ある日の午後、何となく円香は明里を連れて散歩していた。いや、なんとなくではない。この前、コタツムリ状態だったこともあり、無理矢理外に連れ出している。じゃないと電気代がバカにならないから。
「寒い……」
「それは私も……でも光熱費のこと考えて」
「とおるんがいないのを良い事に外に連れて来るなんて……せめて暖房入ってる所行こうよ……」
そんな事をブツブツと呟かれるが、人の多いところでは何となくイチャイチャしたくない。暖房が入っているところなんて人がいる所とイコールなので、残念ながらそうはいかなかった。
だから、代わりに腕にしがみつく。
「んっ……人間カイロじゃダメ?」
「いや……ダメじゃないよ」
まだこうやって腕を絡めるだけで照れて来るのは本当にウブで可愛い彼氏である。これが大学生であることに、いまだに驚かざるを得ない。
まぁ、側から見たら二股彼氏なので純情とは違うと思われるかもしれないが、むしろ純情だから二股できている説さえある。
……そうだ、仕事でいない透に、この二人きりの散歩を自慢してやろうかな、なんて思いついたので、スマホを取り出した時だった。
前の曲がり角から可愛さの化身のような事務所の後輩が姿を表す。
「あ、円香さんと明里さん! こんにちは!」
「こんにちは、果穂」
「ぐぇっ⁉︎」
いちゃついているところを見られたくなかったので、半ば反射で明里を突き飛ばす。
足元には、マメ丸がウロウロしていた。
「お二人とも、デートですか⁉︎」
「うん。声抑えようね。そう」
「そうなんですかー! 良いなぁ、円香さん」
「……どういう意味?」
いくら果穂でも明里はあげられない。仮面ライダーごっこするくらいならまだしも、恋人にさせるわけにはいかないのだが……羨ましがられているのはどう言う意味なのか。
「だって毎日、ジュウドの変身シーンを見られるってことですよね⁉︎」
「……」
すぐに人を疑う自分の汚い心に嫌気がさした。ただでさえ汚れが思春期を迎えても生えてこない果穂が相手なのに、無駄に疑った自分を殺したくなった。あと果穂成長見えなくて可愛い。
とりあえず、ちょっと果穂を愛でる気分でもなくなってしまった為、今日の所は解散したい。そう思ってもう一匹の純粋真っ直ぐちゃんに声を掛けようとすると、マメ丸に夢中になっている阿呆が見えた。
「よーしよしよしっ、久しぶりマメ丸。相変わらず可愛いなお前。ほんと死ぬほどモフモフで枕にしたいくらいだよホント。元気だったか?」
「わふっ! わんっ、わんっ!」
「うん、ありがとう。俺も元気。寒いから正直、こたつの中にいたいけど、お前に会えたから出てきて良かったよー」
え、まさか会話が成立しているのだろうか? そういえば、前も教室に出たGと対話していた。
「わん!」
「え、いやいや太ってない……はず。モデル始めて毎日お腹出ないようにトレーニングしてるから」
「わふ……わんっ、わんっ」
「あ、俺じゃなくてマドちゃん? 言われてみれば少し足が……」
「は?」
「あ、やばっ……そ、そんなことないよマメ丸。マドちゃん、確かにとおるんよりは太くなったけど、太ったって程じゃ……痛っ!」
全くフォローする気がないのがよくわかったので、背中を蹴り飛ばした。ていうか、マメ丸も少し礼儀を知った方が良い。犬だからって言って良いことと悪いことがある。
蹴られた明里に、果穂がいつまでも朽ちることのないキラキラ輝く瞳で声を掛けた。
「明里さん、すごいです! マメ丸とお話しできるなんて!」
「? 果穂ちゃんはできないの? なんで?」
「普通出来ないから。あんたみたいな歩くイヌリンガルと一緒にしないで」
「コツとかありますか?」
「果穂、人間を辞めようとしない」
あまり果穂が動物と話しているところは見たくない……そもそも、人間が動物と会話しているのは誰であっても不審者にしか見えな……。
『あははは、マメ丸ー! 今日のご飯は何が良いー?』
『わん!』
『アイス? もー、しょーがないなー』
いや、果穂なら不思議な力で話せたとしても可愛いの一言で済む。不思議なものだ。明里でさえ少し気持ち悪いと言うのに……明里の場合は最初がゴキブリだったからかもしれない。
「じゃあ、あたしそろそろ行きますね!」
「あ、散歩の途中か。ごめんね。邪魔して」
「いえいえ、仮面ライダージュウドさんが邪魔になることなんてありません! 円香さんも!」
「……んっ」
「では、お疲れ様です! 行こ、マメ丸?」
話しながら、マメ丸と果穂は走り去って行った。その背中を明里が目で追っている。
「……良いなぁ、犬……俺ももふもふしたい……」
「いや飼えば良いでしょあんたも。割と稼いでるんだし」
「今はとおるんとマドちゃんいるじゃん。一人じゃ決められないよ。それに、俺は自然の中の動物が好きなのであって……」
「いや今の見たあとだと説得力無さすぎるから」
本当なのかもしれないが、それ以外にも理由がありそうだ。まぁ、別にこちらも無理強いするつもりはないが。
「……」
でも、こんな風に犬を飼いたそうにしている明里を見てしまうと、やはり少しの期間だけで良いからその願いを叶えてあげたくなる。
とは言え、確かに生き物の面倒を見るとなると、半端な覚悟では始められない。何か良い機会はないだろうか。
そんな風に思いながら、とりあえずまた散歩に戻った。
×××
翌日、事務所で帰り支度をする透をソファーでリラックスして待つ円香は、そろそろ帰ると明里に連絡を入れようとしていた。
部屋の中では、放課後クライマックスの有栖川夏葉と小宮果穂が何やらお話ししている。
「え、果穂。昨日明里に会ったの?」
「はい! マメ丸とお散歩してた時に偶然!」
「そう。あの子、元気だった?」
「マメ丸と何かお話ししてました! でも、マメ丸少し失礼なこと言ってしまったみたいで……」
「え、し、失礼?」
「円香さんに太ったとか何とか……明里さん、犬の言葉わかるから、それ伝わっちゃったみたいで……」
「い、犬の言葉が分かるって……すごいわね!」
「ですよね⁉︎」
この方クラ最年長と最年少のコンビは純粋過ぎてすぐに信じてしまう。他の西城園田あたりに言ったら「何言ってんの?」ってなるだろうに……。
なんて思っている時だった。部屋の扉が勢いよく開かれた。入って来たのはプロデューサーだった。
「な、夏葉はいるか⁉︎」
「あら、どうしたの? プロデューサー」
「すまん、明日急な仕事が入った!」
「あら……そうなの。大丈夫よ。それくらいなら……」
「泊まりで」
「いやどういう事⁉︎」
全くである。泊まりの仕事をこんな夕方に言われても困ると言うものだ。果穂もわりとドン引きした様子でつぶやく。
「夏葉さん……た、大変ですね……」
「大丈夫よ。私だってアイドルだもの。それくらいならどうってことな……あっ」
「どうかしたか?」
「カトレアのお世話だけは誰かにお願いしないと……」
「あー……」
今からペットホテルを探すのだろうか? その辺の事情は正直、詳しくないのでわからないが、今からでもペットホテルって取れるものなのだろうか?
なんて考えている中「あっ」と名案が浮かび、すぐに行動に移した。
「あの……良かったら、うちで預かりましょうか?」
「? 円香?」
「うちなら動物に関してなら任せられるバカが一人いるので」
「……ああ、確かに」
すぐに察したらしい。流石、前は円香や透を差し置いて明里の隣に住んでいた人だ。
「じゃあ、お願いするわ。今晩のうちに家までカトレアとドッグフードを運びに行くわね」
「お願いします」
よし、これでOK。明里が喜んでくれると良いが。
そんな話をしている間に、透が部屋に入ってきた。
「おまたせー、円香……あれ、何か取り込み中?」
「別に。うちにあとで犬が来るだけ」
「え……犬? なんで?」
「お先に失礼します」
「お疲れ様、2人とも」
「あ、お疲れ様でしたー」
強引に解散した。
×××
家に着いたら、とりあえず三人で夕食を食べた。帰りが早い明里が「身体が温まるように!」と火鍋を用意してくれたが、辛さを間違えたのか円香も透も明里も舌を真っ赤にしてダウンしていた。
「ひ、ひぬ……」
「ひゃ、ひゃらい……」
「ふぁ、ふぁかれひょ……」
三人とも食べきったのだから、まだ良かったと言えるだろう。もう水を飲む気力さえなく、身体が熱すぎるので炬燵から出て後ろに伸びながら肩で息をしていると、ピンポーンという音がする。
「ふぁれだろ、こんな時間ひ」
「さぁー」
「ふぉうへ変な売り込……あ」
そうだった。夏葉が来ることを忘れていた。せっかくだしサプライズにしようと思って、本人にはここまで伏せてきた。まぁ途中から単純に辛すぎて忘れていたのだが。
「ふぁあ、俺がふぁくっと断っれくる」
「ふぁ、待っへリカ。わふぁひが行ふ」
「えっ、いやいいよファドちゃん。ふぉういうのは俺が……」
「いいふぁら」
そう言って、無理矢理明里を座らせ、円香が表に出た。玄関にいたのは、やはり夏葉。礼儀正しくオープンカーの助手席で座っているカトレアを手招きすると、飛び出てきた。オサレである。
「ごめんなさいね、夜遅くに……なんか口の周り赤いわよ円香?」
「おふぁふぁいなふ」
「なんて?」
どうやらだいぶ滑舌が悪くなっているらしいことに今気が付いた。というか、客が来ることはわかっていたのだから、一度鏡で顔を見ておけば良かった。
「じゃあ、明日の夜までお願いね。ドッグフードと首輪はこの中に入れておいたから」
「ふぉうほ」
「……あの、何か飲む?」
「おふぁふぁいなふ」
「や、だからなんて?」
しばらく困った表情のまま袋を手渡して来る夏葉は、早めに退散した方が良いと踏んだのだろう。すぐにカトレアの前にしゃがみ、頭を撫でた。
「じゃあカトレア、お行儀良くしているのよ?」
「ワン」
「お願いね、円香。透と明里にもよろしく」
「ふぁい」
「じゃあ、またね。……最後まで何言ってたのか分かんなかったわね」
そんな事を呟きながら、車の方へ引き返した。車が発進していくのを眺めながら、少し円香は柄にもなくワクワクしてしまった。明里は驚くだろうか?
なんて思っている時だった。
「今、犬の鳴ひ声しふぁふぁっ……あへ?」
「ワン!」
「あっ」
明里が来てしまった。タイミングが良いのか悪いのか……というか、そんなに大きな声で吠えたわけでもない一声を何故、暖かくするために窓も扉も締め切った部屋で聞き取れるのか。
「カホレア! おいへー」
「わっふ!」
なんでここに? の前にまず呼んでわしゃわしゃと撫でくりまわす辺り、ホントどこまで犬が好きなのだろう。
「よーひよひよひよひっ、ひふぁひぶり。ふぇんひふぁった?」
「ワン!」
「そーかそーか。俺も元気だっふぁよー。ふぉうしてほほに来たの?」
「ワン!」
「あー……有栖川さんほ急な仕事へ、うひで面倒見ふと……最高じゃん」
「ワン!」
「……」
自分が説明したかったのに、全部犬を経由して把握してしまった。この男の能力をこれほど憎んだ日はない。
「……まぁ、ほういう事」
「ワン!」
「えっ、ファドちゃんの方ふぁら提案ひてくれふぁっへ?」
「っ」
そういうこと、夏葉は犬にも話しているらしい。……もしかして、夏葉も犬と対話できる能力者なのだろうか?
『カトレア、ただいま。急で申し訳ないんだけど、今日から明日まで円香の家で泊まってくれる?』
『わふ?』
『急なお仕事が泊まりで入っちゃったのよ。そしたら、円香から「うちに頼もしい男がいる」って提案してくれたの。だから、良い子にして待っててね?』
『わん!』
あ、可愛い。果穂じゃなくてもアリだ、このパターン。女の子なら誰でも良いのかもしれない。
なんて思っていると、明里が自分の方を見上げた。
「マフォちゃん……もひかひへ、俺のたふぇに……?」
「……なんへほういうほころふぁけ察し良いの」
少し照れ臭くて、目を逸らして髪をくるくると指で巻いてしまう。そんな中、カトレアのあくびが目に入った。とりあえず、中へ入らなければ。
「じゃあ、おいふぇ。カトレふぁ」
「寒いへひょ。中に入ろう」
「わん!」
そんなわけで、三人で中に入った。やはり外は寒かったらしく、カトレアはいの一番に中へ駆けていく。その後に続いて、明里が入ってリビングのドアを開けてあげていた。
「はい、カトレア……あ、やっと舌回ってきた」
「わん!」
「おっ、ふぁへってきた。お帰……あれ、犬?」
「違う、カトレアだよとおるん」
「えっ、ご、ごふぇん?」
何故か怒られている透だった。人と動物の間に微塵も溝を作らないどころか普通に会話さえ楽しめる明里にとって、名前の有無は地雷に等しいのだろう。自分も気を付けよう、と円香は強く心に決めておく。
「夏葉さんが急な仕事で一日面倒見て欲しいって」
「あー……ふぁるほほ」
円香の滑舌も戻って来た。あとは透だけ……というか透だけ長過ぎる。こいつ自分達が外にいる間も残ったスープを飲んでいたのかもしれない。
「よーしよしよし、カトレアー。腹減った? ご飯食べてきた?」
「わん! わんわん!」
「そっか。家で食べたんだ。じゃあ後は明日ね。……あ、散歩行きたいか。良いよー。行こう」
「わっふ!」
「そんなわけで、ちょっと外出て来るわ」
この野郎、人が昨日の昼に誘った時はあれだけ渋っていた癖に、犬が昼より寒い夜に誘ったら速攻でOKしやがって。
「とおるんとマドちゃんは来る?」
「寒いからパス」
「私も行かない」
「そっかー。よーし、じゃあカトレア。デートといこう」
「「やっぱり行く」」
「えっ、いやどういう事……」
この男、マジでぶっ飛ばしてやろうか。そう思いながら、全員でクソ寒い中出掛けた。
×××
「あはは、カトレアー! こっちこっちー!」
「わん!」
「あんまり遠くに行くなし……」
「注意して。転ばないように」
あの透が、まさかの保護者的発言を漏らしていた事に驚きながらも、円香は寒さで体を震わせる。前を走るバカと犬の様子を眺めながら、思わず円香も保護者の顔である。
「……元気過ぎて腹立つ」
「ふふ、私と円香の息子じゃん」
「息子に私は腹を立てない」
そんな話をしながらも……確かに母性本能のようなものが発揮されているのに腹立たしく見える。何故だろうか? いや、明里があんなに無邪気に楽しそうにしている姿を見ていると、こちらとしても少し嬉しくなって来る節もあるのだが。
「にしても元気だねー、あの二人」
「まぁ、リカも動物飼いたがってるのバレバレだったし」
「ホント、そんなに好きなら素直に飼えば良いのに」
「……正直、私も気になってた」
本当に自然の中の動物が良いとかいう理由なら、逆にこうして一緒に遊んだりはしないだろうに……。
そう思うと、何か他に理由がある気がする。やはり、まだまだ透や雛菜、小糸のようなメンバーと比べると明里に関しては分からないことも多々あるものだ。
そんな風に思っていると、くしゅっと隣からくしゃみの音。
「うー……さむさむ」
割と長く外にいるし、風邪でも引いたら最悪だ。良い時間だし、戻ったほうが良いかもしれない……なんて思っていると、前を歩いていた明里がカトレアをおんぶしながら声をかけてきた。
「そろそろ戻るー?」
「おー」
「……そうする」
自分が犬と遊んでいる時でも、彼女のくしゃみは聞き逃さない男だった。
「よーし、戻るよカトレア。じゃあ、競走しよっか」
「わん!」
「え、なんでそういう発想になるの?」
「よーいどん!」
「わっふ!」
そのまま走り出してしまった。彼女達を置いて。イラリ、と2人とも眉間に皺がよる。
「……どうする? 透」
「まぁ……今は楽しんでるみたいだし、久しぶりにリカの楽しそうな顔見たし」
「ん、じゃあ私も許す」
そもそも最初断ったのに、強引について行くことに決めたことも忘れて、二人の彼女は内心に静かに芽生えさせた闘志の炎を燃やしながら、歩いて二人を追いかけた。
×××
明日、三人とも仕事はない。だから少し夜遅くまで起きつつも、歯磨きやお風呂といった寝る前の行動を少しずつ片付けていく。
で、そろそろ寝るか、みたいな空気が流れてきた中、明里が爆弾を落とした。
「じゃあ、カトレア。一緒に寝よう」
「わん!」
ピシッ、と氷に入った亀裂のように円香と透の中で音がした。この男、自分達には一緒に寝よう、なんて言ってこない癖に……と、メラメラと炎が燃え上がる。
「マドちゃん、とおるん。おやすみ!」
とてもこれから寝るとは思えないテンションで、そのまま部屋を出て行った。残された二人は、黙り込んだまま目の下の影を濃くする。まさか、付き合ってからも嫉妬をするハメになることになるとは……なんかもう、色々と腹立たしい。
「透」
「分かってる」
「預かるって言い出したのは私だから」
「明日の夜ね」
「うん。どうする?」
「とりあえず、メンタルブレイク狙おう」
「りょ」
恐ろしい作戦を立てながら、二人はそのまま明里の部屋を覗きに行く。あのバカがもう寝たかどうかの確認だ。
慎重な足取りで移動して、扉を控えめに開けて中を覗くと、本当に同じ布団の中に入っている。明里の腕枕に、カトレアは顎を乗せていた。
いや、かわいい。カトレアも明里も。見ていてほっこりするし、たまにSNSで見かける動物の動画を間近で見ている気分だ。
それ故に、羨ましさが増した。カトレアなんて初めて明里と一緒に寝ているのに、なんであんなに距離が近いのか。自分達だって初めて寝た時、あんな風に腕枕なんてしてもらえなかった。
「……」
「……」
やはり、決めた。とりあえず、今は明里に良い思いをさせてやる。そして明日、覚えておけよ、と。
×××
「じゃあ、ありがとうね。カトレアのこと」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
「え、いや何が?」
翌日、引き取りに来てお礼を言った夏葉だったが、逆にお礼を言われて困惑を隠せずにいたが、それでも帰宅して行った。
ぶろろろろっ……と、走り去っていく車とカトレアを眺めながら、明里は思わずため息をついている。
……その様子を眺めながら、透は円香と頷きあった。作戦開始である。
まずは、後ろから強引に腕を組んだ。
「えっ、何?」
「よし、じゃあリカ」
「散歩行くから。拒否権無し」
「……うん、良いよ」
……胸を押し当てているにも関わらず普通の反応をされてしまい、少し狼狽えるも……まぁ、照れているのを気取られないようにしているのだと解釈して、本当に散歩に行くことにした。
作戦に出た以上、やることは決まっている。カトレアと過ごした一日ちょい、よくもまぁ彼女をおいて犬と仲良くしてくれたものだ。
仕返しに……カトレアといるより自分達といる方が楽しいと言うことを分からせてやる作戦だ。
それ故に、昨日の夜と同じ行動をトレースする。そんなわけで、走る。
「よーし、走ろう。リカ」
「え、散歩なのに?」
「昨日あんただって走ってたでしょ」
「あ、マドちゃんも乗り気なんだ……」
「よーいどんっ」
「Go」
「あ、ま、待ってよ!」
そのまま走った。走った。走った。とにかく走った。それはもう三人で頑張って。
しかし……人間が三人で走っていても、それはただの並走とかランニングなのであって。
「……そろそろ戻る?」
「俺まだ行けるよ」
「いや別に体力の競争したいわけじゃないから」
特に何事もなく戻った。
いや、まだある。家についてからも、腕枕とかそう言うイベントがあった。
「じゃあ、寝ようか」
「え、いや走ったしお風呂入ろうよ」
「は? 一緒に入る気? ……変態。今日だけだから」
「いやそんなこと言っ……え、許可しちゃうの? 入らないよ一緒には」
流石に透も気恥ずかしいし、水着の着用もなしにそれはお断りしたい。
ていうか、この後はどうしていただろうか? 確か、カトレアを愛て……その間に円香と透が順番にお風呂に入って、最後に明里が入った。
よし、これだ。同じことを思ったのか、円香と頷きあった。
「じゃあ、私お風呂」
「いってらー」
円香を見送りながら、二人でリビングに入った。手洗いうがいだけ済ませた明里が、ソファーの前で一息ついたので、透も手洗いうがいを済ませてから、明里の前で正座した。
「……」
「良いよ、リカ」
「……え、何が?」
「え、しないの? 撫で撫で」
「え、いやして欲しいならするけど」
「昨日、カトレアにはしてたじゃん」
「……あー、分かった」
……ちょっと照れるかな、と思ったのだが、照れることなく両手を差し出してくれた。
まずは髪から。毛並みを撫でるように数度、髪の上を歩かせた後、今度は梳かすように髪の間に指を通す。思いの外、気持ちよくて思わず上を向くように顎をあげてしまった。
すると今度は、反対側の手で顎の下を撫でられる。……いや、ていうかこれ、思っていたのとちょっと違う。
「っ、あ、あのっ……リカ?」
「よーしよしよし、とおるん可愛いよー」
「ちょっ、待っ……」
顎と頭を同時に撫でられながら、頭を撫でていた手を後頭部から首筋を通して背中、腰まで一気に撫でられる。それを、数往復も繰り返しされた。
人の背中側……特に首の後ろは冷気のようなものを感じやすいと言うが、それがよく分かるほどに身悶えさせてしまう。
「ひゃんっ……りっ、待って……何……」
「とおるん、お散歩楽しかった?」
「え、いや走ってただけ……んんっ⁉︎」
背中と同時に、お腹を撫でられ始めた。待って欲しい。別に太ったとかではないが、お腹を撫でられるのって普通に恥ずかしい。さっきまでほんのり程度に朱をさしていた顔が、今度は真っ赤に染まった。
「りっ、待っ……!」
「俺は楽しかったよー。久しぶりに遊べたし」
「〜〜〜っ!」
分かった。これ……昨日、カトレアが撫でられていたメニューだ。いや、確かにカトレアと同じことをされる作戦だったし、それを望んでもいたのだが……ただ撫でられるだけだった予定なのに、だいぶ狂わされた。
「気持ち良いー?」
「っ……!」
気持ち良い……? 気持ち良いかって……? 死ぬ一歩手前ほど気持ち良い。この子の指の力加減、撫でる場所、全てがピンポイント過ぎる。
だが、問題は何故「一歩手前なのか」である。こんな風に撫でられるのは、人間同士では普通、あり得ない。何せ、特殊プレイ過ぎる。
それを思うと少しムラムラして来るのだが……この撫で方、性感帯は避けて撫でられている。
故に……それはもう、あと一歩の物足りなさと言う生殺し状態が続かされていた。
「あれ……あんま気持ち良くない? もしかして……人間相手じゃダメなのかな……」
何一つ分かっていないこのバカを今すぐ食ってやりたいほどだが、円香がいない間にそれは許されない。何より……こんな事をされると、攻めるより攻められたくなる。
でも、攻めてもらえない。走ってきた後で疲れているからか、抵抗する気力さえ起きない。こいつ……まさかとは思うが解散していないだろうな、と疑いたくなる程だ。
何れにしても、気持ち良いは気持ち良い。ずっとされていたい反面、恥ずかしさから今すぐにでもやめて欲しいと言う葛藤が頭の中で続く中、急に身体から離れられた。
「はい、終わり。あんま良くなかったかもしれないけど、これで良い?」
「ーっ、っ……ーっ!」
「? とおるん? どうかしたの?」
こ、こいつッ……と、思いながらも、だ。今はとにかく離れなくては。円香がいないのにそれはダメだ。
「……ごめん、ちょっとトイレ……」
「いってらー」
いってらー、じゃないよ、と思いながら、ヨタヨタと酔っ払っているような足取りでトイレに向かった。
×××
その後、円香とも全く同じ流れがあったながらも、何とか諸々を終えて、いよいよ就寝時間である。
「そろそろ俺寝るね」
「「誘って」」
「え? あ……は、はい」
さっき以上の語気の強さを感じつつも、誘うしかない。
「ふ、二人とも寝よっか?」
「「よろしい」」
カトレアごっこをしてくれているみたいだが、やっぱり動物と人間では勝手が違うようで、なんか不機嫌だ。
とりあえず、布団の中に入ると左右に円香と透が寝転がる。いや、腰を下ろしただけだった。寝転がっている自分を、上半身だけ起こして挟んでいた。
「え……寝ないの?」
「腕枕」
「昨日してたでしょカトレアに」
「あ、なるほど……え、腕痺れる」
「「いいから」」
「あ、はい」
そう言われても、両手を広げて寝転がるのってエースキラーに処刑される寸前のウルトラ兄弟みたいで間抜けな気がする……と、思いつつも広げて寝転がった。
その上に二人揃って頭を置き、挟み込むように顔を向けて来る。
「おやすみー、リカ」
「早く寝て。明日は仕事でしょ」
「あー……うん」
……なんか顔が近くて普通に気恥ずかしいのだが……まぁ、嬉しいけど。ていうかなんでこっちを見る必要があるのか。
いや、そんなの分かっている。二人とも、おそらく自分に気を使ってくれているのだろう。
「ありがと、マドちゃん。とおるん」
「? 何が?」
「……変態」
「二人とも、俺に気を遣ってくれてるんでしょ? 今日、カトレアと別れて寂しそうにしてたから」
「「……え?」」
というか、自分が動物を飼わない理由はこれが一番だ。ペットの寿命は基本的に人間より短い。出会いがあれば別れもある。借り物のペットと別れただけでもすごく名残惜しかったのに、永遠の別れとなるとどんなショックがあるか分かったものではない。
そんな自分の寂しさを見抜いて昨日のカトレアと同じことをしていたのだと思ったのだが……。
「あれ、違うの?」
「えー? あー……」
「そ、そう。なんか寂しそうにしてたから」
「やっぱり。……うん。俺、二人がいれば寂しくないよ。だから、ありがとう」
「「どういたしまして」」
「え、あれ。なんで反対側むくの二人とも」
気がつけば、背中を向けられて挟まれていた。何が何だか分からないが……とりあえず、今日は眠ることにした。