樋口円香には、昔から疑問があった。ハッピーハロウィンって、何でハッピーをつけるの? と。
だって、あれは確か厄除けの奇祭。別に愛でたくない。にも関わらず、毎年毎年想像力が足りないアホな連中が渋谷に集まり、厄除けにならなさそうなコスプレをして事件を起こす……どう考えても普通じゃない。
そんな間抜けな季節がもう少しだ。実を言うと、円香達ノクチルのハロウィンはもう終わった。ついこの前、ナース服での写真撮影を終えた。確かハロウィンに合わせたお菓子の広告用の写真だ。
「……はぁ」
プロとしてやらなければ、という意識はあったが、あまり気が進まなかった。ていうか、何でナース服なのか。いや、黒かったりレースだったりで普通のナース服でないことは確かなのだが……。
まぁ……何にしても、今日のハロウィンは家から出ないでダラダラしたい……なんて思っているときだ。
コンコン、と言うノックの音がする。どっちだか知らないけど、基本的にノックするように言っても忘れられるので、もういいやって感じ。
だから、どっちだかわからなかった。まぁどっちでも良いわけだが。
「開いてる」
返事をしたが、またコンコンとノックの音。どうぞって言ったのに何だろう? と、片眉を上げる。
「開いてるって」
だが……また帰ってくるのはノックの音。なんだろう、こいつ? と、片眉を上げる。
なんか……その様子に少し違和感。ノックをする二人じゃないのに、ノックを連発するのはちょっとおかしい。ふざけてるのだろうか? と、少しずつストレスが溜まってくる中、またコンコンッと言うノックの音。
ブチギレてもおかしくないとこだが、ブチギレるより少しヒヤッとする。ノックの音が、少し強くなった気がする。
「っ……な、何……?」
なんか……透でも明里でもない気がして来た。二人ともこんな荒っぽい真似はしないし。いや、明里はブチギレるとするけど、朝から機嫌が悪いことは滅多にない。
じゃあ誰なの? という話だ。……まさか、本当に除けるはずの厄がやって来たのだろうか……。
ゴンゴンゴンッ!
「ひっ……!」
とうとう叩き始めた。ちょっと怖くて、布団の中に被ってしまった。何なのだろうか? 一体何事……もしかして、本当にお化け……というより、妖怪か魔物? いやどっちも一緒だ。
何にしても……殺されてしまうかも……と、心臓が少しずつ高鳴って来る……そんな中、ガチャっ……と、ドアノブが静かに下げられる音がした。
「〜〜〜っ⁉︎」
ヤバい、と冷や汗をかく。入って来た。どうしよう、ベッドの中に武器になりそうなものは何もない。
ドッドッドッ、と心臓が爆音で鳴り響く。まさか……本当にそう言う奴……? いや、まだ分からない。雛菜のアホがふざけてる可能性も……と、思いながら布団をほんの少しだけまくって、外をチラリと覗き込んだ時だ。
……そのちょうどめくった隙間から、赤く輝く瞳が中を覗き込んできていた。
「っ⁉︎ っ⁉︎ っ⁉︎」
パニックになり、ゾゾゾッと布団の中で身悶えしてしまったのが仇となった。音を大きく立ててしまった。
それと同時に、布団が大きく引っ剥がされる。外に立っていたのは、ネジが刺さった頭に包帯を撒き尽くした男と、顔面が狼のマスクを被った男か女か分からない奴だった。
「「ハッピーハロウィィィィィン……‼︎」」
「きゃああああああああああああ‼︎」
思いっきりらしくない悲鳴を漏らしながら、思わず立ち上がって手元に布団と枕の二刀流。そして、思いっきり振り回した。
「ちょっ、いだっ……ま、マドちゃん待っ……!」
「落ち着っ……あいてっ。円香落ち着いっ……!」
「キャー! ワー! ピャー!」
パニックになりながら、怯んだ隙に窓際に倒れるように逃げ込みつつ、タンスを倒してバリケードを作りながらベランダに逃げ込む。
文字だけ見ると割と冷静な行動に見えるが、窓に突っ込んでガラスを割って外に飛び出しているので、割と大慌てである。
「ちょっ、マドちゃんガラス! 散ってるから! 怪我するから!」
「やばっ、マキビシ作戦じゃん」
そのまま、昨日の夜に雨が降っていた庭に出て、足やパジャマが土で汚れるのも気にする余裕なく逃げようとしたが、石に裸足で躓いて転んでしまう。それでも頭を気にしている余裕はない。
「とおるんヤバい! マスク取ろう!」
「ふふ、めっちゃビビるやん。ウケる」
「ウケるのはさっきまで!」
そう言いながら、頭にネジの方がマスクを取った。それに続き、狼の方も手で自分の口をこじ開け、中から顔を出した。
ガラスを踏まないよう慎重に外に出て来て、焦った様子で笑顔を浮かべて手を振ってくる。
「あかり……とーる……?」
「そ、そう! イェーイ、マドちゃん!」
「ハッピーハロウィーン。がおー」
「……」
ということは……ノックも、中に入ってきたのも……布団の中を覗き込んだのも、全部演出……? くだらない悪戯の……? と、ホッとすると同時に……苛立ちが急激に増してきた。
この野郎ども……本当にこいつら……と、イライラにイライラが重なって来た。このクソガキども、どうしてくれようか、的な。
「だ、大丈夫? マドちゃん……」
「朝からめっちゃ泥だらけじゃん」
「正座」
「「えっ」」
「正座。そこで。今」
「え、あの……ここ、外……」
「このコスプレ、結構高かったんだけど……」
「正座」
「「……」」
雷が落ちた。
×××
「円香ー、おわんないよー」
「……」
自室の部屋からリビングまで透の声が聞こえるが、ガン無視である。透のアホには部屋の掃除をさせている。もうあの布団はダメだ。ガラスが散らばってしまったから、捨てるしかない。危ない。
で、後は粉々にしてしまった窓。これはもう弁償である。シェアハウスなので、管理人さんに透と明里に割り勘させる。
あと倒れたタンスとか色々と、全部透にやらせている。
そして、もう1人の明里は。
「……お、お待たせ」
「じゃあ、私の体を綺麗にして」
ナース服を着させた。そして、そのまま自分の処置をさせることにした。転んだ時に擦りむいた膝、窓によって切ってしまった腕、石に躓いた足、泥だらけのパジャマなど、全部。
そのためにわざわざ着替えも何もせずにリビングで待っていた。汚れたリビングも片付けさせる。
「あ、あの……やっぱ恥ずかしいんだけど……」
「は?」
「い、いえ……なんでもないです……じゃあ、その……まずは怪我の処置から……」
着痩せするタイプの明里は、服を着たら華奢な身体に見えるのだ。なので、正直ナース服姿はちょっと似合う。
そんなナースさんはまず腕の怪我から処置。消毒液をティッシュに染み込ませ、傷口を拭いてくれる。
「沁みるんですけど」
「っ、ご、ごめんね?」
予想以上にこっちがビビってしまったとはいえ、やはり結果だけ見ればやりすぎである。そのためマジギレしてやったのだが……その結果、二人とも超従順になった。まずは絆創膏で傷口を塞いでもらう。
さて、続いて足だ。
「あ、あの……次は足を」
「ん」
言われたので、足を差し出した。
「えっ、お、俺が脱がすの?」
脱がす、という言葉に少し違和感がある。裾を捲るのでは無いだろうか? まぁ何にしても、その通りだ。
「ナースでしょあんた」
「や、まぁ……じゃあ、腰浮かして」
「?」
なんで? と思いながらも、椅子に両手をついて身体を持ち上げる。その直後、明里はズボンを普通に足首まで脱がし始めた。おかげで、パンツが剥き出しになる。
そのあまりにも堂々としたセクハラに、思わず膝を持ち上げてボディを蹴り上げてしまう。
「ぐほっ⁉︎」
「何してんのいきなり!」
「え……いやだって、消毒しないといけないし……」
「裾を捲れば良いでしょ!」
「え、膝から下が泥だらけなのにそんな事したら、傷口がもっと汚れちゃうんじゃ……」
「っ……あ、そう」
意外と考えた上での行動だった。流石は生物学部。いや、でもズボン脱いでパンツ丸見えのまま処置を受けるって、どんなプレイ? と、小首を傾げてしまう。
こんなの、まともな人では恥ずかしくて処置どころじゃない……じゃな……いや、悪くないかもしれない。
そう思ったので、やってもらう事にした。
「じゃあよろしく」
「う、うん……」
……それに、いい加減明里を目覚めさせるきっかけになるかもしれないし。そう判断して、パンツのまま処置してもらった。
「んっ……沁みるってばだから……!」
「ご、ごめん」
……いや、謝られると少し申し訳なくなるが……でも、今もちょっとムカついているのでつい文句を垂れてしまう。あと……やっぱパンツを下から覗き込まれているみたいで恥ずかしくて。
そんな自分の前に、明里は人差し指と中指を二本立てて差し出してきた。
「っ、な、何……?」
「これ、どうしても痛かったら噛んでて」
「え……何それ。私にも吸血鬼のコスプレしろって?」
「いや、何か噛んでたりすると痛みとか耐えられる事もあるから。……あ、でも本気で噛まないでね。人の顎も中々なもんで、やる気になれば人の指くらいなら噛み切れるから、どうしても我慢できない時まで待って」
「……」
なんでこう……変な方向に優しいんだろう、この男は。もう狂っているまである。その結果が、さらに際どい変態プレイみたいになっているのは、もはや芸術か何かだ。
正直、冷たい態度をとってしまうことに罪悪感を覚えつつも……そして正直、この機会を逃すと変態プレイの機会はもうないであろうという欲望が掻き立てられる。
そのため、円香は頬を赤らめながら、その指を咥えた。
「……」
「じゃあ、痛かったら噛んでね」
「ふ、ふぁい……」
もうなんか主従が逆転しつつあった。不思議だ、ナース服着てる男なのに、やたらと頼り甲斐を感じさせられる。この男の光属性っぷりはどうなっているのか?
そんな中、ふと窓が目に入った。窓ガラスに映った自分は、パンツをむき出しにして、男の指を咥えたまま傷の処置をされている。何故か、指を咥えている顔は上を向かされてしまっていて、窓を見る自分の瞳は横目を見るように映されていた。
それが……なんか自分が責められているような絵で、恥ずかしさで頬が赤く染まるにも関わらず嫌じゃない、なんて自覚してしまって……何故か、興奮してきて……下半身に、変化が……。
「ふぃ、ふぃふぁ!」
「ワールドカップ?」
「ひ、ひがっ……ちょっ、ふぁっへ……!」
「ダーメっ、ばい菌入って膿んじゃったら大変だよ。擦り傷一つで悪化するとどうなるかわからないんだから」
「っ〜〜〜!」
今日ばっかりは黒のレースで良かった! と心底思いながら、そのままされるがままになってしまった。
死ぬほど恥ずかしいのに、もう少し長く……なんて思ってしまう。まさか……自分は本当にマゾとかいうやつなのだろうか?
いや、そんなのなんか変態っぽくて嫌だ。絶対に……!
「……ちゃん、マドちゃんっ」
「っ、ふぁに……?」
「もう終わったから、指離してくれると嬉しいんだけど……」
「へ……もう?」
確かに、いつの間にか膝は絆創膏が貼られているし、なんなら泥まみれだった汚れも落ちているし、なんなら指先に湿布も貼ってある。これ全部片手でこなしてくれたらしい。ほんとの看護婦さんなのだろうか?
言われて、口を開ける。その間に、明里は口の中から指を抜く。つーっ……と、唾液が糸を引く。割と長い時間、突っ込んでいたから当然だろう。くっきりとついた歯形が、少しだけまた気恥ずかしかった。
「じゃあ、マドちゃん。着替えておいで。あとパジャマは危ないかもだから……悪いけど捨てよう」
「……着替えるも何も、部屋入れないんだけど」
「とおるんの服、借りてきて」
「……ん」
そう言われて、とりあえず廊下に出た。
×××
「……それでなんで俺の服⁉︎」
「良いでしょ。どっちの服借りても」
癪だったので、明里の部屋から勝手に拝借した。ダボダボだけど、彼シャツもどきと思えば悪い気はしない。
「じゃあ俺、とおるんのお手伝いして来るから……」
「は? ダメ」
「え、だ、ダメ……?」
「それより、朝ご飯作って」
「あ、あー……うん。でも、部屋なんとかしないと、今夜……」
……それはそうかもしれない。泥棒が入ってきたら困る。でも……なんか納得いかない。
「じゃあどうぞ。私はお腹空かせて待ってるから」
「あーもう分かったよ。何食べたい?」
「チャーハン」
「はいはい」
しばらく待機。一人暮らしをしていただけあって、もう手慣れた様子で料理を作ってくれる。本当に頼りになる男の子に育ってくれたものだ。
良い香りが漂ってきて、お腹の減り具合が加速する。ネギと卵とニンニクとベーコン……最後に塩と胡椒をトッピング。
「はい、お待たせ」
「ありがと」
「じゃあ、ごめんね。行ってくる」
「着替えてから行って」
「え、もういいの?」
「その格好を透に見られたいなら別だけど」
「……あっ、そ、そっか」
「10分後に透と戻ってきてご飯食べて」
「う、うっす!」
そのまま追い出した。
さて、別に大怪我したわけでも風邪を引いたわけでもない円香は、さっさと朝食を終える。美味しかった。その間に、朝のやることをやってしまおうと思い、歯磨きを終えて洗い物をして、テレビをつけた。
すると、そのタイミングでリビングに二人が現れる。
「……ガラス、なくならない……」
「しゃあないよ。ああなったらもう大変だから。濡れた布巾で雑巾掛けするしかない」
「窓外しておくんだっけ?」
「うん。今日中に業者が取り替えにきてくれるって。……窓の代金もその時払わないと」
「はぁ……思わぬ出費……そんなに怖かったかな。私達」
なんて話をしながら入ってきて、やっぱりイラッとした。別に怖くない。演出が凝っていたから驚いただけだ。
「そこ、いいからさっさとご飯食べて片付けして私に尽くして」
「「うーっす」」
「あとついでにコーヒー」
反省しているのか怪しい所だったので、やはりもう今日は二人を顎で使って、贅沢のかぎりを尽くすことにした。
コーヒーを淹れてもらったので、一人ソファーで横になりながらテレビを眺める。
その間に、透と明里が自分達の朝食を用意して食べ始めた。
「良かったね、倒れたタンスは中の物ぶちまけられなくて」
「それな。洋服も全部ダメになってたかもだったわ」
「でも、まさかあんなにビビられるとは……徹夜で作った甲斐はあったよね。衣装」
「うん。とおるんの可動式狼フェイスとか作るの大変だったんだから」
「ふふ、リカ本当にすごいよね。生物学部なのに私に似合うように設計とかできちゃうし」
「それは……まぁね。でも、似合うのはとおるんが綺麗だからだよ」
「ふふ、ほんと最高。そういうしれっとしたとこ」
……こいつら、何中身のないイチャイチャを続けてんだ……と、徐々に苛立っていく。
「リカ」
「んー?」
「スクワット300回」
「え、今ご飯食べて……」
「は?」
「……は、はい……」
そもそも、この人達の何が気に入らないって、今日の準備のために前々から二人でコソコソしていたと言う所だ。なら、今日くらいは自分に構えと言いたい。
……と、さっき自分から部屋を二人で掃除させておいて勝手なことを思っていると透が余計な口を挟んだ。
「ふふ、円香ってほんと可愛い嫉妬の仕方するよねー」
「あんたは今から腕立て伏せ300回」
「え」
「やらないと許さない」
「……あの、ご飯は?」
「……」
「は、はい……」
そのまましばらく、筋トレさせた。
×××
なんとか一日で片付けは終わった。あの後、容赦をなくした円香の指揮の元、バカ2人を酷使して部屋の片付けを終わらせた。
「はい、お疲れ様」
「……し、死ぬ……」
「小さな破片も見逃さない……!」
「人の部屋で寝転がってないで、終わったんなら晩御飯の準備して」
「……来年はサプライズの方向を変えよう」
「同意」
元はと言えば全部こいつらが悪いのだから仕方ない。……とりあえず、次はクリスマスだろうか? 透の部屋に忍び込んでやろうかな、リカに肩車してもらって巨大サンタでびびらせて……なんて考えながら、二人を引きずって部屋から追い出した。
片付けこそ終わったものの、まだ元には戻っていないものがある。……それは、円香の布団だ。これも2人に買わせなければならないが、今日はとても無理だろう。
「じゃあ、透。晩御飯」
「え、私?」
「リカは私と布団選んで。ネットで」
「布団? ……あーそっか。え、じゃあ今日どうすんの?」
「どうすると思う?」
「うちに寝袋あったっけ?」
鼻にストレートを決めておいた。この男はどこまでバカを言えば気が済むのか教えて欲しい。
「ちゃんと一人分空けて寝てね」
「あ〜……じゃあ、たまにはリビングに布団出して、広々使って寝る?」
「……ま、それでも良いけど」
話しながら、二人でパソコンをつけた。まぁ……家具といえばニ○リかな? とのことで、検索して布団について調べ始める。
「そろそろ冬だし、毛布も欲しいよねー」
「いらない。ダメになったの掛け布団と超薄い毛布だけだし、厚い生地の毛布はクローゼットで寝てる」
「りょかいー。ちなみに、こんなのが良いーみたいなのある?」
「ない。布団なんてどれも一緒でしょ。リカに任せる」
一緒に選びたい、と言う気持ちがないわけでもないが、まぁせっかく明里がいるわけだし、理系ジャパン代表みたいな思考で選んで欲しい。布団によっては、重すぎたり暑すぎたりするから。
「いや、マドちゃんのなんだからさ、俺が選んでも……」
「良いから。軽い奴とか温かい奴とか、生地見ればわかるでしょアンタなら」
「無理無理無理。俺そんな業界人じゃないから」
「や、だから……そんな正確な予測が欲しいんじゃなくて……」
「違うよ、リカ。円香が欲しいのは、もしかしたら今後みんなで布団の中でする行為の機会があるかもしれないから、リカの好みを把握したいだけだよ。柄の」
「違う」
「え……マドちゃん、そんな理由で選んだ布団……むしろ普段から使いづらくならない……?」
「違うって言ってるでしょ」
「てかそれなら、とおるんも一緒に選ばないとじゃない? ねぇ?」
「あー……グー」
「何がグーなの。違うって言ってるでしょ。……や、ていうか」
円香は透の方に顔を向ける。
「あんたはご飯作って」
「えー。一人で作ってもつまんないー」
「俺、手伝おうか?」
「ダメ」
「じゃあマドちゃん手伝ってあげてよ」
「嫌」
「ちぇー」
ブーブー言いながら、透は台所に戻る。……ちょっと冷たくし過ぎただろうか? その背中を眺めながら、どうしようか迷っていると明里が口を挟んだ。
「……とおるん、今夜はみんなで寝るから。その時に枕投げでもしよう」
「……うんっ」
「また窓破るつもり? やるなら別の事にして」
「じゃあ、布団で巻き巻き大会とか」
「何それ?」
「雛菜に小糸がよくやられてた奴」
「円香もやられてたよね。小糸ちゃんに馬乗りになられると機嫌が戻ってたけど」
「うるさい」
小学生の時の話だ。そのまま透は台所に向かった。
「……そんなことしてたんだ?」
「布団にくるまってたら、馬乗りになられても不思議と重くないし不愉快でもないでしょ」
「知らない。やった事ないし」
意外とそう言うの、男子もやってるもんだと思って……いや、明里はそういえば友達いなかったんだっけ、と思い出す。
「みんな、修学旅行とかでそんなことしてたのかなー」
「……あんたは何してたの?」
「修学旅行は、夜に宿を抜け出して動物とか探しに行ってたなー。東京にいない動物がいる気がして」
唯我独尊で羨ましいことだ。こいつに限って孤独が寂しいなんてことはなさそうだ。
「でも……まだまだ俺は二人の知らないこと、たくさんあるんだろーなー」
「……子供じゃないんだから、そんな事で拗ねないで」
「拗ねてないよ。羨んでるだけ」
「一緒」
「その点、俺は馴染んでる相手がいなかったから、マドちゃんととおるんが知ってる姿が全部だよ」
「……あっそ」
……無意識にホッとしてしまった。自分も割と独占欲が強い。
それを認めるのが癪で、また思わず捻くれた言葉を漏らしてしまう。
「ていうか、私達は明里が動物園に行くたびに暴走する姿は見てない」
「え、見たいの?」
「ごめん、何でもないからやめて。お願い。ね?」
「そんな本気で止めに来るなよ……分かってるから」
「なら良し」
「今、そんなことして俺が殺されたら、動物が死罪になっちまうから」
「死罪にならなくてもやめて。絶対に」
なんて話をしている時だ。机の方へ、透がヨタヨタした足取りで歩いてきた。
「お待たせー」
「お、きたきた」
「何作ったの?」
「火鍋ー」
無限の辛さと引き換えに健康を手に入れる地獄の食べ物だが、なんか癖になる味をしているもの。
中々悪くないかも……なんて思いながら、二人で運ぶのを手伝いに行くと……鍋の中で出来上がっていたのはマグマだった。具材が見えない。
「……」
「……」
「私に作らせたの二人だから。ちゃんと綺麗に食べてね」
その日は食後のコーヒーは出なかった。
×××
さて、寝る時間。布団を三枚敷いたところで問題が発生した。
「掛け布団足りなくない?」
「それはそうでしょ」
「どうしよっか」
三人で顔を見合わせた。まぁ実際の所、今更別に布団が一枚、足りないくらい大した問題ではないのだが。
「あ、じゃあやりたいあれ」
「何?」
「なんだっけ……布団でおしくらまんじゅう?」
「いや、固有名詞はないから」
「あー、グー」
そんなわけで、まずは三人で固まって布団の上で人間ピラミッドになる。だが、そのまま微動だにしない。
「……」
「……」
「……」
「これどうやって包まるの?」
「誰かが丸めないと」
「ふふ、三人じゃ無理だわ」
誰がどう見てもアホ三人である。やる前に分かりそうなものだが……悲しいかな、これが大学生だ。
そんな中、明里がピンと来たように提案した。
「いや、いけるいける。俺ととおるんが下になるから、マドちゃん上になって、布団の裾掴んで」
「ん、こう?」
「で、どうすんの?」
「で、このまま横に転がろう。俺が持ち上げるから、一気にね」
「なるほど」
「分かった」
それなら確かに可能かもしれない。要するに、海苔巻きと同じだ。
「じゃ、行くよ」
「うん」
「どんとこい」
「せーのっ」
そのままゴロン、と転がり始めた。一気に真横に転がり、三人の体に布団が巻き付く。
「よしよし、これこれ!」
「いけるいける!」
「ちょっと待って、目の前に壁が……!」
直撃した。壁まで転がりすぎて。三人で顔面から衝突し、そのまま固まる。
「……痛い」
「てか、暑くない?」
「うん。寝よっか」
普通に寝た。