ウマ娘ッ!クレイジー・ダービィーッッ!! 作:ウマ娘(たぬき)
この私──ライスシャワーには密かな、しかし大それた夢が
ひとつは、とあるレースで一着を獲ること。具体的に言えば毎年、米国で行われる『ブリーダーズカップ・ワールド・チャンピオンシップ』で、だ。この北米大陸最高峰のレースは奇しくも来年、私にとって──色んな意味での──思い出の地でもある、「ローンスターパーク・レーストラック」にて開催が決定している。
あくまでクラシックの頂点を競う日本ダービーや英仏の2000ギニーと異なり、バ体が完成された猛者が世界中からやってくる、という特徴もある。賞金が総額2000万ドルを超えるということもあってか、海外では注目度も高い。そんな中、日本勢の戦績は未だ奮わない。
ダートが主流であり、『芝』は傍流とされるアメリカ特有の価値観が、日本勢の意欲を削いでいることもある。『海外遠征で狙うなら、まず欧州を優先する』という日本ウマ娘の風潮もある。
だけど……ウマ娘がレースを避けていては、未来永劫『夢』にたどり着くことは出来はしない。それに。
(……英国ダービーもケンタッキーダービーも、規定でクラシック級の子たちしか挑戦出来ない。でも現実として、トレセン学園の生徒の中でも、クラシック戦線を消化不良で終える子たちの方が……圧倒的に、多い)
かくいう私だって、三冠もティアラも持っていない。……ブルボンさんの三冠を阻んだのは私だけれど。
現状に鬱屈した思いをどこかで抱え、まだ見ぬ『本領』を発揮したいと望む生徒は、私以外にもきっと居るはず。
もし、その現状にも一石を投じたいと願ったなら、必要なのは。
(────『結果』に至るまでの『過程』を、正しきものとすること……なんでしょう、ね)
背に星の痣を持つ人々と長年付き合ううちに心に刻まれた、己の思考を内省しつつ。
スクールバッグへ御守りがわりに忍ばせた短剣を
そうそう、二つ目の夢をまだ語っていなかった。それは────
「つまりですねドクター。ライスは出来れば『在学中に貴方とうまぴょいしたい』と考えて────」
「ちょっと何言ってるんですブルボンさぁん!!??」
一瞬で引き戻された。
☆
「……ライスこそ、いきなりなにやってんだ?」
ダイナミック入室を果たした私に掛けられたのは、呆れ半分のお兄さまの声。……うう、こんな醜態を晒したくなかった。
「い、いやいやいやいや、お兄さまコレはすこォ〜し取り乱しただけっ!ライスはいつも通りのライスだよ?」
勢いよく開けたドアをそ〜っと閉めて、慌てて取り繕うと。
「『うまぴょい伝説』の事か?カラオケで『デュエット』するくらいなら良いけどよォー、野郎が歌うにはキツくねェーか?」
「あ、うん確かにそうだよね、うん……!」
(……良かった、お兄さまは転勤して来てまだ3週間足らず!学園内のスラングには未だ疎い!『考える』んですライスシャワー……この「死地」を切り抜ける方法を……っ!)
直ぐに軌道修正を図る。まだ間に合う、今なら間に合う!直ちにどうにかディレクション!
「いいえドクター、日本のトレセン学園で言う『うまぴょい』とは、すなわちうま
「ブルボンさん、お願いだからちょっとこっちに!」
「おいおい、まだ予約時間だぜ?」
「ごめんなさいお兄様!ちょっとだけブルボンさんお借りしますっ!」
「5分までなー?」
「はい!」
慌てて彼女の口を塞ぎ、部屋の外まで連れて行く。プライバシー保護の為に扉は分厚いから、ヒト耳のお兄さまには聞こえない事を見越して。
「ぷはっ…………いきなりなんですかライス、貴女らしくもない。『うまぴょい』を知らぬ歳でもないでしょうに」
「おおおお兄様とするわけないでしょう何言ってるのかな!?かな!?」
「落ち着きなさいライス。『掛かって』いますよ」
「あ、ごめんなさ……いやこれライスのせいですか?」
眼光鋭いブルボンさんの勢いに、危うく呑まれるところだった。
「まったくです。私を何年ヤキモキさせるんですか。我々にはヒトより遥かに強いパワーがあるんですよ?いいですか、『お兄さまの前でだけ、悪い子のライスになってもいいですか……?』とでも言って押し倒せば」
「犯罪教唆はダメですブルボンさん」
まずい、彼女をどこかで差し切らなければ。爆弾処理が終わっていないのに、逃げ切られたら収拾がつかない。咄嗟にそう思って、半ば強引に話題を変えることにした。
「と、ところでブルボンさん、今日は診察?」
「私ですか?……いいえ。先週、全校生徒一人ひとりに配られたiPadのことで来たんです」
「新学期になってから配布されたやつ?…………あ、まさか」
「ええ。フリーズしてしまったのでこちらに来たのですが、ドクターが触れたら『直った』ので、気のせいだったのかと」
……うーん、どっちだったのだろう。彼女の機械音痴……というか家電破壊癖?は、都会生活では深刻な問題だ。
彼女の実家のご家族はキャンプや釣りを好み、なんでもDIYで作ってしまうようなアウトドア派の方々なため、地元や自宅では特に不便はなかったらしいけれど。
「叩けば直ると思ったんですが、更にブラックアウトしてしまいまして。……というよりライス、あと35秒で5分が経過しますがよろしいので?」
「あっ……すみません、お待たせしましたお兄さま!もう大丈夫です!」
慌てて、先程閉めたドアを開ける。お兄さまはというと丁度その時、愛用のミルにコーヒー豆──配合は信頼のトニオ・ブレンド──を投入しているところだった。
「珈琲シバくとこだったし別にいーぜ?なんならお前らも飲むか?……ってどしたブルボン?嬉しそうな顔して?」
「いいえ。ただ……昔と比べてライスが、よく笑うようになったな、と」
突然、親友にそんなことを言われた。
「……そう、ですか?」
彼女の言葉に一瞬、眼を瞬いたお兄さまはというと。
「……あァ、そりゃあ同感だ」
「ええ。思えば春天を獲った、あの日以来からでしょうか。……覚えていますか?あの春のこと」
賛意を示したお兄さまと、ブルボンさん。ふたりから目線を向けられて、私は過去へ思索を巡らせた。
「……うん。今でもはっきり、思い出せるよ」
克明に覚えている。無我夢中で走り切ったあの3200mと、その後の顛末を。
☆
『マックイーンの独走ッ!?なるか、なるかっッ!?』
目が痛くなるくらいの、向かい風の強い日だった。10万人超の観客の熱気が、手に取るように伝わってくる。誰も彼もが観たいのだ。メジロマックイーンさんが、「春天三連覇」という前バ未到の領域に手を掛ける、その瞬間を。
(……残り、1000mッ!)
前年の有マ記念は、仕掛け遅れて8着と惨敗。トウカイテイオーさんばかりを気にしていたら、メジロパーマーさんに逃げ切られた。お兄さまの前では格好つけて平静を装ったけど、その夜は自室でひとり、己の不甲斐なさに大泣きした。
(……ゴメンね、マックイーンさん)
今度は、間違えないから。だから。
(
3
『ライスシャワー、ライスシャワーだッ!昨年の菊花賞で、ミホノブルボンの三冠を阻んだライスシャワーが上がってきたッッ!!』
ヒートアップした実況の音声が木霊する。息を呑む観客の、悲鳴じみた声が聞こえる。「また悪役になるつもりか」、と聞きたくもないノイズまで拾ってしまう中、自らを鼓舞する様に言い聞かせる。
「……『ライスシャワー』は、『
家族が、お兄さまが、お姉さまが、ブルボンさんが、腰に帯びた短剣が。
私に至上の『幸運』と、『勇気』をくれた。だから私はレースを通じて、あまねく誰かに届けたい。
たとえ体格に恵まれなくとも、ストライドで劣っていても筋量が少なくとも、臆病でも、気が小さくても引っ込み思案でも、『頂』に立つことは出来るんだとッ!
いつもは誰かに疎まれてもいい。憎まれ役でも構わない。でも…………今、この日、この時だけはッ!
「────『ヒーロー』だッッ!!」
そうして、一着へと躍り出た。場内に轟き渡るは歓声────ではなく、アナウンス。
『「関東の刺客」ライスシャワーッッ!!天皇賞でも圧倒的人気の、メジロマックイーンを破りましたッッッ!!!』
予想に反して……いや、予想通り、声援はない。ただ静寂があるのみだった。
(これでいい。……これで、良いんだ)
黙して、一礼。笑顔は意図してかき消した。拍手がパラパラと聞こえた気もするけれど、今はさて置き。
足早にターフを去って地下に戻ると……見知らぬ人がひとり、壁にもたれて立っていた。
(……誰?関係者の方?)
カメラを携えているところから、おそらくは記者の方だろうか。なんとなしに目線が合った、次の瞬間。
「あらぁ?あらあらあらコレはまったく!」
まるで私を待ち構えていたように立っていたその人は、こちらを見るなり哄笑を浮かべ。
「スぃませぇん、そこのアナタ?取材、受けてくれませんかねぇ?」
さりげなくあたりを見回しても、他に誰もいない。ならば私のことだろう。だけれども、何となく……直感的に、嫌な気がした。
「『取材』ですよォー『取材』!ほんのチョッピリでいいから答えてくれたまえよォォ〜、天下の公器に、ね?」
普通、レースが終わった直後の取材はマナー違反。生来の性分ゆえ断りきれなかったこともあって、「手短にお願いします」とだけ伝えると。
「んじゃ〜あ最初の質問なんですケドねェー?メジロマックイーンの栄誉を阻んだことはどう、お思いで?」
疲労困憊の私を出迎えたのは、記者の酷薄な声だった。
☆
「え……」
身構えていても、二の句が告げなかった。黙していると、『臆している』と捉えたのか。彼は口元を歪めると、下卑た笑みを向けてきた。
「観客は『正直』ですよねェ〜?皆さん沈んじゃってましたもん?」
愉悦に歪んだような嗤いを含み、舐め回すようにじろじろと見つめられる。
「でもねェー困るんですよォ〜ライスシャワーさぁん?コッチにもね、撮らなきゃあならない『絵』ってモンがあんですよぉ〜?おかげでね、我が社は輪転機差し止めですよ!」
大仰に首を傾け、殊更に私の「非」を強調し。
「明日の朝刊に『マックイーン大勝利』って書くつもりだったのになあ〜?発行部数減ったら、あんたのとこに損害賠償かけてもイイってことかな!?」
降りかかるのは、罵詈雑言の嵐だった。菊花賞の経験も踏まえていたから覚悟はしていたけど、でもやっぱり。
(……ああ…………堪えるなぁ、結構)
『貴女と、貴女を取り巻くその全てに、幸福が訪れますように』。────お父さまとお母さまの願いを、私は体現できていたのだろうか。結局こうして、名も知らぬ誰かを不幸にしているだけじゃないか?自罰的な思考に、沈んでいこうとした時。
「でもねェー、一個だけあんの!帳消しにする方法が!」
聞きたい?聞きたい?と、彼は口角をニヤニヤと上げて問うてくる。そして……こちらの返答を待たず、畳み掛けてきた。
「アンタがね、ここでシてみるんだよ!マスターベーションをなぁ!!」
「…………はっ?」
何を言ってるんだろう?と思った。理解できる、出来ないではなくて……意味が、分からない。二の句が告げないでいると、更にヒートアップし。
「オイオイオイオイ、何ぼさっとしてんだよナニのハナシだよッッ!!分かったらソッコーでパンツを下ろすんだよ!!ヒールだろうがヒール!自分でも分かってんだろッ!?アンタはヨゴレなんだよおォォォォッ!独占映像出さなきゃ『補填』できねーんだよッ!!G1奪取のウマ娘AVデビューってな!」
……ガリ、と。自分が奥歯を噛み締める音が、どこか遠くに聞こえた。
「『嫌だ』とか言わないよねェー!?売り上げが落ちて困ってんだよコッチもさあ!?そこをね、アンタが一肌脱いで、マス掻いてくれりゃあ収まるワケ!いいでしょう減るもんじゃあないし!いやならキモチよぉーくなれるオクスリあげるから、騙されたと思ってキメてみ?な?みィーんな喜ぶから!」
身に纏った短剣の柄を、がしりと掴む。……喜ぶ?みんな、喜ぶだって?莫迦にするな。ふざけるな、侮辱するのも大概にしろ……ッ!その戯言は、私の『誇り』に唾を吐いたと同義だッ!!
私がそんなことをして、私の家族が、友人が、お姉さまが、お兄さまが、喜ぶわけがないだろうッッ!!!
あまりの怒りに目の前が明滅するのを、自覚しながら────
「……『結果』にご不満なら、しましょうか?
────自分でも驚くほどに、冷たい声が口から出てきた。
☆
「あ?」
惚けたような顔を見ても、もう止まらない。滑り出した舌鋒は、遠慮の無い言葉を紡ぐ。
「『どうぞ』と言ってるんですよ。貴方、『覚悟』して来てるんですよね?……トトカルチョじみた予想を裏で組んで、理想の結果が出ないと満足しない……そう看做される『覚悟』がおありなら、どうぞ?」
「なんだとキサマァ!コッチが下手に出てやりゃあ舐めやがってッッ!!」
「……成る程、
……言い訳させてもらうなら、普通ならこんなことは言わない。身体とメンタルを追い込んだ故の、極限に近い精神状態も相まってそうさせたのかもしれない。
履き潰した靴は合計で27足。毎日出来る血豆を見て、『女の子の脚じゃないな』、と自嘲しながらも走り続けた。
食事は野菜と果物に無糖ヨーグルト、お豆腐にプロテインのみ。好きなスイーツは全部絶って、視界にすら入れないよう尽力した。
軽量化によるスピードアップを狙って、落とした体重は最大で12キロ。余りに絞りすぎた弊害か、一時的に生理も止まった。
言い返せば、それくらいに賭けていた。
「『困難』を遠ざけ、『挑戦』する矜持を持たぬ者は、臆病者の
────この私・ライスシャワーは世間様から、いわゆる『
(でも……こんな、『悪役』と称される私でもッ……──吐き気のする『悪』は分かるッッ!!)
悪とはッ!手前自身の為だけに誰かを利用し、踏みつける奴の事だッ!!
「さあ────『悪夢』と罵るか、『栄誉』と讃えるかッ、この場でハッキリしてもらいましょうかッ!!」
形勢が不利となったことを悟ったのか、見る間に彼の顔が歪んでゆく。無意識に気圧されたのか。己の足がジリジリと後退している事に、果たして彼は気づいているのだろうか。
「な、なんだその眼はッッ!『殴る』のか!?もしかして私を『殴る』つもりかッ!?だったらキサマは犯罪者だっ!通報してやる!刑事事件にしてやるッ!精液臭い檻の中で、死ぬまで罪悪感に苦しみ続けろッ!」
「この期に及んでまだ言いますかっ……!」
この、外道がッ──!
怒りのボルテージが頂点に達し、思わず拳に力を込めた────その時。不意に、がし、と肩を掴まれた。
「……!?」
不思議と、嫌な感じはしなかった。もしかしたら。淡く薄く、細い絹糸のような期待を込めて振り向くと、……そこに居たのは。
「悪ィ。遅くなった」
「……お兄、さま……?」
今日、焦がれるくらいにどうしようもなく、一番来て欲しかった人だった。
☆
「誰だ、貴様は「退け」……なんだと?」
「────退け。俺が『お兄さま』だ」
有無を言わさぬ言葉の圧が、特段に強い。間違いない。これは……相当に怒っている時のお兄さまだ。
「キサマ、それが目上の者に対する態度かッ!?週間デイブレイク首席編集長のこの私にッッ!!」
「紙資源のムダ遣いだな。『週間マッチポンプ』とでも改名したらどうだ?」
「我が社を侮辱するとはどこのウジ虫だクソカスがァァッッ!!名を名乗れ名をッ!!殺してやるっ!社会的に抹殺してやるッッ!!」
見る間に顔を歪め、器用に歯軋りまでし始めたその様に、お兄さまは「はァ〜〜ッ」とため息ひとつ。もはや、「……哀れすぎて、かける言葉も浮かばない」って感じで。
「もう調べはついてんだよ。角界の『八百長相撲』に絡んでたのに飽き足らず、今度はレースをダシに『違法賭博』か?なあ、『オッズ1.6倍のマックイーンに全ツッパして負けた』記者さんよォ〜?」
「ッッっ!?」
問い詰められた記者さんが青褪めたのも、むべなるかな。
当たり前だけどレースは陸上競技、すなわち
(……あ、だからこの人は私を反社に差し出して、自分の保身とスッた分の補填をしようとしたってことですか!……何というか、この上なく下衆な発想ですね……)
一度クールダウンしてしまえば、いつもの思考が戻ってくる。
お兄さまの口ぶりからして、証拠は押さえてあるらしい。普通はこの時点で大人しく、お縄につくべきなんだけど……。
「い、言うに事欠いて私を『脅す』気かッ!?この私がッッ!!ブタ箱になど入るわけがなかろうッッ!ジャーナリストの同志が黙っとらんからなぁッッ!」
「お仲間はパクられてる最中だぜ?見てみるか?勤め先がガサ入れ喰らってるところをよ」
するとお兄さま、タイミング良くスタンドでリモコンを引き寄せ、TVを付ける。……東京地検特捜部の方々が、今まさに都内の某社に入っていくところが、画面に映し出されていた。この様子だと、どの局も特番編成を打っているようだ。
「な、ななななななッ…………?!」
気が触れたように液晶へかじりつき、眼を大きくひらいた記者さんは、その場からしばらく動かなくなった。
その間隙を縫うようにして。お兄さまは振り向いて、こちらへと向き直る。
「なんともねー……って訳じゃあねーか。よく頑張ったな、ライス」
いつになく、柔らかい口調で。
「ふぇ」
気付けば、ごく自然に頭を撫でられていた。
「あ、あの」
「
それが俺の責任だ。言い切った頼れるヒトに、こんな状況だというのに、えもいわれぬ艶を感じた。
「お兄さま……」
トクン、トクン。レースの時とは違う鼓動で、うるさいくらいに心臓が跳ねる。顔を見るだけで、不思議と安心してしまう。涙が零れそうになる。どれだけライスが罵られようと、この人は分かってくれる。そんな確信があるから、何度バッシングされたって、明日からもまた頑張れる。
「……てことでアンタ、いい加減這いつくばってねーでさっさと起きな。俺も今、相当自制してる方なんだ。手前の妹分にここまでされて怒らねえほど、人間デキてないんでね」
……ふふ。なんだかんだ言って優しくてカッコよくて、スマートなお兄さまのことです。記者さんに関しても既に通報したみたいだし、今後の手順だって頭の中にバッチリ入ってるはず。
そうだ、今日は私、お兄さまと夕飯をご一緒する約束もしていたんだ。楽しみだなあ────
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れダマレえいいいいいっ!私は上級国民だッゆえに無罪だ!悪いのはキサマだ!キサマのような底辺がチョーシに乗るからだっ!大体なんだ輩のような髪型をしよって!ふざけているのかッッ!!?」
あっ。
☆
ドガシャアァァァァンッッ!!!────まるで、重機と重機がぶつかった時みたいな破壊音を奏でて。やはりというべきか、『不用意な』発言をした見知らぬ記者さんは、まっすぐ数メートルくらい向こうに吹っ飛んでいった。
傍らで目にもとまらぬ──ウマ娘の動体視力でも見えないって相当マズい──おそらくは拳が放たれたのを、制止する間もなかった私は非常にテンパっていた。
「あ、あわわわわわわ……!」
なんてことを!さすがにソレはマズイですお兄さまっ!控えめに言って傷害罪、どころか殺人未遂……!
(……あ、両手を白衣に突っ込んだまま!よかった、スタンドで殴っただけで直接手は出してない!)
現行犯でもまだ言い訳は効く!万が一目撃者がいても、相手が勝手に吹っ飛んだだけに見えるだろう!ならば!
(大丈夫かなあの人?『失敗した福笑い』みたいな顔になってるし、いや今すぐ治るだろうけど……あ、鼻の穴がコンセントみたいに修復されていってる……)
うん、死にはしないだろうし放っておこう。するとやっぱり問題は……。
「────テメェ……俺のこのアタマが何だって?」
「ヒィィィィィッッっ!!?!いだぃいだぃいだいぃぃよおおママぁァァァ!!?う、腕も脚も折れてるよぉ、これ!?ねえ?キミ、医者を、医者を呼んでくれよおっっ!!しし死んでしまううっっ!!」
「『医者』なら眼の前にいんだろ?なんなら『手術』してやろーか?外科医の免許は持ってねェーけどなァッッ!!」
ヒトは、「自分より怒っているヒトを見ると、一周回って冷静になる」そうだけれど、ウマ娘も例外ではないらしい。
「今の一発は俺の分。んでもってこっから先は────『ライスシャワーを侮辱した』分だ」
まずいッ!お兄さま
「お、お兄さまッ!?お願いだから落ち着いて!ね、ねっ!?」
後ろから羽交い締め──実際は体格差のせいで腰に抱きついてるだけなんだけど──にし、お兄さまを慌てて抑えにかかる。
この時ばかりはウマ娘である自分に感謝した。ジョースター家特有の爆発力といえど、或いは……と思ったんだけど。
(ひっ、『引き摺られる』っ!?ウマ娘の膂力を持ってしても『引き摺られる』ってどういう事ですかッ!?)
正直、これじゃあ承太郎さんあたりがいないと厳しい。けど……がんばれ、がんばれライス!今が踏ん張りどころだろうッッ!
「あのね、お兄さまっ!ライスね、ウイニングライブのリハやりたいの!だから振り付けとか変じゃないか、事前に観てくれると嬉しいなっ!」
必死に問いかけると、「あン?」と一言。よかった、何とか声は届く!
「それとね、ライスは気にしてないから!……あの、ホントにほんとだよ……?」
実際のところ、気にしていない。私が耐えられないのは、自分の家族や友人含めた、大事なものが「傷つけられる」こと。だから、「私自身の為に本気で怒ってくれる人が、眼の前にいる」時点でもう、私に不満なんてない。
するとお兄さま、少し周囲を見渡したのちアタマをかいて、バツが悪そうに私に向き直る。
「……あっちゃー悪りィなあ〜〜ライス。髪型を貶されると俺、つい『かァーッと』なっちまってよォー、直さなきゃとは思ってんだけどなァ〜?」
「うん、よーく知ってるよ……?」
かつてお兄さまが研修医時代、(セクハラと盗撮の常習犯だった)研修先の医局長を物理的に吹っ飛ばしたのもそれが発端。証拠を捉えて穏便に自首をうながしたら、逆上した医局長が『禁句』を言ってしまったのだ。
病院7階の窓を割り、きりもみ回転しながら階下の愛車へ激突した医局長は、「なぜか」無傷で逮捕されたらしい。ちなみに愛車は廃車になった。
(お兄さま、この『クセ』さえ直れば完璧なんだけどなぁ…………)
閑話休題。放物線を描いて飛翔した記者さんはというと、────やはりというべきか、泡を吹いて気絶していた。身体の一部は直前まで観ていたTVと一体化しており、まるで不法投棄された産業廃棄物のようだった。
「こりゃあ資源ゴミにもならねェーな。テキトーに『直し』て警察に引き渡しとくわ」
「…………い、いいんじゃない、かな……?」
──よし、歌とダンスの練習しよう。そうして
当日、観客席にいたブルボンさんいわく。その夜のライブでセンターを務めた私は、どこか吹っ切れたような笑顔を振りまいていた……らしい。
☆
さて。マックイーンさんの三連覇を阻んだこともあり、翌日以降の私は公私共に大炎上を覚悟していた。ところが。
「な、なんですかこの数……!?」
約一週間後。私のもとに届いていたのは、なんとファンレターとファンメールの山だった。電子含めた沢山のお手紙を、抜粋すると以下のような内容だったり。
「己に課せられた『マイナス』を『ゼロ』に戻し、自らを使い潰してでも目的を為そうとする『漆黒の意思』を感じた。ようこそ、『男の世界へ』」……今更だけど、私は女です。
「これは『試練』だ。愚鈍な大衆に打ち克つという、貴様への試練だ。ソレを乗り越えた以上、入団する資格は充分にある」……イタリアから届いたもの。入団先は不明。
「神父たる私が
「私は美しいものが好きでね。美しくなければ『反応』しないんだ。貴女の腕を映像越しに見た時、私は思わず(※ここから先がお兄さまの付けた墨塗りで読めない)」……などなど。
一部怪文書もあるけれど、ほとんどが応援のメッセージだった。
お兄さまが「どっかで既視感あるな……なんでだ?」と首を捻っていたのは、ついぞ分からなかったけど。
でも。
「あんなタンカは、流石にもう切れないかな……」
舞台を冒頭の保健室に戻して、一言。慣れないことはするものではない。ところが、これを聞いた傍らのブルボンさん。
「いいえ。私は胸がスッとしましたよ、ライス。普段は私達のしょうもないコラージュ画像ばかり作っているネットユーザーでも、こういう時はまとまるんですね、と」
「あー……確かに」
私自身、手のひら返しを受けただけによく分かる。彼らは熱し易く冷めやすいけれど、一時の団結力はものすごい。
「コラージュか……アメリカでもあったな。あんまりタチの悪いやつなら、削除依頼出しとけよ?」
お兄さまのごもっともな指摘に対し。
「大丈夫ですよ、悪質なものはトレセンのサイバー対策チームが消していますから。ネットに残っているのは例えば……コレですね。『園児服を着せたタマモクロスをベビーカーに入れ、西松屋を散歩するスーパークリーク』のコラです」
「悪質じゃねーか」
「……あの、あながち有り得ないとも言えないんです」
「おい、嘘だろ……?」
スズカさんみたいな台詞を吐いたお兄さま。
もっとも、藪を突くと自分も赤ちゃんにされる可能性があるので、この件に関してはあのゴールドシップさんも静観しているのが現状だったり。
ただ、外野からでは判断しかねることもある。ふたりと最も親しい同期のオグリキャップさん曰く、「戦友同士の厚い友情の証」だそうなので、そういう理解でいいのかな……?
☆
さて。保健室でてんやわんやしていた、翌日の業後。私──ライスシャワーはひとり、学園の寮の
目的は……ヒールから脱却した私が抱くようになった、『もう一つの大それた夢』に付き合ってくれる生徒を探すため。
その為には。
(まず、最初のひとりから)
はじめに声を掛ける相手は、実はもう決まっている。なぜなら……もし、この提案を受け入れてくれたなら、彼女が『一番時間がかかる』から。
怪我をする以前、デビュー前から常に
彼女のトレーナーさんでもある
「……がんばるぞ、おー」
自分に言い聞かせるように小さく、気合を入れる。
相手はルドルフ会長と並び、この学園では『レジェンド』と称されるウマ娘。やり過ぎるということはない。『彼女』の住むここはひとり部屋だから、ルームメイトに気を使う必要もない。
「ライスシャワーです。……入っても、よろしいでしょうか?」
最上級の敬意を表して、ノックを4回。果たして間もなく、静かに部屋のドアが開いた。
「いらっしゃい。とりあえず、上がってあがって?」
制服を綺麗に着た、彼女の栗毛がふわりと揺れる。均整のとれたスタイルは、密かに憧れていたり。
(やっぱり綺麗だなぁ……モデルさん体型だし、乗ってるクルマとかも「らしさ」があって素敵だし。私もいずれ、こういう風になりたいな……なんて)
思いつつ部屋に上がる。すると手慣れた手つきで、紅茶まで出して頂いた。アールグレイの馥郁たる香りが鼻腔に抜けるのを感じると同時、秒針が一つ回って、音を刻む。
「それで……『大事な話』ってなにかしら、ライスちゃん?」
私の中のウマソウルがもたらす感覚に基づいて。何というか……自分にとって他人のような気がしない、そんな大先輩に、私は提案する。
「結論から申し上げますと……『我々日本勢で、全米最強の座を獲りに行きませんか?』、というお話です。
私の、
そして何より、私自身も見てみたいのだ。尊敬してやまないこの方の……『全力の走り』を。
【ひとくちメモ】
・ミホノブルボン……スパルタの風。脚の治療を終えたところ。
・雑誌記者……再起不能。
・ライスのファンの人たち……彼女の持つ「漆黒の意思」に喝采を送る。
・マルゼンスキー……激マブ。ドリームトロフィーリーグにそろそろ移籍予定だった。
※この世界のギャンブル……「競馬」はない。ただしカジノ、競艇、競輪などは公営賭博として存在する。闇賭博はもちろん違法。
※仗助の髪型……高校卒業の時期と同じくして、憧れた人の象徴でもあった学ランとリーゼントをやめた。なお、髪型を揶揄されると今でもブチ切れる。