ウマ娘ッ!クレイジー・ダービィーッッ!!   作:ウマ娘(たぬき)

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いまさらな世界観の解説(読み飛ばしても可)

・この世界線のウマ娘
……時間軸としてはアニメ一期前のパラレルワールド。主要キャラであるスズカとライスは前世の歴史が改変された影響で、搭載されたウマソウルに変化が生じている。
 要するにこのss、「怪我に苦しんだ名バが獲れなかった頂点を獲りに行く」RTA(なおガバ)。

・この世界線のジョジョ
……やはりパラレル時空。そもそも馬車が無い世界のため、一部冒頭の転落事故が発生しない。一巡も発生していないので正史と細部がかなり異なる。スタンドや波紋は存在するが、ssの主旨と外れるので極力闘わせない。
 他キャラも出す予定だが、あくまでトレセン学園が舞台のため、黒幕や裏方での出演が多くなる。とどのつまり、「拳を使わずとも覚悟で道を拓く」ジョジョの話。





#002 『漆黒』の意思/最速の『左』

 

 1

 

 

 日本トレセン学園、保健室。二学期初めに新任医師が越してきて以来、はや二週間の時が経った。この間、保健室への生徒の往来はひっきりなし。……と聞くと、さぞ生傷や怪我の絶えない少女達が多いのかと思いきや、しかし特段そんなことはなく。

 

『浜風を切り裂いて見事スタンドインッッ!今季四二号ですッ!流石は横浜(ハマ)の大砲、ここ一番でやってくれましたッッ!!』

 

あああアッ!?!なぁにを晒してるんですかッッっ!?

 

 部屋付の四〇インチTVに映る甲子園の実況中継をスマホ片手に眺めるは、野球をこよなく愛してやまぬ1人の()()()生。「ターフの名優(令嬢)」とも称されるその美しい面立ちを、しかし彼女は怒髪天をつかんとばかり、わなわなと震わせていた。

 

「まったくもうっ!フルカウントだからといって甘い球を置きに行くからですっ!ユタカの先発ノーノーが台無しじゃあありませんかっ!」

 

 画面を通して映し出される、シーズン終盤のデーゲーム。継投を失敗して逆転に持ち込まれた試合の流れは、完全に彼女が贔屓とする球団から離れており。傍らで彼女のカルテを書いていた部屋の主は、やんわりと釘を刺す。

 

「あのなあマックイーン。此処でマンガ読もうがTV観ようが自由だけどよ、保健室では静かにな?」

 

「……ゴホン、これは失礼ドクター。私としたことが取り乱しました。先程ウマッターで私のことを、『にわか珍カスだから推せない』などと煽る書き込みを見かけたもので、『だったら今から詳しく実況してやりますわ』と宣言したのが発端でして、ええ。普段はここまでしませんのよ?」

 

「いや、寮生でDAZN契約して野球観てるってウマ娘、俺は他に知らんぞ……?」

 

「……あの、何処からそれを?」

 

テイオー

 

「あ、あの子はどうして余計なことまで……っ!」

 

「ぶわっ」と出た冷や汗を拭う。無論、他にも野球好きの学生はいるが、ハイライトくらいしか観ない。むしろ多忙の合間を縫って、時折とは言えフルで観ている彼女・メジロマックイーンがレアケースである。

 試合展開に忿懣(ふんまん)やるかたないとばかり、テレビを消して仗助に顔を向けた彼女は。

 

「して、飛び込みで入ってきておいてなんですが、違う話もありまして」

 

「うん?」

 

 内心で「切り替え早ェーなあ……」と思いつつ、同意を示すと。

 

「……その、私のお婆様からのお話、と言えばお分かりですか?」

 

 申し訳なさそうな、どこか言いづらそうな顔で彼女は呟いた。

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

「あー、大体わかった。メジロ家御当主さんからのスカウト、蹴ったことか?」

 

 これに彼女、我が意を得たとばかりの表情を見せた、が。

 

「ええ。一応、翻意されるおつもりは……無さそうですわね」

 

「ああ」

 

 血筋ゆえかこの男、一度決めたらなかなか反故にしない主義である。

 

「……そうですか。残念ですが、御本人がそう仰るなら致し方ありませんの。でもお婆様、『袖にされた』と泣いておりましたよ?」

 

「おいおい、嘘泣きだろ?あの女傑はそんな程度で泣かねえって」

 

「あら、アレで意外と繊細な方でしてよ?」

 

「そりゃあ違いねぇ。孫もそう見える

 

「まあ。お上手ですね。……ん、今私ディスられました?

 

「んなこたねェーって。……おし、んじゃあ話戻すけど、不安部位の触診だけするぜ?」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 本題はそっち。膝あたりまで捲ってくれるか?、と促されるまま手が触れた……瞬間。

 

「ひゃっ!?」

 

「悪い!大丈夫か?」

 

「い、いえ身構えていてもちょっと吃驚しただけで別に殿方の手が太腿を撫でる感覚が未知のもので普通は嫌だと思うのでしょうがなんでしょう不思議とそこまで…………って、ドクター?」

 

 マックイーンの誰何(すいか)に反応はない。どころか、こちらの脚部──いや、患部だろうか──を診る彼の眼光が、やけに鋭い。引き絞られた青い眼は、一切の横槍を許さぬとばかり、動作確認に神経を注いでいる。足首と膝の可動域を確認された、そのあと。

 

「…………此処か」

 

 彼は────何かに『アタリを付ける』ような仕草を一瞬見せ、再び彼女の脚に『手を添えた』。途端。

 

「……えっ?」

 

 先日からずっと感じていた、脚の僅かな違和感が。()()()()()()()()()

 

 

 

 

 3

 

 

 

 

 一仕事終えた感のある保険医は、彼女のまえで「フー……ッ」と軽く息を吐く。まるで『間に合ってよかった』というような、安堵の表情であった。

 

「そのままで聞いてくれ。(けい)靭帯炎の兆候かと思ったが、もう今治した(なんともない)。ただ今後は走り方を若干、『修正』する必要がある。後でタブレットにデータ送っとくからチェックしといてくれ」

 

けいっ……

 

 事実なら引退濃厚ともされる故障を示唆され、血の気が引いていく感覚をマックイーンは覚えた。青褪めた患者をフォローするように、校医は続ける。

 

「悪りィわりィ、脅かそうと思ったわけじゃあないんだ。つっても過信はしねェーで、セカンドオピニオンは求めてくれよ?俺の本業、メンタル面の治療だからな?」

 

 だが、彼女は返答するどころでは無かった。

 

(……なんですの、これは……!?)

 

 それは、かのメジロの令嬢を以ってしても()()()()()であったッ!脚に『わずかな違和感』を覚えたから此処に来たのに、一片残らずたちどころに消えたのだからッ!

 

(手品?奇術?あるいは詐術?単なるプラシーボ効果?……いいえ、断じて否ッ!私の脚は今、確実に『プラス』の方向へと向かったッ!ただしその『理由』まではわからないッ……!分かっているのは眼前の、初対面のこの医師に、『何か』をされたということだけッ!)

 

「……ドクター、東方」

 

 面を上げ、静かに訊ねるッ!彼女は今、無性に、とてつも無く、十全に『納得』したかったのだ!!

 

(学園の商売道具でもあるウマ娘(わたくしたち)の脚には、とんでもない額の保険金が掛けられているッ!その事実を、米国トレセン学園に勤めたこの方が()()()()()()()()ッッ!!)

 

 G1タイトルホルダーともなれば「同じ重さの銀より高価」、と称される彼女達の脚を、事後報告で弄くり回す!そんな事が出来るのは余程の『ド低脳(クサレ脳ミソ)』か、もしくは────余程、自分に自信のある奴のどちらかだろうッ!そして間違いなく、彼は『後者』の人間だッ!

 

「……これは……一体()()()()ことなんですの……?」

 

 しかし問うた瞬間、マックイーンの耳がピクリと動いた。聞きつけたのは、この部屋に誰かが来る足音。……潮時か。

 

「……聞いておいてごめんなさい。『飛び込み』だと、どうにもここまでのようですわね」

 

「ん?………………ああ、()()()()事か」

 

 遅ればせながら察した仗助が納得したタイミングで。ドアの前に、音の主が到着し。

 

「『予約時間』だ。先客は居るがノックは要らねーぜ、()()()

 

「はいっ!じゃあお言葉に甘えまして……ってあら、マックイーンも来てたのね?」

 

 ひょこ、と首を覗かせたのは、先日紆余曲折を経てリギルからスピカへと移籍したウマ娘、サイレンススズカであった。

 

 

 

 

 4

 

 

 

 

また後日、じっくり伺わせて頂きますわ』。ちょっと気になるセリフを残したマックイーンを見送ると、おもむろに私──サイレンススズカは、東方さんへと向き直った。予約を入れたからには、もちろん聞いて欲しいことがあるゆえだ。

 

「どうだ、最近調子は?」

 

「戦法を変えてから良い方に戻りつつあります、おかげさまで。……あ、そうそう私、先週のヤンジャンでグラビアに載ったんですけど」

 

「俺も見たぜ。ゴールドシップが焼き増しで配布してたヤツだろ?」

 

「はい。いやでも、バストアップの写真で『最速の機能美』って煽り、悪意あると思いません?」

 

「気にしなくて良いと思うけどよォー……」

 

「参考までに東方さん、先週号に載ってた()の中で誰が一番好きですか?」

 

「生徒にンなコト言わねーぞ?」

 

「そこをなんとか」

 

「ならない」

 

「…………あ、あの、大変失礼なんですが……もしかして幼女趣味だったり「ノーマルだ」あっ、ハイ」

 

 良かった、流石にそれはもうどうしようもない。タキオンあたりなら、「なら私が試薬で小さくなってみよう」、とか言い出すかもしれないけれど。

 

「まあアレだ、なんつーか……吹っ切った、って顔してんな、お前さん」

 

「……出てました?顔に」

 

 あらら。世間話でお茶を濁してからと思ったけど、筒抜けだったみたいだ。

 

「そのツラ見りゃあ大体わかる。仁義は切ってきたんだろ?」

 

「ええ。ついさっき会えたオペラオーの分も含めて、全員分済ませてきました。せめてもの()()()ですから」

 

 仁義……すなわち、チーム・リギルへのお別れの挨拶だ。

 

「ご苦労さん。おハナさんはなんて?」

 

「『謝らなくて良いのよ。むしろ貴女のポテンシャルを引き出せなかった私に責任がある』、と」

 

「……出来た人だな」

 

「ええ、本当に。私にはもったいないくらいのお人でした」

 

 もちろんリギルのメンバー一〇人にも、一人ひとり挨拶して回った。会長とグルーヴをはじめ、何くれとなく気にかけてくれたマルゼン先輩、グラスにエル……。おハナさん──東条トレーナーの面子を潰すに等しい行為ゆえ、『メンバーの誰かに殴られるくらいは甘受すべきだ』、と腹を括って臨んだのだけれど。

『名残惜しいけど、スピカにお嫁に行ってきなさい。いつかまた、ターフで会いましょう』。……おハナさんの言葉を結びに、皆快く送り出してくれた。

 

「……この恩は、これからの『走り』で返すつもりです」

 

「頑張れよ。……新しいトレーナーのとこはどうだ?冲野だったよな?」

 

「いい人ですよ?脚触られたりはしましたけど…………あの、なんで電話かけ出したんですか東方さん」

 

「いや、ハラスメントで理事長に通報すっかなと」

 

「や、やめてください!ホントは素敵な人なんです!きっと!たぶん!

 

「DV男を庇う彼女みてーなこと言うなって……マジでいいのか?」

 

「いいですいいです!トレーナーさんいなくなったらスピカが空中分解しちゃいます!」

 

 慌てて受話器を抑えて説得。まあ、太腿(トモ)の張り具合を知りたかっただけみたいだし。私も思わず蹴り飛ばしたからおあいこだろう。え、あいこじゃない?そんなぁ。

 

「『まだちょっと細いかもな、もっと筋トレしてダスカみたくムチムチを目指してもいいんじゃないか?』って言って、スカーレットにも蹴られてました」

 

「何言ってんだアイツは……。……筋トレ用品なら、一応こんなんで良けりゃあ有るぜ?」

 

「なんですかこれ……プロテイン入りバナナシェイク?」

 

「貰い物だ。七箱あるし良かったら飲むか?特保(トクホ)の試供品だけど」

 

「いいんですか?」

 

「感想シートに記入してくれりゃあ幾つでも」

 

「頂きます!」

 

 ご好意に甘えて有り難く頂戴し、その日の夜、試しに一本寮部屋で頂いた。

 

「うーん、初めて飲むのに何か懐かしい味…………って、あら……?」

 

 なんで、そんな感想が出てきたのかしら。またウマソウル案件

 なんとも名伏しがたい、妙な感覚が頭をよぎる。何故だろう。ずっと昔、自分でも覚えていないような頃に……彼に、こうして奢ってもらったような気がした。

 

 

 

 

 5

 

 

 

 

「ライスの話が聞きたい?」

 

 業後の自主トレを終えたあと、人けの少なくなった更衣室にて。たまたま鉢合わせしたライスシャワーに、私・サイレンススズカは雑談がてら思い切って話し掛けた。すると。

 

「学食のお米はもうじき新米らしいよ?北海道産のコシヒカリとゆめぴりかだって」

 

「はえ〜、温暖化で暖冬だし、今は本州じゃなくても稲作が出来るのねぇ……いや、じゃなくて!(ライス)じゃなくて貴女の話!ライスシャワーの!」

 

「ああ、(ライス)

 

「うん。……うん?

 

「大丈夫、伝わってるよ?」

 

 コントみたいな会話をした後、取り付けたのは了承のサイン。ただし、彼女は若干苦い顔をしていた。誰かに話すには、少々躊躇われるような事があるのだろうか。であれば……聞くべきじゃないわね、うん。

 

「あ……ごめんなさい、話しづらければ全然大丈夫なの!この話はなかったことに……」

 

「いや、そんな事ないよ?でも……長いし、半分以上は暗い話だよ?正直、あんまり面白くないよ?あとね……」

 

 そこで一旦瞑目したあと、ライスはまるで、『不甲斐ない過去の自分を悔いている』、かのような表情を私に見せた。いや、むしろ後悔というより……韜晦(とうかい)か。

 蒼い焔がその左眼にボウッ、と一瞬、宿ったように幻視した。

 

「……スズカさん、グロテスクな話に耐性ある?

 

「えっ」

 

 不穏な言葉を前置きした後で。翌日、カフェテリアで彼女が語ってくれたのは、確かに暗く、けれど……これからの私の『』を指し示す、確かな一助になる話だった。

 

 

 

 

 6

 

 

 

 

 ────あれは確か、『私』ことライスシャワーが、中等部に入ってからのことだった。レースに初出走すると決まってから、数日経って迎えた夏休みの半ば。商船業を営む実家の仕事の関係で、家族共々アメリカはテキサス州まで赴いていた時分のできごと。

 

「わああ……!」

 

 一日がかりの商談がある父母と離れ、お祖母様と先んじてホテルに着いていた(ライス)はその日、サプライズで初めて貰った勝負服に有頂天になっていた。

 青い薔薇を象った帽子、オフショルのドレス、ワンポイントに斜め掛けのベルト。シックな装いの落ち着いたデザインで、私は一目で気に入った。

 

「喜んでくれて何よりよ。じゃあ、私は支配人さんとお話ししてくるからね。何かあればスマホで呼んでちょうだい?」

 

「はーい!」

 

 おばあ様の言葉に答えて、ホテルから外へ踏み出す。正直、すごくワクワクしていた。これを着て、軽く走ってみたい。試運転感覚で私は、信号も交差点も人影もない、思い切り走れる場所を探して、スマホのマップ片手にうろうろしていると。

 

「すごっ、何ここ……?」

 

 小走りしながら辿り着いたのは、ローンスターパーク・レーストラック。シーズンを外しているからか、人も少なく閑散としたそこは、当時中等部だった私には、余りにも大きく見えた。

 芝ではなくダート。右回りではなく左回り。スケート場も併設されており、『競技』色の強い日本や欧州のレースと異なり、『エンターテイメント』性を重視するアメリカらしい、豪快さを垣間見ることが出来たし、なにより。

 

「こんな大きいレース場、初めて見た……!」

 

 整備された大規模グラウンド。抜けるようなテキサスの青空。乾いた清涼な空気。日本のそれとはまた違った雄大な大自然の中、私は思わず駆け出していて。

 

「あははっ♪」

 

 気付けば、全力で走っていた。周りに誰もいない中で思い切り走るのは、まるで新雪降りたてのスキー場を貸し切りで滑り降りるような、そんな爽快感に満ちていて。

 

(最近は、ホントにいい事続きだなっ!赤信号にも引っ掛からないし、鳥のフンも落ちてこない!お財布も失くさなくなったし……!)

 

 その頃の私は、有り体に言って浮かれていた。私は幼少期から、運悪く貧乏クジを引いたりすることが多かった。それがトレセン学園に入学して以来、パッタリと止んでいたのだ。やっと自分にも『ツキ』というのが回ってきたのかと、安堵しつつあった頃だった。

 だからだろうか。その日の私は、()()()()()()()()()()()()()()()()くる可能性に、気付かなかった。

 

 なんの気なしに第三コーナーを回った瞬間。……いつのまにか、()()()()解け、伸びきっていた足首のリボンを、私は気付かずに思い切り──踏み付けた。

 

「な」

 

 踏んだリボンが脚に絡まった時、時速六〇キロは超えていたと思う。外ラチを走っていたから、目の前にフェンスがあって。

 だから。ぶつかったら大事故になる。これが最善手。そう思って、リボンに引っ張られた足を咄嗟に捻ったのが────最悪手だった。

 

「しまっ……」

 

ボギンッッ!!…………前触れもなく、破砕音みたいな、身体から出てはいけない音がして。私は制動も出来ずにつんのめり、きりもみ回転するように柵へと叩きつけられた。

 一回転、二回転。ぶつかった柵が折れ、身体が場外まで投げ出され。矮躯が歪み、脳が揺れる。身体の下敷きになった左脚が、やけに熱く感じて────目をやると。

 

「a」

 

 声にならなかった。先程まで全力駆動していた、私の左脚は…………骨が肉を突き抜け、外へ剥き出しになっていた。

 

 

 

 

 7

 

 

 

 

────ああaアアアaaアッahh?!

 

 自分でも聞いた事のないような猿叫が、己の口から放たれる。間欠泉の如く一気に傷口から鮮血が()()()()、意識が遠のく。歩こうとしても全く起き上がれない。動けない。どうにも……大動脈を損傷したようだった。

 

「がgッ、ゴフッ……」

 

 息が、うまく出来ない。捻じ切れた皮膚と筋繊維と血管は、出来の悪い現代アートみたいで。一部は骨から剥離して、髄液までが溢れていた。ピンクと、白と、黄色と。焼きごてを押し付けられたような感覚が、「痛覚」であると分かった瞬間。

 

痛……ッ────!!

 

 痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 血、止まって!止まってッ!お願いだからッッ!これ以上失血すれば本当に死んじゃ────

 

あぐッ…………ゔ、ヴaあぁあッ…………!

 

 やっちゃった、どうしよう、どうしようどうしよう!?ほとんどパニック状態で、まともに頭が回らない。いっそ失神できればどれだけ楽だっただろう。

 苦し紛れに手で傷口を抑えようにも、全く効果がない。瞬く間に涙が溢れ、大出血で目の焦点は合わなくなり、歯の根はまるで噛み合わない。傷口は痛くて熱くてたまらないのに、襲ってくる寒気と怖気で身体が硬直する。

 

(きゅうきゅうしゃ呼ば、えっと、あ……スマホ、すたーと地点におきっぱな、し……)

 

 ……その先は、脳が散漫な思考すら拒否した。感覚を失った左の爪先が、死後硬直みたいに意思に反して痙攣する。

 

「フュー……、フュー……」

 

 口から、ガスの抜けたような音がする。苦しい。過呼吸で、肺に上手く空気が入っていかない。這いずって移動することも、出来なかった。ペタ、と頬が濡れたのは……己の発した血溜まりが、顔まで浸しに来た証左。

 左脚、どころじゃない。向かう先は緩慢ですらない──────苦痛に満ちた、死。いっそ「舌を噛み切った方が楽かも」とまで考えた、そんな時。

 

 

おい、誰かいんのか!?さっきすげー音がし……ッッ!?

 

 血の海の中。今際の際に、切羽詰まった男の人の声が聞こえて。そこで今度こそ、私の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 8

 

 

 

 

 目が覚めると、医務室の天井がそこにあった。

 

「ッッ…………!?」

 

 がば、と。掛け布団を勢いよく捲り、ベッドの上で驚愕する。

 

「……なんで、生きてるの?ライス…………」

 

 私たしか、脚が折れて。そこまで考えて、異変に気付く。

 

「あれ…………?」

 

 服は病院着になり、左腕は点滴に繋がれている。そんな程度の違いこそあれど。……左脚は、なんともなかった。まるで、怪我なんて最初からなかったみたいに、傷一つなくそこにあった。

 

「あんなの、あんなのが、夢だったの…………?……ゔ…………ッ!?」

 

 傷口の断面と、吹き出した体組織を思い出して、猛烈な吐き気がこみ上げる。自分の身体だというのに。急いで、手近にあった洗面器を引っ掴んだ。

 

「ゔ……お……えッ…………」

 

 薄い胸を抑えて、えづく。胃の中は空っぽだったからか、胃液しか出なかった。

 

(……あの時、わたし、確実に)

 

 折れた筈だった。多分、いや、間違いなく死んでいた。よくて下肢切断レベルの大怪我だった。

 

「がふッ…………ゔっ……」

 

 何か、忘れてることが多すぎる気がする。あれから何時間経った?今は何月何日?ここは何処?誰が私を運んでくれたの?

 混乱のあまり、ベッド脇のナースコールらしきボタンを押すことに思い至ったのは、部屋付のシンクで汚した洗面器を洗い、口をゆすいでからだった。

 そんな時。

 

もしもぉ〜し?

 

「わひゃあああっ!!?」

 

 背後から柔らかい声音と共に、入り口のドアがスライドする音を聞いた。急いで振り向くと同時、誰かに覗き込まれている気がする、も。

 

「……だ、誰?何処にいるの?」

 

 声はするのに、なぜか姿()()()()()()。仕方ないのであてもなく、虚空に向かって話しかけた時。

 

「ありゃ?……あ、やらかした!()()()()()まんまだったか!」

 

 そういうと、まるで……SF作品に出てくるような光学迷彩を解除するように。黒髪の女の子が、何もない空間から姿を現した。尻尾もないし、耳の位置もヒトのもの。紛れもない人間……だと思うんだけど。

 

「じゃじゃーん!コレで見えるよね?でしょ?うん、見える見える!」

 

「な、なんですか、()()……!?」

 

 急に現れた一時的な衝撃で、吐き気も忘れて私は問いかけた。な、なに?映画とかでよくある、透明人間?

 

「いやぁ〜悪いねぇびっくりさせちゃって?あたしは(しずか)=ジョースター。ここに居るのは義父(パパ)の会社がこのレース場の管理(オーナー)してるからだよん♪」

 

 貴女のスマホから勝手に親御さんまで連絡させてもらったよ、と言う彼女は、立て板に水のごとき口調でペラペラと話し出し。

 

「あと透明化(コレ)はね、親族勢揃いで『DIOの残党共を壊滅させた』時以来のクセでね〜?直さなきゃとは思ってんだけど……ってあたしの話はどーでも良いや!まずは……」

 

 というと彼女、部屋の外へ向かって大きな声で呼びかけた。

 

お義兄ちゃーん!患者さん起きたよー!

 

 とまあ、そんな感じで。「静・ジョースター」と名乗った彼女──のちにお姉さまと呼ぶことになる──との初邂逅は、実にフレンドリーなものだった。

 更に、そこから間を置かずして。

 

「────はじめまして、東方仗助ってもんだ。色々いきなりで混乱してんだろーけど、まあとりあえず、脚の説明するってとこからか?」

 

 呼び掛けに応えてやって来たそのヒトと、初めて目が合った時。

 

(あれ……?)

 

 ドクン、と。その青い眼に、自分の知らぬ原初の記憶を呼び起こされたような、そんな気がして。

 

(ライス)、この人のこと、知ってる……!?)

 

 私自身も予期しない、自分の中の琴線に何かが触れた。

 

 

 

 

 9

 

 

 

 

 ガチリ、と時計の秒針が鳴る音で、現実に引き戻される。自分がいつの間にか固唾を飲んでいたことに、その時初めて気がついた。

 

「昔話はこれで終わり。……あんまり、面白くはなかったでしょ?」

 

「いいえ!そんな事ないわ!」

 

 舞台を現代に戻して、カフェテリア。私──サイレンススズカはライスシャワーの話を、ただ息を呑んで聞いていた。彼女が中等部の時、初出走を半年近く延期していたのは知っている。今なら分かる、その表向きの理由は。

 

「『スランプ』って風の噂で聞いてたけど……」

 

「ううん。本当はPTSDの治療。全力で走れるようになるまで結局、半年かかっちゃったの」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべるライス。なんでもないように話しているけれど、フラッシュバックや恐怖と闘いながら、苦心して今の自分にたどり着いたようだった。

 

「……知らなかったわ。元通り走れるようになったのは良かったけれど、ライスが昔、そんな大怪我していたなんて……」

 

 凄絶な話だった。その頃まだ心療内科医の卵だった東方さんに治療や指導を受けつつ、二人三脚で頑張ってきたのだそう。やがて「お兄さま」と呼ぶようになったのは、彼女なりの親愛の証のようだ。

 

「それに『クレイジー・ダイヤモンド』……?東方さんって、何者……?」

 

 狂った金剛石。そんなバチカンで奇跡認定されそうな異能については、後でまたおいおい聞くとして。

 ライスの言うお兄さま……東方さんの親族はアメリカで不動産業を営んでおり、件のテキサスのレース場も管理されていたらしい。ライスの実家は商船会社を経営する傍ら、ホテル業もしている関係で、業務提携の話が持ち上がったのだとか。以来、家族ぐるみの付き合いが続いているそうで。

 

「うーん、…………『誇り』をくれる人、かな?」

 

「誇り?」

 

「うん。一緒にいるだけでも、卑屈な自分が変わっていく。覚悟を決めれば、自分に誇りを持てるようになる。そんな気持ちにさせてくれる人」

 

 彼曰く、『身体の怪我なんて問題じゃあねェーよ。大事なのは(ココ)だ』だそう。医者らしからぬ発言だけど、今なら納得。

 

「恥ずかしくて中々、本人に面と向かっては言えないんだけどね?あとは……これかな?」

 

 照れ笑いする彼女が、おもむろにスクールバッグから取り出してくれたのは、一振りの短剣。

 

「それって……ライスが勝負服につけてる懐剣、よね?」

 

「うん。これはね、お兄さまからのプレゼントなの。G1に初めて挑んだ時に貰ったもの」

 

 刀身に「LUCK」と銘打たれた短剣は、かつて彼のご先祖が振るった長剣の残骸を回収し、打ち直したモノらしい。「吸血鬼との闘いで破壊された」という伝承を秘めるソレは、今はライスの腰に帯びられている。

『危険物持ち込み禁止』のレース規定を満たすために刃を潰してあるから、斬れ味は無いけれど。『この剣にたくさんの幸運(LUCK)と、そして勇気(PLUCK)を貰っている』……宝物を抱くように、ライスは述べた。

 

 そんな二人が出逢った、言ってみれば幸運の地は。

 

「……アメリカ、ねえ」

 

 独り言のように呟くと。

 

「……これはライスの偏見だけど、ね。スズカさんには、アメリカは結構合ってると思うよ?」

 

「へ?」

 

「だって、向こうのレースコースは全て、()()()だもの」

 

「あっ」

 

 そう。競技としての公平性を重視するアメリカは、競バ場の規格が連邦全域で統一されているらしい。そして私といえば、現在進行形で蹄鉄が片減りするくらいの左回りフリーク。右回りより圧倒的にタイムも早い。

 

「『いつか』の話だけど、目指してみてもいいんじゃない?ってライスは思うな?」

 

 海の向こう。日本とは成り立ちも、考え方も、何もかもが異なる地。世界一を目指すアスリートが綺羅星の如く集う、スポーツのメッカ。

 ならば、一介の競技者でもある、私がいずれ目指すべきは。

 

(アメリカ、か…………)

 

 私には、好きな走り方がある。──誰もいない、真っさらな先頭をひた走りつつけてぶっ千切る、脳が焼き切れるくらい爽快な大逃げ。

 

 私には目標がある。──これまでに受けた恩を返すため、スピカで誰にも負けない走りを見せ、結果を残すこと。

 

 そして、ライスと語り明かしたその日。私に大きな、『夢』が出来た。

 

 ────『左』で、世界の頂点に立つことだ

 

 

 

 

 




【ひとくちメモ】

○ウマ娘

・ユタカ……たぶん投手兼野手の二刀流。

・マックイーン……セリーグ派だけどパリーグTVもチャンネル登録してる。

・ライス……一人称は会話する時は「ライス」、思考する際は「私」で統一。怪我は概ね史実準拠。実家業は馬主さんの稼業から引用。彼女の夢はまた次回。

・スズカ……今話はこの子の目標設定回。「先頭の景色は譲らない」「大逃げで恩返し」「目指せ左最強」の三本立て。


○ジョジョ

・スタンド……ヒトと同じく、ウマ娘でも基本的に見えない。

・静=ジョースター……4部原作だけだとキャラが分からないので捏造。

・DIOの残党……ジョースターの親族と財団、パッショーネ総出で討伐。弓と矢は全て破壊済。まともに描写すると本筋と逸れる上、大長編になるので割愛。

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