大学の授業にも慣れてきて、中間考査という、期末考査の成績が全てなのでプラス査定にはならないのにマイナス査定には働くクソ試験を終えた日の事だ。
円香から一通のチェインが届き、明里はそれに視線を落とす。
マドちゃん『試験終わった?』
LIKA☆『終わったよー』
恐らくだが、円香と透も終わったところだろう。別の学科だと時間がずれたりするのだが、今の時間は両者とも同じ時間に行われた試験だったのでお昼を合わせられる。
マドちゃん『お昼。食堂で良い?』
LIKA☆『うん。今から行くね』
さて、そんなわけで待ち合わせ場所に向かう。多分、透も一緒だろう。今日は何を食べようか。ラーメンか、それともそばか……なんて考えながら歩いて、食堂に到着した。
入り口の近くで透と円香が待っていたので、手を振って合流する。
「お待たせ」
「遅い」
「お疲れー」
「とおるん、試験どうだった?」
「え、なんで私だけに聞くの?」
「私は出来たって分かってるからでしょ」
「いや、勿論出来たから。余裕だった」
嘘くさ、と思っても口にしない。まぁ本人が出来たというのならそれで良いし、それで単位を落としたら手伝ってあげれば良いだけだから。
「まぁ、もしピンチの時はいつでも言ってね。俺はあんま力になれないけど、応援はするから」
言われて、透はほわんほわんほわわーんと想像する。応援してくれる明里……今ではもうイケメンから発せられるゆるゆるホワホワオーラに慣れてきてしまったが、そんな彼からの応援……あーだめだ。可愛い。
「ピンチになっちゃおうかな」
「リカ、甘やかさないで」
「えー、でも留年したら困るでしょ?」
「透がね。私もリカも困らないから」
「ふふ、超冷たいじゃん。マドちゃん」
「あんたまでその呼び方しなくて良いから」
透に冷たくそう言い放った後、円香はすすすっと明里の前に移動する。
「それより、いつも真面目にやってる方の彼女こそ、甘やかされるべきなのでは?」
「……」
きゅんっときた。明里の胸の奥に、先端がハートの矢が突き刺さったように、頭にくらっときた。
ホント、円香も素直に甘えるようになったものだ。可愛いったらない。
「良いよ、マドちゃん。おいで」
「は? 人前で甘えるわけないでしょ。冗談に決まってるじゃん」
「えー……可愛かったのに」
「うるさい」
やはり素直じゃない。「ちょっと惜しいことをした」という表情が見え隠れしている。
そんな円香を嘲笑うかのように、透が明里の腕に自分の腕を絡めて身を寄せた。
「じゃ、私は甘えるー」
「は?」
「おー、とおるん。おいでー」
「……は?」
「わーい」
ぎゅーっと二人で身を寄せ合う……のを、円香は目の前で見物する。とてもアイドルがしてはいけないような形相で。
でも、ぶっちゃけて言うと、素直になりきれなかった円香にも非はあるわけであって。
むすっといつもの細い目をさらに細めた円香は、横から手を伸ばし、明里の頬を抓った。
「いふぁふぁふぁ! な、何⁉︎」
「大きい胸を向こうから押し付けてきてくれて良かったね。むっつり」
「ええっ……な、何その斜め上の罵倒……」
「……家帰ったら覚えてて」
「え、あ、暗殺でもする気……?」
「どうでしょうね」
「二人とも、早くご飯食べよ」
透に腕を引かれ、そのまま三人で席を取りに行った。
各々、食べたいものの食券を券売機で購入し、それを食べ物と引き換えて席につく。
「で、リカは試験どうだったの?」
「多分、満点」
「ホントそう言い切れるのすごいよね……」
そうは言われても、出来は自分でも最高だと思ったのだから仕方ない。分からない問題がなかった。
「てか、まぁ中間考査なんてある科目とない科目ある程度の試験だから、大した問題出なかったんだけどね」
「ふーん……良いなぁ」
「こっちは普通に応用とか出た」
「まぁ、そこは教員次第だから」
なんて話しながら麺を啜る。ふと、透のスマホが震えたので、透はそっちに視線を落とした。
その間に、明里は円香に声を掛ける。
「マドちゃん、今日は予定あるの?」
「ない。午後の三限終わったら帰るだけ」
「じゃあ、待ってるね。図書室で」
「ん」
「知ってた? この大学の図書室、映画見れるんだよ」
「へぇ。何あるの?」
「ナ○ル殺人事件とか、オ○エント急行殺人事件とか」
「……要するに、英語の勉強用のやつね」
「面白いよ? 頭良くなれるよ? 総理にもなれるよ?」
「なれないしなりたくない」
「じゃあ見ない?」
「……そうとは一言も言ってないでしょ」
「ふふ、じゃあ今度ね」
なんて話しながら、明里と円香は微笑みあう。そんな中、さっきまで携帯をいじっていた透が口を挟んだ。
「私も見たい」
「もちろん。三人で見よう」
「ん。でもネタバレしたらビンタするから」
「ふふ、しないから。そんな事」
なんて話しながら、三人で食事を続けた。
×××
さて、放課後。学校が終わり、今日の晩飯何にしようかーなんて考えながら帰宅していた時のことだ。
「あ、二人とも待った」
珍しく、透が帰宅中に停止を呼びかけた。何かあったの? と、二人して振り向くと、透は腕時計を見てから辺りを見回した。
「多分、そろそろ……」
「何?」
「なんかイベント?」
「と、透ちゃん……!」
そんな中、ポワポワした声が三人の元に届く。振り向くと、そこにいたのは櫻木真乃だった。
こちらに小走りで駆け寄ってくる見ているだけで癒やされる少女に対し、透は片手を上げて構えた。
「あ、来た。いえーい、真乃ちゃん」
「い、いえーい」
なんかハイタッチしている二人。唐突に顔合わせが始まり、少しだけついていけない明里は「えーっと……」と声を漏らす。
「ドユコト?」
「あれ、言ってなかったっけ。真乃ちゃん」
「あーなんか、聞いたことあるわ。イルミネの」
「そう。かわいいでしょ」
「うん。可愛い」
「は?」
「ええ……そこ怒るの……? ていうか、してたの? 待ち合わせ」
「うん。してた」
「そっか。じゃあ、先帰ってるね」
「え? あーうん。じゃあ私達、後ろ歩く」
「え? あー、うん。向こう行くのね」
「多分そう」
「櫻木さん、どうしたの?」
バカ二人の頭が空っぽになる会話を無視して、円香は真乃に声を掛けた。
「実は、透ちゃん達が通ってる大学、私も興味があって……そしたら、大学生活のこと色々教えてくれるって言ってくれてね……!」
「そうなの」
「う、うん……通ってる、先輩3人でって……!」
「……そう。ま、それならうちでご飯食べてく?」
「い、良いのかな……」
「全然平気。今日、ご飯の当番、透だしちょうど良い」
「あ、ありがと……!」
話を手早くまとめると、円香はいまだに中身がない会話をしているアホ二人の間に入る。
「透、人呼んでるならそういうのは先に言って」
「え? あーうん。オッケー。マジ、オケ臣オケ足」
「……ほんとにわかってる?」
「ふふ、めっちゃ信用ないじゃん」
「リカのパンツが床に落ちてたら、私達以外の人に見られても良いのね?」
「……次から気をつけるわ。めっちゃ」
「あの……なんでいちいち俺を引き合いに出すの……?」
明里の言うことなど無視して、とりあえず真乃に視線を向けた。
「じゃあ、ついておいで」
「は、はい……!」
×××
家に向かうまでの途中で、真乃と明里は自己紹介を終えておいた。まぁ幸いにも、基本的に家事ができる人間が二人いるこの家では、透が一人で放っておかれることでもない限り、散らかる事はない。もしくは、明里がバカみたいにコレクションを増やさない限りは。
さて、そんなわけで、家に入った。
「ごめんね、真乃ちゃん。ちょっと散らかってるけど」
「う、ううん……! 全然、平気」
「散らかす筆頭が謝らないで」
「ま、まぁまぁマドちゃん。今度、散らかしたら自分で片付けてもらうって事で……」
「だから、甘やかさないで」
「え、あ、甘やかしてるかな」
「……ほんと、自覚がないのが1番の罪……櫻木さん、上がって」
「あ、う、うん……お邪魔、します……!」
……と、真乃を奥に案内する。手洗いうがいを済ませて居間に入ると、真乃は「ほわっ……」と声を漏らす。
「す、すごい……シェアハウス、だっけ……?」
「そうだよ。私達の愛の巣」
「あ、あはは……」
反応に困るのか、真乃は少し苦笑い。晩御飯にするにはまだ少し早いので、大学のことを話す事にした。
ソファーの前で、真乃と透と円香が話し始める。
「それで、どんなこと聞きたいの?」
「え、えっと……授業の感じとか、かな。みんなアイドルと普通に両立させてるけど……実際、厳しかったりすること、ないかなって。レポートとか……その、どれくらい時間がかかるのか、とか……」
「どうなの? 円香」
自分でやるより円香に手伝ってもらう方が多い透に聞かれた円香が、もう慣れた様子で答えた。
「まぁ、モノによるけど、まだあんまり難しい科目には当たってないから。……そもそも入る学部によると思うし」
「あ、そ、そっか……! 一応、生物学部を考えてるんだけど……」
「「それなら……」」
チラリと二人は台所からおぼんを持ってくる男に視線を移した。その男は、キョトンとした顔で3人の前にコップを置く。
「はい。午後のレモンティーしかなかったから、とりあえずそれね」
「ほわっ……あ、ありがとうございます」
「ううん。あとお菓子用意するから待っててね」
「い、いえ! そんなお構いなく……」
「いやそんな大したもん出さないから。今あるのは……あ、冷凍に今川焼きあったっけ」
「結構良いものをいただいてしまうのでは……」
「ていうか、リカ。そっちは私やるから、あんた聞いてあげて」
用意しようとした明里を、円香が引き止めた。
「生物学部を考えてるんだって」
「あー……え、それで俺に?」
「そう。答えてあげたら?」
「分かった」
と、入れ替わりで明里は座り、円香が準備しに行った。
真乃と向かいに座った明里は、そのまま自分で淹れた飲み物を飲みながら聞く。
「で、何を知りたいの?」
「あ、は、はい……! えっと……どんな授業があるか、とか……そういうのです」
「てか、まずなんで生物学部? 就職するなら他のとこのが幅広いよ」
「真乃ちゃん、鳥が好きだから」
「は、はい……!」
「美味しい焼き鳥食べたかったら、料理専門学校にした方が良いんじゃないの?」
「あ、そうかも」
「え? あ、あの……いや……」
「でしょ。鶏肉は火が通りにくいからね。それだけ火入れの技術が味に影響しそうな気がする」
「分かるわー。こう……蒸すか揚げるか的な?」
「え、いやムスカ上げちゃダメでしょ。絞めないと」
「あ、絞めてオーブンで焼く的な?」
「グロ」
「え?」
「え?」
「……」
ついていけなくなって、思わず困ってしまう真乃。この人達は何の話をしているのだろうか? いつの間にか明後日どころか2年後くらいにまで話が飛んでいる気がする。
そんな中、ふと透が呟いた。
「あー……今日の晩御飯、なんか鳥食べたくなってきたわ」
「良いね。俺もラピュタ見たくなってきた」
「じゃあ、ラピュタ見ながら……タンドリーチキンでも食べよっか。真乃ちゃんもそれで良い?」
「う、うん……ご馳走になって良いなら……」
なんかもういいや、と軌道修正を諦めて、真乃は苦笑いを浮かべた。
そんな中、チーンッと電子レンジの音がする。どうやら、冷食の今川焼きが完成したようだ。
「あ、出来たんじゃね?」
「タンドリーチキン?」
「え、いつ作ったの?」
「分からん。でも円香ならあり得る」
「確かに」
「ふ、二人とも……それはさすがにないんじゃないかな……」
そんな目に見えて困ってしまっている真乃。この二人の会話、あまりにも独特が過ぎる。
それでもそこには、もう一人いる。辛口に聞こえるかもしれないが、よくよく3人のやりとりを聞いていると、むしろ当然のことしか言っていない女性が。
「お待たせ」
「ほわ……あ、ありがと。円香ちゃん……」
「さんきゅ、マドちゃん」
「ありがとー」
「で、どこまで話せたの?」
「どこまで話したっけ?」
「えーっと……あれ。タンドリーチキン」
「そうだ。マドちゃん、今日の晩御飯、櫻木さんがタンドリーチキンが良いって」
「……つまり、何も進んでないわけね……」
ダメだこいつら、と言わんばかりの表情になった後、円香はオボンの上から自分と真乃のお皿だけ机の上に置いた。
「はい、櫻木さん」
「お、美味しそう、だね……!」
「あれ、私とリカのは?」
「あんたらは相談をちゃんと聞いてから」
「私はないでしょ。関係」
「邪魔したでしょ。確実に」
当然である。
改めて話を聞くことにした。
「で、生物学部にきたいんだっけ?」
「は、はい……!」
「なんで? 何か将来したいことでも?」
「いえ……色々とチャレンジしてみたい事はありますけど……とりあえず、一番自分が興味ある学部に行きたいなって……」
「あーそっか。アイドルだから、就職先は決まってんのか」
「言い方」
円香が横から茶々を入れる。果たしてアイドルを「就職先」と言って良いものなのか。
「水を差すようで悪いけど、生物学部なんて余程、目的がないとあんま意味ないよ」
「ほわ……?」
「分かってるかもしれないけど、生物学部って別に生き物の生態を詳しく学ぶとかじゃないから。いや、そういう授業もあるけど、基本的にはどの生物にも共通の身体の仕組みとか、内臓の働きとかそういうのだから。割と退屈するよ」
「そ、そうですか……」
「うん。俺はそういうのも楽しいけど……フィールドワークとか一年のうちはないし、数学とか英語もやらないとだし……ま、俺もまだ一年だから詳しい事はわからないけど、決める前に考えといた方が良いよ」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」
意外と厳しいとか教えるんだ、と円香は明里を意外そうな表情で眺める。何故、それを透にもしないの? と不思議そうにもなっていたが。
「なら、まぁ大丈夫じゃない? 一年の時は難しい問題でないし。今日、中間あったけど、多分、俺満点だし大したことないよ」
「ほわっ? ま、満点……?」
「うん。もし来るなら、色々と楽な授業とかレポートのコツとか教えるよ。……ちゃんと、櫻木さんがアイドルと両立できるように、ね?」
「ほわっ……」
にこりと微笑まれ、頬を赤く染めて目を丸くする真乃。ただでさえイケメンなのに、その上おやつの準備をしてくれる気遣いと、とても彼女が二人いるとは思えない……いや、逆にだからこそなのかもしれない柔らかく優しい声音……これが年上の男性の包容力か、と思わずときめき掛けてしまった。
当然のことながら、透も円香もビキッと青筋を立てる。
「こんなところで良い? 他に聞きたい事は?」
「あ、じ、じゃあ……せっかくなので……」
「鳥が好きなんだっけ? あるよ。鳥類の授業。教科書読む?」
「い、良いんですか……?」
「うん。その方がどんなことするのかイメージしやすいでしょ?」
「は、はい……!」
「じゃ、今から用意す……」
言いながら明里が立ち上がろうとした直後だ。その明里の真横を、張り手でも張る勢いで本が通り過ぎた。風圧だけで耳を取られそうな程の殺気を感じ、思わず明里は静止してしまう。
「はい、真乃ちゃん。教科書」
その声は透の声だった。それも、とびきり冷たい奴。おそらく、明里の鞄から勝手に漁ったものだろうが……なんでそんなにブチギレているのか気になる所だ。
「ありがと、透ちゃん」
「……と、とおるん? ビックリしたなぁ、も〜。急に人の横に手を通すの危ないよ」
「じっくり読んで。なんなら持って帰って出しちゃっても良いから。ちり紙交換に」
「よくありませんが⁉︎」
「あ、あはは……そ、それは遠慮しておこうかな……」
割と本気で言っていた。なんでそんな急に意地の悪いことを言うのか……と、明里は透を見るが、こちらに目を合わせようとしない。どうやら、ブチギレている様子だ。
察しの悪い明里でもすぐにわかった。つい、円香や透と同じ事務所の人だし、同じように親切な対応をしてしまったが、彼女の前でやるのは良くなかった。ん? でもいない時にそれやっても怒られない? あれ? 詰んでない? と、一人で頭の中がグルグルと回り始める中、円香がさらに口を挟んだ。
「リカ、飲み物。櫻木さん飲み終わってる」
「え? あ、でも俺、生物学部のこと他に……」
「……」
「行ってきます……」
残念ながら、有無を言わすつもりはなかった。
バカを追い出した後、改めて円香は聞いた。
「他に聞きたいこととかある? 学校の設備とかについて」
「え? えーっと……そうだな……食堂のご飯とか、美味しい?」
真乃は真乃で割とドライに追い出された明里の事は気にしていなかった。いや、気にはしていたが、透と円香の手前、気にしないようにしていた。
「美味しいよ。まぁ円香とかリカのご飯のが美味しいけど」
「……カフェのケーキ、あれは普通に美味しかったかな」
「う……噂には聞いてたけど……大学って、本当に学内にカフェとかあるんだね……!」
「うん。あるよ」
「ま、学校によってはあんま美味しくないらしいけど」
「ほわ……じ、じゃあ……そこで勉強して、そのまま事務所とかにも……行けるのかな」
「私と円香はよくやってるよ」
「ダウト。私は勉強してるけどあんたは寝てる」
「あ、あはは……」
そんな会話に苦笑いを浮かべる真乃。ホント、会話がコントみたいな二人だ。いや、事務所では四人でコントしているし、プライベートでは三人なのかもしれない。
自分にそういう経験があるわけではないが、こういう関係だから二股という普通ならありえない三角形でも成り立っているのかも……なんて少し納得していると、後ろから明里がペットボトルの蓋を緩めながら戻って来た。
「お待たせ! 持って来……うわっ」
「あっ」
が、足を躓かせ、盛大に転んだ。転んでしまった。……円香の頭の上に、ペットボトルの飲み口が下を向いて。
「わ、わー! ごめんマドちゃん!」
「……最悪」
「レモンもぎたて♡にーちゅ」
「……」
「マドちゃん落ち着いてー! キレないでー!」
「ふふっ、ヤバっ。殺されるわ」
「笑ってる場合か!」
と、一気に騒がしくなる。ソファーの上にある抱き枕を大剣のように担いだ円香、それを止める明里、そして逃げる透。
これ、大丈夫なのかな……と、真乃が少しオロオロしそうになった時だ。ふと、さっき自分がときめきかけた明里が再び目を覚ます。
上着を脱いだ明里がそれを濡れたままの円香の頭にかけると、にこりと笑みを浮かべて告げた。
「マドちゃん。ヤンチャも良いけど、一先ずシャワーを浴びておいで。甘い香りを漂わせたままじゃ風邪引いちゃうから。……片付けは、俺がしておくからさ?」
「ーっ……!」
流石、現役モデルである。その破壊力は、彼の事が大好きな彼女であれば一瞬で焼き死ぬ程の瞬間火力を誇っていた。
オーバーヒートしてしまった円香は、一瞬にして頬を真っ赤に染め上げると、思わず手が出てしまった。
ヒュッパァンッという小気味好い音が明里の頬を真っ赤に腫らすと、真っ赤な顔のまま告げた。
「最ッッッ低。そもそも、ボトルひっくり返して甘い蜜ぶちまけたのあんただから。あんたが片付けるの当たり前だから」
「……い、痛い……」
「シャワー。戻って来るまでに片付いてなかったらアンパンマンにするから」
「だって。リカ、頑張って」
「透、あんたはどちらにせよアンパンマンだから」
「えっ」
なんて話しながらお風呂の方へ向かう円香。真乃は見逃さなかった。その時の円香の表情は、結局真っ赤に染まっていたことを。
いつも事務所ではクールで、騒がしい子達にも好かれていて、それでいて意外とノリが良い所があるけど、基本的に表情を崩さない子でも、ああいう顔になることがあるんだな、なんて少しほっこりしてしまった。
「……ふふ」
「お、なんか楽しそうじゃん。真乃ちゃん」
大慌てで床とソファーを片付ける明里を眺めながら笑いをこぼすと、透が口を挟んできた。
「うん……円香ちゃんも、彼氏さんの前だと……ああいう顔するんだなって思って」
「あー、うん。するよ、めっちゃ」
「良い人なんだね、菅谷さん」
「うん。でも……とったらダメだよ?」
「ほわ?」
そんな声が聞こえて、ふと横を見る。いつもと同じ何を考えているんだか分からないが、おそらく何も考えていない表情……なのだが、ほんのりとピアスがついた両耳だけ赤くなっている。
「透ちゃんも、なんだね」
「うん。超好き」
「あー……そうだ、二人とも。先に飲んでて。レモンティー」
片付けている最中の明里が、二人のコップにレモンティーを注ぐ。その明里に、透が声を掛けた。
「手伝おうか? 掃除」
「いや、いい。余計に汚れそうだし」
「……嫌いだわ。やっぱ」
「えっ」
「と、透ちゃん……」
今のは明里が悪い、なんて思いながらも、やんわりと真乃は落ち着かせた。
×××
さて、要件は終わり、最後に夕食。それらを終えて、明里が真乃を駅まで送った。
で、家に戻って来るとちょうど透が洗面所から出てきた所だった。
「おっ、帰ってきた」
「ただいまー」
「おかえりー。お風呂入っちゃえば?」
「んーそうする」
適当に挨拶だけして、明里は洗面所に入った。手早くシャワーを浴び終えて、湯船に浸かる。
しかし、今日は円香や透に悪いことをしてしまったのかもしれない。そんなつもりはなかったのだが、年下の女の子に、普通に接しただけで不愉快な思いをさせてしまった。
いや、あの対応も普通ではなく、ナンパ男に見える行動だったのかもしれない。
自由度の高い大学で別の学部に行って、少し不安にさせている可能性もあるし、実際自分もあの可愛らしい二人が他の男に言い寄られないか不安でもあるし。
次からはもう少し考えないと……と、思いながらお風呂から出て、身体を拭く。
「とりあえず……何か明日、お詫びでも買って来ようかな……」
なんて呟きながら、髪を乾かしてパジャマに着替えてお風呂を出た。リビングに戻ると、のんびりとテレビを見ていたのは円香だけ。
「ただいま、マドちゃん」
「おかえり」
「とおるんは?」
「寝た。明日、朝早いから」
「そういやそうか。……あれ、てかマドちゃんも早くなかった?」
「ん。だから早く隣座って」
「? う、うん?」
なんで? と明里が小首を傾げたのも束の間、とりあえず座った直後に円香は体重を預けてきた。
「ま、マドちゃん?」
「ん、別に私怒ってないから。頑張らない彼女と彼女でもない歳下の女の子を、いつも頑張ってる彼女より優先されても全然、怒ってない」
「うぐっ……ご、ごめん……」
「だから、別に怒ってないけど?」
「い、意地悪……」
「どっちが意地悪?」
「だ、だからごめんって」
「許して欲しかったら……」
そう言いかけた円香は、そのままスルスルっと肩から膝に頭を置いた。
「寝るまでこのまま。私が寝たら、ベッドまで運んで」
「……ん」
そのまま、二人でまったりとリビングで過ごした。
勿論、先に明里が寝落ちして、円香が自分の寝室に運んで寝た。