友人の【魔法適正】が最強クラスだったので、僕は大人しく支援に回ろうと思います。 作:にっぱち
トラックに轢かれそうになったらこの世界に来ました。
そんな夢のような現象に見舞われてから、今日で14日。日本で言うところの二週間が経過した。
灯火は魔法に関する授業を全て終え、最近は属性魔法の訓練も兼ねてダインさん同伴の元でクエストをこなし始めている。
対する僕は、スローアさんの言いつけ通り十日間きっちりとマナ操作の練習を続けた。睡眠と食事以外の時間は全てマナの操作に時間を当て、そんな生活を毎日続けた。正直思い返すと精神的にかなりキツい日々だったけど、それもこの世界で生きていく為と思えばなんてことは無かった。
そして、昨日がスローアさんから言われた十日目。僕はこの日まできっちりと練習を続け、今日という日を迎えた。今、僕はスローアさんの店の前に立っている。
「すぅー……はぁー……」
妙に緊張する。自分ではしっかりとやったつもりではあるけれど、もしも技量不足なんて言われたらどうしよう。そんな不安感で頭がいっぱいだった。
「……よし」
何度か深呼吸を繰り返し、覚悟が決まったところで店の扉を開く。中を見ると、奥のカウンターのところでスローアさんは待っていた。
「きっちり十日、守ったね」
「はい、クビになりたくはないので」
「殊勝な心掛けだ。で、成果はどうなんだい?」
スローアさんが僕のマナ操作の上達具合を見る為に目に少しだけマナを集める。するとスローアさんの眼の色が黒から紫へと変わった。
これは、授業の最初に先生が僕にやってくれたマナを視認する為の所作だ。眼にマナを集中させることで一時的にではあるが、マナを視認することが出来るようになる。勿論眼にマナを流し続ければ、その間はずっとマナの視認が可能になる。
僕はこの十日間の成果を見せる為に、そしてスローアさんの弟子として認めて貰う為に、マナを集め始める。
目を閉じて視覚情報をシャットダウンし、大気中のマナをより感じやすくする。僕は属性魔法が使えない、そして適性がある『付与』『合成』『分離』の使い方を学んでいない為、この三つも使えない。要は現状僕は魔法そのものが一切使えないのだ。
ではマナの操作どころか、マナを体内に取り込むことすらできないんじゃないのか、と思うかもしれない。何なら僕だって最初はそう思った。
でも実際には、魔法が使えなくてもマナの操作自体は出来る。初日に先生がマナを僕に流すことで僕に操作の練習をさせてくれたが、あの時先生は何か魔法を使おうとはしていなかった。ということは、僕でもマナを大気中から取り込んで操作することは出来るってことだ。
先生にやり方を聞いて、出来るようになるまで三日かかった。半自動で取り込んでくれる魔法使いとは違うので、感覚を覚えるのにとても苦労した。
取り込んでから、マナを放出させないように身体の中に留めておけるようになるまで二日かかった。魔法の源にするわけではないので、行き場の無いマナは簡単に霧散してしまう。それを身体という器に閉じ込めておくのが大変だった。
そして、今実演しているみたいに体内を自由自在に動かせるようになるまでに五日かかった。最初の二つの過程をスキップ出来たらもっと練習に時間を費やせたのにと、この十日間で何度思ったか分からない。
でも、そんな壁も、苦難もすべて乗り越えて、僕は今こうしてマナを自由に操ることが出来るようになっている。最初にマナを取り込んだりそれを体内に閉じ込める動作を練習したからだろうか、よりマナという存在を近くに感じることが出来るようになれた気がする。
「……ふん、まあまあだね」
僕のマナ操作を一通り見たスローアさんが、吐き捨てるようにそう言った。その口元が心なしか笑っているように見えたのは、僕の気のせいだろうか?
「まあそれだけできれば合格だ。今日からは文字を覚えるのと付与魔法の指南を同時にやっていくから、心してかかりな」
「……はい、ありがとうございます!」
こうして僕の、魔道具師としての第一歩が踏み出された。
* * * * * * * * * * * *
とある日の昼下がり。
この世界には動物とは別種の生き物にカテゴリされる『魔物』という存在が確認されている。魔物とはマナが何かしらの理由で変化し、生物としての形を成すに至ったもののことらしい。その形状は様々で、確認されているだけでも200は超える種類がいるとのこと。ちなみにこの魔物が発生する理由は未だに解明されていない。
俺たちが今回ターゲットにしているスライムボアは、猪のような見た目をした体長3mほどのゲル状の生命体だ。猪のように突進攻撃をメインに俺たち人間に襲い掛かってくる。
そして突進時に巻き込んだ生物を体内に取り込み、強力な融解力で時間を掛けて骨ごと溶かして食べてしまう。そんな恐ろしい生物だ。
倒す為には『核』と呼ばれるマナが結晶化した物質を破壊するか、身体から引き抜くことで身体の形状を保つことが出来なくなり死滅する。しかしこの図体のデカさのせいで刃が核まで届かず、また体内に非常に強力な融解力を保持している為、簡単には討伐できない。初心者が最初にぶつかる壁となる魔物だと言われている。
「相手の動きに合わせて剣を振れ。奴は動きこそ早いがその分カーブが出来ない。単調な動きのパターンを見極めて、隙を突け」
というダインさんのアドバイスを基に、まずは慎重にスライムボアの動きを観察する。スライムボアは俺を見つけると、猛り狂ったように地面を蹴り上げ突っ込んできた。その姿は読んで字の如く『猪突猛進』、俺を餌として喰らう為にそのバカでかい巨体が迫りくる。地球ではまずあり得ないサイズから来る威圧感と恐怖感が、ほんの一瞬俺の身体を縛り付けた。
「―――っ!」
恐怖で竦む身体に鞭を打って、無理矢理横に飛ぶ。スライムボアは俺の居た場所を通過し、後ろにあった木を何本かなぎ倒して漸くその巨体を止めた。
ゆっくりと俺の方へと身体を向ける魔物。身体と同じくゲル状の物質で出来た半透明の眼が、再び俺を捉える。
落ち着け。見た目は気持ち悪ぃし殺意は今まで戦ってきたどんなファイターよりも強いけど、だからって勝てないと思うな。
身体がでかいからなんだ。見た目がキモいからなんだ。スピードが速いからなんだ。俺は―――
「俺は、こんなところで立ち止まってる暇はないんだよ!」
スライムボアが走り出すよりも早く、地面を蹴って敵へと迫る。背中に背負った、ダヤンさんが選んでくれた長剣を引き抜き、振り向きざまのスライムボアの顔目掛けて上段から一気に振り下ろす。
「ブモオオオオオオオオオ!!!」
鼻を形作っていたスライムの塊がぼとりと地面に落ちる。スライムボアの身体は想像以上に柔らかく、豆腐でも切っているかのような感覚だった。
顔を斬られたことでよりキレたのか、スライムボアは俺をその体躯で押しつぶそうと、前足を上げて思い切り倒れこんで来た。
俺はその攻撃を見切り、隙だらけの脇腹へと猛ダッシュを仕掛ける。スライムボアの核は身体の真ん中あたり、丁度腹の中心に位置する場所に浮いている。これを取り除くためには周りのスライムを地道に斬って剥がしていくしかない。
轟音と共に地面に倒れるスライムボアの腹に刃を突き立て、ほじくり出すようにしてスライムを切り取っていく。体重全てを預けた攻撃をかましてしまったせいで未だに立ち上がれていないスライムボアは、立つことを諦め転がることで俺を体内に取り込もうとしてきた。
身体を斬りつけながらもスライムボアの動向に気を配っていたおかげで、転がり攻撃も難なく避けた俺は再び身体を削ぎ取る作業を再開。背を地面につける形になってしまったスライムボアは、俺の攻撃に両足をじたばたさせて抵抗の意を示すが、その足は空を蹴るばかりで俺の作業には何の影響もなかった。
こうして見ていると先ほどまであった恐怖心はどこへやら、今はただの動物程度にしか見えなくなってしまった。何ならこうしてもがいている姿はちょっとかわいいとさえ思えてくる。
そして数分かけて身体から核を摘出。その瞬間、スライムボアは猪の形を保てなくなりバシャッ、と音を立てて崩れ落ちた。地面に残るのは、スライムボアの身体を形成していたスライムのみ。そのスライムは、核が無いためもう動くことは無い。
倒したスライムボアの核を満足そうに見つめていると、俺の頭目掛けて拳骨が降ってきた。
「痛ってぇ!!?」
痛む頭を押さえて振り向くと、握り拳を作ったダインさんがそこに立っていた。
「まず一つ、スライムボアが仰向けになったときに気を抜いたこと。いくら相手が見た目抵抗する術を持っていないとしても、自分の知らない未知の攻撃手段がある可能性だってある。最後まで油断するなと再三にわたって教えたはずだ」
「……すいません」
「次に、倒れこんで来たスライムボアに対する攻撃が長すぎる。向こうが転がるという選択肢を取ったから何とかなったが、もし別の行動を取られていたらお前が危険にさらされていた可能性だってある。」
「……はい」
「何度も言うが、人は簡単に死ぬ。お前はまだ死を感じ取れていない。まだ動きに甘さが残っている。
死を覚悟するだけではだめだ。死を覚悟し、死を恐れろ。そのうえでそれを乗り越え、勝利を掴み取れ。いいな」
ダインさんは厳しい。これだけ大きな魔物を傷一つなく倒したというのに、それを褒める前に問題点を指摘する。普段の修業でも、俺の問題点をこれでもかと列挙してくる。
「……よくやった」
でも、褒めるところはこうしてしっかりと褒めてくれる。少し照れくさそうに、ぶっきらぼうに俺の頭を撫でると、ダインさんは踵を返して街へと戻っていく。
「ありがとうございます!」
だから俺も、そんなダインさんの背中を追って、街へと戻っていった。