ある日の朝、今日は朝食当番は明里だった。その為、それよりもはるかに早く起きて、ランニングの準備に入る。
ここ最近は毎朝ランニング。というのも、撮影が始まってからは割とハードなことも多かったため、体を鍛えなければならない。
そんなわけで、ジャージ姿のまま歯磨きだけして部屋を出ると、珍しい顔が早起きしてきた。
「あれ、とおるん? おはよ」
「おはよう。リカ……どこ行くの?」
「ランニング。行く?」
「行く……」
「あ、ほんとに?」
「待ってて」
との事で、透は着替えに戻った。意外……でもないのだろうか? いや、でも意外だ。もう涼しい季節になってきたのに、外に出たいと言い出すとは。この家の中で一番、コタツムリするであろう透が。
「お待たせー。よし、いこー」
「いや、ストレッチしてストレッチ」
「えー。大丈夫でしょー」
「坐骨神経痛、腰痛、膝蓋靭帯炎、アキレス腱炎、シンスプリント、あとはー……腸脛靱帯炎にならない自信があるなら良いんじゃない?」
「するわ」
と、いうわけで、屈伸、伸脚、前後、アキレス腱などおなじみのメニューをこなしてから、続いて二人で手を繋いで横に並び、逆方向に引っ張り合い、背中を合わせて腕を組んで持ち上げあい、今度は向かい合って肩の上に両腕を置いて、一斉に下を向いたり……と、入念にストレッチをしてから、走り始めた。
「リカー」
「んー?」
「どのくらい走るの?」
「知らん」
「え」
「飽きるまで」
「ふふ、二度寝しようかな」
「えー。まぁ嫌なら仕方ないけど……」
「嘘嘘。リカと一緒なら走りたい」
なんて呑気な話をしながら、スタコラサッサと走る。早朝のランニング……最初はしんどいけど、慣れると心地良さが出てくる。朝から汗を流している感じが悪くなかったりする。
その他にも、人通りの少なさがまた気持ち良さに拍車をかけている。
「なんかあれだね、良いね。ランニング」
「でしょ」
「人少なくて……あれ、なんか……良いわ」
「分かる。非日常感が」
「挽肉感? ……あー、分かるわ。ランニングの後はハンバーグ食べたい」
……相変わらずの会話だった。噛み合っていないのにそのまま話が続いてしまう。
「ハンバーグかー、朝から重くない?」
「大丈夫でしょ」
「うーん……まぁそうか。でも仕込みとかしてないから時間掛かるよ」
「あー……じゃああれ、ハンバーガー」
「同じだから。……あ、買って帰りたいってこと?」
「え? いや違うけど。リカの手料理が良い」
「りょかい」
話しながら、たったかたったかと走る。川沿いに差し掛かり、さらに自然があふれた道を進んだ。
そんな中、前方から走ってくる人影と犬。それを見るなり「あっ」と明里は目を輝かせた。
「ポチー!」
「ワン!」
「あら、明里くん。おはよう」
「おはようございます」
マラソンする時、たまに顔を合わせる女の人だ。同じ大学らしく、顔と名前を覚えられている。
自分と顔を合わせる度、チワワのポチが明里の方へ飛び込んで来た。
「よーし、よしよしよし! 久しぶりー」
「今日もマラソンしてるの? 偉いわねー」
「いえ、体づくりなんで。……よーしよしよし」
「ふふ、良いなー、ポチ。明里くんに撫でてもらえるなんてー」
「いや、先輩は別に撫でられたくないでしょ」
「そうでもなかったりして?」
「はいはい。じゃあ俺、もう行くんで」
「ええ、またね」
そのままポチを撫で抱っこして撫でて撫でて撫でくりまわして、ようやくスキンシップを終えて走り出した。
「とうっ」
直後、普通に後ろから蹴りが背中にめり込んだ。見事に腰にヒットし、そのまま土手沿いの斜面を転がり落ちる。柔道をやっていなかったら骨折していた。
「いったぁ……何すんの?」
「ふふ、こっちのセリフ。それは」
「え、俺とおるんにドロップキックしてないよ?」
「ふふ、バカじゃないの」
「えっ」
「今の人誰?」
「朝、ランニングしてる時に偶々、知り合った人だよ」
顔を合わせる頻度が多かったのと、犬が明里に懐いたのがきっかけでたまに挨拶するようになった。
「ポチが俺に懐いちゃってさー。もう可愛い事可愛い事」
「ふーん」
「あの人も大学同じなんだよね。たまに授業で顔合わせるし。先輩なのに」
「ふーん」
「だから、割と話したりするっていうかとおるん、腰踏まないでなんか痛い痛い痛い重い痛い」
すごい転がっている自分の腰を踵で踏んでグリグリしてくる。ネジを素手で入れるの下手くそな人が無理矢理、ねじ込んでいるみたいに。
「リカはさ、本物のバカなの?」
「えっ、な、なんで?」
「私と円香が知らない所で女の人の知り合い作ってたんだ」
「え、知り合いって……俺別にあの人の名前知らないよ」
ペットの名前知ってて飼い主の名前知らないのはちょっと申し訳ない気がしないでもないけど、何にしても知り合いと言うほどの仲じゃ……と、思っていると、透がジト目のまま言った。
「でも顔は知ってるじゃん」
「えっ、いやまぁ……」
「じゃあ、顔見知りでしょ」
そういう捉え方もできるが……まさか、透に論破される日が来るなんて……と、少し冷や汗を流してしまった。
「……で、でも浮気とかじゃ……」
「そういう問題じゃない。女の人と知り合ってたのが問題」
「ご、ごめんなさい……」
「彼氏がそんなんじゃ、彼女達も他の男の人と仲良くなっちゃうよ?」
「えっ……」
「いや、仮の話だから。しないで、そんな泣きそうな顔」
そうは言われても、そんなことを言われたら不安になる。
「……でも、同じだから。私達も」
「ごめんね。もう会っても挨拶だけにするから」
「うむ」
「あ……じゃあ、お詫びと言っちゃアレだけど、俺の新技見る?」
「見る」
そう言ってから、明里は透から離れて軽く助走のスペースを取る。本当は来週の日曜日にお披露目の技だったのだが、致し方なし。
軽くステップを踏んだ後、両手を綺麗に揃えてロンダート、着地の直後、両足を真上に振り上げてバク宙……ただし、捻りを加えながら再び正面に向いて着地、さらにそこから前方に両手をつけて側転を繰り返しながら、最後に再びロンダートで着地……そして、腰を落として背負い投げのモーションに入った。
「ライダー・ハリケーン背負い投げ」
「おおー、カッコ良い」
「ふっふーん。でしょー?」
「てか、体操部? いつの間にそんなん出来るようになったの?」
「色々あって」
さて、そろそろランニングを再開しなければ。早く帰って朝食を作る必要もあるから。
「行こっか」
「うん」
二人で走り始めた。
×××
走り始めて、およそ20分が経過した。少しずつ疲れてきて、透は少し息を乱し始める。
「とおるん、平気?」
「うん、平気。アイドルだし」
「おー、流石」
普段はもっと早いペースで走っているのだろう。余裕そうな明里が声を掛けてくれる。その心遣い、嬉しいけど変に悔しかった。なんか弟のくせにムカつく、みたいな。
「まだまだ余裕だから。もっと上げられるから、ペース」
「いやペース上げられそうなペースで走るのがランニングだから」
「いやだから二段階上げられる中での一段階上げられるから」
「いやそれくらいの余裕は取っといた方が良いから」
「いやいいからペース上げて」
「……」
ゴリ押しに弱いのが明里である。ハンターハンターで言うなら、強化系バカに弱いタイプ。従って、明里は仕方なく走りながら肩を落とした。
「分かった。でも泣き言言っても知らないからね」
「任せて」
そんなわけで、ペースを上げられたので自分も頑張ってついていった。でもヤバい。思ったより速い。いつも一緒にいたし部活にも入っていなかったから忘れてたけど……こいつ、体育会系ばりに運動神経良いんだった。
「……はっ、ほっ……はっ……!」
「大丈夫ー?」
「楽勝」
「はいはい」
嘘である。割と疲れてきた。だが、もう少し……もう少しだけ頑張らないと……と、自分に言い聞かせた。
そんな時だった。ずるり、と足を滑らせた。わざとじゃない。でもこのペースで走ってたらいつか転ぶだろうな、とは思っていた。
これで転んで……おんぶしてもらう……! と、思ったのだが。
「ほらぁ、大丈夫じゃないじゃん」
「っ……」
抱き抱えられるように支えられてしまった。完璧なムーブとキャッチングに思わずときめいた反面……でもやっぱやって欲しいことは別だった。
「うぐあー、脚捻ったー」
「いや捻ってないよ。いつか転びそうだったからずっと見てたし」
「ひーねーっーたー!」
「いだだだ。叩くな蹴るな捻った足で」
「とにかくもう立てないから」
「立ってるじゃん」
「ファールファール」
「……むしろネ○マール?」
その場で膝を抱えて転がり始める透を見て、明里は小さくため息をついた。仕方なさそうに小さな笑みを漏らすと、自分の前にしゃがみ、手を貸してくれる。
「もう……分かったよ。要するにこうして欲しいんでしょ?」
「そうそう、そういうこと」
ようやく分かったようで、自分の前にしゃがみ込んだ明里は……掴んだ透の腕をぐいっと引き込んで、そのまま正面から抱き上げた。
「えっ……!」
「抱っこして欲しいんでしょ?」
「そ、そっち?」
「違うの? さっき犬を抱っこした時も羨ましそうにしてたし……」
「ち、違くはないけど……」
このまま街を走る気なのだろうか? おんぶならまだ恥ずかしくないけど……なんか、抱っこって恥ずかしい。胸が、胸に当たっている感じがやたらと照れてしまうし、顔が見えないのにおんぶより距離近く感じるし……なんか恥ずかしい。
「あ、あの……やっぱ」
「じゃ、レッツゴー」
「ちょ、え」
そのまま走られてしまった。抱っこだから、自分の視線は進行方向とは真逆を向いている。その状態のまま運ばれているのは小さい頃に、遊び疲れた時の帰り道以来な気がするが、大人になってからも悪くない。なんか空中でムーンウォークしている気分だ。
「……ん?」
そんな中、ふと気になったのは、すれ違う人達の視線。目を合わせないようにしていたのだろうが、明里の視界から消えるとみんながみんな振り向いてくる。
これは……悪目立ちしている。いや、普段の自分なら別に気にならないが、なんか今日はやたらと気になってしまった。
「あ、あのっ……リカっ、流石に恥ずい……」
「大丈夫、重くないよ?」
「いやそんな心配してな……」
「もうすぐ着くから、頑張って」
「……うぐー」
もうされるがままになるしかなかった。そのまま割と人通りが増えて来た街の中を走られ、たくさんの注目を浴びながらゴールするハメになった。
「ふぅ〜……」
軽く一息つきながら減速する明里。やがて、徒歩になりながらゆっくりと呼吸を整える。その間もずっと抱っこである。なんだかんだ汗をかいているわけだが、それを間近で吸えるのは悪くない。
「よし……オッケー。とおるん、着いたよ」
「……リカってさ、ホント意地悪だよね」
「えっ、な、なんで?」
「天然で。天然意地悪」
「そ、そんなに性格悪い……?」
「良いからこのまま家の中運んで」
「あ、うん」
そのまま家の中に入った。
「あ、靴脱がせて」
「はいはい……もう、甘えん坊なんだから」
「今日はそういう日ー」
なんかもう羞恥心が振り切ってどうでも良い気分になって来た。今日は明里の上で大量に甘えてしまお……。
「……おかえり」
「あ、マドちゃん。ただいま」
「っ」
ビクッと肩を震わせてしまった。別に不味くはないけど、置いて行ったのはまずかったかもしれない。
「どこ行ってたわけ? 逢引?」
「ランニング。とおるんが急に行きたいってなったから」
「じゃあなんで抱っこする必要があるわけ?」
「とおるんが足捻って立てないって言うから」
「……ふーん」
……バレてる。嘘が。いやまぁかなり強引だったし、円香にはバレて当然なわけだが……。
でも、降りたくない……なんて思っている間に、明里が靴を脱がしてくれて、その後で自分の靴も脱いで家の中に上がる……そんな時だ。
「アウチっ」
「ちょっ、マドちゃん⁉︎」
ドテッ、という鈍い音が耳に響く。何事? なんて考えるまでもない。円香が転んだのだろう。
「急に何してんの?」
「抱っこ」
「は?」
「私も転んだから、抱っこ」
「え、なんで家の中で?」
「透は抱っこするのに私はしないんだ。ふーん、別にそういう感じでも良いけど……」
「わ、わかったわかった! おいで! 今とおるん降ろすから……」
「やだー」
「ちょっ、絞めないで絞めないで……!」
「樋口マウント」
「登って来ないで⁉︎ 危ないから……!」
「やだ」
そのまま二人がかりでしがみついた。
「ちょっ、二人とも重」
「円香、このバカ私達以外に女の子の友達作ってた」
「……は?」
「ひえっ⁉︎」
しがみつく力が抱き潰す膂力へと変化していった。
「ふ、2人とも痛い! 重い!」
「重いって。2人で力士並みに感じるほどだって」
「樋口&浅倉クリンチ」
「言ってねえええええええ‼︎」
そのまま締め上げられた。
×××
「ったく……あのバカ」
仕事の円香は、説教をかまして家を出た。あの野郎は本当に色々と無自覚なくせに独占欲だけやたらと強いのだ。
それ、正直どうなのだろうか? 早い話が、円香と透には可能な限り男と関わって欲しくないけど、自分は女の人の友達を作ります、って絶対おかしい。
や、もちろんプロデューサーとか社長みたいな仕事上の付き合いは認めてくれているけど、何にしてもなんか釈然としない。
ここは一つ……自分と透ももう少しあのワガママ少年に厳しくするべきか……。
そんな事をしみじみと思いながら、事務所の駅に着いたので電車を降りて、トイレに入った。
用を済ませてから手を洗うと……目に入った鏡の中の自分。新しく出した白いコート姿。それにより、出発前の光景が脳内にフラッシュバックする。
『とにかく、次はないから。ああいう実は危なさそうな人と関わらないで』
『え、あの人別に俺にそんな感情は……』
『抱いてた』
『ギルティ』
『わ、悪かったから! 早く行かないと遅刻しちゃうよ!』
『ん』
『あ、マドちゃん。白いコート、とても似合ってるね』
『……それはどうも。ミスターKY』
『けーわい?』
『円香、何年前の人?』
『うるさい』
……あんな流れも何も無い状態で出て来た一言で取り乱して古語を使ってしまうあたり、自分は割と単純なのかも……なんて思いながら、事務所に向かった。
駅を出て歩いている途中だった。
「あ、円香」
「……」
明里から許されている数少ない関わって良いとされている男性の声だった。
「おはようございます……えっ」
「ん?」
振り向くと……プロデューサーも、同じ白いコートを着ていた。思わずそれを見て、円香は「げっ……」と声を漏らす。
「あ、あはは……被っちゃったな……」
「……お気になさらず」
円香はメチャクチャ気にしていた。ペアルックなんて明里ともしたことなんてない……というの以上に、ヤバい。もしこの状態をバカに見られたら……。
「プロデューサー、確認ですが本日は私と外出する予定は?」
「あるけど……え、なんで?」
「彼氏を殺人犯にしたくないので」
「あ……なるほど。大丈夫、コート事務所にもう一つ置いてあるから」
「そうですか」
なら良いか……なんて思いながら、とりあえずそのまま並んで事務所に向かった。
×××
明里の仕事の現場では、明里がアクロバティック背負い投げを披露したところだった。
「ライダー……ハリケーン背負い投げ!」
ぶん投げられた怪人は、爆発四散という演出。ちなみに、他のライダーは他の場所で戦っているという設定。
「はい、カーット! そこまで」
言われて、各々は動きを止めた。これで本日の撮影は終わり。軽く伸びをしながら、明里はマスクを脱いだ。
「ふぅ〜……」
「お疲れ〜、明里せんぱ〜い」
「ありがとう」
雛菜と「いえーい」とハイタッチする……が、ハッとした。雛菜は友達とはいえ、あまりこういう仲良しならではの行為も控えた方が良いのかもしれない。
ま、あまりお疲れ様のタイミングで盛り下がるようなことも言わないけど。
撤収の準備を手伝っていると、雛菜が声をかけて来た。
「そういえば、明里先輩〜。円香先輩、機嫌悪かったけど何かあったの〜?」
「え? あー、うん。まぁ」
「何したの〜?」
「とおるんとランニング行って大学の女の人と会ってそれマドちゃんにバラされた。……でもちゃんと謝ったよ?」
「あは〜、円香先輩粘着質だから〜」
酷い言われようだったが致し方ない。この子と円香は、中々特殊な関係のようだから。いや、仲悪いとかでは決してないのだが。
「でも〜……確かに明里先輩、女の子の知り合い多いからな〜。ただでさえ二股してるのに〜」
「なんか知らないけど男は俺の周りに寄って来ないんだよなぁ……」
「なんでかな」
「あは〜、知らない〜」
とはいえ、まぁ男子大学生的に言えば「モデルのあいつと一緒にいると俺よりあいつがモテそう」てな具合だった。
「あ、じゃあさ〜、これから円香先輩のとこ行かない〜?」
「え?」
「機嫌損ねちゃったときは、やっぱご機嫌取りに行かないと〜」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ〜。事務所の前までおいで〜?」
「よっしゃ、行くわ」
話しながら、とりあえず片付けた。
×××
さて、仕事を終えた円香とプロデューサーは、事務所に戻って来ていた。円香はさっさと帰宅するためにコートを着込み、その横でプロデューサーもコートを着た。
「あなたも今帰りですか?」
「いや、俺はこれから別の現場の小糸のお迎えだよ」
「そうですか。遅れたらぶっ飛ばします」
「お、おう……」
本当なら一緒に事務所を出るようなことはしたくない。さすがにプロデューサーも着て来た白いコートを着ているから、万が一にも明里に見られたら面倒だ。
だが、他の人ならいざ知らず、小糸なら遅れたら万死に値する。それに、たまたま二人で事務所を出た時に何を思ってかここまで来た明里に見られる可能性なんてかなり低いはず。
なんて思いながら、二人で事務所の階段を降りた時だ。
「……あ、来たよ〜? 明里先輩〜」
「マドちゃ……は?」
「……はぁ」
よくもまぁ百億分の一の可能性を引けるもんだ、と円香はため息が漏れた。これだから困るというものだ、行動が全く読めないバーサーカーという奴は。
ふと横を見ると、プロデューサーは大量に汗を流していた。気持ちは分かる。今回は背負い投げじゃ済まないかもしれないのだから。護身術として柔道を習った明里は、当然ながら競技で出たことがあるわけではない。
つまり、禁止技なんて概念は存在しないのだ。仮面ライダージュウドの進化形態「禁術モード」になった際の必殺技、ライダー朽木倒しなどやられたら怪我では済まないかもしれない。
「あは〜〜〜♡ 円香先輩とプロデューサーペアルックとか超仲良し〜〜〜」
「雛菜黙ってお願いだから」
何をあぶないこと言っているのか、あのアホは。プロデューサーも心臓を起爆させるかのように「はうあっ⁉︎」と声が漏れていた。
一方で、明里は……少し俯いていた。お陰でどんな表情をしているのかは見えないが……まさか、怒りより悲しみが勝ってしまっている? マズい、朝にあそこまで怒っておいて、そんな思いさせてしまったのは流石にマズイ。
「あ、あーリカ。これ実は別に……」
「お疲れ様、マドちゃん」
「え?」
素敵な笑顔で出迎えてくれた。
「雛菜が『怒らせちゃったらご機嫌取るしかない』って言ってたから、迎えに来ちゃった」
雛菜あんたの所為か、この修羅場……と、思ったが、今は気にしている余裕はない。なんか思ったより爽やかな反応をされてしまった。なんか、それはそれで困った。
「あ、そう……」
「じゃあ、帰ろっか。雛菜ちゃんもうちで何か食べる?」
「食べる〜!」
「は? なんで?」
「いやせっかくここに来させてくれたし」
「あは〜〜〜♡ 明里先輩好き〜〜〜」
「は?」
「お、俺もう行くからな……」
プロデューサーが退散していく中、とりあえず円香は最悪の事態は避けられたことにほっとしておいた。
×××
その日の夜、雛菜に晩御飯をご馳走し終えた後、明里が雛菜を駅まで送り、その間に円香と透は家で待機。その間、二人はのんびりと晩御飯の食器を片付けていた。
「……ね、円香」
「何?」
「良かったの? 雛菜とリカ二人で出かけさせて」
「大丈夫でしょ。あの二人なら」
とはいえ、まぁ明里が二人で出掛けたがったのは気になる。自分から行くと言って、ついて行こうとすると断られてしまった。
雛菜が相手だし、今朝のこと話したばかりだがら平気だと思って許可したわけだが。
何より……その、わざとじゃないとはいえ他の男とペアルックを見せつける形になってしまったから、あまり強く言えない。
でも、あんな風に流せるようになっていたなんて……明里も、もしかしたら知らない間に成長しているものだな……なんて親目線で笑みをこぼした時だ。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
すぐに出迎えに行こうとする透を片手で止めた。
「ちょっと。まだ途中」
「いるでしょ、出迎え」
「じゃあ私が行く」
「えー、珍しい。なんで?」
「なんでも」
そういう気分だから、というだけだ。
「じゃあ、二人で」
「……んっ」
そんなわけで、わざわざ二人で出迎えに行った。リビングを出て玄関まで行くと……二人とも固まった。白いコートに白いスラックス、白いシャツに白いベルト、そして白いスリッパを履いた上で白い帽子を被った明里が立っていたからだ。
「……」
「……」
「……どうしたの?」
違った、メチャクチャ効いていた。一周回って冷静になるほど。でも全然、冷静じゃない。まさか、今の一瞬でわざわざ服を全部買ってから帰ってくるとは……。
少し悪い、と思う反面、やたらと安心してしまった。もしかしたら、自分は嫉妬に狂ってバイオレンスになる明里のことも、なんだかんだ好きだったのかもしれない。
まぁ……何にしても。
「リカ、今すぐ着替えて」
「えっ……な、なんで? もしかして……やっぱりプロデューサーと、二人だけの色だった?」
「ダサい。全身白はない。ウルトラマンみたい。透が笑い死にそうになってる」
「えっ」
お願いだから、その辺考えて欲しかった。