浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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一万文字超えちゃったので、次からもう少しコンパクトにします。
尚、読んでくださっている方の中に修学旅行を控えた中学生の方がいたら、このように輪を乱す行動は控えて下さい。


普通じゃない人に慣れ始めて一番、良くないのは、ルール違反に慣れること。

 さて、翌日。京都旅行の日。クラス全員で、まずはバスで移動して清水寺。

 まずは、記念写真。本堂の前で全員並んで各々がポーズを取ったりする中、円香も透も菅谷も三人で直立不動だった。三人とも、集合写真に興味がカケラもないあたり、本当に仲良い奴以外と思い出を作るつもりはないのだろう。

 さて、そんな三人な訳あって、集団行動もまともに出来ない。ふと気になるものがあれば、すぐに食いついてしまう。

 

「浅倉、アレ見て。胎内巡りだって」

「え、お母さんのお腹の中に戻るの? グロ」

「いや、むしろその感覚を再現したのかもしれない。なんか、こう……お母さんのお腹の中的な…………どんなんだったっけ?」

「知らない」

「なんか、あったかくて……脈打ってて……食べた物の栄養が直接、流し込まれる感じ?」

「拷問じゃん」

 

 本当に馬鹿が炸裂してる会話である。ツッコミどころしかないが、もうツッコミ入れない。入れても疲れるだけだから。

 むしろ、最近はこの会話にストレスを感じない方法を考案さえしてある。

 

「流し込まれるんじゃなくて、ドリンクバー式なんじゃない? 好きな時に飲めて、好きな時に飲むのやめられる的な」

 

 自分のIQも下げる事だ。そうすれば、なんか一時的に楽しくなってくる。……会話が終わった後の疲労度も桁違いだが。

 

「それは笑える。……てことは、あの中にはドリンクバーが?」

「行こう、菅谷。樋口」

 

 そう言うと、透は近くにいた菅谷の手を引き、走り出す。その後を、円香も追う。なんだか、やはり透の様子が昨日からおかしな気がする。少し、菅谷と仲良くなったのだろうか? 

 

「樋口?」

「あ、うん。行く」

 

 後を追って、三人で胎内廻りに向かった。ちなみに、クラスメート達は既に本堂でお参りを始めている。

 大体、10〜20分ほどで出て来た三人のうち、菅谷と透は少しガッカリした様子でため息をついていた。

 

「……ただ暗いだけだった」

「……ドリンクバーなかった」

「良かったじゃん」

 

 最後に皮肉を返す円香だった。

 さて、そのまま三人は気ままに清水寺の観光を続ける。目に入ったのは、今度は恋占いの石だった。

 しかし、そんなものを透と菅谷が知るはずがない。

 

「何あの石。なんでしめ縄巻いてあんの?」

「人の首に見えるんじゃね? あれしめ縄じゃなくて鉢巻なんじゃないの」

「猟奇的過ぎでしょ」

「じゃあ、樋口はなんだと思うの?」

「あんなの、せっかくな観光地なんだから、中学生が喜びそうなアトラクション作ろうとしたってだけでしょ。目隠ししてたどり着けたら恋が叶うとか……下らない」

「詳しいね」

「言っとくけど、授業で事前学習してれば誰だって知ってる事だから」

 

 茶化されるのは好きではないため、ここは否定しておく。何というか「本当は恋愛に興味あるんでしょ?」「え、好きな人いるの? 誰?」「菅谷?」「おいおい、悪いけど俺、好きな人いるから」とか言われたらキレてしまう。

 

「こんなの良いから、さっさといこう」

「えー、でも面白そうじゃね? 俺、目隠しして辿り着けるか試したい」

「ああ、好きな人とか関係なしで?」

「うん」

 

 ホント、好奇心旺盛も大概にして欲しい。まぁ、これ以上、止めるのもアレだし、やりたいならやらせれば良い。

 

「……じゃあ、やって来たら?」

「よっしゃ。見とけよ、お前ら」

「せっかくだし、誰か決めてよ。相手の女の人」

「え? あー……じゃあ、アメリア・イアハート」

「絶対叶わない夢」

「……誰?」

「女性初の飛行機のパイロット」

 

 なんでそのチョイス、と二人が思ったのは言うまでもないし、それらを一切、気に止める様子もなく、菅谷がチャレンジしに行ったのも言うまでもない。

 さて、スタート位置である岩の横に立ち、目を隠される。

 

「……すぅ、ふぅ……よし!」

 

 その気合いに押され、円香と透も唾を飲み込んだ。本当にアメリア・イアハートと付き合うつもりなのだろうか? 

 スタートした直後……まさかのダッシュで走り出した。

 

「え、走ってる?」

「普通、慎重になるよね。目を隠されたら」

 

 しかし、作戦的には悪くない。距離にして10メートルほどの場所。つまり、慎重に歩いて真っ直ぐ行ってるか不安になるより、最後に視界に収めた景色を信じて突き進むのがベストだろう。

 ……まぁ、菅谷にそんな作戦的意図は無く、普通に走りたかっただけだが。

 なんだかんだで、まっすぐ走れている。しかし、たかだか10メートルの距離感、走るのはやはり危険だ。

 

「「あっ」」

 

 盛大に岩に躓き、足を後ろに持っていかれて一回転した。宙返りしながら宙を舞い、腰と背中を石畳に強打……するかのように思われ、円香と透は思わず駆け寄ろうと一歩踏み出す。

 しかし、菅谷の身体は華麗に一回転し、両脚は岩の真上に着いて着地した。

 二人して思わず固まり「訳が分からない……」という表情を浮かべ、見ていた他の観光客からは拍手が巻き起こる中、思わずマスクを外した菅谷があたりを見回す。

 

「……なにがどうなった?」

「奇跡が起きた」

「あんたホント何なの?」

「一応、ゴールしたんじゃないのこれ?」

 

 まぁ、確かにゴールと言えばゴールだろう。とりあえず、目隠し用の布を返して、菅谷は二人の元に戻った。

 

「……えっと、何がどうなったの?」

「あんた、一回転して着地したの。躓いた岩の上に」

「うっそだぁ」

「無自覚なの……」

「菅谷、すっごいね。私にも出来るかな」

「やめて。怪我じゃ済まないと思うから」

 

 少なくとも透には怪我をして欲しくなかった。しかも、こんなバカな理由で。

 だが、透は真顔のまま動かない。

 

「え、でも私もやりたい。これ」

「や、だから……」

「いや、走るとか目隠し宙返りとかバカなことじゃなくて。普通に」

「……」

「え……それ、って……」

 

 恋占いの岩をやりたがる……それが一体、何を意味するのか。円香だけでなく、菅谷もわかったようだ。

 しかし、信じられない。今まで何を考えているかわからないようで、何も考えていなかった少女が、そこまで言うとは……思わず、菅谷は頬が赤くなって大きな声を出してしまった。

 

「俺の宙返り、かなりバカっぽかったって事⁉︎」

「……そうなんじゃない?」

「ヒグっちゃんまで……」

「……ふふっ、魅せるから。私の優雅な宙返り」

「結局それやる気だった、と……」

 

 円香は小さくため息をついた。まぁ、正直に言うと薄々そんな気はしていたが。まさか、よりにもよってこの幼馴染が恋愛なんかに興味あるとは思えない。

 何となくだが、自分と透と小糸と雛菜は、なんか一生、友達でいられる気がしている。高校生とかになっても、彼氏なんて作らずに四人で駄弁ってそうだし、大学生になってもなんならルームシェアとかしてそう。

 

「……」

 

 今、ふと変な事を思った。もしかしたら、その輪の中に菅谷が入る事もあるのだろうか? 

 

「よーし、行くよー」

「浅倉、コツを教える。心の目を持ち、自らの勘を信じて、慎重に一歩一歩、噛み締めて進め」

「え、それさっきの菅谷と真逆の事してない?」

 

 いつの間にか目隠ししていた透と、菅谷が話を進めていて、ハッと意識が戻る。というか……もう、良いや、と円香は捨て置く事にした。

 こうなったら、怪我しそうな時に備えるしかない。身構えて、透の様子を見ると……同じように、ダッシュで走り始めた。しかも、木に向かって。

 流石に備えててもどうしようもない。激突するべっぴんさんを眺めながら、よりにもよって一番、呆れられたくない相手が呆れて言った。

 

「あいつ、俺のアドバイス聞いてたの?」

「あんたのはアドバイスじゃなくてフィーリングでしょ」

 

 話しながら、二人は透の方へ駆け寄る。

 

「おーい、大丈夫ー?」

「生きてる?」

「大丈夫……まだ、私のターンは終わってない……!」

「え、いやもう大分いっぱいいっぱいでしょ」

「怪我されても困るし……」

「じゃあ手伝ってよ」

「……良いけど」

 

 そこまでクリアしたがる? と、怪訝に思った円香の肩に、菅谷は手を置いた。

 

「止めてやるな、ヒグっちゃん」

「はぁ?」

「浅倉の乙女心を理解しよう。一度、始めたゲームは降りるつもりないって事なんだよ」

「それ乙女心?」

「でも、怪我されたら困るから、こっちの声は聞いてね」

 

 そう言うと、菅谷は未だに目隠ししている透の肩に手を置き、とりあえずゴールの岩の方に体を向けた。

 

「今、ゴールの方を向いてるから。真っ直ぐね」

「……ありがとう」

「ヒグっちゃんも、これで良い?」

「勝手にすれば」

 

 そう言うと、今度は慎重にフラフラとゴールに向かって進み始めた。

 円香は、菅谷と並んでその様子をぼんやりと眺める。やはり、どうにも透らしくない気がした。いや、それはむしろ菅谷もだろうか? ここまで面倒見良かったっけ? と、円香は少し変な所で何か違和感を抱いてしまう。

 そうこうしている内に、透は石に到着した。割とあっさりとだ。

 

「ふぅ……楽勝だった」

「どの口が言ってんの?」

「浅倉、絆創膏と消毒」

「お、サンキュ」

「ていうか、俺やろうか? 見えないでしょ、顔」

「あ、うん。じゃあ……」

「私やるから」

 

 が、その間に円香が割って入る。それに、菅谷は消毒液とか入っているポーチを手渡す。

 

「あ、ホント? よろしく」

「ていうか、なんでそんなもの持ち歩いてるの? アホなあんたらしくない」

「母さんにいつも持たされてるだけ」

「……苦労してるんだ。あなたのお母さんも」

 

 それだけ言って、恋占いの岩から離れると、透の額を消毒してあげながら言った。

 

「ていうか、そろそろバレると思うから、あんたはクラスの人達が今、どこにいるか見て来てくれない?」

「え、もう少し見てまわらない?」

「バレたら怒られて、最悪自由行動なくなると思うけど」

「行ってきます」

 

 そう言って、まずは菅谷を先行させつつ、透の額の傷を処置する。

 

「痛っ……」

「染みる?」

「平気」

「……で、どういうつもり?」

「? 何が?」

「何かあったの? 昨日から、やたらと菅谷と距離近くしてるみたいだけど」

「別に、何もないけど? 元から仲良いし」

「私にまで隠し事?」

「……」

 

 何があったのかは知らない。と言うか、ずっと一緒だったし、何かあったとは思えない。だからストレートに聞いた。分からないものは分からないから。

 すると、透は真顔のまま答えた。

 

「別に、本当に何もないよ。けど、10月になって、中学生活も残り半年を切って……それで初めて、名残惜しいって思える友達が出来たから」

「名残惜しいって……あいつのこと?」

「うん。菅谷が高校、どこ行くかは知らないけど、離れ離れになるなら、せめて悔いがないように遊んでおきたいかなって」

「……」

 

 なるほど、とようやく腑に落ちた気がした。だからと言って、おんぶとか手繋ぎはボディタッチが多くない? と思ったりもしたが、口数が足りない透だからこそ、行動に移していたのだろう。

 卒業してもずっと友達、と言う人は少なくない。が、現実はそう甘くない。高校が楽しければ、多分、また同じ中学だった人と連絡なんて取らなくなるし、そうじゃなくても環境の変化で連絡を取る余裕すら無くなるかもしれない。

 

「樋口は良いの?」

「……何が?」

「菅谷と、もっとくっつかなくて」

「いやくっつく必要は無いでしょ」

「そう?」

 

 ……とはいえ、確かに修学旅行を逃したら、いよいよ本格的な勉強に集中しなくてはならなくなる。もしかしたら、菅谷と普通に遊べるのは、今日明日が最後なのかもしれない。

 

「……はい、終わり」

「ありがと」

 

 透の額に絆創膏を貼った。女の子が顔に医療品をつけたにも関わらず、いつもの真顔はとても楽しそうに見えた。本気で楽しんでいるからだろう。

 なら、自分も少しは、必要以上に拒絶せずに彼との思い出を作るべきなのだろうか? 

 

「おーい、みんな今、滝の所にいるよ」

 

 すると、菅谷が走って戻ってきた。

 

「なんかスッゲーな。あそこの滝、飲むと学力・恋愛・寿命、全てが良くなるって! 進○ゼミみたいなこと言ってた!」

「なにそれウケる。ていうか、ゼミって寿命も延びんの?」

「知らないけど、延びそうじゃない?」

「分かるわ」

「……」

 

 こんな馬鹿な話ができるのも、もしかしたら残りわずかかもしれないということだ。

 なら……せめて、自分は……。そう決めると、円香も再び、会話に混ざった。

 

「学力が伸びる→良い大学に行ける→良い職業に就ける→お金持ちになれる→人間ドック何度も受けられる→早い段階で重たい病気が見つかるから、重症化しないで治せる……って事ならいけそう」

「おお、なんか頭良さげ」

「樋口、すごい」

 

 疲れない為なんかじゃなくて、自分も楽しむ為にバカな話にも参加しよう。そう決めて、二人の会話に混ざった。

 

 ×××

 

 何のつもりか知らないが、学校側が開催するイベントによって、修学旅行二日目の夕方で座禅を組まされた。

 隣の透と、さらにその隣の菅谷が二人合わせて18回、肩を叩かれていて、笑いを堪えている間に自分も2回ほど叩かれた円香は、それはもう疲れで動きたくなくなっていた。

 

「お疲れだね、樋口」

「……誰の所為よ……」

「え、私達?」

「達ってつけた時点で自覚あるでしょ」

 

 まぁ、体験座禅だから、あんまり強くは打たれなかったが。

 なんにしても、今日はもう寝るだけ。同じ部屋に泊まる残り二人の女子生徒は遊びに行ってしまっていて、透と二人だけである。

 

「ま、良いじゃん。もう寝るだけなんだし」

「……」

 

 まぁ、それはその通りだ。……笑わされた本人に言われると腹立つが。そのことに気付いていないのか……いや、十中八九気付いているが、気になり透は言った。

 

「明日で終わりかー。なんか、思ったより短く感じたね」

「そう?」

「楽しかったからね」

 

 あの後、3人で嵐山の方へ赴き、竹林に覆われた道を森林浴……とは勿論、行かず、拾った枝でハリーポッターごっこやら何やらと遊びに遊びまくった。いくら楽しむと決めた、と言っても、普通にそんな子供っぽいにも程がある、ごっこ遊びにまで混ざる気はなかった円香は、途中でちょいちょいアドバイスとか魔法の名前を教えたりして、上手く立ち回った。

 

「樋口は?」

「……まぁ、少し名残惜しいかな」

「ふふ、やっぱり」

 

 特に、一日目。放置して来た上に、捨て置いて銭湯に入った後、おんぶでイチャイチャしてるようにしか見えなかった二人から離れて移動していた為、大分無駄な時間を使ってしまった気がする。

 

「明日は、樋口から色々と菅谷を誘ってみたら?」

「……考えとく」

「うん」

 

 なんて話した時だった。コンコンとノックの音が聞こえる。何かと思って円香が出迎えに行くと、菅谷が目の前にいた。

 

「よう」

「はっ⁉︎」

「遊びにきたよ」

「あ、菅谷ー」

「ちょっ……え?」

 

 思わず狼狽えそうになってしまったが、そんな中、聴こえてきたやたらと低い声。

 

「そろそろ就寝時間だぞー。廊下に出てる奴」

「あ、ヤバっ。来た」

「っ、ち、ちょっと入って」

 

 思わず中に入れてしまった。あのままだと見つかってしまうし、最悪自分達も連帯責任にされかねない。

 慌てて部屋の中に入れて、肩でしている息を静める。

 

「いらっしゃい、菅谷。お菓子あるよ」

「食べる。ポテチとか?」

「いや、それは太るからない。チョコとか」

「それも太りそうだけど」

 

 自分が落ち着いている間に、何食わぬ顔で同類のバカに出迎えられ、しかも円香が持ってきたホワイトチョコとブラックチョコが格子状になっている、地味に高いチョコに手を伸ばし始め、苛立ちは短期間で頂点に近くなった。

 

「二人とも、浴衣似合ってるじゃん」

「ありがと。菅谷も……樋口?」

「っ、うお……!」

 

 気が付けば、菅谷の目の前まで迫り、ジト目で睨み付けていた。思わず近過ぎて菅谷が顔を背けるほどの距離である。

 

「えっ、な、何……?」

「なんで来たの」

「え、遊びに……」

「見張りの先生にバレたらどうするの?」

「いや、だってせっかく浅倉と樋口と泊まりで遊びに来てるんだし、少しくらい部屋で駄弁ったって良いでしょ?」

「……バカ……」

 

 恐らく他意など一切ないその言い草に、思わず樋口は何も言えなくなり、代わりに子供みたいな暴言がこぼれ落ちた。

 そんな樋口の気も知らず、菅谷は二人に声をかけながら、その辺に落ちている枕を手に取った。

 

「よし、修学旅行の夜にすることといえば、決まってるよね」

「! お……良いね、ついにやっちゃう?」

「……枕投げならやらないからね」

「スタート!」

「スキあり!」

「ぶごっ……!」

 

 二人して枕を円香に投げ付け、顔面にクリーンヒットした。それにより、後ろにひっくり返る。

 

「あ、やばっ……」

「思ったよりクリティカルに……」

 

 ひっくり返った円香は、そのまま起き上がらない。大の字に倒れ込み、顔に枕が積み重なったまま動かない。

 しばし、静寂……しかし、まず動いたのは腕だった。妙にゆっくりと動き、枕に手を当て、ゆっくりと身体を起こしながら両手で構える。

 

「あーそう……騒いだら絶対、先生にバレるからって言おうとしたけど……ふーん、そう。そういう感じでいくわけね……」

「お、ヒグっちゃんもやる気になった?」

「良いね。それでこそ樋口」

「覚悟は出来てるんでしょうね……?」

「勿論。あ、命は一人三つね。最初に全滅した人がジュース奢り」

「面白いじゃん」

「つまり、3回殺されたい、と。ホント、そういうとこ良い度胸してる」

 

 噛み合っているようで噛み合っていない中、デスゲームはスタートした。一気に枕を射出する円香の一撃を、二人とも慌てて避ける。

 壁に直撃した枕を拾った菅谷は、そのまま円香に投げ返すが、キャッチした。その様子を眺めながら、透は珍しくはしゃいでいる円香を記念に残すために、参加の前に写真を撮る事にした。

 

「死ねッ‼︎」

「うおっ⁉︎ 危ない危な……ほわっ⁉︎ ヒグっちゃん、それ座布団!」

「カンケーないから!」

「ていうか、あの……ゆ、浴衣浴衣!」

「掛け布団スマッシュ!」

「ほああああ⁉︎」

 

 はだけてもお構い無しに暴れる円香を、すこしくすくすと笑いながら透はスマホに収めた。3秒後、自分の顔面に枕が直撃した。

 

 ×××

 

 一通り三人でそのまま枕投げ(一人はガチ)を続けた後、疲れてトランプをやりながら休憩。

 そんな中、ふと思ったように菅谷が言った。

 

「ね、それよりさ、気付いた? 大浴場の近くに、卓球台あったの」

「ああ、気付いてたよ」

「今から、やりに行かない?」

「は? 行くわけないでしょ」

 

 落ち着いた円香はすぐに首を横に振る。それをやるなら、せめて枕投げの前に言って欲しかった。

 それは透も同じだろう……と思った直後、透はしゃあしゃあと答えた。

 

「良いね。行こうか」

「浅倉、何でもかんでも肯定しないで。たまには反論の一つでもしてみたら?」

 

 大体、もう直ぐ就寝時間だって先生のセリフが聞こえたばかりだ。この二人の頭はどうなっているのか。

 が、本気で行くつもりのようで、二人とも立ち上がると部屋の出口に向かう。

 

「じゃ、樋口。待ってて。ちょっと身体動かして来るから」

「っ……わ、分かったから。私も行くから……」

「お、ヒグっちゃんも来る? じゃあ、審判やって」

 

 自由にも程がある二人に、半ば強制的に連行された。

 本当に卓球をやるつもりのようで、そのままの足で卓球場へやって来た。

 到着するなり、ラケットを持った菅谷は平気な顔で言った。

 

「よし、じゃあ負けた方が飲み物奢りな」

「そういえばあんたさっきの枕投げで負けた分、私に払いなさいよ」

「後でね」

 

 そう言ったのは、勝った円香だった。命を一つも散らす事なく猛威を奮った猛々しい勝利だった。

 その提案に、透は首を横に振る。

 

「普通に勝負するんじゃルール分からないし、ラリーにしない? お題に答えて球を打って、打ち損じるか答え損ねたら負け」

「お、良いね」

「じゃあ、お題発表するから」

 

 振られる前に、円香が口を開く。この際だ。メチャクチャ難しいお題にしてやろう。

 

「古今東西、私が好きなコンビニスイーツ」

「「よしこい!」」

 

 メチャクチャ個人的なお題を出してきた。しかも、二人ともノリノリである。正直、冗談のつもりだったが、やる気ならそれはそれで構わない。

 

「スタート」

「濃厚モンブラン」

 

 まずは透から。

 正解。あの本当に濃厚な栗の味がするモンブランは絶品だ。

 

「かぼちゃプリン」

 

 それも正解。実はカボチャはスイーツにしても美味いと教えてくれた奇跡の一品である。

 

「抹茶ぜんざい」

 

 当たり。抹茶クリームをふんだんに使ったそれは、苦味と甘味の黄金比をこれでもかというほど味合わせてくれる。

 

「いちごクリームチーズケーキ」

 

 それも合っている。いちごのクリームを若干、薄味にする事でチーズケーキの中に織り交ぜた仄かなトマトの風味を表現することに成功した、革命的な一品となっている。

 

「北海道ミルクプリン」

 

 これまた大正解。要するに普通のミルクプリンだが、そもそもミルクプリンがプリンより美味しいので、そもそも好みじゃないはずがない。

 

「期間限定G○DIVAコラボ商品、チョコレートワッフ……」

「ちょっと待って」

 

 またも正解だったが、あまりに的確な返事をもらい過ぎて、思わず間に入ってしまった。

 

「あ、ヒグっちゃん。良いとこだったのに、なんて邪魔すんの?」

「そうだよ。そろそろ私と菅谷の間に新たな友情が芽生えるシーンだったのに……」

「そんなスポーツマンシップないでしょ。てか、そうじゃなくて。なんでそんなに当てられるの? 的確過ぎるでしょ」

 

 言われて、二人とも顔を見合わせる。

 

「なんでって……まぁ、ブラックコーヒー飲めないあたり、逆説的に言えば甘いもの好きでしょ?」

「てことは、樋口の性格から逆算して、ちょっと斜に構えた感じで、美味しそうな空気の奴が好きかなって……」

「ーっ」

 

 少し恥ずかしくなってきた。こいつら、自分について理解しすぎだ、と。

 

「も、もうそのお題やめ。普通に卓球してて」

「え、なんで?」

「てか、勝敗は?」

「どっちで途切れたっけ?」

 

 一応、菅谷が答えながら返そうとした所で止まったので、菅谷で止まったのだろう。

 

「じゃ、菅谷の負け」

「ええ〜……」

「やり〜。奢りね?」

「まぁ良いけどさぁ……」

 

 というか、もうこっちにきてだいぶお金を使っている気がするが、菅谷はいくら持って来たのだろうか? まず間違いなく「5000円以内」は無視しているように見える。

 そのまま、二人は卓球でラリーを始める。痛烈に恥ずかしい思いはしてしまったが、まぁ休めるので問題ない。

 二人の様子を眺めながら、椅子に座って一息ついた。

 いよいよ、修学旅行もあと一日。いや、夜が明ければ一日弱と言うべきか。せっかくだし、また何枚か写真を撮っておくことにした。

 二人が卓球しているシーンを、カシャッとスマホに収めておいた。

 

 ×××

 

 途中から、菅谷に誘われた円香も混ざった。

 二刀流を謳っておきながら、実質一刀流の菅谷を二人でいじめ、ようやく部屋に戻るか、となった。

 今度は、自分達の部屋に来ることはなく、そのまま菅谷の班の部屋に戻る事だろう。

 ……やはり、名残惜しさが残った。それは、透も菅谷も同じのようで、戻るまでの間に会話はない。

 このまま帰ると、後は寝るだけ……まだ、時間は就寝時刻から一時間過ぎた程度なのに。

 そう思った円香は、反射的に二人の手を取って動きを止めていた。

 

「……っ」

「? 樋口?」

「どしたの?」

「っ、お、奢り」

「「え?」」

「菅谷の奢り、まだじゃん」

 

 それを聞いて、二人とも少し表情を明るくする。その顔は、まるで「その手があったか」と言っているようだ。

 

「そ、そうだったっけ」

「そうだよ。買いに行こう」

「売店閉まってるけど、外にある自販機なら、まだ買えるから」

「じゃあ、これから夜空の下を散歩だね」

「うん」

 

 それだけ話しながら、三人で外に出た。空を見上げると、何かの詞で聞いた「星が降るようで」というフレーズを思い出してしまう程、星が燦然と輝いていた。

 それをじっくりと眺めながら、とりあえず自販機で飲み物を買う。立ったまま、三人で乾杯した。

 

「ふー、美味しい」

「人のお金だから、格別」

「ちゃんと味わえよ」

 

 そんな話をしながら、飲み物を口に含み、空を見上げる。三人とも、ほっこりした表情で空を見上げた。

 

「いやー、楽しかったな。今日」

「うん。楽しかった。嵐山」

「一緒にいる私は普通に恥ずかしかったけどね。人前で大声で『エクスペリアームス!』なんて大きな声で叫ばれて……」

「ヒグっちゃんが一番、魔法のこと詳しかったけどね」

「それ。ディミヌエンドなんて呪文があるの初めて知ったし」

「……あんたらのモノマネが拙いからでしょ」

「混ざりたかったの?」

「黙って」

 

 嵐山の思い出から、モンキーパークを見た話に移り、さらにその後、清水寺の話を思い出し、そっちに移る。そのあとは、さらに昨日に遡り、法隆寺や奈良公園の話になり、ようやく一息ついた。

 気がつけば、飲み物も残り僅かである。そんな中、ふと透が口を開いた。

 

「……ね、菅谷」

「? 何?」

「高校、どこ行くの?」

「え?」

 

 不意な質問だった。円香も、今聞くの? みたいに顔をあげる。

 

「えー……どこだろ」

「まだ決めてないの?」

「まぁ、うん」

「……嘘でしょ、それ」

 

 すっぱ抜いたのは円香だった。

 

「本当は、決まってるんじゃないの?」

「……」

「別に、違う高校行くならそれはそれで良いけど、せめて教えて欲しいんだけど。どうするつもりなのか」

 

 二人から、じっと見られてしまう。菅谷は黙り込んだまま、飲み物を飲み干した。

 そんなに言いづらい事なのか、円香と透は黙ったまましばらく待つ。一応、友達のつもりではあるし、中学を卒業した後だって、友達でいたい気持ちはある。

 にも関わらず、志望校で隠し事されるのは、少し良い気がしない。少なくとも、円香にとっては不愉快だった。

 やがて、菅谷がポツリと呟くように口を開いた。

 

「……本当に、まだ決まってはないんだよ。いや、気持ちは決めてるけど、実際はそうならないかもって」

「落ちそうって事?」

「いや、うちの両親が引っ越すって言ってる」

「……は?」

 

 しれっと言われた内容に、円香は思わず声を漏らした。今、なんて? 引越し? 

 

「……どこに?」

「知らない。……けど、二人が受験する高校までは、ギリギリ通えないかなってレベルの場所」

「なんで?」

「うち、金持ちなんだよ。だから、今より住みやすい場所に行きたいんだって」

 

 なんだかさっきまでの疑問が腑に落ちた。つまり、財布の中に多めに入っていた金も、そう言う事なのだろう。……というか、なんだかこの自由奔放さも腑に落ちた気がする。

 

「俺は、二人と同じ高校に行きたい。けど……」

「一人暮らしすれば良いじゃん」

「「は?」」

 

 しれっとそう言ったのは、透だった。

 

「だから、一人暮らし。お金持ちなんでしょ?」

「……いや、無理でしょ。友達と同じ高校行きたいから一人暮らししたいって、百パー……」

「あ、そっか。その手があったか」

「ちょっと、真に受ける気?」

 

 ていうか、本気だろうか? このアホでバカで理科しかできない少年が一人暮らし? 絶対無理だろう。

 

「うん。そうだ。親に交渉してみよう」

「いやいや、あんた一人暮らし出来んの? 炊事洗濯家事全般、全部自分でやるって分かってる?」

「大丈夫でしょ。こう見えて、小学生の時はよく母ちゃんの手伝いしてたんだよ」

「いやそんなレベルと一緒にされても困るんだけど……」

「不安だったら手伝うよ。私と樋口が」

「はっ⁉︎」

 

 この顔が良い女はまた勝手なことを……などと思っている間に、菅谷は早速スマホを取り出した。

 

「よっしゃ! 早速……」

「いや、電話する前にもう一度、よく考えて……」

「新しい門出を祝って記念写真撮ろう!」

「……もう勝手にして」

 

 なんだか、心配しているのがバカらしくなる男だ。ヘナヘナと力が抜けたように座り込み、残り僅かとなった缶にトドメを刺すと、その円香を透がニコニコしながら眺めていた。

 

「……何」

「いや、嬉しそうだなって」

「……そんなんじゃないし」

「二人とも、撮ろうよ。写真」

「良いよ。樋口も」

「撮るならさっさと済ませて」

 

 そんな話をしながら、菅谷を真ん中に二人は寄る。しかし、真ん中の人がスマホを構えると片方、映らなくなるわけで。

 仕方ないので、一番左の円香がスマホを構えた。

 

「……なんで菅谷の門出を私が撮るの」

「良いじゃん、細かいことは」

「樋口、めっちゃ心配してたし」

「……うるさい」

 

 そんな話をしながら、三人は写真を撮った。こうして、三人の修学旅行は幕を下ろした。

 

 

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