浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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ガス抜きせずに溜め過ぎるとこうなる。

 透は、自分と同じ立場だと思っていた。なんだかんだ一番、危うい明里を、危ない道から回避させる立場。

 ……しかし、それはどうやら幻覚だったらしい。まさか、透がタバコを嗜み、そして明里に勧めているとは夢にも思わなかった。

 故に、二人の面倒を見る立ち位置にいた円香は、ショックのあまりふらりと足元をもつれさせ、倒れながらつぶやいた。

 

「二人が、グレた……」

「マドちゃん⁉︎」

「ふふ、ぶっ倒れた」

「笑い事じゃねええええ!」

 

 すぐに家に運んだ。

 

 ×××

 

 翌朝、目を覚ました明里は、隣を見る。あの後、透の提案で一緒に寝ることにした円香が、隣で寝息を立てている。

 あれから、気絶した円香は目を覚ますことはなかった。明里の(無駄な)生物学の知識で何かの病気でないことはわかった。

 裏を返せば、自分と透がタバコで遊んでいたのは、それだけのショックだったことになる。

 反省しないと……考えてみれば、撃つ撃たないに限らず、拳銃を持っているだけでも良くない事だと言うのに。

 

「はぁ……やっぱ断ろう」

 

 友達関係より恋人の方が大切なのは分かりきった事だろうに。ため息を漏らしながらそう決めた時だ。

 ふと、円香が目を覚ます。

 

「んっ……」

「あ、マドちゃんおはよう。……あの、昨日の件なんだけど……」

「昨日? 何の話?」

「え?」

 

 あれ、そんなはずない。昨日「グレた」とか言われたし。

 もしかして……もう別れるから惚けるとかそう言う事なのか? だとしたらヤバい。何とかして謝らないと……! 

 

「あ、あーいやマドちゃんホントお願いだから聞いて話を……」

「いいから早く朝ご飯作って、お兄ちゃん」

「あ、うん。まずは飯で……今なんて?」

 

 すんごい……すんごい聞きなれない言葉が耳に入って来た気がする。一瞬、声音として飛んできた空気の振動に不具合が生じたのかと思ったくらいだ。

 しかし、反射的に聞き返したが故に、まだ心の準備が出来ていなかった。次の次の次の円香の発言は不意打ちとなった。

 

「は? 聞こえなかったわけ?」

「あ、うん。それで良いや」

「ご飯作って」

「そっちじゃなくて、その後」

「? お兄ちゃん?」

 

 眉間に皺を寄せて小首を傾げて言われ、それは明里の胸を強く抉り込むように抉り込んで抉り込んだ。

 異常事態……なのに、可愛い。本当に妹に見える。喀血したように、そのままベッドの上にぶっ倒れた。

 

「いや、そういうのいいから早く作って。朝ご飯、作ってくれるまで布団から出ないから。お兄ちゃん」

「ゲフっ……!」

 

 ダメだった。破壊力が強過ぎる。何があったのかわからないが……いやまぁ十中八九、昨日の件のお陰だろうが、そのオーバーキルレベルのダメージは、もう明里を起き上がらせることを許さない。

 そんな時だった。ガチャっと部屋の扉が開かれる。

 

「おはよー。起きてる?」

 

 透の声だ。中に入ると、起きているのに布団の中で丸まっている円香と、ボディブローを受けたように丸まっている明里の姿。

 

「……どうしたん?」

 

 そう聞いた透に、円香が声をかけた。

 

「あ、お姉ちゃん。珍しく早い」

「そりゃそうでしょ。昨日いらない心配をかけ……今なんて?」

「は? お姉ちゃんも? 二人揃って難聴にでもなったわけ?」

 

 そう聞いた後、円香は少し不愉快そうな表情のまま言った。

 

「お姉ちゃんは、私の着替え手伝って」

「ゴッファアッ……!」

 

 二人揃って、吐血したようにその場でくの字を描いて床に倒れた。

 

 ×××

 

 朝食の時間。とりあえず、明里が作った軽い朝ごはんを三人で食べる……が、気まずい沈黙が流れる。明里はともかく、透でさえそれを感じていた。

 

「二人ともどうしたの? なんか変だけど」

 

 お前が一番変なんだよ、と二人揃って思っても口にしない程度には異常事態だった。

 何せ……自分が姉だと言って譲らない円香が、透はおろか明里さえ「兄」と呼んでいる。

 

「な、なんでもない……」

「うん。気にしないで。お兄ちゃんが作ってくれた料理、美味しいね?」

「……ん」

「と、とおるんまで……!」

「いいから」

 

 抗議の視線を送るが、透には透の考えがある様子で睨み返される。なので、何も言わないでおいた。

 さて、問題は山積みである。まず、今日は学校だ。そして、その後に仕事だ。どれも問題だらけである。

 今から考えるだけでも頭が痛くなっている明里の頬に、円香は手を置いた。

 

「?」

「お兄ちゃん、どうしての? 具合悪い? 眠いならちゃんと寝てたら?」

「……」

 

 でも、やはりクソ可愛い……と、頬が赤く染まった。なんというか……新鮮すぎて死んじゃう。

 なので、思わずキメ顔を作って答えてしまった。

 

「大丈夫だよ、円香。心配かけさせてごめんな」

「は?」

「え」

「マドちゃん、だから」

「……」

 

 ダメだ、やはりかわいい。この威力……耐え切れる気がしない……! 

 ゴフッと吐血しながら後ろにひっくり返った。

 

 ×××

 

 朝食を終えて、諸々の準備。まだ着替えを終えていない明里がパンツ一枚で自室で私服を選んでいると、不意に部屋の扉が開かれる。

 

「リカー、今平気?」

「きゃあああ! ち、ちょっと……ノックしてよ!」

「いや今更何言ってんの? 同棲してるのに」

「ぱ、パンツ一枚は流石に恥ずかしいから!」

 

 適当なTシャツを引っ剥がして、身体を隠す。というか、普通に気恥ずかしいのだ。

 もう私服を選んでいる場合でもなくなり、とりあえず適当な服を羽織る。

 

「で、どうしたの?」

「ん、円香のこと。どうする?」

「あー……」

 

 わざわざ心配するなんて、透らしくない……と思い、聞いてみた。

 

「なんでわざわざ? とおるん、そういうの気にするっけ?」

「さっきさ、円香の着替え手伝ってる時さ」

「? うん?」

 

―――

 ――

 ―

 

 着替え手伝って、とそもそも円香からあり得ない言葉が飛んできたものの、流れで手伝うことにしてしまった透は、その時はまだ楽観的に捉えていた。

 まぁ、別に手伝うくらい良いかー的な感覚で、何も考えずに円香の部屋の箪笥を開ける。

 

「円香、何着たい?」

「お姉ちゃんが選んで」

「私?」

「うん。動きやすい格好で。あと女の子らしく……それこそリカの彼女に見える感じ。あと、それでいて清楚な感じで。胸元の強調とか、リカ以外に見られるの論外だから」

「……」

 

 めんどくせぇ、と素直に思った。というか、すっっっごいワガママ。そこまで言うなら自分でやれば良いのに。

 実際、言ってみた。

 

「自分で服決めたら?」

「は? お姉ちゃんの方がコーデのセンスあるし、少しでもお兄ちゃんに可愛く見てもらいたいの。お姉ちゃんだって同じなんだし、別に良いでしょ」

「……」

 

 直球である。透の方がその手のセンスがあるかは知らないが、それよりもその澄ました顔で普段、絶対言わない可愛い事言われるのは、普通に破壊力があった。幼馴染の自分でさえ、思わず心臓止まるかと思う程度には。

 

「……仕方ないな」

「朝ご飯までには決めてね」

「はいはい」

 

 そのまま、円香の要望通りの服を選んだ。ほとんど直感に身を任せて「これならとりあえず要望通りになるんじゃね?」と思って選んだ結果、結局は円香が普段、着ている私服とほぼ同じになった。

 鏡を見て、映っている自分を、くるりと回ってチェックした後、円香は満足げに頷いた。

 

「ん、おっけー」

「じゃあ、終わり。ご飯食べよっか」

「後でお化粧もして」

「はいはい」

 

 ちょっと可愛過ぎて、つい生返事をしてしまった。本当に何が起こったのだろうか? 本当に甘えてくる妹のような感覚だ。大崎甘奈に甘える大崎甜花のような……あれ? あれ妹どっちなんだっけ? なんて思いながら、部屋を出ようとした時だ。

 後ろから、肩にポンっと手を置かれる。何? と無言で振り返ると、頬に唇が当てられた。

 

「っ!」

 

 唇を当てられた頬に手を当てて、少し顔を赤くしたまま仰反るが、円香は相変わらず澄ました顔。

 この子、何してんの……? と、透らしくなく思ってしまう中、円香は真顔に近い笑みで告げた。

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

「ー」

 

 目の前でスタングレネードでも転がってきたかのような衝撃を受けた。

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「と、いうわけで、私円香のお姉ちゃんになるね」

「あ、今のそういう話だったんだ」

 

 予想外の点に落下され、少したじろぎながらも続ける。

 

「いや、まぁ姉になるのは別に良いんだけどさ」

「うん。なる」

「確固たる決意も結構だけど……元に戻さないわけにはいかないでしょ?」

「まぁね」

「……」

 

 ダメだ、よほど嬉しかったのか可愛かったのか、姉の顔をしている。透が。

 まぁ、でもあの甘えん坊になった円香の面倒を見てくれるなら、明里としても問題はない。自分が面倒を見たい、と言う気持ちがないわけでもないが、それ以上に異常事態の解決に走らないといけない。

 透に聞いても無駄だろう。「私自身が、姉になる事だ」みたいな感じだし。しばらく、小糸や雛菜に相談しつつ、一人で考えた方が良いかも……と、今後のことを考えながら、とりあえず一番、重要なことを言った。

 

「マドちゃんのキスずるい。俺も欲しい」

「や、いつももらってるじゃん。今日は私の番」

「いつもとか関係ないから」

「私にしてくれたキスはあれ初だから。譲って」

「……」

「……」

 

 直後、同時に部屋を出た。リビングで待っている円香の元へ駆け込み、ソファーに座っている円香の前へ片膝をついた。

 

「円香!」

「マドちゃん!」

「え、何?」

「「キスして!」」

「え……せがまれると嫌なんだけど」

「「……」」

 

 どうやら、別に幼児退行したわけではないようだ……と、思いつつも、それはそれでちょっと嫌だ。

 二人して頷き合うと、円香を挟むように腰を下ろし、サンドイッチするようにハグをしながら頬をくっ付けた。

 

「ねーえー、とおるんにはチューしたんでしょー」

「今まで、円香と私間ではなかったじゃんー。キスー」

「良いから早く準備しないと、遅刻するけど」

「俺は別に成績優秀だから良いもーん」

「嫌だったらキスしてー」

「……バカ達……」

 

 ため息をついた円香は、上半身を後ろに仰反ると同時に、二人の胸倉を自分の方に引き寄せた。

 二人の姿勢が崩れたのを狙い、頬に軽く唇をつける。

 

「これで満足?」

「「もっかい!」」

「調子に乗らないで」

 

 結局、もう一回してくれて、一限は遅刻した。

 

 ×××

 

 さて、大学に着いてから円香は透に任せて、明里はまず小糸に電話をした。既に遅刻している一限だが、正直今は妹……じゃなくて円香の事の方が大事だ。

 幸いにも、出席を取らないテスト一発の授業なので、正直一回くらい行かなくても問題ない。

 

『も、もしもし……?』

「あ、小糸? ごめんね急に。今、平気?」

『う、うん……! 仕事の前だから、長くは無理だけど……』

「ごめんごめん。すぐ済むから」

 

 そう言いながら、本題に入った。

 

「マドちゃんが妹になったんだけど、どうしたら良い?」

『えっ……ど、どうにかしたほうが良いのは、菅谷先輩だと思うけど……』

 

 ちょっと説明が足りていなかった。

 改めて説明を……と、思って口を開きかけたが……なんて言えば良いのだろうか? 妹になった、くらいにしか表現しようがない。

 壊れた? いや、そんなことを言えば「壊したの?」ってなるかも……。

 

『菅谷先輩?』

 

 ……とりあえず、何か言うしかない。ありのまま起こったことを話してみることにした。

 

「朝、同じベッドで目を覚ましたら、俺ととおるんの事を急に兄とか姉呼ばわりするようになって……」

『ぴえっ⁉︎ お、同じベッド⁉︎』

「?」

『てことは……き、兄妹プレイ……』

「何言ってんの?」

『そ、そっか……三人とも、大学生だもんね……そ、それにしても……円香ちゃん達が、大人に……』

 

 なんか急に歯切れが悪くなった。何を言っているのか分からないが、とりあえずスルーしておいた。

 

「とにかく、どうしたら良いのか……」

『ひ、避妊はしっかりした方が良いと思うよっ!』

「否認? ……ああ」

 

 もしかして……昨日の夜、タバコを見られたのが問題だったのかもしれない。自分や透がタバコを吸っていた。最後の言葉は「グレた……」だったし、これから自分や透がタバコを吸って生活すると勘違いし、その自分達の面倒を見ないといけない、とショックを受け、それなら自分が面倒を見られる側になる、とでも思ったのかもしれない。

 人は誰でも、普段とは別の人格をもう一つ、持っているらしい。二重人格とは別の話で「本当はこう言うことをしたい」とか「こうなりたい」みたいな。

 もしかしたら、円香も本当は甘やかすより甘えたいと思っている面もあるのかもしれない。

 

「……なるほど。そういうことか」

『な、何が……?』

「分かった。とりあえず、否認から始めるか」

『い、今までしてなかったの⁉︎』

 

 そう、なんだかんだ、まだタバコのことは否定出来ていない。

 

「これからするから大丈夫だよ」

『お、遅くない⁉︎』

「大丈夫。任せて」

『い、いや任せられないよ! 今まで、何やって……!』

「ありがと。ごめんね、お仕事前に」

『…………ぴぇ』

 

 そのまま通話を切った。やることはハッキリした。存分に円香を甘やかした上で、昨日の誤解を解く……! 

 今日は残念ながら円香と透はレッスンで、次に会うのは夜になってしまうが、それくらいなら問題ないだろう。

 気合を入れた明里は、今日の事を考えておく事にした。

 

 ×××

 

 二限が終わったら午後からノクチルみんなでレッスンなので、透と円香は学校を出て、近くの駅から電車に乗った。

 さて、約時間にして三時間、一緒にいたわけだが……とおまどはどうなっていたのかと言うと……。

 

「お姉ちゃん……眠い。肩貸して……」

「良いよ。全然。なんなら膝でも」

「そうする……」

 

 そう話しながら、透は円香の肩に手を乗せると自身の方へ引き寄せ、円香はそれに合わせて身体を倒し、電車の中で膝枕してもらう。

 周りの視線などお構いなし。むしろ、割と周りにとっても目の保養になっていた。

 しばらく揺られ、駅に到着。

 

「円香、着いたよ」

「ん……おはよ」

「おはよ。行こ?」

 

 言いながら、二人で立ち上がって電車を降りた。腕を組み、少しだけ透に甘えるような姿勢で円香は歩く。

 そのまま改札を出て事務所に向かう。何も考えていない透の頭の中では「事務所に着いたらみんな驚くだろうな〜」程度の考えしかない。

 なので、思わぬエンカウントの時も堂々としていた。

 

「あれ、透と円香。偶然だな」

「あ、プロデューサー」

「……姉妹仲良く出勤中、急に声を掛けてくるとは流石ですね。ミスター無粋男」

「え? 姉妹?」

「そう。円香が妹」

「お姉ちゃんがお姉ちゃん」

「うん。今日は二人とも休もう。な?」

「「ヤダ」」

 

 何があった、と呆然とするプロデューサーと二人は事務所に向かった。

 

 ×××

 

 到着し、階段を上がり切って中に入ると、プロデューサーの視界にまず入ったのは小糸と雛菜だった。透達と目が合うなり、雛菜は相変わらずにへらっと微笑み、小糸は何故か頬を赤く染めて俯いた。

 

「あ、おはよ〜♡ とおる先輩〜、プロデューサー」

「お……おはよう、ございましゅ……」

「お、おはよう。雛菜、小糸」

「? 小糸ちゃん、何かあった?」

「なっ……何でもないよっ⁉︎」

 

 なんかやたらと小糸だけ照れているが……まぁ、いつものことと言えばいつものことだ。スルーして、そのまま二人で後輩達の前の席に座る。

 プロデューサーは、なんかカオスな気配を感じ取り、長期戦に備えてコーヒーの準備をした。何が起こるか分からないが、ノクチルの会話に常人が入るのは難しいからだ。

 

「ていうか、円香先輩どうしたの〜? 透先輩にべったりだけど〜」

「別に。お姉ちゃんと一緒にいたいだけ」

「……はー?」

「ぴえっ……」

 

 プロデューサー的には、雛菜の「理解不能」と言う声は初めて聞いた気がした。そして本当に何故か顔が真っ赤っかなままの小糸も気になる。いつもなら、会話を繋ぐ小糸も今日は変だ。

 

「どういうコト〜?」

「は? お姉ちゃんはお姉ちゃんだけど?」

「じゃあ、雛菜も円香先輩の姉になる〜」

「あんたは年下でしょ」

「円香、私も円香と同い年」

「? 同い年だと妹になれないの?」

 

 おっと? と、いよいよインスタントコーヒーを淹れ終えたプロデューサーの眉間に皺がよる。小糸と並ぶ2トップの常識人、円香の頭もいよいよ壊れ始めているように見える。

 理解する前に、さらに雛菜が畳み掛けた。

 

「じゃあ、歳下の妹にならないのもおかしくない〜?」

「……まぁ」

「それにー、少なくとも外見は円香先輩より雛菜の方が年上っぽいよ〜?」

「……」

 

 何故黙る円香? と、プロデューサーはさらに冷や汗をかいた。そこは文句を言うところだろう。そもそも見た目とか年齢に関係ないし、何より円香なら何かしら言うところのはずだ。

 やがて、円香は腕を組んだまま不愉快そうに告げた。

 

「雛菜を姉呼ばわりはやっぱりムカつくから無理」

「やは〜〜〜♡ 雛菜もムカつく〜〜〜」

 

 そこはいつも通りなんだ、と何故かホッとしてしまった。いや、いつも通りで喜んで良いのかは微妙だが。

 何にしても、そろそろ話をする必要がある……と、思ったのだが。キッチンから出ようとする自分の前に、小糸が立っているのが見えた。

 

「っ、こ、小糸? どうしたんだ?」

「わ、私……知っています。円香ちゃんが、おかしくなっちゃった理由……!」

「ほ、本当か小糸⁉︎」

「こ、ここじゃアレなので……その、別の部屋で……」

「わ、わかった……」

 

 とりあえず、話を聞けるだけでもラッキーだと思う事にした。何せ、あのクレイジークールジャングルの中に乗り込まずに情報を得られるのだ。

 一先ず、別室に入って話を聞く事にした。

 

 ×××

 

 さて、レッスンが終わった。帰宅しなければならない時間となり、透と円香は帰宅した。

 あの後、それはもう大変だった。プロデューサーが。

 レッスン中も、どこか甘えん坊になった円香は、透に甘えて結局、雛菜にも甘えさせられて、小糸には甘えなくて、プロデューサーには意地でも甘えなくて……と、割と半々ながらもいつもと違う円香は、その場にいた全員に「ギャップ萌え」と言う性癖を植え付けた。

 なんか……甘えなかった二人には、やたらと身体のことを心配された円香だが、何にもないのだから冷たくあしらうしかなかった。

 さて、そんな日もいよいよ夜になり、自宅の最寄駅に到着。すると、駅前の改札口に見覚えある男が立っていた。

 

「お、リカ」

「お兄ちゃん?」

「迎えに来たよ」

「サンキュー」

「ん、ご苦労」

 

 素直に英語でお礼を言う透と、割と何様感ある妹らしい返事をする円香。それに対して苦笑いを浮かべながら、明里は二人と帰宅。

 駅から出ると、円香に声を掛けた。

 

「マドちゃん」

「何?」

「疲れてない?」

「ん、疲れてるけど……それが?」

「おんぶしようか?」

「……ん」

 

 素直に甘えた。

 自分の前で背中を向ける明里の両肩に手を置いて、フッと軽く飛んで背中にしがみつく。

 

「はい、出発」

「進行」

「リカー、私もー」

「いや二人同時は無理でしょ……」

 

 そう言いながら、三人で帰宅。明里の細身に見えて割とがっしりしている背中にしがみついて、円香は少しだけ控えめな笑みを溢す。

 すると、ふと視界に入ったのは透の顔。少しだけ、羨ましそうにこちらを見ているので、ふふんと鼻を鳴らした。普段、自分の方が人目を気にして我慢しているのだ。たまには良い薬である。

 ……そこで、ふと思い返す。そういえば、自分はなんで普段、我慢してたんだっけか……と。

 そうだ。アイドルとモデルだからだ。なのになんで自分は……。

 

「リカー、そろそろ交代ー」

「今日はマドちゃんの番でしょ」

「私がおんぶしたい」

「あ、そっちですか……やばっ、はずっ」

「お姉ちゃんのおんぶは事務所から駅までで楽しんだからいい」

「えー」

 

 けど、まぁ……幸せだしいっか、みたいな深く考える事なく、明里の背中に揺られたまま自宅に向かった。

 

 ×××

 

 さて、そうこうしているうちに、自宅に到着。手洗いうがいを終えた後、明里が用意しておいた晩ごはんの時間だ。

 時間が時間なので、明里だけ先に食べてしまったが、温め直して二人の前に出してあげると、円香も透も美味しそうに食べる。

 

「円香、あーん……」

「あー……んっ」

「おいしい?」

「……食べさせてもらっただけで、味が変わるわけないでしょ」

「あの、とおるん? なんで本当に姉になろうとしちゃってんの……?」

「や、だって滅多にない機会だし」

 

 なんかノリノリで少し困る。全力で甘やかしていた。

 ……というか、円香も円香で絶対に嫌と言わないあたり、中々である。

 でも……これ円香が正気に戻って記憶に残ってたら、絶対に悶絶しそうなんだよなぁ……と、明里が少し冷や汗をかいていると、透が続けて言った。

 

「実際、円香はあんま人に甘えるタイプじゃないから。こう言う機会でもないと休めないと思うよ」

「ん? 可愛いって話。円香が」

「……んっ」

 

 あ、照れた、と透も明里も可愛さを実感する。確かにこんな風に素直に照れる円香はレアだ。

 ……だが、まぁそれもここまでにしないといけない。何せ、絶対に仕事には支障が出るから。急なキャラチェンジと思われても不思議じゃないし、結局の所、明里自身も前の円香の方が好きだからだ。

 

「ね、マドちゃん」

「何? お兄ちゃん」

「おにっ……んんっ! ……変な話して良い?」

「いつものことでしょ」

「……」

 

 ホント、よくもまぁ性格だけ変わらずに自分達との関係性だけ変化したものだ。こういう心的外傷があったりするのだろうか? 

 

「まず……ごめんね」

「何が?」

「昨日のこと……覚えてないかもだけど、タバコの件」

「…………は?」

 

 あ、冷たさが戻った、と少しだけ冷や汗をかく。この子、普通に怒ると怖いのだ。特に、オーラが。

 それでも、負けじと続ける。

 

「昨日のタバコ、実は……その、とおるんと……カッコ良いポーズ大会をしてたってだけで……吸ったりとか、買ったりしたわけじゃないんだ。……ね?」

「あー……うん。ちょっと、調子に乗ってた。……円香、頬についてる。おべんと」

 

 透からも援護射撃が入る。ありがたいが、こう言う時は姉モードを解除していただきたい。

 

「だから、変な誤解で傷つけちゃったかもしれないけど、許して欲しいな。……ごめんなさい」

「ごめんね」

 

 一緒に謝る透。すると、円香はしばらく黙り込みながら、顔を横に向ける。比較的長い前髪で視線がどこに向けられているのかも分からない。

 しかし、目は合わせられないのだろう、となんとなく分かっていた。

 多分、今の円香には何の話か分からないのだろうが、それでも何となく分かっているのかもしれない。

 だからか、ポツリと呟くように答えた。

 

「……一緒に寝て。三人で。それが、許す条件」

 

 それを言われて、透も明里も顔を見合わせる。

 ……そして、頷き合うと、微笑みながら円香の方に向き直って答えた。

 

「「もちろん」」

 

 とりあえず、丸く収まったことに、二人とも……特に明里はホッと胸を撫で下ろした。

 

 ×××

 

 さて、翌朝。寝た場所はリビング。三人で布団を敷いて、円香を間に挟むようにして、睡眠を取った。

 最初に目を覚ましたのは明里。ぼんやりした表情で、隣で寝息を立てている円香、さらにその隣の透を眺める。

 円香は……元に戻っただろうか? まぁ、どっちの円香も愛せる自信はあるが、やはり元の方が良いと思ってしまうのが本音ではある。

 まぁ、戻らなかったら戻らなかったで、また別の方法を考えよう……なんて思いながら、とりあえず横になったまま円香の頭を撫でた。

 すると「んっ……」と円香から不機嫌そうな声音が聞こえる。その後、遅れて寝起きブーストによるいつもの倍近く不機嫌そうな視線が、ぬぼーっと開かれる。

 

「おはよ、マドちゃん……起きた?」

「んっ……リカ?」

 

 あ、戻った、と一発で理解した。お兄ちゃんとは呼ばれなかったから。

 

「なんで……同じ布団で……あれ、ていうか……昨晩……」

 

 少しずつ……少しずつ、思い出していっているのだろう。比例して顔が赤くなっていくのですぐ分かった。

 やがて、寝起きから一気に真っ赤に染まり上がる。そして、両手で顔を覆いつつ、指と指の隙間からギロリと睨まれた。なのに、全然怖くない。

 

「っ……わ、わたっ……わたしっ、何を……!」

「大丈夫?」

「大丈夫なわけっ……な、何がお兄ちゃ……ゴフッ……!」

「マドちゃん⁉︎」

 

 吐血するように布団の中で蹲る円香。ちょっと心配になり、明里も布団の中に潜り込もうとした直後だ。

 

「大丈夫……グェッ!」

 

 両手が伸びてきて、胸ぐらを掴まれた。

 

「忘れて……!」

「ちょっ……苦しッ……!」

「わ、す、れ、て……ッ!」

「待っ……ぎ、ギヴっ……死ぬ……!」

 

 パンパンっ、と円香の手を叩くと、なんとか離してもらえた。けほっけほっ、と咳き込みながらも、ふと円香の顔を見る。真っ赤である。ものっそい形相をしているのにちっとも怖くないくらい真っ赤。むしろ愛おしさを感じてしまっていた。

 なので……不謹慎、というか良くないこと、と分かっていても、つい言いたくなり、言ってしまった。

 

「もう一回だけ、お兄ちゃんって呼んでくれたら、忘れてあげる」

「ーっ! ーっ!」

 

 再び胸ぐらをつかまれるが、それをハグホールドによって凌ぐ。

 

「ごめんごめん。冗談だから」

「最ッッッ低……!」

「俺もお姉ちゃんって呼ぶから怒らないで」

「あんたはいつもの事でしょ……!」

「え、呼んだことあったっけ?」

 

 ないことはないかもしれないが、いつもの事は言い過ぎな気がしないでもない……が、とりあえず話を逸らす。言わない方が良い事言っちゃったわけだし。

 

「まぁそのネタを抜きにしても、今後はもっと甘えてくれても良いからね。マドちゃん、外だとちょっと気を張ってるとこもあるから」

「……うるさい」

「ごめんごめん」

 

 頭を撫でてあげながらそう誤魔化すと、円香が胸の中で蹲ったまま掠れたような声を漏らした。

 

「………………ったの?」

「え?」

「…………ちゃん……ったの?」

「ごめん、マジ聞こえない」

「っ、だ、だから!」

「っ、な、なにさ?」

 

 声を上げられ、こっちもビックリしてしまう。

 そのビックリした声に円香は一瞬だけ冷静になり、再び掠れた声に戻しながら、おずおずと聞いてきた。

 

「…………お兄ちゃん呼び、可愛かった……の……?」

「……今が可愛い」

「聞いてない死ね」

「あーうそうそ。……そ、そりゃまぁ新鮮でとても可愛らしかったと思いますが……」

「……」

 

 答えると、円香は黙り込む。そして、丸まっている頭を少しだけ上に向ける。相変わらずの眼力でこちらを強く睨み付けていたが、やはり怖くない。というか、さっきの倍くらい顔が赤い。

 何を言い出すのだろうか? 少しソワソワしていると、すぐに円香はポツリポツリと声を掛けてきた。

 

「おっ……おにゅっ……っ……おにぃ、ちゃん……」

「……」

 

 やはり、可愛過ぎた。無理しなくて良いのに、と思う反面、やはり可愛いものは可愛かった。

 もう三回呼んで、なんて言いそうになったのを今度はグッと堪え、また頭を撫でた。

 

「マドちゃん、一生愛してる」

「……うるさい、しね」

「俺も呼ぼうか?」

「…………いい」

 

 なんて、朝から誰にも言えない糖度を発している時だった。円香のパジャマの裾を後ろからきゅっと掴まれる。

 円香がそれに気づいて振り返り、明里も釣られてそっちを向くと、透が寝惚けた顔で円香を見ていた。

 

「…………ずるい」

「は?」

「私も、お姉ちゃんって呼んで」

「…………は? (マジギレ)」

 

 勃発した。

 

 

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