浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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ふとした時が一番のきっかけ。

 動物園とは、さまざまな動物を見学することが出来る場所である。日本にはいない動物を間近で観察することが出来て、動物好きには堪らない場所となっている。

 チケットを購入し、三人で中を見て回った。

 

「あの……やっぱり間に挟まって手を繋ぐのは……」

「走るからダメ」

「リカは嫌?」

「……嫌じゃないです」

 

 わざわざ腕組みではなく手繋ぎなのがキツかった。久しぶりに来たが、やはり中は広い。

 三人をまず出迎えた動物は、レッサーパンダ。普通のパンダに比べて当然、小柄なわけだが、それ以上の特徴は茶色と黒のモコモコした毛だろう。

 

「おお〜……レッサーパンダ。可愛い」

「……茶色い。意外と爪尖ってない?」

「そりゃ、主食は笹だけど鳥の雛とか卵を食べることもあるし。あれよーく見ると足の裏も毛で覆われてるでしょ。あれで寒さを凌いでるんだよ。野生だと標高1500〜4000メートルの森林に暮らしてるから、割と厳しい環境に身を置いてるんだよね。絶滅危惧種だから、こういう所で保護するのも大事になるのよ」

「……詳しい」

「……ミスターウ○キペディア」

「え、いや今のは基本情報だよ」

「ありがとう。続けて」

「え、聞くの?」

「うん。リカが満足するまで」

 

 透にそれを言われて、円香は思わず押し黙る。確かに、今日は元々、菅谷の誕生日、菅谷を楽しませるために来ている。

 ……それに、興味がない話でもないので、無理矢理聞いているということもない。

 

「で、リカ。他には?」

「このレッサーパンダはシセンレッサーパンダって種類で、世界で日本が一番、飼育してるんだよ」

「へぇ……驚いた」

「簡単なの? 飼うの」

「いや、てか飼えないから。ワシントン条約で禁じられてる」

 

 しかし……動物好きなら当たり前なのかもしれないが、よくもまぁそんなにサクサクと答えが出てくるものだ。完全に頭に入ってるんだな、と理解する。

 

「さて、そろそろ次行く?」

「もう良いの?」

「うん。レッサーパンダは人気の動物だからね。それだけ多く人が集まってくる。多くの人間に囲まれた時ほど動物がストレスを感じる時はないよ」

「……それはまぁ優しいこと。流石、ミスター博愛主義者」

 

 そんな話をしながら、次の動物を見学に行った。

 しかし、透と円香は少し安心していた。思った以上に、菅谷は大人しくしてくれている。

 これなら手を繋ぐこともないのかも……と、思いながら隣のアライグマを見に行く。

 

「おおー、アライグマ」

「小さいよね」

「小さいからって侮れないよ。気性が荒いオラオラ系のクマだから。基本的になんでも食べるし、やっぱりクマはクマだよ」

「へぇ〜……凶暴なんだ」

「可愛いのに」

「マドちゃんと一緒」

「ぷふっ……」

「リカ、頬出して」

「え、何何? キス……ぶへっ!」

「私、気性荒くないから」

「今ビンタしたのに……?」

 

 頬を腫らせたまま、次の動物を見に行く……などと、色々と動物を見て回りながらも、円香と透は少し意外そうに菅谷を眺めている。やはり、なんか大人しい気がする。隣の部屋のカトレアを見ただけでわしゃわしゃする菅谷が、なんか今までと一緒なのが。

 ……正直、面白くない。なんかもっとこう……今までにないはしゃぎ方をしている菅谷が見れると思ったのに。いや、いつもより口数は多い気がしないでもないので、やはり普通にテンションは高いのだろうが。

 円香も透も、ほんの少しだけ不満そうに顔を見合わせる。

 

「お、あれコツメカワウソじゃん。絶滅危惧種なんだよなぁ、あの子も。主食は水中の生き物……魚とかなんだけど、歯が丈夫で甲殻類や貝殻も噛み砕くのはマジで強い」

「へぇ〜……でも口の中、切りそう」

「私達なら絶対やらない」

 

 なんて答えながら、もしかしたら菅谷はまだ遠慮しているのかも……と、二人とも思ったり。

 とりあえず、円香が菅谷に聞いてみる事にした。

 

「ねぇ、リカ」

「何?」

「まだあんまはしゃぎ切れてないでしょ」

「え?」

「というか、我慢してる」

 

 透も援護射撃をする。

 

「……そ、そう?」

「「そう」」

 

 全く分かっていない。今日はいったい、誰の誕生日なのか。勿論、節度を持ってくれないと困るが、もっとテンション上げてくれても構わないのだ。

 

「もう少しはしゃいでくれて良いから」

「何考えてんのか知らないけど、リカを楽しませるために来てるの分かってる?」

「え、でも……二人に迷惑かけちゃうかもだし……」

「大丈夫。割と普段からかけられてる」

「浅倉、あんたが言うな」

「っ……」

 

 そんな風に言われ、菅谷はちらりとコツメカワウソを見上げる。割と水辺で遊ぶことで有名なそれは、水中を泳いだりしてはしゃいでいる。

 もしかしたら、自分もあんな風に……と、思った時には遅かった。繋がれている二人の手からするっと抜けて、二人の腕をギュッと組んだ。

 

「じゃあ、次行くよ」

「「えっ」」

 

 直後、とても一人の人間が二人を引いているとは思えない速度で動き出した。

 

「よし、ならまずは行きたいエリアがあったんだよね」

「? 何処?」

「月毎にイベントをやってるとこ。好きな爬虫類と触れ合えるんだって。蛇とかトカゲとか」

 

 さぁーっと血の気が引いたのは円香。秒で後悔したが、もう遅い。菅谷の瞳は爛々としてしまっている。

 

「え、待っ」

「行こう。爬虫類……特にヘビに触れる機会なんて滅多にないんだから」

「ふふ、樋口真っ青」

 

 透が言った直後、菅谷は足を止める。そして、少し落ち着いた表情で円香の顔を見る。

 

「……あ、マドちゃん……苦手だった? じゃあ、やめよっか……」

 

 しゅんっと肩を落とす菅谷。そんな顔されたら、円香としても肯定するわけにもいかないわけで。

 

「……そ、そんなわけないでしょ。行くなら、早く行って」

「! だ、大丈夫だから。何があっても、俺がマドちゃんを守るからね」

「……あっそ」

「リカー、私も苦手ー」

「じゃあ、とおるんも守る!」

 

 なんて話で盛り上がる中、円香は強く心の準備を始めた。

 

 ×××

 

 さて、その爬虫類と触れ合うコーナー。三人で列に並び、先頭を眺める。動物園の係の人が、トグロを巻いたアオダイショウを持っている。

 

「ほあああ……か、可愛い……!」

「え、可愛いのあれ?」

「可愛くはないでしょ……」

「何言ってんの? あんな小さい頭と細い体……ぎょろっとした蛇特有の瞳、ペロペロと出たり引っ込めたりする舌……可愛さしかないじゃん!」

 

 スイッチが入ってきた菅谷の方が可愛い……という言葉を二人は呑み込む。さほど怖くない透はともかく、円香は割と心の準備が必要なため、菅谷をからかっている場合ではない。

 そうこうしているうちに、順番が回ってきた。まずは菅谷の番。職員の手元のアオダイショウに手を伸ばす。

 背中に触れ、優しく、それでもって丁寧に、まるでツボでも押しているかのように的確なナデナデをこなす。

 すると、目を開いていたアオダイショウが不意に目を閉じ、首を持ち上げる。そして、菅谷の腕に巻きついた。

 

「お客様……!」

「大丈夫ですよ」

「はい……?」

 

 身体に巻きついたアオダイショウは肩のあたりで首の部分だけ巻きつきを外し、口を伸ばして菅谷の頬にキスをした。

 

「……手懐けてる」

「意味わかんないほどメロメロにしてる」

「なんなのあの客」

 

 やがて、菅谷の手から離れたアオダイショウは、職員の手に戻って再びトグロを巻いた。

 

「はふぅ……満足。……ね? マドちゃん。全然、蛇なんて怖くないでしょ?」

「どちらかと言うとあんたの方が怖い」

「え……そ、そんな事ないよ?」

「あるよ」

「とおるんまで⁉︎」

 

 地味にショックを受けながら、菅谷から順番を譲られた円香は、緊張気味にゴクリと喉を鳴らす。

 ……菅谷は手懐けていたが、正直最初は首を絞められるのだと思ってヒヤリとしたものだ。

 そして、十中八九、自分に巻きついてきたら、間違いなく絞められる。懐かれていた菅谷が異常なのは重々承知していた。

 守るとは言ってくれたが、正直……やはり怖い……と、目を瞑った時だ。ふわりと、羽のように優しい手つきで後ろから手を握られる。

 

「落ち着いて、マドちゃん」

「っ……り、リカ……?」

「俺がいるから平気って言ったでしょ」

 

 言いながら、円香の手を握った菅谷が、ゆっくりとアオダイショウに向けて伸ばす。

 身体に触れ、蛇特有の冷たさが手の感触を奪う。ツルツルしているようでザラザラしているようで……なんとも言えない感触があったが、自分の手にはもう一人の想い人の感触もあったため、不思議と恐怖も嫌悪感もなかった。

 数回、撫でた後、手を離した。

 

「……ね? 怖くなかったでしょ?」

「…………うるさい」

「はいはい」

 

 すると、菅谷に頭を撫でられる。弟の分際で……と、少し癪に障った円香だが、抵抗はしなかった。

 

「……蛇に絡まれた腕で撫でないで」

「あ、ごめん」

「は? 何勝手にやめてんの?」

「え?」

 

 代わりに、理不尽に当たり散らしてやったが、菅谷は終始、優しく頭を撫でてくれていた。

 

 ×××

 

 さて、続いて三人が訪れたのは、肉食動物のエリア。そこはやはり、迫力と見応えのあるコーナー。

 その中でも特に肝を冷やすのが、サファリパークと言えるだろう。そして、それのバスに三人とも乗っていた。

 

「おお……なんか、ワクワクしてきた」

「ね。俺も」

「お子様ども……」

 

 正直、高校生三人でサファリパークに来ている人はいなかったので、恥ずかしくないと言えば嘘になる円香だが、まぁ気にするほどのことでもないとも思っている。

 さて、そのバスが発進し、園内を車が動く。

 

「……にしても、ライオンかぁ……」

「あ、私知ってる。オスは狩りをしないで、多くいるメスに餌を狩らせてるんでしょ?」

 

 透が言うと、菅谷は頷いた。

 

「まぁ、でもそんなニートみたいな事はなくて、オスライオンは群れを守るのが仕事だから。というか、守れなかったら自分が死ぬし」

「え、どういうこと?」

 

 聞いたのは円香。

 

「俺もあんま詳しくないんだけど」

「信用ならないセリフ」

「オスのライオンの基本的な敵って、同じオスのライオンだから。他所のオスライオンが絡んで来て負けたら、群れごと取られるんだよ」

「え……そ、そうなの?」

「怖っ……」

「うん。負けたオスは別の群れを探すか死ぬしかないから。動物は純粋、とか言う人いるけど、そうでもないから。シンプルに悪どい事をやってたりするし」

 

 菅谷の説明に、二人ともドン引きである。自然界、シンプル故に怖い、と思わないでもない。

 そんな中、透がふと気になったように聞いてくる。

 

「え……じゃあ、サファリパークのライオン同士で喧嘩とかは?」

「あるんじゃないの。縄張り争いとかは普通に」

「み、見たくない……」

「ていうか、リカ。そのサファリパークの中に飛び降りたって正気?」

「いやいや、俺じゃないよ。過去の俺」

「同じでしょ」

 

 なんて話している間に、いよいよバスはライオンが見える範囲にまで来た。

 

「おお……見えて来たよ見えて来たよ!」

「でも、リカは安心してね」

「? 何が?」

 

 テンションが上がった菅谷の耳に、不意に飛び込んできた透の声だが、特に何か反応することはなかった。何が? とは聞かれたものの、顔はライオンに夢中だ。

 その菅谷の耳元で、透が囁くように告げた。

 

「……リカの縄張りが荒らされても、私と樋口がその男について行くことはないから」

「っ、そ、そっか……にへ、にへへっ……」

 

 にやけ始める菅谷。本当に素直に照れる菅谷を見て、ちょっとだけ変な気分になった透は、隣で真顔のまま声を掛けた。

 

「もし心配だったら、マーキングでもすれば?」

「心配なことなんて何も……え、マーキングって……おしっこ? どういう事?」

「人が人にするマーキングなんて、一個しかないでしょ」

「???」

 

 分かってない菅谷に、透が横から口を近づけた時だった。その襟を円香が掴む。

 

「浅倉、ここ外。そういうのは後にして」

「ちぇー」

「? 何する気だったの?」

「「気にしないで」」

 

 そんな二人がかりで隠されつつも、とりあえず菅谷の解説を聞きながらライオンを眺め続けた。

 

 ×××

 

 そこから、さらに鳥のゾーンや猿山、草食動物、マイナーな動物など、屋内の施設など、色々な動物をとにかく見て回り、気がつけば夕方になっていた。

 その為、三人はそろそろ帰宅。菅谷が「せっかくだし、市川と福丸に何か買って行ったら?」と提案し、お土産コーナーを見にきていた。

 

「どんなのが良いと思う?」

「食べ物でしょ。あの二人だし」

「ここの動物園なら、パンダのフンっていう生チョコが美味しいよ」

「なんで動物園のお土産コーナーにまで精通してるの……」

 

 何度も通っていれば覚えるものなのかもしれないが、それならそれで「どんだけ動物園行ったんだよ」と。

 そんな時だった。ふと菅谷の目に入ったのは、見覚えのない筐体。プリクラだった。

 

「え……あんなのあったっけ」

「何がー? って、ホントだ」

「プリクラ……」

 

 見た感じ、後から落書きできるスタンプは全部、動物関係のものらしい。その反面、ライオンやらレッサーパンダやらアライグマなど、さまざまなものが多種多様にある……というもののようだ。

 

「撮りたい!」

「「それリカが言うの?」」

 

 とは言え、まぁ動物関係のものにこの男が興味を持つのは、必然といえば必然だが。

 

「まぁ良いけど」

「そういや、私達もプリクラとか初めてだよね」

「前に雛菜と撮ったでしょ。三年くらい前」

「あれ、そうだっけ?」

 

 なんて話しながら、三人で筐体に入る。中に入ると、確かにゲーセンでよく見るタイプのそれではなく、草や木々っぽい緑や茶色の柄の壁があったり、カメラの形が一眼レフっぽくなっていたりと、本当に動物園仕様に見た目を変えたような感じになっている。

 お金を入れて、菅谷が声をかける。

 

「よし、撮ろう」

「じゃあ、真ん中の人がポーズ決めて、一枚ごとに変えよう」

「は? なにそれ」

「良いね」

「決定」

「……ちょっと」

 

 しかし、問答無用である。すぐに三人並び、まず真ん中は透。

 

「じゃ、とおるん。選んで」

「じゃあ……ドム」

「「動物無関係か」」

 

 そうは言いつつも、決まったものは仕方ない。三人とも何も言わず縦に並ぶと、ジェットストリームアタックの構えをとった。勿論、縦並びだと誰も映らないので、先頭の円香はサーベルを斬り終えた後、真ん中の透はバズーカを撃ち終えた後、そして最後の菅谷は両手を組んで振り上げている所で止まり、写真を撮った。

 

「わぉ、息ピッタリ」

「樋口も完璧じゃん」

「これどうやってスタンプ貼るの……」

 

 さて、次は円香が真ん中。少し考え込んだが、なんだかもう一枚目の時点で真剣に悩むのもバカらしくなり、適当に言った。

 

「じゃあ……カバディ」

「それも動物関係なくない?」

「いや、クマを素手で捕獲する方法が根源だから、あながち間違ってないよ」

 

 そんなわけで、三人とも腰を落とし、中腰のまま両手を広げ、向き合う。

 

「「「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバ」」」

 

 そこでシャッター音が切られる。三人とも「ふぅ……」と息を吐きながら、改めて顔を向け合った。

 

「何このプリクラ?」

「どういう宗教?」

「リカ、お題追加。今日一日に関係あるやつにして」

「はーい」

 

 言われて、菅谷は顎に手を当てる。今日は色々あった。レッサーパンダを見て、アライグマを見て、コツメカワウソを見て、ヘビに触って、サファリパークを見て……と、そこで思い出したのは、サファリパークの車内でのことだ。

 

「そういえば、とおるんとマドちゃんが言ってた『人が人にするマーキング』って言うのは?」

「……」

「……良いのね?」

「うん。知りたいから」

 

 菅谷の頭の中では、人の手とかに名前を書くとか、そんな可愛いものだと思っていた。

 しかし、それは思った以上に大人向けな行為で。円香と透は、菅谷の両腕をまず掴み、逃さないように抑えた後、上着の袖を執拗に引いた。まるで、下に着ている袖をも引く強度で。

 それにより、首筋から襟が露出する。そこに向かって、両サイドから二人は顔を伸ばした。

 

「ちょっ、ふ、二人とも? 何してんの……」

 

 有無を言わさず、鎖骨付近に口をつけた。そのまま、唇の痕どころか歯形をつける勢いでギュッと噛み締める。

 

「痛ッ……! ふ、二人とも……!」

 

 そのまましばらく唇をつけ続けつつも、二人の視線は流し目でカメラに向いている。

 やがて、カシャっとシャッター音が鳴り響いたと思ったら、2人の口は離れた。つうっ……っと、唾液が後を引き、袖を戻せばギリギリ隠れるか隠れないかの位置に出来たそれ(マーキング)はくっきりと残ってしまう。

 

「っ……な、何を……」

「これが、マーキング」

「一つ賢くなったじゃん。ミスター小学六年生」

「……ひぃん……」

 

 ジェットストリームアタック、カバディ、マーキングと統一性のかけらもないプリクラを撮り終えた三人は、そのままペイントだけして筐体を出た。

 

 ×××

 

 さて、帰り道。この後は菅谷の部屋でパーティである。予約しておいたケーキを購入し、あとは夜まではしゃぐだけ……なのだが、困った事になった。

 菅谷が、ずーっと上の空だった。何故なら、キスマークをつけられた鎖骨の熱が保温されたまま冷えない。

 

「リカ、帰ったら料理だから」

「何か食べたいものある?」

「……え? あ、いや……えっと……な、なんでも良い、かな?」

「そういうと思ってたこ焼きにしてあるから」

「来年からは希望を言うように」

「うっ……ご、ごめん……」

 

 会話もままならなかった。少し動揺してしまっている。まるで、自分の知らない世界をのぞいてしまったかのような感覚だった。

 その菅谷にお構いなしに、二人は両サイドから腕を組む。

 

「そう言えば、まだプレゼントも渡していないよね」

「楽しみにしてて」

 

 ……家族以外に、ここまで祝ってもらうのが初めてな菅谷は、少しだけヒヨってしまっていた。

 なんだか、逆に気を使わせてしまっているような気がして、少しだけ胸の奥が痛んだり。二人してここまで自分に懐き、もてなし、喜ばせようとしてくれるが、自分はそれほど大それた人間なのだろうか? 

 なんか変な罪悪感が少しだけ芽生えてしまっていた。

 

「あー……ごめん。二人とも。変なこと聞いても良い?」

「ん?」

「何?」

「なんか……俺の何が良いのかなって。たかが誕生日なのに……ケーキに、プレゼントとか……あと、その……二人揃って、その……」

 

 やたらと熱が込められている気がする鎖骨に手を当てる。自分達の関係が異常である事は、重々承知している。今日も、歩いているだけで周りから(特に男から)、やたらと視線は感じていた。

 その問いに対し、二人はキョトンとした表情を浮かべる。顔を見合わせた後、少し苛立った表情を向けた。

 

「は? 説明して欲しいわけ?」

「そんなの、言うまでもないでしょ」

「え……いや、そうじゃなくてさ……。なんか、ちょっと……」

「アンタのために誕生日を盛大に祝われて申し訳なく思ってるんでしょ」

 

 分かるのか、と菅谷は肩を震わせる。

 

「ほんとそういうとこムカつく」

「ね。ほんと自己評価低いよね。女の子二人も侍らせておいて」

「私も浅倉も、別に仕方なくとか嫌々とか、そんなんでやってるわけじゃないから」

「そうだよ」

「リカに子供みたいに喜んで欲しくてやってるだけ。だからいらない気なんて使わなくて良い」

「そういうこと」

「……浅倉、あんた今、ほとんど何も言ってないんだけど」

「あ、バレた。樋口が全部言っちゃうから」

「少しは何か言ったら?」

「何かって……ワシントン?」

「今、各国の首都を当てるクイズはやってない」

 

 いつの間にか、菅谷を置いていつもの調子で話し始める二人。それを見て、菅谷は少しだけ胸の奥で何かが引っ掛かる。

 わかってた話とは言え、改めて実感した。もう円香も透も、完全に二股でいくという覚悟がある。自分もそのつもりでいる……と思っていたが、まだ決心しきれていなかったのかもしれない。

 ……いや、しきれていなかったと言い切るべきだ。だから、今の今まで告白もしないで中途半端な関係を続けていたのだろう。

 それを払拭するには、やはり自身の中で今度こそ決意を固めるしかない。

 

「……」

 

 そうこうしているうちに、マンションに着いてしまった。三人で部屋まで上がっている間も、菅谷はずっと顎に手を当てている。今日中に告白してしまいたいとさえ思っているが、どのように告白したら良いのか……と、少し悩んでしまう。

 そんな菅谷を他所に、部屋の中に入るなり透が伸びをしながら呟いた。

 

「ふーっ、なんかもうここに来ると言いたくなるわ。ただいまって」

「一年くらいで大袈裟」

「えー、でも樋口もごく自然に靴脱いで荷物肩から外してるじゃん」

「……そりゃほぼ毎日来てたらそうなるでしょ」

「じゃあ、ただいまって言っても良くない?」

「……まぁ、仮にも姉弟だし」

 

 なんかその会話が少し嬉しかった。しかし、それと同時にどうやって告白までの流れに持っていくか悩んでしまう。

 ずっと難しい顔をしている菅谷の前で、円香が言った。

 

「じゃ、私と浅倉でタネ作るから、リカはたこ焼き器用意しといて」

「あ、うん」

「よっしゃ。隠し味にサバ入れてみない?」

「アレンジは自分だけでやって」

 

 そんな話をしながら、まずは手洗いうがいをして、三人で支度を始めた。菅谷は言われた通りガスコンロとたこ焼き機と、あとついでに器と串と箸も用意した。

 さて、しばらく待機出来るのは良い時間だ。いつ告白するかを考える。プレゼントをもらった後とかだと、なんだか少しやらしい気がする。特に、二人からもらえるわけだし……まぁ、二人に限ってそれはないと思うが「プレゼントを二人からもらえるから二股しよう」みたいに見えるのはゴメンだ。

 かと言って、プレゼントをもらう前でも変な気がする。何せ、今日は二人に祝われる日。こちらはもてなされているわけだし、空気はどちらかと言えば作ってもらう方だ。

 ……あれ? なんか自分の誕生日に告白するのって、意外と難易度高くね? なんてことを考えている間に、円香と透がタネを運んで来てしまった。

 

「お待たせ」

「出来た」

「っ、お、おお……よし、焼こう」

「がっつかないで」

 

 円香と透も椅子に座り、三人でのんびりと焼き始める。

 

「この角の一つ、私が育てるから」

「はいはい……じゃ、これ私」

 

 タネを流し込んだたこ焼き器の上で二人がそう決めている間も、菅谷は何も話すことなく、何かを考え込んでいた。

 そんな菅谷を見て、透が「あっ、そだ」と声を漏らす。

 

「樋口、忘れないうちに渡しちゃう?」

「え、もう?」

「うん。あんまり溜めるものでもないし」

「……まぁ、良いけど。じゃあ、リカ」

「……」

「リカ?」

「っ、な、何?」

「プレゼント」

「えっ、も、もう?」

「もう」

 

 そう言いながら、円香は鞄の中からプレゼントの箱を取り出した。透に持たせなかったのは失くすからとは言えない。

 まだ何も決まっていない菅谷だが、とりあえず今は思考をやめて、二人の方を向き直る。

 

「そんなわけで、リカ。はいこれ」

「一応、二人から……だから」

「開けて良い?」

「「どうぞ」」

 

 小さくて、二人から一つのもののようだ。ちょっとホッとしてしまったが、なんであれとりあえず開ける。

 堤を剥がし、箱の中を覗くと……中から出て来たのは、キーケースだった。それも、革製の。それなりに値段がしそうなものだが……と、菅谷は少しだけ狼狽える。

 

「樋口の案だよ。ちなみに……ほら、これ」

「一応、私たちもおそろい」

 

 二人とも、同じキーケースを鞄の中から出す。とても綺麗なケースで、自分にしては少し大人向けすぎる気もするけど、今後マストアイテムになるかもしれない。

 けど、なんでだろう? と思わないでもない。

 

「ありがとう。……でもこれ高かったでしょ。どうしてキーケース?」

 

 聞くと、透が円香の体を肘で突き、その円香は少し頬を赤らめる。答えるか答えないか少し悩んだ後、呟くように答えた。

 

「それは……まぁ、その……家族になった時、同じ鍵を、同じケースに入れられるように、みたいな……」

「実質、プロポーズ」

「あ、浅倉……! そこまで考えてないから……!」

「えー、ほんとにー?」

「ほんと!」

 

 なんてやりとりを眺めながら、あらためて菅谷は思った。もうタイミングとかムードとか、そんなのどうだって良い。大切なのは、二人に気持ちを伝えることだ。

 今後、弊害は増えるだろう。普通の恋愛ではないから。周りの見る目も変わってくる。それも、自分は仮にもモデルだから尚更。

 それでも、自分達は自分達のやりたい事をする。そう決めて、二人に声をかけた。

 

「マドちゃん、とおるん。ありがとう」

「……別に」

「樋口照れてる」

「照れてない」

「それでー……俺からも話あるんだけど、たこ焼き焼きながらで良いかな?」

 

 それを言われて、二人ともピクッと反応する。その二人に、改まった様子で告げた。

 

「俺、二人のこと好きだよ。……だから、二股になっちゃうけど、二人一緒に付き合って欲しいな」

 

 しれっと言った。いや、菅谷の中では一大決心だったのだが、割と不意打ちだったかもしれないと思っている。

 言われた二人はほんの少しだけ頬を赤らめるが、すぐにいつもの真顔に戻った、

 

「……遅いから」

「ね。やっとかーって感じ」

「ご、ごめんね……?」

「なんで相思相愛を半年も続けなきゃいけないの」

「かなりもどかしかった」

「うぐっ……ご、ごめん……」

 

 ボロクソだった。でも、それはオッケーと裏返し。分かっていたとはいえ、了解を受けて少しだけ嬉しかったり。

 ホッとしていると、円香がたこ焼きを返し始めたので、菅谷も手伝い始める。

 

「ね、リカー」

 

 その菅谷に、透が声をかけた。

 

「何ー?」

「私と樋口、どっち先に好きになったのー?」

「浅倉……そういうこと聞く?」

「良いじゃん、記念に」

「んー……先だったのは、マドちゃんかな。……ぶっちゃけ、中学の夏休み前には好きだった」

「え……そ、そんな早くから?」

「執念深っ」

「俺なんかに構ってくれる人、滅多にいなかったから。でも、なんかずっと一緒にいてとおるんの事も好きになっちゃってー……なんか、二人とも大好きになってた」

「うわ、テキトー」

「いや、浅倉もリカのこと好きな理由なんてそんなもんでしょ」

「ね。二人はいつから?」

「えーっと……」

 

 なんて、たこ焼きをひっくり返しながら、三人の夜は続いていった。

 

 




高一編終わりです。
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