上手く断る方法もコミュ力の一つ。
梅雨を抜けて、季節は蒸し暑い季節へと移行した。
その季節の中、生物学部でも普通に友達が出来た明里は、その友人と教室を出た。
「いや〜……あっちぃなぁ、オイ……」
「分かる。しんどいよね。洗濯物はよく乾くけど」
「それは確かに助かるよな……ここのとこ、雨だったし」
友達も一人暮らしをしているため、ウンウンと頷く。
そんな中、そいつはポケットからタバコの箱を取り出した。
「すまん、喫煙所行っても良い?」
「あーうん」
一浪しているその友達は、普通に喫煙者だった。もちろん、大学の喫煙スペースは限られているので、そこに行かないと吸わないわけだが。
正直、苦手である。臭いし副流煙のおかげで肺がんになるかもだし、行きたくはない。しかし、大学では交友関係も大事だ。モデルの仕事があるならば尚更なこと。
仕方なく付き合うことにした。
「てか、お前も吸う?」
「いやいい。未成年だし」
「バッカお前大学生になったら問答無用で20歳だろ」
「え、そうなの?」
「とにかく、一本やるから。興味出たら吸ってみ」
「や、だからでも俺別に……」
あんまり興味ない。咥えるだけならカッコ良いと思わないでもないが、火をつけて吸うのはちょっと怖い。
「良いから、ほれ。こういうのは、その場のノリと勢いで試してみるもんだよ」
強引にパーカーの内ポケットに入れられてしまった。
喫煙……と、少しだけ嫌そうな顔が出てしまう。身体に悪い、だとか、周りの人にも迷惑、とか、そんな意見が頭に浮かぶ。
その明里に、友人は続けていった。
「確かにこいつは身体には悪いかもしんねーけどよ、そう悪いことばかりでもねーんだぞ?」
「一時の快楽的な意味?」
「いやいや、そうじゃなくて。これは俺の先輩から聞いた話なんだけどよ……喫煙所ってのは、基本的に上も下も無い場所らしいんだよ」
「え、そうなん?」
「ああ。目上の人も目下の人もみんなそこに来るからな。ここ最近は喫煙者を減らしてーのか、喫煙所の数も減って来てるし、エンカウント率はさらに上がってる」
それはその通りかもしれない。
「で?」
「だから、普段は滅多に会えない人にも会えるんだよ。その上、喫煙者にとって喫煙は至福の時間だからな。器も大きくなる。俺の先輩は提出期限が半日、遅れたレポートを喫煙所で受け取ってもらえたこともあるらしいし、レポートのヒントをもらえたこともあるらしいぜ」
「……ふーん」
確かにそれは喫煙者ならでは、なのかもしれない。そういう利点もあるのか……と、思った反面、やはり自分は成績優秀なので関係ない。
「それは社会でも使える……ま、裏技だな」
「ふーん……」
「ま、無理強いするもんでもねーのは確かだし、お試しのつもりでこいつは持っとけよ。興味あるなら、いつでも付き合うから」
そう言いながら、友達は明里の背中を叩いた。
実際、悪い人ではない。仕事で出れなかった授業のノートは見せてもらえるし、プリントも確保してくれる。
だから……まぁ100パー無いし、あっても成人してからだけど、顔を立ててもらっておくのも良いかもしれない。
そう思いながら、捨てるような真似はしなかった。
×××
「プロデューサー、臭いです」
「え、死んじゃおうかな……」
そう冷たく毒を吐いたのは円香。わかりやすく傷付いたのはプロデューサーだった。
「……一々、ガラスのハートにヒビを入れないでください、鬱陶しい」
「いや銃弾撃ち込んだ人のセリフか? それ」
「私が言っているのはタバコ臭さの方です」
「え、そ、そう?」
タバコ苦手な癖に、喫煙所に他所のテレビのお偉いさんがいるのを見つけて営業にでも行っていたのだろう。そういうことを平気で出来る人間が多いのだ、円香の周りには。まぁ多いというか二人だが。
「あなたが臭くなるのは結構ですが、大抵の女性は苦手なので、いい加減周りの人間に気遣う事を覚えて下さい」
「す、すまん……」
謝りながら、プロデューサーは淹れたカフェオレを円香と一緒にいる透の前に置く。
「サンキュー、プロデューサー」
「……ありがとうございます」
お礼を言いながら、カフェオレを一口、口に含む。その様子を眺めながら、透はニコニコしていた。
「……何?」
「ふふ、超言いたい放題だなって。リカにもそこまで言わないのに」
「……リカとそこの人じゃ全然違う」
「め、目の前で言うんだな……」
実際、リカにも言いたい放題言っている。けど、切れ味が違う。まぁ単純に、あんまり強い悪口を言いたくないというだけだが。
そんな中、プロデューサーが気になったのか、軽いノリで聞いて来た。
「そういえば、二人とも後一年でハタチだな。お酒とかタバコ、興味あるのか?」
「私は飲みたい。お酒は」
「タバコはパス。臭いがきついのは好きではないので」
「なるほどなぁ……菅谷君は?」
「リカもお酒は興味あるんじゃない?」
「かもね。……でも、安心して下さい。うちの子に未成年飲酒も喫煙もさせないので」
「あれ……彼氏彼女の関係じゃなかったっけ……?」
いざとなったら姉弟の関係に落とし込むつもり満々の三人なので、明里が末っ子という設定も消すつもりはない。
カフェオレを口に含む二人に、プロデューサーは続けていった。
「なら、気をつけて見ててあげた方が良いよ」
「どういう意味?」
「男子大学生って基本的にバカで無責任だから。……もしかしたら、本人にその気が無くても、周りから勧められてるかもしれないよ。確か、学部も違うんだろ?」
「「……」」
言われて、二人とも顔を見合わせる。まさかリカに限って……と思いつつも、男子大学生経験者のプロデューサーが言うなら、無視するわけにもいかない。
「……ご自身の経験談ですか?」
「いやいや、俺はちゃんと法律は守ってたよ。……あ、いや割と勧められたって意味じゃ経験談かな?」
「そうですか。あなたでも断れるなら、リカも断れます」
「でも、彼の場合は二人と一緒でモデルだろ? 休んだ授業のプリントとかもらうのに、友達付き合いでそういうの誘われることもあるんじゃないか?」
「「……」」
ありそうで怖い。透でさえお酒に興味津々なのだ。明里の場合、もし誘われたりなんてしたら……。
「……帰ります」
「え、いやこの後レッスンじゃ……」
「ストレス性急性胃腸炎で帰ります」
「いやちょっと⁉︎ いや、半分くらい冗談だから! 落ち着いて!」
「大人なら自身の発言に責任を取ってください」
「いや、そうかもしんないけど……!」
「帰ります。ダッシュで」
「胃腸炎は⁉︎」
「じゃあ、私が帰るよ」
立ち上がったのは透だった。
「今日のレッスン、ダ○スの子達と一緒でしょ? じゃあ、良いじゃん」
「……」
ホント、こういうところ狡いのだ。幼馴染は。何も考えていないと思ったら、こういう時に急に「え、それ君把握してたの?」っていう情報を使って最高の提案をしてくる。
「私、先に戻るよ。部屋」
「……よろしく」
「んー。帰り、気を付けてね」
それだけ話して、透は事務所を出て行った。
×××
先に帰宅した透は、とりあえず伸びをしながら家の中を見回す。まだ明里は帰っていないようで、朝着ていたパーカーの姿はない。普段、ソファーの背もたれにかけて置いてあるものの匂いを嗅ぐのが習慣になっている透にはすぐに分かった。
実際、透も少し不安ではあった。あのバカったれ、基本的に自分より他人を優先する。虫関係以外。
だから、勧められたら思わず吸いかねない点はある。まぁ、正直、透は明里がタバコを吸おうが吸うまいが知ったことではないわけだが。
すると、良いタイミングで玄関の扉が開かれる。
「たっだいまー……って、二人ともレッスンか」
「おかえりー」
「あれ?」
「私は15時で終わりだから。円香はもう少しメンバーとやるらしいけど」
「そうなんだ」
話しながら、透は出迎えに行く。この手の情報、高一の時に文事から預かったエロ本の件もあるし、彼自身は持っていても覚えていないだろう。
つまり……とりあえずさりげなく身につけているものを預かり、物色すればすぐ見つかる。
「上着、預かるよ」
「え……どうしたの、とおるん。そんなこと今までしたことなかったのに。もしかして、俺の虫フィギュア壊した?」
「……」
日頃のダラダラした行いがこれでもかというほど火を吹いていた。
しかし、それを自覚することはない透は、少しイラっとしながら聞いた。
「は? 何それ急に」
「いや……媚びてんのかなって」
「違うから。良いから、ちょうだい。上着」
「やだよ。なんか怖いよ。怒らないから、何したか言ってごらん?」
「は? 何その言い方。どのスタンス?」
「や、だって気になるし……」
「姉は私の方なんだけど」
「いやそれならもう少し姉らしい振る舞いというものを……」
「良いから、上着」
「ええ……まぁ良いけど」
言われるがまま、明里は上着を脱いだ。もう既にさりげなさのかけらもないが、透はパーカーを預かった。
「ん〜……」
「? 何してんの?」
「物色」
「何も入ってないよ別に」
「ほんとだ。返す」
「いや何のために預かったのパーカー……てっきり、新妻みたいにハンガーにかけてくれるのかと」
「新妻……」
とりあえずなかったことに安堵しつつ、新妻と呼ばれて嬉しかったりもした。
なので、新妻っぽいことを言ってみることにした。
「じゃあ、お風呂にする? ご飯にする? ……それとも、私?」
「じゃあ、とおるんで」
「はいは……え?」
え、マジ? と思って少し顔が赤くなったのも束の間、明里は透の手を取った。
「たまには二人で行こうよ、デート」
「あっ……うん。まぁ良いけど。じゃあ、準備するから」
「はいはい」
「パーカー返す」
「や、今日暑いからいいや。どっか投げといて」
「はーい」
話しながら、透はパーカーを預かった。
さて、とりあえず自室に戻り、香りの確認。……少しタバコの臭いがして、眉間にシワを寄せる。
もしかして……ホントに吸ってた? いや、しかし円香の話ではプロデューサーも喫煙者ではないのに喫煙所に行く事もあるらしいし、まだ分からない。
そう自分に言い聞かせつつ、とりあえずタバコの臭いを取るために窓際に干しておくことにした。
ハンガーに掛けようと上着を広げた時だ。ふと目に入ったのは、内ポケット。ヒヤッと寒気と嫌な予感が同時に襲って来る。
「……」
中を、弄ってみた。すると、出て来たのは一本のタバコだった。
「…………えっ」
動揺したような声が漏れる。……え、まさかホントに? てかなんで一本? いやそれより、何故こんなものを明里が持っているのか。
まさか……本当に、隠れて喫煙……。
らしくなく焦り始めた。吸おうが吸うまいがどっちでも良いと思っていたが、いざ見てみると動揺が大きく広がっていく。
これは……円香に聞いてみるべきか、それとも聞かないべきか。いや、円香に言ったほうがマズイ。未成年喫煙なんて、三人でいることを一番考えている円香に知れたら……。
「……」
まずは、吸ったかどうかをさりげなく探る……! これからデートなら、簡単にそれも出来る。
そう決めて、透は準備を済ませて部屋を出た。
「お待たせ。どこ行く?」
「映画行こう」
聞くと、今の短い時間でデートプランでも練っていてくれていたのか、すぐに答えた。
「何か見たいの?」
「や、別に。たまには見たいのないけど見てみるのも良くない?」
「ん。確かに用もないのに喫煙所に行くみたいで良いかも」
「え……とおるん、行くの? 喫煙所。やめな?」
お前が言うな、というツッコミが喉元まで出かかったのを飲み込み、首を横に振った。
「いや行かないけど。プロデューサーが行くんだって。営業で」
「へ〜……そういうのもアリなのか」
「アリって?」
「や、なんでもない。行こっか」
「……」
少なくとも、喫煙所に行ったのは確定っぽい。このデートで、色々探る……!
そう決めて、二人で家を出た。
×××
ダ○スのイメージガールに選ばれてから、その時のメンバーがマッチングしていたのかやたら人気で、たまにこうして復活して曲を出すことも増えた。
が、今日の円香はやはりレッスンに身が入っていない。気になる、どうしても気になる。あのバカプロデューサーが気にかかることを言うから、明里がスモーカーになってしまったのか、どうしても気にかかる。
「……円香ちゃん、どうかしたの?」
そんな自分に声をかけて来たのは、黛冬優子。ぶっちゃけ、これが演技であることを普通に見抜いている円香だが、まぁいちいち指摘したりしない。
それに、気に掛けられているのは自分の調子が悪いことを見抜かれてのことだと思うから。
「……いえ、何でもありません」
「それなら良いけど……」
「ちょっと調子悪そうだよね!」
会話に入って来たのは、八宮めぐる。別に全然、そんなに大きな胸は羨ましくなんかない、と思っている年下の女の子だ。
「……ほんとに何でもない」
「もしかして……何か気になる事でもあるの?」
「……」
「相談してよ! わたし達、円香の味方だよ!」
言われて、少し円香は悩む。まぁ、抱え込んでも良い結果にはならないことは分かっているし、今はノクチルではない方のユニットメンバー。
なので、仕方なく聞いてみた。
「二人とも……未成年喫煙ってどう思う?」
「「絶対にダメ」」
「……や、私じゃなくて」
強く肩を掴まれたので、とにかく誤解を解いた。
×××
「映画、微妙だった……」
「ね」
もうリサーチを忘れている透は、純粋に映画の感想をカフェで語り合っていた。
「全然、後始末しないんだもん……」
「分かる……シンゴジラくらい、厳格な空気の中でギャグやると思ってた……」
「あ、でも主演の人はカッコよかった」
「分かるわー。やっぱ、似合ったよね。あの役は」
「うん。好き。かなり」
「……好きなんだ」
「え? ……あ、いや好きってそういうんじゃないから」
「ほんとー?」
疑い深そうな目で問われたので、少し透はクスッと微笑む。おおらかに見えて独占欲は強い所を可愛いと思ってしまうあたり、自分も相当やばい。
さて、とりあえず目の前の心配性の小動物のような男子を落ち着かせないといけない。そう思い、席から立って、前のめりに顔を近づけた。
「リカ」
「っ、な、何?」
「んっ」
「っ……!」
そのまま、鼻の頭にキスをした。柔らかい感触が鼻の頭にくる……そんな予想外の出来事に、明里はさらに顔を真っ赤にした。
その様子を見て、再びクスッと微笑んだ透は、笑顔のまま明里の頭を撫でた。
「こんなこと、しないでしょ。リカにしか」
「っ……え、えっち……」
「えっ、ど、どの辺が?」
「なんか……人前で、鼻にキスは……」
「耳でもおでこでも首でもお腹でもできるよ」
「お腹はやめて! こんな所で脱げないから!」
「ふふ、冗談だから」
話しながら、透は座り直す。
「ていうか、カッコ良いは良いけど、好きはダメなんだ」
「いや、ダメっていうか……見た目とかはほら、俺だってかわいいなって思う女優さんとかいるし良いんだけど……」
「ふーん……誰?」
「え?」
「見た目可愛いなって思う女性」
「え……とおるんと……」
「マドちゃん以外で」
封殺した。知らず知らずのうちに、真剣な表情になってしまう。
「え、えーっと……あ、小糸と雛菜……」
「も外して。あとあさひちゃんと真乃ちゃんと夏葉と咲耶も」
「……」
知り合いを全消しした。とにかく吐け、と言わんばかりである。
「あっ、仲良くなりたいなって思ったのは、小宮さんかな」
「生き物を飼ってるからって理由じゃなくて、見た目の話してるんだけど」
「な、なんでわかるの……」
「1+1より簡単だから」
「そんなに⁉︎」
分かりやすいからである。そんな事ぁどーでも良いから、さっさと吐いてもらいたい。
しばらく明里は唸り続ける。そんなに難しいことを聞いたつもりはない。マジで人を中身でしか見ていないのかもしれない。
やがて、答えが出たようで、おそるおそる呟くように答えた。
「……とおるんとマドちゃんのお母さん、とか?」
「もういい」
「え、お、怒った⁉︎」
「別に怒ってない」
というか、これでちょっとだけ安心もした。本当に見た目だけで人に釣られることはなさそうで、これ以上に浮気の心配がない彼氏も嬉しいものだ。
そのことが嬉しくて、少しだけフッと微笑みながら飲み物を口に含んだ時だ。
「あれ、明里兄ちゃん! 透ちゃーん!」
「ん? おー、あさひっち!」
そんな声が聞こえた。高校生になって、アホほど育ち、今やバストやヒップは透を追い抜いてしまった芹沢あさひだ。
「久しぶりっす!」
「久しぶり! 高二だっけ今? 綺麗になったじゃん」
「ほんとっすか⁉︎」
ベコっ、と透がカフェオレのカップを握り潰したことにも気付かず、明里はお兄ちゃんムーブをかます。
「どう? 学校。楽しい?」
「はいっす! 雛菜ちゃんも小糸ちゃんも優しくしてくれるので!」
「ごめんなー、俺の後を追ってわざわざ同じ高校にきてくれたのに、一年しか一緒にいられないで」
「大丈夫っすよ! 今も普通に楽しいし!」
「ならよかった。また何か知りたい事あったら言ってね。理系科目なら、基本満点しか取れないから」
「はいっす!」
「じゃあ、今デート中だから」
「そうっすね。謝った方が良いっすよ」
「え?」
「じゃ、透ちゃんも。またね!」
「……うん。またね」
元気よく挨拶してお別れした。ギッギッギッ、と壊れたおもちゃのように明里が振り返る。今の自分を見た直後「ひぃ!」と声を漏らして肩を震わせた。
いつも浮かべている笑みもない。透明どころか深海の奥底のような青く黒い瞳が、真っ直ぐと明里を突き刺していた。
確かに綺麗になった。成長が遅い方だったあさひは、高校に入ってからZZのモビルスーツ並みに爆発的な成長を見せた。
だからって……デート中に挨拶代わりに褒めるだろうか? いや、見た目だけで女性に釣られないから故の言動だろうが、それが裏目に出ることもあるようだ。
「……」
「ご、ごめん……とおるん……」
「……やだ」
「ええっ⁉︎ そ、そんなぁ……」
「今日1日、ずーっと構ってくれなきゃやだ」
「わ、分かった!」
「じゃ、まずは円香が帰ってくるまで、とりあえず連れ回して」
「い、良いよ。どこ行く?」
「連れ回して」
「あ、俺が決めろってことね。了解です」
そのまま二人でカフェを出た。
×××
レッスンを終えた円香は、疲れ気味にシャワーと着替えを終えた。結局、後半からは切り替えられたが、モヤモヤだけは晴れなかった。お願いだから悪い影響を受けるのはやめて、と本当に母親のようなことを思いながら、事務所を出て、さっさと家に帰った。
「……はぁ」
ため息をつきながら、電車に乗った。座れたので、ありがたく腰を下ろす。
透から、まだ報告は上がらない。うまく聞き出せていないか、ミッションを忘れて遊んでいるかだ。後者ならキャメルクラッチ。
とにかく、こんな無駄な不安を与えてくれたプロデューサーが憎いくらいに悩んでしまっていた。
「はぁ……何なの……」
そんなため息が漏れた時だ。隣に女性が座った。その人から、ふわっとタバコの臭いが香って来て鼻腔を刺激される。
そこまで臭い、とかではない。けど、やはり不愉快な臭いだ。女性でさえこの臭い……これが、たまに一緒の布団で寝ることも、水着を着ているとはいえ一緒にお風呂に入ることもある明里から漂って来ると思うと……。
「……無理」
そうだ、やはり止めよう。個人の自由なんて言葉は同棲していない奴のセリフだ。同じ屋根の下で暮らしていれば、限度はある……!
よし、決めた。円香はギュッと済ました顔なのに心の中で握り拳を作ると、明里の部屋を物色することを決めた、
虫のフィギュアがたくさんあるとか、そんなのにビビっている場合ではない。
ちょうど、最寄駅に到着した。
「……探す」
そう決めて、家に戻った。
×××
さて、二人は家に戻って来た。あの後、ゲーセンに行って帰って来た。円香のお土産に、ゲーセンにあるお得用っぽいポテチをとった。
手洗いうがいを終えた後、明里はそのまま晩飯の準備をしに行き、透は一旦自室に戻った。
そこで「あっ」と声を漏らす。明里のパーカーが目に入って全部思い出した。そうだ、タバコの件聞かなきゃ。
そう思った透は、タバコを摘んでリビングに持っていった。
「リカー」
「ご飯もうすぐだから、お菓子はダメです。待てないようなら、みかんなら許可します」
「最近流行ってんの? お母さんキャラ」
まずはそこを注意しておきながら、さらっと聞いた。
「タバコ、パーカーに入ってたけど、何これ?」
「タバコ? ……ああ、こっちの学部の奴にもらったんだよね。興味出たら吸ってみろって。悪い人じゃないから、捨てるに捨てられなくて」
「ふーん……吸うの?」
「いや、ライター持ってないし。記念にストラップにでもしようかなって思ってる」
「わぉ、斬新」
秒で問題は解決してしまった。当たり前すぎる答えがきたが、とうの昔に興味は失せていたので、透は特に何も思わなかった。
しばらくタバコを見つめた後、ニヤリとほくそ笑んでから、タバコを人差し指と中指で挟んだ。そして、眉間にシワを寄せた。
「リカー」
「んー?」
「こっち見て」
「何さ」
明里が顔を上げた直後だった。難しい顔のまま、唇を尖らせて息を吐いた。
「ヒュフー……」
「……」
「似合う?」
そして、ドヤ顔で聞いて来た。それを見た明里は……。
「可愛い!」
ノリノリになってしまった。
「可愛いの? カッコ良い、じゃなくて?」
「どっちかって言うと、大人に憧れてるバカな子供みたいだった」
「へー、言うじゃん。そこまで言うからには、リカは似合うんだよね?」
「いや俺はいいの。とおるん、長めのカーディガン着て……あと、サングラスして」
「え?」
「どうせなら、カッコ良くしてみよ」
「……良いね」
話しながら、透も乗った。二人でそのままコーディネートをする事、数分。梅雨明けの季節にコートを着込んで、サングラスにハンチング帽子を被り、黒のグローブを嵌め、ゴルフバッグを背負った透が、電信柱に背中を預け、人差し指と親指でタバコを挟んで、息を吐いた。
──そう、まるでこれから気が進まない仕事に向かう掃除屋のように。
「とおるん、良いよ良いよ! カッコ良い、惚れ直しちゃう!」
「君のハートにワンショット☆」
「Foooooo!」
もう二人とも完全に楽しくなってしまっていた。やたらとテンションが高く撮影会をしていた。
「ねぇリカ、そろそろ交代しない?」
「え、お、俺はいいよ。タバコなんて似合わないし」
「いやいや、そんな事ないから。リカだって絶対、似合うよ。こういうの。中身はまだ赤ちゃんだけど」
「赤ちゃんなの⁉︎」
ちょっとそれはひどくない? というリアクションを取るが、掃除屋ASAKURAは無視して明里と肩を組む。
「ねぇ、良いじゃん。一回だけだから」
「え〜……ちょっとなぁ」
「大丈夫。周りにいないし、誰も」
「でも、とおるんがいるし」
「それはほら、私が吸ってるとこも見られたし」
「関係なくない?」
「ほら、ちょっとだけ」
「は?」
「え、歯痛いの?」
「俺何も言ってないけど?」
「え?」
「え?」
言われて、二人ともハッと顔を上げる。辺りを見回すと、目に入ったのは樋口円香。過去に見たどの円香よりも恐ろしい形相で、自分達の方を睨みつけていた。
透と明里の間には、一本のタバコ。冷静に思い返すと、タバコを無理強いしている二人にしか見えない様子。
それを見て、円香は改めて現実を認識したように、もう一度声を漏らした。
「……はっ?」
ちなみに私は喫煙者ではありませんので、利点は物語で挙げた点しか分かっていません。
別に喫煙という行為を下に見ているわけでもないので、ご容赦下さい。