浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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10月だけ2〜3話やります。


苺の果汁を一滴、垂らす。

 10月。修学旅行の日の朝は、何故かいつもより怠い。旅行が嫌だとか、面倒臭いとかではなく、なんか知らないけど頭が重いのだ。

 その怠さは学校に着くまで続くが、新幹線に乗る頃には既に消えている。不思議なものだ。

 それは円香も同様で、新幹線で透の隣に座っている頃には、柄にもなく少しワクワクしていた。なんだかんだ言って、京都と奈良は嫌ではないのだ。

 

「樋口、ポッキー食べる?」

「……食べる」

 

 なんで今食べてるの? なんて疑問は無駄である。もう開けてしまっているのだから、もらったほうが良い。

 

「いやー、いよいよだね。楽しみ」

「そんなにはしゃぐほどの事でもないでしょ。結局、有名どころばっか回るわけだし」

 

 結局、回るルートはもう一人の男子が決めた。大阪の食い倒れ旅行計画を3人で立てている間に、ちゃんと考えておいてくれていた。あれを提出した時の「やっぱ三馬鹿姉弟じゃん」という担任のセリフは円香の中の屈辱として残った杭となっていた。

 

「でもほら、やっぱ楽しみじゃない? 金閣寺とか、写真でしか見た事ないし」

「……浅倉ってそういうの好きだったっけ?」

「うーん……どうだろ。今までのイベントと違って、樋口以外の仲良い人と一緒にいるの、初めてだから。……ほら、この前の体育祭も楽しかったじゃん」

「……ま、確かに退屈ではなかったけど」

 

 修学旅行前にあった体育祭では、三人はもう一人の男子と一緒に障害物競走に出場した。三人とも、決して運動が苦手なわけではなかったこともあった……のだが、体育の授業の練習中、遊びに遊びまくっていた事もあって、障害物の突破に時間掛かった。

 特に、平均台の上で足を滑らせた菅谷が、股間を強打した時は痛みがわからない女ならではの爆笑が込みあげてきた。

 

「……あの時のこと、覚えてる?」

「忘れるわけないでしょ。あれもうホント、動画撮っときたかったくらいだし」

「その時の樋口も面白かったよ」

 

 あの時、なんと二位を獲得した。唐突に次のランナーだった円香が、バトンを受け取るポジションから抜け出したのだ。

 助けに行った……誰もがそう思ったが、バトンだけ抜いて捨て置いたのだ。それがまた波紋となって広がり、爆笑を呼んだ。

 

「あの時、ホント……ぷふっ、あいつのあんな姿……中々、見れないよね……!」

「いやいや、私が面白いって思ったのはそっちじゃなくて。……そっちも面白かったけどね」

「? 何?」

「いや、あのまま菅谷を……」

「呼んだ?」

 

 唐突に割り込んできた声に、窓際にいて通路がよく見える透はすぐに顔を上げて、通路側にいた円香は透の方を向いているため姿は見えなかったものの、誰だかすぐに分かったようでため息をついて答えた。

 

「やっほー、菅谷ー」

「やまびこー、浅倉ー」

「はぁ……バカ部族……」

 

 そう言ってから、ジロリと菅谷を見上げる。

 

「何しに来たの」

「ん、遊びに」

「走行中は必要以上に立たないでください」

「まぁ良いじゃん。菅谷も一緒に話そうよ」

「いや、席空いてないし」

「俺、体幹強いから」

「この前滑り落ちた人のセリフじゃないでしょそれ」

 

 それはその通りだ。説得力という言葉を知らないのだろうか? というか、体幹とかそういう問題ではない。普通に何かあった時に危ないというものだ。

 さっさと帰らせようと円香が口を開きかける前に、難しい顔で顎に手を当てていた透が、ふと思ったように聞いてきた。

 

「ねぇ、菅谷」

「? 何?」

「興味本位から聞くんだけどさ」

「だから何?」

「ていうか、立ったまま話す気? 後にすれば……」

「ソレ、強打するとやっぱ痛いの?」

「ブフッ……!」

 

 股間を指差しながら聞いてくる透の真横で、思わず吹き出してしまったのは円香だった。

 

「あ、あんた何聞いてんの……⁉︎」

「だって、気になるじゃん。私達に無いものだし」

「だ、だからって……!」

「痛いなんてもんじゃないから。猫とか犬で言うと、尻尾を踏まれた感覚なんじゃね?」

「あんたも答えるな!」

 

 なんなのか本当に分からない、このバカ達。女子である自分にはいまいち分からないが、あまり男は股間の話をすることに躊躇いが無いのだろうか? ……それとも、やはり人による? 透は全然、平気そうに質問してたし。

 いや、そんな事よりも、さっさと追い出した方が良い。

 

「良いから席戻って! この変態!」

「え、なんで変態?」

「い、い、か、ら!」

 

 ギロリと睨んで追い返すと、小さくため息をつく。本当にあいつはダメだ。何がダメって……それはもう、何もかもである。

 ……まぁ、種を蒔いたのは隣にいるバカだが。

 

「あーあ、行っちゃった……」

「浅倉も。バカな質問しないでくれる?」

「いやだって気になったし……尻尾踏まれた猫と同じ感じなのかな?」

「……それより浅倉、さっき何言おうとしてたの?」

 

 強引に話題を逸らした。何が悲しくて同級生のナニの話を、修学旅行中にしないといけないのか。

 話題を変えるには、さっきまで話していたことを持ち出すのが一番……なのだが、透にはそれが効かなかった。

 

「なんの話してたっけ?」

「……あ、富士山」

「え、どこ?」

 

 窓の外で話を逸らすことにした。

 

 ×××

 

 さて、無事に奈良に到着した。まずはクラス行動、それもバスで移動。午前中を使い切って、宿まで行き、デカい荷物を部屋に置いてから、お昼をとって奈良公園まで移動し、写真を撮ってそのまま班行動となる。

 まずはお昼を終えて、奈良公園まで移動して来た。

 

「わっ、マジでいるじゃん。鹿」

「ロデオ?」

「やらないでよ。やるなら、私が近くにいない時にして」

 

 冷たく返されたが、とにかく三人で歩いた。残りの一人は、仲良い友達の班と合流した。追い出してもいないし、お昼の時も普通に話していたのに、だ。

 

「なんでだろうね?」

「ホントだよ。そんなに昼飯の時、四人でやった『箸を使った一発芸大会』で自分だけ滑ったのが傷ついたのかな」

「あれほとんどいじめだったからね」

 

 本気で不思議そうにしている透と菅谷に、円香がしれっと苦言を漏らす。

 その円香に、透が言い返した。

 

「いやいや、樋口も中々、尖ったことしてたでしょ」

「それな。面倒だからって『ミサイル』とか言いながら、俺に箸投げつけたでしょ」

「それを菅谷が弾いてあの人のとこに行って、あの人が弾いて先生の鼻の穴に刺さったもんね」

「めっちゃ笑った」

「めっちゃ怒られたけどね」

 

 それだけの事があれば、普通の人は一緒に行動するのも嫌になるのも頷ける。それが正しいとは言えないが。

 

「ま、いいから動こう。奈良公園を一通り見た後は、法隆寺とか見に行くんだし」

 

 円香が言うと、二人は渋々、従った。

 こうして見ると、本当に奈良公園の風景というのは異形なものだ。何せ、野生の鹿が普通に生きているのだから。

 これら一頭ずつが天然記念物であり「ご神鹿」として讃えられているそうだ。

 

「ヒグっちゃん、写真撮ろうよ」

「良いけど……ねぇ、今変わった呼び方しなかった?」

「浅倉も。……自撮り出来っかな。鹿と。シカトされるかも」

「鹿だけに?」

「……ふふっ」

 

 透の返に笑いをこぼしてから、円香はハッとした。なんて浅いギャグで笑ってしまったのか、自分は。

 それを見て、透と菅谷もぷふっとほくそ笑むように笑う。

 

「今、ヒグっちゃん笑った?」

「超笑ってた。樋口、不意打ちに弱いとこあるから」

「別に『超』は笑ってないでしょ……!」

「ということは、不意打ちのくすぐりにかなり弱いのでは……?」

「後ろから脇の下にブスっみたいな?」

「みたいな」

「じゃないでしょ。やったら蹴り入れるからね」

 

 意外と鋭い蹴りが来そうではある。

 そんな中、一頭の鹿が歩み寄って来るのが見えた。クンクンと鼻を鳴らしながら、透の顔に寄っていく。

 

「わっ、こっち来た」

「懐かれてる?」

「あはは、顔舐めるの辞めて。痒くなりそう」

 

 意外とドライなことを言いつつ、他の鹿までさらに寄ってくる。何に惹かれているのか分からないレベルで寄ってきていた。

 

「え、ちょっ、スカート引っ張るのやめ……髪の毛に涎が……えっ、首筋舐めないで……ちょっ、ブラウスからビリって音が……」

 

 なんか、やばい気がする。円香も菅谷も、あまりの圧に距離をとってしまった。

 

「た、食べられる、草食動物に。二人とも助け……!」

 

 珍しい透の救助を呼ぶ声に、円香と菅谷はお互いを見て頷き合う。とりあえず、なんとかするしかない。

 

「どうしよっか?」

「おみくじ引いて浅倉の運勢を見ておこう」

「いやそんなじっくり対策してる場合じゃないでしょ」

「じゃあ、大仏様に助けを乞おう」

「なんで一歩目から神頼みなの」

 

 本当に不思議な性格している男だ。

 

「私が浅倉についてるから、何とか出来そうなもの買って来て」

 

 早い話が鹿せんべいの事だが、流石にわかるだろう。とりあえず自分はどうするか考え始める円香に、隣で菅谷がしゃあしゃあと聞いた。

 

「その前に写真撮らない?」

「……それはそうかも」

「ちょっ、二人とも後で覚えててね」

 

 本当に写真を撮り、さらにはその浅倉をバックにして二人も映り込んで撮った後、売店を見に行った菅谷の後ろ姿を眺めつつ、円香は透の方に向かう。

 

「とりあえず、鞄預かるよ」

「いや、鹿を預かって」

「それは無理でしょ。なるべくブラウス裂けないように立ち回ってて」

「いや立ち回るも何も動かないんだけど」

 

 実際、何もできないのだから仕方ない。鹿を後ろから引きずろうとしようものなら、後ろ足から強力な一撃をもらうかもしれないし、そもそも重たくて持ち上がらないだろう。フィジカルで言えば、人間より鹿の方が上なのだろうから。

 鞄だけ本当に預かって何とか抜けると「おーい!」と戻って来た。顔を向けると、菅谷は木刀を持っていた。

 

「こう見えて暴れん坊将軍見てたんだよ、俺」

「だから天然記念物だって言ってんでしょ。それで殺しちゃったら逮捕だから」

 

 追い返す。あの男、本当に何を考えているのか……と、思っていると、ビリッという音が円香にも聞こえてきた。

 

「ちょっ、浅倉。大丈夫? なんか裂けてない?」

「さっきから割と破れる音が……あ、ボタン飛んだ」

「ちょっ……どこの? ブラウス? スカート?」

「一応、ブラウスだと思う……ひやっ、だから頬舐めるのは……」

 

 一応、鹿の気を引けることはないだろうか? 

 どうしたものか考え込んでいる間に、またすぐに菅谷が戻ってきた。

 

「買ってきたよ」

「早いじゃん」

「走ったから」

 

 そう言うと、菅谷は袋の中をまさぐる。ようやくか、と円香はホッと胸を撫で下ろすと、中から出て来たのは大仏の絵がプリントされたTシャツだった。

 

「さっきビリって音がしたらしいから、Tシャツ買ってきたよ」

「役に立つけどそうじゃないから! 事後に使う物じゃなくて、今使うもの買って来なさいよ!」

 

 もう大声を上げてしまった。それにより、菅谷は走って売店の方に戻る。あの男、本当にバカだ。

 すると、また戻って来た。

 

「すごい、見て見て! 鹿のフンっていうチョコレート売ってた!」

「鹿せんべい買って来い‼︎」

 

 もう直球だった。言わなきゃ分からないらしい、あのバカタレは。

 追い返してからため息をつくと、鹿の中から透が呆れ気味に声を漏らす。

 

「なんであいつに買いに行かせたの?」

「……ごめん」

 

 透が友達を「あいつ」と言うことは中々ない。そういう意味で、本当に持っている男だ、あれは。

 ようやく戻って来た菅谷が、今度こそ鹿せんべいを買って来た。

 

「おーい、買って来たよ。鹿せんべい」

「じゃあ、気を引いて」

「はいはい」

 

 そう言うと、菅谷は袋からせんべいを取り出す。その直後だった。透の方に群がっていた鹿達が、一斉に菅谷の方を振り向く。

 

「えっ」

 

 そして、猛然と駆け出した。

 

「ちょっ、まっ……お客様、一人ずつお配りしますので、一列になってお並び下さ……」

 

 飲まれた。ひっくり返った菅谷に群がっている間に、透はとりあえず抜け出す。胸元のボタンが飛び、袖や襟が少し穴空いていて、身体中もベトベトでとてもこのまま観光を続ける気にはならなかった。

 

「……私、鹿嫌い」

「まぁ、着替えはあいつが買ってきてくれたし、着替えたら?」

「いや……このまま銭湯行かない? 近くにあるでしょ。上からはジャージ羽織るから」

「……そうしよっか」

 

 そう呟いてから、二人は未だに飲まれている菅谷に顔を向ける。まるでゾンビの群れに飲まれているように、片手を力なく掲げていた。

 

「……行こっか」

「うん」

 

 無情にも、二人は捨て置いて、コインランドリーが近くにある銭湯を探しに行った。

 

 ×××

 

 コインランドリーが近くにある銭湯を探し、二人で温まった。スカートを洗い、乾燥機に叩き込み、円香がそれを取りに行き、銭湯に戻ってから透はTシャツとスカートを履いた。ミスマッチだが、この際仕方ないだろう。

 珍しく腹を立てている透が、お湯の中で温まりながら愚痴るようにつぶやいた。

 

「ふぅ……まったく、菅谷は……」

「でも浅倉。実際、菅谷と逆の立場だったら、同じ事してたでしょ」

「しないよ」

「いや、少なくとも鹿のフンとTシャツは買ってた」

「……」

 

 否定し切れないのが困る。よくよく考えたら、仕方ないといえば仕方ないのだろうか? 

 

「言っとくけど、普通は一発で鹿煎餅が出るから。仕方なくはないから」

「たまに思考を読むのやめて」

「それはお互い様でしょ」

 

 幼馴染ならではの会話だった。

 ……まぁ、でもああいうノリも悪くない。なんだかんだ穴が空いたブラウス姿も、他の誰かに見られたわけではないし、終わりが良ければ全て良い。二度とごめんではあるが。

 何より、修学旅行中に銭湯に行くなんて、中々ある話ではない。こういう感じも、決して嫌いというわけではなかった。

 

「……ねぇ、樋口」

「何?」

「樋口はさ、菅谷のことどう思ってんの?」

「……何、急に?」

 

 なんとなく気になったので聞いてみただけだが、円香は少し嫌悪感を出した。

 

「……嫌いなの?」

「別に嫌いじゃない。嫌いだったら一緒にいないし。たまに鬱陶しいけど」

 

 円香らしいと言えば円香らしい答えだ。言っていることは決して嘘では無いのだろう。

 

「ま……あんまり男の人と絡んで来なかったのもあるけど、一番気を遣わないでいられる異性ではあるかも」

 

 実際、気を使ったことなんかない。気を使わない、というより、あんまり気を使いたくないだけでもある。

 向こうが自然体でいるなら、こちらも自然体でいたいと思っている。

 

「でも、体育祭の時は、わざわざバトンを取りに行ってあげてたじゃん」

「あれは、あのまま放置してたら負けてたから」

「菅谷をあのダメージのまま走らせたくなかったんでしょ?」

 

 言うと、円香はジロリと自分を睨んだ。

 

「は? くだらない事言わないで」

「違うの?」

「……」

 

 聞き返すと、円香は黙り込む。分かりやすい、と透は少し微笑んでしまう。円香が意外とそう言う風に接する相手は少ない。……まぁ、実際、円香もあの時は爆笑を必死に抑えていたので、透の言う事は2割程度しか含まれていなかったが。

 

「ていうか、浅倉こそどうなの?」

「え?」

「菅谷の事。どう思ってんの?」

「……」

 

 それを聞かれて、今度は透が黙る番だった。初めて話した時から、何となく思っていた事だ。

 お互いにお互いのペースを外す事なく出来る会話……あまり口数と語彙力が多くない透は、他人との会話に苦労する事も少なくなかった。いや、透は苦労せず、相手に労力をかけさせ、離れていくことが多かった。

 だから、ここまで通じ合える人物を見つけたことによって、透はもはや確信した。

 

「とっても気が合う奴だと思ってるよ」

「いやそんな当たり前のこと聞いてるんじゃなくて……」

「ずっと友達でいたい」

「……」

 

 本心を言ったのに、円香は鼻息を漏らしながらため息をついた。自分の勘違いなら、それはそれでいっか、と思うように。

 

「さ、そろそろ上がろっか」

「? なんで?」

「いや今、修学旅行中」

「あ、そっか」

「予定表に『行く』って書いた場所で一枚は写真撮っておかないといけないんだから。急いで」

「銭湯って書いてあったっけ?」

「あるわけがないでしょ」

 

 そんな話をしながら、お湯から上がった。身体を拭きながら、下着を付けてから髪を乾かす。他にお客さんがいないから、ほぼ貸切状態なわけで、わりとやりたい放題できた。

 

「とりあえず、私スカートどうなってるか見てくるから、浅倉ここで待ってて」

「うん」

 

 上半身の着替えはあるが、スカートの代わりになるものは持ち歩いていない。宿に置いてきたでっかい荷物の中だ。

 先に着替えを終えた円香が出ていき、しばらく待機。暇なのでスマホを見ると、雛菜や小糸から連絡が来ていた。

 

「ふふっ……」

 

 まだ奈良まで出て来て半日くらいなのに、本当に可愛い子達だ。

 そう思いながら笑みを浮かべてトークルームを覗くと、円香が送った、透が鹿に襲われている写真にコメントを送って来ていた。

 

 福丸小糸『透ちゃん、大丈夫⁉︎』

 ひなな〜♡『透先輩、モテモテ〜♡』

 

「……」

 

 いつのまにか、送られていた。まぁ、円香もああ口で言ってはいたが、こういう写真をしれっと送っている所を見ると、菅谷と一緒でもやっぱり楽しんでいるようだ。

 そのことを小さく微笑みを浮かべて噛み締めながら、とりあえず一通、送り返した。

 

 浅倉『樋口、後で覚えてろ』

 樋口円香『分かった。スカート置いてくるね』

 浅倉『ごめん、嘘』

 

 弱かった。

 

 ×××

 

 銭湯から出た後は、とりあえず菅谷と合流する為に電話をかけた。これがまた良いタイミングで、電話をかけた直後、映画館のアナウンスが聞こえてきた。あと一歩遅かったらチケットを買われている所だった。

 さて、電話で待ち合わせ場所を決めて、スマホのマップを眺めながらなんとか合流地点に向かうと、既に菅谷は到着していた。……アイスを食べながら。

 

「お待たせ、菅谷」

「……あ、来た」

 

 顔を向けた菅谷は、透の方を振り向くと、少し目を丸くした。それもそのはず。透は鞄の中に畳んでしまっておいたブレザーと、その下に買ってあげた大仏のTシャツを着ているから。

 

「すごいな、浅倉。なんでそんな変な服装なのに、絵になるの?」

「プフッ」

 

 吹き出したのは円香。いや実は同じことを思っていた。何故、そんなにその服装が似合う? そして何故、似合うのに面白い? 

 しかし、その反応もセリフも透にとっては地雷だったわけで。笑顔のままピシッと凍り付くと、とても透とは思えない速さで菅谷の手首を掴んだ。

 

「っ、な、何……?」

「そういえば、覚えててねって言ったよね」

「いや、そういえばって……本人が今、忘れてたよね……?」

「思い出したからノーカン」

 

 そう言いながら、透は後ろから菅谷の背中に回り込み、両肩に手を置く。

 

「っ、な、なに……?」

「よっ、と」

「うおっ……重っ⁉︎」

「……なに?」

「ぐえっ……し、締まってる! 絞まってる!」

 

 背中に飛び乗った直後、失礼な言葉が聞こえたので、首を絞める。後ろに落としそうになったのを、慌てて支える。

 

「っ、な、何してんの⁉︎」

「まったくなんですけど」

 

 同意したのは円香。少し驚いたように透を見上げてしまった。……が、その円香には透の鞄が放り投げられ、普通に避けた。

 

「え、なんで避けんの?」

「いや、持ちたくないし」

「ダメ。樋口もなんだかんだ写真撮ったし」

「いや、スカート洗ったでしょ」

「ダメ。勝手に送ったし」

「……ていうか何なの?」

「ホントだよ。いい加減重……ギェっ!」

 

 学習能力のないバカを無視して、透は高らかに宣言した。

 

「鹿の時の罰。樋口は荷物持ち、菅谷は私持ち」

「はぁ?」

「私持ちって一体何」

「良いから。ほら、行こう。金閣寺までこのまま!」

「その距離は俺死ぬ」

「法隆寺でも死ぬほど離れてるよ」

「ほらほら、早く!」

 

 そう言って、透はズシッと菅谷の背中に体重を預ける。

 

「い、いや……あの……ほんと、勘弁して……」

「? なんで?」

「いやほら……普通に公衆の面前に出てるわけですし……それに、ここから法隆寺って電車乗るし……」

「関係ない……というか、そんなの気にするタイプじゃないでしょ」

 

 珍しく、口数が多い透に論破されていく。いや、円香も目立つからおんぶはやめて、やるなら私が離れてからにして、とまで思っているが、確かに菅谷は人の前でおんぶする事くらい気にしない。

 他に何か要因があるのかな? と思って顔を覗き込むが、特に変わった様子はない。少し目が泳いでいるくらいだ。

 

「……ま、それやるなら私、少し離れるから。公衆の面前でサーカスやってる集団と思われたくない」

「あ、うん。迷子にならないようにね」

「世界で一番、あんたが言うな」

 

 それだけ言って離れていく円香……を眺めながら、透は少し不思議そうに真下の少年を眺める。

 まぁ、何にしても関係ない。恨むのなら、ピンチの自分を捨て置いて遊び倒してた自分を……と、思っている時だ。透の視界に入ったのは、菅谷の耳。なんか、ほんのりと赤い。

 

「ねぇ、菅谷」

「な、何……?」

「もしかして、照れてる?」

「……」

 

 いや、まさかそんな……いや確かに前、濡れた体操着姿の自分達を見た時、動揺していた。でも、まさかこのすっとぼけた男に、そんな情緒があるとは……なんて、透らしくなく熟考していると、菅谷らしくなくハッキリしない声音で返事を漏らした。

 

「…………うん。照れ、てる…………」

「…………」

 

 不覚にも、透の耳まで赤くなった。少し、大胆な真似をした自覚はあったが、正直ノリのつもりだった。異性でも、菅谷なら良いか、みたいな感じ。

 しかし、その菅谷にも弱点はあった。この子、アホほどウブだ。思わず、透の胸の奥がキュンっとする程。

 さっきまで酷い目に遭わされたこともあって、透は意地悪そうにニヤリと微笑んだ。そして……。

 

「さ、ほら早く運んで? 法隆寺までで許したげるから」

「……へいへい」

 

 そう言いながら、三人で奈良観光をした。

 

 ×××

 

「……」

 

 二人を眺めながら、円香は黙って離れて歩く。遠くで見ている円香には、いちゃついているカップル……には見えなかった。二人にイメージカラーをつけるのなら、二人とも無色透明なだけあって、あれだけの様子を見ていても普通に友達同士に見えるのだから不思議だ。

 ……とはいえ、透の様子は少しいつもと違う様子に見えるが。あんな透は、長く付き合ってきたけど初めて見る気がする。

 ま、何にしても、とりあえず面白い絵である事には変わりない。

 ちょうど、透の横顔で菅谷の顔は見えない。その方が、なんか絵的に映えるような気がする。

 そう踏んで一枚撮った。

 

「……」

 

 楽しそうにしている透の横顔が、ほんの少しだけイラっとした。なんで自分一人だけ外れて、二人が楽しそうにしているのか。

 勝手に外れておいて、勝手にイラついた円香は、その写真を四人のグループに流した。

 

 

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