ようやく、大学生の夏休み。初の期末試験は余裕のよっちゃん、といつの時代の余裕の表現なのか、と言う言葉を思い出す程度には出来た明里は、とりあえず元気でいた。
それは、円香はもちろん、透も同じ。「勉強しないでも良いけど、とおるんが留年しても俺とマドちゃんは卒業するよ」のセリフが効いたようで、持ち前の集中力を活かして完璧な回答で提出したらしい。
さて、そんなわけで、今日は休み。明里は少し退屈そうに家でのんびりしていた。
「うーん……暇だし『マドえもん、透と昆虫大決戦』のジオラマでも作ろうかな」
「何それ。めっちゃ楽しそう」
同じように暇していた透が食い付いた。ちなみに、円香はお仕事でいない。
「よしっ、やるか。とおるん」
「うん」
「でもそのためには、マドちゃんの部屋からそれを取ってこないといけない」
「え、円香の部屋にあるの? 虫のおもちゃ」
「え? 虫のおもちゃもあるの?」
「え、ないの? じゃあ何取りに行くの?」
「マドちゃんととおるんのおもちゃ」
「え、何それ?」
「探そうぜい」
「あー、うん」
と、噛み合っているんだか噛み合っていないんだか分からない会話で、そのまま円香の部屋へ。
円香の部屋に入ると、やはり綺麗なものだ。普通の部屋。前々から思っていたけど、少し特徴が無さすぎる。唯一、特徴的なのは壁にかけられたコルクボード。自分達三人と、ノクチルの思い出写真を画鋲で止めて貼っつけてある。
普段、ドライで冷めているように見えて、こうして思い出を大切にするあたりは本当に表には出さない人である。
勿論、明里も写真は飾っているが、こんなにたくさんは出していない。カマキリが持っているように見える写真立てなどだ。
「何処にあるかな?」
「んー、まぁ適当に」
「だね」
ちなみに何故、円香と透のフィギュアがここにあるかと言うと、当たり前のことながら没収されたからだ。普通に恥ずかしかったらしい。
でも、正直割と高かったので返して欲しい所だ。そんな風に思いながら、透と二人で部屋の中を見ていると、目に入ったのは本棚。高校の卒業アルバムだ。
ずっと三人……途中から五人でいたわけだが、他に友達からメッセージとかもらってるのかなーと思いながら取り出し、四角い箱の中からアルバムを取り出すと、中身は卒アルじゃなかった。
「え」
プラスチックのカバー背表紙には「明里の切り抜きVol.1」と書かれていた。その隣には透の名前もある。
え、俺ら? と思いながら開いて中を覗くと、出て来たのは、デビュー誌の自分の切り抜きだった。
そこから全ての自分の切り抜きが、紙に貼り付けられて、その紙がファイルの中のビニールシートの中に入れられていた。
「……わぉ」
「何見てるの? ……わぁ」
透も後ろから覗き込んで、声を漏らす。なんか……見ちゃいけないものを見たような気がする。
こんなの見たって、もし円香にバレたら……いや、そうでなくても、明里の部屋は勝手に物色するが、自分の部屋を捜索されたらマジギレしそうな円香に現状をバレるだけで終わりだろう。
「とおるん……」
「ん」
見なかったことにして、立ち去ることにした。うん、やはり勝手に人の部屋を漁るのは良くない、と思いながらお互いに頷き合う。とりあえず……。
「今日の夕食は、マドちゃんが好きなものにしよっか」
「うん」
なんて話しながら、無言で部屋を出た。
さて、そうなると何して遊ぶか、だが……二人とも、夏に備えてお金は使いたくないため、外に出るのは控えていた。
どうするか悩んでいると、透が「あっ」と声を漏らした。
「そうだ、リカ。なかったっけ、プール」
「や、だからお金使うのは……」
「じゃなくて。家に」
「……ああ、ビニールの?」
「そう」
確か、父親に貰った奴があった気がする。早速、二人で見に行ってみた。倉庫のように使っている押し入れを開けて、それっぽいのを探す。
上の方に大きな箱があったので、二人で頷き合うと、まず明里がしゃがんだ。その肩の上に透が跨り、明里は足を握って立ち上がる。
「肩車。力持ち」
「とおるん軽いから」
「ふふ、ナイス気遣い」
「え、いやホントに。高三の冬に比べると全然、軽」
「えいっ」
「痛いよ……」
余計なことを言う馬鹿を黙らせて、棚の上の方に手を伸ばす。そして箱を両手で持つと「取ったよ」と合図を送り、降ろすために屈む……が、透はそれを拒んだ。
「このままがいい」
「え?」
「はい、リビングまで。出発進行〜」
「はいはい……」
言われるがまま歩き出す明里。とはいえ、170ちょいある身長の明里が、決して背が低いわけではない透を肩車しているので当然、普通にリビングには入れないのだが。
ドアノブを開けた時点で、透がゴッと頭をドアの縁にぶつけた。
「ごめん、おろして。やっぱり」
「はいはい……」
降ろしてから中に入る。
さて、改めて箱を開けた。中に入っているのはビニールのプール。綺麗に折り畳まれていて、足で踏むタイプの空気入れもセットになっていた。
「どうする?」
「やっちゃう? 家プール」
「でも……どこで?」
「リビング。外はあれだし」
「え、家濡れない?」
「ビニールシート敷けば良くない?」
「そうね」
すぐに方針は固まった。二人とも頷き合うと、テキパキとリフォーム開始。
まずはソファーを端に寄せ、ソファーの前の机も寄せて、食卓に使っている机と椅子も壁沿いへ。
その後は、テレビなどの濡れたら困るものに布を被せ、床にビニールシートと新聞紙で二重にして敷いた。さらにその付近をタオルなどでとにかく広範囲に守りを固めていった。
あと、壁もハンガーと洗濯バサミを用いる事でガード。これなら、まぁ多少は濡れるかもしれないがそんなに大きな被害は出ないだろう。
さて、最後にプールを膨らませる。
「俺やるから、とおるんは水着に着替えておいでよ」
「サンキュー」
これは一人でしか出来ないので、着替えにおそらく時間がかかる透を先に行かせた。
シュコシュコと空気入れを踏みながら、ちょっとだけワクワクしていた。こんな風に家のプールで遊ぶのなんて初めてだ。
その楽しみがエネルギー源となり、空気入れは加速して行った。速攻で終わらせ、ホースを蛇口から繋いで水を入れ始めている時だった、
「わぁ、もう終わってんじゃん」
後ろから声がかかり、振り返る。そこにいたのは、当たり前だが水着姿の透だった。首の後ろと腰を紐で結ぶタイプの白いシンプルな水着。
思わず、見惚れてしまった。去年と同じ水着であるはずなのに、やたらと色っぽいその姿に。
あ、あれ? なんで? と、明里は少し狼狽える。ここ数年はほぼ毎年、海とかに行っていたのだから、慣れてきたはずなのに……もしかして、普段水着でいない場所で水着になっているから、だろうか?
しかし、円香と一緒にお風呂に入った時も水着だったはず……リビングと洗面所の差だろうか?
顔が真っ赤になった明里は、目を逸らす。それを見るなり、透はニヤリと微笑む。
「照れてる?」
「……うん。その……家の中で水着でいるって、ちょっと変な感じがして……」
「すけべ」
「う、うるさいな……」
「うん、自分で言ってあれだけど、リカ全然すけべじゃないよ。もう少しすけべでも良いくらい」
「えっ、や、やだよ……」
「……」
本当に自分で言ってアレな話である。言動が自由にも程がある。
「と、とにかくもう少し待ってて。もうすぐ入れ終わるから」
「私、替わるから。着替えたら?」
「良いの?」
「ん」
「じ、じゃあ……行ってくる」
それだけ話して、明里は自室に戻った。いや正直、助かった。さっきのは不意打ちだったが、心の準備をすれば打ち払える程度の煩悩だったから。
深呼吸して、自分も去年の海パンを引っ張り出して着替えを終えた。ついでなので、タオルとかも用意してリビングに戻ると、水は程良く入っていて、ホースは丸めて出窓から外に置いてあり、透は既に入水していた。
うん、大丈夫。精神統一のお陰で。
「やっほー、おいでリカー」
「どんな感じ?」
「グーだと思う」
「じゃあ、俺も入るね」
そんなわけで、明里も入水。少し冷たいが、クーラーは切ってあるしちょうど良い。
とりあえず、お風呂の要領で肩まで浸かろうと足を折り曲げる……が、水の中の約3割を透の脚が占めていた。たかだか3割と思うなかれ。割合で言えばその程度でも、円形のものに二本の棒状のものを入れれば、こちらの範囲も限られたものになるのは必然だ。
それに気付いた透は、膝を折り曲げてお尻の横に両足首を置く。
「いえーい、いらっしゃいー」
「……」
「? リカ?」
思ったより、その……近い……。それも、水着のまま。あまりの至近距離に、目のやり場に困ってしまった。何せ……透の胸は高3からさらに育って来たのだから。
「あ、撮るか。写真」
「あ、う、うん……」
透に肩を寄せられ、写真を撮る。透がスマホを構えたので、とりあえずそちらに顔を向けた。
「おお〜……よく撮れてる」
「よ、良かったね……」
スマホをいじる透の横で明里は頬を赤らめたまま俯いた。
水着によって締められ、以前より強く象徴されている谷間を見ないように目を逸らしていると、その明里の顔面に水がスプラッシュ。
言うまでもなく、いつの間にかスマホを遠くに置いて来た透の仕業である。
「もがっ⁉︎」
「隙アリ」
「……」
二秒で照れから戦闘モードに移動した。ニヤリと微笑んだのは明里も同じ。
「やったなー?」
「やったー」
「覚悟しろー!」
「良いだろう……ただし、貴様を倒す覚悟ならな」
「どこで覚えたのそのカッコ良いセリフ」
なんて話しながら、水かけっこが始まった。至近距離の掛け合いなので、お互いにノーガード。とにかくバシャバシャと掛け合いになった。
「浅倉スプラッシュ」
「菅谷オブ・ジ・アース」
「浅倉ビッグサンダー」
「菅谷オブ・テラー」
「浅倉スペース」
「菅谷アクアトピア」
二人を知らない人から見れば楽しんでいるようにはとても見えない様子だが、知っている人間からすればこれ以上ないくらいにエンジョイしてしまっているわけで。
ふと明里が手を止めると、中の水が半分以上、溢れているのが見えた。
「ごめん、とおるん。ちょっとたんま」
「浅倉ハニー……え、何?」
「水、ほとんどないんだけど」
「……あ、ほんとだ」
辺りを見回す。家の中にいながら、水溜りが数カ所にできていた。下準備をしておいて本当に良かったと思ってしまうほど。
……というか、よくよく見ると透の肌は鳥肌が立っている。まぁ、夏とはいえ当然ながら温水プールではないし、当たり前だ。
「少し、休憩しよっか。タオル用意してあるから……」
「んー、タオルはいいや」
「え?」
そう言うと、透は明里の上半身に倒れ込むように抱きつき、そのままプールの縁に二人揃って体重をかける。
それと同時に、両足は反対側の縁からはみ出させ、だらしなく伸ばし、思いっきりリラックスするような姿勢になる……が、もちろん明里は水着という薄着すぎる透が密着して来ているので落ち着かない。
「あっ……あの……とおるん……?」
真っ赤な顔のまま、透の方へ顔を向ける。自分の肩に頭を置いた透が、相変わらず綺麗すぎる笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ふふ、あっためて。リカが」
「っ……あ、あの……」
恥ずかしいんだけど……なんて言葉が出そうになったのも束の間、目に入ったのは、ピアスが外された透の耳。それは、中三のボランティアの時に見た時のように赤く染まっていた。
おそらく透も気恥ずかしくはあるのだろう。好きな人同士とはいえ、異性とここまでくっ付いているのだから当然だ。
それでも……やはり、くっ付いていたい。お互いにお互いの温度を感じていたい。その一心でここまでしてくれている。
なら、明里も「恥ずかしいから離れろ」とは言えなかった。
「とおるん」
「ん? ……んっ」
むしろ、なんか可愛かったので、思わず唇を重ねてしまった。透の顔の赤みが、耳から全体に広がる。
唇を離し、プハッ……と息を吐く。5〜6秒ほど押し付けて離しただけだが、つぅっ……と、二人の口を繋ぐように垂れていた唾液が、そのまま落ちて明里の肩の上に落ちたが、気にすることはなかった。
「……あったまった?」
「ふふ、顔真っ赤。ウケる」
「とおるんも一緒だよ」
「む……じゃあ、今度はこっちの番」
少しむすっとした透が、今度は明里にキスをする。やはり、明里より男らしく、わざわざ顎に手を添えて、足を絡めてからそれをしようとしてきた。
明里の頬が赤く染まる。ホント、なんで自分に対してだけそんなに負けず嫌いになるのか……と、思っている時だった。なんか太ももに「じょりっ……」と言う変な感触。
それと同時に、透が「んっ……」と、やたらと色っぽい吐息を漏らした。え、何今の……と、少し思うのと同時、透もやはり顔を赤くしている。……それも、さっきと比にならない程。
その後、ぷよぷよと二人の体の間を通って流れて来たのは、紐が解けた透の水着(下半身)だった。
「えっ」
「あー……そういうノリ?」
反射的に揃って下を見た直後、視認した時点で明里の鼻から赤い液体が漏れ出すと同時に意識を失った。
×××
「や、だから気絶したいのこっちなんだけど……」
目の前でぶっ倒れた明里を見て、透はため息をつく。いつ明里に襲われても良いように生やしっぱなしにしていたわけではないが、まさかこんな形で見られるとは……去年のとはいえ、ちょっとキツくなっている水着を無理矢理、着たのは失敗だったということだろう。
さて、どうしたものか……正直、さっきの一瞬だけ生じた快楽は、過去に自ら行って来たもののどれより大きかった。
……もう一度だけ、試してみようかな。なんて思ったが、すぐに訂正した。そういうのは、三人いる時だけだ。
理性で反応を抑え込むと、とりあえず下半身に水着を履かせる。気絶しているとはいえ、下半身丸出しで横にいるのは恥ずかしいものだ。
というか、そろそろ水遊びも終わりかもしれない。このまま明里を放置すれば確実に風邪を引くし。
そんなわけで、透はまずプールの中から明里を引っ張り出した。床の上にはビニールの上なのでびしょ濡れだが致し方ない。
続いて、プールの中の水は庭に捨て、そのまま放置して乾かす。その間に、防水に使っていたタオル系を床に敷いて、その上に明里を置いた。
「よし……」
……先に、明里の着替えを済ませよう。と、決めて海パンを脱がそうと思った時だ。
「ん、う……」
「え」
「あぇ……とおるん?」
目を覚ますの早い、と少し狼狽える。確かに五分で目を覚ます時もあるが、長くて半日以上、寝ていることもあるのに。
「お、起きた?」
「……あれ、おかしいな……プールの中で寝ちゃったのかな」
「は?」
まさかこいつ……記憶がまた飛んだのだろうか? いやいやいや、待て待て待て。こちとらデリケートゾーンをゼロ距離で当たっちゃったのに、自分にだけ記憶があってそっちにはない? そんなな、納得いくはずがない。
もう一度、何かしてやろうか……と、思った時だ。何も分かっていないアホタレは、腕を組んだまま呟いた。
「なんか、こう……申し訳なさとラッキー感が混ざり合ったようなことがあった気がするんだけど……」
「……」
今、なんと言った? 申し訳なさと……ラッキーさ? あの明里が……自分のソレに太ももが当たった出来事をラッキーと?
なんだろう……この、なんだろう……なんか、変な親目線になってしまう感覚は。嬉しさと……心の成長を感じた。
「ふふ、リカ。愛してるわ」
「えっ、な、何急に……?」
「3000回」
「じゃあ……俺は3001回」
「ふふ、嘘。私は3003回かも」
二人揃ってアホな事を言いながら、クスッと微笑んだ。
さて、これからどうするか、だが……せっかく目を覚ましたのだ。もっと遊びたい。
「じゃ、リカ。もっかいプールやろっか」
「良いね。ていうかせっかくだし……使っちゃう? 屋上」
「……良いね」
そうだ、そこなら真夏のビーチの完成だ。少しワクワクして来た。
そのまま二人で屋上に上がって、水かけっこを全力でエンジョイした。
×××
「……で、そのまま屋上で遊んで水の中で気持ち良くなって二人揃って居眠りこいてリビングの片付けも忘れた、と?」
リビングにて、カンカンに怒っているのは帰ってきたヒグトラマン。そして怒られて水着のまま正座しているのが、ブラックアカリとトオッル星人である。
「バカなの? 年いくつ? なんちゃいでちゅか?」
「19ちゃい……」
「18ちゃい……」
「何その口調。バカにしてんの?」
「「すみません……」」
お前も使ってただろ、なんて言おうものなら終わりだ。実際、円香は自分達バカを叱っているのだから。
「とにかく、さっさと片付けてまずはご飯を食べられる状態にしてご飯を作って。仕事して帰って来た人に家事をやらせるようなことはやめて」
全くもってその通りである。今日、休みだった二人は子育てや家事に勤しんでいたわけではないのだから。
「じゃあ、まずは着替えて来ます……」
「私も……」
「は?」
「え?」
「先に片付けてご飯作って。それから着替えに決まってるでしょ。何甘ったれてんの?」
「え、いや……あの、流石に風邪……」
「……」
「さ、先に片付けます……」
無言の圧力に負けて、二人で片付けはじめた。
まずは床のビニールシートから水を落とさないように運び、流し出す。
「とおるん、反対側持って」
「はいはい。ゆっくり」
「丁寧に……よし」
「まだ水滴残ってる」
「……もういい?」
「ん。あとは干しとこう」
そのまま竿に干しておいて、次は新聞紙を束ねて破棄。
「よっ、とっ……ほっ」
「とおるん、集めた奴もらうよ」
「ありがとー。このまま拭いちゃう? 窓」
「良いね」
と、ついでに軽く掃除も済ませて、ゴミ袋に放り込んだ。
続いて、防水用に使っていたタオルで床や壁を拭き始める。水滴が飛んでいるかもしれないから。
案の定、細かい飛沫が床や壁だけでなく机や椅子、ソファーなどにも飛んでいたので、念入りに拭き取る。
「リカー、タオルどうする?」
「もらう。洗濯機入れるから」
「じゃあ、一緒に運ぶわ」
「え、なんで?」
「ん、円香と二人きりになりたくない……」
「ああ、うん……」
ご立腹だから。
そのまま二人はタオル類を洗濯しに行く……その様子を眺めながら、円香は不愉快そうに立ち上がった。
気に入らない。結局、自分を抜きにして楽しそうにしているのが心底、気に入らない。
ツカツカと歩くと、まずは屋上に向かう。狭い正方形に見えるスペースに、まだ片付けられていないプールがあった。
「……」
残っている水にぷかぷかと水鉄砲やらアメンボのおもちゃやらが浮いていて「楽しかった後」と言うタイトルで絵を描いて夏休み後の美術の課題で提出すれば入賞できそうな絵が目の前にあった。
その後、自室に戻った。そして、去年の水着を引っ張り出す。去年の水着を見てみた。
……まだ、着れるだろうか? せめて、明日だけでも……うん、トライしてみよう。
とりあえず、上半身の服を脱いで、下着も外し、その上からビキニを……と、思って腕を通した時だ。
「そうだ、マドちゃん。晩ご飯何が良……え」
「……は?」
バカが入って来た。ノックしろコラ、とかは言わない。正直、もう襲われる覚悟も襲う覚悟もあるので、下の毛のケアさえしっかりしている始末だから。
円香にとって恥ずかしかったのは……羨ましさの余り、水着をいじっているところを見られた所だった。つまり……。
「っ……〜〜〜っ!」
「わ、わわっ……ま、マドちゃんまって……ごめんなさ」
「ノックくらいしろミスターピュア魔神!」
「ぐへぇっ⁉︎」
近くにあった枕を放り投げて追い出してしまった。
×××
そんなこんなあって、食事を終えてお風呂。明里が海パンのまま後片付けをしてくれている中、円香はお風呂に入った。
今日は色々疲れたので、ぬるめのお風呂を溜めて湯船に浸かる。いやホント、どちらかと言うと仕事の後の方が疲れたが、まぁどうでも良い。バカ達が反省したのなら、今は何も言わないでおく。
しかし……明日は言えば自分もプールに入れるだろうか? お願いしてみ……るのは癪なので、普通に脅迫する事にした。
なんて考えている時だった。お風呂の扉が開いた。
「やっほー、円香ー」
「……何」
裸で入って来たのは透。ひらひらと手を振りながら、シャワーをキュッと捻る。
「良いじゃん、たまには。あれ、背中流そうと思って」
「……もう洗い終わってるんだけど」
「じゃあ流して」
「絶対に嫌」
なんでこっちが流さないといけないのか。絶対に頭おかしい。
向こうも本気で言ってなかったのか「知ってる」みたいな顔をして体を流し始める。
「で、何?」
「何が?」
「なんでお風呂一緒?」
「んー、なんとなく」
「……」
嘘ではないのだろう。透の行動に一々、意味なんてない。あったとしても、行動した時には忘れている可能性が高い。
まさに今がそのパターンだ。……多分、円香だけ仕事で自分達だけアホなエンジョイをしていたから、仲間はずれにしないため、みたいな考えだったのだろう。
……ま、もう忘れているので、こちらから余計なことは言わないが。
「そういえば、透。今年はどうする?」
「何が?」
「夏休み。リカの別荘?」
「あーどうするか」
「私はどこでも良いけど」
「毎年海だし……今年は別のとこ?」
「例えば?」
「沖縄」
「それ結局海でしょ」
「じゃあ、石垣島」
「何も変わってない」
「宮古島?」
「もう分かったから」
分かっててやっているのだろう。だから腹立たしいのだが、まぁ透を前にしてその程度のことで腹を立てるのは中学を上がる前にやめた。
「ていうか、まず雛菜と小糸も一緒にするか、でしょ」
「あー……あ、そうだ。円香」
「何?」
「今日なんだけどさ、見られたわ」
「何を?」
「ん、ここ」
透の指差した先を見て、思わず吹き出してしまった。……何故なら、透の全身で唯一、陰毛が生えている箇所だったからだ。
「は⁉︎ あ、あんたら……な、何して……!」
「今日着てた水着、キツくて。はしゃいでたら脱げたわ」
「いや『脱げたわ』じゃなくて……!」
なんだその状況。逆に下半身見られて何もなかったのだろうか? ……なさそう。あのバカ、失神するし。
「大丈夫、その後すぐにリカ失神したから何もしてない」
ほら見たことか。
それで良いのか、男子大学生……と、思いながら、とりあえずシャンプーを手に垂らしてシャカシャカ手を動かし始める透に聞いた。
「え……なんでそんな事になったわけ?」
「聞こえん」
「後で聞くわ」
終わるまで待機。ホント、透もなんだかんだ女の子で、ちゃんと髪を傷つけないよう丁寧に洗っていた。
さて、ようやく終わったので、また聞いてみた。
「で、なんで?」
「トリートメントしてからで良い?」
「……さっさとして」
「どうもー」
よかった、ぬるま湯で。あったかい奴だったらのぼせてた。
さて、トリートメントを終えてようやく話が進む。体を洗い始めた透に、改めて聞いた。
「で、なんで?」
「何が?」
「股間見られた理由(直球)」
「ああ、なんでだっけ……あ、そだ。去年の水着着てはしゃいでたら解けたんだ」
「……」
明日、やはりプールに入るのはやめておこうか……。
「でー……なんだっけ。それでなんか言おうとしてて……」
「報告じゃなくて?」
「忘れたわ。なんかあったんだけど……」
話しながら、透は悩み始めつつ、わしゃわしゃと身体を洗う。
しかし……と、円香は透の身体を眺めながらつくづく思った。女性の身から見ても、透のスタイルは抜群だ。胸も高3を経て大きく育ち、お腹周りはうっすらと割れているほど細く、腰回りは再び大きく主張。足も細く長く、腕も肩から指先まですらりと細く長いしなやかなレイピアのように伸びている。
……これのえっちな部分を見て発情するより気絶するとか……もしかして、明里って……性的興奮を催さない人なのだろうか?
「透……もしかしてリカってさ……」
「ん?」
「なんかそういう……ゲイとかじゃなくて、性欲がない人とか?」
「あ、思い出した」
「は?」
「リカ、気絶して目を覚ました時言ってたわ。『なんか、こう……申し訳なさとラッキー感が混ざり合ったようなことがあった気がするんだけど……』って」
「……それって」
「そ。一応、ラッキーとは思ってたみたい」
なるほど、それならやはり性的興奮くらいはあるのか、と少しホッとする。……というか、なんか心の成長を感じで涙が……。
「ぐすっ……あの、リカが……」
「分かるわ、気持ち。私も感激したわ」
およそ彼氏に抱く感情ではない自覚はあったが、仕方ない。あの異常な男が相手では。
「でさ、円香」
「何?」
「今年の夏休みの旅行で、リカのこと襲っちゃおうよ」
「……は?」
「や、危なかったんだよね。見られて、リカが失神した時。今ならやりたい放題できる、的な」
「……」
なるほど、と少し理解したように円香は頷く。……確かに、一緒に暮らしていれば、自分も今日裸を見られたし逆もまた然り……というか、そんな性欲の限界がどうこう以前に、健全な大学生カップルが三ヶ月一緒にいて何もしてないってどういうことか。
「うん。襲い掛かろう。ガバっと」
「向こうから絶対来ないしね」
なんで結託して、とりあえず今年は別荘にすることにした。ホテルとかにしちゃうと、ベッドが汚れてしまうかもしれないから。