この村では佐々木の倉庫を中心に、村人総出でいくつかの建物が建設されている。
とはいえ実際の建設の主な部分を担っているのは、人形のような小さな娘たちである。
彼女たちは妖精と呼ばれる不思議な存在で、その身長はほんの20センチもあるかないかという程であるのに、どこからか集まってきてせっせと働いている。
そして彼女たちが造り上げた施設は、宿舎を兼ねた割と大きな建物を中心に、赤いレンガを積んだ倉庫に工廠。船の建造や修復などを行うドックなど、佐々木から見ればかなり本格的な海軍基地の様だった。
つまりはここがこの村を含めた周辺一帯の防御を担当する鎮守府となったという訳だ。
佐々木は宿舎の建物の入り口の前で呆然と立ち尽くしている。
彼がある種の決断をし、そして村人たちにその同意を得た後に、この件は動き出した。
それは彼が想像する以上のスピードでだ。
佐々木が村長を始め、村人すべてに危機が迫っていることを相談した日、村人全員を集めた会議へと発展した。
とはいえ深海からの脅威は、この世界ではすぐそばにある危機として当たり前に認知されていたし、佐々木が思ってるよりもそれは至極当然のように受け入れられた。
それぞれは多少暗い表情にはなったものの、それが佐々木に直接的な責任があるものでもない。
それよりも既に艦娘が二隻存在している事実が、彼らを前向きにさせたのだ。
彼らは深海の脅威には艦娘が有効であること知っている。
それはなんら特別な事ではなく、あくまでこの世界の常識だからだ。
けれども彼らはむしろ、佐々木が艦娘たちを粗末に扱いたくないという、ともすれば甘い思想に対して、逆に同情を寄せた。
なぜなら佐々木がこの世界の本来の住人ではないという事柄が、すでに村人たちに認知されているからだ。
そしてそれはこの村本来の気質というか、おおらかすぎる程の村民性があるからかもしれない。
ならばと村長は、様々な意見が出切ったのを見計らい、村人たちに宣言をした。
”このことはこの村すべての問題であり、それぞれがそれぞれの役割を果たさなければいけない。
そしてその責任の多くを佐々木一人に負わせるものでもない。
彼が出来ることは確かに多いかもしれない。
しかしそれに甘んじていれば、彼は一人疲弊してしまう。
だからこそわしたちは彼を労わろう。
彼が泣いていれば私たちも一緒に泣こう。
なぜなら彼は既に私たちの仲間なのだから”
村長の演説は、普段の彼のおっとりとした好々爺然としたものではなく、遠い昔に戦争を経験したことによる危機感と、村人を束ねていることによる慈愛と責任に満ちた毅然とした言葉だった。
言い終わった村長は少しはにかむように微笑したが、村人はそれを拍手で迎え、呆然と地べたに座り両脇の艦娘たちに心配そうに見られている青年の周りに自然と集まった。
お願いしますよ。俺らもなんかできることがあればいってくれ。船の事なら任せろ。今日は赤飯を炊きましょう――――彼らは口々に彼に労わりの言葉や鼓舞の言葉を投げかけた。
それは彼に丸投げしようという調子ではなく、村長の言葉を体現したようなものだった。
それにより佐々木の決意は確固たるものへと変化し、そしていらない甘さを捨てるきっかけとなったのだった。
それほどに彼らの優しさは、無機質な都会で生活していた佐々木に沁みるものがあったのだ。
この人たちのために、自分が傷つくことも吝かではないと思えるほどには。
翌日村長は政府のある中央へと連絡を取った。
深海からの脅威を察した時の国民の義務でもある。
そのことにより佐々木はこの方面の司令官として正式に着任することとなったのだ。
なぜこれほどの素早さで着任に至ったか。それはこの世界の政治背景に関係する。
まず前提として、世界中の沿岸部の人口密集地は深海の脅威に瀕している。
そしてかなりのエリアがすでに被害に遭っている。
しかし各国の首都はおおむね内陸に存在しており、そこにまで深海の脅威は現状、至っていない。
つまり、海運の要である大規模な港湾エリアのみ正規軍を大量投入して防衛を行っている。
それ以外の中規模以下のエリアはどうか?
それは限りある資材、およびマンパワーを投入するまでに至っていない。
各国政府からすれば、重要なエリアさえ無事ならば、極端な話はそれで問題ないのだ。
資源には限りがあるし、守らなければいけない人間は既に安全域にいる。
それは非常に冷徹な話ではあるが、人材的にも限界があるのだ。
なればこそ政府は、合理的に考え、被害を最低限に収めるために動くしかない。
そこである時を境に出現した艦娘たちの存在である。
彼女たちは人の願いや強い意志に反応して現れるという。
ただし政府の研究筋でも確かなことは何もわかっていない。
ただ一番最初に現れた場所では、被害に遭った港で、人々が阿鼻叫喚の状況となっていたとき、港の端に打ち捨てられていた古い船が突如輝き、やがてそれは艦娘となり敵を排除したという。
以降、まるでシンクロニシティのように世界の各地で同様の現象が確認されたのだという。
人の願いという部分に因果関係がありそうであるが、だからと言って、必ずしも同じ状況でそうなるとも断言できない状況というのが政府の見解だ。
ただしその現状が起こった事と無関係ではない事柄がある。
それは司令官や提督と呼ばれる人間の存在だ。
本来の司令官や提督という言葉が持つ意味は、基本的に軍の中の役職である。
しかしここで言う言葉の意味は、役職ではなく、資質としての意味となる。
つまり艦娘たちと問題なく意志疎通ができ、かつ命令をきかせることが出来る人間のことだ。
艦娘が現れた時、必ずそのそばにはその資質のある人間がいるのだ。
現在かなりの研究が進んでいる艦娘たちであるが、その部分だけは解明できない。
そもそも当の本人である艦娘たちも明確な理由があってその人間を認める訳では無いというのだ。
なんとも曖昧な話ではあるが、無意識的にそうなんだと思うという。
その艦娘と司令たちは最初の艦娘が登場して以来、各地で爆発的に広がっていったのだ。
そして政府はそれを利用することを決めた。
正規軍に対し、傭兵のような立場としてだ。
しかしただの金銭的な利害では、人の気持ちを動かすことは難しい。
そこで政府は、司令官が国に登録することで、鎮守府の規模に応じた物資を定期的に送り、階級もその働きに応じて送られる。当然その階級における給与も与えられる。
そこに大義を加えるのだ。
お前たちが国の要なのだと。
それは周辺住人の扇動なども含め、時間をかけて作られた状況なのだ。
それらが世界に浸透した時、これは大きなシステムとなって成立したのだ。
しかし裏を返せば住民自治の範囲で頑張れという暗に丸投げのようなものであるが。
それほどに人が足りないのも事実であるから、仕方のない事情なのだろう。
今回村長が中央への連絡と共に佐々木はこの方面の鎮守府司令として着任した。
そして施設も最低限ではあるが完成した。
暁たち艦娘もいる。
そう、物語はこうして大きく動き出すのだった。
その中心に佐々木というどこか頼りない青年を添えて。
◇◆◆◇
深海棲艦がやってくる。
これは響がここへやってくることでもたらされた情報である。
私は人間の脅威である深海のバケモノとやらをまだ見たことは無いが、響が命からがら逃げてきたことを考えれば、普通の人間など簡単に殺されてしまうのだろうな。
私はなぜ響がここへ来たのか、それがどうしても気になって聞いてみた。
すると暁の気配を感じて、ここへ来たというのだ。
彼女もまた暁と同様に過酷な労働を強いられ、そして疲弊した。
意志ある兵器である彼女は、精神的に相当追い込まれるほどになったのだ。
暁が言うには響という存在は、あまり自分の感情を外には出さず、何事も冷静に対処しようとする気質だという。
ただそれは、小さなシコリすらガス抜きすることもなく全てを抱えてしまうという側面も含む。
それに自己犠牲の精神が強く、暁から見れば、時折それは破滅的にも見え危うく感じたとのことだ。
そんな彼女が逃げ出そうと考えるとは、相当劣悪な条件だったんだろう。
本来は命令を受けることが存在意義の艦娘たちなのだから。
しかし司令官に上申し、待遇を改善してほしいと訴えようとしたまではいい。
中破したままの危うい状態で鎮守府に戻り、司令官に会おうと考えた彼女だったが、待っていたのは思いも寄らない鎮守府の崩壊と、そこにいた深海棲艦たちの猛攻であった。
結果、彼女を含む艦隊のメンバーは散り散りになって逃げたのだ。
元々ひどく消耗していた彼女たちが、そこから逃げ出すことの困難さは相当なものだ。
響は本当に怖かったのだろう。
彼女が私にその話をしたとき、彼女はその白い顔をさらに青くして震えていた。
私は子供をあやすようにしか出来なかったが、よくもまあここまで辿り着いてくれたものだ。
何というか私が彼女たちにどこか入れ込んでしまうのは、きっと彼女たちの存在に私がシンパシーを覚えるからだ。
それはその存在の儚さというか、轟沈すると泡のように消えてしまう所や、彼女たちの個という存在はたしかに私の傍にいるのだが、世界各地にはたとえば無数の暁がいたりするのだ。
それは何というか、私の常識からすれば非常に不可解ではあるのだけれど、しかし現実にはそうなのだ。
しかし私が出会った暁という少女。最近はそこ響という少女も加わり、彼女たちと寝食を共にしたことで、彼女たちにはしっかりとした個性があることが分かる。
暁は変に大人ぶろうろするが、残念ながら行動が伴わない。
響はクールな感じではあるが、私が料理をしていると興味深そうに覗きにくる。
一緒にするか? と問うと、別に興味はないのだと言う。
でも終わるまで横で見ている。
たとえ世界にたくさんの暁や響いたとしても、その行為は彼女たちだけの個ではなかろうか?
たしかに彼女たちは兵器だ。そして何かあれば消えてしまう。
でも私はどうだ。私という存在こそがひどく曖昧だろうと思う。
確かに私はここにいるが、確かに私は胃を患って死んだのだ。
けれどもここにいて、また別の人生を営んでいる。
もしかするとこれは胡蝶の夢というやつではなかろうか?
非常に現実感を伴う、けれどもただの夢。
私がここで泣いたり笑ったりしても、それはいつか、あるいは急に泡のように消えてしまうのではなかろうか?
なにせ何事にも確証が無いのだから。
いけない。どうにも思考が重たい方向に沈んでいく。
そらはこんなにも青いというのに。
私はきっと不安なのだ。
いずれここに来るだろうバケモノと対峙することが。
いや、違う。
もっと私の本質の汚さ、傲慢というやつだな。
ここで手にした新しい幸せを手放したくないのだ。
そんな利己的な自分を嫌悪してしまうけれど、とにかく私は怖くて仕方がないのだ。
そんな益体もないことを考えていた時だった。
「やぁ司令官、魚雷が欲しいから工廠に来てほしいのだが」
私は先ほどから我が家の前の海に繋いでいる、小さな船の上でぼんやりとしていたが、いつの間にか響がすぐ傍にいて我に返った。
工廠――私にはもともと馴染のない言葉であるが、妖精たちがこさえた工場のような施設だ。
ここは主に彼女たちの装備を作ったりする場所で、鍛冶屋の親方がいまは仕切っている。
実際の作業のほとんどは妖精たちがするらしいが。
「ああ、わかったよ。ボーキサイトとやらがいるんだろう?」
「ほう、少しは勉強したようだね、司令官」
「そりゃね。これから大変な目に遭いたくないからな。私はきっと誰よりも臆病なんだ」
そう、私は勉強した。
そうは言っても彼女たちに無理やり詰め込まれたのだ。
彼女たちの司令官として働くことを決意した私に。
「……司令官は、私が守るよ」
小船のヘリに腰かけたまま海を眺めている私を横で、私を見上げている響はささやくように、だが強い意志を込めた言葉をつぶやいた。
その澄み切った瞳はただまっすぐに私を見ている。
どうにも気恥ずかしいが、彼女たちはいつもまっすぐだ。
「ありがとう響。そうだ、君の言っていたありがとうの言葉はなんだったかな」
そう、響は言葉の端々でロシアの言葉を話す。
私は露骨に話題を逸らそうとしたのがばれないかとひやりとしたが、彼女は少し微笑み、そして言った。
「ああ、えっと……Спасибоだよ」
「すわしーば」
「Спасибо」
「すぱしーば」
「うん……まあいいよ。でもロシア語も要勉強だね」
「それは困ったなァ。ならたまに響に教えて貰おうかな」
「まったく、のんきな司令官だね(……でもそれも悪くないね)」
「ん? 何か言ったかい?」
響が何かを言ったように思ったが気のせいか。
そして彼女はくるりと背中を向ける。
「……別に。そろそろ戻るよ」
そう言って彼女は工廠のある大きな倉庫の方へ歩き出した。
「ああ、もう少ししたら私も行くよ」
私の言葉に片手を挙げて去っていく響。
その小さな背中を私はぼんやりと眺めていた。
不安なのは私だけじゃないのにな、と自嘲しつつ。
――――つづく。
説明会っぽく、話はあまり動いてませんでした。
プロットはありますがメインではないので、書けたtimingで投稿するという感じです。
※誤字修正
船の建造や修復などを行うドッグなど>ドック