旅行の朝は、普通に仕事がある日より早い。何故なら、混むのを避けないと予定が遅れてしまうから。早く着く分には構わないが、遅く着いたら遊ぶ時間が減ってしまうから。
さて、そんなわけで、明里達は朝六時に家を出て、小糸と雛菜を拾いに行った。
レンタカーは前日のうちに、借りておいたので早朝から出発できた。まずは雛菜の家からだ。
「いえーい。いくぜー」
「うぇーい」
「はぁ……」
と、明里の運転で、雛菜の家に向かう。借りたワゴン車は割と大きめで、必要な荷物は全部詰め込み、後ろで少しガタガタと音がする。
「なんか……重いな、こう……重量感が」
「運転してるのに?」
「いや、あるんだよ。車でも重さを感じることが。ねぇ、マドちゃん?」
「うん。ある。……知りたかったら、透も運転して」
「お、良いね。やっちゃう?」
「やめて」
「ふふ、ウケる」
なんて話しながら運転する事しばらく、ようやく市川家の前に着いた。今更ながら、受験生なのに大丈夫かな……と、思わないでも無かったが、よくよく考えたら二人の成績なら普通に推薦でいけそうだ。
「俺は車に乗ってないといけないから、二人とも迎えに行ってあげて」
「はーい」
「……ん」
話すと、透と円香が雛菜を迎えに行った。車から降りると、インターホンを鳴らした。
「おはようございます」
「雛菜迎えにきましたー」
『あは〜おはよ〜。今、雛菜呼んでくるわね〜』
その数分後、玄関が開かれる。出て来たのは雛菜とその母親だろう。本当は明里も挨拶しておきたい所だが、ここを通る車がいたら迷惑だし、降りるわけにも行かない。
「雛菜、おはよ」
「透センパイおはよ〜……ふわぁ……」
「おはようございます。おばさん」
「おはよ〜、円香ちゃん。透ちゃん」
挨拶した後、雛菜の母親らしき人は車の方を見る。運転席の明里も軽く会釈した。
「おはようございます」
「今日明日は娘をよろしくお願いします〜」
「任せて下さい。チャラチャラしたナンパ野郎は、次の日には水死体に……」
「バカが問題起こさないように、私が面倒を見ます」
「うん、よろしく〜」
明里の台詞を遮って円香が口を挟んだ。それと同時に、明里に強い視線が突き刺さる。超睨まれてしまったので、目を逸らす。
「じゃあ雛菜、気をつけてね〜」
「は〜い、じゃあねお母さん〜」
間伸びした挨拶と共に、雛菜を連れて車に乗った。
「荷物は後部座席に置いて。あとは好きな席で良いよ」
「やは〜♡ じゃあ、透先輩の隣で〜」
「おいでー、雛菜」
「円香先輩はトランクで良い〜?」
「良いわけないでしょ」
話しながら、円香は助手席に座った。それを横目で見ながら、明里は声を掛けた。
「マドちゃん、別に俺に気を遣わないで後ろで良いんだよ?」
「は? 絶対嫌」
「え、なんで?」
「うるさいから」
……まぁ、確かに騒がしそうではあるし、なんならとても疲れそうでもある。
「やは〜〜〜♡ 円香先輩、そんなに明里先輩の隣が良いんだ〜〜〜」
「……は?」
「え、そうなの?」
「……うるさい。いいから出して。時間押して道が混んだらビンタするから」
「う、うん?」
あ、顔赤い、と明里は気付いてしまった。まぁ、あんまり恥をかかせるのは好きじゃないし、微笑んで車を出すことにした。でも可愛い……なんて思ってると、後ろからさらに声が聞こえた。
「円香先輩、超素直〜彼氏の前だとそんなんなんだ〜♡」
「ね、可愛いよね。彼氏の前の円香」
「ノクチルだとずっと強気なのに、彼氏の前だとデレデレ〜」
「デレ円香だ、デレ円香」
「……ほらうるさい……」
「ほ、ホントだね……」
ノクチルならではのノリだろう。見ている分には面白いが、円香が困っているのなら、放置も出来ない。
「じゃあ、マドちゃんは今日、ずっと俺の隣にいて良いよ」
「わぉ……」
「やは〜〜〜♡」
「ーっ……き、急に……何言ってんの⁉︎」
「え、あ、そっか。小糸ちゃんも来るから、その時は後ろでも良いよ?」
「……うわぉ」
「やは〜〜〜♡」
「……ホント何言ってんの?」
「え、な、なんで怒ってんの……?」
一人、何もわかっていない奴がいたが、なんか空気が重くなったので車を走らせた。
×××
「間もなく〜福丸家、福丸家。お出口は、両側です」
そんな気が抜けたアナウンスと同時に、また家に到着した。車を止めると、小糸とその母親は律儀にも家の前で待っていた。
「こんちはー」
「おはようございます」
「やは〜おはようございま〜す」
「おはようございます」
各々、挨拶すると、小糸の母親も軽く手を振った。
「お、おはよう。透ちゃん、円香ちゃん。それと……菅谷くん?」
「お、おはよう……!」
「ふ、二日間……この子の事よろしくね?」
「はい。私とリカでしっかり見ておきますので」
「う、うん……!」
「初めまして。菅谷明里です」
「初めまして……って、す、菅谷明里って……あの⁉︎」
「えっ?」
突然の大声に、思わず背筋を伸ばしてしまう。車の扉を開けて、小糸の荷物を預かっていた透でさえ顔を上げたほどだ。
「ざ、雑誌で見ました! 娘から名前は聞いてたけど……まさか、モデルの人とは……」
「え、言ってなかったの?」
「そ、そういえば言ってなかったかも……」
「あ、あの……握手してもらって良いですか?」
「良いですけど……ごめん、マドちゃん。前後から車来ないか見といて」
「……ん」
サイドブレーキを上げて、ギアをPのところに入れて降りた。
「あ、あの……雑誌読み始めたのは最近ですけど、ファンです! き、今日は娘をよろしくお願いします!」
「ありがとうございます。今日は任せてください。例え熊が襲ってきても、ちゃんと優しく諭します」
「え……さ、諭す……?」
リカなら出来そう、なんて思いながらも、とりあえず円香は黙って見守る。明里がモデルとしてモテるのは不愉快ではない。……モデルとして、ならば。
「お、お母さん……そろそろ……」
「あ……え、ええそうね。ごめんなさい」
小糸に促されて、ハッとして離れた。さて、握手も終えたし、再び運転席に。
「じ、じゃあ……行ってきます!」
「うん、気をつけてね」
と、話して車を走らせた。
緩やかな動きでワゴン車は公道を走り、近いうちに高速道路に乗り込む。それまで言うことは言わないといけない。
「四人とも、トイレ行きたい時は早めに言ってね。お腹空いたり喉乾いたりしたら俺の鞄に入ってるから」
「「「はーい」」」
「ちょっと……お昼もあるのに食べさせないで。自然薯そば食べるんでしょ?」
「大丈夫でしょ。もうみんな子供じゃないし、ペース配分くらい考えられるよ。とおるん以外」
「はぁ……もう」
「マドちゃんも食べて良いからね?」
「いらない」
「えー、俺が食べたいとき、食べさせてもらいたかったのに」
「……ならその時に言って」
「ありがとう」
そんな話をしながら運転していると、後ろで黙って聞いていた女子組からぽつりと声が漏れる。
「……ふ、夫婦みたい、だね……」
「あは〜、若奥様と旦那さんみたい〜」
「……ふーん」
若干一名、羨ましそうな声を漏らしていたが、そのまま道路を走った。
「あ、そうだ。あとお菓子食べるなら、なるべく食べカス落とさないでね。これレンタカーだから」
「は〜い。やは〜、アルフォートある〜。透先輩と小糸ちゃんも食べよ〜?」
「う、うん……じゃあ、明里先輩、いただきます」
「小糸ちゃん、お茶も飲む?」
「ありがと、透ちゃん」
後ろでガサガサと音を立てながら、雛菜が聞いてきた。
「そういえば、雛菜いま、明里先輩の妹なんだよね〜?」
「あー、うん。そうね」
「ごくっ、ごくっ……ぷはっ。さ、撮影どんな感じなの……?」
「小糸ちゃん、サイダーもあった」
「あ、ありがと」
「雛菜もサイダーが良い〜。明里先輩の役、設定が強すぎるから面白いよ〜? 生身で怪人倒せるし〜」
「……それ、変身する必要あるわけ?」
円香が聞くと、明里はすぐに答えた。
「や、まぁ、強い怪人も出てくるしね。変身すると体重が150キロに増えてさぁ。フィジカルが強過ぎて、並の怪人じゃ『ライダー大外刈り』で一発だよ」
「何それ……」
「早い話が、相手の足元を足で払って崩してその隙に地面に落とすんだけど、ジュウドの場合は払った相手の足を折っちゃうの。だから、同じくらいのフィジカルの怪人じゃないと勝負にならないんだよ」
「怖っ」
「小糸ちゃん、と○がりコーンあった。食べる?」
「う、うん。……それ、教育委員会から怒られないかな……子供が柔道技を真似したらどうするの、みたいな……」
「大丈夫でしょ。ていうか、それを止めるのが教育委員会の仕事でしょ」
最近は何でもかんでも禁止しているが、それじゃ子供は何も覚えない。「禁止されているのには理由がある」なんて考えるほど大人ではないからだ。
その考えには円香も頷く一方で、ポロッとこんな苦言も漏れる。
「ま、そう言う何処かの誰かさんは、小学生の頃は随分、やんちゃしたらしいけど?」
「うぐっ……お、俺の話はいいでしょ……」
「クラスで飼ってたメダカの飼育に全力を注ぎ過ぎて繁殖し過ぎて、学校の庭にあった池で他クラスも巻き込んで飼い始め、さらに学校規模に膨らんだ挙句、卒業する時には飼育委員が出来てたんだっけ?」
「今でも元気らしいよ。その時の子孫が」
「聞いてないから」
他にも色々と動物関係の武勇伝はあったりするが、今はその話ではない。
「雛菜、明里先輩が技かけるところ見るの好きだからー、もし放送中止とかになられたら困る〜」
「大丈夫でしょ」
「と、透ちゃんはどう? 楽しみ? 明里先輩の仮面ライダー」
「え? あーうん。楽しみ。リカのライダー。……はい、小糸ちゃん。と○がりコーンあった」
「あ、ありがと……? あの、透ちゃん。どうしたの……」
「はい、あーん……」
「あ、あーん……」
「やは〜じゃあ雛菜も〜」
「良いよ」
さっきから甘い飲み物としょっぱい食べ物のコンボをもらう小糸。なんとなーくおかしい、というのは明里の隣の円香も思っていた。
「でも、雛菜が妹って割としっくり来たんだよなー。なんか知らないけど」
「え〜? そお〜? でも、雛菜〜明里先輩の姉の円香先輩より、身長も胸も大きいよ〜?」
「喧嘩売ってんの?」
「いやいや、体格じゃなくてさ。……こう、何。キャラ的なとこ? 甘え上手だし」
「やは〜♡ じゃあ雛菜、今日から明里先輩の妹ね〜?」
「「ダメ」」
お断りを入れたのは透と円香だった。
「え〜? なんで〜?」
「私と円香の妹ならアリだけど」
「リカの妹はダメ」
「君達何言ってんの……?」
「バカは黙ってて」
円香にピシャリと黙らされる。ちょっと泣きそうだったりしないわけでもない。
「でも、雛菜もう妹役やってるよ〜?」
「それは仕事だから仕方ないの」
「ちぇー、まぁ良いか〜」
そんな話をしながらも、後ろで咀嚼音が聞こえてくる中、明里は少し小腹が空く。……というか、後ろから漂ってくるお菓子の香りが、普通に飯テロである。
「ごめん、マドちゃん……」
「あ、あの、明里先輩」
「ん、なに?」
しかし、小糸の台詞に遮られ、とりあえず聞く。小糸は若干、モジモジした様子で言った。
「そ、その……お手洗い……」
「ああ、りょかい」
「まだ保ちそう?」
「う、うん……30分くらいなら……」
「マドちゃん」
「分かってる」
円香はカーナビで近くのコンビニを調べてくれていた。ありがたい。
さて、割と近くにあったので、そこに向かって車を停めた。
「はい、行っておいで」
「小糸、一緒に行こう」
「ありがと、円香ちゃん……」
「とおるんと雛菜は平気?」
「降りよっか、雛菜」
「は〜い」
「じゃあ俺も。みんな。ついでだしトイレ入っておいでね」
それだけ話して、全員で降りることにした。そのままコンビニの中を見て回る。
トイレは男女共用と女性専用の二つしかないので、先に女性陣に譲ることにしている明里の目に入ったのは、トランプだった。
「とおるん」
「なにー?」
「トランプもってきたっけ」
「分からん」
「だよね」
「あ、雛菜持って来たよ〜?」
「あ、そうなの。ありがと。……じゃあいいか」
買わずにすんだ、と少しだけホッとしたり。
すると、円香と小糸が戻ってきたので、トイレタイムチェンジ。トイレ借りた以上は何か買わないとなーと思いながら明里が店内を見て回っていると、円香が声をかけてきた。
「リカ」
「ん?」
「この後は予定通りで良いの?」
「うん。途中で寄り道して、行きたいお店あったら覗いて、キャンプ場にはお昼過ぎに着けば良いかなって」
「ん。了解」
「小糸ちゃん、何処か行きたい場所は?」
「特に聞いてない」
「分かった」
なんて軽く打ち合わせしつつ、円香に聞いた。
「何か必要なものとかある?」
「ないけど……なんで?」
「いや、トイレ借りたから」
「あー……じゃあ、ム○か蚊取り線香は?」
「良いね」
なるほど、あって困らないものか、と理解し、頷いておいた。
医療品コーナーかな? と思い、その辺を見ていると、また円香が声をかけてくる。
「……ねぇ」
「ん?」
「さっき……その、夫婦みたいって言われた時……どう思った?」
「あー……うん。嬉しかったよ。ホントに、とおるんも三人でそうなれたら良いなって思った」
「……そっか。なら、良かった」
もしかして、それが用事だったのだろうか? なんか、本当に可愛い人だな……なんて少しほっこりしてしまった。実際、子供がいたらあんな感じなのかな、なんて少し考えてしまったし。
さて、すると透と雛菜が出てきたので、最後に明里が入らないといけない。財布から千円札を円香に手渡した。
「マドちゃん、これで買っといて」
「良いの?」
「もちろん」
「……ありがと」
それだけ話して、トイレに向かった。さっさと用を出し終えると、手を洗ってトイレから出る。買い物を終えたみたいで、円香はお店の前でポケットに手を突っ込んで待っていた。
「遅い」
「ごめんごめん。みんなは?」
「もう車」
「はいはい」
話しながら、二人して前の席に座ろうと、車を挟んで扉を開けた時だ。
「はい、ワイフポジションチェーンジ」
「……」
「わぉ、良いよ」
明里は気付いていなかったが、円香は秒でピンときた。この野郎……わざわざ席替えするために小糸にお菓子と飲み物食わせてたのか、と。
「さぁ、行こうぜダーリン」
「了解だハニー」
「はぁ……ホント、バカップル……」
その一員になっている自分にも少し嫌気が差す中、円香はとりあえず後ろの席に座った。
×××
さて、そこからはすぐに高速に乗って、山の中を進んで降りた後は割と食べ歩き紀行。色々と豆腐のドーナツだの自然薯そばだのとお昼も交えて都会じゃ食べられなさそうなものを食べ歩いて移動し、予定通りにキャンプ場に到着した。
川沿いで山の中にあるキャンプ場。他に客もちらほらいるが、お盆前だからか、そんなに多くない。
さて、エンジンを切った車の中で明里はハンドルに両腕を置いてもたれかかる。
「ついたー」
「つ、疲れた……」
「お疲れ様ー」
流石に明里は虫の息だった。初めての長距離運転……途中で透が肩とかマッサージしてくれなかったらもっと疲れていただろう。
だが、だらっとしている暇はない。これから、テントを立てないといけないのだから。
「あ、明里先輩……大丈夫、ですか?」
「大丈夫だよ。小糸ちゃんはみんなと着替えてて。俺、テントとかやっとくから」
「ええっ⁉︎ だ、大丈夫ですよ! 自分達のテントくらい、自分で立てられるよ!」
「いやいや、こういうのは男の役目だから」
そう言いながら、明里は車から降りようとする。その様子を見ていた円香が、助手席から声を掛けた。
「リカ、そういうのみんなでやるのもキャンプの醍醐味だから」
「そうなの?」
「だから、とりあえず今は外で待ってて。あと、勝手にトランク開けたら私たちの裸、外に大公開だから」
「……はーい」
話しながら、明里を外に追い出した。ちゃんと釘を刺しておいたので大丈夫だろう。
もちろん、四人で着替えるのは無理なので二人ずつ。まずは円香と雛菜から。抜かりなくタオルでカーテンを作り、フロントからは見えなくする。他の窓はマジックミラーのようになっているし、強引に見ようとすれば外のメンバーが黙っていないだろう。
そんなわけで、円香は上半身の服を脱いで、着替えを始めた。
「あは〜♡ 相変わらず、円香先輩ちいさ〜い」
「うるさい」
というか、雛菜と透が育ち過ぎなのだ。ちょっとムカつくほど。……いや、まぁ自分もそれなりに育っている自覚はあるのだが……巨乳と呼ばれるほどではない。
「ちなみに、明里先輩はどんなのが好みなの〜?」
「私と透の胸だって」
「は〜? 両極端じゃんそれ〜」
「そんなに小さくないし、私」
「でも〜、結局のところ、円香先輩は気を遣われてるだけじゃないの〜?」
「っ……」
その可能性は……ない、とは言い切れない……。あの男に性癖なんてものはないのはわかる。だからこそ、いざ裸を見られたら、シンプルに巨乳好きなのだろう……とは、察しがついている。
一応、ゴムは持ってきてあるのだが……なんだか、単純にちょっとだけ透の隣に裸で立つのが恥ずかしくなってきた。
「……ま、別に全然、気にしてないけど」
「やは〜〜〜♡ 超してる〜〜〜可愛い〜〜〜」
「…………ほんとうるさい」
少し苛立った様子で返してしまったが、まぁ雛菜だし良いだろう。
そのまま二人で着替える。円香は自分の胸のビキニを目の前に広げて見る。……ちらりと雛菜の胸を見る。水着越しでも分かるくらい、揺れてる。超揺れてる。
いや、別に羨ましくなんかない。全然……と、思ってる時だった。
「あは〜〜〜♡ 円香先輩、雛菜の胸見てる〜〜〜!」
「っ、別に見てな……!」
「明里せんぱ〜〜〜い! 円香先輩が、雛菜のおっぱい見てた〜〜〜!」
「言うな……てか、開けるな! 私まだ着替え中……!」
「え?」
が、明里は顔をむけてしまっていた。見えているのは円香の上半身裸。直後、顔を真っ赤にしたまま音速でこちらに走って来た。それと同時に、上着を脱ぐ。
「え、ちょっ……!」
なんでそんならしくなく血相変えて……しかもなんで服脱いでいるのか。まさか、こんなところで襲う気……⁉︎
なんて、やや猥談じみたことを話していただけあってそんな妄想をしてしまった。
しかし……相手は、明里であることを忘れてはいけなかった。一点の汚れもないその男は、車の中に乗り込むと脱いだ服で円香の体を包んで、ドアを閉めた。
「やは〜♡ 大胆〜」
「じゃないでしょ! ダメだって、こんな所で女の子の裸を公開しちゃ!」
「え〜、でも明里先輩に伝えたくて〜……見たかったでしょ〜?」
「見たっ……じゃなくて!」
「へ〜……見たいの〜?」
「い、いやそれは……」
意外な反応である。てっきり「見たくなんかないよ!」って言われると思ったが……顔を真っ赤にして目を逸らして……なんか、普通の男子大……いや、男子中学生? くらいの反応を……。
ここは……押すべき場面だろうか? ここで少しでも意識させて、夜にその気にさせるのも悪くない……! この上着、剥がしてしまえ……!
……!
…………!
…………い、いやでもやっぱ普通に隣に雛菜いるし無理……と、言い訳がましく諦めようとした時だ。
「やは〜手が滑った〜♡」
「っ、ばか……!」
「えっ」
雛菜が、後ろから円香の背中を押した。明里が慌てて入ってきたことで忘れていたが、18と19の男女がワゴン車に横並びになっている。そんな至近距離で、女子は下着同然の格好でいる上に、片方は下着同然というかそれもつけていない格好。
それが押されたことにより、円香の身体からパーカーは剥がれた上で、ドアに背中をつけた明里に迫っているような格好になってしまったわけだ。
「っ……ひ、雛菜……!」
「え〜? だって、円香先輩ビビってたんだもん〜」
「別にビビってないし……! そうじゃなくて……」
「じゃあ何ー?」
聞かれたので、円香は目の前の明里を指差す。顔を真っ赤にし、白目をむいて鼻から血を流してダウンしていた。
「やは〜♡ 噂通り〜」
「どうすんの、もう……」
「でも、円香先輩が言ってた通りだったね〜」
「? 何が?」
「円香先輩より胸が大きい雛菜も水着だったのに、全然見向きもされなかったから〜」
「……」
顔が赤くなる。言われてみれば確かに……といった感じだ。ちょっとだけ明里を疑ってしまったが、改めて身体だけを見ているわけではないことを理解してしまった。
「ふふ、超愛されてる〜」
「……うるさい……」
とりあえず、明里を放置して着替えを済ませた。
×××
さて、まぁ明里が寝てしまったのは円香的にもありがたいわけで。今のうちに、長距離運転をしてくれた明里を休ませて、キャンプに使う道具を組み立てた。
それから、しばらく四人で水掛っことか色々、遊び回った。そんな中、車の扉が開かれる。
「ふわあぁぁ……なんか、寝ちゃったぁ……」
「あ、リカー」
「ん……あ、とおるん。それ新しい水着? とっても綺麗だよ!」
「いえーい、ありがとー」
平然と答えているが、透の頬はほんのりと赤い。超喜んでる、と円香も雛菜も小糸も理解する。
「ね、何処が綺麗?」
「水色のパレオがとおるんっぽいなって。でも、流されないように気を付けてね?」
「ありがとー。リカは水着に着替えないのー?」
「あー、うん。その前に俺、クヌギ探して来たいんだけど……」
なんて話していると、真横から声が届いた。
「なんでクヌギ? 聞かなくても大体、わかるけどね」
「うおっ……ま、マドちゃん……?」
いつの間にそんな近くに……と、思いながら、頬を若干、赤らめた様子の円香は腕を組んだまま自分を睨みつけている。
「特製カブトムシゼリー作ってきたから塗りに行きたいんだけど……」
「……ふぅーん?」
「……あ、一緒に来たい?」
「言われなきゃわからないんですね。彼女に褒め言葉の一つも掛けられないとは、相変わらずの朴念仁。そんなんで二股しようなんてホント笑わせる」
「あ、あー! 水着! ご、ごめんね。なーんか、マドちゃん見てると水着どころじゃないもの見た気がして……」
「っ……ま、まぁ……それなら、仕方ないかもだけど……」
え、仕方ないの? と、明里は小首をかしげるが、実際、円香に関してはさっきとんでもないものを見てしまったような気がしてならない。
「……ご、ごめんね。でも、マドちゃんの水着も、とっても似合ってるよ。綺麗」
「……ん」
そう言いながら、なんかその態度が可愛らしくて頭を撫でてあげてしまった時だ。その横から、雛菜が両手を上げて声をかけてきた。
「明里せんぱーい! 雛菜はー?」
「ひ、雛菜ちゃん……今は……」
「うん。雛菜も小糸ちゃんも可愛いよ?」
「「は?」」
「びぇ……」
「ばか〜〜〜」
「ひえっ……」
怒られた。