浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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ラッキースケベはすけべをラッキーと思える人には訪れない。

 さて、翌日。事務所からスマホを受け取った円香と透は今日一日、雛菜や小糸と出掛けることになった。

 Twitterのキャンペーンで、それに関するツイートをするためだ。……なのに、何故か一人、アホな弟もついてくることになって。

 

「はい。リカ」

「? 何?」

「今日は変装して」

「……え〜」

 

 円香は帽子を明里に手渡した。

 

「ダメ。透と雛菜は顔隠さないし、二人が顔隠さないと私と小糸が顔隠してても意味ないし、せめてあんただけは隠して」

「……」

 

 渡されたハンチング帽子を、手に取らずに困ったように明里は狼狽えている。明里が帽子を嫌いなのは、円香も分かっていた。なんか、頭がゴワゴワするから苦手らしい。

 だが、サングラスも嫌いらしいので、どっちが良いか考えた結果、ハンチング帽子の明里を見てみたいと思い、それにした。

 仕方ないので、その帽子を強引に明里の頭に被せた。

 

「うえぇ〜……せっかく、髪型整えてきたのに……」

「私も被ってはいるんだから、我慢して」

「とおるんはー?」

「え、面倒い」

 

 もう透は諦められていた。

 今日は雛菜と小糸も一緒なので、ピアスやイヤリングは外して来ている。三人だけお揃いのものを付けるのは、何となく気が引けた。

 それに合わせて、なるべく地味な服を選んできたので、ここまですれば透がいつも通りでもバレないはず……そう思っている時だ。

 

「明里せんぱ〜い、久しぶり〜。透先輩は昨日ぶり〜」

 

 新たな阿呆の大きな声で、円香は片手を顔に覆ってため息をついた。

 明里と透は何一つ気にした様子なく、片手を振りながら応対した。

 

「おーっす、雛菜ー。小糸も、おはよう」

「おはよ、二人とも」

「お、おはようございます……!」

 

 四人で仲良くハイタッチをしていた。あの閉鎖的な雛菜と臆病な小糸の心を開かせた明里のコミュニケーション能力もそうだが、やはり人柄の良さだろう。283プロの中でも、芹沢あさひ、有栖川夏葉、白瀬咲耶など、割と変な人と仲が良いので、もしかしたら変わり者と仲良くするスキルがあるのかもしれない。

 一応、あんまり大きな声を出さないように注意した方が……いや、でも雛菜の場合は自分が言っても逆効果感ある。

 どうしようかな……なんて思っている間に、透が聞いてきた。

 

「で、円香。どうすんの? 今日」

「適当に散策すれば良いでしょ。とりあえず、ツイートしないと」

 

 自分達が映っている写真は撮れない。だから、基本的にツイートは文面に徹する。

 

『樋口円香です。今日はノクチルが担当する事となりました。

 よろしくお願いします。

 #ノクチル #樋口円香』

 

 とりあえずそれだけツイートしておく。透に持たせておくとツイートを忘れそうなので、自分か小糸がスマホを預かっておくしかない。

 

「じゃあさ、私あれが良い」

「何?」

「コナン」

「あ〜、雛菜もそれ見たい〜♡」

 

 どうやら映画に行きたいようだ。雛菜もノリノリだ。まぁそれは別に自分も何も問題はない。というか、緋色の弾丸は円香も見たいと思っていた。

 

「え、映画にするの……⁉︎ でも、そしたらツイートは……」

 

 小糸の懸念通り、問題はそこだ。まぁ昨日の放クラのツイートを見るに、何も一時間おきとか、そう言う風に時間的間隔が決まっているわけではなさそうだが……。

 

「大丈夫でしょ、多分」

 

 結論を出す前に透が返した。

 

「やは〜♡ コナンとか久しぶり〜」

「俺もだわ……いや、去年行ったわ」

「ふふ、面白かったよね。京極さん」

「ほとんどビルドナックルだったよね」

 

 当時の映画を見た時のことを思い出す年長者二人。円香はその様子を横目で見つつ、とりあえずスマホで席の確認をする。一応、空いてそうではある。

 

「じゃ、映画で」

「あ、円香せんぱ〜い、雛菜がツイートしたーい」

「あっそ。じゃ、よろしく。……分かってると思うけど、リカの事はツイートしないで」

「はーい」

 

 そんなわけで、円香は雛菜にスマホを預けた。

 さて、映画館へ向かった。電車に乗る必要があるわけで、まずは駅に入り、改札を通った。

 先頭を歩くのは、明里と小糸。久しぶりに会うのだから、一緒に並んで歩くくらいは、円香も透も気にしなかった。

 

「あ、明里先輩……透ちゃんは、迷惑かけていませんか……?」

「ん? 全然、平気だよ。滅多に家事はしないし、頼んだゴミ捨ては忘れられるし、洗濯したまま干さずに部屋出たりされてるけど大丈夫」

「ぴぇっ……な、なんか……すみません」

「小糸の所為じゃないよ。……どちらかと言うと、ここまで甘やかしたマドちゃんが悪い」

「あ、あはは……」

「は? それはあんたもでしょ」

 

 聞き捨てならないセリフが聞こえたので、そこは口を挟んだ。残念ながら、中三から知り合っている以上、もう自分だけの責任ではない。

 

「じ、じゃあ、今はやっぱり円香ちゃんが家事を……?」

「うん。あと俺も。二人だから、全然楽ちん」

「そ、そうなんだ……」

「小糸も、受験平気? 来年にはうちの大学来るんでしょ?」

「だ、大丈夫です……! ちゃんと勉強しているので、どんな科目も余裕です……!」

 

 そう言いつつも、小糸には何処か疲れが見えていた。今日遊ぶため、昨日は遅くまで勉強していたのかもしれない。

 

「じゃあ問題」

「ぴぇっ? も、問題?」

「マレーガビアルなどのワニの口は細長くなっていますが、何故でしょうか?」

「え、えーっと……獲物が魚だから、水中でも獲物を捕らえられるように」

「正解」

「え、小糸ちゃん今のわかったの?」

「良くできましたー」

「え、えへへ……」

 

 わしゃわしゃと、小糸の頭を撫でてあげる明里。その様子を見て、円香の表情は、無表情なのに激変した。

 相変わらず、あの男は女性の気持ちについて何も分かっていない。もう、そういう星の下に生まれているのだろう。そう言う行動を軽々しくできるのは、もはやタラシと言う他ない。

 円香の好きな人が、円香が一番可愛がっている後輩に問題を出し、答えられたら褒めて頭を撫でてあげる……そんなの……。

 

 ──メチャクチャ尊いに決まっている。

 

 思わずキュンっとして、顔に出ないよう全力で堪えている。

 まぁ、嫉妬しないわけではない。円香や透でさえ、明里に頭を撫でられることは少ないのだ。

 だが、もし……もし小糸が自分達の娘であったなら、と思えば、尊さが醜い嫉妬心を打ち払うわけで。

 

「円香、良いの?」

「娘と父親にしか見えないからセーフ」

「ふふ、ガバいわ。その判定」

 

 とはいえ、透も邪魔しようとする様子は見せない。多分、透の場合は「家帰ったら存分に甘えさせてもらおう」とか考えているのだろう。自分と同じだ。

 しかし、そんな円香の平穏も続かない。何故なら、歳下は一人じゃないから。

 

「明里せんぱーい、雛菜にも問題出して〜?」

「え? じゃあ……ニプラムス類の特徴を……」

「知らな〜い。答えたから撫でて〜♡」

「答えられてないでしょ……別に良いけど」

「やは〜〜〜♡ 撫でるの上手〜〜〜。じゃあ、雛菜からもお礼〜〜〜」

「はうっ……あ、あの……胸を押し付けるのは……」

 

 一気に表情が激変した。無表情ではなく、普通にキレ顔である。

 

「明里、あんた何デレデレしてんの?」

「そんなにおっぱいが好きならマウスパッドでもしゃぶってたら?」

「な、なんだよ急に二人して⁉︎」

 

 しかも、明里にキレた。腹立ったのは、雛菜のハグではない。もう今に始まった事ではないから。

 それよりも、自分達より大きな胸に反応した事がムカついた。

 

「ひ、雛菜ちゃん……! 怒られちゃうよ……!」

「大丈夫だよ〜。怒られるのは、明里先輩だから〜」

「そ、それ大丈夫なのかな……」

 

 小糸が雛菜をたしなめている間に、円香と透はツカツカと明里に詰め寄り、二人がかりで壁ドンした。

 

「そんなに大きい胸が好き? あるよ、私もそれなりに」

「それとも爆乳じゃないと気が済まないわけ?」

「いや、そんなつもりじゃなくて……」

「は? 普通に反応してたじゃん。すけべ」

「それとも、私達が改造手術でもして胸を整形すれば良いわけ?」

「わ、悪かったから! ちょっとビックリしただけなので怒らないで下さい!」

 

 なんとか謝り倒させると、とりあえず解放する。周りに人が少なかったのは幸いだった。

 

「じゃ、行くよ。映画」

「次はないから」

「怖かった……」

「大丈夫〜? 慰めてあげよっか〜?」

「ひ、雛菜ちゃん……!」

 

 そんな呑気な話をしながら、電車に乗る為、階段を上った。

 

 ×××

 

 さて、映画館に到着した。チケットを5枚、購入する。

 雛菜がツイートを終えると、透が四人に言った。

 

「どうする? 席順」

「俺は一番、ハジで良いよ。四人並んで見た方がツイートしやすいでしょ?」

「雛菜、透先輩の隣〜」

「わ、私はどこでも良いよ……!」

「なら、小糸は真ん中に座ったら? 隣、私座るから」

 

 などと円香は上手いこと一番、得する席をゲットした。

 続いて、五人で売店のカウンターに並ぶ。映画と言えば、ポップコーンとコーラだからだ。

 のんびりと並んでいると、明里がパネル板を見上げて呟く。

 

「わぉ……映画館に生ビールあるんだ。飲んでみようかな」

「ぴぇっ……」

「リカ、やめて」

「映画館でビールって……嫌じゃない? なんか、トイレ近くなりそうで」

「雛菜、コーラの方が良い〜」

「冗談だから。だからツイートしないでね」

「あ、あはは……そういえば、雛菜ちゃん。ツイートしたの?」

「してた。もうめっちゃ来てたよ。リプ」

「……ホントだ。映画行くってだけで、こんなにたくさんの人が……」

「雛菜もビール飲む〜」

「いや俺飲まないよ?」

「だ、ダメだよ……!」

「ダメ」

「ウケる」

 

 なんて暢気な話をしながら、全員でポップコーンと飲み物を購入する。ふと、円香の視界に入ったのは、明里の飲み物。珍しくブラックコーヒーを購入していた。

 

「……リカ。ブラック?」

「え? あー、うん。ちょっと……」

「もしかして、眠いの?」

「いや、そんな事ないよ。大丈夫、一時間半くらい……」

「眠いんじゃん」

「……」

 

 自白が早い。マッハである。他三人が前を歩いている間に、円香は聞かれないように明里に言った。

 

「もし眠かったら、予告の間は寝てて。始まったら起こしてあげるから」

「……良いの?」

「映画の感想語る時、混ざれなかったら寂しいでしょ?」

「……ありがと」

 

 そんな話をしながら、スクリーン前の座席に座った。

 割と良い真ん中の席に座れて、腰を下ろす。まだ予告も始まっていない段階。そこで、既にうとうとしていた明里は、円香の方に体重を預けた。

 

「ごめん……ちょっと、肩借りるね……」

「ん」

 

 そのまま自分の肩に頭を置いて目を閉じる明里。少し、円香の頬は赤くなる。もう慣れた事なのに、距離が近くなるというだけで少し嬉しい。

 

「なんか面白そうなのあるかな。映画」

「今年からマーベルとかまたたくさんやるんでしょ〜?」

「ふふ、超楽しみ。リカもマーベル好きだから、めっちゃ見に行ける」

 

 自分の隣の隣では、映画の話で盛り上がっていた。そもそも透と明里が知り合うきっかけとなったのが映画だったので、今でも二人でちょいちょい見に行ったりしているらしい。

 円香も誘われるが、興味ない奴はパスしていた。二人ともIM○Xとかで見に行くから高いのだ。

 

「小糸ちゃんは、映画とか見ないの?」

「こ、今年は厳しいかな……受験だし……」

「小糸の成績なら、推薦でいけるでしょ」

「い、一応それは狙ってるんだけどね……!」

「雛菜も楽勝で、同じ大学行けるよ〜?」

「あんたの話は聞いてないし分かってるから」

「私達は苦労したよね。めっちゃ」

「あんたの所為でね。受験以外も、長期休みの度に宿題後半までやらないで……」

「と、透ちゃん……」

「大丈夫だから。大学で立場逆転するから」

「ならまずは家事から覚えて」

「透先輩の料理、雛菜食べたい〜」

「じゃあ今晩、来る?」

「ダメ。明日は朝早いでしょ」

 

 なんて話している間に、映画館内が暗くなる。マジの予告パート2のようだ。

 それに伴い、四人のおしゃべりも止まる。ボンヤリと円香はスクリーンを眺めた。今年もたくさん映画をやるようで、寝ている明里の代わりにどの映画をやるか、覚えておいてあげることにした。

 まぁ、正直なんでも見る男の子なのであんまり意味ないかもしれないが、その中に円香にも興味が湧くようなものがあれば、一緒に見に行けるかもしれない。

 そんなわけで、なんとなーく眺めている時だった。コテン、と肩に何かがのしかかる感覚。横を見ると、小糸が自分の肩に頭を置いていた。

 

「すぴー……」

「え、こ、小糸……?」

 

 寝てる? いや、寝てる。昨日、夜遅くまで勉強していたようなので、仕方ないといえば仕方ない。

 そこで、気づいてしまった。今、自分の両肩には、円香が知る限り人類で最も可愛い二人が、頭を乗せて寝息を立てている。

 そのことを自覚し、胸の鼓動が激しくなりつつあった。ヤバい、天国はここか、とこれから死神が活躍する映画が始まろうとしているにも関わらず、思ってしまった。

 そんな中、自分の左肩から声がする。

 

「ん……マド、ちゃん……」

 

 え、私の夢? と、いうか、映画館で寝言? と、少しだけ狼狽える。

 

「とおるんに……手押し相撲、勝った……」

 

 どんだけ日常に沿った夢を見ているのか。と言うか、それを聞いて自分はどうしたら良いのか? 

 けど、まぁそういう全然、年相応じゃないところも……なんて思っていると、今度は反対側の肩から寝言が漏れる。

 

「まどか、ちゃん……私、大きくなりたいよ……」

 

 それはやめて欲しい。小糸はいつまでも小さく可愛いままでいてほしい。

 

「それで……明里、先輩に……」

 

 え、なんでリカが出てくるの? とうろたえる。もしかして、小糸まで明里を……。

 

「……人の、撫で方を教わって……円香ちゃんを、撫でてあげたい……」

 

 どんな夢だ、と二度目の感想が漏れる。そんな未来は一生訪れないから安心して欲しい。

 なんにしても、ちょっと起こしづらくなってしまった。このままじゃ二人とも映画を観ることはできない……が、もう少しこのまま二人に身を預けられていたい……そんな風に思ってしまった。

 雛菜と透が、予告には目もくれずにバッチリ観察してきていることにも気付かず。

 

 ×××

 

 映画が終わった。

 

「「起こしてよ!」」

「……ごめんって」

 

 ばっちりエンドクレジット直前まで寝過ごしていた二人から、円香は怒られてしまっていた。

 起こすって言ったのに起こしてくれなかった明里は勿論、自らの不注意とはいえ、つい夢気分で寝こけてしまっていた小糸までもが、不満げに円香に言っていた。

 

「まるまる良い環境で寝息立てちゃってたよ!」

「ま、まったくだよ! お金払って二時間寝てたよ!」

「だから、ごめんって……」

「ふふ、めっちゃ怒られてるじゃん」

「あは〜〜〜♡ 円香先輩、超幸せそうだった〜〜〜」

「二人とも黙って」

 

 今回ばかりは反省している様子の円香を眺めながら、透は少しだけ羨ましかった。どうせなら、自分が円香のところに入りたかったからだ。

 その自分に、雛菜からスマホを差し出された。

 

「はい、透先輩〜」

「何これ?」

「ツイート〜」

「あ、あー。そっか。映画終わったし、するか」

 

 そう呟くと、とりあえず文面を入力した。

 

『浅倉です。

 映画見ながら、円香が小糸ちゃんを横で寝かせてた。

 #ノクチル #浅倉透』

 

 わざとである。その呟きを自分のスマホから見た円香は、すぐに透の肩に手を置いた。

 

「ねぇ、どういうつもり……!」

「事実じゃん」

「別に寝かせてない」

「起こさなかった時点で同じでしょ」

「マドちゃん、まだ話は終わってないから!」

「そ、そうだよ! 逃げないで!」

「もう……謝ったでしょ。なんなら、お金出すからもう一度見てきたら?」

「え、いや別にそこまでしなくても……」

「う、うん……行くなら、円香ちゃんも一緒じゃないと……」

 

 流石、良い子二人である。すぐにヒヨった。だが、別にヒヨらせるのが目的ではなかった円香が、ため息をつきながら言う。

 

「じゃあ、今度3人で行こっか。私もほとんど見れてなかったし」

「え、なんで?」

「幸福で」

「行こう。次の場所。お腹空いた」

 

 なんか勝手に三人でのデートの予定を決められたので、透は少しイラっとしながら間に入った。

 

「どこ行く?」

「任せる。俺、ノクチルじゃないし」

「わ、私も特に……」

「じゃあ、雛菜ラーメン食べた〜い」

「じゃ、それで」

「小糸ちゃん、次のツイートよろしく」

「う、うん……!」

 

 アイドルがお昼のツイートにラーメンを写す、ということに誰も異議を唱える事なく、ラーメン屋に向かった。

 

 ×××

 

 食事を終えた五人は、ボウリングをしに来た。映画館のポップコーンとコーラに追加し、お昼のラーメン……アイドル的にも女の子的にも運動しないわけにはいかない。

 さて、五人でボウリング……なのだが、基本的にノクチルの四人が主役でツイートしなければならない上に、1レーンで遊べる人数は四人までのため、明里一人とノクチル四人に分かれることになった。

 

「なんか……ごめんね。リカ」

「いや全然。隣だし。なんなら四人で楽しんで」

「じゃあ、一番負けた人は罰ゲームね〜?」

「ぴぇっ⁉︎」

「ダメ。小糸が負けるから」

「ま、円香ちゃん⁉︎」

「逆、逆。1番勝った人が、リカに飲み物奢ってもらえるとかは?」

「それならアリかも」

「え、俺の意思は? 別に良いけど」

「じゃ、スタート……の前に、ツイートツイート」

 

 今の係である透がスマホをいじっている間に、まずは雛菜から投げ始める。

 その様子を、透の後ろで明里が眺めていた。

 

「ボウリングかぁ、久しぶりだよね」

「うん。今日こそ勝つから」

「俺は勝っても得しないんだけどね……」

 

 一応、順番に投げるつもりのようで、明里はまだ投げる様子を見せない。とはいえ、あまりモチベーションは上がっていない様子だ。

 それをぼんやり眺めつつ、透が明里に笑みを浮かべながらお告げのように言った。

 

「じゃ、リカが一番だったら、私から景品あげようか?」

「お、何? ……て言っても、こっちが飲み物出すんだから、そっちも飲み物だよね」

「一緒にお風呂、入ってあげる」

「…………ひょ?」

 

 言ってやると、ポカンとした表情になる。その間の抜けた顔が少しだけ可愛くて愉快だった透は、クスッと微笑むと立ち上がった。

 

「私の番?」

「そう」

「が、頑張って、透ちゃん……!」

 

 心底、楽しそうな透は、エールを受け取るとボールを一つ手に取った。

 高二や高三の時、実は何度かボウリングにはいっている。その時、明里は相変わらずイカれた演算能力を駆使して得点を重ねていった。

 つまり、やる気さえ出させれば、明里の勝ちはほぼ確定的である。だが、別に一緒にお風呂入るくらい良い。もう既に一回入ってるし。

 少しだけソワソワしながらボールを指に嵌めて、一気に転がしに掛かった。

 カーブを利かせ、鮮やかな曲線を描いてピンに向かっていく。そして、パッカァァァンっと景気の良い音。握り拳を作った透は、真上に突き上げて歩きながら戻った。

 

「イェーイ、初手ストライク」

「やは〜〜〜さすが〜〜〜♡」

「と、透ちゃん。すごーい……!」

「ふふ、でも爪割ったわ」

 

 そう言う通り、握り拳から一滴の赤い液体が流れ落ちる。

 

「はぁ……バカ」

「あ……と、とおるん。爪切りあるから。切っちゃいな」

「うん。超痛いわ……あ、じゃあリカが切って」

「え……お、俺?」

「そう、俺」

 

 何となく、色々と甘えたい気分だった。なんだか、少し円香とついでに小糸と雛菜も羨ましくて。いや、正直、小糸と雛菜が甘えるだけなら良い。おっぱい以外は「まぁ久しぶりだしね」というスタンスを保てる程度には大人になった。

 では何がダメなのか? 同じ立場である円香が甘えているところである。ならば、話は別だ。自分も甘えたい。

 

「良いけど……じゃあ、手貸して」

「はい」

 

 透の指を手に取り「え、あなた看護の学生でしたっけ?」と聞きたくなるほど適切かつ迅速に処置してくれる。

 ……なんか、思ってたのと違う。指から血が出ると言えば、あのイベントだろう。

 

「はい、終わり」

「舐めないの?」

「は?」

「だから、指から血が出てるのに舐めないの?」

「え、俺って吸血鬼だったの?」

「いや、バイ菌が入らないように……」

「いやもう消毒液使ったし。そのあと舐めたら、むしろ俺のお腹がビチャビチャになる」

「……まぁ良いけど」

 

 ……なんか違う。なんか違う。なんでこんなにあっさりと……。

 

「……あ、そうだ」

 

 すると、明里もなんか急に声を漏らした。何を思ったのか知らないが、下らないことを思いついているのか、それとも別のことを考えているのか……。

 そんなふうに思っているときだった。四人の投球が終わり、次は隣のレーンの明里の番だ。

 

「じゃ、リカ。頑張って」

「うっ……頑張らないとダメですか……」

「一緒に入りたくないなら、頑張ることなんてないけど?」

「……」

 

 まぁそれならそれで良い。どうせ明里の事だし、チキっただけだろうから。

 そんな風に思っていると、明里はボールを手にした。両腕を回し、腕をクロスさせて肘と筋を伸ばし、首を左右に倒してゴキゴキと鳴らす。彼らしくない仕草に、透も円香も小首を傾げた

 そして、ボールを持った直後、見据えるは10本のピン。その直後、一気に明里はボールを転がした。肘で挟むように抱えたボールを、腕ごと捻るようにレーンの左端から投擲。ボールは、ミニ四駆のコースのようにえげつない角度を描いて曲がり、ストライクを取った。

 

「え」

「わっ……上手……!」

「俺の技術じゃないよ。どれだけの摩擦と回転をかければどの程度の力が出るか、ボーリングの球の重さを基準に算出しただけ」

「やは〜キモ〜い♡」

「リカ、本気?」

「うん。特典がついたから」

 

 言いながら明里は透の後ろの席に座る。そして、優しく自分の割れた爪を持つ手を伸ばした。

 

「大丈夫? 痛くない?」

「大丈夫、余裕」

「無理しないでね」

「しないから」

 

 こう言う仕草も彼らしいといえば彼らしい……のだが、何となく嫌な予感がする。背筋がザワザワするというか、何をされるか分からないというか……その予感は当たった。少し赤くなった頬のまま、耳打ちするように言われた。

 

「……そっちが先に振ってきた勝負だからね」

「ふふっ、上等」

 

 ……しかし、そこまで一大決心されるとは。おかげで、照れが少しだけ移された気がした。

 

 ×××

 

 さて、ゲームセット。透は……いや、透だけでなく円香も雛菜も小糸も唖然としている。

 何故なら、明里のスコア表には、角がある蝶々が十匹、舞っていたからだ。

 

「こんなことあるの……?」

「本気過ぎない……?」

「物理お化け……」

 

 なんて感想を聞きながら、透は普通に照れた。まさか、そこまで一緒にお風呂に入りたがられるとは……流石にマジ過ぎて恥ずかしくなる。

 さて、そんなことは知る由もない雛菜が、第二ゲームを提案する。

 

「よし、じゃあ次〜」

「あ、ごめん。俺、電話」

「は〜い」

 

 一時、レーンの前から外れて、スマホを耳にあてがう明里。

 さっきはドギマギしたが、まぁ普通に考えれば明里に限ってそれはない。あの子が、一緒にお風呂に入りたがるわけがない。こちらから言い出したこと……なんて言われはしたが、どうせ明里の事だ。何か思いついていたし、どうせ「ドクターフィッシュがいるクアハウス行きたい!」とかそんなんだろう。

 だから、期待しないようにしていると、明里が戻ってきた。

 

「ごめん、俺また急な仕事入った。帰るね」

 

 またか、と透は少し事務所のブラックさ加減に引いてしまったり。

 

「ええ〜、帰っちゃうの〜?」

「そ、そっか……残念だな……」

「じゃ、最後に写真撮る?」

「撮ろっか」

 

 それだけ話して、5人で自撮りをするように集まり、スマホを構える。そして、パシャリと写真を撮った。

 

「よし、おっけー」

「じゃあ、ごめんね」

 

 ちょうど、明里が一人だったので、会計は自分でこなせる。正直、モデルの仕事がつまらないわけでも無い明里は、もう普通に文句も不満も出さずに笑みを浮かべていた。

 それに、今日はノクチルが四人で集まらないといけない日。ちょうど良いと言えばちょうど良い、とも思っているのかもしれない。

 ……いや、にしてもあっさりと承諾した事に意外に思ってしまったり。

 去り際、明里は荷物をまとめ終えてから、ふと近くにいた透の肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

「……夜、話あるから。起きててね」

「っ……う、うん……」

 

 やはり、どっちだ……? と、透は内心ドギマギしながら思った。

 

 ×××

 

 さて、夜。時刻は21時を回った。透と円香はテレビを見ながら、ぼんやりと天井を見上げる。

 

「どしたの? 透」

「んー……ちょっと、今日これからリカとお風呂入るから」

「……は?」

「勿論、水着着るけど」

「……ボウリング、やたらとリカが本気だったのってそれ?」

「そう」

 

 それが楽しみでソワソワしている。

 

「円香も一緒に入る?」

「わけないでしょ。お二人でどうぞ」

「ちぇー」

「ていうか、あの男が一緒にお風呂で本気になると思う?」

「でも、言われたから。リカが撮影に行く時」

「何を?」

「夜、話があるから、って」

「……ふーん」

 

 そんな時だった。ガチャっ、と玄関が開く音がする。すぐに透は飛ぶように廊下を走っていった。

 

「ただいまー!」

「おかえりー。ね、ご飯にする? お風呂にする? ……それとも……あれ、私もお風呂じゃんそれ」

「あ、お風呂? 良いねー。はいこれ」

「? 何?」

 

 言いながら見せられたのはスマホの画面。そこに写っているのは、ドクターフィッシュがいるアクアハウスの情報だった。

 

「これ、三人で行こう!」

「……なんでこれのために夜まで待たせたの?」

「え、この情報、事務所の人に聞いてきたからだよ」

「……」

 

 ブチッ、と、透の中で何かがキレる音が聞こえた気がした。

 

「その話は、後にしよっか」

「あ、うん。ごめんね、帰ってきて早々」

「それより、早くお風呂入って」

「え、臭い?」

「違うけど、良いから」

「あ、うん」

 

 明里をお風呂に叩き込んだ。さて、口調の割に実はブチギレている透は、それはもう秒で自室に引っ込み、水着を引っ張り出し、頃合いを見計らって突撃した。

 

 ×××

 

「ふぃ〜……」

 

 急な仕事とはいえ、時間はあんまり長くなかったので、明里はあんまり疲れていなかった。

 しかし、楽しかった。なんだかんだ、Twitterを覗いてみてもノクチルのキャンペーンは大成功。色んなファンの人からコメントをもらっていた。

 その上、自分も一緒になって楽しめたんだから、中々良い休日だったと思う。……まぁ、自分は今日仕事になった分、明日も休みだが。

 唯一、惜しかったのは、映画だろうか? 中身を見れなかったのは残念だ。

 ま、何にしても、次のドクターフィッシュを楽しむしかない……なんて思っている時だ。普通にお風呂のドアノブが下がったのが視界に入り「はえ?」と声を漏らす。

 

「お邪魔しまーす」

「ぶごっ!」

 

 吹き出してしまった。何故なら、水着姿の透が入ってきたからだ。

 

「っ、な、何してっ……!」

「一緒にお風呂入る約束」

「いやクアハウス……!」

「私、そこに行くって言った?」

「っ……」

「じゃ、背中流してー」

「俺が勝ったのに俺が流すの……?」

「うん」

「……」

 

 仕方なさそうに、明里はお風呂から上がった。しかし、忘れていた。透が水着を着ているからって、自分が水着を履いているとは限らない事を。

 湯船から立ち上がるなり、顔を真っ赤にしたのは透。その視線の先は、自身の脚の間。

 

「えっ」

「? 何……あ」

「っ……あー、私……あんま男の、それ見たことないけど……そんなん、なんだ……」

「っ〜〜〜! き、きゃあぁぁぁぁぁッッ‼︎」

「女子か」

 

 そう言う透も、頭の中では男子高校生のように「良いものみた」と言わんばかりに顔を真っ赤にしていた。

 

 

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