ホープフルS、このレースは後方からのレース。つまり場面が動き出すのは中盤を過ぎた後からだと思っていた。元々このレースのランクはジュニア。未だ本格化していない子たち、もしくは早めに本格化した子たちによって繰り広げられるレース。
そんな勝負の世界に名乗りを上げていたのは三人。全員が伸びしろアリの私たち。
シリウスシンボリ、ミホシンザン、あとアイツ。
私が追い込み、ミホが差し、アイツも追い込み。
どれだけ足を溜めて、どれだけ爆発させれるか。どれだけ最善のコースを選べるか。
その勝負になると思ってた。
『16番、素晴らしいスタート! そのまま加速する!』
『逃げ! 逃げです! これまでの追い込みを捨て、スタートの勢いを保ったまま驀進!』
普通、逃げ策以外の奴が暴走に近い前進を始めれば、ペースを無理やり上げようとすれば周りは速度を下げる。私も、ミホもそうだ。
しかも相手はゲート前で入りたくないと駄々をこね始めた奴だ。『なんか最近雰囲気変わったなぁ』、と離れて見ていたが『やっぱ変わってねぇじゃん』そう思ったのが運の尽き。嵌められた。
明らかに集中できてないと思わされた。アイツはまた出遅れる。最後方からのレースをしてくる。
そもそもあの時点で2戦2勝、模擬レースを含めたとしても三走。母数が少なすぎるのに戦法を決めつけて戦うべきじゃなかった。どこで練習しているか解らなかったせいで情報を集めるのも難しかった。
それがだめだった。見ただけ、触っただけで何となく戦法とか走り方が解るどこかの変態トレーナーみたいな超能力がない私たちは失敗した。
ミホも私も。周りの子たちよりは気付くのが早かった。でも遅かった。
勝負を仕掛けるには差が開きすぎていて、脚も全然溜まってなくて、
十全を出し切れなかったレースになった。
ミホは二着で私は三着。
「ご、ごめんなさい。おハナさん、ルドルフ先輩。私、負けちゃって……、リギルに黒星つけちゃって……。」
申し訳なかった。二番手に選ばれたけど勝てると思ってた。勝てると思って勝負に挑んだ。
でも負けた。
悔しかった、悔しかった。でもそれ以上に情けなかった。
先輩と同じ”シンボリ”でありながら、”リギル”でありながら、勝てなかった。見抜けなかったことが悔しいんだ。
「シリウス……。」
「なぁ、シリウス?」
先輩が、私の肩に手を置いてくれた。
「私も、三冠を手に入れたことに浮かれてしまい、ジャパンカップを手放した。元々調整不足であったが、それでも勝てると思い込んで、失敗した。」
「君も、私も。同じ一敗。おんなじ黒星だ。……でもここで終われるかい? まだまだ私たちは始まったばかり。私はシニア、シリウスはクラシック。まだまだ再戦の機会はある。そう落ち込むな。」
おハナさんが、やさしく話しかけてくれる。
「そもそも、アナタたちを勝たせてあげられなかったのは私の責任であって、アナタたちのせいじゃない。……それに、部屋の隅っこでくよくよしているのはあなたらしくない。」
「いつもみたいに、元気溌剌で、すべてを楽しむあなた。世界に挑もうと意気込んでいるシリウスはどこ行ったのかしら?」
……そうだ。
まだ終わりじゃない。
私は、世界に羽ばたくんだ。
ここに来るときにそう決めたじゃないか。
一度くらい負けたからんだ! そんなところで諦められるほど私は軟じゃないんだ!
待っててよ、ちゃんと全部やり返しに行くから。
ちゃんと勝ちに行くから!
ーーーーーーーーー
あなたは、GⅠウマ娘である。
先日晴れてホープフルステークスというジュニア級における中距離の頂点を決めるレース、それに勝利したウマ娘である。
まぁそんなわけでとってもスゴくてエライウマ娘のはずなのだが……
「なんだあのインタビューはぁ! こんのバカ娘!」
あなたのお母ちゃんにアイアンクローされてるのである。お正月ということでトレーナーに無断で(書置きはした)実家に帰ってきたあなた。親御さんと感動の再会! ……とはならず、玄関口でお母さまにアイアンクローを食らい、宙でプランプランしてるのがあなたである。
「ホープフルの事前インタビュー。とてもよくできていたと褒めてやりたいところダァ……、ダガなぁ……、あのゲートインはなんダァ?」
あなたは、正直に『真面目にしていたことで溜まったストレスが爆発した。決してレースを滅茶苦茶にしようとして行ったわけではない。……いやちょっと思った。』と、答えた。
「限度ォ! そもそもストレスというものは吐き出すものであり、ため込むものでなし! レース前に適度に発散しろと言ったよなぁ! 言ったよなぁ! 私! 口酸っぱくして言ったよなぁ!」
むぅ……! 今の状態はジリー・プアー! お母様のお耳としっぽが逆立ち、そのメンポは般若である! すごくコワイ! すでに新年の顔見せという行事は終わった。ブッダが心地よい睡眠をむさぼり始める前に、オタッシャデーするしかあるまい!
あなたが先日知り合った小学生、ゴルシなるものから『ソナタのレースは実に余を楽しませた、褒美を取らす』という英雄王ごっこ時にもらった煙玉でこの地獄から脱出を図ろうとしたところ……
「ま、まぁまぁ母さん。正月だし今日ぐらいはね。」
お父上のエントリー! やった! 勝ったぞ! キンボシオオキイ!
「…………ハァ。まぁ確かに新年早々ってのもあれね。あけましておめでとう、それとお帰り。」
うん! ただいま!
「まぁバツとしてお年玉全額カットね。どうせ帰ってきたのもお年玉もらいに来ただけでしょ?」
ギ、ギクッ!
ところ変わってトレセン学園、スピカ部室。
「お~い、入るぞ~、っていないな? お、なんか紙が置いてあるな。どれどれ……。」
親愛なるトレーナー様へ。
私は先日ホープフルステークスに出走いたしました。
つきましては次走が皐月賞の優先権を手に入れるためのトライアルレース、もしくはそのまま皐月賞に直行することを考え、古代からの習わしとして疲労及び調子を整えるため放牧させていただきます。
2月2週まで放牧してきます。あなた。
「…………あいつ携帯持ってないよな。……え、これってどうしたらいいの?」
沖野氏の苦難は未だ続く。
一応あなたが設定した放牧期間中に学校は普通にあるので、ちゃんとその間は受講しに帰ってきていたのだが、何を言われようと決して練習らしい練習はしなかったようである。つまりいつも通りである。
あなた
放牧期間ということで山に遊びに行った。野宿もした。別に放牧してなくても山に行ってるのでいつもとそんなに変わらんのだ……
なお、あなたに戦略という概念はインプットされていない。おそらくお母様のお腹の中に置いてきたのだろう。野生の勘で面白そうなものを察知して行っているだけである。逆にこっちの方がタチ悪いかもしれない。つまりゲート前で泣き叫んだのも単純に嫌だった+面白そうだったから。学園内の施設で練習していないのも、お山で遊んだほうが楽しいからである。まぁ最新の面白そうな機械使わせてもらえるのならそっちを優先すると思うのだが。
シリウスシンボリ
なんというか史実では運がなかったというか、いざこざに紛れてしまったというか。クラシックの春ではそんなに活躍できなかった子。大丈夫、君にはダービーがある。
今更だけど“あなた”も負けるときは負けるのでそこのところよろしくお願いいたします。