友人の【魔法適正】が最強クラスだったので、僕は大人しく支援に回ろうと思います。 作:にっぱち
「……行っちまったか」
部屋に戻ったはずのスローアが、いつの間にかルチルの隣に立って陽向の背中を眺めていた。
その顔には名残惜しさがありありと描かれており、それだけでスローア自身が陽向をどう思っていたかを伺い知ることが出来た。
「珍しかったね、流れ人嫌いのお婆ちゃんがあそこまで肩入れするなんて」
ルチルが問うと、スローアは不機嫌そうに答える。
「私は流れ人が嫌いなんじゃない。自分自身を勘違いしている奴が嫌いなだけだ」
「なるほどね」
陽向の姿は、既に人ごみに紛れてしまったので二人には確認できない。それでも二人は店に戻ることなく、人の行き交う街道を見つめていた。
「いずれ来るとは分かっていても、いざ直面すると寂しいもんだね」
「…………」
スローアは答えない。
「……あれ? ダインさんじゃん。どうしたの?」
暫く二人とも、言葉もなくただ行き交う人々を見つめているとそこにダインがやってきた。ダインとスローアは友人と言えるほど仲が良い訳ではないが、互いに流れ人の弟子を持つということからちょくちょく交流自体はしていた。
灯火との勝負が終わり、スローアたちの様子が気になったダインはそのままここまでやってきたという訳だ。
「お前のところも終わったのか」
「あんたんところもか」
ダインの表情を見たスローアもまた、ダインが自身の弟子との別れを終えたことを悟った。
「昼頃には済んだんだがな、どうにも受け入れるのに時間がかかった」
「死んだわけじゃないし、何なら成長してくれているんだから嬉しいだけだと、そう思っていたんだけどねぇ」
スローアもダインも、タラハット内では流れ人嫌いで有名な二人のはずだった。それが今では二人の流れ人を育て上げた立派な師匠だ。
「あの二人は強くなるだろうな」
「当り前さね。私が育てたんだから、強くなってもらわなきゃ困る」
寂しそうに笑うスローアの顔を見たダインは、「フッ」と小さく笑うと
「今日は一杯どうだ?」
そんな誘いをスローアたちに持ち掛けてきた。
「酒かい? そんなもんどこから仕入れてきたんだ」
酒や肉などの嗜好品は、この世界では高級品とされ庶民であるスローアやダインなどは簡単に手を出すことが出来ないような代物となっている。
勿論買おうと思えば買える金額ではあるが、食べ物にそんな金額を出すくらいなら魔道具を買って明日の生活を豊かにしたほうがいいというのが、庶民の考え方であった。
「本当はトウカと飲もうと思っていたが、あいつがまだ子どもだと言うことを失念していたせいで少し余ってしまってな」
ダインは餞別として灯火に片手用の直剣を渡していた。今灯火が使っているものは通常の鉄で作られているのに対して、ダインが拵えたのはたとえ火魔法を剣に流したとしても耐えうる合金『魔導合金』を使って打たれた至極の逸品だ。
それと一緒に酒でも飲まないかと誘ったところ、灯火に「未成年なので」と断られてしまったという悲しい事態が先ほど人知れずに行われていた。
「ふぅん……酒ねぇ」
スローアはダインの持つ酒のボトルをまじまじと見つめる。
ダインの持ってきた酒は、麦を原料として長い年月をかけて発酵、蒸留、熟成を行うことで作られる、地球で言うところの『ウイスキー』に似たものだった。
「酒なんていつ以来だ。それこそ昔に魔道具発展の立役者だかなんだかで祝ってもらった時に飲んだくらいじゃないか?」
「……お前、そんな凄い人だったんだな」
「昔のことさね。それに、わざわざそんなことを言いふらす必要もないだろう?」
何でも無いことのように言うスローアだが、実際スローアが居なければ魔道具というものはこのピラマでここまで広く普及はしていなかっただろう。スローアが付与魔法を細部まで分析し、一般の人間にも分かりやすく、簡単に扱える魔道具を開発することが出来たからこそ、今魔道具はピラマの生活の一部として確立されている。
「まあ、それもそうだな。で、どうする? 弟子の門出を祝って、師匠だけの晩酌は」
「まあ、それもいいんじゃないかい。
ああ、勿論孫も参加していいだろ? こいつだって立派なヒナタの師匠だ」
脇の方で会話の邪魔にならないように大人しくしていたルチルを指差しながらスローアが言う。突然名前を呼ばれたルチルは一瞬驚きの表情を見せたが、直ぐにかぶりを振ってスローアの申し出を断る。
「いやいやいや、私なんて本当に何もしてないですから。二人でゆっくりと楽しんでくださいよ」
「酒が飲めないと言うなら無理強いはしないが……一人だけ仲間外れというのも寂しいだろう。私は構わないが、どうだ?」
スローアとダインからの視線。二人に比べて圧倒的に年下のルチルがこの視線に耐えきれるはずもなく、またこれはルチルにとっても嫌な誘いという訳でもない為、ルチルは二人からの誘いをありがたく受けることにした。
「……それじゃあ、私もお邪魔させて頂きます」
「じゃあ、料理は頼んだよ」
スローアがしたり顔で言う。そこで漸く、ルチルは自分がシェフとして誘われたんだと言うことを悟った。
「お婆ちゃん、まさかその為に私を!?」
「一緒に飲みたいと思っていたのは本当だよ?」
「減らず口を……」
幾ら陽向に対しては年上の余裕を見せているとは言え、所詮この二人の前ではルチルも子ども同然。まんまと掌で転がされたルチルは大人しくシェフとしての役目を果たすことを了承することとなった。
「さ、そうとなれば買い出しだね。どうする? 一緒に行こうか?」
「うーん……家の中にまだ食料自体は余ってるし、別に買ってくるとしても野菜だけだからなぁ。私一人でいいや」
「なら俺は、家から少しだけ肉でも取ってこよう」
「肉ですか!?」
ダインの言葉に、ルチルが目を丸くして聞き返す。高級品の肉を食べられるとあって浮足立っているルチルに対し、ダインは苦笑いを浮かべながらルチルを宥めるように言った。
「ルチルさん、残念ながら貴族が食べているような豪勢なものではないぞ。
動物の肉を自分で解体して塩漬けしたものだから、味も保証は出来ん」
「それでも肉は肉です」
ルチルの頭の中は既に肉のことでいっぱいで、ダインの釈明が受け入れられることは無かった。
「早速買い出し行ってきます!」
「あ、おいそんなに期待を……聞く耳すら持ってくれないのか」
再度ダインが言い訳をしようとするが、それよりも先にルチルがバザーへと走ってしまったのでダインの声が届くことは無かった。
「……騒がしいね、肉程度で」
「まあ、冒険者でもない限り肉にありつくことも無いだろうし、あの反応は多少ながら仕方ない部分もあるとは思うが……あそこまで期待されて、俺が持ってきた肉でがっかりされたらどうする?」
「知ったこっちゃないよ。あの子が勝手に期待しただけだ。別に問題ないだろう」
「……まあ、それはそうなんだが」
多少良心が痛むダインではあったが、ルチルの為に豪勢な肉を用意できるほどダインの懐事情は温かくは無い。仕方なく、家に戻って宣言通りの塩漬け肉を持ってくることにした。
その後、三人が酒を片手に朝方まで互いの弟子を自慢し合ったのはまた別の話。