銃も魔法も無し、ゴリゴリのインファイト。
とあるキャンプ場で、青年はいよいよ背中を地につける。祠を突き破る勢いで吹っ飛ばされた青年……浅口円里は、もはや立ち上がる気力もなかった。
ここで、死ぬしかないのか。あんな訳の分からない連中に敗れて、殺されるしかないのか。
……いや、そうはいかない。自分には、妹がいる。せめて妹が自立し、一人で生きていけるようになるまで……自分は、死なない……!
そう決意した直後、祠から光が漏れ出し、自身の腰に集い、そしてベルトを形成し始める。
「……っ」
なんなのか分からないのに、分かる。こいつが何なのか、そして……どう使うのか。
そして、妹を助けるには……こいつの力を借りるしかない……!
そう言うと同時に、立ち上がった円里は、その帯のような形をしたベルトをキュッと締めた後、両手をクロスして構えた。
「変身」
『カノゥッ、ジゴロォォォォウッ‼︎』
何処からか、そんな声が聞こえてくる。直後、円里の身体は光に包まれ、それと同時に装甲とも胴着とも取れる新たな肉体が、顕現した。
鬼を想起させる赤い仮面と、黒い二本の角、白い布生地にも筋肉にも見える肉体、そして腰には帯のようなベルト……仮面ライダージュウドが、その場に顕現した……。
×××
と、いうニチアサタイムを、二股カップルは朝から見ていた。
「ぷふっ……か、カッコ良いわね……!」
「すごー、ほんとに仮面ライダーじゃん」
「思ったより恥ずかしいんだけど……」
いや、本当に恥ずかしいのだが、円香と透はご機嫌だ。しかし、本当に明里としては気恥ずかしい。
そんな明里の気持ちなど関係ない。実際に明里がスタントもこなしているライダーは、仮面ライダーとは思えないほど姿勢を低くして、慎重に敵の方へにじり寄っていく。
「野生の獣?」
「むしろ痴漢みたい」
「君達さぁ、俺が相手なら何を言っても良いわけじゃないんだよ?」
むしろ実践的と言ってほしい。戦闘スタイルも完全に武闘派である。敵が突き蹴りを繰り返す中、ライダーはそれを冷静にいなした上で強引に掴みかかり、技を掛ける。
勿論、技をかけられて敵がボーッとしているわけがないので、すぐに起き上がって距離を置きつつ立て直そうとする。
が、それをライダーは許さない。すぐに距離を詰めて、拳やら何やらをいなしながら敵に技を掛ける。
たった二発の柔道技だが、それら全てがライダーの技でもあるため、敵は既にフラフラと足を止め始める。
「エゲツな」
「これやり過ぎだよね」
「加減してるよ。怪人役の人も湿布二箇所で済んだし」
「貼らせないようにしなさいよ」
直後、ライダーは怪人を背負い投げした……のだが、地面に叩きつけるのではなく、空中に放り投げたのだ。
そして、それに走って追いつきながらジャンプし、空中で怪人を再び掴む。
『ライダー……二段・背負い投げ』
「え」
「まさか……」
空中で最後、背負い投げをぶちかました。敵怪人は受け身を取る間もなく地面に叩きつけられ、そしてライダーは着地の直後に再び空中に舞い上がり、ヒュルルルルッと回転し、着地。
その後、背後で爆発が起きた。
『柔術に……死角無し……!』
それは、決め台詞だろうか? 円香と透的には理解し難い言葉で、少し笑いそうになってしまう。
「……二人とも、笑わないでよ……」
「っ……わ、笑ってない……」
「ギリ耐えたから……」
「いやもうその発言が絶対に違うから……」
酷い……と、思っていると、戦闘シーンが終わった後で、妹と合流した。
『お兄ちゃん!』
『! 緋奈……!』
『『ひしっ!』』
そのまま二人はハグをした。これは兄妹愛、これは兄妹愛、これは兄妹愛……と、明里を挟んでいる二人は思いつつも、男の腕を掴んでいる力はミシミシと強くなる。
「……あの、二人とも?」
「そういえば、私達やってないけど」
「ヒーローごっこ」
「いや、これごっこじゃなくて普通に仕事……」
「は? 私達のことは怪人から守りたくないって言うわけ?」
「雛菜にはやるのに?」
「いやそうじゃなくて……」
「ところで今日、私達三人とも暇だよね」
「天気も良いし」
「分かったよ……」
そんなわけで、この歳でヒーローごっこをすることになった。
×××
さて、事務所近くの公園を選んだのは理由があった。
「そんなわけで、怪人役のプロデューサーでーす」
「バチパチパチ」
「え、俺休日に呼び出されて何……?」
「良いんだな? 投げても」
「投げられるの俺⁉︎」
ほとんど休日出勤の気分だった。いや、別に暇と言えば暇だったし、全然問題ないわけだが。
そんなプロデューサーの気も知らず、透が司会進行を務める。
「と、いうわけで、私と円香が妹役で、リカが仮面ライダー」
「そうだ、菅谷くん。雛菜はどう? 迷惑かけてない?」
「かけてないですよ。素直だし、俺なんかより演技上手いし、俺がどんなミスしても擁護してくれるし……むしろ俺の方が迷惑かけてて」
「そうか、良かった。でも、他の女性との思い出話をする場所は選んだら?」
そう言う通り、後ろから透と円香に肩をがっしり掴まれる。
「へぇ、仲良いんだ。雛菜と」
「雛菜が擁護する相手とか限られてるけどね」
「? え、な、何……?」
「彼女二人いてまだ足りない?」
「まだ一回もシてないのに色欲は多いんだ。ミスターモンスター」
「そんな事ないよ。二人も、俺が幼馴染と険悪になるのは嫌でしょ? ……大丈夫、二人を傷つけるような関係にはならないよ」
「……なら良いけど」
「……バカ……」
スゲェ、とプロデューサーはドン引きする。心が綺麗な人の真心はあらゆる疑念も悪意も消し飛ばすものなんだなぁ、と痛感してしまう。
「ていうか、いつも雛菜と俺が現場でどんな話をしているか、とか二人にも話してるでしょ?」
「……んっ」
「ごめん」
「いや、いいよ。俺も二人が他の男の人と一緒になったら、気が気じゃなくなるから。謝らないで」
肩を掴まれていたはずが、いつの間にか明里が二人の頭を優しく撫でていた。すっかりうっとりしている二人は満足したのか、改めて話を進めた。
「じゃあ、プロデューサーは私と円香を襲って。廃材かなんかで」
「どこに廃材があるんだ?」
「リカはそれを助けて。仮面ライダーになりきって」
「良いけど……流石にライダー二段投げはCGだよ?」
「そんな必殺技まで放たれるの俺⁉︎ 勘弁してよ!」
なんか少しずつ命の危険を感じつつも、そもそも今回の発端が雛菜の妹役である事を理解する。
仮面ライダーの妹役のオーディションがあると聞いて、その上で明里が出るともわかっていたから、距離が近いノクチルの誰かが良いと思っていた。
で、その時は円香と透は明里の姉を名乗っているとも聞いていたので、真逆の妹役には雛菜か小糸がマッチすると思って二人に声をかけた結果「えっ……わ、私は遠慮します……」「やは〜〜〜♡ 明里先輩の妹楽しそう〜〜〜」となって、雛菜が受け、見事に合格したのだが……まぁ失敗した。素直に二人を連れて行けば良かった。
……いや、でも二人を連れて行ってどちらかが受かってしまったら、三人の関係に何かありそうだし……結局、雛菜がベストではあったのかも……と、考えていると、ぬっと自分の前に木の枝が差し出された。
「はい」
「え……と、透? これ何?」
「廃材がなかったから」
「お、おう……」
それを受け取り、開始となった。というか、大学生三人と公園でヒーローごっこって、中々に攻めた時間の使い方な気がしないでもない。
いや、これも担当アイドルのため……! と、強く決意して、ヒュッと枝を鳴らして構える。向けられた刃先にいるのは透。
「うし、やるか……円香は?」
「まずは透の番です。ミスターヴィラン」
一人ずつやるのかよ! と思っても堪える。……でもこれ、社長にダメ元で休日出勤の時間外手当申請してみよう、と決めた。
さて、そんなわけで演技開始。目の前にいる透に、とりあえずこの前のヴィランのセリフを当ててみた。
「逃げるのはそこまでだ、ジャップめ。貴様ら大和魂を失われたボンクラどもは、我ら秘密結社B・W・A・F(ボクシング・レスリング・アーチェリー・フェンシング)が、骨の髄まで海外武術の虜にしてくれる」
なんだろう、このコンセプト。ちなみに聞いた設定では、その四つの競技から一人ずつ代表して幹部の怪人がいて、そのボスはCQCの使い手らしい。
それらに対抗し、ライダーはジュウド、ケンドゥ、テラカ、キュドウの四人が対抗するらしい。
個人的には仮面ライダー対怪人という構成には好感が持てたが、敵の怪人もほとんど見た目はちょっとグロテスクな仮面ライダーなので大差はない。
……まぁ、愛国心は少なくとも育ちそうではあるよね、と控えめに納得しておくが。
さて、そんなプロデューサーを前に、透は。
「ふふ、かかってこいやー」
「お前なりきれよ……」
自由にも程がある。ピンチになる妹役をやりたいんじゃないんかい、と。
でもまぁ、適当で済むならそれはそれでありがたい。このタイミングで、さっさとヒーローに変身してほしい、と明里の方を見た。
「しょっ……そきょっ、そこまでだー!」
めっちゃ照れてる! あれが今朝の仮面ライダーの人と同じか⁉︎ とプロデューサーは目を丸くしてしまった。
そんな心のツッコミも届かず、明里は帯のような形をしたベルトがある想定で、腰の辺りをキュッと締めた後、両手をクロスして構えた。
「変身」
それを見て、少しだけ目を丸くする。照れてはいるものの、やはりあの動きは仮面ライダーの変身シーンそのもの。恐らく、体に染み込ませるために何度も練習したのだろう。流石、高校から芸能界にいるだけはある……と、ちょっとだけ感心してしまっていると、姿は変わっていないけど変身を終えた明里が距離を詰めてくる。
「! よく来たなジュウド……え」
「ライダー……払い腰!」
「うおっ⁉︎」
思いっきり足を払われると同時に体を浮かせられた。やば、また彼に投げられた……⁉︎ と、思ったのも束の間、ふわっと不思議と強打しないように土の上に落とされた。
あまり……というか全く痛くない。
「大丈夫ですよ。怪我しない投げ方を覚えたので」
「そ、そっか……」
少しホッとしてしまったが……彼ももしかしたら、撮影のために色々と努力していたのかもしれない。これは、現場でも安心して雛菜を任せられる。
投げ終えた明里は、殺されたフリをする自分を置いて、透の元に歩く。
「大丈夫?」
「お兄ちゃん……!」
「え、身バレしてんの?」
「キスは?」
「兄妹なのに⁉︎」
「ほーらー、はーやーくー」
「わ、分かったよ……」
そして、公園の中心で二人は一瞬だけ唇を重ねた。あんまり人前でそういうのしてほしくないのだが……まぁ、公園には誰もいないし、スルーした。
「これで良い? とおるん」
「ん、満足。毎週やろうね、これ」
「えっ」
満足したんだ、と思い、とりあえずプロデューサーも立ちあがろうとする……が、少し足元がフラっとフラついてしまう。
「おっ、と……」
「あれ、どこか痛みます?」
「いや、大丈夫……だけど、急に視界が回ったからかな、少し首痛いかも……」
「え、いついかなる時も護身に備えてストレッチとか朝のうちにしてないんですか?」
「いや俺スパイじゃないから……」
この子の常識を知りたい所だったが、何にしても後は円香の分。次は軽く備えておこう、と軽く筋とかを伸ばしていると、明里が声を掛けてきた。
「俺、一応湿布か何か買って来ますよ」
「いや、大丈夫だよ」
「いやいや、どんなに綺麗な受身をしても確実に安全、なんて技は柔道にはありませんから。念には念を入れた方が良いです」
「じゃあ遊びで技かけないでよ……」
「すみません……」
多分、円香と透が駄々をこねたのだろう、というのは察しているが。
すると、流石に円香も悪いと思ったのか、口を挟んできた。
「リカ、私も行く」
「いや、大丈夫だよ。俺一人で。プロデューサーさんについててあげて」
「……ん」
意外な言葉……と、一瞬思ったが、おそらく透と自分を二人きりにさせないためだろう。
信用がないとかではなく、単純に嫉妬心からというのは分かる。だからこそ、大人として提案した。
「じゃあ、三人で行ってきてくれないか?」
「え、怪我人を一人には出来ませんよ」
「大丈夫だよ、ちょっと痛めただけだから。行っておいで」
すると、三人とも顔を見合わせたあと「じゃあ……」というように自分にお辞儀をして三人で行った。
「ついでにお茶買ってきますから」
「どーも」
明里にそう言われて、一先ず三人を見送りながらベンチに座った。三人とも、仲良さそうで何よりだ。正直、二股と知った時はすぐに拗れるんじゃないかと思ったが、ひとまず安心して見送った。
×××
「やっちゃったな……まさか、ストレッチしてなかったとは……」
「普通してないでしょ」
随分とプロデューサーに対して柔らかくなった、と円香はほっとしていた。明里も基本的には良い子だが、嫉妬心は三人の中で誰より強い。随分と抑えるようになってくれた。
そんな中、透が明里の反対側から声を掛ける。
「にしても、やっぱり柔道やってるリカはあるよね。ギャップ」
「え、そう?」
「そう。カッコよかったよ、遊びなのに」
「そ、そっか……にへへっ」
「いや、そういうとこでしょ。ギャップが生まれるのは」
「えっ」
なんでそんな可愛い笑いが、あのキレのある柔道技を放てる奴から漏れるのか非常に気になるところだ。
そんな話をしながら、コンビニに到着した時だった。自動ドアから出てきた女の子と明里の身体がぶつかった。
「おっ、と」
「きゃっ……」
大学生になってさらに増したガタイの良さが災いしたのか、女の子は後ろに倒れそうになる。
それを、明里は見逃さずに手を握って引き寄せて立たせた。
「大丈夫?」
「すっ、すみませっ……えっ」
「?」
直後、その少女を見て透と円香も目を丸くした。その子は、小宮果穂。そしてその小宮果穂は、明里を見上げて頬を赤らめ、目を丸くしていた。
「あっ……あ、浅口円里さん⁉︎」
「えっ……あー、うん」
「わっ……う、嘘……本物? わっ、やばっ……!」
中学生になってからも、小宮果穂の純粋さは変わらない。代わりに、少しだけ口調は年相応になった。
……それ故に、透も円香も嫌な予感がして仕方なかった。
顔を嬉しさと照れのあまり真っ赤にし、あわあわと手を虚空に彷徨わせ、どうしたら良いのか分からないように狼狽えていた。
が、やがて手を握られている現状に気が付き、ハッとして動きを止める。
それに気づいた明里も手を離した。
「あ、ごめん」
「い、いえいえ! もう少し握っていただけたら……!」
やはり、危険だ。と、円香と透は固まる。やはり、今朝の仮面ライダーを見たのか、と理解する。
「は、初めまして! あたし、小宮果穂って言います!」
「初めまして。本名は、菅谷明里です」
「あ、あのっ! あたし、今朝の仮面ライダージュウド見て、今までと違った戦闘スタイルがとってもカッコ良くて、それで……!」
「うん。分かったから落ち着いて」
困ったように明里は果穂を諭す。すると、果穂はハッとして一歩下がった。
「ご、ごめんなさい……!」
「平気」
「小宮さん、こんにちは」
「え? ……あ、ま、円香さんと透さん……! こんにちは!」
「こんちはー」
今、気付いたように目を丸くする果穂。そして「えっ、えっ?」と、二人と明里を順番に見比べる。
「えっと……えっ? ど、どういう……」
「知り合い。大学の同期」
円香が言うと、果穂は「あっ、あ〜……」と納得する。
円香に、明里は「言わなくて良いの?」と視線を送る。カップルであることを言えば、多少は距離の近さとか保つかもよ? という意味だ。
しかし、円香も「絶対ダメ。この子、口軽い」と言い返す。なるほど、とすぐに明里は理解した。
言えないのなら、早めに退散した方が良いのは分かったが……一応、モデルとしての矜持もあるので、ファンの子を蔑ろにするわけにはいかない。
「応援ありがとう、小宮さん。嬉しいよ」
「そ、そうですか? えへへ……」
「だから、また今度、ゆっくりとお話聞かせてもらえるかな」
「は、はい! 分かりました!」
その煌びやかな笑顔が、まるで極太ビーム兵器のように放たれるが、明里も純粋なファンサービスを持ってして相殺する。
その様子を、円香も透も浄化されんばかりの勢いで浴びて、眩しさを強く感じてしまった。
「じゃあ、その時によろしくお願いします!」
「うん。またね」
そのピュアワールドは、そのままお別れして幕を閉じた。なんとか、円香も透も不愉快にさせないように別れられただろう……と思って顔を向けると、二人とも肩を落としていた。
「あ……あれっ、二人とも? どうしたの?」
「いやちょっと……」
「果穂ちゃん相手に嫉妬した自分が……うん」
「???」
なんか、凹んでしまっていた。
×××
さて、引き続き円香の妹バージョン。
「良いですか? 俺が足を払うので、その時に後ろに倒れてください。後は俺が胸ぐら掴んでゆっくり落とすので」
「わ、分かった……!」
「頭打つのは危ないので、ちゃんと顎は引いてくださいね」
なんか割と真剣に殺陣を決めていた。なんで自分ばかりこんなに待たされるの……と、円香は腕を組んで少し不機嫌そうにしている。
でも、まぁようやくの妹役だ。せっかくだし、なりきらないと勿体無い。
「じゃあ、スタート」
透の台詞で、演技がまた始まった。
「逃げるのはそこまでだ、ジャパニズムめ。お前ら大和魂を失われたボンクラどもは、我ら秘密結社B・W・A・Fが、海外武術の虜にしてくれる」
「お兄ちゃん、助けてー」
透以上の棒読みになってしまったが、いざ演技をしてみると割と気恥ずかしかった感が否めず、棒読みになってしまった。
そんな自分にも、明里は真剣な表情で参加する。
「そこまでだ、怪人プ・ロデュ=ウーサ」
「新キャラ?」
「変身」
再び、ポーズを取り、変身。そのまま身構えた。
「現れたな、ライダー!」
「日本武道に転向するなら今のうちだけど?」
「ほざけ!」
襲い掛かってくるプロデューサーに対し、重心移動でぬるりと捌いた上で、足をはらって転ばせた。ちゃんと今回は加減したし、プロデューサーも綺麗に尻餅をついた。
「ぐああああ! ドカーン!」
倒し、ポーズを決めたあと、明里は円香の元にきて、お姫様抱っこをする。
「大丈夫?」
「ありがとう、王子様」
「王子様なの?」
「……んっ」
透がキスされていたし、自分もだろうと思い、目を閉じて若干、唇を尖らせる。
目を閉じているので見えないが、それでもキスされる……と、少しずつ顔が近づいてくるのがわかってきたときだ。さっき死んだはずの声が割り込んできた。
「あ、待って、二人とも。さっきも言おうとしたんだけど、なるべくなら外でそういうことするのは控えてくれると……」
「……あ、そっか、二股なんだし」
「……」
止められてしまった。顔を真っ赤にしてプルプルと円香は震え、そしてプロデューサーを睨む。
ギンッ、と音がしそうなほどの眼力に、プロデューサーがゾワッとしたが、もう遅い。明里の上から飛び降りた円香は、両手を振り回しながら襲い掛かった。
×××
その日の夜。円香が控えめに明里の部屋の扉を開けると、中で明里は珍しくスマホをいじっていた。
「リカ」
「あ、マドちゃん。どしたん?」
「……別に」
もう寝てると思ったのに……と、少し残念そうに思いつつも、まぁ目的遂行のためなので、とりあえず気にせずに明里が座っている椅子の後ろに立つ。
「? マドちゃん?」
「……んーっ」
唸り声のような返事をしながら、ギュッと強く抱き締める。
「どうしたの?」
「キス」
「え?」
「私だけしてない」
「あ、うん」
話してから、明里は円香の方に顔を向け、円香も口を近づけ……ようとした時だ。
明里のスマホが鳴り響いた。
「……」
「出たら?」
「良いの?」
「少しくらい我慢できる」
「う、うん。ごめんね」
大丈夫、家にいるんだからいつでも出来る。そう思い、一度離れた。
「もしもし……あ、有栖川さん?」
そういえば、高校の時は隣の部屋だったんだっけ、と思い出す。まだ交友関係あるんだ、と少しだけ拗ねそうになる。
「はい……え、仮面ライダー見てくれたんですか? ありがとうございます。あ、はい。い、いえそんな……あ、あはは……ちょっと恥ずかしいですね」
この野郎、と円香は眉間に皺を寄せる。何自分と透以外の相手に照れているのか。
「はい……あ、はい。会いましたよ。小宮さん」
は? あの仮面ライダー好きな子の話? ていうか、長くなる?
「え……ああ、ユニットメンバー……ああ、どっかで聞いた名前だと思ってました。通りで可愛い子だったなと」
限界だった。このやろう、と思った円香は、また後ろから抱きしめた。
「ひゃうっ⁉︎」
『ど、どうしたの?』
「私のこと喋ったら怒る(小声)」
「な、なんでもないです……」
いや、分かる。こう見えて気も使える人だし、多分電話相手のアイドルのユニットメンバーの女の子と会ったのだから、リップサービスを利かせたのだろう。
でも……気に食わない。
『その果穂があなたの話をしててね、今度会う約束もしたって言ってたんだけど……連絡先を交換してないからいつ会うか決められないって涙目になられちゃってね』
会うの、今後も? と、思った円香は冷や汗をかく。あいかわらず果穂に甘い放クラのメンバーは、わざわざ果穂の為にアポを取りに来たらしい。
まずい、何せ果穂はヒーロー好き。新しく始まる特撮ヒーローは全て押さえている。
つまり今日、新しい仮面ライダーになった明里にハマらない理由がなかった。ただでさえイケメンの無駄遣い二股系男子なのだ。もし……あの純粋な子に惚れられたら……と、思うと思わず唇を首筋につけてしまった。
「きゃー!」
『えっ、な、何よ今の甲高い悲鳴……?』
「な、なんでもない……」
顔真っ赤にして狼狽えている。かわいい。少し意地悪したくなってきた。
「んっ……」
「っ……ち、ちょっと……そこ、肩……!」
『肩? もしかして、動物でも飼い始めたの?』
「えっ? あ、あー……いや、まぁ大きな猫が1匹……」
「にゃー」
「な、舐めないでよ……!」
そのまま鎖骨のあたりに唇をつける。割と悪くない、この背徳感。
『それで、果穂があなたに会いたがってるんだけど……会える日ある?』
「あ、あー……まぁ、撮影がない日なら……っ」
『少しで良いのよ。一緒に写真とか撮るだけで良いから』
「分かりました。高校の時、有栖川さんには助けてもらいましたし」
『ありがとう』
こいつ……会う気か、と円香はムカついた。いや、分かる。気持ちは。果穂ほど純粋な子と約束してしまったら、少し要望を叶えてあげたくなるのは。円香だって応じてあげようと思うだろう。
でもやっぱりムカついたので、さらに首筋にマーキング……と、思っている時だ。
自分の唇に、人差し指が当てられた。それと同時に、少し真面目な顔をした明里が真っ直ぐ自分を見据える。
「有栖川さん、一瞬すみません」
『? ええ?』
そして、一旦スマホを耳から離して机に置いた直後だ。円香の方に向き直り、明里にしては鋭い視線で告げた。
「いい加減にしなさい。後で相手してあげるから、あと三分ほど待っているように」
「っ……え、偉そうに……」
「返事は?」
「は、はい……」
顔を赤くして、そのまま引き下がるしかなかった。……ちょっとキツめに怒られるのも悪くないかも。
なんて思っている間に、明里は話を進める。
「お待たせしました」
『じゃあ、今週でも良いのかしら?』
「はい。全然オッケーです」
『果穂、明日か水曜の夕方か、土曜日一日空いてるけど、あなた達は?』
「明日か水曜なら大丈夫です」
『じゃあ明日の、16時くらいに……そうね。事務所近くの公園で良いかしら?』
「あー、はい。分かりました。では、失礼します」
『またね。……あ、それと』
「?」
『不純異性交遊は大概にしなさいよ? 大きな猫さん……どっちか知らないけど、たまにはビシッと言っておきなさい』
「っ⁉︎ ち、違っ……!」
『じゃ、またね』
そこで電話は切れたのか、スマホからまた耳を離す。ようやく構ってもらえる……と、円香がソワソワした様子で明里の顔を見ると、明里は真っ赤な顔でこちらを見ていた。
「っ……な、何……?」
「……」
少し睨まれてしまった……が、明里は小さくため息をついた。そして、ベッドで暇を潰していた円香の方に歩いて来る。
「なんでもない。待たせてごめんね」
「いや……私こそごめん。困らせて」
「うん。じゃあ、こっち見て」
「?」
直後、円香の唇に唇を重ねる。優しく触れ合った後、すぐに離れてしまった。……これのために、いつもしてもらっている事のために、我ながら子供じみたことをしてしまった、と少し反省。
「はい。もう寂しくない?」
「元から寂しくない」
「はいはい。じゃあ寝なさい」
「……んっ。……あ、明日出掛けるの?」
「ああ、そうだ。明日空いてる?」
「私は空いてないけど、透なら」
「じゃあ、ちょっと小宮さんと会うから、俺ととおるんで行ってくるね」
「……ん」
自分だけ行けないのは因果応報かも、と思いながら、とりあえず部屋を出た。