浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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幹事に大事なのは労い。

 キャンプの醍醐味は、昼ではなく夜にあったりする。遊び終えた後の食事は当然ながら、お金を払って外食、あるいはホテルのビュッフェを食べるわけではなく、みんなで用意する。

 それ故に、パーティメニューらしいものが選ばれることが多い。今回は、バーベキューだ。

 キャンプ場にある木造の屋根の下、バーベキューセットとも言える鉄板と木製の机に透、雛菜、小糸の三人で座った。

 

「雛菜、透先輩の隣〜」

「おいでー」

「あ、あれ、円香ちゃんと菅谷先輩は……?」

「食材取りに行った」

「と、透ちゃんは行かなくて良いの……?」

 

 しれっと答える透に小糸は少し困惑した様子で聞くが、まぁ一応年上として年下を見ている、という立場で来ているのであながち間違いではない。特に、雛菜はともかく小糸は未だに中学生くらいに見えてしまうくらい成長がないから。

 

「何食べられるかな〜」

「やっぱりお肉じゃないかな……!」

「買ってくれたの、透先輩たちでしょ〜? どんなのある〜?」

「あー、分からん」

「え、ど、どうして……?」

「お金は出したけど。二人だから、選んだの」

「……そ、それ大丈夫なのかな……」

「? 何が?」

 

 思わず不安げな声を漏らした小糸に、透が片眉を上げる。

 

「い、いや……二股とかよく分からないけど……そういうの、三人一緒じゃないと……透ちゃん、一人になっちゃうんじゃないかな……?」

「え……そういうもん?」

「その時は、雛菜が透先輩もらうね〜?」

 

 それを聞きつつも、透は少し困ったように顎に手を当てる。確かに、旅行の準備も自分は一緒について回ってはいたが、ほとんどあの二人が決めていたかもしれない。

 ……いや、今からでも遅くない。とにかく少しでも二人を手伝おう。そう決めて、席を立った時だ。

 

「お待たせー、持って来たよ」

「食器も」

「あ、ありがと……!」

「何のお肉あるの〜?」

「……」

 

 来てしまったが……まぁ、仕方ない。とりあえず、透は席に座り直す。さて、どんなものがお手伝いになるのかを考える。

 バーベキュー……そんなに経験があるわけではないが、高一の時の別荘の時にやった。あの時はほとんど明里が用意してくれたことを思い出す。

 早い話が自分達で焼いて自分達で食べるもの……つまり、焼けば良い……と思っていると、自分の前に焼きタレが垂らされた皿と箸が回ってきた。

 

「はい、透先輩〜」

「……ありがと」

 

 円香が用意したものが回って来たらしい。そうだった、それもバーベキューでは必要だった。

 さて、ぼやぼやしている間に、明里が鉄板の用意を始めてしまう。このままではまずい、置いていかれる、と思ったものの、大丈夫とすぐに安堵する。

 せっかくなら、このまま明里と一緒に食材を焼けば良いのだから。

 

「リカ、肉焼くんでしょ?」

「バーベキューだからね」

「手伝う」

「え? いやいいよ。みんなおとなしく座ってて」

「手伝う」

「大丈夫、ちゃんとお肉は四人均等に行き渡るようにするからね」

「なめてる?」

 

 なんだその宥め方。仮にも姉に向かって。自分は子供じゃない。

 すると、その間に全員分の飲み物を用意していた円香が口を挟んだ。

 

「リカ、別に手伝うのは良いでしょ」

「えー、でも……」

「やは〜〜〜♡ じゃあ、雛菜も焼く〜〜〜」

「じ、じゃあ……私もやります……!」

「いや菜箸2セットしかないから……」

「じゃあ、誰に焼いてもらいたいか選んであげたら?」

 

 円香がそう口を挟むと、明里は困ったように苦笑いを浮かべながら軽く答えた。

 

「じゃあ……早かったとおるんと雛菜に任せようかな」

「よっしゃ。任された」

「やは〜〜〜♡」

「雛菜、たまに小糸ちゃんと交代してあげてね」

「分かった〜」

「あ、ありがとう……!」

「いやそれこっちのセリフだから」

 

 そんな話をしながら、透は肉を焼き始める。やはり……どちらかというと子供扱いされていることにも気付かず。

 

 ×××

 

「ぴゃっ……お、おいひい……少し独特の歯応えだけど……これ、何のお肉?」

「鹿」

「え……し、鹿?」

 

 明里のしれっとした答えに、小糸が少し引いてしまう。初体験だが、そもそも鹿肉って高いのでは? と思わないでもないから。

 

「キャンプ行くっつったら、父ちゃんが送ってくれたんだ」

「ホント、お世話になりっぱなし。お義父さんには」

 

 円香がしれっと口を挟む。

 

「良いんだよ。父ちゃん、二人のこととっても気に入ってるから送ってくれるんだよ。二股のことも許してくれてるし。最初は怒られたけど」

「……あっそ」

 

 そう冷たく返しつつも、円香の頬はほんのりと赤く染まった。

 すると、その明里のお皿に、透が菜箸を持って肉を乗せる。

 

「リカ、はいお肉」

「ありがとう。でも、とおるんちゃんと食べてる?」

「うん、平気。さっきロース食べた」

「さっき食べてたのカルビだよ。……ていうか、あれ以来食べてないの?」

「あー……うん。焼いてるから。みんなの」

「代わるから、ちゃんと食べて」

「いや、平気」

 

 なんか……と、円香は少し怪訝そうに透を見る。やたらと肉を焼きたがっているが……どうかしたのだろうか? いや、まぁ大体察しはついているのだが。

 どうせ「なんか明里と円香ばっか働いてて、二人親と三人娘みたいになっている」のが嫌だったのだろう。

 そう思うのは結構だし、ここは自分の出る幕ではない。岡目八目とはこのことか、と思う程度には、すぐに明里が何をし始めるのか理解出来た。

 鉄板に目を向けた明里は、焼けてそうなお肉を箸でつまむと、自身のお皿のタレに漬けてから、手をお皿にするように下に添えて透の口元に運んだ。

 

「とおるん、あーん……」

「え? いや、焼いてるから」

「……あーん?」

「うっ……あ、あーん……」

 

 らしくなく強引な明里に気圧されたのか、珍しく少しだけ頬を赤くした透は素直に口を開けて、お肉を食べた。

 

「どう?」

「超美味しい」

「じゃあ、もっと食べて。みんなで食べないと」

「……うん」

「ん、良い子」

 

 透の頭を一撫でしてから焼く係を交代する明里と透。

 ほら、やっぱり出るまでもなかった、と円香は控えめに笑みを浮かべる。何を悩んでいるのか知らないけど、明里なら何とかしてくれるだろう。

 

「小糸ちゃん〜、そろそろ雛菜と交代する〜?」

「あ、う、うん……! 任せて……!」

 

 透が焼かなくなったからか、雛菜は小糸とチェンジしている。

 その様子をのんびり眺めながら、円香も野菜を頬張った。残念ながら、自分は食べても太らない体質ではないので、お肉よりも野菜をメインで食べるしかない。

 

「明里先輩〜、雛菜にお肉ちょうだい〜?」

「良いけど、ちゃんと野菜も食べてる?」

「え〜、雛菜お肉の方が良い〜」

「マドちゃんを見てみなさい。野菜の方を多く食べてるでしょ?」

「あは〜♡ だから雛菜より胸も身長も小さいんだ〜」

「……は?」

 

 よりにもよって明里の前でそういう話、とギロリと視線を向けるも、雛菜は何一つ動じた様子を見せずにニコニコしている。

 

「え、でもマドちゃん、家でしてくれる家事、誰よりも大きいよ?」

「っ……り、リカ……」

「それ、胸と体が小さいこと否定してないよ〜?」

「リカ……!」

「い、いや……だって、身長はそりゃ俺よりは低いし……」

「胸は?」

「お、俺マドちゃんのこと胸で判断してないから」

「……」

 

 まぁ、もういいか、と円香はため息を漏らした。明里がそういうタイプでないことは理解しているし、何より悪いのは雛菜なのだから。

 

「冗談。気にしなくて良いから、お肉ちょうだい」

「やは〜〜〜♡ やっぱり気にしてる〜」

「雛菜にはピーマンを」

「え〜〜〜⁉︎」

「はいはい」

 

 要望通りに、まずピーマンを雛菜のお皿に乗せた後、明里は続いて肉を円香のお皿に乗せようとする。

 それに対し、円香は無言で口を開けた。

 

「あー」

「え?」

「あー」

「焼き肉の菜箸であーんはダメでしょ」

「……」

「「プハッ」」

「……ま、円香ちゃん……どんまい……」

 

 食べさせてもらえず、普通に拗ねた。

 

 ×××

 

 テントは、円香と透、小糸と雛菜、そして明里と三つに分かれている。表向きは。

 理由は勿論、夜這いである。今回の旅行、最大の目的であり、様々な覚悟を決めた上での、二人の結論。そのために、明里には少し広めのテントを買わせた。

 

「どっちから行く?」

「……まあ、ジャンケンじゃない? リカ、選ばないと思うし」

「円香、先にしたら?」

「え、なんで?」

「前言ってたじゃん。リカが先に好きになったのは円香の方だって」

 

 確かに言っていた気はする。でも、そういう理由があるなら尚更円香は嫌だった。

 

「……あっそ。じゃあ、じゃんけんで」

「え、きいてた?」

「聞いてたからじゃんけんって言ってんの」

「は?」

 

 理解していない様子で唖然としているので、円香は透を正面から見据えて言った。

 

「あのね、私達は二股してるの。つまり、私と透は対等な立場。それなのに、理由をつけて優劣をつけるような真似してどうするの」

「……それは、まぁ……」

「私と透でリカ関係の話なら、大事なところこそ対等な運試しで決めるべきでしょ」

「……」

 

 言うと、透は少し驚いた様子で円香を眺めた後、何か腑に落ちたのか、すぐにいつもの真顔っぽい笑顔に戻った。

 

「ふーん……それで、私が勝っても代わらないからね」

「負けないから大丈夫」

「言ったなー?」

「じゃんけんはリカの前でするから」

「了解」

 

 話しながら、二人で明里のテントに入る。準備万端、覚悟も決めたし、必要な物も持って来た。

 後は……明里を納得させるのみ……! そう決心し、テントのジッパーを開い……たのだが。

 

「あれ、いない」

「え、うそ?」

 

 中はがらんとしていて灯りもついていない。寝袋の中は空だし、鞄は置きっぱなし。気になる点といえば、さっきまで着ていた寝る直前の服が綺麗に鞄の横に折り畳まれていることだろうか? 

 

「誘拐?」

「まさか。誘拐犯より強いでしょ。仮面ライダーだし」

「え、狭いテントの中で柔道?」

「柔道には寝技もあるでしょ」

「そっか。……え、じゃあなんでいないの?」

「……」

 

 透がテントの中に入り、せっかく畳んである上半身のパジャマの匂いを嗅ぎ始める中、円香は冷静に思考を巡らせながら、下半身のパジャマの匂いを嗅ぐ。

 どこへ行ったのか冷静に思考。夜中……それも、予定が終わった後に外出。つまり一人で片付けなければならないこと。

 その上で、今日は保護者に徹していたにも関わらず単独行動したい衝動に駆られる事……その上、着替えが必要になるもの……そこで、理解した。

 

「透」

「何?」

「分かった。行き先」

「お、すごい。何処?」

「森」

「あっ」

 

 察した。つまり、虫取り……いや、取らないと思うので、おそらく虫観察。なんだろう虫観察って、なんて二人が思うのは野暮だ。

 

「どうする?」

「決まってるでしょ。追いかけて食べる」

「ふふ、行こっか。ウマシカハント。でも平気? 夜の森」

 

 このキャンプ場は、カブトムシ取りに行きたがる子供が一定数いることを考慮し、森の中を歩けるように通路を作り、街灯もそれに沿うように設置されている。

 透の心配は、円香への虫特攻だ。万に一つの可能性でゴキブリなどを見ることがあれば……。

 

「は? 別に平気。リカがいない方が平気じゃない」

 

 腕を組んだまま円香はそう告げるが、透の目には少しだけ組んでいる事で肘に隠れている手が震えているのが見えた。

 やはり、虫は怖いらしいが……それでも明里と一緒にいたいらしい。気持ちは分かる。だから、透も止めなかった。

 

「行こっか。じゃあ」

「その前に虫除けだけ」

「ん」

 

 テントで虫除けスプレーを吹きかけて、出発した。

 ああ見えて、破天荒な男だが、そんな馬鹿みたいに森の奥に行くことはないだろう。

 とりあえず、通路から見える範囲で木々の中を捜索。すると、割とすぐに元気な声音が聞こえて来た。

 

「……ほら、見てみ。静かに。ここ……」

「「わぁ〜……!」」

 

 バカが指差す先にいるのは、とあるクヌギ。そこで、自分の胸くらいまでの身長しかない少年二人と並んでいる。

 

「樹液のために、色んな昆虫が集まって食べてるでしょ? でも、そろそろこのカブトムシとノコギリクワガタが……」

「わぁ! 戦い始めた!」

「頑張れ……!」

「はい、応援しない。これ虫達には善も悪もない今日の夕食をかけた真剣なインファイトなんだから。この虫達には『帰ったら温かいご飯を用意してくれてる親』はいないんだよ」

「……そっかぁ」

「じゃあ、真剣なんだね」

 

 子供達に自然の厳しさを教えているのは明里。そして、楽しそうに声を上げているのは、同じキャンプ場で遊んでいた子供達のようだ。

 思わず円香は半眼になる。意外と年下に好かれるの上手い……とか思ってしまったが、おかげで予定は狂いっぱなしだ。

 どうしたものか考えつつ透の顔をチラリと見ると、少しだけ嬉しそうにしているのが見えた。

 

「何嬉しそうにしてんの?」

「ん、いや……貴重だなって。ああいうリカの顔」

「は?」

「今日、ずっと動いてたから。私達のために」

「……」

 

 確かに、言われてみればその通りだ。普段はああいう顔しているけど、今回の旅行に限っては、どちらかと言うと運営の方に回っていた。もちろん、川で遊んでいる時やバーベキューの時もはしゃいでいなかったわけではないが、あそこまでではない。

 ……だが、今虫が嫌いな円香が出ていったら、また明里は保護者モードになってしまうかもしれない。

 彼の時間くらい、彼に使わせてあげよう……そう思った時だ。

 

「……」

「なんか、やな音しない?」

 

 透も同じことを思ったらしい。なんか、近くから「ブウウゥゥゥゥン……」と低く響く音……円香にとって「カサカサカサ」と「ぷうぅぅぅん」と並ぶレベルで嫌な音。

 恐る恐る二人して振り返ると、スズメバチが真後ろを飛んでいた。

 

「わぉ、でっか」

「〜〜〜っ⁉︎」

 

 呑気な感想を言う透の首根っこを掴んで、慌てて逃げ出す円香。やばいやばい、と柵を飛び越えて森の中を突き進む。

 

「円香、すごいパワー。でも足引きずってる」

「黙って!」

 

 そのまま走っている中、違和感と痛み……そして、つま先が後ろに持っていかれたような浮遊感。

 やばい、転ぶ、と頭がひやっとした時だ。正面から、抱き抱えてくれる影。円香と引きずられていた透を左右の腕で受け止めたのは明里だった。

 

「リカ?」

「何してんの二人とも……」

「っ、り、りかっ……スズメが……蜂の方の……!」

「はいはい」

 

 そう返すと、明里は後を追ってきたスズメバチをジッと見る。スズメバチも不意に動きを止めて、ジロリと明里を睨み返した。

 そこから先、何をしていたのかはその場にいるメンバー全員にも分からない。もしかしたら、人間には聞き取れない周波数で会話をしていたのかもしれない、なんて思ってしまう程度には、常軌を逸脱した行為だろう。

 透を抱えた方の手の人差し指を立てると、ついっと左側に動かす。スズメバチも、左側に動いた。続いて、右側。同じように右に旋回。

 

「じゃ、そろそろ帰りなさい」

 

 そう言うと、スズメバチはどこかへ立ち去っていってしまった。

 それを眺めてから、明里は円香の背中をポンポンと叩く。

 

「大丈夫だよ、マドちゃん。もう行ったから」

「……ありがと」

「すごいね、リカ。今、何話してたの?」

「あと4〜5分でここ退くから、それまで樹液待ってって」

「……意外と細かく」

 

 話しながら、明里は後ろにいる子供二人に声をかける。

 

「そんなわけで、二人ともそろそろ親御さんのとこに戻りなさい」

「えー」

「まだ1匹もとってないのに」

「でも、黙って出てきたんでしょ? 怒られるよ」

「……はーい」

「仕方ないなー」

「写真だけでも撮っていったら?」

「! そうするー!」

 

 と、子供達は手に持っているスマホで写真を撮り始めた。相変わらず、年下の扱いがうまい……と、少し感動した。

 そのまま、五人でキャンプ場に戻り、親御さん達の元まで送ってあげる。挨拶だけして別れて、三人になった。

 円香と透は、ゴクリと唾を飲み込む。なんだかんだ言って、この後こそ本当に自分達の目的だ。

 何も知らずに自分達の半歩前を無防備に歩く男は、伸びをしながら声を漏らす。

 

「ん〜……楽しかったぁ……!」

「良かったじゃん。楽しくて」

「すごかったよ! ミヤマクワガタとかいたし。あんなの都心じゃ絶対見れないからね」

「……そう」

「あ、写真撮ったけど見る?」

「後で」

 

 そう、今はそんな場合ではないのだ。特に、円香は胸の奥底がドキドキしている。さっき、明里に受け止められた時、改めて彼の身体の力強さと逞しさを理解してしまったから。

 これから、そんな彼と……と、思うだけで胸の奥が高鳴る。

 そんな中、明里が二人に声をかけた。

 

「そういえば、二人はなんで森の中にいたの?」

「えっ? あー……」

「普通に夜の散歩」

 

 透が口を滑らせる前に、円香がしれっと答えた。下手に「夜這い」とか直球で言われるよりは良いと思っての答えだったが、明里はそれに目を輝かせてしまった。

 

「じゃあ、三人でしようよ。散歩」

「「……」」

 

 どうする? と、二人は顔を見合わせる。だが、散歩と言ってしまった以上、ここで断るのは難しいだろう。

 

「分かった」

「よし、じゃあ行こっか。星、超綺麗だから」

「……ん」

 

 確かに綺麗ではある。こういう自然の中の夜の散歩は中々、出来るものではないし、文句はない。

 三人でそのまま並んで歩きつつ、川沿いの岩の上に腰を下ろした。

 

「綺麗だねー。空」

「ん……」

「リカも同じくらい綺麗だよ」

「え? なんで急に口説かれたの?」

 

 透の性別無視したセリフに、円香は何一つ触れることなくスルー。実際、綺麗だから仕方ない。

 

「それに、俺なんかより二人の方がよっぽど綺麗だよ」

「ありがと」

「歯の浮くようなセリフ、ご馳走様」

「だって、川遊びしてる時、見惚れてたもん。俺」

「……」

「……ふふ、超ベタ褒め」

 

 二人とも、頬が赤くなる。それ故に、これ以上のシチュエーションはないように感じた。

 円香も透も、明里の方へ体重を預ける。円香は膝の上に、そして透は首筋にキスするように。

 

「? 二人とも?」

「今日は、甘えたな日」

「だから、甘えたくなるような感じでいて」

「ええ……そんなん言われても……アイアムユアマザーとか?」

「なんでよ」

「ママじゃなくて彼氏だから」

 

 怒られつつも、今の明里は昆虫達と触れ合ったからか、少し賢者に近い状態だった。

 素直すぎる勢いで甘えてくる二人に対し、明里は頭と喉を撫でながら対応した。

 

「愛すべき猫が二人もいる」

「にゃー」

「……にゃー」

「あ、今日はマドちゃんもノリノリだ」

「普段は羨ましそうにしてるから。出さないけど」

「透、黙って」

 

 話しながら、しばらくそのままのんびりする。空を見上げて、月と星が点々としているのをぼんやりと眺めた。

 暗闇の中の山中にいるというのに妙に穏やかに感じるのは、夏だからこそちょうど良い気温と涼やかな風、そして揺れる木々と水面に反射する月と星のお陰かもしれない。

 爽やかな自然は、いつでも人の心を穏やかにするものだ。

 

「二人とも、今日は楽しかった?」

 

 その二人に、さらに穏やかな声音が入り込んできた。

 

「楽しかったよ。お陰様で」

「何処かの誰かが幹事に徹してたおかげで」

「徹してた、って程じゃないよ。マドちゃんだって手伝ってくれたし」

「リカは?」

「楽しかったよ。川で泳いだのなんて初めてだから」

「え、意外」

「川の中の生物探すのにボートに乗ったまま水中を水上から覗くゴーグルで覗いてて3キロくらい流されたことならあるよ」

「それ大事件じゃん……」

「流石に肝を冷やしたかな……ちゃんと見てろって父ちゃんにブチギレてた母ちゃんに」

「そこ?」

 

 はっきり言って、自然の遊び場に安全な場所などない。川も海も山も何処だって危険なのだ。

 もしかしたら、明里はその辺も気にして幹事をしていたのかもしれない。

 

「でも、普通にやっぱり楽しめたよ。とおるんも手伝ってくれてたし」

「……そっか」

 

 正直、自分も円香と明里にばかり任せっきりで一人になるのを恐れただけだったのだが……でも、そんな風に誉めてくれたのなら、やってよかったというものだ。

 すると、その明里の太ももがキュッと抓られる。顔を下に向けると、円香がジトーっと睨みつけてきていた。

 

「……まぁ、いつも頑張ってる人よりたまに頑張る人ばかり褒め称えるジャイアン好きな人ならそれで良いけど」

「? マドちゃん、ジャイアン好きなの?」

「……もういい」

「違う違う、リカ。円香も褒めてもらいたいんだって」

「ああ、そういうこと」

「……そんなこと一言も言ってない」

「じゃあ違うの?」

「……そうとも言ってない」

 

 そんな返事を聞いて、明里は思わずクスッと笑みを漏らす。本当に、損得勘定を弾いた時は素直な返事を返してくれる彼女だ。可愛いにも程がある。

 

「マドちゃんがいなかったら、俺の日頃の疲れは倍だよ。今日だって、ここに着いた時には体力を使い果たしてたかも」

「……ん、よし」

 

 正直、褒められたりなかった円香だが、とりあえず満足しておいた。透も同じくらいにしか褒められていないし。

 その透が、その後すぐに言った。

 

「でも、今日一番頑張ったのは、やっぱリカだよね」

「それはそう」

「そんな事ないよ?」

「ある。やっすい謙遜はやめて」

「疲れてるの、バレてるから。結構」

「……やっぱり、分かる?」

「早起きして長距離運転した後、みんなの為にご飯や水遊びの準備して、疲れてないって言う方が無理あるから」

「あはは……ごめんね、もっと上手く隠せたら良かったんだけど」

 

 その発言には、少しだけ円香も透もイラっとする。

 

「は? なんで?」

「隠す意味が分からない」

「え……でも、せっかくの旅行で疲れた顔でいるのは……」

「誰と誰と一緒にいるか考えてくれる?」

「良いよ、もっと甘えても。全然」

「……そう?」

「「当然」」

 

 声を揃えて言った直後だった。円香と透が体重をかけていた明里の瞼が、少しずつ下がり始める。

 

「実は……今、結構眠い……」

「ま、もう夜だからね」

「……そんな風に我慢しなくても、全然付き合うから」

「だって……今日、朝ぶりの三人きりだから」

「はいはい、良いから寝て。テントまでは運んであげるから」

「あり、がと……」

 

 そこで「すぅ、すぅ……」と、寝息を立てつつ、前のめりに身体が倒れる。

 それを聞いて、円香と透は身体を起こすと、左右から明里の左右の腕を首の後ろに回し、持ち上げた。

 少しだけ上げた後、透がおんぶしてあげてテントに向かった。

 相変わらず寝息を立てているのを眺めつつ、円香が声をかけた。

 

「どうする?」

「何が?」

「予定」

「今日は……寝かせてあげよ」

「ん。どうせ、帰ればまたチャンスはあるからね」

「うん、だよね」

 

 それだけ話して、二人でそのままテントまで運んだ後、そのまま二人とも明里を挟み込むように寝転がり、一人用のテントで身を寄せ合って瞼を閉じた。

 

 

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