 

「……何これ」

「すみません……」

「すみません、じゃなくて。何これ?」

 

 円香は怒り浸透だった。袋の中身は「おっぱいマウスパッド」。名前の通りの代物である。

 正直に言って、裏切られた気分だ。こんなものを、菅谷が購入したなんて。こんなものに頼らないといけないほど溜まっていた? それとも、異性に興味が出て手を出した? 何れにしても、簡単には許せない。

 

「こんなの買ったんだ。バイト代で。いくらしたわけ?」

「……いえ、その……」

「最低」

「――っ……」

「まぁ良い、一応聞いてあげる。なんで?」

「その……昨日の、マドちゃんの胸の感触が、離れなくて……なんとか、頭から消したくて……あと、一回揉めばなんとかなると思って……それで……」

「は? 私の胸は、このガラクタと同じだって言いたいわけ?」

「そ、そんなつもりは……」

「そういうことでしょ」

「っ……」

 

 久しぶりに、この男に本気でキレ散らかしたくなっていたが……それと共に、原因は自分であることを思い出し、なんとか抑える。

 ……それと、まぁ……何。あの生き物バカの菅谷が、異性に興味を持った事に少しだけ感動してしまったり。

 なんにしても、ギリギリセーフでもあり、良い機会でもあった。没収したマウスパッドは後で埋めるとして、続けて言った。

 

「あと一回、揉めば良いわけ?」

「え?」

「どうなの?」

「た、多分……」

「じゃあ、私の使って」

「……は?」

 

 言いながら、円香は上着だけ脱いだ。正直、恥ずかしいが、自分の代理を物で満足されるよりマシだ。

 

「早くして」

「え……いや、ドユコト?」

「だから、私のなら揉んでも良いって言ってるの」

「……え、いや……え?」

「嫌なわけ?」

「い、嫌じゃないけど……」

「なら、早くして」

「っ……」

 

 頬が真っ赤に染まる菅谷だが、自分も同じだ。こんな変態的な台詞を吐くことになると思わなかったが、まぁどの道、こうなっていたのは間違いない。それが今日だっただけの話だ。

 そう心の中で決心して、両手を背中の後ろに回し、正座している菅谷の前で正座し、背筋を伸ばす。偶然にも、今日の服装はボディラインを強調するセーターだった。つまり、胸の形は分かりやすい。

 それを見て、菅谷は手を伸ばしてくる。真っ赤になった顔で、胸に向かってプルプルと手を振るわせて。

 が、直後、グッと菅谷は握り拳を作り、急カーブさせて顔面に直撃させた。

 

「何してんの⁉︎」

「ごめん……マドちゃん」

「鼻血出てる!」

「俺今、最低な事しようとしてた」

「いいから鼻血!」

 

 慌ててティッシュで菅谷の鼻を拭いてあげる円香に、菅谷は続けた。

 

「俺、危うく『性欲が昂った』とかふざけた理由で最低なことするとこだった。そういうことするために、父ちゃんから一人暮らしを許可されたわけじゃないのに」

「……」

「もう決めた。どんなにまた、こう……揉みたくなっても、絶対に我慢してみせる。腕を折ってでも」

 

 ……本当に理性が強いのか弱いのかわからない男だ。まぁ、それが出来るなら最初から買うな、と思わないでもなかったが、そもそも伝えたい所はそこじゃない。

 

「……別に、エッチな気分になるのは悪い事じゃないから」

「え?」

「だって人間だって動物だし。3大欲求くらい、生物が得意なら分かるでしょ」

「うん」

「けど、私と浅倉以外で発散するのはやめて。物を使うのも禁止。……どうしてもって時は、私か浅倉に言って」

「え、言ってどうするの?」

「……じゃ、帰る」

「え、ちょっ……マドちゃん⁉︎ ていうか、帰っちゃうの?」

「浅倉とチョコ作りの約束してるから」

 

 それだけ話して、円香は帰宅した。透に今日の事話したら「ふーん、えっちじゃん。面白そう」って感心されたのは内緒だ。

 

 

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