彼らの奇妙な冒険‐シンフルクルセイダーズ‐ 作:ウグイス将軍
自動販売機は、階段を上った先にある体育館の側にあった。不良率一二〇パーセントの石矢魔高校に部活なんてものはほとんどないも同然だが、一部の物好きが勝手にやっていることもある。いまはバスケ部と思しき男たちが近くにあった水道で水を飲んでいたが、男鹿に気が付くと怯えるように去っていった。
古市は自販機でお気に入りのアイスを押した。コーンアイスで他ではあまり見ないヨーグルト味のアイスだ。一四〇円と値は張るが、それに見あった一品である。落ちてきたアイスを手に取った古市はさっさと開封し、口にいれた。夏の暑さもあって、格別の味だった。
男鹿も自分のアイスを買った。いつの間にか起きていたベル坊が、男鹿の肩からアイスを溶けそうなほど熱い目で見ていた。「くうか?」と男鹿がアイスを近づけると、ベル坊は器用におしゃぶりを自分で外し、アイスにかぶりついた。美味しそうにしていたが、少し経つと「ダ~」と頭を押さえだした。
「なにやってんだお前ら・・・」
そんな様子を見ていた古市は、ふと水の音に気が付いた。
振り返ると、水道の蛇口から水が出っぱなしになっていた。
先ほどのバスケ部が閉め忘れたのかと思い、古市は水道に近づき、ドバドバ出ている蛇口をしっかりと絞め、水を止める。
そして時に気にも留めず、男鹿の下へ戻ろうとする古市の耳に、その音が入る。
水が、はじく音だ。
振り返ると、蛇口から、水が出ていた。ドバドバと、際限なく。
「な、」
その瞬間だった。
水の弾丸が、古市を襲った。
とっさにかざした手をはじき、その弾丸は古市をかすめる。
「なんだ!?」
蛇口の水に襲われた、という事実に古市の認識が追い付いく。
古市の慌てる声に、男鹿も気が付いたようだ。
「どうした、古市」
「み、水が。蛇口の水が」
古市が言い切る前に、次の動きがあった。
いまだ出続ける水が、二匹の蛇のようにうねりながら宙を舞う。
その幻想的ながら超常的な現象に目を奪われていた古市を、その水が襲う
とっさに体を動かす古市だったが、よけきれたのは片方だけだった。よけた先に、もう片方の水の弾丸が迫る。
すると、古市の視界が、いきなり下へと落ちた。
とっさに、男鹿が古市の足を払ったのだ。
古市の頭が地面に落ちると同時に、その上を水の弾丸が通り過ぎる。
「いってぇなにすんだ!!」
頭に響く痛みに思わず声をあげる古市。
しかし、その声に男鹿が答える間もなく、強烈な音の連鎖が起こる。
水道にあった他の蛇口からも、水が噴き出したのだ。
それも、異常な量が。
「おいおい、なんだこりゃあ」
その異常な光景に、男鹿でさえも茫然としていた。
古市もそれを茫然と見ていると、ふと、地面についていた手に、冷たい感触がした。
水が、這い上がっていた。肌の上を、蛇のように。
見れば、水道の下、水道管から水が漏れ出て、地面が水浸しになっていたのだ。
「うおわっ!?」
「古市ッ!?」
とっさに振り払おうとするも、その水は古市の身体にまとわりつき、上へ上へと這い上がっていく。
もがけどもがけど振り落ちない水は、次第に顔へと集まり、古市の呼吸を奪っていく。
取り払おうと手をかけるが、水をつかめるはずもなく、古市に絶望感が増す。
「どうだ? 男鹿辰巳」
その声は、男鹿の後ろからふとかけられた。
男鹿がふりむけば、そこには金髪の少年が立っていた。
身長は一八〇センチメートルほどあるだろうか。グラサンをかけ、学ランの下にアロハシャツまで着た軽薄そうな男が、自販機に寄りかかって立っていた。
「誰だてめー」
「土御門元春。その赤ん坊を、貰いにきた」
土御門と名乗ったその男は不敵な笑みを浮かべ、ソーダのジュース缶を手で弄んでいた。
この超常的な状況に、赤ん坊。
男鹿の脳裏に、先日にロイから聞いた話が思い起こされる。
「スタンド……」
「そう、オレのスタンド『
スタンド。
ロイ曰く、超能力の具現化。
そして彼は言っていた。
いずれ、
「状況は簡単だ。その赤ん坊をこっちによこせば、オレはお前たちには手をださない。そいつも解放する」
缶ジュースを飲みながら、淡々と話す土御門。
「早くしろ。親友が死ぬ様を、見たくはないだろ」
その間にも、もがき苦しむ古市のくぐもったうめき声が男鹿の耳に入っていた。
男鹿は、その話を黙って聞いていた。
そして、動きだす。
男鹿の背後に、それは現れ立つ。
全身緑の、異様な存在。
男鹿のスタンド、『
しかし、鉄塔を吹っ飛ばすパワーが向かう先は、敵の土御門ではない。
『アダァ!!』
奇妙な雄叫びと共に『
超パワーによって殴られた古市の身体は遠くに吹き飛び、それと共に水から引きはがされる。
土御門の缶ジュースを飲む手が止まる。
「これで、こいつを渡す必要もなくなったな」
遠くの芝生に顔を突っ込ませる古市をよそに、土御門を睨めつける男鹿。
土御門の顔が、変わるのが分かった。
蛇口の水が、土御門の足元で水たまりを作っていた。
そしてその水面に、青色の竜のような蛇が現れる。
「後悔することになるぞ。赤ん坊を渡さなかったことを」
その言葉と共に、その蛇、『
鋭くとがった牙の中心で、水が渦巻いているのが見えた瞬間、その口から水の砲弾が撃ち出される。それも一発ではなく、一度に複数もの砲弾が、広範囲に撃ちだされた。
しかし、男鹿はそれを持ち前の動体視力と身体能力でたやすく躱し続ける。
攻撃がかすりもしない土御門だったが、その顔にはなぜか笑みがあった。
そして、全て躱し終えた後、男鹿は気が付いた。
男鹿の足元に、巨大な水たまりができていたことに。
もともと、蛇口の水は未だに止まっていなかったのだ。それに加え『
「終わりだ。溺死しろ!」
男鹿の身体を、水が這いあがっていく。男鹿の怪力でもがけど、水が離れる気配はない。古市と同じように、水は身体を這い、顔へと集まろうとする。男鹿の息の根を止めるために。
「なあ、てめえのスタンド。水を操るんだってな」
そんな状況だというのに、男鹿は特に焦ることもなくそういった。
その顔に、恐怖は微塵も感じられなかった。
土御門はその様子を訝し気におもうも、攻撃の手を止めようとはしない。
「つーことはよ。オレのスタンドにもなんかあるってことだよな。能力的なやつが」
「……なにを言うかと思えば」
そのセリフに、土御門は肩透かしを食らったようだ。
「さっき、お前の親友を吹っ飛ばした超パワー。あれこそ、お前のスタンドの能力だ」
スタンドをよく知る土御門にとっても、あのパワーは普通ではなかった。それはつまり、そのパワーそのものがスタンド能力だということを現わしていると、土御門は考えたのだ。
それに、「へっ」と男鹿は嘲笑で返す。
「残念、ハズレだ」
次の瞬間、『
それと共に、『
迸る発光。すなわち、稲妻が。
「な、」
そしてそれは、同じく足元に水たまりを作っていた土御門の下まで流れる。
水たまりから体を出していた『
一瞬の攻撃だったが、強力な電撃に、土御門は怯み、思わず、能力を解いてしまう。
その隙を、男鹿は見逃さない。
すかさず駆け抜け、土御門との距離をつめる。
土御門は慌てて水を操り、男鹿を捕らえようとするが、その全てをよけきる。
そして、『
「ベル坊」
逃れようともがく土御門だが、強力すぎる握力の前に、苦しむことしかできないでいた。
「ムカつく野郎に喧嘩売られたときにどうすればいいか、わかるか?」
それに対し、不敵に、無敵に、悪魔の笑みを浮かべ、男鹿は言う。
ベル坊はそれに、「ダッ!」と力強くうなずく。
「『百倍』返しだ!!」
『ダダダダダダーブーッ!!!!』
『蠅の王』の電撃を纏った剛腕が、雄叫びと共に『
そして最後には、『
鉄塔をも吹き飛ばすパワーをまともに食らい、黒焦げになった土御門は血反吐を吐き倒れ伏せた。
「ったく、ここ最近はわけのわからんことばっかおきやがる」
頭を掻きむしりながら、そうつぶやく男鹿。
「てめえにはいろいろ聞かせてもらうぞ」
そう言い、男鹿は気絶した土御門を背負い、ついでに古市を叩き起こしその場を去るのだった。
スタンド名-背中刺す嫉妬≪リヴァイアサン≫
本体-男鹿辰巳
破壊力-C スピード-B 射程距離-A
持続力-A 機密動作性-B 成長性-C
能力-水を操る蛇のスタンド、防御の結界をはる亀のスタンド、索敵を行う鳥のスタンドの三種のスタンドを持つ。