ある日、今日もお仕事で、今は帰り道。透と円香は伸びをしながら帰宅していた。
ゴールデンウイークも真っ最中だというのに、毎日のように仕事があるのは嘆くべきか喜ぶべきか。いや、思ったより充実感がある以上、喜んで良いところなのだろう。
「……でも、流石に疲れた……」
「ふふ、円香めっちゃ歩くの遅いじゃん」
「疲れたものは仕方ないでしょ……あんたがもう少し家事をしてくれればもう少し疲れないんだけど」
「最近はしてるでしょ。ここ最近は洗濯物私がしまってるから」
「洗濯物途中で落として外に出て拾いに行って戻って洗濯物をしまい始めてようやくリビングに戻った時には、私とリカは家事二つは終わらせてるから」
「ふふ、めっちゃ厳しいじゃん」
「普通だから」
なんて話していると、ふと透が声を漏らす。
「……はーあ、プロデューサーは優しいのになー」
「……」
そのセリフを聞いて、ふと円香は思ったこと……というより、前から気になっていたことを聞いてしまった。
「……透、前から気になってたんだけど」
「ん?」
「プロデューサーと前から知り合いだったの?」
聞いた直後、ほんの一瞬だけ表情が固まった。が、すぐにいつもの笑顔っぽい無表情に変わる。
「あー……うん。まぁ」
「どういう関係?」
「一言で言うと、幼馴染というか……いや、馴染んではないかな。一回しか会った事ないし」
「どういうこと?」
「子供の頃、一回だけ会ったことあって遊んでもらったってだけ」
そんな事あったんだ、と円香は少し目を丸くする。そんな話、自分だけで無く雛菜と小糸も聞いたことないだろう。
「それで、ほら……私、人の顔見たら大体忘れないから。でも、向こうはいまだに思い出さないっぽいから……まぁ、それだけ」
つまり、恋愛感情は無いという事だろうか? まぁ、正直、円香は気にしていない。だが、一人だけ気にしそうな男がいるのを忘れてはいけない。
「その話、リカにはしたの?」
「してないけど?」
「なんで?」
「いや、言ったらプロデューサー死んじゃうんじゃないかなって」
透の言い分も、正直わかる。明里はああ見えて嫉妬心も独占欲も強い。殺す、とまでは行かなくとも、バックドロップとか柔道関係ない技を叩き付けそうだ。
「でも、言わないまま変な勘違いされた時の方がまずいでしょ。それに、リカはもうプロデューサーを殺したりしないから」
「あー……うん。じゃあ帰ったら言うわ」
「そうして」
とりあえず、これで一件落着だろう。拗ねたら面倒臭い明里に知られる前になんとか誤魔化すような事をしなくて済んだ……と、ホッと胸を撫で下ろす。
「……一応、聞きたいんだけど、リカよりプロデューサーのことが好き、なんてことはない?」
「は? いや、プロデューサーのことも好きだけど、異性としてのそれじゃないから。ていうか、9個とか10個上の男の人はちょっと」
人間的には嫌いではないが、少し歳が離れ過ぎていた。それは円香も同じである。……まぁ、それは同い年くらいだったらプロデューサーを選んでいた、という意味ではないが。
まぁ、そんな事はともかく、家に到着した。玄関を開けて中に入ると、中は暗かった。明里はまた急な仕事なのだろうか?
リビングの電気を点けると、書き置きが残っていた。
『明日、朝早いので先に寝ます。作り置きの晩飯、チンして食べて下さい。
ps.この書き置きやっぱ楽しいわ』
……だ、そうだ。どうやら、部屋でもう寝息を立ててしまっているらしい。
「……もう寝ちゃったかー」
「そういえば、明日は朝から仕事って言ってたっけ……」
円香も忘れていた。そういえばそんなことを言っていた気がする。まぁ、何にしても透が話すべき事は延期になってしまったわけだ。
「……しゃーない。明日にしよう」
「作り置き、何作ってくれたの?」
「さぁ……あ、青椒肉絲じゃん。お味噌汁もある。美味しそう」
「……この時間からは太るでしょ……」
「大丈夫でしょ。たけのことピーマンのが多いし」
「あんたは女子の中でも異常な体型してるから平気かもだけど、普通の人は普通に太るから」
「……そう?」
「そう」
というか、透は特に高二からさらにスタイルにも磨きが掛かり、胸も大きくなっている。
結局、明里は胸が大きいのと小さいの、どちらが好きなのだろうか?
「じゃ、チンして来るね」
「ん」
珍しく透が率先してご飯の準備を始める。さっきの会話が響いているのかもしれない。
まぁ、それならそれで少しは楽出来るかも……と、思いつつも、身体は勝手にご飯をよそいに行っていたが。
手早く準備を終えると、二人でのんびりと食事を始めた。
×××
翌日、目を覚ました明里は、ひとりで朝の準備をする。現在、午前6時。髪を梳かし、整髪料をつけ、顔を洗い、私服に着替えた。
元々、割とオシャレにも興味があった方ではあったが、モデルになってから数ヶ月経ってから、さらに円香から厳しく指導を受けてきて、とりあえず誰にも文句を言われない程度にオシャレにはなった。
さて、あとは朝食……と、思いながら、リビングに入ると、円香が食卓でコーヒーを飲みながら本を読んで座っているのが見えた。
「あれ、マドちゃん?」
「あ、起きた。朝ごはんできてるから」
「マドちゃん今日仕事だっけ?」
「オフだけど?」
「じゃあ、なんで」
「たまには良いでしょ」
もしかして……わざわざ自分のために早起きしてくれたのだろうか? やはり、円香のこういう姉気質な点が本当に好きだ。面倒見が良いどころか、普通に世話焼きだ。
「……はい。焼きサバ」
「わっ……ありがと」
他にサラダ、米、お味噌汁と、旅館の朝食のようなセット。美味しそうで困る。
「マドちゃんはもう食べたの?」
「食べた。だから気にしないで」
「ありがとう」
わざわざありがたい。そのまま鯖に醤油をかけて身を箸で割いてつまみ、口に運ぶ。
「美味し」
「ん、良かった」
無表情だけど、満足そうなのが見て取れる。そういう素直じゃないところが、たまらなく可愛い。
「ふふ、無表情を装ってるけど、嬉しそうなの我慢してるとこ、ほんと可愛い」
「分かった。明日から毒仕込む」
言っちゃったので、怒られた。
「冗談だから怒らないでよ」
「そういうこと言ってると、こっちも本気で褒めるから」
「マジで? 褒めて褒めてー」
「この前、洗面所で着替え覗いた時、お尻が綺麗で可愛かった」
「そんな事してたの⁉︎ 普通にショックなんだけど!」
「言い出しっぺは透だから、文句はそっちに言って」
「しかも二人で⁉︎」
普通にビックリだ。プライバシーも何もあったものではない。いや、一緒に暮らしているのにプライバシーもクソもないかもしれないが。
「まぁ、そんなことよりもね、リカ」
「何?」
「透が話したいことあるって」
「え、何。改まって」
「なんだろうね」
「あ、それ知ってる時の顔!」
「なんだろうね」
「NPCみたいな反応やめて!」
なんて話しながら、とりあえず食事を続ける。もう割と長いこと一緒にいるからか、普通に明里が好みの味を覚えられ、それを作ってくれているのが、なんだかたまらなく嬉しい。これだけでも、勉強を頑張って一人暮らしを許された価値はあったというものだ。
さて、そろそろ外出の時間だ。食べ終え、歯磨きして出陣である。
「ありがと、ご飯美味しかったよ」
「それはどうも。……仕事、何時まで?」
「午前中で終わり」
「……ん。じゃ、午後は三人で出掛ける?」
「あ、良いね。どこ行こっか」
「ん、ん〜……まぁ、適当に」
「決まり」
少しだけにこりと微笑む円香。たまに出るそういう大人っぽい笑顔も、明里にとってツボだった。思わず、胸の奥がドキッと高鳴ってしまう。
「何照れてんの?」
「っ、て、照れてないよ……」
「……ふふ、そう」
「……嘘、照れてる。やっぱり、マドちゃんの笑顔は素敵だね」
「……あの、あんま恥ずかしいセリフを普通に言うのやめてくれない?」
「何照れてるの?」
「……あっそ。仕事終わったら、覚えてなさいよ」
「あはは、ごめんごめん」
そんな話をしながら、玄関に向かう。靴を履き替えて、ドアノブを握ったあと、こちらは振り返る。
「じゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「……」
「……」
「……」
「何?」
「い……いってきます、のキス……する?」
「っ……何言ってんの? そもそもまだ結婚したわけでもないし、そんなアホな風習、したいわけでもないでしょ」
「あ、あはは……だよね。半分くらい、冗談だった」
「……ん」
そう言った割に、円香は瞳を閉じて少しだけ背伸びする。本当に素直な彼女である。
その唇に、明里も唇を重ねた。
「じゃ、行ってくるね」
「……ん」
「照れてる?」
「帰ってきた頃には鍵穴変えといて欲しいならそう言って」
「あ、嘘です。ごめんなさい」
それだけ話して、とりあえず明里は出発した。
×××
「何今の」
「っ⁉︎」
後ろからやたらと低い声が聞こえる。この家に住んでいる人間はあと一人しかいない。その一人とは幼稚園の頃から一緒だが、こんな声は聞いたことがないほど低い声。
思わずビクッとして振り返ると、部屋からものっそい寝ぼけてそうなジト目でこちらを眺めていた。
「……毎朝、してたの? そんな事。聞いてないんだけど」
「してないから。今日、なんかいきなり言われたからしただけ」
「……ふーん」
「ホントに」
「……ずるい」
「は?」
「私も欲しい……」
「なら、あんたも早起きして。もう朝のやる事、全部やったから……」
なんて話していると、ズルリと透は部屋から出て来る。そして、のそのそと自分の方へ歩いて来た。
なんかゾンビっぽいその動きに、円香の頬に冷や汗が流れる。
「っ……な、何して……」
「んー……」
「んっ⁉︎」
唇と唇が重ねられた。円香の唇に、透の唇が。離れようと思ったのだが、後頭部をがっつり掴まれて逃げられない。
……というか、もう19周年にかかって初めて知った。意外と、透の唇って柔らかい……じゃなくて。なんでいきなりキスされてんの? というか、こいつ自分が何してるか分かって……いや、分かってない。寝惚けてるし。なんで寝惚けてるのにこんな力強いの……唇柔らかい……や、じゃなくて、今はそんな場合じゃなくて、明里が行った後だからまだ良いけどこんなとこ万が一にも見られたら……。
「ごめんマドちゃーん、定期忘れたー!」
「んっ?」
「んー……」
「あぇぃぇえ?」
万が一が起こった。円香は背中を向けているから見えないが、後ろから玄関を開ける音と明里の声がしっかりと聞こえている。
「……き、今日くらいは……切符で行っても良いカナー……」
「っ、あ、明里! 待っ……!」
「間接キス〜……」
「直接でしょうが! ていうか、いい加減にして!」
ゲンコツで阿呆を起こして退かすと、明里の部屋から定期入れを持って慌てて追いかけた。
戻って来ると、流石に透は起きたようで、一人で朝食を食べていた。
「……」
「あ、おかえりー」
「……」
「ふふ、めっちゃシカトするじゃん。ウケる」
ウケない。少なくとも円香にとっては。何が腹立つって思ったより嫌じゃなかったことだ。
「……円香、怒ってる?」
「言わなきゃ分かんないわけ?」
「だよね……」
「……」
そもそも、誰のために早起きしたと思っているのか。早い方が良いと思って、わざわざ話の約束を取り付けておいたのに。
「でも、円香の唇柔らかかったよ」
「分かった。ビンタされたいってことね」
「嘘嘘。いや嘘じゃないけど。ふふ、だからその掌をこっちに向けるのやめて。さっきの効いたから、割と」
「……」
透も嫌じゃなかったんだ……なんて変にホッとしてしまったのが、またムカついた。
「ケーキ」
「え?」
「チーズケーキで許してあげる」
「ふふ、オッケー」
なんか、思ったより動揺が少ない。いつかこうなるのかも……なんて思っていたのかもしれない。
まぁ、とにかく今はそれよりも、だ。勝手に透が話あるから、なんて言ってしまったが、今日の透の予定を聞いていない。まぁどうせ暇しているのだろうが。
念の為、聞いてみた。
「透、今日予定あんの?」
「え? あー……うん」
「え、何?」
「買い物。ほら、ノクチルでつべのチャンネル開いたじゃん? それでゲーム実況とか流行ってるから」
「……聞いてないんだけど」
「え、やらない?」
「買う前に相談くらいして」
「分かったー。で、やる?」
「良いよ」
透もいつの間にかアイドルとしてグループのことを考えるようになっていて、少しだけ感慨深かったり。
……とはいえ、明里には少し謝らないといけないことになりそうだが。まぁ、そんなに長く掛かるものでもないし、午前中には終わるだろう。
「それ、今日買うの? それとも、今日は見るだけ?」
「うーん……どうだろ。わからん」
「買うなら、小糸と雛菜とも一緒のが良いし、今日は見るだけにしたら? 私、午後からリカと遊びに行くし」
「え、狡い」
「だから、午前中に見るだけにした方が良いんじゃない?」
「あー……うん。それで」
そう決めると、とりあえず朝食を進めた。
×××
「ここで……ですか?」
「そう、ここ」
撮影に使われる場所は土手沿い。近くにビ○クカメラがあり、ここで他の事務所のアイドルと一緒に撮影するらしい。
「しかし、他の事務所の人と一緒かぁ……」
「始めたときは全然、乗り気じゃなかったもんね」
「すみませんね」
「いいのいいの。今はやる気満々みたいだからね」
「でも最近、急な仕事多いですよ」
「それはごめん……」
「いえ、良いんですけど……その分、特定の日にお休みはもらってますし」
誕生日やらイベントがある日などは特に。
そんな時だった。その一緒に出るアイドルが姿を現した。
「久しぶりだね、明里」
「? ……あ、白瀬さん!」
久しぶりに、2トップのイケメンが揃った。
×××
透と円香は、家から近いビ○クカメラに来ていた。土手沿いにあるそこなら、ゲームも安く買えるだろう。まぁ買うつもりはないわけだが。
この手の家電量販店は、基本的に開店時間が遅い為、早起きしたのにここに来たのは10時だった。
なんか休日に朝からゲームを買うために、開店時間になってから店内へダッシュ……みたいに思うと少し恥ずかしいが、周りに誰もいないので気にしない。
そのまま二人で中を歩く。
「まず何のソフトにするの?」
「マリオとか?」
「あー、そういう感じ」
「? どんなのだと思ったの?」
「A○EXとか、Dbdとか」
「あ〜……え、そういうのやりたい?」
「いや、よくツイスタのトレンドに上がってるのはこの辺だから」
「……ああ」
なるほどね、と透は理解する。でも残念ながら、その辺はそもそもダウンロードなのでここに来てまで買うことはない。
「マリオとかは正直、賛成。みんな、あんまゲームやったことないし、やるなら操作単純で覚えること少なそうな奴のが良いでしょ」
「それあるわ」
適当に聞こえる返事をしてしまったが、普通にその通りだとは思った。やるからにはぶちかましたいし。
ゲームが置いてあるフロアは3階。そこまでエスカレーターでのんびりと上がっている時だ。2階に上がった地点で円香が「あっ」と声を漏らした。
「どしたの?」
「ちょっと待って。電気ポット安い」
「は?」
「見てくる」
「あ、ちょっ」
慌てて円香の後を追った。型落ち品の売れ残りだろうか? かなりの低価格だ。
その箱を持って、円香は顎に手を当てる。
「うーん……どうしよ。あった方が便利だけど……」
「買おうよ、いるなら」
「いや、そう簡単にはいかないでしょ。買うからにはみんなで使うし、みんなで使うからには割り勘じゃないと」
「? なんで?」
「便利と思ったから買った、じゃリカは気を使ってお礼とか買って来ちゃうでしょ。でも後で割るなら、予め相談しないとだし」
「あー……気にしすぎだよね、リカ」
「あんたは気にしなさ過ぎ」
「でもそれならやめれば良いじゃん」
「いや、だって70%引きなんて中々ないでしょ。欲しいと思ってたし、買った方が良い気もする……」
「じゃあ買えば?」
「は? 7割引の型落ち品なんて、使いにくいかもしれないでしょ。火傷しやすかったりとか色々。簡単に決めて良いことなわけじゃないことくらい分かって」
「……」
主婦モードが火を吹いているようで、円香は真剣な表情のまま箱を眺める。
めんどくさっ、と、速攻で思った透は、こういう時の自分の意見は何にもならないことをよく知っている。
「先にゲーム選んでるね」
「あっそ」
すぐに逃げた。本当に家のことになったら真剣なんだから……と、呆れ気味に思いつつ3階へ。
意外なことに、3階では飲み物やお菓子なども売っていた。子供が興味ありそうなものは畳み掛けるように同じフロアに置いているらしい。
円香のことだ。考え過ぎて上にきた頃には疲れているかもしれないし、甘いものを買っといてあげようと思い、飲み物の棚を見にいった。
すると、そこで見覚えあるスーツの男が立っているのが見えた。
「あれ、プロデューサー」
「? ……あ、透。何してるんだ? こんな所で」
「ゲーム買いに来た」
「ゲーム? ゲームとかしてたか?」
「いや、ノクチルのチャンネル開設したし、やってみたいじゃん。ゲーム実況」
「そういうのは俺に相談してからにしような……経費で落ちるから」
「マジ? 買ってくれるの?」
「あー……まぁ、そういう事」
「やった、アレか。パパ活って奴」
「違うからそういうこと言うのはやめなさい!」
しかし、なんだかプロデューサーは挙動不審である。視線がかなり泳いでいるし、周囲を見回し続けている。
「どうしたの? もしかしてホントにパパ活のつもりだった?」
「なわけないだろ……」
「ていうか、なんでここにいるの?」
「咲耶がこの辺で撮影してるから、少し遅れて見に来たんだよ」
「ふーん。じゃあ、一緒にゲーム選んで」
「話聞いてた?」
「おすすめとかないの?」
「ちょっ、おい透!」
ぐいっ、とプロデューサーの肘を掴んでゲームが売っている棚の前に向かった。
×××
「よし、休憩〜」
監督の一声で、一時休みになった。カメラマンのアシスタントの子が新入りのようで、思った以上に時間がかかってしまっているが、まぁ仕方ない。
「いやー、しかし映えるねえ。このツーショットはいつでも」
そう言うのはカメラマン。顔だけは良い男と、顔以外も完璧な女が二人並んでいるのだ。そのセリフは出ても仕方ないというものだ。
「ふふ、ありがとうございます」
「どうもー」
「久しぶりに並んでいるとこを見たけど、やっぱりちょっと近寄り難いよねー。男としては」
「分かるわ。絶対に一緒にコンパとか行きたくない感じ」
微妙な褒められ方をしてしまうわけだが、それほど顔だけは良いと思われているのなら気にならない。
しかし、基本的にマイペースな明里が、ふと思ったように声をかけた。
「俺、喉乾いたので、なんか買って来ても良いですか?」
「いや、そういうのは経費で落とすから良いよ」
「え、いや別にそれくらい経費じゃなくて良いですよ」
「いやそういう問題じゃないから。もう君何年もこの業界にいてそういうの覚えないの?」
「じゃあこうしましょう。じゃんけんで勝った方が、今日のスタッフさん全員に飲み物奢り」
「なんで急に男気ジャンケンになるわけ⁉︎」
悲しいかな、このバカを止められる男はこの中にはいなかった。しかし、お金がかかる掛からないではなく、スポンサーの息子さんにスタッフ全員の飲み物を奢らせるのは100パー死ぬ。
あの子のことだ。「最悪ー、スタッフ全員に飲み物買って金クソ使ったんだけどー」ではなく「男気見せて飲み物全員に買ってやったわ」という風に言うだろうが、伝わるかもしれない時点で終わりだ。
「ふふ、面白そうだね。私も参加しようかな」
「咲耶ちゃん! 今や君は別の事務所なんだからもっとダメ!」
「良いねー、白瀬さん。男気あんねー」
「言葉に気をつけよう、明里」
「よっしゃー、いくよー。おっとこっぎじゃんっけん……」
「だーもうっ! カメラマン、助監督! みんな参加しろ! スタッフ10人で挑めば勝てない方がおかしい!」
「え」
「了解です!」
「「「「「じゃんっけん、ぽんっ!」」」」」
その時、明里は。実践型柔道によって鍛えられた動体視力と瞬発力に追加し、人体の体についての観察眼、また数学的確率、そして「ぽんっ」のタイミングで繰り出される直前の手の変化を全員分、見切り、最適解を繰り出した。
「よっしゃああああああ‼︎ 勝ったああああああ‼︎」
「お前ら全員、減給だから」
「「「「「「えっ」」」」」」
「飲み物、選ぶの面倒なんでみんなビールで良いですか?」
「誰か見張りについて行って!」
「私が行くよ」
「他事務所の人に行かせられないよ!」
「私が行きたいんだ。良いだろう?」
「もう何なのこのクソイケメンども!」
なんて話しながら、とりあえず明里と咲耶が二人で買い出しに向かった。
「ふふ、相変わらずだね。明里は」
「そう?」
「そうだよ。さっきの、新入りの子が縮こまってしまっていたから、強引に盛り上げようとしたんだろう?」
「あ、あはは……バレた?」
「分かるさ。君は、意外と周りを見ているからね」
「……あはは、なんか普通に恥ずかしいかもそれ……」
あまり他人に親切を褒められるのは得意じゃなかった。不思議と円香や透には褒められたがるのだが。
「……あー、白瀬さん」
「何?」
「プロデューサーさんととおるんって、事務所でどんな感じ?」
「? 何故そんなことを?」
「いや……まぁ、深い意味はないんだけど……」
前から思っていた。透はプロデューサーの話をする時、少し元気になっている気がする。もしかして、好きなのだろうか? と。
いや、まぁ別にそれならそれで構わない。この世に自分より優れた人間はいくらでもいるし、自分は二股しているのだから引き止められる立場にない。……ただ、まぁ……だとしたら、自害も辞さな……あ、いや円香がいるので死にはしないが。
「……あ、明里? 表情が暗いよ?」
「大丈夫」
「う、うん……さ、飲み物だけ買ってしまおう」
それだけ話して、二人でビ○クカメラの中を散策した。
「ちなみに、透とプロデューサーは確かに仲良いよ」
「え、そ、そうなの?」
「でも、別に恋愛的なそれではないから、安心すると良い。……彼女は、誰にでもあんな感じなのではないのかい?」
「違うよ。少なくとも、俺以外だとプロデューサーさんだけ」
「そっか……まぁ、もしかしたら過去の知り合いとか……そういうことかもしれないな」
「やめろよ……俺より前に知り合ってるとか……」
「気にする事ないさ。だって……今は、君が彼氏なのだろう?」
「……まぁ」
「ならば、もう少しどっしり構えた方が良い」
それを言われると「確かに……」と思ってしまう。と言うより、その通りだ。男なら男らしく、堂々としているべきかもしれない。
「ごめん……ありがとう」
「ふふ、気にしなくて良いよ」
そんな話をしながら、エスカレーターを登り切った時だった。
「どうしたの? もしかしてホントにパパ活のつもりだった?」
「なわけないだろ……」
「ていうか、なんでここにいるの?」
「咲耶がこの辺で撮影してるから、少し遅れて見に来たんだよ」
「ふーん。じゃあ、一緒にゲーム選んで」
「話聞いてた?」
「おすすめとかないの?」
「ちょっ、おい透!」
透? ていうか、パパ活って言った? と小首を傾げた直後だ。透がプロデューサーの肘に手をかけて、引き摺っているのが見えた。