執着
「それじゃ、お疲れ様でしたー!おまつりーわっしょーい!」
配信を閉じる。
伸びをしながら時計を見ると、時刻は2時を回っていた。
1時間くらいで終わらせる予定だったけどちょっと長く喋りすぎたかな。
その辺りルーズにしすぎるとAちゃんに怒られちゃうから気を付けなきゃね。
そんな事を考えてると欠伸が出た。
う~ん、今日はもう遅いし、パパっとお風呂入って寝ちゃおうかな。
そう思い座っていたPCチェアから立ち上がろうとした時、デスクに置いておいたスマホが震えた。…こんな時間に誰だろう?
確認してみると、LINEのメッセージが来ていた。差出人はフブキからだった。
「フブキだ。こんな時間に珍しい…なんだろ?」
フブキ:まつりちゃん配信おつかれさま!いま大丈夫?
まつり:うん、大丈夫だよ。何かあった?
フブキ:まつりちゃんって確か明日は配信予定無かったよね?もし良かったら、久々に二人でお出かけしない?
…ほんとに珍しい。まさかフブキの方からデートのお誘いが来るなんて!
うれしい。さっきまであった眠気が吹き飛ぶくらいまつりの心は舞い上がった。
まつり:フブキとデート!?行く行く!何時にする?どこで集まる?何して遊ぶ!?
フブキ:めっちゃグイグイ来るやんw じゃあとりあえず12時ちょうどにいつもの場所で集合でいい?何処に行くかはその時決めよっか
まつり:オッケー、明日のお昼ね!楽しみにしてる!
フブキ:うん!それじゃあもう遅い時間だから白上は寝るね?まつりちゃんも寝坊しないように早く寝てもろて。おやすみー
まつり:まつりも風呂入ったら寝るわ。おやすみフブキ。
フブキとお出かけかぁ…そういえば最後に二人で遊びに行ったのっていつだったっけ。結構久々な気がする。お互い配信が忙しかったし、時間が空いたと思っても予定が合わなかったりしたからなぁ…。
考えれば考える程、明日のデートが楽しみになって来た。
フブキも言ってたことだし、今日はお風呂入ったら早く寝てしまおう。明日が待ち遠しい。
脱衣所で服を脱ぎながら何処に行こうかと思いを馳せる。
大好きなフブキとデート…早く明日にならないかな。
結局、ベッドに入ってからも期待と興奮で眠れず。
まつりが眠りについたのは、朝日が見えはじめてからだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おはようフブキ、待った?」
「あっおはようまつりちゃん!ううん、白上も今来たところ」
翌日。
12時より少し前にまつり達はいつもの待ち合わせ場所で落ち合った。
フブキを待たせないように約束の時間より少し早く着くくらいの時間帯で家を出たけど、どうやらフブキの方が早く着いてしまってたらしい。もう少し早く出ればよかったかも。
「それじゃあ、何処いこっか?まずはやっぱりご飯食べに行く?フブキもまだ食べてないよね」
「そうだね、じゃあ…あっ!ならあそこ行ってみない?最近駅の近くにオープンしたっていうカフェ!結構評判良いらしいよ?」
「おっいいねぇ!早速行こっか!……で、道どっち?」
「いや知らないんかい!ずんずん先歩いていくからてっきり場所知ってるかと思ったよ!ほら、こっち!」
そう言ってフブキはまつりの手を取って歩き出した。
…何だろう、この感じ。こうして直接会うのが久々だからかもしれないけど。
フブキと手を繋ぐのが、なんかこう…恥ずかしい。
でもそれ以上に落ち着くっていうか、安心するっていうか…なんだか不思議な気分。
(もしかしてまつり、久々に会ったフブキに緊張してるのかな…)
そんなことを考えながら手を引かれて歩いていると、すぐに目的のカフェに着いた。
フブキがお勧めするだけあって、結構お洒落でいい雰囲気のカフェだ。お昼時という事もあってそれなりに混んでそうだけど、なんとか待たずに入れそう。
…あれ?でもこの外観……最近見たような気が…いつ見たんだっけ……
「まつりちゃん、早く入ろう?」
フブキに声を掛けられハッとする。
いけない、店の入り口で固まってたら迷惑だよね。疑問を頭の隅に追いやり中に入った。
店内はお客さんがそれなりにいるけど騒がしくなくて、むしろ静かで落ち着いた雰囲気だった。外から見てて思ったけど、やっぱりいいお店だ。評判なのも納得だね。
二人席に案内されて人心地着く。まつりはメニューを開いて注文を吟味する傍ら、スマホを操作してカフェの名前を検索にかけた。いつオープンしたかが分かれば、さっき感じた既視感の答えが出ると思ったからだ。そんなまつりを見て気になったのかフブキが話しかけてきた。
「どうしたのまつりちゃん?何か調べもの?」
「あ、うん。実はまつり、ここのカフェちょっと前に見た気がするんだよね。けど、いつ見たかが思い出せなくてさ。それで今お店の名前調べてるの」
「あぁーなるほど。いつオープンしたかが分かれば、前に見た時期をある程度絞り込めるって訳だね?」
「せいかーい。おっ出た出た…三週間前?ほんとに最近だ…」
てことは三週間以内…三週間……なんだっけ…んー……あっ!
「思い出した!ルーナだ!二週間前くらいにルーナと遊んだ時にこの近く通ってた!」
そうそう、確かルーナが「まつりちゃ先輩暇なのらー!」とか言って家に押しかけて来た時だ!あまりにも騒がしいから「どっかこの辺ぶらつく?」って二人で出かけたんだっけ。ここ最近忙しくてすっかり忘れちゃってた。
…今思えばあれも一応はデートになる…のかな?正直、はしゃぐルーナを落ち着かせるのに必死でデート感あんま無かったけど、あれはあれで楽しかったなぁ。
…なーんて甘やかしすぎるとAちゃんとかロボ子さんに怒られるんだろうなぁ…。でもしょうがなくない?あのルーナだよ?目を離したら何するかわからない奔放で無邪気で我儘な赤ちゃんお姫様。そんなの…無性に構いたくなるじゃん?お節介かきたくなるじゃん?つまりそういう事。まつりは悪くない!
まぁでもまつりって基本後輩に甘いしなー、なんて考えているとフブキからの反応が無いことに気が付いた。目線を向けてみると、メニュー表を顔の前で開くようにして見ているフブキがいた。
「? どしたのフブキ。注文まだ悩んでる?」
「………うん、決まったよ。まつりちゃんは?」
「もう決めたよ。まつりはねーこの季節限定の―…」
そうして頼んだ料理に舌鼓を打ちながら他愛の無い話に花を咲かせていく。
やっぱりPC画面越しにする会話より、こうして顔を合わせた方が自然と会話が弾む感じがしてまつりは好きだな。ボイチャでするよりもずっと楽しいし。
それにしても、フブキとなら何分でも何時間でも話していられる気がするなぁ。こういう風に偶には気の置けない同期と顔を合わせてお喋りする時間も大切なんだなって改めて思う。
そうだっ今度一期生で集まってみるのも良いかも。一期生みんなでスケジュール合わせて女子会とかお泊り会…うんっ楽しそう!あとではあとちゃん達にメッセージでも送ってみよう。フブキもきっと賛成してくれるよね。
その後カフェを出たまつり達は流行の映画を見に行ったりウィンドウショッピングをしながら休日を満喫した。楽しい時間は早く過ぎるというように、気づいた頃には既に午後6時を過ぎていた。
通りがかった夜の公園をフブキと二人で散歩がてら歩く。数時間前までは遊具で遊ぶ子供達で賑わっていたはずの公園は、日もとっぷりと暮れた夕暮れ時には静かなものだった。まつりとフブキの足音だけが公園内に響く。いつもとは違う顔を見せる公園は、なんだかまつりを特別な気分にさせてくれる不思議な空間だった。
ザッザッ
ザッザッ
「もう夕方かぁ…まつりの感覚だとまだ15時とか16時なんだけど、あっという間に18時だね。もうちょっと遊びたいけど…あっそうだ、ちょっと前に通った猫カフェでも行ってみる?フブキも気になるでしょ?同族だし」
「いや狐じゃい!キャットじゃなくてフォックス!まったく、ツッコませないでよまつりちゃん…」
「あはは、フブキの反応が面白いからついね…ごめんね?」
「…いいよ。許してあげる」
「ありがとっ。やっぱり俺の嫁はかわいくて優しいな~。愛してるよ、フブキ♡」
「よ……っ!?…もうっ!すぐ調子の良い事言って!そういうとこだぞまつりちゃん!」
ザッザッ
ザッザッ
「…そういえば今日フブキに聞こうと思ってたんだけど、どうして昨日まつりを誘ってくれたの?」
「え?どうしてって…何か変だった?」
「変って言うか…ほら、フブキって遊ぶ予定組む時は結構前もって連絡するでしょ?でも昨日は急に来たからさ……まつりはてっきり今日フブキから何か個人的な相談でもされるのかと思ってたよ」
「えぇ!?そうだったの!?……あー、でもそっか。配信終わってすぐに連絡来たらそう思わなくもないかー…?…ごめんね、紛らわしい事しちゃって。…白上がまつりちゃんを誘ったのはね、昨日の配信でまつりちゃんに疲れが見えたからなんだ」
「えっ疲れ?…まつりが…?」
「ここ最近のまつりちゃん、ホロメンのコラボとか案件とかたくさんやってかなり忙しかったでしょ?だからかな、昨日の配信は普段より声が通ってない感じがしたし雑談中も何回かボーっとしてるように見えたんだ。それでもしかしたら疲れが溜まってるんじゃないかなーと、白上は思ったわけですよ」
確かにここ二週間くらいはいろんな企画に参加したり案件配信したりで慌ただしかった。
普段と比べるとあまり休息も取れてなかったかもしれない。それでもまつりの配信を楽しみにしてくれてるまつりすに心配かけたくなくて、疲れを見せないようにしてたんだけど…フブキには全部お見通しだったかぁ。敵わないなほんと…
「だから息抜きも兼ねて二人で遊びに行ったら、まつりちゃんも少しはリフレッシュできるんじゃないかなって…その、デートのお誘いを、だね…」
「…そっか、まつりのことそこまで見てくれてたんだね。…本当に嬉しい。ありがとねフブキ。大好きだよ」
「えっちょっ…そんなガチな感じで感謝されるとそれはそれで恥ずかしい…ど、どういたしましてっ!」
「…あれぇ?なにフブキ、照れてんの?顔背けないで見せてよ~」
「て、照れてないって!ちょっ顔ちか!や~め~れ~!」
顔を赤らめながらわたわたしてるフブキを見ながら、まつりは良い友達を持てて幸せ者だと改めて思った。自分のことをこんなにも気にかけてくれる人が近くにいて支えてくれる。ただそれだけで胸の奥がポカポカとした温かい気持ちで一杯になって嬉しさが込み上げてくる。また頑張ろう、もう一度挑戦しようっていう元気が湧いてくるんだ。
いつもまつりの事を助けてくれてありがとう、フブキ
もしフブキがどうしようもなく困ったとき、辛いことがあって落ち込んだ時は
その時は、まつりが絶対に助けるからね
同期として。友達として。必ず
…恥ずかしいから口には出さないけどね。
…あっ同期で思い出した。カフェで思いついた話、ちょうどいいし今フブキに話しちゃおっかな。
「ねぇフブキ。さっきカフェで話してた時に思いついたことがあったんだけど…」
「ん?なに?」
ザッザッ
ザッザッ
「今度さ、一期生だけで集まってなんかやらない?最後に集まったのってfrom 1stの時でしょ?久しぶりに集まって女子会とかするの楽しそうだなーって思って」
ザッザッ
「? フブキ?」
今この公園には私たちしかいない。耳に入るのはまつり達の足音と草むらから聞こえるコオロギの鳴き声だけだ。
だからだろうか。フブキの脚が止まったことにすぐに気づけたのは。
振り返ると、まつりが今通った街灯のすぐ近くに少し顔を俯かせたままのフブキが立っていた。辺りの薄暗さと街灯の逆光が合わさってフブキの顔はよく見えない。
まつりがどうしたの、と声をかける前にフブキがパッと顔を上げる。その表情はさっきまつりと会話していた時と同じ穏やかな表情で、いつも通りのフブキの顔だ。
「ごめんまつりちゃん、いま白上ちょっとボーっとしてたね!それで何だっけ…あぁ、一期生だけの集まるって話だったよね。いいんじゃないかな?公式の放送以外で集まるのってほとんど無かったし、白上は賛成だよ」
「…そっか!じゃあ今度はあとちゃん達にチャット送っとくね。あと、マネージャーさんへの連絡もまつりがやっとくよ。言い出しっぺだしね?」
…なんだろう、これ
「ならまつりちゃんに任せちゃおうかな。白上に手伝えることがあったら言ってね?…ところでまつりちゃん。この後まだ時間空いてる?」
「え?…うん、大丈夫だけど」
「良かったら晩御飯、ウチで食べていかない?…というか食べに来てください!白上と黒ちゃんを助けると思って!」
いつも通りのフブキの顔。いつも通りのフブキの声。毎日配信上で見るものと何ら変わりない筈だ。現にさっきまでは普通だった。なのに…
「お願いまつりちゃん!晩御飯の処理手伝って!」
どうして今のフブキに、こんなにも違和感を抱くんだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フブキの家はまつり達がいた公園から徒歩で10分ほどの距離にあるマンションの6階だ。
二人で話をしながら向かうと、歩いて10分の距離はあっという間に感じた。気づけば何度も遊びに来たマンションに到着した。
夜が更けてから来たのが初めてだからなのかはわからないけど。
見慣れた筈のマンションは、いつもより不気味に思えた。
まつりは、マンションの入り口前で一人フブキの帰りを待っていた。
どうやらここ最近部屋の掃除をする時間が取れていなかったみたいで、中が凄い惨状らしい。掃除が終わったら連絡するから、それから上がってきて!との事。
「ごめん!30秒で終わらせてくるから待ってて!」
そう言ってフブキがダッシュで中に入って行ってかれこれ5分以上は経ってるけど…まぁ気長に待つかぁ。明日も特に予定がある訳じゃないしね。
それに、まつりもさっきのフブキにの事で考えたいこともあったしちょうどいい。
少し頭の中を整理してみよう。
…結局、さっきの公園でフブキに感じた違和感は結局何だったのか。
マンションに向かう道中、頭の中で考えても明確な答えは出なかった。
整理を兼ねて、もう一度振り返ってみよう。まずは、タイミング。いつ変わったか。
フブキの雰囲気が変わったのは…まつりが公園で一期生の話題を口にしてからだ。多分、これは合ってると思う。
じゃあ次に、理由。何故一期生の話題で雰囲気が変わったのか。…ここがわからない。
……いや、正確に言うなら当たりはついてる。ただ、まつりが自分の中であり得ないと決めつけて可能性から除外しているだけなんだ。
もしかしたらフブキは、はあとちゃん達3人の誰かとケンカでもしたのかもしれない。
正直、自分で考えてもおかしな話だと思う。
あの温厚で優しいフブキが誰かと、それもホロメンとケンカするなんて、悪い冗談だって。
でもまつりは。
あの時感じた違和感の中に、フブキが極偶に見せる苛立ちの感情を見てしまった。
俯いていた顔を上げてまつりに笑って見せた時。
フブキの獣耳が、僅かに前後に揺れていた。
恐らくフブキ本人ですら気づいていないであろう苛立ちのサイン。
長い付き合いの中でまつりが見つけたフブキの無意識の癖。
そんな無意識な苛立ちのサインを、同期の話をした瞬間に見せた。
ということは、つまり……
「……やっぱり“そういうこと”、なのかなぁ……はぁ…」
「そういうこと?」
「うひゃあ!?フ、フブキ!?いつからいたの!?」
び、びっくりした~…急に後ろから話しかけられるなんて思ってなかったから思わず飛び跳ねちゃった…まつりさっきの考え事、口に出してないよね…?もしかして、フブキに聞かれて……
「うひゃあじゃないよ、もう!何回メッセージ送っても既読にならないからまつりちゃんに何かあったのかと思って迎えに来たんだよ!…どうやらその様子だとただの未読スルーみたいだけど、何か弁明はあるかい?まつりちゃん」
「ッスゥー…えーっと、今日の晩御飯楽しみだなーって考えてたらぜんっぜん気づきませんでした…ごめんね?」
……良かった、気づかれてないみたい。
とりあえずこの事について考えるのは一旦やめよう。まつり1人で思い詰めても、それを察したフブキに心配されてしまっては元も子もない。
もし仮にこの予想が当たってしまったとしても、まつりのすることは変わらない。友達として、フブキの力になるだけだ。
…というか、そもそもまつりの見当違いって可能性も十分考えられるし、あまりネガティブに考えすぎないようにしよう。折角のフブキとの休日を暗い雰囲気で終わらせたくないからね。よしっ切り替えよう!
「お邪魔しまーす!おぉ、しばらく見ないうちに新しい家具が…この座椅子、前は無かったよね?」
「あぁ、それはね。ついこの前、黒ちゃんが使ってた椅子の寿命が来ちゃったから新しいのを買ってみたんだー。真っ黒だから黒ちゃん専用ってすぐにわかるでしょ?」
フブキの後に続いて部屋に入る。
確か最後にここに来たのが今年の3月で今が9月だから…半年ぶりってことになるのかな。半年も経てば内装も結構変わるもんだねーなんて話をフブキとしながら二人で夕飯を食べた。
メニューは大皿一杯に盛られたシチューだった。……どう見ても二人前以上あるような…
話によると、昨日の夕飯を作るときに悪ノリした黒ちゃん―フブキのもう一人の人格で、何故か肉体があり分離できる真っ黒なフブキ―が大量に作ってしまったらしい。マンションに向かう途中で聞いてはいたけど、実際に見ると凄いボリュームだ…そりゃフブキも必死になって誘う訳だ。二人じゃとても食べきれない量だもん。
味は普通においしかった。けど、まつりはしばらく…いや、今年はもうシチューはいらないかな…そう思ってしまうくらいの量だった…胃が重い…。
…あれ?そういえば…
「フブキ―、黒ちゃんは?今日家にいないの?」
食後のお茶を飲みながら洗い物をしてるフブキに声をかける。
そう、フブキの家に来てからまだ黒ちゃんを見ていない。シチューを大量に作った張本人が肝心の食事の場にいないなんて。…まさか逃げたのかな…?
これはちょっとクレーム入れなきゃね。
そんな軽い調子で続けようとした言葉を、まつりは出せなかった。
黒ちゃんの名前を出した瞬間、フブキの獣耳が前後に揺れた。
無意識のサインを、その目で見てしまった。
…え?……いや、まさかそんな…まつりの見間違い…?でも今、確かに
「……あぁ、黒ちゃん?さっき私が部屋に戻った時にちょうど出かけて行ったんだ。もうシチューは食いたくねぇ、なんて言ってさ!ひどいよねぇ、あんなに作ったの黒ちゃんなのにさ~」
…嘘だ。
黒ちゃんがさっきフブキと入れ違いで部屋を出たなら、マンションの入り口にいたまつりと絶対にすれ違う。でもまつりは、フブキを待ってる間マンションから出てくる人とは一度もすれ違わなかった。
……どうしてそんなバレバレの嘘吐くの、フブキ。まつりに何を隠してるの…?
…これはもう、まつりから話を切り出した方が良いのかもしれない。公園での事と、今の事について。
正直、すごく気が乗らない。だってまつりが今からすることは、フブキが触れてほしくない所にズカズカと入り込んでいくようなものなんだから。もしかしたらフブキに嫌われるかもしれない。
それでもまつりは…無理して嘘ついてまで何かを隠そうとしてるフブキは見たくない。
洗い物を終えたフブキが手を拭きながらテーブルに戻ってくる。
椅子に腰掛けたのを見てから、口を開いた。
「…らしくないよフブキ。そんな下手な噓吐いて…黒ちゃんと何かあったの?」
「…え?嘘って、まつりちゃん何を、」
「黒ちゃんだけじゃない。公園の時だってまつりが一期生の話をしてから無理に笑顔作ってたよね」
「ち、違うよ。私は無理なんてっ」
「気づいてる?フブキって不安とか苛々してくると獣耳が前後に揺れる癖があるの…今もまつりが黒ちゃんのこと聞いた時、揺れてたよ?」
「えっ…!」
フブキが焦った顔で獣耳に触れる。
この反応、やっぱりあれは無意識の癖だったんだね…
まつりは言葉を続ける。
ここで退いたら、フブキはずっと一人で抱え込んでしまう気がしたから。
「まつりは、フブキがどうしても話したくないって言うならこれ以上は聞かないし詮索もしないよ。でも、もしまつりがフブキのために何か出来ることがあるのなら、話してみてほしいんだ。今までフブキが助けてくれた分、今度はまつりがフブキを助けたい」
「まつり、ちゃん……そっかぁ、まつりちゃんにはお見通しだったかぁ…ごめんね、心配かけちゃって…それにしても獣耳かぁ、私にそんな癖があるなんて全然気づかなかったよ」
「もうかれこれ3年以上一緒に活動してる同期の事だよ?癖の一つや二つ分かるようになるって…それでフブキ。まつりにフブキが抱えてる悩み事、聞かせてくれない?絶対力になるからさ!」
「あ~、その事なんだけど…実はその件に関しては、ほぼ解決しそうなんだよね…まつりちゃんのおかげで」
「え?解決しそう?それにまつりのおかげって…まだ何もしてないよ?」
「いやいや違くて…まつりちゃんが何かしたから、じゃなくてね?
まつりちゃんが今日ここに来てくれたから、解決するんだよ」
まつりがフブキの家に来たから解決する…?
どういうこと…?フブキの言ってる意味がちっともわからない。もしかして…はぐらかそうとしてる?ここまで話してそれはないでしょ、フブキ!
そう思い、テーブルに身を乗り出そうとした時、
突然まつりの身体に強烈な睡魔が襲ってきた。余りの眠気に思わずテーブルに突っ伏してしまう。
「ん?おっようやく効いてきた感じだね?大丈夫まつりちゃん?眠気以外に吐き気とか頭痛とか無いかい?」
「ふ、ぶき…?なにいって、…」
「なにって、さっき言った通りだよ?まつりちゃんが今日ココに来てくれた時点で、私の悩みはほぼ解決したんだよ!後は眠ったまつりちゃんを幽世に連れて行けば万事OK!いや~上手くいって良かったよ~!」
幽世…確か、前にフブキの実家があるって言ってたところ…
でも、どうして?何でフブキはまつりをそこに連れて行こうと…ダメ、眠くて考えが……
「あともう少しだよまつりちゃん。もう少しで、ずっと一緒に居られるね!……あっ、まつりちゃん、もう限界?大丈夫だよ、無理して起きなくても。ゆっくりおやすみ。続きは向こうで話そう?」
「時間はいっぱいあるんだから、ね?」
にっこりと微笑むフブキを最後に、まつりの意識は闇に落ちた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……んっ……ここ、は?」
意識が覚醒すると同時に身体をゆっくり起こす。
まつり寝る前何してたっけ…確か、フブキの家でご飯食べて、それから……
「……ッ!」
寝る直前の事を思い出した瞬間、寝ぼけてた頭が一気に冴えた。
そうだ。まつりはフブキに薬かなにか盛られて眠らされたんだ!慌てて辺りを見回すと、今まで見た覚えの無い十畳程の和室が広がっていた。全面畳張りで、壁には達筆すぎて何と書いているかわからない掛軸が飾ってあったりと、知識の無いまつりが見ても一目で立派だと分かるくらいしっかりとした作りの部屋だった。
ここがフブキが言ってた幽世、なのかな…?
部屋を見た感じ、まつりが住んでる人間の世界とあまり変わらないような気がするけど…でもなんだろう。どことなく空気が綺麗で張りつめていて…感覚で人間がいちゃいけない場所なんだっていうのは、わかる。ここが幽世…フブキとミオと百鬼が居た世界…。
…とにかく、まずはフブキを探さないと!
ここがフブキの…実家?なら、この家のどこかにいる筈。直接会って、何でこんなことをしたのか聞き出さなきゃ。
そう思い立ち部屋の仕切りの襖を開こうとと手を伸ばした瞬間、まつりの手が触れる前に襖がひとりでに開いた。
「うわっ!?」
「あっもう起きたんだ。おはようまつりちゃん。早起きだね~」
襖の向こうにいたのは、フブキだった。
…?何だろう、いつものフブキの雰囲気じゃない…でも、公園で見た苛立ち混じりのフブキとも違う…なんていうか、存在感がいつもより大きい…?傍にいるだけで圧を感じるような…ちょっと息苦しい感じがする…
「フブキ…?フブキ、なんだよね…?いつもと雰囲気が…」
「え?…あー、ごめんごめん!幽世だと抑えてた力が垂れ流しになっちゃうんだよね。むむむ……これでどう?」
「あっ…いつものフブキだ。息しやすい…」
フブキが目を閉じて唸ったかと思うと、さっきまで感じていた圧迫感が消え失せていつものフブキに戻っていた。
…そういえばちょっと前に百鬼から聞いたことがある。異世界で強大な力を持った存在が人間界に来るときは、自身に力を抑制する制限を掛けなくてはいけないって。
「余は幽世だともっともっとすごいんだ余!」と胸を張りながら自慢していた百鬼の話をその時は話半分で聞いてたけど、実際に目の当たりにしたら信じざるを得ない。…てことは、さっき目を離せなくなるような存在感とプレッシャーを放ってたのが、本来のフブキの姿ってこと…?事務所でみんなとわちゃわちゃしてるフブキと全然違うじゃん!
「よしっ大丈夫そうだね!じゃあ落ち着いたところで…まつりちゃん。白上になにか聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「! そうだよ、フブキ!フブキには聞きたいことが山ほどあるんだから!全部話してもらうよ!」
「あはは、そう慌てなくっても全部話すよ。そのためにここに来たんだからね?」
フブキがそう言って軽く手を振ると、何もない空間から平たい机…座卓って言うんだっけ?と、座布団が現れた。まるでシオンの魔法を見てるみたい…
「これは妖術の応用。ほんとはこんな使い方してたら怒られちゃうんだけどね?さー座って座って!お茶菓子とお茶も用意してあるから!」
「……お茶……今度は何も入ってないよね…?」
「もう、信用無いな~。大丈夫、今度は何も盛ってないよ!盛る必要が無いしね!なんだったら湯呑交換するよ?」
必要があったら盛るのか…というか、夕食後のお茶に一服盛ったのサラッと認めたよね…ちょっとしたカマかけのつもりだったけど、どうやらフブキは隠すつもりはないらしい。
とりあえず座布団に座り、対面で鼻唄混じりにお茶を注ぐフブキを横目に頭の中を整理し、フブキに聞きたいことをまとめる。まず聞くべきなのは…なんでまつりを幽世に連れてきたのかだ。
「まず一つ目。フブキはどうしてまつりをここに…幽世に連れてきたの?誰かに頼まれた…とか、そういう理由?」
「いいや?これは白上自身が決めてやったことだよ。それで理由なんだけど…その様子だとまつりちゃんピンときてない感じかぁ……うぁ~…予想してたこととはいえ、結構来ますなぁ~コレ……」
そう言ってフブキは落ち込んだ様子で机に項垂れた。
…どういうことだろう。フブキの言い方だと、まつりを幽世に連れてきた理由を、まつり自身気付いてないことにショックを受けてるように聞こえる。…何だ、まつりは何を見落としたんだ?思い出そうにも異世界に連れてかれるような心当たりなんてないよ…
「まぁでも、こればっかりは仕方ないよな~…ちゃんと伝えてこなかった私が悪い…よしっ。…まつりちゃん!理由を話す前に、一つ私からまつりちゃんに伝えたいことがあります!」
「うぇ!?は、はい!」
急に背筋を伸ばして大きな声で宣言するフブキに思わず驚いてしまう。
一体何を言われるんだ、と内心びくびくしているとフブキが徐に口を開いた。
「私、白上フブキは!夏色まつりのことが大好きです!
なので、まつりちゃんにはずっとここに住んでもらいます!」
「…へ?」
…フブキが、まつりのことを、好き?
好き…すき……好きって、あの“好き”?……まつりの聞き間違いじゃ、ないよね…?
「ふ、フブキ…一応確認するけどさ…フブキが言う好きっていうのは、その…友達としてっていう意味じゃなくて…」
「ち、違わい!友達としてじゃなくて恋人として!LikeじゃなくてLoveの方じゃい!」
こ、これって所謂…こ、告白ってやつ!?
まさか人生初の告白をフブキから受けるなんて、思ってもみなかった…
フブキからの突然の告白に驚いて一瞬フリーズしてたまつりの頭は少しづつ落ち着きを取り戻していった。それと同時に心の底から嬉しさが込み上げてくる。同期として、友達として付き合いの長い人からの告白。戸惑いはしても、嬉しくないわけがない…まぁそこは、まつりが女の子好きっていうのもあるかもだけどね。
顔を赤くしながら「言わせるなよぉ~ばかやろ~」と呻くフブキを見ながら思う。
まつりとしては、素直にフブキの告白を受け入れたい。フブキの事は大好きだから。
ただ……さっきのフブキの告白の中で一つ、聞き逃せない言葉があった。
ずっとここに住むって、どういうこと…?
「えっとね、フブキ。フブキからの告白は素直に嬉しいよ。…でも、その後に言ってた“ずっとここに住んでもらう”っていうのはどういう……」
「え?そのままの意味だよ?まつりちゃんはここでずーっと、白上と暮らすの」
「な、なんで?同棲するって言うんなら、別に幽世じゃなくて元の世界でも」
「あっちはダメ。ここじゃないとまつりちゃんを閉じこめておけないでしょ?」
……え?フブキ…今、なんて
まつりがそう問いかける前に。
一瞬で傍に寄ってフブキに押し倒された。
「あぐ!い、いきなり何すんのフブキ!手を離して!」
「最近気づいたことがあるんだよ、まつりちゃん。どうやら白上って、かな~り独占欲つよつよきつねだったらしいんだぁ」
「何を言ってっ…ぐぅう!ちから、つよっ……!」
ダメだ、振りほどこうとしても全然ビクともしない…!
…そうか、幽世だから本来のフブキの力が戻ってるんだ。これじゃ太刀打ちできない…!
フブキは下で藻掻くまつりを気にも留めず、うっすらと笑いながら見下ろした。
「まつりちゃんが他のホロメンと楽しそうに話したり、配信したり、一緒にお出かけしたり。そうやって私以外の子と笑い合ってる姿を何度も見ていく内にね……苛々した感情を抑えられない自分がいるってことに気づいちゃったんだ」
「そうしてその苛々がどんどん溜まって心の中に黒いモヤみたいな感情が膨れ上がっていってね、今度はこう思うようになったんだ。“まつりちゃんを取られたくない。まつりちゃんは私のものだ”って」
「もちろん私も抑えようとしたんだよ?こんな感情間違ってる。他のホロメンに敵意を向けるなんておかしいって。だからこんな醜い感情に蓋をして、いつも通りの白上フブキになろうって、思ったんだよ…?」
フブキが独白を重ねるごとに、さっき感じた威圧感が戻ってくる。
嫉妬、憎悪、執着。色んな負の感情が混じった声が、まつりの中に入ってくる。
黒い感情をぶつけてくるフブキに、身体の奥底から恐怖が滲み出てくる。
薄く微笑みながらこっちを見下ろすフブキの目は、黒く濁っていた。
「でも、無理だった。だって私が必死に心を抑えつけようとしても、まつりちゃんは他のみんなと仲良く遊ぶんだもん。そして会う度に“あの子と遊んだ”とか“次の配信はあの子とする”って聞かされるんだよ?…苛立ちで頭がおかしくなるかと思ったよ」
「…!じゃあ、公園とフブキの家で見たあのサインは…!」
「サイン?…あぁ、ウチで言ってた耳のこと?あれはまつりちゃんが悪いよぉ。私と二人でデートしてるのに他の子の名前出すんだもん。そりゃ怒るよ…あっ厳密に言うとカフェの時もかな?まさか急にルーナちゃんの名前が出るとは思わなくてびっくりしたなぁ。いや~メニューで顔隠れてて良かったよ~。あの時の私、多分酷い顔してたからさ」
…怖い。
まつりが知ってるいつものフブキじゃない。
信じられないくらい強い力でまつりを押さえつけて
他のホロメンに隠す気の無い嫉妬を見せて
まつりに歪んだ独占欲をずっと隠してたフブキが
どうしようもなく、怖い。
「ん、話が逸れたね…それで段々苛立ちと鬱憤が募った白上は、自分の中の感情と向き合った結果、一つの結論に達しました!……もう我慢するの馬鹿らしいなぁ、って」
「まつりちゃんが他の子に目移りしちゃうんなら……まつりちゃんを誰の目にも届かない場所に仕舞って、私以外のことを考えられないようにしちゃおうって思ったんだぁ」
じわじわとまつりの中で広がっていく恐怖に身体が震える。
熱くも無いのに汗が噴き出し、痛くも無いのに涙が溢れて視界がぼやける。
そんなまつりの様子を見たフブキは、より一層笑みを深める。
仄暗い歪んだ笑顔。
「へぇ、まつりちゃんって本気で怖がるとそんな顔するんだね。やっぱり幽世に連れてきて正解だったなぁ。こんな顔、向こうじゃ見れなかったもん。……ね、もっといろんな顔を見せて?私にだけ、まつりちゃんの全部を見せてよ」
「大丈夫、さっきも言ったけど時間はたくさんあるから。学校だとか配信だとかも気にしないで?ここにはそんなもの無いから、ずっと一緒に居られるよ?」
「もう二度と向こうの世界には帰さないし、ホロメンにも会えなくなるけど、安心して?そんな寂しさや悲しみは、私が全部埋めてあげる。たくさん愛して、私の事以外考えられなくしてあげるから」
「これから私はまつりちゃんのものになる。だから…まつりちゃんも私のものになってよ」
おもむろに顔を近づけるフブキ。
まつりはそれを見ながら心底恐怖し、泣きながら懇願する。
もうこれ以上、この空間に居たくない。フブキと一緒に居たくない。
「ごめん、なさい…もう許して……まつりを、元の世界に帰してよぉ…!」
そんなまつりの心からの叫びは。
「だ~~~め♡ずっと一緒に居ようね、まつりちゃん」
無情にも払いのけられた。
絶望と恐怖によりまつりの意識が遠のいていく。
その最中、まつりが最後に抱いたのは、
…どこで、間違えちゃったのかな……ごめんね、フブキ…
深い悲しみと、後悔だった。
テーマは「クソ重感情持ち独占欲つよつよキツネに死ぬほど愛されてお持ち帰りされるまつりちゃん」です。
信じてもらえないかもしれませんが、初めは真っ当なラブコメ書こうとしたんです…でも気づいたらこんなことに…どうしてこうなった…
次投稿予定の白上視点は出来上がり次第あげます。