戦場より電海へ、再会を望む便りを   作:来亜昌

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男性の女性に対して抱くクソ重感情は、どちらに転んでも笑顔で見れるのが投稿させて頂きました。



友へ。私達は此処にいます。

side 【 fool 】

 

「「「「初見クリアおめでとうございます!姫!!」」」」

「ん。ありがとう」

 

暗転した視界が開け、見慣れた景色が目に飛び込んだと思うや否や、同士である大勢の家臣達の熱烈な歓迎が待っていた。だが、艶やかな黒の長髪を手で後ろに払う少女。姫は、軽く受け流した。

 

「よっ、我が親友。流石じゃねぇか!ど真ん中をブチ抜くなんてよ!」

「姫の守護のお陰だ。大したことはしていない」

 

背を軽く叩いたのは、mineだった。

リアルの顔はそのままに、髪だけを金に染めた親友は、色に劣らない笑顔をして肩を組んでくる。どうやら楽しめたらしい雰囲気に、私も顔を綻ばせていると、バンバン、と今度は強く背を叩かれた。

 

「もっと胸を張りなよfool!アタシ達なんか楽しくなっちゃってつい寄り道」

「おい馬鹿やめろ!!」

「寄り道…?」

「あっヤバ」

 

その張本人は、男性も顔負けの筋骨隆々とした体格をし、燃えるような赤髪を短く切り揃えたクトゥルンだった。

mineと反対の肩を組み、快活な破顔を魅せる彼女は、何やら怪しげなことを言いかけ、mineに咎められて慌てて口を塞ぐ。しかし、姫の耳にも入っていたようで、ジト目で睨まれて青褪める。

 

「その寄り道とやらについて私も聞きたいのだけれど、良いかしら?」

「…」

「mine。貴方にもよ」

「…はっ…」

 

こっそり逃げようとしていたのもしっかりと見られていたmineが、恨めし気な視線をクトゥルンに向ける。罰の悪そうな面持ちのクトゥルンは、視線から逃れるように首を回した。

お祝いムードが、説教のそれに変化しつつあるのを感じ、居心地を悪そうにする同士の為にも、悪さをした犬と化している二人の為にも、そしてなにより、戦闘によって疲弊している姫の為にも止めようと、跪き、口を開く。

 

「ここは、誰一人欠けることなく迎えられた勝利と、私の顔に免じて、二人を許してもらえないでしょうか」

「…しょうがないわね」

「親友…!」

「fool…!」

 

情緒豊かな子供のようにコロコロと表情を移ろわせる二人に、姫は額に手を当て、私は同士達と共に苦笑いを浮かべる。

抱きついて来ようとする二人から優しく逃れていると、そういえば、と姫が、ある家臣の不在を気にした。

 

「鰯偏食家はどうしたの?」

「ん?そういやいないねぇ」

 

以前までは多忙で、最近やっと仕事が落ち着いたと話していた家臣、鰯偏食家の姿を探すが、周囲には見当たらない。

此処にいる家臣の大体は社会人である故に、仕事との縁は切っても切れない。しかし、彼は今日の朝頃に、グループでのチャットで終わりごろには参加できそうだと喋っていた。

少し遅れているのかと考えたが、家臣の一人が前に出て、予想外の言伝を発した。

 

「それが…ちょっと人形操師(ドールオペレーター)の奴らに喧嘩を売られたので買ってきます、と」

「…はぁ?」

「調査したところ、また掲示板で揉めていたようでして…」

 

人形操師とは、約一年程前から国内で流行しているあるゲームのジョブのことだ。鰯偏食家の就いている傀儡操師と犬猿の仲で、性能や、傀儡操師の最上級職が未だ判明しないことを理由として、下にみられるのが火種となり度々掲示板にて衝突している。

相手方の最上級職、人形創師の女性プレイヤーはどちらにも温厚に接し、ジョブ界隈の活性化の為新規の情報を無償で提供する極めて親切な方なのだが…一体どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「…もういいわ。頭痛が酷くなりそう」

「姫、一度お休みになられた方がよろしいのでは?」

「そうしたい所だけど、まだやることが…ああ、来たわね」

「うふフ。そっちモ、終わっみたいネ」

「チッ、俺達がドべかよ」

 

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには大勢のプレイヤーの前に立つ、二人の顔見知りがいた。

方や、腰まで伸ばした藍色のポニーテールを揺らす、おっとりとした口調のスレンダーな女性。方や、二本の火柱が交差したような形状のペンダントを首に掛けた、男勝りな口調をする姫に近い背丈のシスター。

姫に相対するこの二人は、過疎が進行しているこのゲーム内で知名度の高いプレイヤー達である。

 

「Dion。負幸膨苦痛。賭けの内容は覚えているわよね?」

「えエ、勿論覚えているワ」

「忘れる訳ねぇだろうが。鳥頭じゃあるめぇし」

 

Dionは、三大勢力の一つ。ネフェリムカンパニー陣営に属する同盟(クラン)の中で、フォース戦一位の同盟、『天庭に咲く十二の大輪(ワルキューレ)』の盟主。負幸膨苦痛も、天神教人教陣営に属する同盟で、同様の地位を確保している『燭台の風除け(レーギャルン)』の盟主だ。

数奇なことに、巨人殺し(ジャイアント・キリング)に属する中で、一位の座に鎮座する私達の同盟。三宝軍の盟主たる姫や、最強(個人戦一位)の欲しいがままにする早暁の女王、ルストは皆女性プレイヤーである。ロボットゲームは比較的女性層には受けにくいというのが世論だが、実はそうではないのかもしれない。

 

「せーのでいくぞ。いいな?」

「なんでもいいわ」

「私も大丈夫ヨ」

「じゃあいくぞ。せーのっ」

 

シスターの掛け声に合わせて、シスター自身を含めた三人は発した。

 

「四人よ」

「三人だったワ」

「二人。ああ、クソッ。負けかよ」

 

人数の意味は、クリア時に生存した人数。ちなみに賭けとは、クリア時に生存した人数で一番少なかった同盟が、エントランスから繋がっている酒場での飲み会の代金を支払うというものだ。とはいっても。酒場での消費はたかが知れているものなので、その実情は交流会と差異はないものだが。

今回は、負幸膨苦痛が一番少なかった為、代金持ちは彼女の同盟、『燭台の風除け』になる。結果の発表に、それぞれの同盟加盟者は、各々の意を喋り始めた。

 

(わたくし)が。私があんの殺意の塊みたいな機雷で吹き飛ばされていなければっ…!」

「上行けばピットの的で、下から行くと全力を発揮できない…運営は先月飛行機体に親を消し飛ばされまして?」

「すみません。遅れを取ってしまったばかりに…」

「まぁまぁ、気にすることはないデスよ。知らない攻撃も多かったデスし」

「いやぁ、今回は勝てたり、最後に特大の供給も受けたりで良いことずくめですしたな!」

「ですねぇ…最後のは本当にアオハルで胸が潰れましたよ」

「は?待て待て。俺見てないぞそんなこと」

 

喜怒哀楽が、何処からともなく出現する喧噪。次第にその音の中心地は、酒場へと移動していき、発信する相手も、同盟の内側だけでなく、外側にも広がっていく。

 

「…」

 

横を向けば、歩きながらトップ二人と談笑する姫。若干ではあるが、その口角は吊り上げられている。

対等な関係を一人しか作らず、姫は仲間以外に殆ど気を許さなかったこともあり、昔はこんな微笑ましい光景も、数える程しか見たことがなかった。

多様な成長を遂げている姫に、私は感慨深いものを覚えながら、話の邪魔にならないよう、離れて歩こうと思考して一歩踏み出そうする。しかし、見知った者達の塊の外側にある男達の姿を視認して、足が自然と、その集団の方へと運ばれた。

 

「スヴェルのアレで粒子砲を呑み込むのカッコ良すぎでござるよ…」

「ありがとう。できるかなって思ってやってみたんだけど、成功してよかった」

「アレは映画レベルだッたな。にしても、俺の女神と相性悪すぎるだろ…」

「役割無くて雑魚狩りしてた虫キメラさんじゃん。おっすおっす」

「素麵半兵衛、漂流殿、オオムラサキ。お前ら勝手に行動しすぎだ」

「やッぱ、昂ぶりはおさえきれないんやなッて…あッ、foolさんじャないすか!」

 

皆違う装いで、異なる口調。分けて見れば、繋がっているなんて思えない五人組だが、それこそが彼らを彼らたらしめているのを、遠い過去から私は知っている。

黒い服の上に赤い羽織を着て、刀を帯びる男が私の存在を悟り、気さくに名を呼ぶ。何度殺しあったかの記憶が霞む程に、命の奪い合いをした相手に対して、私も手を上げ、気軽に話しかけた。

 

「君達も、モノと戦ってきたのか?」

「うッす。川ヤシがオペで、四人で行ッたッすんよ。そしたら、俺の女神じャバリア壊しに行けなくて…」

「出撃前に何度も忠告したんだがな」

「すまんッて川ヤシ…」

「…ふっ。そちらも、楽しくやれていそうで何よりだ。ちなみに、結果を聞いても?」

「途中で拙者が事故って落ちたでござるが、クリア自体はできたでござるよ。fool殿は?」

「危ない橋を渡ったが、何とか欠けることなく勝利できた。姫の作戦や、采配のお陰だ」

 

今は夢の跡地として残るだけの、弱肉強食が絶対不変の原理として君臨する孤島。あの地では、この年になっても様々なことを教わり、そして貰った。年が離れているのを理解している上で、気兼ねせず会話に付き合ってくれる彼らも、あの地が私に与えてくれた、貴重な友人だ。

そんな友人らと話していると、学生時代が脳裏に浮ぶ。コミュニケーション能力が欠けていた私は、小学生以来の付き合いのmineと、少数の人間としか関わりを持っていなかった。なので、もし,彼らが同級生であったら、どうだったのだろうか?と、偶に考えることがある。抜け毛が徐々に増え、腰に無理をさせられなくなっていく体で、こんな夢物語を想像するのは、少し気恥ずかしく、彼らに言えたものではないが。

 

「すまない。話の腰を折ることになるのだが、いいだろうか」

「大丈夫だぜ」

「ありがとう」

 

妄想の内側で、彼らと交わって心底楽し気に過ごす、ある人の背を幻視した。

雪を被っているかのような純白な髪と、その色が一層異色さを引き立てる赫眼。童女の如く純真無垢に微笑み、誰と接するにも慈愛を絶やさなかった、彼らの仕えた姫。

何事もなければ、恐らく妄想の一部分は現実となった。彼らとかの姫の絆は、並大抵の障害で断つことなど到底不可能と断言できる、深いものだったからだ。

だが、彼らはこの場所にいて、かの姫はこの場所にはいない。即ち、五人と一人は、引き離されたのだ。

 

「…かの姫とは、会えただろうか」

「いえ。未だに影も形も、なんも見つからないッす。まァ、その方が姫の為になるッすから、良いッすけどね」

「…そうか」

 

互いに救い、救われた同士。本音を語り合い、信用しあえる間柄となれた六人に厚く高い隔たりが置かれるのが運命であるのなら、こんなにも残酷な運命はそう他にないだろう。私が眼前の彼、漂流殿と同じ立ち位置であれば、神を怨み、憎んだのは間違いない筈だ。

他人がそこまで憎悪を燃やしかねない仕打ちを受けても、漂流殿は私はもうできないであろう、眩しい笑みをした。

 

「…でも、姫は絶対に約束(・・)を果たそうとしてるッすから。俺たちは命尽きるまで、ずッと待つッすよ」

「…ふっ。そうだな」

 

運命であろうと、自分達と姫を繋ぐ絆と約束は引き裂けないし、引き裂かせない。

確然たる光と狂気を混在させる瞳に見つめられ、私は全くもってその通りだと頷く。

時間がかかるだろう。既に経過した一年と半年だけで済む。なんて生易しい考えを彼らが持ち合わせていないように。何か月、何年、十数年。もしかしたら、何十年経つかもしれない。人生の果てを知るに至るまでの、膨大な時間が。

けれども、無情に置き去っていく時代の流れは、私にとってそうであるように、彼らにとってもさしたる問題ではない。平均して大体終わりかけの学生時代から先は、老いゆくだけの余生と認識している、彼らにとっては。

 

「私にも手伝えることがあれば、何でも言って欲しい。大した力にはなれないかもしれないが、協力は惜しまないつもりだ」

「ありがとうッす。でも、foolさんにはもうかなり協力して貰ッてるッすよ。先週の動画だって…あッ」

 

唐突に漂流殿君は口をつぐみ、皆と共に膝を着いた。その仕草と、彼の視線が私の背後に注がれているのに、私は会話の前に何をしていたのかを思い出し、不穏なオーラを漂わせる方へと振り向く。

 

「随分と熱中していたいたようだけど…貴方は不参加で良いのかしら?」

「…申し訳ありません」

 

三日ぶりなのもあり、つい立場を忘れ長話をしてしまった。過失を認め、頭を下げる。

感情を悟らせない表情に変化はないが、どうやら容赦はもらえたようで、私を射貫く目を下げ、漂流殿へと移らせた。

 

「仰々しくしないで結構よ。楽な体勢になさい」

「「「「「はっ(はッ)」」」」」

 

許しを受け、五人が立ち上がる。

 

「お久しぶりにございます。―――もっちぃ(・・・・)姫」

「ええ。貴方も元気そうで安心したわ、マサトknight」

「御心配、痛み入ります」

 

二メートルを超える細身な男。マサトknightは、陰を宿す嫣然をする。

その表情を一瞥して、少し沈黙を挟んだ後、姫は五人を飲み会に誘った。

 

「貴方達も酒場に来る?Dionや負幸膨苦痛の同盟に女王、他にも大勢いるわよ」

「おっ、良いんですか?」

「代金は『燭台の風除け』持ちだから、存分に飲んできなさい」

「楽しそうでござるな!早速お邪魔させていただくでござるよ!」

「引っ張るな、素麺半兵衛」

「川ヤシも行くでござるよ。ここにいる方が、邪魔になるでござるからな!」

「分かったから引っ張るな。服が伸びやしないが、不愉快だ」

 

VRでは珍しい、ふくよかな体系からは想像もできない俊敏な動きで、素麺半兵衛が川ヤシを連れ去っていき、三人が私達に一礼をして、仲良く並んで二人を歩いて追った。姫は、五人の後ろ姿を見送り、やがて私に目を合わせる。

 

「「…」」

 

酒場に人を取られ、数分前までの騒がしさを喪失したエントランス。その中心で、街灯の消えた町の夜闇で染色したガラス玉、と説明されても信じるであろう、真っ黒な瞳を視る。

星彩の魅力に拍車を掛けるそれは、名だたる宝石を横に置いても遜色ない幽玄美を備えていて、脱力すれば、瞬きの内に吸い込まれかねない危うさも秘めている。私は、気を確かに保ちながら、世界で一番綺麗な音が鳴るのを、背景に同化して、じっと待った。

 

 

 

 

 

近未来的なデザインで建築された、新人から古株まで多種多様な操縦者が集う基地のエントランスにて。静粛に、厳かに、儀式は執り行われる。

 

「ちょっ、もうちょい下がれってお前ら。バレるぞ!」

「mineに独り占めはさせねぇ。俺達だって見てぇんだよ推しcpを!」

 

…酒場に繋がる通路で不審な影が揺れ、小声も聞こえてくる気もするが、それはさておこう。

 

「跪きなさい」

「…はっ」

 

少女の命に、大男は逡巡なく従う。

何もかもを受け入れる、と瞼を閉じた大男に、少女は手を伸ばす。

 

「…今回も、良く頑張ったわね。ありがとう」

 

威光に包まれる王宮で、一国の姫が己が騎士を褒め称えるように。少女は微笑み、大男に比べれば遥かに華奢な掌を頭に乗せて、優しく愛でる。

 

「…姫の為とあれば、どんな難題にも応えるのが、私の望みですので」

 

粛々と、しかし、面持ちは穏やかに、大男は少女の愛でを頂戴する。

新緑の絨毯を撫でるそよ風のように、柔らかな手が髪を整えていく心地良さ。幼少時代以来の至福を、十分に堪能し終えると、大男は開いた目の焦点を少女へと合わせ、手を引いてもらい直立した。

 

「動画の編集、頼めるかしら」

「無論です」

「助かるわ。貴方の編集、評判が良いもの」

 

近年、安定して五桁に乗る程度には好評を博してきた動画への称賛に、大男は畏まり、恐縮ですと答える。

 

「…皆が待っています。戻りましょう」

「ええ、そうしましょうか」

 

少女は頷き、顔見知りしかいない飲み会へと足を進め…半ばで、一度振り返った。

 

「…SHELLEY」

 

小さな口から発したその名は、少女自身が孤島で唯一対等であると認め、接した。可憐な姫の名。

 

「…貴方のことも、皆が待ってるわよ」

 

眉を八の字にした少女は、毎度動画を締めくくる、何処にいても友の心を安らげさせる言葉を呟き、仲間の下へと、大男を随伴させて戻った。




『三宝軍』

同盟の中でも、最大の規模を誇る同盟。
所属するプレイヤーは全員ο島出身であり、また、姫プの意味をはき違えているもっちぃ姫とFoolのcpを推している(内部で穏健派と過激派に分裂)。
孤島出身は伊達じゃない!とランクマに潜り込んでみたものの、意外とプレイヤー達が強く、特に最強に至っては、三宝軍で屈指の実力者であるmineやクトゥルン、foolですら未だに勝利を掴めていない。
過疎環境を憂いてはいるが、顔なじみとのフォース戦などで結構楽しくやっており、動画として投稿させてもらっていたりいなかったり。
今回の攻略作戦では姫が戦場に立ったが、基本的にあのポジションは鰯偏食家や他の家臣で、姫はオペとして動いている。

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