浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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我がふり直すには人のふりを見ろ。

 秋……それは、食欲の季節。大人になると、この季節の過ごしやすさ、というものをすごく理解できるようになる。

 暑過ぎず、かと言って寒過ぎず……その分、気温に合わせてではなく、着たい服を着ることが出来る。

 それと……まぁ、下着姿のまま家の中を彷徨く二人の姿も無くなってくるし。何より、ちょっとの掃除で汗をアホみたいにかくこともなくなるのだ。

 

「ふぅ〜……」

「お疲れ様」

 

 今日は、家を三人で掃除していた。各々の部屋の片付けをした円香と明里は、そのままキッチン、バスルーム、廊下に玄関と掃除していく。

 円香は、キッチンを終わらせてから、ついでに水をコップに注いで廊下の掃除を終えた明里に手渡した。

 

「ありがとう」

「別にいい。廊下、終わった?」

「うん。今」

 

 綺麗になっている……高校時代、円香が母親に叩き込まれたものを、そのまま明里に叩き込んだ清掃術が活きている。

 

「ふーん……まぁまぁじゃん」

「でしょー?」

 

 あ、嬉しそう。可愛い、と思いながらも、それを表に出さないように円香は目をそらして続けた。

 

「それより、透は?」

「まだ部屋の掃除してるのかな?」

「部屋、見てみよっか」

「うん」

 

 一人だけ、まず最初に各々で取りかかった寝室から出て来ていない。二人上下に並んで中を覗くと……二人とも半眼になった。何故なら……透は、服の山の中に埋もれ、足だけはみ出させて倒れていた。

 

「……何してんのあの子」

「知らない」

「ヘルプミー」

 

 との事で、とりあえず二人とも中に入った。ていうか、部屋も全然片付いていないし、今まで何をやっていたのか気になるレベル。

 

「何してるわけ?」

「……落ちてる洋服片付けようと思って、両手に抱えて歩いてたらなんか踏んでひっくり返ってそのままー」

「……」

 

 アホか、と円香はジト目で透を睨む。まぁ、そういうのこの子に求めていないとはいえ、自分と明里が必死こいて掃除をしている時にこいつは……と、普通に困る。

 少し説教してやろうかと思った時だ。明里が、その前に洗濯物を掘り返し始めてしまった。

 

「あーもー、何してんの? ほら、起きて」

「おー、菅谷救助隊」

「遭難者を発見。ただちに救助に入りまーす」

 

 洗濯物を透の上から退かし、手を握ると引き上げて押してあげながら抱きかかえた。

 

「遭難者一名、救助完了しましたー」

「救助されましたー」

「……じゃ、私リビングの掃除するから」

「うん。よろしくね。俺、少しとおるんのお手伝いするから」

「……ん」

「……」

 

 まぁ、この様子では確かに掃除が終わりそうにないし……仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 ……なんか、ああやって甘やかされるの、少し羨ましい、なんて思わないでもなくて。たまーに、こう……透の甘えている姿を見ると少し狡いなーって思ってしまう。

 逆に……円香は、基本的に家の事なら明里以上に出来るから、頼るどころか頼られる事の方が多いし……正直、こちらが出来ないことで明里に甘やかされる事はあまりない。

 ……でも、まぁこの前、生理痛の時に散々、甘やかしてもらったし……またあれを望むのは姉二人が妹二人になってしまって、明里にとっても大変だろう。

 なので、少し我慢……と、決めて、とりあえず掃除に取り掛かった。

 

 ×××

 

「とおるん、これ全部まだ洗濯してない奴ってマジ……?」

「マジ」

 

 朝のうちに着替えたけど、その日は外出なくて「これで洗濯するの勿体無いし明日も着るかー」という服と、帰ってきてから着替えようと思ったけど、後でコンビニ行くからラフな服を着よう、と思ってたのに結局コンビニに行かず「これで洗濯するの(etc)」で溜まったものだ。翌日には忘れているから溜まってしまうのだ。

 

「じゃあ、今日のうちに洗濯機回さないとじゃん……俺、洗濯物を洗面所まで運ぶから、とおるんは他のもの片付けて」

「ラジャー」

 

 返事をしておきながら、せっせと働く明里を眺めつつ、少しだけ透はため息が出る。あの酔っ払った日以来……なぜか、こうして世話ばかり焼かせてしまうことに少し、申し訳なさを感じてしまう。

 なんか……さっきだって円香にはリビングの掃除を平然と任せられるのに、自分は部屋の掃除でさえ手伝おうとしてくれる……それが、なんかちょっと憎たらしい。自分にも、頼って欲しい……なんて、気まぐれに思ってしまったり。

 そんなわけで透は一度、部屋を出てリビングに向かった。

 

「円香ー」

「何?」

「交換しよ、ポジション」

「……何言ってんの?」

 

 流石に通じなかった。というか、なんなら円香に部屋の掃除をしてもらって、透がリビングの掃除をする、という意味で捉えられてもおかしくない。

 

「いや、ほら。私が明日からやるから、家事。円香は何もしないでダラダラしてて」

「……」

 

 あれ、思ったより怪訝な顔をされない……どころか、むしろ少し「ラッキー」みたいな顔をしている。無表情でも、幼なじみの自分にはわかる顔色だった。

 

「……良いけど、どうすんの? 結局、リカに気を遣わせるだけかもよ」

「……あー」

 

 勘は鈍いけど、流石にいきなりしっかり者と頭空っぽを入れ替え、演じたら流石に「この人達、急にどうしたんだろう」と気づかれるのは明白かもしれない。

 そんな中、ふと思いつきがあったので、提案してみた。

 

「じゃあ、こういうのはどう?」

「却下」

「や、聞いてよ。メッチャ良いから」

「……何?」

 

 明日の作戦を説明した。

 

 ×××

 

 翌朝、綺麗になった家の中で、明里はうっすらと目を開ける。今日は11時から仮面ライダーになるので、そろそろ起きないといけない……と、思いながら体を起こそうとしたときだ。腕が持ち上がらない。と言うか、今更ながら胸の前あたりで誰かが寝ているのに気がついた。

 また透がこっそりと潜り込んできたのだろうか? それをやると次の日には円香がいたりするんだけどなー……なんて思いながら下を見ると、円香がいた。

 

「……あれ?」

 

 どうしたんだろうか? 珍しいが……まぁ、そういうこともあるか、と思い、そのまま目を閉じて円香を抱き締める。まだ時間はあるし、こういう気分の時くらい甘えさせてあげよう。

 そう思って頭を撫でてあげている時だった。部屋の扉が開いた。そこに立っていたのは、珍しくエプロンを装備した透だった。

 

「リカ、透。朝ご飯」

「あ、とおるん。今行……え、今なんて?」

 

 透が……「透って呼んだ?」と、怪訝な表情を浮かべる。そんな明里の気も知らずに、胸前の円香が目を覚ました。

 

「んにゅっ……リカー、もう少し枕になっててー……」

「え……な、何その言い方……ま、マドちゃん?」

「何?」

「何故、とおるんが返事を⁉︎」

「は?」

 

 あ、あれ……なんか、二人の様子がおかしい……二人して、からかっているのだろうか? 

 困惑気味に二人を見ていると、いつもより少し冷たい目をしたエプロン透が、そのまま声を掛けてきた。

 

「何変な顔してんの?」

「え、へ、変……?」

「リカー……も少し寝かせてー……」

「透、早く起きて。ご飯冷める」

 

 何が何だか分からないが……何故、二人は割と普通にしている? 何の遊びか非常に気になるところだが……なんにしても、色々困る。何せ、ダラダラ円香もテキパキ透も普通に普段のギャップから生まれる新鮮味がとても可愛いから。

 とりあえず、状況を把握しようと思い、改まった様子で二人に声をかけた。

 

「とおるん、マドちゃん」

「「何?」」

「自己紹介をお願い」

「……寝惚けてるの?」

「記憶喪失だ」

「うん、それで良いからお願い」

 

 そう聞くと、円香と透は顔を見合わせた後、静かに語った。

 

「樋口円香だけど?」

「浅倉透ー」

「……」

 

 入れ替わってる……と、思う以外になかった。ごっこなのか本当なのかは分からないが……今の所は見た目と話している所以外に違和感はない。それ故に、まず思ったのは「何があったの?」とか「なんでそうなったの?」とかではなく、もっとシンプルなものだった。

 

「狡い! 俺も混ぜて!」

「「……」」

 

 二人とも、揃いも揃ってバカを見る目で明里を睨んだ。

 

 ×××

 

 混乱してる、と円香も透も、朝食を食べながらつくづく思った。流石、幼馴染コンビ。息ぴったりで入れ替わりネタを明里にぶつける。

 甘やかしてもらい、甘やかしてあげるにはこれしかない、なんて思ってやってみたのだが……まだ、効果は見えない。元々、今日はオフというわけではないし、勝負は夜……つまり、三人がまた顔を合わせる時だ。

 しかし……向こうが自己紹介を望んだ時は、まさか第一声が「俺も混ぜて!」だとは思わなかった。

 多分、何も考えていないのだろうけど、ガチで入れ替わったとしても明里と入れ替わるのは許されない。何せ……性別の壁があるから。

 明里が鼻血で失血死する可能性もあるし、何よりこっちが明里の体を手に入れて冷静でいられる自信もない。

 まぁ、今はそんな例え話より、入れ替わりの演技だ。コホン、とホントは死ぬほど恥ずかしい透の演技を、円香は顔色に何一つ出さずに実行した。

 

「リカー」

「な、何? マ……とおるん」

「箸動かすの面倒臭いー。食べさせてー」

 

 とりあえず甘えたい時、適当としか思えない理由を付けるのだ、この女は。

 

「はいはい。とおるん、あーん……」

「あー……んっ」

「人が作った朝食でバカないちゃつき方するのやめて」

「マドちゃんもやって欲しいの?」

「どういう耳してるの、ミスターポジティブ」

 

 ……あれ、なんかいざそうやって自分の真似されると、なんだかすごく気恥ずかしい……っと、顔には出さない、顔には出さない……。

 気を落ち着かせながら、すぐに言った。

 

「えー、じゃあ私食べないよ。ご飯」

「ほ、ほら、マドちゃん。とおるんもこう言ってるし、食べさせるくらい別に……」

「じゃあ、もう一人の彼女に黙ってこっそり布団に潜り込む抱き枕より、朝早く起きて朝ご飯を作った彼女も甘やかした方が良いんじゃない?」

 

 あ、死ぬほど恥ずかしい。自分も食べさせてもらいたかったら素直に言えば良いのに、何故そんな面倒臭い誘い方を……と、円香は顔を赤く染め上げる。え、客観視すると自分ってこんなに面倒臭いの? みたいな。

 

「……分かった、マドちゃん。ごめんね、とおるん。先にマドちゃんに食べさせてあげても良い?」

 

 ハッとした。自分も今は透。透っぽく返さなくては。

 

「えー、私が先にしたのに? お願い」

「あー……じゃあ、二人ともお箸貸して」

 

 言われるがまま箸を渡すと、明里は両手に箸を持っておかずを摘み、それを二人の口元に運んだ。

 

「はい、あーん」

「あーん」

「……ーんっ」

 

 揃って食べさせてもらう。この無駄に両利きなあたり、本当に明里のスペックはよく分からない。

 

「ん〜、美味しい。リカの餌やり」

「餌はやめて」

「喜んでくれて良かった」

 

 ……これが、透の立場から、甘える感じ……明里がそれでも甘やかしてくれるから悪くない気はしないでもないけど……やはり、ちょっと合わない。何もしないで得られる報酬って、楽ではあるけど……なんか違う感じがある。たまには悪くないけど、いつもはちょっと困るかもしれない。

 そんな風に思っている間に、なんかもう入れ替わりに慣れた様子の明里は、平然と言った。

 

「なんか子燕に餌をあげてる親燕の気分だなー」

 

 この野郎……よりにもよって、自分を兄と自称するどころか親とか抜かし始めやがった。

 イラッとしたので、円香と透は顔を見合わせて頷き合うと、制裁に入った。

 

「樋口ダイナマイト」

「浅倉ボンバー」

「いった! 脛いった⁉︎ 両脛いった⁉︎」

 

 これで許してやることにした。

 さて、食事を終えた後は、各々でまたお互いを演じる。自分は透役なので、のんびりとソファーの上で寝転がる。今日の仕事は午後からだから。

 ……その間、気になったのでチラチラと透の様子を見る。何かやらかさないか心配だからだ。昨日の夜に、透に朝食のメニューを叩き込んでおいたくらいちゃんと自分のスキルを演じれるかは心配だった。

 今は、洗い物をしてくれているが……食器とか割らないだろうな、とチラチラ見てしまう。

 

「……ふぅ」

 

 着替えを終えた明里がリビングに戻ってきた。

 

「じゃあ、そろそろ行ってくるねー」

「あ、うんー。いってらー。今送るー」

 

 円香は洗い物中とか手が離せない時はしないが、透はいつも明里を見送っている。なので、円香は立ち上がって見送りに行く。

 玄関で明里は靴を履き終えると、最後に自分の方を見る。その直後、自分の顎に手を置いて唇を近づけて来た。

 あ……そ、そういえば、出掛ける時は行ってきますのチューしてるんだっけ……と、今更になって思い出す。

 

「んっ……」

 

 自分も背伸びをして、そのまましばらく唇を押し付け合い、離れた。

 真っ赤になった自分の頭に、同じく真っ赤な明里は手を乗せる。

 

「き、今日の長いね……」

「っ、た、たまにはね……」

 

 しまった、いつもより長かったか、と思ってしまっている間に、明里は軽く手を振って自分に向けた。

 

「じゃあ……行ってくるね。……これ未だに慣れないな」

「いってらー」

 

 取り繕って笑みを浮かべはするが、だいぶこちらにもダメージが入った……ま、まぁでも……自分がやることがある時はしてもらえないことを今日はしてもらえて、少し得した気分……になった直後だった。大慌てで透が玄関に走ってきた。

 

「り、リカ……いってらー」

 

 こいつー! キスしてもらいたいがために、キャラ捨てて見送りに来た! と、睨んでしまう。

 

「ど、どうしたのマドちゃん……そんなに慌てて」

 

 そこで、透はハッとする。今になってキャラを思い出したらしい。そして、腕を組んで少し不機嫌そうに目を逸らしながらも、頬を赤らめた。

 

「……見送る為に洗い物をいつも以上に早く終わらせてきた彼女には、何も無しですか。それとも言われなきゃ分からない? ミスター受け身」

 

 自分はそんなに面倒臭くない──ー! と、流石に円香は唖然としそうになるのをそれでも堪えた。

 気が付いた明里は、透にも口を近づけ、キスをした。

 

「じゃあ……行ってきます」

「う、うん……」

 

 そのまま、少し照れた様子で明里は出かけていった。

 しばらく、そのまま二人はフリーズ……が、やがて円香は隣の透を睨んだ。

 

「ちょっと。わたしそんな面倒くさいキャラじゃないんだけど」

「いや、こんなもんだよ、円香は。ていうか、私こそそんな語尾ずっと伸ばしてバカみたいな感じじゃないんだけど」

「いや、バカでしょ。全体的に何もかも」

「私もっと知的だから」

「は?」

 

 ……いや、お互いにムキになっている以上、お互いにこんな感じなのかもしれない。とにかく、今ケンカしても無駄だ。

 ここは抑えて、次の話に移らなくてはならない。

 

「……まぁ良いけど。で、どう?」

「何が?」

「仕事してから褒められて」

「うん。なんか、こう……良かった。いつも無条件で甘えるより良かった。あの面倒臭い言い回しを除けば」

「しつこい」

 

 どんだけいじれば気が済むのか。ま、何にしてもお互い新しい発見ではあったのかもしれない。

 とりあえず、明里が帰って来たら、また続行しよう……そう決めた。

 

 ×××

 

「ふぅ〜……」

 

 休憩時間中。ライダーのマスクを外し、身体だけジュウドになっている明里は一息ついた。

 今日は二人目の仮面ライダー「ケドウ」が参戦したわけだが、剣術と柔術、どちらが強いのかを揉めてしまう回……なのだが、その途中で怪人が円里の妹を人質に取り、助けたければ自害しろ、と迫る。

 何の迷いもなく自殺を決意した円里は変身を解除し、ナイフを首に近付けた直後、変身前のケドウが参戦。妹の首を絞めるように腕を回していた怪人の腕を刀で切断して助けると「武士道は死ぬことと見つけたり」を円里に見たケドウは、協力することを決意。

 そして、二大ライダーによる同時変身の直後、敵の怪人は切断された腕からも再生し、2対2の展開へ。

 最後、ジュウドによるライダー二段投げからの、ケドウのライダー突き面体当たり引き胴からのライダー小手面により、身体をバラバラにした挙句、海に捨てられて再生の途中で窒息死させられた怪人は、そのまま生き絶えた……という壮絶なストーリーの戦闘シーンを終えて、少し疲れた様子の明里は、飲み物を口に含んでいた。

 

「お疲れ様〜、明里先輩〜」

「ああ、お疲れさん」

 

 雛菜がその明里に声を掛ける。そういえば、悩みがあったので打ち明けてみることにした。

 

「なぁ、雛菜」

「何〜?」

「朝、とおるんとマドちゃんの中身が入れ替わってたんだけど、何か知ってる?」

「何言われてるのかも分からないよ〜?」

 

 だよね、と明里は目を逸らす。実際、演技なのだとは思うけれど、でも二人の解像度が高過ぎて本当に入れ替わったのでは? なんて思ってしまう。

 

「何かあったの〜?」

「あーうん。実はさ……」

 

 と、今朝のことを語る。急に円香が透を名乗って布団の中に入り込んでいたことと、透が円香を名乗って朝ご飯の準備をしてくれていたこと。

 それを聞いた雛菜は、ニコニコしたまま何かを察したような笑みを溢した。

 

「あは〜」

「? なに?」

「多分、揶揄われてるんじゃない〜? 明里先輩、信じかけてたんでしょ〜?」

「あーうん?」

「普段と違う二人の姿を見せて、照れさせようとしてたのかも〜。二人共、明里先輩には妙にかまちょだし〜」

「……そういうこと?」

 

 ありえる……のかもしれない。なんか二人とも自分をいじる時はやたらとイキイキしてるし。

 

「むぅ……そういうことだったのか……」

「それで〜、明里先輩〜?」

「何?」

「良かったら〜……雛菜も手伝うから、仕返ししてみない〜?」

「仕返し?」

「そう〜」

 

 どういうこと? と、小首を傾げながらも、とりあえず雛菜の案に賛同した。

 

 ×××

 

 リカ、遅いなー、と透は明日の上で足をぷらぷらさせる。円香と既に帰宅して、とりあえず暇潰しに二人でクロスワードを解いている。

 晩御飯を作り始める準備は終えているし、あとは炒めるだけ。帰って来たら、透が再開して円香は出迎えに行く。

 

「ここ、まいたけ」

「? なんで?」

「舞い上がるほど嬉しいキノコ、だから」

「あー、なるほど。天才」

「リカのキノコも見つけると舞い上がるほど嬉しい」

「う、うん?」

 

 ……少しイライラしているからか、円香の口から出る言葉がいつもと違った。と、いうのも、プロデューサーと少し揉めてしまっていたから。まぁ、いつものことといえばいつものことなのだが……。

 これ……むしろ、円香が無条件に甘えられるのは、今日は正解な気がしないでもないが……とにかく、今は気にせずにクロスワードを解き続けた。

 そんな中、ガチャっと玄関が開く音。すぐに円香と透はお互いに頷き合うと、行動に移した。……と言っても、まずは二人で出迎えるわけだが。

 透はエプロンを装備してから、円香と並んで玄関に迎えに行く。そこには、雛菜も一緒に帰ってきていたが……二人とも、焦った表情を浮かべている。

 

「「おかえり〜」」

「マドちゃん、とおるん!」

「雛菜達〜」

「「入れ替わっちゃった〜!」」

「「……は?」」

 

 過去一、冷たい声が漏れた。

 

 ×××

 

 雛菜は、楽しかった。何故なら……。

 

「あは〜♡ 透先輩と円香先輩好き〜〜〜」

「私も超好きだよー雛菜ー」

「良い子良い子」

 

 自分を雛菜だと思い込んでいる彼氏が、雛菜だと思い込んでいるフリをしている彼女二人に、女性ならではの距離感でめちゃくちゃにセクハラされている。

 なまじ女の子になりきっているだけあって、明里も離れられなくなっていた。

 

「や、やは〜……二人とも、そろそろ離れて欲しいなって〜……」

「は? 雛菜はそんなこと言わないけど?」

「どうしたの、雛菜。今日はやたらと照れ屋じゃん」

「や、あの……実は俺……」

「マドちゃん、とおるん。今日は俺が晩御飯作るよ。せっかく雛菜も来てくれてるし、思いっきり腕を振るっちゃうね」

「俺のキャラ完コピすんなー!」

 

 本当になんでも出来んのかよ! と言わんばかりに悲痛な声をあげる明里だが、知った事ではない。元々、これが狙いで雛菜は話を持ちかけた。だって……要するに円香も透も明里にかまちょしたいってだけだから。

 ゲロ甘空間耐性を持ち得る雛菜は、この中に飛び込むくらい造作もない。

 

「とおるん、マドちゃん落ち着いてー! 仲間が入れ替わるようなことあるわけないでしょー! あた○んちじゃないんだから!」

「二例目じゃん」

「私、透だから中身」

「ちょっ、どっち俺のお尻揉んだの⁉︎」

「透」

「円香」

「え、えっと……とおるんの中身がマドちゃんだからマドちゃんが……あれ、マドちゃん? とおるんがマドちゃんで……俺がとおるん?」

 

 完全に混乱させている……と、思いながらも、雛菜はそろそろ帰ることにして玄関に向かった。晩飯を作ることはなく。良い仕事した〜、と撮影が終わった時よりスッキリした様子で。

 

 ×××

 

 さて、明里はそのまま虫の息のままソファーの上で呼吸を荒げていた。頭は透の膝、脚は円香の膝の上で、もう虫の息だ。

 

「と、いうわけで、私達を騙すとか百万年早いから」

「身の程を知ろうね、リカ」

「いや先に騙してたのどっち……」

「「は?」」

「いえ、なんでも……」

 

 こういうとこ、女性の徒党が厄介と言われる所以かもしれない。別に良いけど。

 

「で……二人はもう気が済んだの?」

「んー……うん。まぁ」

「微妙かも。いじってただけだし」

「……じゃあさ、もう二人とも好きな時にかまちょでも甘えるでもしてくれて良いからさ……だから、入れ替わりネタとかもう勘弁して。それはそれで可愛かったけど……やっぱり元のままが一番だから」

「……そういうとこ」

「ミスター素直」

「え、な、何が?」

 

 でも、事実だ。元の二人が一番だとしか言えない。寝転がったまま二人の頭を撫で……てあげようとしたけど、円香の頭には手が届かなかったので、身体を起こしてからハグをした。

 すると、二人ともハグをし返してくる。

 

「それは、リカもだから」

「雛菜の真似をしてるリカも可愛かったけど、やっぱいつも通りが一番良いよ」

「えっ……」

 

 ……困った。可愛い、なんて男としては微妙なことを言われたはずなのに、少し嬉しかった。

 ちょっと照れてしまい、黙り込んだまま無意識に二人を抱きしめる両腕に力をこめてしまうと、それが照れていることがバレるきっかけになってしまった。

 

「あ、照れた」

「ふふ……リカ、やっぱ可愛い」

「や、やめてや……俺は男だよ」

「関係ない」

「ね。リカはリカだし」

「も、も〜……」

 

 ダメだ、またいじられるかも。そう思ったので、明里は立ち上がった。

 

「そ、そろそろご飯にしよう。雛菜、そろそろ出来たでしょ」

「多分、作ってないよ」

「ね。さっきしれっと帰ってたし」

「えっ」

 

 やはり、二人に比べるとまだ雛菜のことはわかっていない。……まぁ、あんまり知り過ぎると、二人と雛菜の関係に亀裂が走るかもしれないからやめておくが。

 透も明里の後に続いて立ち上がり、伸びをした。

 

「それより、今日は私が作るから」

「あ、そうなの? じゃあよろしくね。朝ご飯も美味しかったし、とおるんのご飯楽しみだな」

「任せて」

「レシピは私だけだど」

「じゃあ二人の合作」

 

 しかし……今思えば朝は本当に二人ともお互いの解像度が高かった。お互いに台本作っていたのだろうか……いや、自分の台本作るとか羞恥プレーにも程があるし、それはないだろう。

 

「そういえば、二人ともお互いの真似、超そっくりだったねー」

「そう?」

「うん。特にマドちゃんの真似するとおるんの、あのツンデレみたいな甘え方、完璧だった」

 

 突然だが、剣道には残心という言葉がある。それは、相手を斬った後でも最後の最後、猫を噛む窮鼠を警戒し、気を抜かないということを意味する言葉だ。

 今の明里は、まさにその状態だった。一件落着しても、新たな一件がすぐにやってきた。

 

「……は?」

「え?」

「私、ご飯作ってくる」

 

 切り捨てた透の背中が、やたらと遠くに見えた時には、円香の両手はアホほど明里の肩を握り締めた。

 

「つまり、リカの中では私があんな面倒臭い女に映ってるってこと?」

「え? いや全然、面倒くさくなんか……」

「嘘はいいから」

「や、嘘じゃ……」

「ちょっときて。話聞く」

「や、話すことなんて何も……あっ」

 

 連行された。

 

 

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