浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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バカなら隠蔽なんてしないで素直に謝ろうや。

 浅倉透の誕生日会が終わるとほぼ同時に、ゴールデンウィークも終わる。が、まぁそれで始まるのは学校くらいで、三人とも仕事はあったわけだが。

 逆に、ゴールデンウィークじゃないのに休みをもらうこともあるこの頃、樋口円香だけが仕事だった。

 

「皆さん、こんにちは。DJ吉崎の夕方ラジオ。本日のゲストは、今をときめくJDアイドル。ノクチルの樋口円香さんでーす!」

「よろしくお願いします」

「ごめんねー、忙しい時期に。ゴールデンウィークはどこか行ったりした?」

「いえ、仕事でしたので」

「あーそっかー。忙しかったんだもんね」

「まぁ、でも透の誕生日は祝ってあげられたので、そこは良かったです」

「そっかそっか。みんなで祝ってあげたの?」

「はい。雛菜と小糸も一緒で、透の家で」

「何かプレゼントしてあげた?」

「はい。私からは手帳を。……予定を忘れられることも多いので」

「なるほどねー。流石、友達想いだね」

「いえ」

 

 ここまでの会話、実を言うとほとんど事実を煙に撒いていた。実際、ゴールデンウィークはゲームを選びに行っていたが、配信するのはしばらく先だから言わないでおいた。

 そこはともかく、透の誕生日の場所、透の家=自分と明里の家だし、プレゼントの手帳はついで。本当は欲しいと言われたので、明里と円香の写真が入ったロケットをあげた。勿論、言わないが。

 

「さて、そんな円香ちゃんに今日は、質問のハガキがたくさんきています」

「ありがとうございます」

「では一つずつ読んでいきましょう」

 

 そう言いながらDJの人はハガキを手に取り、内容を読み上げる。

 

「まずはこちらから。『円香ちゃんの休日の過ごし方を教えてください』だそうです」

「休日は……そうですね。比較的に透達と一緒に家にいる事が多いです。外見よりも落ち着きがない人も多いので、急にバカやる人達に巻き込まれないよう、無視して部屋の片付けとかをしていますが」

 

 ×××

 

 その日の昼、休みだった明里と透はお昼ご飯を終えると、ダラダラとソファーで寝転がっていた。

 

「とおるーん」

「なーにー?」

「あーそーぼー」

「いーいーよー」

 

 間延びする返事をしながら、ゴロゴロしていた二人は体を起こす。

 

「何しよっか?」

「んー……王様ゲーム」

「良いね」

 

 二人で王様ゲームをすることにした。そうと決まれば、透が棚から箸を取り出し、明里は油性のペンを持ってきた。

 キュッ、と片方に王冠のマークを書いて、それを透は背中でシャッフルして握り締める。

 

「はい」

「こっち」

「「王様だーれだ!」」

 

 酔ってる人より酔ってるテンションで王様ゲームを始めた。2人一斉に中を見ると、王様マークは明里の方だった。

 

「あ、俺だ」

「命令どうぞ?」

「じゃあー……とおるんはー」

「番号じゃないとダメだよ」

「じゃあ1番の人」

「はい」

「んー……ダンゴムシのモノマネ」

「え、難易度たっか」

「ダンゴムシが丸くなる時は危険から身を守る時だから、背中突くね」

「どうぞ」

 

 とのことで、明里は透の背中を突いた。透はその場ででんぐり返しをした。背中を椅子に強打して悶えた。

 

「大丈夫?」

「平気……でも待って……」

「椅子壊れてない?」

「あ、椅子の心配?」

「背中はー……うん。ちょっと腫れてるかな。湿布いる?」

「大丈夫。それより、二回戦」

「あ、もうやる?」

「当たり前じゃん。負けたまま終わらないし」

「あれ、そんなに闘志燃やす遊びだっけこれ?」

 

 なんて話しながら2回戦目へ。箸を握り、今度は透から引きに行った。

 

「「王様だーれだっ」」

 

 今度は透が王様だった。

 

「はい、私」

「どうぞ」

「んー……じゃあ、私をおんぶしてスクワット」

「え、良いけど……あ、もしかして出来ないと思ってる?」

「10回ねー」

 

 そんなわけで、明里の背中に透はおんぶしてもらう。もう何度もおんぶをしてきたので、背中の柔らかい感触には少しずつ慣れてきたものだ。

 

「じゃ、行くよー」

「んー」

 

 言いながら、明里は膝を曲げる。ちゃんと腰、膝の角度が直角になるようにだ。

 

「おお〜……すごいすごい」

「とおるん軽いし、楽勝」

「ふふ、やるじゃん」

 

 続いて2回目、そして3回目……と、スクワットを繰り返す。さて、そろそろ透は飽きてきた。こうもサクサクこなされると面白くないからだ。

 そんなわけで、ニヤリとほくそ笑むと、透はギュッと胸を押し付ける。さっきまでも当たっていた事には変わりないのに、これだけで少し耳が赤くなるあたり、本当に可愛い彼氏である。

 

「どしたー? あと7回やらんの? スクワット」

「と、とおるん……」

「それとも出来ない?」

「で、出来る!」

 

 そのまま明里はスクワットをこなす。4回目……と、膝を曲げて、それでも立った。

 ……ゼロ距離パイ圧なんだからもう少してこずれよ、と身勝手にも思った透は、さらに胸を押し付たまま5回目を待った。

 

「5、回目……!」

 

 言いながら、膝を曲げた辺りで胸を押しつけたまま背中で少し揺らしてみた。

 

「ちょっ、とおるん! 危ないって……!」

「早くー。5回目ー」

「うぐっ……5……!」

 

 が、揺らされる胸の圧がチラつき、そして……足元がぐらついた。

 

「あっ」

「え」

「あぶねっ……!」

 

 後ろに二人揃って倒れ、真後ろにあるのはソファーの前に設置されている木製の机。そこに倒れ込んだ。

 

「ゴファッ……!」

「ぐへっ……!」

 

 透は背中を強打し、明里の頭が透の顎に直撃。

 

「いった……!」

「だから、危ないって……怪我は?」

「平気、だと思う……」

 

 とりあえず、机の上から退かないと……と、まずは明里が起きあがろうとした時だ。下敷きになっている机からミシミシっと嫌な音がした。

 

 ×××

 

「じゃあ、続いてのお便りを読みまーす」

 

 そう声をかけて、次のハガキを手に取った。その前で、円香は音が入らないようにしながら飲み物を口に含む。

 

「『円香ちゃんは面倒見が良い、とよく聞きますが、年下の子との接し方を教えて下さい』だそうです」

「年下、ですか……」

 

 確かにあさひや果穂とよく絡んでいる……と言うより、からまれている。果穂は中学二年生、あさひに至っては高校2年生になったのに、二人とも落ち着きというものがあまりないにも関わらず。

 

「……別に、接し方なんてありません。歳下であろうと自分は自分ですから。その子に対して自分が思った事を言っているだけです」

「……なるほど。本音で接する、ということかな?」

「まぁ、はい。年下だからって特別優しくとか考えなくて良いと思います。普通に友達に近い距離感なら友達として接すれば良いだけ。……でも、それはダメだと思った事は叱ってあげた方が良いでしょう」

 

 あさひにカマキリのフィギュアを鞄に仕込まれた時はマジギレ寸前だった。後になって、そのフィギュアを貸したのが自分のバ彼氏である事を知り、そっちに雷とゲンコツを落としたが。

 

「なるほど。大人な意見だね」

「いえ、事務所にも年下が多いので、自分はそうしているのを言っただけです」

「それを言語化できるのも大人ってことだと思うよ」

「……まぁ、もう大学生ですので。あと、透と一緒にいることも多いので。予想外のことをされることも多くて、もう大体のことは受け流せるようになっただけかもしれませんね」

 

 ×××

 

 円香の彼氏と彼女は、腕を組んで目の前の残骸を見下ろしていた。

 あるのは、ソファーでくつろいだりする時に使う机が見事に折れている絵。武道家が自らの実力を誇示しようとしたのだろうか? と聞きたくなるような絵だ。

 さて、それを前にバカップルは、顎に手を当てて顔を向け合う。

 

「マドちゃんに怒られるよね」

「うん。最悪、殺される」

 

 別に高い机ではないが、三人で暮らしている家の家具だ。

 こうなったら、やるべきことは一つだ。……証拠を隠滅すると共に、机を購入して無かったことにする……! 

 そう決めると、透が聞いた。

 

「ゴミ屋さんは?」

「もう行った。当たり前でしょ」

「とりあえず何処に隠すか、だよね」

「袋にダンクしてベランダ」

「円香、明日休みだよ。仕事の日より朝早く起きて家事しようとするの知ってるでしょ。洗濯物干してる間にバレる」

「それより早く起きて、捨てればいける」

「……よし、決まり」

 

 怒られないようにする作戦に決めた。その為にも、まずは明日の朝までゴミを置いておく必要がある。

 

「とおるん、袋持ってきて。大きいの」

「何処にあんの?」

「トイレの横の扉の中」

 

 指示を出して取りに行ってもらっている間に、明里は大きな机の残骸をカーペットの上から退かすと、カーペットを持って外に出て干し始めた。

 戻ると、透が戻って来ているので、袋を受け取る。

 

「俺がこれ袋に入れるから、とおるんはカーペット叩いてきて」

「はいはい」

 

 なんでいつもこれくらいテキパキ動かないの? と言うほど、二人は引くほど素早く動いていた。怒られたくない、その一心で。

 とりあえずササクレが危ないと思って机の片付けを引き受けた明里は、手早く大きい部品を袋に叩き込んで縛ると、それをベランダに持っていくと、バサバサっと音がした。

 振り向くと、干していたはずのカーペットがなくなっていた。

 

「ふふ、落ちたわ」

「……取ってくるから、部屋の中、掃除機かけといて」

「余裕」

 

 正直、不安はあった。

 

 ×××

 

「では、続いてのおハガキいきまーす」

 

 読み上げられるハガキ。たいして面白い返しが出来ている気があまりしていない円香は、こんなんで良いのだろうか、と思わないでもない。

 けどまぁ、プロデューサーが言うには「ありのままの円香が見たいはず」との事なので、とりあえずそれに従っておくが。

 さて、そんな円香の前で葉書が読み上げられる。

 

「『樋口円香さん、いつも応援しています』」

「ありがとうございます」

「『ミステリアスなメンバーが多いノクチルですが、どんな家具で部屋をコーディネートしていますか?』」

 

 言われて、少し円香は顎に手を当てて、ムッと考える。部屋を細かくいじるのは大学生活がもう少し落ち着いたら、と考えていたが、まさかここで考える機会をくれるとは。

 しかし、まだ細かいプランは決めていないが……なんとなく今後、どんな部屋にしたいかを考えてみる。

 ……やはり、落ち着きのある部屋にしたい。周りにいる人間が人間なので、一人の時くらいは本当に落ち着きたい。

 

 浅倉透→見た目だけ。カートに乗って爆走したりする。

 市川雛菜→ミステリアスなのは何を考えてるか分からないから。つまり、ミステリアスじゃない。

 福丸小糸→会話が得意じゃないだけ。つまりミステリアスじゃない(かわいい)。

 菅谷明里→見た目だけ。純度100%の炭酸水(かわいい)。

 プロデューサー→うるさい(うるさい)。

 

 と、まぁ偽物のクールばかりだから。それらを総合するに……少し足がぶつかったりした時、大きな音が出る金属製やプラスチック製のものは嫌だ。

 

「……木製のアンティークなイメージで考えたいです。とにかく落ち着いたイメージで。部屋にいる時くらいはゆったりしたいので」

「毎日大変そうだもんねー」

「……ええ、ほんとに」

 

 ×××

 

 高3の時に免許を取り、父親から「入学祝いだコノヤロー」と大学生活の間、借りる事を許された車を運転して、ホームセンターに来た。

 

「さて、どんな机に……て、言っても、ほぼ決まってはいるんだけどさ」

 

 隠蔽工作のために買いに来たのだ。ほぼ似たような奴にしなくては意味がない。

 だが、透は何も考えずに呟いた。

 

「えー、せっかくだし良い奴にしようよ」

「いやいや、それじゃ意味ないでしょ」

「でも買いに来たんだしさ。前の机はー……そうだな。『Gが出て机の上、歩いてたから買い替えたよ、円香のために』で良いんじゃない?」

「そっか」

 

 この子達は本当に今年で19歳だろうか、と言う考えが、周りの人間からしたら浮かぶ所だ。

 さて、そんなわけで二人は良い感じの机を見て回る。

 

「せっかくだし、マドちゃんが気に入りそうなやつにしよっか」

「どんなのだろ」

「落ち着いた色の奴が良いんじゃない?」

「あー分かるわー。円香、アレで厨二なとこあるし……黒とか?」

「それとガラス」

「良いね」

 

 と、少し洒落た方向には向かっていた。でも少なくともアンティークではない。

 

「そういえば、ゲーム実況とかやるんだっけ。それなら、ゲーム機とか置けた方が良いんじゃない?」

「それあるわ。そうする」

「どんなのが良いかな……あ、でもガラスなだけだと冬とか机めっちゃ冷たくなりそう」

「じゃあ、買う? テーブルクロス」

「最高」

 

 などと、早くも落ち着いたイメージ路線さえ崩れ始めていた。

 

 ×××

 

「では、時間も時間ですので、最後のお便り行きます」

 

 そう言うと、なんだかんだ結構読んできたので、いよいよ最後の一枚。残念ながら、時間的にも全部読むわけにはいかない。

 逆に読み切れないほど自分に対するハガキが来ていたことが嬉しい。後で円香はそのハガキを読ませてもらおうと決めつつ、とりあえず読み上げを待った。

 

「『樋口円香さんに質問です! 私も同い年の大学生なのですが、いまだに恋愛したことがありません。せっかく大学生になったので、そういうのにもチャレンジしてみたいのですが、どうすれば良いのでしょうか???』」

 

 女性の方だろうか? まずこれは円香への質問であって、別に恋愛のQ&Aではない。

 

「これ、俺も気になってたわ。円香ちゃん、好きな人とかいたことあるの?」

「……」

 

 どう答えるのが正解なのか。そんなの分かっている。いない、だ。

 しかし、そう答えるのは何となく嫌だった。何せ、今は絶賛、恋愛中なのだから。まぁ二股とかバレたら厄介なのでアレなのだが。

 だから、嘘をつかない方向でいくしかない。

 

「いますよ。高校一年生の時には」

「へぇ! それは初恋って事?」

「はい」

「聞きたいな。どんな子だったの⁉︎」

「普通の子でしたよ。イケメンで、ちょっと頭おかしくて。優しくて」

「ふーん……ん? 普通?」

「まぁ、告白しないで終わってしまったんですけどね」

 

 そう、告白しないまま片想いは終わった。

 

「そうなの……意外だなぁ、なんだか」

「でも、その時に分かりました。恋愛なんて別に焦ってするものでもないって。まず間違いなく学んだのは、自分が一番、考えている人……或いは自分の事を一番、考えてくれている人とでないと、恋愛は出来ない。……ってことでしょうか?」

 

 結果、自分はそういう相手を手にしたわけだが。明里と透、二人も。

 

「なんか……深いね。俺今日、たまには奥さんの肩とかマッサージしようかな……」

「形に拘っても意味ないですよ」

「……ねぇ、この前家のことで喧嘩になったんだけどさ……靴下を丸めたまま出しただけで怒鳴られたんだけど……そんなに悪いことしたかな」

「毎日、言われてることを繰り返すからでしょう。たまにいますよ、怒鳴られないと『注意されてない』って認識する人」

「……以後気をつけます」

「私じゃなくて奥さんに言ってください」

 

 もう、なんか普通に怒られてしまっていた。

 

 ×××

 

 21時52分。透と明里は無事に机の設置を終えた。後は、疲れて帰ってくるであろう円香に、なるべく自然に接すること。

 と、言うのも、よーく考えてみたら、Gを潰した机がバキバキに割れているのはおかしい。なので、ゴミ袋だけは絶対に見られてはいけないのだ。

 十中八九、机が変わっていることはバレる。その時のリアクションをなるべく自然にしないといけない。

 

「……よし、練習しとこう」

「良いね」

 

 はい、バカである。明里が円香役で、透から練習。家に帰ってくるところから始めるため、明里が扉を開けた。

 

「ただいま、我が親愛なる姉と弟達……」

「プハっ……! そ、それどこの世界の円香……!」

「おやおやおや、どうしたんだい? このビューティホーな机は。前の安物の机のことなんか忘れて、今夜はこいつの前で語り明かそうじゃないか」

「ふふっ……! 何で王子様になってんの……!」

 

 透が静かに爆笑している時だった。スマホが震える音がする。

 

「あ、ごめん。たんま」

 

 円香からチェインだ。内容を見ると「電車遅れてる。先寝てて」らしい。

 

「電車遅れてるってー」

「マジかー。行く? 迎え」

「勿論」

 

 そんなわけで、二人は準備を始めた。

 

「あ、でも練習どうしよっか」

「何とかするしかない。車の中で」

「よし、やるか」

「なんか、役者みたいじゃない?」

「わかるわ」

 

 なんて話しながら「迎えに行くよ」とだけ返事をして、二人で車に乗った。

 

 ×××

 

 正直、ラジオ疲れた、と言うのが円香の感想だった。そこに来て、まさかの人身事故。勘弁してよ……と、思ったのだが、わざわざ迎えに来てくれるという。

 

「ふふ……ほんと。そう言うとこ」

 

 ラジオで自分が言った発言を思い返し、思わず少しだけ笑みが溢れる。こんな時間に外に出てくるなんて面倒臭いだろうが、円香のことを考えてわざわざ来てくれるのが嬉しかった。

 まぁ、正直に言うと来るって言うと思っていた。でも、今日は二人で何してたんだか知らないけど、楽しむなら三人で、って考えだからだ。

 透にしても明里にしても、本当に良い人達と巡り会えた……そんな風に思いながら、とりあえずカフェで待機することにした。

 

 ×××

 

 しばらくして、迎えが来たので車に乗って移動し、家に到着した。車庫に車をしまい、家に到着。

 その直後、透と明里が「あっ」と声を漏らしたのを、円香は聞き逃さなかった。

 

「何?」

「「何でもない。それより、ご飯にする? お風呂にする?」」

「何隠してるのか教えて」

 

 流石の嗅覚だった。が、2対1。すぐに透と明里は誤魔化しに掛かる。具体的には、明里の出番である。

 円香の前に立ち、顎に指を添え、頬にキスをした。少し、ほんのりと頬が赤くなる円香。その円香に追撃するように、明里はイケメンボイスを作っていった。

 

「いけないな、年頃の女性が人混みに紛れてきたままでいるのは。……まずはシャワーを浴びて、さっぱりして来なさい」

 

 並の女性なら、これだけでダメージを受けるところだろうが、目の前にいるのは並の女性ではなかった。

 円香はその明里に対し、胸ぐらを掴んで自分の方へ引き寄せ、唇に吸い付いた。

 

「んんっ……⁉︎」

 

 ただのキスにも関わらず、長く押し付けること数秒、ようやく離れた。顔を真っ赤にして目をぐるぐる回す明里の横に、さらに手をついて下から睨み上げる。

 

「何隠してるの? 言って」

「は、はひ……」

「この雑魚キャラ……」

 

 ため息をついた透が、すぐに白状しようとするバカの襟を掴み、自分の後ろに引き摺り込む。

 

「何、透。邪魔しないで」

「いや、ホント何にも隠してないから。だから絶対、ベランダには出ないで」

「分かった。ベランダね」

 

 所詮はバカが二人、重なっただけだった。ズンズンとリビングの奥に向かう円香。もう放心してて何にも考えられていない明里など放置し、慌てた後を追った。

 

「や、ほんと何もないから! ていうか、むしろ別の場所……そう、リカの部屋に隠した!」

 

 その言葉に足を止める円香。聞いてもらえたのかな? と、透がホッとしかけたのも束の間、円香が足を止めたのはソファーの斜め前。そしてその前にあるのは、買って来た机。

 

「机……新しくなってる」

「あ、あー……そ、そう。実はいたの、その上にGが。それで、リカが叩き潰してくれたんだけど、飛沫がジオングみたいに飛び散ったから……」

 

 まったく聴こえていないかのように円香は机の下に片膝をつく。木のかけらでも落ちているのだろうか? いや、でも掃除機で全部吸ったはず。カーペットにしても、ちゃんとカケラが出るように外ではたきまくったはずだ……なんて思っていると、円香が撫でたのはカーペットの下の床。

 

「……凹んでる」

 

 しまった、それはそれで怒られる、と思った透は、もう弁明を諦めた。

 

「全部、リカがやりました」

 

 それさえも無視してベランダを開け、目に入ったのはバラバラになった机が袋に詰められている姿だった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が流れた。透が走って逃げ出した。円香が走って追いかけた。廊下で項垂れていた明里の足に躓いた。その隙を逃さず円香が飛び掛かった。見事なキャメルクラッチが決まった。

 

 ×××

 

「……で、なるほど。二人で王様ゲームしておっぱい押し付けて転んで机壊した、と」

「その言い方勘弁して」

「は? 事実でしょ」

「スミマセン……」

 

 秒で黙らされた。正座させた透に、とりあえず事情を聞き出しているところだった。

 そんな中、明里はようやくテレがおさまってきた所のようで、ハッとして透に声を掛ける。

 

「そうだ、とおるん。ちゃんと隠せた? 机の事」

「あ、バーカ」

「……へー。リカも隠す気満々だったんだ」

「え? え?」

「正座」

「あ、は、はい……」

 

 一緒に並んで座らせる。バカ二人とも、自分がラジオで言ったことを全部、裏切ってくれたものだ。誉めて損したと言うものだ。まぁ少なくとも明里の事は言及していないわけだが。

 

「迎えに来たのもご機嫌取りだったわけね……」

「あ、違うよ、それは」

「……は? 無理だから。この期に及んで言い訳しないでくれる?」

「いや違くて。そこは私が行こうって言って、リカも勿論って……」

「あ、うん。それはまぁ……そうだけど」

「……」

 

 ちょっとだけ、円香の頬が赤くなる。自分も最初は「そう言ってくれると思ってた」と思っていたことを思い出す。

 そういうとこだ。いくら憎たらしい真似をされても好きでいてしまうのは。

 

「……マドちゃん?」

「超照れてるじゃん。ウケる」

「透うるさい」

「可愛い!」

「うるさい」

「何で俺だけぶつの……」

 

 明里に制裁を加えた後、しばらく俯いて悶える。そんな話を聞いた後では、叱りつけるなんて無理だ。……いや、まぁそれとこれとは話が別だが。

 

「……美談を聞かされても、怒るには怒るから。次、家の備品壊したら往復ビンタね」

「え、お、往復するの……?」

「めっちゃぶつじゃん。ウケる」

「今される?」

 

 聞かれて、二人とも慌てて首を横に振った。

 

「……じゃあ、今日はもう休むから。あんた達も、明日朝から仕事でしょ。先に寝て。私はお風呂」

「ご飯、用意してあるから。チンして待ってるね」

「話聞いてる?」

「待ってるから」

「……勝手にして」

 

 人を労わる時に限って、押しが強い。そんな所も嫌いじゃない。

 そんな風に思いながら、とりあえずシャワーを浴びに行った。

 

 ×××

 

 戻ってきた。今日の晩御飯は何だろう、何でも良いけど、なんてご機嫌になりながらリビングに戻ると……。

 

「やばいって、早く片付けて」

「分かってるって。一日に二回も備品壊したってバレたら流石に殺される」

「どうすんのこれ?」

「外に埋めよう。どうせ安物だし、明日になって買っておけばバレな……あ」

「……」

 

 お皿を割ってしまった尻拭いをする馬鹿達を見つけ、次は容赦をしなかった。

 

 

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