私と鋼鉄の少女   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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私と眼鏡について

 深夜の静かな廊下にこつこつと靴音が響く。しかしこの時間であるのに施設の中は昼間の様に煌々と明かるい。それはここが軍関係者の中でも特に機密レベルの高い区画という事が関係している。

 ここは帝都の東部に本拠地を構える大本営海軍部の地下なのであるが、一般兵も出入りする本来の地下区画のさらに奥深くにある。

 帝都を上下に分断する大河。そこに接する様に海軍部はあるのだが、この区画はこの大河の丁度真下まで伸びた地下通路の奥にひっそりと存在している。

 

 廊下を歩いていた男はやがてとある無機質な大型ドア……と言うよりはハッチの前に立った。

 そしてそのすぐ脇にある端末に何事かを打ち込むと、ハッチに横にある鏡の様な物に顔を寄せた。

 これは人間の瞳にある虹彩の細かなパターンを認識して開錠するタイプの認証システムらしい。

 するとハッチはその大きさから感じられる威圧的な質量を全く感じさせない様な軽やかさで静かに開いた。

 

 そこには家具などの調度品が一切置かれてない真四角の部屋で、奇妙な事に床、壁、天井に至るまで真っ白なのだ。

 男はその真ん中まで進むと、どこからか男性の声がした。

 

「お疲れ様です長官。暫くお待ちください」

「ああ、頼むよ」

 

 長官と呼ばれた男――連合艦隊長官である東郷は、柔和な返事を返すと静かに瞳を閉じた。

 すると少し部屋が振動し、そして壁の外から機械的な音が微かに聞こえ始めた。

 つまりここは部屋丸ごとエレベーターになっており、幾重にもあるセキュリティーを解除できる人間だけが下へ降りることが出来る区画という事だ。

 システムによる厳重な認証。そして最後は人間による目視の確認その上で漸く、軍の上層部の中でも限られた人間にしか知らされていない場所に行けるのである。

 ここはただ”ラボ”とだけ呼ばれており、地面から1kmほど下にある。

 そしてここで行われているのはラボの名の通り、とある研究が24時間体制で行われているのだ。

 

 東郷が静かに直立していると、やがてかすかに部屋全体が揺れ、そして静寂。

 どこからか「お待たせしました長官」との呼びかけが聞こえ、真っ白だった壁の一方向が静かに開いた。

 プシュッというエアの抜ける様な音と共に、彼の視界が眩い明かりに包まれる。

 目を閉じていたと言うのに、瞼の向こうが真っ赤に感じるほどの光量だ。

 そして呼び掛けに頷いた東郷がそっと目を開いた。

 

 そこは地下空間と呼ぶにはあまりに広い場所であった。

 ドーム型のベースボールスタジアムがすっぽり入るほどの規模に見える。

 そして中にあるいくつもの大型実験機械と、丁度人間一人が入れる大きさのガラス製シリンダーが夥しく連なっている。

 

 東郷は区画ごとに実験に没頭する研究員を尻目に、速足で奥へと進んだ。

 そうすると一際高いパーティションで区切られた場所へと辿り着いた。

 パーティションにはドアがあり、その横には簡易的な更衣室がある。

 彼はそこに入ると、制服のジャケットを脱ぎ、白い化学繊維製のつなぎを着込んだ。

 そしてラテックスの手袋をし、袖口や足首などを密閉するためのテーピングをすると、顔がすっぽりと包まれる程の大きさのゴーグルを装着する。

 その後彼はドアに進むと、足の位置にある四角く赤いボタン上の突起を蹴った。

 

 ブーンという機械的な音と共にドアが開き、彼は中の暗がりへと足を進める。

 そうするとドアが勝手にしまる。彼のさらに前にドアがもう一つあるがそちらは開かない。

 暫くすると全方向から強烈な風が彼を襲った。これはエアシャワーである。

 見えない大きさの埃すら吹き飛ばすための施設だ。つまりこの先はクリーンルームという事だ。

 やがて風が止むとドアが自動的に開く。すると彼の正面からエアシャワーとは別の性質の強風が吹いた。

 これは中と外との気圧に差を設けている為だ。その為空流は一方通行に外へ向かって流れる。

 そうすれば外から異物が入ることが無いという訳だ。それほどに気を使う何かがこの先にあるという証拠でもある。

 

「ご苦労さん。首尾はどうかね?」

 

 クリーンルームに入った東郷が部屋の中にいる数人にそう声をかけると、研究員らしき数人は一斉に実験の手を止め、彼に歩み寄ろうとした。

 しかし東郷は無言のまま手を振り、そのままでいいと合図を送る。

 そして研究員の中の年長と思われる男が一人、彼の傍へとやってきた。

 

「長官、工程は滞りなく進んでおります。状況としては最終フェーズに達しているでしょう。後は長官の

許可を頂けさえすれば完了できます」

 

 彼は興奮気味にそう言った。政治的背景などは関係なく、ただ純粋に知的好奇心を満たしたいという欲望が見え隠れしている、そんな表情を浮かべている。

 東郷は彼が気が付かない程の刹那、眉を不機嫌そうに顰めたが、それが彼に伝わらない様に表情を取り繕う。そして彼は研究員に言った。「なるほど、ご苦労だったな。だが最終段階に入る前に、彼女と少し話をさせて欲しい」と。

 

 男はすぐに実験に移れない事へ不満そうな顔をしたが、表情を改め、東郷を部屋の奥にある異質な場所へと誘った。

 そこは無数の機器が所狭しと並んでおり、それらから伸びたコード類は、ただ一か所につながっていた。さらに奥にあるガラス製シリンダーの台座にだ。

 そして研究員が壁にあるパネルのボタンをいくつか操作すると、暗かったシリンダー内がライトアップされ、中の様子を浮かび上がらせた。

 

 シリンダーの中はグリーンの半透明な液体で満たされており、その中心には年若き女性の姿が浮かんでいる。

 彼女は衣服を纏っておらず、瑞々しい肌を曝け出しているが、胸、鼠蹊部など女性的な部分には申し訳程度に機器が覆っており、最低限の尊厳は守られている。

 そして彼女の身体のいたる所にはコード類が直接つながれているのが痛々しいが、彼女自身は目を閉じ無表情だった。

 研究員の男は東郷に向かってハンドサインで人差し指を下に振り下ろした。話してもいいと言う合図だろう。

 東郷はそれに一つ頷くと、吃とした表情を柔らかい物に変えて彼女に呼び掛けた。

 

「……美。調子はどうだね」

 

 彼は研究員に配慮し、彼女にかろうじて聞こえる程度の声量で呼び掛けた。

 眼鏡をかけ髪をお下げ髪にした”我が娘”の名前を呼びながら。

 その声に反応するように、シリンダーの中の彼女が静かに目を開き、そしてこくりと頷いた。

 かすかに笑みを浮かべているが、どうやら声を発することは出来ない様だ。

 

「すまんな。時代が時代だとはいえ、我が子をこんな目に遭わせるダメな父親だな私は……」

 

 それは普段、歴戦の提督して名を馳せた強兵の姿では無かった。

 娘の安否を過保護に気遣うだけの一人の父親の姿である。

 つまりこの実験の被験者は彼の愛娘だったのだ。

 そんな彼女は心配するなとでも言うように、笑みを絶やさぬまま首を数回横に振った。

 

 この地下研究所は、東郷直属の秘密機関である。

 これは彼が現役の提督時代から行ってきた彼独自の理論に基づいて行われてきた研究の延長上にある。

 彼は常々疑問を抱いていた事柄。つまりは深海棲艦と艦娘の類似性について。

 これは突き詰めれば深海棲艦から艦娘を作ることが出来るのでは? という予想の元に進められた。

 

 本来は妖精の手によって建造される艦娘であるが、時折、敵艦隊を撃破した時に自然発生的に艦娘が現れる事がある。

 という事は某かの作用によって、深海棲艦から艦娘が生み出されたという予想が立つ。

 しかし理論とは常にその現象が起こる事で証明される物で、予想のレベルでは保守的な軍では採用できる訳が無い。

 

 それに深海棲艦=艦娘の関係が理論的に成立してしまうと、積極的に艦娘を運用している海軍に非難が集まる可能性もあり、声高にこれを言える状況では無い。

 それはそうだろう。この関係が成り立つという事は、ある種のマッチポンプの様な物に見えるかもしれないのだから。

 まして世論とは、それが真実であろうがなかろうが、世の流れによって誘導されていく物だ。

 だいたい軍という組織の在り方自体、一般市民からは懐疑的に見られる物であるのだから。

 

 実際に軍の中では、「国民の安全を守る」という本来の理念とは関係の無い、人間同士の権力争いが常に起こっている。

 それは組織とは長くなれば腐敗するものだからだ。何かを成すために組織化されるが、いつの間にか組織を存続させる事が目的にすり替わるのだ。

 こればかりは人間と言う生き物の性の様な物だから、これは今後も人間社会が続く限り消えることは無いだろう。

 

 そんな中東郷は常に現場主義であったため、戦力の合理性を追求した結果が、限りある資源を消費せずに艦娘を確保する方法として、深海棲艦から艦娘を生み出す方法を求めたのだ。

 現場において最大の信頼を集める名提督。彼はそれを最大限利用し、一般企業にも協力者を募り、この

研究所を完成させた。名目は新装備開発のための秘密ラボと言う物である。

 特に目立った派閥を持たず、中立派の実力者とみられている東郷だが、自分が育てた者たちに信奉され、やがて彼らが出世し、軍の中枢へと昇っていく。

 彼らは表立っては東郷を持ち上げないが、裏では彼のシンパとなり、陰ながら彼をバックアップする。

 

 それは常に現場を重視し、人を育てる事に力を注いだ彼の人間性に因る物だが、広がった人脈はまるでキノコの菌糸の様に複雑に領域を拡げていったのだ。

 それが今の彼を支えている。そして表面上力を持ついくつかの派閥にも屈する事も無く、己の野望を実行することができるのだ。

 

 そして近年、彼の進めてきた研究はある程度の理論として成立する程の結果を見た。

 それは鹵獲した深海棲艦の肉体を解剖した際に見つかる水晶の様な結晶に、一定のパターンがある事に辿り着く。これは戦艦、空母、巡洋艦などの艦種ごとに明確な違いがある。

 そしてこの結晶体には、現実のエネルギーとして観測できる物があるのだが、それは何故か成分が分析出来ない。しかし分析器には数値として現れるそれを、この研究所では【霊的因子】と呼んでいる。

 

 その霊的因子に適合する人間に、それを移植することで、普通の人間を艦娘化することができるのだ。

 いや、現状は出来るだろうという予測の段階でしかないのであるが。

 しかし動物実験ではある程度現実的な方法論の立証は出来ている。

 この霊的因子をマウスに移植すると、とある方向性を持ち変異するのだ。

 凶暴性を持たぬままに、ただ肉体が強化される。

 これは相当数の実験データを積み重ねた上で、蓄積された結果だ。

 後はそう――――現実の人間による人体実験を残す所である。

 

「私は良い父親では無かった。仕事にかまけてお前の成長する姿を見ることも出来なかった。それでも私はお前を愛しているよ。たとえこの後、お前の心が変わってしまったとしても……お前はいつまでも私の娘だ……」

 

 それは祈りであり懺悔であった。

 シリンダーを隔てて見つめ合う親子。

 東郷の独白に、ただ優しい視線を返す娘。

 それももう終わりだ。目じりに光る涙を袖で拭うと、東郷はいつもの厳しい表情へと戻し、シリンダーの中の娘に背を向け言った。

 

「では始めてくれ」

「いいのですか?」

「なら私は一生彼女に縋りつくよ。そういう訳にもいくまい。始めてくれ」

「ハッ」

 

 東郷は気遣う様な若い研究員の言葉に冗談めいた口調を返すと、年長の研究員に合図をを送った。

 頷きを返した研究員は東郷に離れる様に言い、実験の最終工程を開始した。

 数々の機器が稼働し、シリンダー内に青い閃光が何度も走る。

 部屋全体が微振動しながら、壁一面にある様々なディスプレイの数値が目まぐるしく変化する。

 

「霊的因子移植実験。被検者第一号佐藤秀美。適用因子はタイプLC。現在時刻はゼロヒトマルマル……」

 

 正規の大実験とも言えるこの実験。これを余すところなく記録するため、年長の研究者が録音を開始した。もちろん映像も記録されているだろう。

 東郷は部屋の隅で壁にもたれかかると、口を真一文字に結んだまま、静かに我が娘の変容を見続ける事に専念した。

 死神の鎌を振りおろすのは自分だ。その思いから彼は逃げない。

 この人類の存亡を掛けた戦いにおいて、個人の想いなどは些細な事柄だ。

 東郷はそう信じる。心の奥底には別の感情を隠しているにしてもだ。

 幸か不幸か娘は霊的因子に適合した。してしまったのだ。

 それを娘に伝えた時、彼女は静かにそれを受けた。

 本音は拒否してほしかったが、そうはならなかった。

 

 元々彼女を東郷が運用する諜報機関に入れたのは彼自身だ。

 父親の背中を追いかけ、女学校を卒業すると女だてらに軍に志願した。

 彼はその瞬間から娘を娘扱いしなくなったが、それでも内心は愛娘だ。

 常に彼女の行動を密かに見てきた。

 実際彼女には状況を冷静に判断し、分析する能力に秀でていた。

 だからこそ少しは愛娘を手元に起きたいという欲望は無いとは言えなかったが、彼女を自分の組織に入れたのだ。

 

 そしてその後はとある新参の鎮守府へ、任務遂行のための管理官として送り込んだ。

 それは東郷のアンテナに引っかかった同類が司令官に就いたからだ。

 それの監視と思考誘導のためのエージェントが彼女の真の任務である。

 実際に彼女は素晴らしい報告を彼にもたらした。

 個人的に彼女は彼に対し少しばかりの罪悪感を抱くほどに打ち解けるまで、その任務は続いた。

 

 そして半年前のことだ。東郷個人のとあるプロジェクトを実行するにあたり、本格的にその司令官をスカウトしようとしたタイミングで、その鎮守府は深海棲艦の群れに襲われた。

 その結果、東郷が彼に会うというタイミングを失ってしまったが、変わりに彼女が適合したという報告が研究所より届いたのだ。

 

 彼の鎮守府は大規模襲撃を収めたという功績で名をあげる事となった関係で、復興に乗じて大規模な改築が褒美として与えられた。

 そのタイミングで彼女は任務を外れ、研究所に移されたのだった。

 初の人間の艦娘化実験のために。

 

 そして……実験は成功を持って完了した。

 これ以降、深海棲艦との戦いにおいて、彼の運用する艦隊にはとある指令が加えられるだろう。

 『撃沈した死体の確保』という指令が。

 

 成功を持って沸き立つ研究室。

 実験の終了後、東郷は人払いをした。

 

 実験機器は今や音を立てず、部屋の中は静寂に包まれている。

 照明を落とした部屋には、一人の老人の嗚咽だけが響くのだった。

 

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 私は今日も仕事をしている。それは私の執務机に山積みとなった書類を片すというルーチンワークの為だ。

 私は以前の襲撃を撃退した事と、深海棲艦鹵獲の功績により大佐へと任ぜられた。

 将官では無いが、充分提督と呼ばれるに違和感がない階級だと言われた。

 本来であれば歴戦の艦長がそう呼ばれる敬称らしいのだが。

 私のいた国であれば東郷平八郎や山本五十六などが有名であるが、彼らは元帥だ。

 つまり彼らはほぼ海軍の頂点であり、こちらで言えば海軍部におわすやんごとなき方々に相当するも私には関係ないだろう。

 

 聞くに私らの様な野良鎮守府での階級の最高位は大佐であると言うから、私はもう登りつめてしまったという事だ。

 差し詰めしがないノンキャリアの星って所だろうか? 言ってて哀しくなるが。

 おかげで支給される給料も上がり、暁たちに間宮の甘味を振舞う回数も増えたという物だ。

 だいたい収入が増えたところで、基本的に鎮守府に缶詰となる私たちには使う場所などほとんどないのだ。

 それに階級が上がり、運用する艦隊がそれなりに練度が高い事で、私の管轄する地域に出来た新しい鎮守府の纏めの様な仕事も増えた。

 それはこの地域全体を防衛するための哨戒任務を行う際の配置や、報酬の資源の振り分けなど、主に事務仕事であるのだが、結局はそのせいで私の時間が削られ、机には決済待ちの書類の山が出来たという訳だ。

 

 あの日、この町が襲撃された日。町では幸いな事に死者は出なかった物の、相当数のけが人と、火災により棲家を失う家庭が多くいた。

 襲撃の爪痕は悲惨な物であり、いつまでもそのままにしておく事は出来ない。

 それは現実的な復興をと言う意味もあるが、見る者にあの日の記憶を蘇らせる要因となるからだ。

 だからこそ鎮守府の予算を使ってでも、最低限のインフラを復興させるために私は急いだ。

 

 そんな時に帝都での大佐への任命式だ。

 慣れない社交の場であり、私の場違い感は凄まじい物があったが、随行してもらった愛宕のお蔭でなんとか乗り切れた。

 しかしその甲斐あってか、復興のための予算を引き出す事が出来たのだ。

 私に政治は出来ないが、素人だった時の小市民感覚でゴリ押した。

 そもそも誰が偉いかなんて私には分からない。肩にある線や星の数で判断しろって話しではあるが、私は興味の無い物は覚えられないのだ。

 日々の仕事で手一杯なのに、そんな事まで覚えられるかと言う話だ。

 

 この昇進にはおまけがついてきた。それは今後配備されるだろう、所属をうしなった艦娘たちのために、艦娘の寮が増設されたこと。それに付随し、鎮守府の中心である本棟もまた新しく改築されたのだ。

 大佐までもなると、今までの様に好き勝手に振舞える事が出来なくなり、変わりに政府には結果を強く求められる。

 拒否すれば表面的に被害は無いにせよ、政府からの補助が受けられなくなる。

 まあ結局のところ拒否権は無いのだが、ならばせめて利用できるものは利用しなければと思う。

 何とも私も黒くなった物だが、家族である暁たちが守られるなら望んで黒く染まってやることに抵抗などもとより無い。

 

 だがこの事で政府からの鎮守府へのテコ入れが始まり、重要な人物がいつ鎮守府にやってきても体裁が整えられる様に改築が施されたのだ。

 私の鎮守府は所属する艦娘自体は少ないのだが、練度だけは高い。

 それは外の鎮守府の艦隊と演習を行っても圧倒出来るほどにだ。

 そうなれば所属人数が少なくとも、地域を束ねるという名分にはなるらしい。

 まあそれほどに人材不足で、何かあった時に責任を擦り付けられる為の措置とも思う。

 大和や五十鈴と言う、ある意味で政府の失態の生き証人がいる事も関係しているだろう。

 それはまあ、言わぬが花だろうが。

 

 とにかくこうして、思ったよりも早くこの街は復興を遂げた。

 この事があって、さらに人口を増やしたこの街であるが、町長は泣きそうになってた。

 人が増えれば仕事も増える。これは道理だ。

 百田さんも今や、町長を補佐する秘書として仕事をしている。

 この前の会合で呑んだ際、しきりに「畑に戻りてぇよぉ」と愚痴ってた。

 それでも古参の村人だった人々は、なんだかんだで忙しくする事となったが、私も私でこんななのだから、一緒に苦労しようじゃないかと密かにほくそ笑む私である。

 百田の奥さんもまた、この鎮守府では手放せない人材であるし。

 彼女と婦人部のメンバーは今や、ここの食堂で政府派遣の間宮と一緒に仕切ってくれているのだから。

 

 私はそんな物思いに耽りながら、無意識的に書類仕事に精を出す。

 そんな私の艦隊も、今は三つ運用している。

 第一艦隊は大和を旗艦に、霧島、加賀、龍驤、北上、木曾が所属している。

 彼女達は今、演習のために出ている。夕刻には帰るだろう。

 普段はここの周辺海域から、深海棲艦が占拠している拠点を叩きに動いている。

 因みに島風は第一艦隊の控えとしている。必要に応じて木曾と交代だ。

 

 第二艦隊は五十鈴を旗艦に暁たち四人と曙がいる。

 彼女達は主に遠征を中心に動いてもらっている。

 この鎮守府の位置に関係するのだが、産油国からの燃料輸送の航路を防衛するための護衛任務がメインとなる。

 

 そして第三艦隊は潜水艦による編成だ。

 伊58を旗艦に、伊8、伊19、伊168の四人で運用している。

 彼女達は敵に何かをさせる前に、海中からの雷撃で蹂躙できる特性を持つため、第一艦隊が敵拠点などを攻める際に、密かに随行し、挟撃を行ったりなどの支援行動を中心に働いてもらっている。

 

 つまり、私の元にいた暁を始めとした艦娘……まあ途中で着任した大和たちまでを含めた者以外の、金剛型戦艦霧島。軽空母の龍譲。元々は球磨型の軽巡洋艦だったが、二度の改装を経て重雷装巡洋艦となった北上。駆逐艦の綾波型八番艦の曙。そして伊号潜水艦の面々。

 彼女達が例の政府の作戦で捨て駒にされ、所属を失っていた艦娘たちだ。

 

 ここにやってきた頃には、誰もが五十鈴の時と同じだったり、この制服を着た私に対し、憎悪の様な敵意を持つ者ばかりで苦労した。

 それでも今は、何とか打ち解ける事が出来たのだから、深く語る事はしない。

 それに今は彼女たちもまた、私の家族と思っている。一筋縄ではいかない個性をそれぞれ持ったアクの強い子たちだが、それもまたいい物だ。

 

 こうして人数を多少増やした私の鎮守府であるが、私は今、とある人物を迎える為に待っている。

 現在時刻はヒトヒトマルマル。もう間もなくここへやってくるだろう。

 

「愛宕、政府からの人材が来るのは正午であっているか?」

「はい提督。って待ち遠しいのは分かりますが、もうその質問は三度目よ?」

 

 横で仕事をしている秘書艦の愛宕に聞くも、呆れ顔だ。

 いやしかし、新しい仲間が来るとなれば存外嬉しい物だ。

 それがまして、書類仕事が得意な事務屋の適性を持つ艦娘となればなおさらだ。

 正直私と愛宕だけでは手が足りないのだ。

 

 これは先々週の話ではあるが、非公式ながら東郷長官から直々に電話を貰った。

 それは多忙で中々会う事が出来ない事への謝辞から始まったのだが、話の内容の多くは先の襲撃事件の鎮圧したことへの労いと、その結果私が行った深海棲艦鹵獲についてのこまごまとした打ち合わせだ。

 この事について私は管理官とのやり取りを介して彼の了解は得ていたが、その変わりにと彼とは「そのうちお願いをすることがあるので、その時はよしなに」と漠然とした内容の約束事をしていたのだ。

 

 電話の内容の最後で、彼は言ったのだ。そろそろ”お願い”の取り立てをさせて欲しいと。

 私は思わず身構えた。彼の物腰は温厚そうなのだが、その実、海千山千の猛者の集う海軍の中で君臨している手腕は、私の様な木端提督では叶う訳が無いのだから。

 しかし彼が言った事はあまりに意外で、私は拍子抜けしたものだ。

 

「……一人の娘をそちらで預かってほしい」

 

 彼はやや溜めた後、そう言った。

 一人の娘とは艦娘をと言う意味だろう。

 艦娘ならば既に霧島を筆頭に幾人もここへやってきたが、それとは別枠という意味なのだろうか?

 そう疑問を持った私であったが、彼の”頼む”と付け加えられた言葉に込められた得体の知れない力強さに、深く追求することを止めた。

 

 その艦娘が今日、ここへ来るのだ。

 彼はその艦娘は非常に私の役に立つだろうと言っていた。事務仕事ならば教えなくとも完璧にこなすとも。

 これは私がいま、一番求めている手腕だろう。ならば私はもろ手を挙げて歓迎するのみだ。

 しかし長官は最後に、「くれぐれも彼女の事を頼む」と念押ししていたのが印象的だったな。

 

「提督、そろそろ時間ですが、私が門まで迎えに参りましょうか?」

 

 そうこうしているうちに、正午になったようだ。

 書類書きの手が止まっていた私に、愛宕がにやりと笑みを浮かべてそう言った。

 相変わらず貴方は私を弄るのが好きなようで。

 本当に彼女は有能だが、絶対に勝てない。

 まるで年の離れた姉のように。

 

「いや、行くよ。ずっと座っているのも飽きたからね」

「ええそうでしょうとも。提督は私から浮気して若い娘に会いたいでしょうから」

「浮気って……私はそんなふしだらではないぞ。ただ、その、あれだ。猫の手も借りたいときに、その猫が向こうからやってきたのだ。ただそれだけだよ」

「はいはい、そうでしょうともそうでしょうとも」

「もう勘弁してくれよ……」

「ふふっ、では勘弁してあげます。行きましょう、提督」

 

 私が自分で行くと言えば、また弄られる。

 そもそも浮気と言うが、君を妻にした記憶など無いぞ。

 とは言え、愛宕には口で勝てる訳もないので、早々に白旗を上げ、私は門へと急いだ。

 愛宕を伴って。

 

 門に着いた私は、警備を担当している憲兵を労い、こちらにやってくる黒塗りのセダンを待つ。

 セダンは高級車特有の全く音を感じさせない滑らかさで、門内に入り、ロータリーをくるりと回って私たちの前に止まった。

 やがて後部ドアが開くと、眼鏡を掛けた細身の女性が降りてきた。

 彼女は微笑を浮かべると、綺麗な敬礼をして着任の名乗りを挙げた。

 

「提督、旗艦大淀お供いたします。前線艦隊指揮はどうぞお任せ下さい」

 

 何とも人好きのする笑顔だ。

 彼女はスカート丈は短いが、青と白のオーソドックスなセーラー服で、装甲の様な物が付いたブーツに刺繍のある太ももまでのソックスをはいている。

 勝気そうな大きな瞳と、棚引く光沢のある長い黒髪が白いリボンが印象的だ。

 

 それよりも、私はこの娘に見覚えがあった。

 かつてここへ管理官としてやってきた、眼鏡で”お下げ髪”のあの娘だ。

 今はその姿の名残りは、大きな眼鏡と微笑みのみしかないにしても。

 

「君は……」

「大淀です。提督、これからは貴方の傍で。よろしくお願いしますね」

 

 きっと私は呆然としていたのだろう。

 事実、答礼をすることも忘れていた様で、愛宕に突かれ慌てて答礼をした。

 なるほど、長官の話はこの事を意味していたのか。

 ならば彼女の出自にも何かあるのだろう。

 詮索したいことは山ほどあるが、今はいい。

 今は彼女の着任を喜ぶべきだ。

 だから私は彼女を見据え、こう言った。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。君の着任をうれしく思うよ」

「はい!」

「提督は若い女が好きですからね、それはよろしくするでしょうよ」

「お、おい愛宕、よさないか!」

「ふふふっ」

 

 まったく、最後までしまらないが、とにかくこうして、管理官あらため大淀が私の鎮守府に加わった。

 私は家族が増えた事をうれしく思っていたが、その裏で動いていたのだ。

 私が求める真実の、その本質の様な物が。

 

 そして鎮守府襲撃以上の激動の日々が始まった事を、この時の私はまだ知らない。

 

 

 つづく




エタってませんよ!

お盆の連休明けから尋常じゃない仕事量があり、中々執筆できませんでしたが、とりあえず一話だけ投稿します。

これは言うなれば閑話です。補完とも言うかもですが。
実は元々任務娘を艦娘化して佐々木の鎮守府に所属させるという前提で話を作っていたのですが、この前のAL/MI作戦において大淀が実装されました。
そのため、大淀として作中に登場させた訳ですが、これが無かったら矢矧とかにしてたかもしれません。

一応、前回の話で一章は終わっているので、二章への繋ぎの回が今話なのですね。
今後はかなり話しが動いていくかと思いますが、二章の序盤では個人的に艦娘との日常話をすこしやりたいと思っています。
どこかのあとがきで「この話はシリアスの皮をかぶったほのぼのです」と書きましたが、現状それが詐欺状態ですので、本来の空気にすこし戻したいなと思います。

シリアスっぽい話って書いててストレス溜まるんですよね。
こと艦これって史実なんか重たいエピソードしかないですから。
いくらねつ造した二次創作だとて、まじめな話を書こうとすれば重たくなりがちで、書いててきついなあーと思います。

なので書きたいんですよ日常を。
曙にクソ提督って言われたいじゃないですか(白目)

ま、そんな訳で、今後の更新も頻繁にとはまいりませんが、ぼちぼち更新していくつもりなので、今後ともよろしくお願いします。

朧月夜 


追伸

祝!401建造落ち(建造できたとは言ってない)
祝!ビスマルク改三(いるとは言ってない)
祝!中部海域追加(出撃している時間は無い)

忙しくて新要素を全く体感していません。ボスケテ
因みに今日は深夜一時まで仕事をし、こんな時間に投稿してます。
/(^o^)\


※修正
・10月15日大本営表記を大本営海軍部に修正

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