浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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酒に強くなるより、飲み方を覚えろ。

 大学生活が始まり、夏休みを終えた大学生はひとつ、大人になる……というより、大人になった気になる経験をする。

 それは……飲酒、あるいは喫煙である。子供のうちに禁止されていた事をする事で、大人になったと錯覚する……まぁ子供みたいな事だ。

 それは、夏休み中だけでなく夏休み明けにでもあり得る可能性であって。

 

「あ、リカー」

「あ、とおるん」

 

 大学が再開して、そろそろ帰る時間。円香はお仕事でいないわけだが、透はいるので明里を待っていると、やってきたので声をかけた……が、明里は珍しく複数人と一緒だ。

 

「ごめん、俺今日飲み会行く」

「え、ヤバくない? 円香にバレたら」

「大丈夫、飲まないから。酒」

 

 まぁそれなら良いと思うけど……でも、せっかく二人きりの時間になると思ったのになー……と、少ししょんぼりしてしまう。

 その透の頭に、明里は手を置いた。

 

「ごめんね。今度、時間作るから」

「……明日っ」

「了解。じゃあ……ボウリングでも行く?」

 

 そのセリフに無言で頷いた。キスしたい所だけど……円香にも迷惑が掛かるかもしれないし我慢。

 

「菅谷ー、そろそろ行くぞー」

「あ、うん。じゃあ、とおるん。日付回るまでには帰るから」

「ん」

 

 それだけ話して、明里は他のメンバーと一緒に立ち去ってしまう。まぁ、大丈夫。一晩くらい。さらに、男同士での飲みっぽいし……と、思ってその背中を見ると、後ろの方に女性陣が控えているのが見えた。

 は? 男女混合の飲み会? それ合コンでは? と、一気にイラッとした。

 

「待って」

「え?」

 

 声を掛けると、明里は足を止める。

 

「行く」

「え?」

「私も参加する」

「いや、なんで?」

「いいから」

 

 そんなわけで、二人で飲み会に参加した。

 

 ×××

 

「で、潰れたのその子?」

「……ごめん。俺がよく見てなかったから」

 

 明里は宣言通り酒は飲まなかったが、透はハイボールを「何これ、ボールのジュース?」とジュースと勘違いして一杯半飲んで潰れた。机の上に涎を垂らしながら爆睡していて、他のメンバーも割と引いている。

 

「俺帰るね……とおるん、送って帰んないとだし」

「お、おう……」

 

 彼氏彼女であることはバレていないが、もう大学で既に「三馬鹿姉弟」の通り名が通っており、それなりに親しいことはバレている。

 明里は財布から1万円札を抜くと、今回の幹事に手渡した。

 

「これ、俺ととおるんのお金。お釣りいいから」

「え、いや貰いすぎだって。まだ飲み始めて一時間経ってねーぞ」

「迷惑料も込みだから。ホントごめんね、いきなり参加するって言って即潰れて」

「いやお前が謝らんでも……」

 

 いや、謝るしかないのだ。だって自分の彼女のことだし。とりあえず、そのまま透をおんぶしてお店を出た。

 しかし……と、少し半眼になる。この後、絶対に円香に怒られる……。ちゃんと周りは見ていた。無理に飲ませようとする奴がいないか、心配なのはそこだけだから。まさか本人から酒を飲むとは思わなかった。

 

「……はぁ、やっちゃったなぁ……」

 

 ちなみに、透は背中でいびきをかいている。

 

「ガーゴーガーゴー……!」

「何で酒飲むといびきが変わるのかな……?」

 

 少し引いたような声音を漏らしつつ、帰り道を歩く。こうして透をおんぶして歩くのは割と中学からの恒例行事になっていたりするが、お陰で透の身体の成長には敏感になってしまった。身長が伸びた、という意味で「重くなった?」と聞いて怒られたのは一度や二度じゃないから。

 でも……こんなに風情がないいびきを聴きながらおんぶをするハメになったのは初めてだった。

 

「……なんか、身体は成長してても、中身はほとんど成長してないような……」

 

 そんな呟きを漏らした直後だった。

 

「なぁんだとぉ〜?」

「げっ……お、起きてたの?」

「おきてちゃわるいのか〜!」

「わ、悪くないけど……」

「わらしだって、すこしはしてるから。せいちょー!」

 

 や、ヤバい。なんかすごく荒れてる……これが酒乱か……なんてカルチャーショックを受けている場合じゃない。

 

「わ、分かってるよ。してるよな、成長。家事、少しずつ覚えてきてるし……」

「なんれ保護者目線のほめかたらー!」

「ちょっ、揺らさないで!」

 

 ガックガックと身体を揺らされ、少し目が回りそうになる。

 

「わたしらって……わたしらって……せーちょーしてるからー! いろいろ……いまちょっと思い出せないけど……しーてーるーかーらー!」

「わ、わかったわかった! してるよね、いつもとおるんに助けられてます!」

「いつ」

「え?」

「いつなの」

 

 ……具体例を上げさせられるとは……い、いつか……そんなの、言うまでもない。

 

「毎日だよ。とおるんからも、マドちゃんからも、いつも一緒にいてくれてるだけで、モデルも勉強も家事も頑張れるんだから」

 

 本音だ。物理的なものではない。一緒にいるだけで元気が出る、というのは本当にあるのだ。多少、嫌なことがあっても、透や円香の顔を思い出すだけで「ま、いっか」と思えるのだ。こちらの殺意や苛立ちを消してくれる働きを持つ……のだが。

 

「は?」

「え?」

「知ってるから。そんなの、こどもをごまかすための方便だってー!」

「い、いやいや! そんなことないから……!」

「どうせっ……ひぐっ、ぐすっ……わたしなんへ……わたしなんへ……リカにもまどかにも役に立ってない、お荷物なんだああぁぁぁぁ……」

「ちょおっ⁉︎ な、何で泣くの何で泣くの何で泣くの⁉︎」

「ずびびびび!」

「えっ、今背中で鼻かんだ?」

 

 いや、背中なんかよりも透だ。泣かせてしまった、いや自分の所為かは分からんけど……いや、自分の所為だ。何に助かっているか、目に見える実績をあげるべきだった。

 

「ううっ……ぐしゅっ……わたしなんか、わたしなんか……」

「と、とおるん……落ち着いて……」

 

 どうしよう、酔っ払いのあやし方とか分からない……親に聞いた方が……というか、事前に聞くべきだったか。

 何にしても、何とか落ち着かせてあげないと。実際に役に立っているところを挙げるのが吉……と見るべきだろう。

 落ち着いて深呼吸してから、透に明里は伝わるように告げた。

 

「とおるん……落ち着いて。とおるんは、目に見えることでも役に立ってるよ。俺とマドちゃんが疲れて朝遅く起きちゃった時、いつも早く起きてとおるんがゴミ捨てとか朝ご飯とか作ってくれてるでしょ」

「……」

「それ以外にも、とおるんはいつも帰ってきたら、玄関まで出迎えてくれる。俺とかマドちゃんが愚痴ったら、毎回黙って聞いてくれる。遊びに行くの誘ってくれるのも、とおるんが一番多いし、それに……」

 

 と、言っている時だった。

 

「うっ……」

「う?」

「うええぇぇぇぇ…………」

「は?」

 

 おんぶしている肩の真横から、モロモロモロモロっとお昼に食べたと思われるうどんがグロテスクな姿となって流れ落ちた。服は、犠牲になったのだ。

 

「……え」

「ゆ、ゆれる……きもちわるい……」

「……」

 

 ……まぁ、飲酒による嘔吐は無い話ではないが、とりあえず家に連れ帰って適切な処置をしてあげなくては。

 

「とおるん、大丈夫?」

「まだ出そう……」

「あー……」

 

 マジか、と辺りを見回す。公園が目に入った。ちょうど良いので、中に入って公衆便所に入った。男女共用の個室が一個しかないのは幸いだ。入っても問題ない。

 

「ここ便器。背中摩るから、満足いくまで出しな」

「う、うん……おええ……」

 

 背中を摩ってあげていると、スマホがポケットで震えたので見下ろす。円香からチェインが来ていた。

 

 菅谷円香『飲み会了解。楽しんで来て』

 菅谷円香『私は早めに撮影終わったから、帰ってご飯家で食べてるね』

 菅谷円香『一人で』

 

 ……すごく拗ねてる、と少し冷や汗を浮かべつつも、今から帰るのなら電話でれるだろう。電話をかけた。

 

「あーもしもし、マドちゃん?」

『そう。飲み会の最中に電話してくれてご苦労様。楽しんでおいで』

「いやもう出て今公園」

『は? なんで』

「おえええ…………」

『……何今の』

 

 ほんと、間の悪さは天下一品である。それに、割と話している場合じゃないし……いや、こうなったら言うしかないだろう。

 

「……とおるんがハイボールとジュース間違えて飲んで吐いてる」

『……バカなの?』

「ボールジュースと間違えてた。ねぇ、ボールジュースって何?」

『知らない』

 

 はぁ……と、ため息をつかれてしまったが、仕方ない。

 

「ごめんね。俺がちゃんと見てなかったから」

『ん。すぐ帰るから』

「俺はとおるんが落ち着いてから戻るよ。晩御飯作っておくね」

『……大丈夫?』

「平気」

「げええぇぇぇ……」

『大丈夫?』

「俺は大丈夫、俺は」

 

 服は吐瀉物に塗れたわけだが、自分の服より大変なのは透だろう。仮にもJDが戻しているのだから。

 とりあえず、透が満足するまで背中をさすりながら……ふと、クンクンと鼻を動かす。当たり前だけど、円香と透では吐瀉物の香りが全然違う。

 

 ×××

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさい」

 

 円香が帰宅すると、割とひどい臭いがした。自分も最近、吐き出してしまった吐瀉物の香り。

 公園で吐いてきたんじゃないの? と思ったのも束の間、玄関で目に入ったのは、ゴミ袋。白いビニール袋とはいえ中が透けて見えていて、その中に入っている洋服に吐瀉物らしきものがついていた。

 顔を出した明里の服はパジャマだし、多分これ明里の洋服なのだろう。

 

「お疲れ様、マドちゃん」

「そっちこそ」

「透は?」

「しじみの味噌汁飲まして寝かせた……けど、あんま眠れてないっぽい……」

「リーカー! 頭痛い〜……!」

「ああ……はいはい、待ってて」

 

 なんか……大変そうだ。酔っ払いの始末なんて慣れていないのだろう。気持ちは分かる。

 

「何か手伝う?」

「大丈夫。シャワー浴びておいで。ご飯出来てるから」

「……そう」

 

 とのことで、円香はシャワーを浴びに行く。詳しい話は後で聞くとして、お言葉に甘えて汗を流した。

 明里が同じ建物の中にいるのに裸になることにもいい加減慣れてきて、ゆっくりと汗を流す。

 全身をゆっくり洗い流した後、バスルームから出て身体を拭いてドライヤーをかけて……など色々な処置を終えて洗面所を出て、リビングに入った。

 

「お待たせ」

「うん。晩御飯、用意出来るから食べてて」

「リーカー……かわいい彼女があたまいたいって唸ってるんだぞー!」

「はいはい……」

「……」

 

 頭痛い、酔いは覚めてない、吐き気は催してる……なんか、散々な症状が出ている様子だ。

 

「透、大丈夫?」

「あー……まどかだぁ……」

「はいはい。まど……んっ⁉︎」

「え」

 

 キスされた。透に。突然の行動に、円香どころか明里もギョッとしている。

 

「わ……す、すごいもん見ちゃった……」

「っ……ち、ちょっと……! 何して……⁉︎」

「まどかはどうおもう……?」

「はぁ……?」

 

 慌てて引き剥がすと、透はウルウルした瞳を自分に向けている。

 

「……わたし、たってない? 役に……」

「そ、そんなことないけど……いや、そこじゃなくてなんでキスし……!」

「キスしたら……役にたてる……?」

「何の話……ちょっと、リカ……!」

「好きな子同士のキスって……すごい……もっかい見たい……」

「は? ビンタするよ」

「まどか……リクエスト……」

「ちょっ……や、やめっ……」

 

 こ、こいつ力強い……! と、円香は透に両腕を掴まれ、押し倒される。そこで、ようやく明里がハッとして止めに入ってくれた。

 

「ちょおっ……と、とおるんストップストップ……!」

「なんれ〜……?」

「はぁ、はぁ……な、何なの一体……」

 

 ダメだ、透に酒を飲ませたら危険だ。……いや、別に透とキスするのが嫌とかではなかったが……まぁ良い。

 というか、透に酒を飲ませてこれなら、明里に飲ませたらもっとマズいんじゃ……。

 

「とおるん。もう寝よう」

「えー……なんぇ〜……?」

「眠れるまで、手を繋いでてあげるから」

「いえーい……ぐー」

 

 とのことで、寝室に明里が透を送り届けるのを、円香はのんびりと眺めた。

 

 ×××

 

「で、言い訳は?」

「あんまり記憶にないんだけど……」

「は?」

「ごめんなさい……?」

 

 翌日、透は円香に正座させられていた。

 

「あの……まだ頭痛いんだけど……」

「自業自得でしょ」

「そ、そうなの……?」

 

 そんな事言われても、本当に覚えていない。女の子もいる飲み会に明里が参加するって言うから、邪魔しにいって……ボールジュースを飲んでたら、なんか美味しくて止まらなくて……そこから先の記憶はない。

 

「そもそも、メニュー見たら分かるでしょ。どれが酒かなんて」

「いや、意外と分からなくて……全然、なかったから。興味」

 

 メニュー表に他にあったのは、カシスオレンジだのジントニックだの何だのと、割と名前の響きだけ美味しそうなものが多かった。

 

「……でも、迷惑かけたことには変わりないんだから。特に、リカには」

「そうなの?」

「リカの服、嘔吐した物で汚れて捨てるハメになったんだから、その辺は謝りなさい」

「あ……そ、そうなんだ……」

 

 それは……確かに謝らないといけないかも……。というか、明里はどこにいるのだろうか? 

 

「リカは?」

「寝てる。昨日、相当お疲れみたいだったから」

「……ほんとに謝らないといけないヤツじゃん」

「は? 最初からそうなんですけど?」

「……もしかして、怒ってる?」

「当たり前でしょ……飲酒して彼氏に嘔吐して強引にキスされて、怒らないと思う?」

「キスはいつものことじゃない?」

「……私がされたんだけど」

「え、うそ……」

 

 思ったほど嫌じゃなかった……とは言えないし言わない。癪だから。

 すると、透は何故か少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「そうなんだ……じゃあ、する? もっかい」

「反省って言葉知ってる?」

「あーうそうそ。めんごめんご」

 

 何にしても……こんな時間まで明里が寝ているのは珍しいし、本当に疲れているのだろう。

 

「後で謝っておくね」

「分かれば良い。……あと、当たり前だけどお酒禁止だから」

「飲まないよ。美味しかったけど」

「……どうしても飲みたかったら、私が酔っ払いの対処方法を覚えてからにして」

「いえーい」

 

 やったぜーと思いつつも、だ。今後から気をつけるのは当たり前として、実際お酒の名前とかは覚えておいた方が良いかもしれない。しれっと飲ませようとしてくる連中とかいるかもしれないし、それが学校の相手なら「これお酒?」と聞いた上で断れるが、業界人の接待とかなら、近くにプロデューサーとかがいないと厳しい。

 

「円香」

「何?」

「お酒の勉強しておかない?」

「……は?」

「いや、万が一『これほんとジュースだから』みたいな感じで絡まれた時のために」

「……」

 

 言うと「割とアリかも」と言うように円香は顎に手を当てる。実際、高校とかで化粧とかは禁止されているが、それは大学に行っても教えてもらえないし、社会に出た時点で覚えていないと非常識扱いされるもの。

 それは、酒も同じだろう。世の中、教えてもらえないことの方が大事だったりするのだ。

 自分達も、二十歳になったら勉強する前から知ってる前提で偉い人との飲み会に連れていかれるかもしれない。

 

「……ほんとに飲まないから。勉強するだけね」

「うぇーい」

 

 とりあえず、酒の種類だけでも……と、思っていると、ちょうど良いタイミングで明里が起きてきた。

 

「ほはよ〜……」

 

 大きめのTシャツが横に逸れて、肩と鎖骨が露出している明里。寝起きでそのまま部屋に来た感じだ。酒を飲んでいたら危ないかもしれない。

 

「酒封印の理由、もう一つ追加ね」

「うん、この無防備なタコスケを、酔った状態で見たくない」

「俺シャワー浴びてくる……」

 

 それだけ言って、明里は部屋を出ていった。

 

 ×××

 

 さて、お酒の勉強。今日は三人とも休みなので、とりあえず早速それを試すことにした。

 

「で、お酒飲むの?」

「飲まない。調べるだけ」

「あそう」

 

 明里の目も覚めたし、とりあえず今日のことを話してみると、明里は割とノリノリだった。まぁ、お酒に少しは興味があったのだろうが……でも、この人絶対に酒弱い。

 円香にとっては不安しかなかった。

 

「でも、飲まないで勉強になんの?」

「味を学ぶわけじゃないから。名前と種類だけ」

「ふーん……俺、種類くらいなら詳しいよ。父ちゃんと母ちゃんが酒好きだし」

 

 それを聞いて、思わず円香は目を丸くしてしまった。意外だったから。

 

「その俺が言うけど……酒の勉強なんていらないと思うよ」

「はぁ?」

「なんでー?」

「二人がそれぞれ二十歳になった時、まず最初に飲みに行くのはこの三人が一緒の時だから」

「……」

「……」

「その時に、俺が教えてあげられれば問題ないでしょ?」

 

 本当にずるい、この男……そういうことをしれっと……。いや、もういいけど。

 

「……そう」

「ふふ、来年楽しみ。めっちゃ」

「俺の誕生日だけ再来年かー。長いなー」

「もっと早く産まれればよかったのに」

「そんなにお母さんのお腹の中、居心地良かった?」

「まーたそうやってマドちゃんは憎まれ口叩いちゃってー」

「円香はこう見えてかまちょだから。仕方ないよ」

「分かった、あんたらお昼ご飯抜きね」

「「嘘嘘」」

 

 まぁ、何にしてもそれなら今日は普通に休みである。さて、せっかくなのだしどこかで遊びたいかもしれない。

 

「今日、どうする?」

「どうしよっか」

「じゃあ、リカの洋服買いに行こうよ。奢るから」

 

 提案したのは透だった。そういえば、昨日一番被害にあったと思われるのは明里だし、それもアリかもしれない。

 それを理解してか、明里はすぐに首を横に振った。

 

「え、いやいいよ別に。とおるんこそ辛かったでしょ? 思いっきり戻しちゃって」

「いいから。買わせて」

 

 透にしては強い語気で言われ、明里は少しギョッとしているが、円香には分かる。思ったより、透は申し訳ないと思っているのだろう。

 

「……うん。行こっか、買いに」

 

 なので、円香も口を挟んだ。……同じ様に嘔吐を受け止めてもらった身として、お礼をしたい気持ちはよくわかるから。

 

「もう、マドちゃんまで……じゃあ、俺からも何か二人に……」

「「いいから」」

「早いな……」

 

 なんでこちらが奢られないといけないのか。生物好きが祟っているのか、この男の異常な心の広さには、甘え過ぎるとダメになりそう。

 まぁ、何にしても明里に金も手間もかけさせるわけにはいかない。出掛ける支度をしながら、透が明里に声を掛けた。

 

「で、リカ。どんな服が欲しい?」

「『昆虫す○いぜ!』の衣装!」

「言ったな?」

「着てよ?」

「良いの⁉︎」

「……ごめんウソ」

「だからそれを選ぶのやめてお願い」

 

 一斉に止めた。それでデートとかに行くことになったら最悪だ。普通は行かないが、あの男の場合は分からない。

 

「でも……俺が欲しい服かー……」

「モデルでしょ?」

「なんかあるでしょ」

「うーん……でも、大抵は事務所の人がくれたりするからなぁ」

「え、そうなの?」

 

 何だろうそれ。モデル特権? 

 

「そうなんだよ。特に女の人が現場のリーダーの時に」

「は?」

「私達以外の女の人からプレゼントもらってたの?」

「いや、プレゼントじゃなくて報酬……」

「うるさい」

「それ全部出して。全部捨てるから」

「捨てないで⁉︎」

 

 こうなったら、もう二人のセンスで明里に似合うものを選んだ上でプレゼントするしかない。

 

「……よし、行こう」

「うん。早く行こう」

「お、落ち着いて行きたいな……」

 

 そのまま明里を引き摺って出掛けた。

 

 ×××

 

 これ、お礼のプレゼントじゃなかったっけ……? と、明里は冷や汗をかいてしまう。

 

「リカ、次これ着て」

「下にこれ履いて」

「あ、これも着て一緒に」

「良いねそれ、円香」

 

 と、まぁ、好き放題に着せ替え人形にされていた。試着室の中で、円香と透が選んだ服を持って来ては着ている。

 いや、別に構わない。自分も割と服装には気を使う方だから。でも、撮影の度にもらえたりしてしまって、わざわざ自分で買う必要がなかったりしてしまっていた。

 だから……正直、二人からプレゼントしてもらえるのは嬉しい。嬉しいけど……少し、圧が怖い。

 

「ふ、二人とも……そんな本気にならなくても……」

「黙って」

「うるさい」

「早く着て」

「ちゃんとして」

「……は、はい……」

 

 有無を言わさない……と、そのまま強引にきさせられてしまった。

 これからに向けての秋コーデ。暑過ぎず、寒過ぎずの完璧なコーディネートだった。

 

「ど……どう?」

「うん……カッコ良い。見てくれだけは、裏稼業を営んでる大学生みたい」

「ね。只者じゃない感じするし、オーラもある。スタイリッシュかつシンプルな感じ」

 

 ……ほ、褒め過ぎだと思う……と、頬が赤く染まったのだが……「けど」と円香が声を漏らす。

 

「リカの可愛さが出てない」

「ね。これじゃスタイリストさんが選んだ服と変わらない」

「もっと、リカの内面も出さないと……」

「真に似合っている、とは言えないよね」

「いや、そんなガチにならなくても……」

「「うるさい」」

「……」

 

 ちょっと泣きそうになった。そんなに言わなくても……と、思ってしまう反面、でもそんなに本気になってもらえると少し嬉しかったり……。

 

「……リカはホントに大事なとこわかってないよね」

「うん。バカすぎて困るというか……」

 

 そのまま二人はまた洋服を探しに行く。……なんか、少し何か企んでるように見えなくもないが……。

 なんて思いながら、また二人が持って来てくれる洋服を待った。

 さて、そのまましばらく待っていると、また持ってきてくれたのを着る……と、しばらく繰り返す。

 でも……やはり、嬉しい。自分のためにこうして手を尽くしてくれる彼女が二人もいるのは。

 

「はい、次これ」

「あとこっちも」

 

 すぐに戻ってきて、洋服を受け取った。それを手に取ると、明里は二人に笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう、二人共。大好きだよ」

「「……」」

 

 直後、二人とも真っ赤になった。あ、いつもお互いに言ったり言われたりしていることなのに、何故今だけそんな顔を赤くするのか……。

 

「どしたん?」

「き……急に何……」

「私も好きだよ……」

「時と場所を考えることも出来ないの? ミスターたらし」

「キスしても良い?」

「あの……もう少し二人の意見を統一してくれない? あとキスはもう少し後にして」

 

 話しながら、また試着を続ける事になった。

 まぁでも……なんだかんだ、二人とも楽しそうにしてくれているし、良かった。

 たまにはこんな休日も悪くないかも……と、思いながら着替えを終えてビックリだ。

 

「ちょっと二人とも! 何でロングスカート⁉︎」

「これ前にもやったと思うけど、何で引っ掛かるの?」

「流石に大学生にもなると似合わないね」

「やらせといて何その塩対応!」

 

 そのまま割と遊ばれたが、洋服は五着買ってもらえた。

 

 

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