友人の【魔法適正】が最強クラスだったので、僕は大人しく支援に回ろうと思います。 作:にっぱち
「……い、おい何だこれ! どうなってんだよ! おい!!」
誰かの怒号が聞こえ、俺は閉じていた目に力を込める。星嶋が目を覚ますのを待っているうちにいつの間にか俺も眠っていたらしく、空には太陽が顔を出し始めていた。
そしてやはりと言うか何と言うか、怒号の主は俺が寝る前に気に吊るしておいた星嶋によるものだった。
「今起きるから待って」
大きなあくびと大きな伸びをし、改めて吊るされた星嶋を見上げる。
「てめぇ、俺にこんなことしてどうなるか分かってんのか!」
「ふあぁ~……お前さ、その恰好で言われても全く迫力ないぞ」
星嶋は今、両手を縛られた状態で木に吊るされている。インフェルノストームとやらが飛んでくる心配はないし、もしあったとしても今は周りのマナも回復している為、撃たれる前に叩き潰すことが出来る。
「あのさ、お前とやりあう前にした話覚えてる?」
「……肉と酒の流通の話か」
渋い顔で答える星嶋。しらばっくれてくるかと思ったが、意外にもそこら辺はしっかりしているらしい。
「分かってるなら話が早いな。じゃあ早速魔導契約書にサインしてくれ」
魔導契約書とはその名の通り、この世界における契約書のことだ。地球では法によってその効力を保証されている書類だが、この世界では『魔法』によってその効力を持つことが出来る。
魔導契約書に契約の内容、双方の名前、血判を記すことで魔法が発動する仕組みになっていて、それを破ることがあれば互いが認めた内容の罰が下ることになる。言ってしまえば裁判という手順を踏まずに相手に罰則を与えることが出来るということだ。
まあ今回俺が星嶋に結ばせようとしている時点で『契約』ではなく『誓約』になってくるわけだが、この世界にはそういった細かいニュアンスの違いは無いらしい。
「ふん。誰がサインするなんて言った?」
しかし星嶋は威厳もクソも無い格好でいるにも関わらず、横柄な態度を崩さずに俺の要求を拒否してきた。
「……は?」
「顔面殴り飛ばしておいて鼻まで折って、挙句の果てにこんな辱めまで受けさせやがって。そんな奴の要求を飲むわけないだろ」
正直この状況でまだこんな態度が取れることには驚きを通り越して呆れてしまう。普段だったらこのまま放置して帰るところだが、それじゃあ陽向の目的が達成できない。
……まあ、しゃーないか。
「……おい、お前何やってる?」
星嶋の足元に枯れ木を集めていると、星嶋が上から話しかけてきた。
「何って、焚火の準備」
そう言いながら適当に木の枝を集め、星嶋の履いている靴を脱がせる。
「おい、何のつもりだ!」
暴れる星嶋の足を無理矢理押さえつけ、靴下も脱がせて素足にさせる。
「靴履いてたらせっかくの熱さも軽減されちまうだろ。だから脱がせたんだよ」
火力を調整し、暴発しないように注意しながら薪に火をつける。薪に灯った小さな火は徐々に火力を増し、パチパチと音を立てて火が上へと昇っていく。
「――熱っ! おい、お前何してくれてんだ!」
「出来れば俺だってこんなことしたくなかったけどさ、お前がサインしないって言うんだから仕方ないだろ」
火が直接星嶋の足に当たることは無いが、それでも熱は星嶋に伝わっている。全身をばたつかせながら、どうにか火元から逃げようとしていた。
「熱っ! おい、おいやめろ! 俺のHPはもう殆ど残ってねぇんだよ! このままじゃ死んじまう!」
「足裏火傷くらいはするだろうけど、この程度で死にはしないだろ」
寝る前に取ってきた大きめの薪を火の中に投げ入れる。焚火は薪を食い、より強い火力で星嶋の足を焼く。
「おい、本当に勘弁してくれ! もうHPが一割くらいしか残ってないんだよ。頼むって!」
「HPって……ゲームじゃねえんだから」
「お前だって日本から来たなら分かるだろ! 変な芝居は良いから早く助けてくれ!!」
星嶋の発言に俺は呆れるが、当の星嶋は冗談なんて言っている素振りもなく必死に俺に懇願している。まさか、本当にHPなんてものがあると思ってるのかこいつは?
「……なら、サインするか?」
「する、するから早く!」
さっきまでの横柄な態度はどこへやら、泣きわめきながらあっさりとサインを了承する星嶋。なんなんだ本当に。
「言質は取ったからな」
そう言って、俺は焚火に水魔法をぶっかける。火はあっという間に鎮火し、薪はプスプスと音を立てて煙を上げた。
その煙を吸い込んだ星嶋が苦しそうに咳き込むが、そこまでは俺の知ったことじゃない。
「……おい、なんで降ろさないんだ?」
火を消し、契約書にサインすることを了承した星嶋。しかし俺は星嶋を木から降ろすことはせず、そのまま吊るしたままにしている。
「幾つか聞きたいことが出来たから、お前降ろすのはそれ聞いてからにするわ」
「は? お前これ以上――」
「HP、ギリギリなんだっけ? 答えてくれたらポーションくれてやるよ」
「何が聞きたいんだ?」
綺麗なまでの掌返し。そんなにHPが大事なのか?
「まず、お前がさっきから言ってるHPって何だ?」
勿論HPと言う概念を知らないわけじゃない。ゲームなんかではよく出てくる数値だし、それが0になれば死ぬってことくらいは普通に知ってる。
俺が疑問なのは、
にも関わらず、星嶋はこの世界にHPという概念があると本気で思っているらしく、さっきから必死にそれを守ろうとしている。俺にはそれがまるで理解できなかった。
俺の疑問に対して、星嶋は信じられないといった表情で答える。
「お前、本気で言ってるのか? HPだぞ、視界の左端の方にあるだろ。MPと一緒に」
言われて、視線を左上に動かす。しかしそこにあるのは新緑に彩られた木の葉と朝焼け空だけで、HPやMPなんてものは一切存在していない。
「無いけど」
「……は?」
星嶋が訝しげな顔をする。そんな顔をしたいのは俺の方なんだが。
「そのHPとかMPって、RPGとかによくあるあの数値って認識でいいのか?」
「ああ。HPはそのまま『命の数値』を表していて、0になったら死ぬ。
MPはスキルを撃つために必要なポイントで、撃てばその分減っていく」
「まんまゲームみたいだな……」
現実のはずのこの世界が、急に陳腐なものに見えてきてしまう。思い返せば、タラハットで出会った商人のオズウェルさんも流れ人はスキルを使う、みたいなことを言っていたような気がする。
「後は何が聞きたいんだ?」
早く降ろせと言いたげに星嶋が俺を睨む。この際だ、気になることは全部聞いておくことにしよう。
「お前はこの世界についてどれだけ知ってる?」
「この世界のこと? 悪いけど俺はこの世界の名前すら知らないから、地球よりいい世界ってことくらいしか知らないぞ」
微妙に会話がずれているような気がするが、まあいいか。次だ。
「ならお前、この世界のシステムについて何かほかに知っていることは無いか? どんな些細なことでも、当たり前のことでもいい」
「当り前のこと……ああ、レベルとかステータスとか?」
数秒考えこんだ星嶋の口から出てきた言葉は、俺の中でも何となく予想がついていた単語だった。HPやMPがあるからもしやとは思っていたが、本当にあると言われるとにわかには信じがたい。
「……やっぱりあるんだな。どんなシステムだ?」
「ゲームのまんまだな。STRとかINTとか、そういうやつ。魔物を倒せば経験値が貰えるし、経験値が手に入ればレベルが上がる。そしてレベルが上がれば――」
「ステータスが上がる、と……」
これでも半年近くこのピラマで生活してきたが、そんなRPGじみた要素は初めて聞いた。ダインさんが隠していた、とは考えにくいし、となると俺たち流れ人にしか適応されていないのか? だとすると、俺たち流れ人は幾ら身体を鍛えたり技を磨いても、そのステータスが上がらないと何の意味も無いと言うことだろうか。
……いや、それはあり得ない。実際俺はダインさんとの特訓で格段に強くなったし、魔物を倒さなくても実力は確実に身についていた。
なら、ステータスってのは一体何だ? 何のためにそんなものが存在していて、しかも流れ人にしか適応されないんだ?
「……おい、そろそろ降ろせよ」
暫く考えていると、頭上から恨みの籠った声が降ってきた。ああ、そう言えば降ろすのを忘れていた。
「ああ、もういいか。じゃあ今から縄を切って降ろすから、上手く着地しろよ」
腰の剣を抜き、風属性に染色したマナを通す。今から木登りして縄を切ったら逃げられるかもしれないし、そもそも縄くらいなら風の刃で十分断ち切れる。
そう思って剣を振り被ると、星嶋は慌てて首を左右に振った。
「おいバカお前何考えてんだ! そんなことしたら俺のHPが無くなるだろ!」
「当てねーよ、そんな心配すんな」
「そういう問題じゃ――あああああああああああ!!!」
このまま喚き散らされても五月蠅いだけなので、さっさと風の刃で木に繋がっている縄を切り飛ばす。
叫びながら落ちてくる星嶋を、お姫様抱っこの要領でキャッチ。そのまま丁寧に地面に降ろしてやる。
「んじゃあ契約書にサインしてくれ。ポーションはそれからだ」
腕の縄を解き、眼前に契約書を突きつける。勿論逃げる素振りや抵抗の意を少しでも見せればすぐに対処するように構えながら。
「……分かってるよ、クソっ」
ふんだくるように俺から契約書を取ると、さっきまで自分が吊るされていた木の幹を机代わりにしてサインする星嶋。
「おい、血判するからポーション寄越せ」
俺に向かってずいと手を伸ばし、ポーションを要求する星嶋。さっきHPが一割も無いとか言っていたし、こいつからしたら血判程度の傷でも死ぬ可能性があると思っているんだろう。
「はいはい。その代わり逃げるような素振り見せたら」
「分かってるよ、早く寄越せ」
態度に思うところは無くは無いが、ここで俺がごねても意味が無いと分かっているのでポーションを手渡す。
星嶋はそれを一気に飲み干すと、右手に持ったナイフで左親指の腹を軽く切った。
「痛っ」
一瞬、星嶋の顔が苦痛に歪む。が直ぐに元の表情に戻り、血判を押した契約書を俺に手渡してきた。
「ほら、これで満足か」
契約書には確かに、星嶋のフルネームと血判が刻まれている。
「……じゃあこれで、お前は二度とこの街に入ることはおろか、近寄ることも許されない。
それと、今回のような自分勝手な行いをすることも許されない。もしそれらを侵そうとした場合、それなりの罰が下ると思えよ」
「へいへい。
ったく、折角楽しい世界にこれたと思ったのにたった二年くらいでこれかよ……」
不貞腐れる星嶋を放って、俺はゼストスへと戻る為に歩き出す。
と、途中で星嶋に言い忘れていたことがあったので振り返る。
「おい星嶋」
「あ?」
「今日一日は、まだ街に入れるからそれまでに荷物纏めとけ」
「ちっ」
小さく舌打ちした星嶋は、街へと戻ることはせずそのまま反対方向へと歩いて行ってしまった。
「さて、俺も陽向に報告するか」