彼らの奇妙な冒険‐シンフルクルセイダーズ‐   作:ウグイス将軍

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魔王を拾った男

むかしむかし、あるところに、それはそれはハンサムで、かっこよくて、モテモテで、みんなに尊敬されまくっていて、

「全員土下座」

絡んできた不良達を土下座させ高笑いする、心優しい若者がおりました。

 

「まてまてまて」

「む?」

 親友の話に、古市は開幕早々にまったをかけたが、当の本人、男鹿はなぜ話を遮られたか分かっていない様子だった。

 放課後、いきなり人に家に来てクーラーの聞いた部屋で人のケーキを勝手に食っているこの男がどういった人間なのか、長い付き合いである古市には言われるまでもないことだが、その傍若無人さにはいまだに慣れないものがある。

「『む』じゃねーよ、だれが心優しくてモテモテだ。開口一番全員土下座ってお前、暴君じゃねーか」

「ばかめ、古市お前ばかめ、お前のかーちゃんでべそ!」

「でべそじゃねーよ」

 男鹿はケーキを口の中につっこみながら「いいか、よく考えてみろ」と諭すようにつづけた。

「オレが理由もなく人を土下座させるような男だと思うか?」

「うん」

 即答した瞬間、喧嘩で鍛え抜かれた男鹿の太い腕が古市の細い首をがっちりと絞めた。

「そうかそうか続きが聞きたいか!!」

「いででででギブギブッ!!」

 

不良達は昼寝をしていた心優しき若者を鉄骨でぶん殴ろうとしていたのです。

そんな不良を心優しき若者が川で洗濯(拷問)していると、川上のほうからどんぶらこ、どんぶらこと、おっさんの上にのった元気な赤ん坊がながれて

 

「はいスト―――っプ!!!」

 再びまったをかける古市。

 だが今回は男鹿の常識外れなところではなく、わけのわからない飛躍をした話についてだ。

「えーと、何? この話…どこへ持っていきたいの? つーかどういうこと!? おっさんにのった赤ん坊?」

「流れてきたんだから仕方あるまい」

「流れてこねーよそんなもん!!」

 幼稚園児が考えたような支離滅裂な話だった。それを高校生の屈強な男が真剣に話すもんだから正気を疑ってしまう

「いや、確かにあれはオレも超ビビったよ。実際、他の奴らは一目散に逃げてったからな」

「そりゃ逃げるだろ普通…いやいやっていうかこれマジなの? 話聞かないといけないの? オレこれからデートだから早く帰ってほしいんだけど」

 珍しく相談があると言われらからおとなしく聞いていた古市だったが、真面目に聞いたのがバカらしくなるくらいバカみたいな話にもはや聞く気が失せていた。

「そー言わずに聞けって。ここからが大事なんだから」

 だが、そのバカはバカ話をまだ続ける気でいるみたいだった。

「じゃーその赤ん坊連れてきてから言え!」

 いい加減イライラしてきた古市は、少し声を荒げそう言いつけた。

「連れてきていいのか?」

 すると、男鹿は神妙な顔でそう言った。

「ああ連れてきやがれ。連れてこれるもんならな!」

 

「アダッ」

「いやー、話が早くて助かるわ」

数秒後。古市の部屋に赤ん坊がいた。

男鹿のであろう制服を羽織っただけの、素っ裸。髪はエメラルドグリーンで目つきが悪く、ご丁寧に口におしゃぶりまで咥えた、正真正銘の赤ん坊がやってきた。やってきた、というか、部屋の前にいた。

「な、本当に赤ん坊だろ?」

「ダー!」

 絶句する古市をよそに、なんとものんきに話す男鹿。

 「…お」ギギギとさびたロボットのように口を開く古市。

 「お?」これまたのんきに返す馬鹿に、古市は思わず声を大にして叫んだ。

「おのれはずっとこれを部屋の外に待機させとったんか――――ッ!!!」

「いきなり見せたらびっくりするだろうが――――ッ!!!」

「ダーブー!!」

 休息が必要だった。体ではなく、心の。というか精神の。

「…なんで連れてきてんの…しかも人ん家に…」

 まったくもって落ち着きを取り戻していない古市の至極まっとうな問いかけに男鹿は「それがよ」と続けた。

「とりあえず赤ん坊とおっさんを拾いあげたんだが、どうしようか悩んでっとこいつがなんか見てくるから、仕方ないと大人の対応をしたら、なんか懐いた」

「いや、全然わからん」

 そのおっさんはどうしたんだだとかいろいろ言いたいことはあったが、赤ん坊の様子をみるに懐いているのは本当のようだ。『暴れオーガ』と呼ばれた(古市命名)この残虐非道の塊にここまで懐くとは、いったいなにをしたのか。

 

「・・・なついた?」

 

 唐突な言葉だった。

 男鹿と古市、赤ん坊の三人しかいないはずの部屋に唐突に響いたその凛とした声は、窓際に立っていた。窓際、というか窓の前にある机の上に、土足で立っていた。

「貴様ごときに、坊ちゃまがなつくわけなかろう」

 綺麗な少女だった。ゴテゴテの真っ黒なゴスロリ服が、全く違和感を覚えさせないほどに。手にはこれまたゴスロリチックな日傘を持っており、煌びやかな金色の髪は後ろに束ねられ、鋭い目の奥ではエメラルドのような瞳が輝いていた。

「死ねドブ男」

 そしてものすっごい冷たい目をしていた。

 養豚場の豚でも見るかのような、残酷な目だった。

「うおおおおいッ!!?」

 いきなり現れた存在感のありすぎる不審人物にようやく反応が追い付いた古市は思いっきり腰を抜かしていた。

(なに!? どなた!?)

 いつもなら美人は大歓迎の古市だがさすがに動揺とか困惑とかのほうが強すぎた。

「ああ!? 誰だこら。誰がドブ男だ」

 こんな状況でいつも通りの男がいた。

「いきなりどっからわいてきたんだボケ。つーかそこおりろ。人んちで偉そうにしやがって」

 初対面でいきなり「ドブ男」呼ばわりされた怒りが動揺とかよりも勝っている男がいた。

 自分の家かのような言い方だが、こんな唐突な状況でも「あとくつぬげ」とまで言える胆力はさすがなのかもしれない。単なるバカということもあるのだろうが。

 しかし、そんな男鹿を少女は鼻で笑った。それにさらに苛立つ男鹿。

軽やかに机から降りると(土足のまま)、男鹿に、いや、男鹿に抱えられた赤ん坊に近づいた。

「さあ坊ちゃま、参りましょう。ヒルダが迎えにあがりましたよ」

 さっきまでの冷たい目がウソのように、愛しい子をみるような、優しい目で少女はそう言った。

 広げた両手を赤ん坊に近づけ、赤ん坊を受け取ろうとする。

 が、

「ダ」

 そっぽ向く赤ん坊。

 ひしっ、と男鹿にすりより拒否する赤ん坊。

 少女はしばらく茫然としていた。

「プ」

 思わず漏れ出たその声は、赤ん坊の上からだ。

「いやがってますなー」

 ものすっごい嫌な笑顔だった。性根が腐ってないとできない顔だった。自分をバカにした少女が滑稽な状況になっていたからだろうが、それでもここまで嫌な顔はできないだろう。

「えーっと、坊ちゃま? ほら、いきますよ!」

 少女も少女でかなり動揺していた。バカの煽りも耳に入っていない様子だった。

 赤ん坊の足をつかみ男鹿から引き離そうとするも、赤ん坊はしっかりと男鹿の服をつかんでいる。

「ちょ、お離し下さいそんなもの…!」

「はっはー、まいったなーこりゃ」

 結構な力で引っ張っている様子だったが、それでも赤ん坊は男鹿から離れようとしない。そして男鹿はすっごい上機嫌だった。「そんなもの」よばわりされているのがきにならないほど。

「おい男鹿。その人は迎えに来てくれた人なんじゃ」

 バカみたいに高笑いしている男鹿に、古市がそういったとき。

「いい加減にしないと…!」

 と、少女がそう言った瞬間だった。

 

「ダ――――――!」

 赤ん坊が、雄叫びをあげた。いや、赤ん坊がしたのは雄叫びだけではない。

 黄色い発光があった。小さな部屋の光が、塗り替えられるほどの強い発光と、バチバチバチという轟音が赤ん坊を中心に起こった。

「ぎゃああああああああ!!?」

 赤ん坊をつかんでいた少女はもろにその衝撃を喰らっていた。男鹿と古市には被害が及ばなかったが、目の前で起こったことに仰天していた。

 電撃が発したのだ。その赤ん坊を中心にして。

 

 

「失礼しました」

 数分後。

 焦げ跡がついたまま正座で座る少女がそこにいた。靴を脱いで。凛とした登場シーンが台無しであった。

「私、その赤子に仕える侍女、ヒルデガルダと申します」

 冷静さを取り戻した少女は改めてそう名乗った。第一印象が最悪すぎるため不自然極まりないが、しっかりすれば礼儀正しくできる少女なのかもしれない。まあ初対面の相手にあの容赦ないいいようからしっかりする気がないのは見てとれるのだが。

「そしてその子は我々の王となられるお方。名を、カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世。つまりは我々の国の王子でごさいます」

 そしていきなりとんでも設定をぶち込んできた。

「…王子?」

「はい」

「…マジ王子?」

「マジです」

 男鹿と古市は赤ん坊を見た。目つきが悪く、ふてぶてしい顔をしていた。しかも素っ裸。とても一国の王子には見えない。

 互いに顔を見合わせる二人。さすがの男鹿も動揺している様子だった。

「え、えーと、ヒルダさん…でしたっけ」

 困惑のなか、古市は言葉を振り絞って発した。

「いいんですよそーいう設定説明とかはホント。オレ達この子を連れて帰ってさえくれたらそれでもう、はい」

 「正直もうスルーです」とばかりにそういう古市。男鹿もよくいったとばかりに頷いた。

しかし、ヒルダは神妙な面持ちでうつむいていた。

「…いえ、それは無理でございます」

 不穏な言葉に、男鹿の顔が少し曇った。

 嫌な予感がしたのだ。なにか、とんでもないことに巻き込まれる、そんな予感が。

 そしてその予感は、すぐさま回収されることとなった。

「何故ならばあなたは、選ばれてしまったのですから…」

 間抜け面の男鹿を指さし、ヒルダは、言った。

「魔王の親に」

 

 アメストリス。

 中央ヨーロッパにあるその国は円形の国土が特徴で、雪山、砂漠、炭鉱など多様な地形があり観光地としても名高い。

 そんな国の頂点に立つ国王こそ、ベルゼバブ三世その人であった。ベルゼバブ三世は適当で調子者なところはあるものの、その有能ぶりから国民からは賢王として慕われていた。

 しかし、数か月前、そんな豊かな国を巨悪が襲った。

 オール・フォー・ワン。

 歴史の影に隠された、凶悪の存在。百年前、彼が持つ不思議な力で世界を恐怖に陥れようとした、悪のカリスマ。

 その野望は、ベルゼバブ三世の祖先によって打ち砕かれ、闇に葬り去られた。はずだった。

 しかし、オール・フォー・ワンはその不思議な力を持って生き延びていたのだ。そして長い時を経て復活した巨悪は、自らの脅威となるベルゼバブの一族を滅ぼそうとした。

 オール・フォー・ワンの復活を察知したベルゼバブ三世は、幼い我が子をその魔の手から守るため、そして、その子に宿されたオール・フォー・ワンをも打ち砕く力を託すため、赤子の世話を任せていた侍女ヒルダと、信頼する部下と共に逃がしたのだった。

 赤子。ベルゼバブ四世に宿る力。それは、巨悪を倒すのにたる力。信頼できるパートナーと共にいることで、初めて起こる力。

 ヒルダ達は、ベルゼバブ三世の意思のため、赤子の力を引き出すパートナーを探す旅にでた。

 赤子と共に歩み、オール・フォー・ワンを倒すための力、親となる者を探す旅に。

 

「…と、いうわけでございまして…」

 童話の世界だった。

 とても現実の話とは思えなかった。

 だが、つい数分前に現実とは思えぬ現象を電撃という形で見てしまった男鹿達にはその童話を現実として飲み込むしかなかった。

 というか、現実だとしたらかなり重たい話なのだが、それに反し少女は淡々と話しているのはなんなんだろうか。

 そんな話を聞かされ、何も言えずにいる男鹿の肩を叩く手があった。

 振り向くと、古市が健やかな笑顔を向けていた

「ガンバ」

「ちょ、お前この状況で逃げんのかよ!?」

「うん、ていうか帰れ。オレ関係ねーみたいだし」

「おおいっ!?」

 味方だと(勝手に)思っていた者に捨てられ、一人孤独になる男鹿。

「くっ、冗談じゃねーぞ、なにが魔王の親だ!! ちょっとガキになつかれたくらいでふざけんなよ!! 知るかそんなもん、オレ達はぜってーやらねえからな!!」

 「達っていうな」とよこでほざく古市をよそに、出されたコーヒーを飲んでいるヒルダに男鹿はそう言い放った。

「…つまり断ると?」

「たりめーだ!! とっとと持って帰れや!!!」

 そう言いながら赤ん坊を机に叩き置く男鹿。

 ヒルダはその言い分に声を荒げるでもなく、むしろ優しさすら感じる声を出した。

「そうですか、それはよかった・・・」

 コトリと、静かにコーヒーカップを机におき、そして、美しい笑顔で言った。

「では死んで下さい」

 そういいながら、持っていたゴスロリチックな日傘から、すらりと銀色の刀身を抜いた。

 

 数秒後、古市の部屋が半壊した。

「みゃあああああああッ!!!」

すでに外に逃げていた二人だったが、自分の部屋が薙ぎ払われる様子を見てしまった古市は悲鳴を上げていた。

「おおい!!! 待てこら男鹿ぁ!! てめえあれ絶対弁償させるからな!! 絶対だかんなぁ!!」

「落ち着け古市、オレは大丈夫だ!!」

 そういう男鹿の腕には、なぜか例の赤ん坊が抱えられていた。

「てめーが一番落ち着け!! なに持ってきてんだそれえ!!!」

 男鹿はどうやら無意識だったようで、「ん、なにって、ぬがっ!?」といまさら気が付いたようだ。

「ぬが、じゃねーよさっさとおいてけよ!!」

「いや、ていうかなんか離れねえ・・・!!」

 男鹿は赤ん坊を引き離そうとするが、シャツをしっかりつかんで離れようとしない。赤ん坊が男鹿の背中をつかみ、さらにそれを引きはがそうとしているため赤ん坊のワンパク君が後ろを走っている古市にモロに見えていた。ものすごい絵面だった。

「あきらめろ」

 そんなことしているうちに、上から声が聞こえた。凛とした、あの声だ。見上げると、刀身をむき出しにした仕込み剣を構え、ヒルダが電柱の上から見下ろしていた。

「アメストリス軍で鍛えられたこの私から、逃げられるとでも思っているのか?」

「うるせー一生そこでかっこつけてろ!!」

「パンツ見えてますよー!!」

 そんなヒルダに対しバカ返すバカ二人。

 男鹿達は無我夢中で走った。

 住宅街を右往左往し、鉄塔の近くの空き地にたどり着いた。

 息を切らし、少し立ち止まった瞬間。男鹿の頬に冷たい感触がした。

「それで逃げたつもりか?」

 その冷たい目には、冗談のような気がまるでない。

 本気で、男鹿を殺そうとしている目だ。

「てめえ、最初っからこーするつもりだったのかよ」

「・・・坊ちゃまにふさわしい相手でなくてはならないのだ。貴様が断ると言ってくれてよかった」

 切っ先は男鹿の頬に押し付けられ、血が滴っていた。

 その血が、赤ん坊の頬にポタリと落ちた。

 赤ん坊は、生まれてまだ幾ばくも無い。だが、血の色を知っていた。それが、どういうものかを知っていた。

「ヴ~~~」

「坊ちゃま・・・?」

 なにやら遠くで不良が騒いでいる声が聞こえたが、男鹿の耳には入らなかった。

 バチ、と何かが弾ける、いや、迸る音がした。

 赤ん坊の目に、涙が溜まっているのが見えた。爆発寸前の、漏れ出た涙が。

 そして、

 

「ビエエエエエエエエンッ!!!」

 轟音が落ちた。

 空き地の中心を、電撃が蹂躙していた。古市の部屋で起こったものの、比にならないほどに。

「うおおおっ!!?」

 間一髪逃れられた古市は、その壮絶な光景に絶句してしまった。

 迸る電撃の渦の中からは、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

「か、かんしゃく?」

 同じく逃げたらしいヒルダも、その光景を見て動揺しているようだった。

「ぼ、ぼっちゃま、ダダをこねないでくださいまし!」

「だ、ダダ!?」

 だだとかそんな言葉では説明不足がすぎる威力だ。

 実際、ヒルダがなだめようとしたが全く収まる様子を見せず、近づこうとするも電撃によって阻まれてしまっていた。

「はっ、そういや男鹿は・・・」

 ようやく男鹿が見当たらないことに気が付いた古市は、まさかと思い電撃の渦の中に、目を凝らした。

 光輝く渦の中はほとんど見えないが、うっすらとなにかがあるのが見て取れた。

 男鹿っぽい男が、ふらりと、倒れる姿を。

(気絶してるー!! ていうか最悪死んでる!?)

 男鹿の容態を気にする間もなく、古市は辺りがざわめきだしたことに気が付いた。

 そりゃあ、こんな空き地で放電が起こっていれば騒ぎになるのは当たり前だ。

 ただの一般人である古市にこんな状況をどうにかできるわけもない。なんとかできるとしたら、事情を知っているであろうヒルダだけだろう。

「ちょ、あんた。なんとかならないんですかこれ!! このままじゃまじでやばいんじゃ」

「ムリです」

 しかし、その思いもむなしく、ヒルダは青ざめながら即答した。

「ああなってしまっては。こんな・・・こんな大泣き、止められるのは国王様しか・・・」

「そ、そんな」

 それはつまり、どうしようもないということだ。いまだ聞こえるあの泣き声が止まるのを待つしか。それを願うしか。

 青ざめる古市だったが、その時は唐突に来た。

 突然だった。

 すべでが、突然消えたのだ。

 迸る稲妻、轟く騒音、そして泣き声が、全て、消え去っていた。

 あとに残った野原には、泣き止んだ赤ん坊、そして、気絶したはずの男鹿がいた。

「男が・・・ギャアギャア泣くんじゃねえ」

隣の赤ん坊の小さな頭を、男鹿は座って優しくなでていた。

「なめられちまうぞ」

 赤ん坊の瞳には、まだ涙が残っていた。だが、それ以上流しはしないだろうと、赤ん坊の顔から見て取れた。

「ダ」

 声はかすれていたが、確かに、力強くそう返した。

 それを聞くと、男鹿は立ち去りながら手を振った。

「よーし、じゃあもう泣くなよ」

 その顔は「決まった」とばかりにどや顔だったが。

 ヒルダも、その様子に絶句していた。

 自分でも止められなかった癇癪を、いとも簡単に止めたその男を、信じられない目で見ていた。

 しかし、

 ピシッ、と、なにかが砕ける音がした。

 遠くから見ていた野次馬が、なにか騒いでいるのが聞こえた。

 ギギギと、何かが軋む音がした。

 鉄塔だ。

 電撃の渦によって土台が壊された鉄塔が、倒れようとしていた。

 その先には、男鹿のもとへ寄ろうとしている、赤ん坊が。

「坊ちゃまーーーーっ!!!!」

 ヒルダが叫んだ瞬間、男鹿は走っていた。

 男鹿も、自分自身が何をしていたのかわからなかった。

 反射的に赤子を抱えていた。

 逃げる時間はもうない。

 鉄塔はすぐそばまできており、激突の瞬間は近かった。

「う」

 逃げようとはしなかった。

 男鹿は赤ん坊を守るように抱え、鉄塔に向かって叫んだ。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 瞬間、鉄塔が消し飛んだ。

 

 十数メートルはあったであろう鉄塔が、跡形もなくなっていた。

 その光景に、誰もが茫然としていたが、男鹿は別のものを見ていた。

 なにかが、いた。

 男鹿の、すぐよこに、寄り添うように立っていた。

 奇妙な人物だった。いや、人の形をしていたため人物といったが、男鹿にはそれが人とは思えなかった。まず全身が緑色だった。肌も髪も、薄いエメラルドグリーンに覆われていた。緑色の学ランのようなものを着ていたが、その背中には蟲のような羽が生えていた。そして、なぜか口に黄色のおしゃぶりを咥えていた。

「なん・・・だ、これ」

「あれは・・・」

 ヒルダも、その存在に気が付いたようで、なにかを言おうとしたが、それよりもはやく別の声が聞こえた。

「『スタンド』さ」

 声の方には、男が一人いた。

 青い、軍服のようなものを着た男だった。目の色と髪色は黒だったが、顔立ちからして日本人ではないのはわかった。優しい、おとなしそうだが、その奥に確固たる芯がある、そんな顔だ。

 そして、なぜか全身ずぶぬれだった。上から下までびっしょりで、ぽたぽたと水滴を垂らしながら立っていた。

 だが、男鹿はその理由を知っていた。

「てめえ、あのとき川で流れていた・・・」

 そう、この赤ん坊を背中に乗せて漂流していた、河原にほったらかしにしていた、あの男だった。

「そう、アメストリア軍大佐、ロイ・マスタングだ」

「いやそれは知らねえけど」

 どや顔でロイと名乗るその男は、興味深そうな目で男鹿を、その横に立つなにか、「スタンド」を見ていた。

「スタン、ど?」

「そうだ。言われただろう? 選ばれたと」

 そう、選ばれた。

 魔王の親。巨悪を打ち砕くと言われる、魔王の力を持つ資格があると。

幽波紋(スタンド)。それは生命エネルギーが作り出すパワーのあるビジョンだ」

 ロイはそう言いながら、パチン、と指を鳴らした。

 すると、男鹿のそばで焔が弾けた。爆発のようなものではなく、本当に、焔が弾けるように発生して、消えた。そしていつの間にか、ロイの両手に白い手袋があった。甲には、紅い魔方陣のような模様がついている。

「これが私のスタンド、『焔の錬金術師(サタン)』。憤怒の名を持つ焔のスタンドだ」

 「そして」と白い手袋をつけたまま、ロイは男鹿のスタンドを指さした。

「そいつの名は、蠅の王『ベルゼブブ』!! オール・フォー・ワンを倒すための、お前の力だ!!」

 




スタンド名-蠅の王≪ベルゼブブ≫
   本体-男鹿辰巳

破壊力-A  スピード-A 射程距離-D
持続力-A 機密動作性-B  成長性-B

能力-電撃を放つことができる。電撃を重ね、ビームのように放つ魔王の咆哮≪ゼブルブラスト≫が使える。
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